2.67
5 263件
4 100件
3 61件
2 105件
1 417件
合計 946
読み おちょやん
放送局 NHK総合
クール 2020年10月期
期間 2020-11-30 ~
時間帯 月曜日 08:00
出演
モデルは「大阪のお母さん」と呼ばれ、上方女優の代名詞ともいえる浪花千栄子。大阪の貧しい家に生まれた少女・竹井千代(杉咲花)は奉公に出ていた道頓堀で芝居の素晴らしさに魅了される。戦中、戦後の大阪で芸の道を一途に歩んだ人気女優の姿を描く物語。
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名前無し

なんなんだ今日の回は…
くっっっっさい三文芝居に吐きそうになったし、さすがにもう主役の演技が鼻につくようになってきた。
目を見開いて息を止めたような喋り方でそれっぽいことを言えば視聴者の胸を打つとか思ってない?すごいワンパターンなんだけど。花ちゃんいつもいつもその演技よ。飽きたわ。ワンパターンだから、ペラッペラなんだ。人物に全く奥行きがない。共感できる部分がない。

あとツッコミどころが多すぎるんだけど、明け方亡命しようと天海家を出る2人をさ、名前を呼んで2回も引き止めるって、ありえないんだけどマジで!
いや誰かが聞いてたら、特高が張り込んでたりしたらどうすんの?とか、えらいのんびりしとんの!!とか、そういうのせめて家の中でやれや!とかもう忙しいよ!!
なんかそういう場面を美しく見せようとしてリアリティがなくなってるやんと思った。強調するとこそこじゃなくね?
別に2人が去るシーンとかそれこそナレーションでもいいと思うんだけどな。こういう蛇足のシーン作るから薄いんでしょ!ドラマが!
本気の星ひとつです!!

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名前無し

杉咲花の独壇場が不快になる。
戦時中も疎開せず、喜劇を演じることに命をかけた千代。
戦争が終わると、さっそく喜劇を始めた千代。その舞台から離れて、みつえに駆け寄るのは、舞台人失格。みつえとの友情を表したかったのだろうが、他の役者や観客は無視。これでは役者として自立することはできない。

脚本や演出も破綻している。
一福が闇市で吹いていた曲は「ハバネラ」?
軍国少年が民主主義少年にかわっても、この曲は少年が吹くには無理がある。

どなたかが書かれていたが、このドラマは人間や家族が描かれていない。すべての出来事が唐突で、千代の都合の良いようにドラマが進行している。一平さえもモブ扱いされて、夫婦の共感や細やかな会話がない。

ドラマは共演者と制作者との共同作業である。杉咲花以外の俳優さんはどんな気持ちで演じているのだろうか? 他の役者さんが気の毒に思う。

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名前無し

このドラマはBK制作とあって、上方独特のお笑い文化が深く底にありますね。私は大阪出身ではありませんが、大阪に近い地域で育ち、吉本や松竹の喜劇をTVで見て育ち、映画を見に行ったり、買い物に行ったりと、ちょっと遊びに行くといえば大阪でした。
今は大阪に住んでいます。大阪の文化は理屈ではなく、肌感覚なので、大阪文化圏にあまり関わりの無い方には受け入れられないものがあるのは分かります。

逆もしかりで、上方からは東京圏の人達の話し方、リアクションの仕方に馴染めず、関わり方が難しく感じます。お笑い文化もやはり肌感覚での違いを感じます。

その他にも日本には様々な地域と其々の文化があり、小さな日本列島でさえ、文化の面で一つにまとまるのは容易ではありません。だからといって、単一文化にする必要もなく、多様な文化が入り混じり、ぶつかり合う所に新しい化学反応が生まれ、その多様性こそが文化の醍醐味です。

私はこのおちょやん、とても好きです。幼い時、近隣地方から大阪や京都に遊びに行った時のあのワクワク感を思い出します。道頓堀や心斎橋を中心とした上方感溢れるミナミ、少し気取った洗練感あるキタ。そして情緒溢れる京都。

おちょやんの時代設定は大正〜昭和30年代と、今とは様相が変わったとは言え、上方の精神文化は今も底通しています。そんな上方文化を全国の皆さんに少しでも味わってもらって、でもやっぱり自分の育った地域が一番、と思ってもらっていいのです。

NHKの朝ドラって、そういう意味で、なんだか民俗学的題材のようであり、ドラマ版日本風土記のようであり、興味深いです。

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名前無し

今日のこの回は、女子会からの男の飲み会、福富、岡安、千代の家の前、病院…最後の道頓堀の夜の通りと、目まぐるしく場所が変わっていった。わずか15分の間に。
それなのにあわただしくなくて、自然に時が流れているように感じられるのは、脚本、演出、美術、音楽、編集、撮影、演技それぞれの力があってのこと、つまり、総力をあげてのドラマ制作があってのことではないだろうか。例えば、千代の家の前の様子はたった数秒だけれど、そこに暮らす人々の様子がちゃんと描かれている。千代たち主要人物も風景に溶け込むように存在している。なんかすごいものを見せてもらっている(と、日々感動している)。今までの朝ドラも、きっとこんなふうに裏方さんの総力で作られていたんですよね。
個人的には後半に出てくる老練なお医者さんの穏やかなたたずまいと、最後の小次郎さんの哲学的な雰囲気がなんか心に残ってます。

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名前無し

このところ感動的な回が続いてるね。
上辺だけの綺麗事のドラマはこりごりなので、
自分はおちょやんが好き。
千代ちゃん役の演技は自分もつくづく凄いと思ってる。
天性の才能を感じるね。

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名前無し

「親は子供の幸せを願うもんやろ?」がタイトルの週だったので、劇中劇やシズさんとみつえさん親娘の話が、スピンオフ的に思えてしまって、少しガッカリだったのですが、実は千代ちゃんが幼少の頃、父親や継母の栗子さんに、本音でもっと言いたかった事が隠されていたとすると、考えさせられる週になったと思いました。

父親の事は継母が来た時点で、あきらめざるを得なかったでしょうし、何度も無心にやってきた父親に対して、縁を切ることさえ出来なかった千代ちゃんの心情を考えると、表には出ませんが切ない週になりました。自分に無償の愛なんてあるのか、これから見つかるのか、複雑な気持ちを抱えながら、どこかでマツさんみたいな継母だったらとか、シズさんやみつえさんのような親娘関係が自分にもあればと、つい、無い物ねだりをしてしまう自分に、嫌気がさしてしまう時って、私にもあったのですが、それを誰にも悟られないようにするのも意地のようなものだったのかもしれません。

ただ何度か千代ちゃんが寂しげな表情を見せるシーンがありました。千代ちゃんにとっては岡安は唯一の居場所。でもシズさんがみつえさんの幼少の頃の黄色い着物を見てしみじみ語るシーンは、千代ちゃんにとって本当は辛いはず。唯一形見のように持っているビー玉の黄色とも重なって、複雑な気持ちを抱えながら、岡安のために力になろうと考えたとしてもおかしくはないですね。

千代ちゃんは何かとお節介はするけれど、自分の事は実はあまり語っていない
気がします。あくまでも感想なので、ドラマの実のところはよくわからないので、
間違っているかもしれません。そこのところはお許しください。

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名前無し

私はコネで主役を手に入れたと知って辞退した「エール」の音が、やっぱり好きだ。だから千代を好きになれないのかもしれない。
この二人は育ちが違うので、コネを使ってでも這い上がろうとする千代の気持ちもわかる。愛に満たされて生きてきた音と寄る辺のない千代は全然違うから。
でも、やっぱり朝ドラでは、努力と人のご縁で人生が上向きになるところが見たい。千代にはもっと努力して成功してほしいし、その努力をみんなに認められてほしい。
このドラマの大女優、高城百合子は、「エール」の千鶴子の足下にも及ばない、身勝手で無能な女に思えてきた。置き土産のようにド素人に大役を与えて、何様のつもりか。千代のためにはならない。

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名前無し

すべての登場人物に共感できない。理由を上げてみる。
まるで世界は自分のために回っているような千代ちゃんの生き方。新人女優は、挨拶をしたら大部屋の隅で座っているべき。撮影中、エキストラなのに茶店の人に話しかけたこと。女優になりたいなら、こんな初歩的なミスは絶対にダメ。
六角さんの姿にドンビキ。これは朝ドラでは絶対に観たくない。監督のヘタな英語が聞き取りにくい。
千鳥さんのキャラは、視聴者に受け入れられなかった。
安岡の人たちと千代ちゃんとの関係もしらじらしい。
戦前までは、お茶子、女給、女優などを職業とする人は、なんらかの暗い事情があったのだろう。
しかし、そのような状況にあっても、他者と良い人間関係を築き、誠実に、前向きに生きた女性はいただろう。残念ながら、千代ちゃんに関わる人との関係性が希薄で、千代ちゃんは我が道を行く。
加えて、千代ちゃんは生意気でこざかしく、自己中である。こんな主人公を子供たちに観させたくない。
他にもつまらない理由は多々あるが、何よりもストーリーが破綻している。
6月まで放送するのなら、脚本、演出、主人公のキャラにテコ入れすべきだ。

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名前無し

「おちょやん」の無神経さが不快で大嫌い。
脚本・演出が無神経だから、当然ヒロインの千代も無神経。
普通なら千代の言動を注意してくれる立派な大人や親友・仲間がいそうだが、そんな人間は誰一人出て来ない。もしいたとしても、すぐに千代ちゃんの謎の人間性でみんな丸め込まれる。
ドラマの中で語られる千代像(製作者が思い描く千代像)と、自分が感じる千代像がかけ離れ過ぎていて、物語や感動がすとんと落ちてこない。製作者はこういうことを言いたいんだなと考えながら、自己を補正して見ないと意味が全然伝わってこないから、すごく気持ちが悪いです。

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名前無し

今週のエピソードは完全に失敗。
脚本家は子供にとっての親、親にとっての子供、この両関係をなめすぎ。
初週のテルヲ千代ヨシヲエピから始まっていた。この脚本家は肉親の情がわかってないよ。
千代というヒロインは実は子供ほしいんでしょ?自分が不遇だったからちゃんとした家族を欲してる。そこに表れた男の子。無関係の子供を親の気持ちで守ろうとする未熟な、でも健気な千代。この話をたった五日でちゃっちゃと終わらせるとかできるわけないじゃん。
こんなの普通の朝ドラなら何週間もかけて描くよ。
そして子役を使う。千代の子役のように、この寛治役だってできる子役は絶対いたはず。
そういう手間暇をかけずに雑にドラマにしてるから視聴者がついてこないんだよ。

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名前無し

悪い奴が出てきてもなんか憎みきれないおちょやん。
テルヲさえ私は憎みきれない。千代ちゃんもそうだと思う。
あんなひどい仕打ちをされながらも万太郎を憎みきれず
だからこそ苦しんでいた千之助。
今回千之助のわだかまりは解けただろう。
千代ちゃんも千さんも情が深い。
もともと利害で結びついた間柄ではないかもしれない。
裏切られながらも相手を思いまた裏切られる、その繰り返し。
自分にとって都合の悪い人物を簡単に敵とみなし、
「あいつは悪い奴だ」と触れ回ることで自分を正しく見せるような人間は道頓堀にはいないのがうれしい。

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名前無し

このドラマ、千代という女優を描いた物語なのに、芝居のシーン、練習シーンがほとんど無く、ゴタゴタエピソードばかり。
万太郎と千之助の須賀廼家兄弟については、皿を割るシーンのみ繰り返されるが、これのどこが面白いのか全くわからない。もったいない、不快にしか感じない。
ドラマ内で、芝居の内容・ストーリーを見せないから、万太郎の凄さと千之助の欠点、万太郎一座と鶴亀家庭劇の芝居の違い、一平と千之助の芝居の違いなどが具体的に視聴者には知らされず、漠然とした雰囲気でストーリーを進めるから、ドラマに全く興味がわかない。
この脚本家は、伏線をほとんど張らず、後出しジャンケンと説明台詞で済ましてしまい、金曜日には道理に合わなくても千代がむりくり解決してしまう。今日なら、せめて、千代が二人の女優を説得するシーンを見せておくべきだろう。ダメな脚本の見本のようなものだ。
このまま放送を続けても、内容が好転する可能性はなく、さらに恥をさらすとともに後の作品にも迷惑をかけるのだから、3月末で終了するべきだ。

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名前無し

朝ドラでイベント中心の展開は向かないって証明しているようなドラマだね。
何か事が起こると他人の事にも俄然張り切って顔を出して、解決しているのか揉め事を起こしているのか微妙なヒロインの活躍?を何度も嫌になる程繰り返す能の無いエピばかり見せられているようで、何を見せたいのかになってしまっている。
朝ドラってそうじゃないよね!って強く感じてしまうのは、ヒロインの日常が見えて目標に向かって頑張っている姿を見せる事でヒロインへの共感が生まれてヒロインを応援して行けるのが今までの朝ドラの王道だったけど、そこを壊しに行っているのかって思えるドラマのよう。
今までの千代には日常も女優としての努力も見せずに、色んな事に首を突っ込んで偉そうなセリフを言わされて生意気でお節介なヒロインのイメージが定着してしまった。
当初から半沢直樹とかスカッとジャパンなんて揶揄されていたけど、もう期待も何も無いけど根本から朝ドラティストに合っていないスタイルは最後まで続いて行くのでしょうね。

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名前無し

BSで見てます。再放送の澪つくしのすぐ後に放送があるので何となく見てましたが、最近は物語のテンポが良くなって続きが楽しみになってきました。これから藤山寛美さんモデルの登場人物も出てくるようで期待してます。松竹新喜劇の全盛期は子供でしたが、藤山寛美が途方もなく面白かったことはよく覚えてるので。

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名前無し

このドラマは金曜日に山を作ることが多いが、今週は水曜日と金曜日に2つ山があると確信できるほど、今日の話は考えさせられた。

そもそも、なぜ一平が父の名を襲名しないのか、母を追い出したという父への恨みからというなら、その母から一平を説得してもらえば一平も考えを変えるかもしれないという千代のいささか甘い期待が今回の母親探しと再会だったわけだが、現実は厳しかった。

父に追い出されたのではなく、幼い一平を捨てて、自分から男と出て行ったと語る母は終始冷淡な態度で、手切れ金まで渡そうとする。自身も父の酷い態度に苦しめられてきた千代は、一平に代わって思わず夕に手を出してしまう。一平の受けたショックがわが身のことのように分かるからだ。

人の心理は極限まで追い詰められると「笑い」と「悲しみ」が紙一重になるのだろうか。一平のまるで母に駄々をこねる子供のように笑い転げる姿は痛ましくさえあった。今まで封印されてしまっていた、子供心にあまりにも衝撃的だった記憶が蘇った一平にとって、瞼の母は現実の母に変わった。気持ちを落ち着かせて、汽車賃だけを受け取り「お幸せに」と言って立ち去る時の一平は立派だった。

一方、夕とて幼子を捨てて来た後悔の念は今も変わらず、忘れることなど出来なかった。だからこそ、旅館の馴染み客に子供と海へ行った時の思い出を懐かしく語り、帰って行く客がまだ近くに居るのに、一平と千代を一目見て一平と気付き、顔を引きつらせ、冷淡を装ったのだ。本当は一平に合わす顔がない、こんな母のことは忘れて幸せになってほしいと願う母の気持ちは最後の号泣に表れていた・・。

一平、夕、千代の三者三様の辛く、せつない気持ちが凝縮された圧巻の一幕だった。

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名前無し

この番組は、千代ちゃんの泣き笑いの人生ではなく、関西の芸能史に重点を置いているように思える。それゆえに、それぞれの人物が唐突に描かれていて、視聴者には脳内補完をせよ、と言っているようだ。
しかしドラマである以上、せめて主人公(千代)と準主人公(一平)の幼少時代からの人間関係を丁寧に描くべきだった。

千代が「弟のために、死んでもいい」と言ったが、それほど弟を思い出す場面はなかった。
本当に弟を探したいなら、京都時代に千鳥さんに新聞を毎日、読まされたとき、新聞社の「たづねびと」の欄に記載すべきだった。カフェの店長に事情を話して、カフェの店長の名前と住所を貸してもらって。あるいはテルヲが千代の預金通帳などをかっさらったとき、「ヨシヲと一緒に暮らすために貯めていたのに」と涙ぐむか、唇をかみしめるか。道頓堀に戻っても、ヨシヲという弟がいることを岡安に話していなかった。それゆえヨシヲが唐突に現れ、ヨシヲの刺青、放火未遂という事件に、御託を並べる千代に視聴者はついていけない。

テルヲは毒親にされているが、本当の毒親なら、妻が亡くなったとき、千代を遊郭に売り、生後間もないヨシヲを裕福な子供のいない夫婦の養子に出すことができた。しかしテルヲは栗子が来るまで、子供たちに情があったのだろう。栗子のせいで千代を奉公に出し、その後ヨシヲは家出をしてしまう。そのころのテルヲの心情を描いてくれれば、視聴者はテルヲに共感しないが、男寡の複雑な気持ちを理解できたかもしれない。

一平は「母に捧げる~~」という台本を書いていた。なぜ、若い一平が唐突にそのような劇を制作したいのか、視聴者には解らない。たぶん千之助、鶴亀の社長は察しただろうが、視聴者には脳内補完をせよ、というのか。一平が子供のころ、「お母ちゃんに会いたい。お母ちゃんに会わせてくれへんのやったら舞台に上がらへん」と、だだをこねる場面があれば、一平はお母さんと生き別れたんだ、と視聴者は解る。一平が舞台で唐突に千代ちゃんにキスをする場面。これはルリ子さんが言う、「リビドーとタナトス」ゆえなのか。一平の悶々とした気持ちはどこから来ているのか。若さゆえか、千代に対する愛なのか、役者という仕事に対する不安からか、すべて視聴者に脳内補完させている。

みつえと福助の結婚も唐突だった。トランペットを川堀に投げるのが、みつえの福助に対する愛情表現だったのか、いや、これは脳内補完さえできない。

どんな人間にもドラマがあり、そのドラマは親、兄弟、夫婦、恋人、親友から生まれる。それをおざなりにすると良質なドラマは生まれない。

朝ドラは全国放送だ。小難しい言葉、下品な言葉、ストーリーの引き延ばしは、視聴者を不快にさせる。千代と一平の細部を描き、泣き笑いながら成長していく二人を軸にして、時代背景を描き、そして関西の芸能史を挿めば、視聴率が上がるのではないだろうか。

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名前無し

今週はなかなかにしんどい展開でした。
同時にあの時代の貧しい日本では、子どもが奉公に出されその先で厳しい目に合うということも多かったのだなと感じました。
幼いヨシヲの目線に立ったら、助けてくれる人がいない生きるか死ぬかというときに、唯一手を差しのべてくれる人がいたからすがったのだと思います。その後ヨシヲはやくざの一味になってしまうのですが。周りの人に恵まれ役者として成功しているように見えた姉が自分と違う世界にいる存在のように思えて、ヨシヲは「なんで俺だけ」といい放ちます。
そのヨシヲにたいして、直接千代が「どんなに辛いことがあっても、あんたがいたからかんばって生きてこれたんや」と、心から言えたことはほんとによかったなと思いました。
去っていくヨシヲの背中に向かって、「あんたは私の自慢の弟や」と涙と笑顔で声をかけたとき、ヨシヲは背中ごしにその言葉をしっかりと受けとめてくれたのではと思いたいです。いつか再会を果たすまで、精一杯生きてほしいなと思いました。

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名前無し

某老舗デパートの呉服売り場で働いたことがあります。
既婚の女性の礼服は留袖です。黒留袖は親族のお祝い事に着用します。色留袖は友人や親しい人の結婚式や、格式のあるお祝い事に招待されたとき着用します。このルールは大正時代から今日まで変わっていません。
未婚の女性の礼服は振袖です。振袖をお持ちでない方は訪問着、付け下げでも支障はないと思います。
ですから千代ちゃんは、未婚ですし、岡安の親族でないので、黒留袖も色留袖もルール違反です。
着物を着なくなった昨今、朝ドラ、大河ドラマの衣装担当のスタッフは、着物についての知識が希薄だと感じます。
「澪つくし」「独眼竜政宗」の衣装は、時代や身分に応じた装束でした。脚本家の大御所、ジェームス三木さんの作品には、衣装スタッフも細心の注意を払っていたのでしょう。
話は変わりますが、浪花千栄子さんは、仕事以外でも、ほとんど着物で過ごされたそうです。浪花さんに敬意を表して、着物ぐらいはきちんとルールに沿ったものを用意してください。
衣装スタッフの方々、若いから知らないでは言い訳になりません。PCという便利なツールがあるのです。PCから国立図書館にアクセスし、大正、昭和の着物について書かれている資料を取り寄せてください。
さらにもう一言、シズと延史郎の別れの場面、みつえと福助の駆け落ちの場面に使われた大きな寺社は、道頓堀あたりに全くありません。NHKさんは、滋賀県の三井寺でロケをしたとのこと。道頓堀の雰囲気を大切にしたいのなら、道頓堀から走っていける水かけ不動さん(夫婦善哉で有名)のほうが良かったのでは。
脚本家の方は、もっと大阪、関西のことを研究して台本を書いてください。関西人はテレビの吉本のイメージがありますが、ほとんどの関西人は良識と品位を持っています。谷崎潤一郎曰く、関西弁はたおやかで温かみのあるイントネーションだとのこと。
「おちょやん」のせいで、大阪人、関西人のイメージが悪くなっていくのを危惧しております。

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名前無し

あくまでも個人の感想ですので、一方的であればすみません。

「おちょやん」は、主役級の俳優さんがたくさんおられるわけでもなく、最近の朝ドラでは珍しいのではないかと思いました。知らなかった脇役の方や、エキストラに近い方も、演劇、映画、TVドラマの世界では当たり前のことですが、重要な役割だということも改めて感じました。多の方が関わって作品が出来るのを、リアルに体現されていますね。本来役者さんが劇中劇で役者さんを演じるのは、加減が難しいだろうと思いながら見ています。

杉咲花さんは、千代ちゃん役とは別に、女優役もこなさなければならないし、何よりも大阪弁が大変だったと思います。杉咲花さんの、身体を張った演技には毎回すごいと思いながら見ています。同世代、もっと上の世代でもここまで演じる方は、少ないのではないかと思います。

すでに収録を終えた子役の毎田暖乃さんは、ドラマとは違って言葉遣いが丁寧でしたが、千代ちゃん役になり切ってしまうところがすごかったです。お父さん役のトータス松本さんと二人の「千代ちゃん」、今ではこの父娘でないと「おちょやん」ではないと思うくらいです。それにしてもここまで人間くさいドラマは本当に久しぶりです。しかも朝ドラでここまでリアルに格好をつけずになかなか見られないと思いました。千之助さんも、ここまでせんでも、という気持ちが、笑いになったのでしょうか。嘲笑だったら劇団に参加しなかったと思いました。

女形を演じておられた漆原さんを見ていて、子供のころに見た映画の時代劇で
「雪之丞変化」を思い出しました。男女二役を見事にこなされていて、長谷川一夫
さん、大川橋蔵さん、美空ひばりさんがそれじれ演じておられたのを覚えています。
子供の時だったので、男女の一人二役が強烈だったせいでしょうか。
漆原さんに「おちょやん」でやってもらいたいと、つい思いました。

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名前無し

結局のところ、泣いて笑える朝ドラを『エール』が派手にやってしまったというのが今作の低視聴率の遠因かもしれない。実は今作と前作はドラマのタイプが似ていると最近思う。設定は全然違うが、今作も大いに笑わせ大いに泣かせるドラマになってきている。最近の主演のはじけっぷりを見るとそう思える。が、はっきり言って面白くない。面白いの感じ方は個人差があるだろうが、『エール』のミュージックティとプリンスの笑いを取り入れながらも本格的な歌の対決と勝負を越えた友情を見た後に、杉咲花のタコ入道と千之助の地震の鳥マネでは、なんというか、がっかりだ。
初期の段階で目指していたのは、主題歌にある通りの「泣き笑いのエピソード」だったはずだと思う。子役編の第一週は家庭環境が劣悪すぎてほとんど笑えなかったが、子役第二週の道頓堀(天海天海一座)、杉咲花に変わっての第三週(ご寮さんの恋話)などは「泣き笑いのエピソード」を目指していたように感じた。惜しいと思うこともあったが個人的にはそこまでが一番よかったと思う。
京都編から大きく崩れ、テルヲ週で初期の良さは吹き飛び、今週新たな気持ちで見始めたが、やはり難しい。これが大阪の笑いか?と言いたくなる。
私はけっこう前からこのドラマは千代がメインじゃない方がこの脚本家は面白くできそうだと思っていた。今日の回、漆原と一平がメインでなかなか良かったと思った。が、ここまで二か月もかけながらこの程度かとも思った。天晴、徳利、漆原の三人は最初からいたと思うがどうも彼らと一平の絆がわかり辛く、というのもそもそも彼らと一平の感動エピソードが子役編の時になかったからだと思う。そして一平が最初の道頓堀編の時と同じでツンデレ王子なままで深みがなく、何を一人で悶々としているのかその説明や気持ちが垣間見えるシーンが少なすぎるので脳内補完のしようもない。ここまで千代だけでドラマを回していながら千代の演技も人間性も成長が見られず、一平サイドを並行して描いていなかったので一平の言動が唐突でわかり辛い。とにかくこの脚本は、結末を見せることには熱心だがその過程が細かく描けないので、日々を積み重ねる朝ドラを楽しんできた人には面白味が感じられないのだと思う。例えば「ひよっこ」の岡田恵和なら、この漆原の話は用意周到に話の種をまいておき、感動のエピソードに仕上げてきただろう。
女形はいらないと漆原に言った一平。漆原も、そして天晴も徳利も知らない俳優だがとてもいいと思う。特に漆原の俳優はこれまで今作で見てきた役者の中で最も魅力的に私は感じた。役柄も、ただ人がいいだけの小暮よりずっと味がある。彼がこのまま去ればこのドラマは終わりだ。男性の俳優として残るならそれも単純すぎる。明日、あっと言わせる結末を期待している。とりあえず、「千代のおかげ」には絶対にしないでもらいたい。

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名前無し

花ちゃんに変わって一週間。まだそんなにしか経ってないのかとちょっと驚く。それほど内容が濃かった。
それにしても、杉咲さんの演技力を改めて認識させられた。
「夜間観覧車」の壮絶な演技を見て、この子はすごいと思っていたが、ただすごいというよりも、天性の資質のひらめきがある、というのが今週の感想。

シズに「延四郎に会ってくれ」と迫る場面は圧巻だった。
語調から顔の表情、がらりと変わる目の光、迫力、学習して作為的にやっているものではない。
周りの役者たちが息を呑んで演技を見守っているようだった。
まだ若いが、この人なら、たぶん座長としてチームのだれもを納得させる力があるだろう、と想像できる。
そして、一代記をやるのにこれほど適した人はいないだろうな、とも。

朝ドラで妹役をやった実力ある新人は、いずれ主役に抜擢されるというジンクスがあって、今まで数々の女優がそれに乗ってきたが、杉咲さんは、その中でも抜きん出た才能のようだ。
制作チームが盛り立てて、いかんなくそれを発揮させてあげてほしい。
(余談だけど、次なる才能は、清原果耶ちゃんと期待。)

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名前無し

今日の回は泣かせた。
芝居茶屋で一時期邂逅した人たちの別れ。
チンドン屋の奏でる「カチューシャの唄」に乗せて、さまざまな人の顔が流れていく。

シズと延四郎のサイドトーリーは、延四郎の悲恋という形で終わった。
シズにも心残りがあったかもしれないが、家を守り盛り立てることにかけた25年は、充実していたことがうかがえる。
一方の延四郎は、歌舞伎界におけるわが身や、不治の病、ただ一途にシズに会いたいと思い続けてことを考えると、胸に迫るものがある。
そして、シズを見送りながら嗚咽をこらえる顔。こちらも涙がにじんだ。
やっぱり、二人を会わせてあげてよかったよ、千代ちゃん。

…と、そこへ最後にあのクソオヤジが登場。年季明けを狙って来たか?
来週も、負けるな千代!!

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名前無し

今週は終戦を挟んでまさに泣き笑いの1週間だった。いや、泣いていた時期が長かったと言った方がいいだろう。道頓堀の焼失と福富一家の悲劇、みつえの悲しみ、芝居の未来が見えなくなりそうになった千代。人々の心は荒み、生きて行くだけで精一杯だった。
終戦直後もみつえも千代も悩んでいた。そうした中で、千代が見出したのは芝居の精神的原点だった。高城百合子の「人形の家」を見た時の感動である。
原点を再発見した千代は、再び芝居に目覚めた。そして、親友のみつえを励まそう、笑わそうと頑張った。そこで、決定的な切り札になったのが一福のトランペットだった。
吹いても音が出ないというと、亡くなった福助の学生時代を想起させた。そして、ついに芝居の場で音が出た!
みつえが笑い出したのは芝居の場のハプニングもあるだろうが、一福のトランペットに福助の姿を見出したからではないだろうか。福助はトランペットに生きていると。
みつえの笑いと、家庭劇の再出発で、ようやく明るさを見出し、来週に期待を持たせてくれた。

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竹林の道で慟哭する千代の演技は圧巻だった。
このドラマは一話の中にいろいろなことが詰め込まれているので、あっさりとは理解できない面があるが、あの慟哭のシーンは千代が役者として留まれるかどうかの瀬戸際の苦しみだったと思う。

その前に、夜な夜なこっそり稽古場に行き、ネコを相手に小声で稽古をしていた。しかし、一平は戦争を鼓舞した劇を作ったことを後悔したのか、飲み歩き荒れている。食糧を分けて貰いに訪ねた農家では、役者なんて・・世の中の役に立つことをしろと冷たく言われる。次第に自信を失くす千代。

農家からの帰り道、竹林の続く郊外の静かな道を千代は一人トボトボと歩く。もう劇なんて出来ないのだろうか?そんな思いが去来していたのだろう。「人生双六」の台詞を小さな声で呟いていたが、「生きててもしょうがない・・・」という台詞のところで、ガックリと膝を折った。「出えへん・・何だったかな?」あんなに好きだった芝居の台詞を忘れてしまった。何か言おうとするけれど、言葉にならない。ただ、泣き崩れるばかりだった・・・。
千代の気持ちを思うと胸が痛む。
私はあの暗い竹林の道に、子供時代の千代が家を去るシーンがふと重なった。あの道は今度は千代をどんな人生に向かわせるのだろうか・・・?

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正義の味方

今日は外からウグイスの鳴き声が聞こえる。
ブルーマウンテンの香りが引き立つ部屋で、最上級のクォリティーのドラマ『おちゃやん』を視聴する。至福の一時だ。

杉咲花は、モデルのような美しさはない。しかし、超一流の香りがする女優だ。

脚本も非常に細かい意図を持て、練りに練られている。1時間ものの連続ドラマでも、ここまでクォリティーの高いドラマはみたことがない。
歴代の朝ドラの中でも最上級ではないだろうか?

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道頓堀の灯りや賑わいが消えて...戦争は本当につらい。

ところで、おちょやんもあと1ヶ月半。こんな具体的な数字を書くと、あと1ヶ月半もやらなくていい、と、アンチの人から突っ込まれそうだけど、おちょやんは段々いいドラマになってきて、今では出演者皆に感情移入するほどになってきた。

千代の戦後の活躍はこれから。
そして、花菱アチャコさん、いや、本ドラマでは花車当郎との出会いも、戦後に繋がっていく。
楽しみがまた増えました。

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名前無し

先週の感想。やはりというかなんというか、あくまでもテルヲ中心の一週間だったと思う。最終的に千代は笑顔でテルヲを送った。テルヲが幻の中に見た千代、葬式を終えて仲間たちと送った後の千代、どちらも優しく微笑んで。これがこの脚本家の限界かなと思った。
この脚本家の頭の中で千代の死んだ母=テルヲの妻は聖人のごとく優しくよくできた人で(過去にそういう説明もあった)、この母ならテルヲを許すかもしれないと千代が言ったがそんな馬鹿なと私は思った。私がこの母なら、自分が死んだ後に娘達を放置し豚の餌を喜んで食べるほど飢えさせ、女を連れ込み孕ませ、その女の言にのって娘を追い出した、娘が成長したら自分の借金を娘の体で返させようとしたこの夫を、絶対に許さない。どうしようもない夫に優しく微笑んできた妻であっても、自分が腹を痛めて産んだ娘にここまでの仕打ちをしたら許せないと思う。そして道頓堀やカフェーで辛い境遇の女や母たちを見てきた千代が「母なら許すかも」という発想に至ることもないと思う。
恐らく、女性の脚本家ならこんな展開にはしなかった。これは性差があっても仕方ないところだろうとは思う。それに今作の脚本家は女性を描くのが極端に下手だ。栗子やルリ子や一平の母など女の愛憎を描いているようでたいしたことはない。千代の母も極端に偶像化されていてリアルさはない。このテルヲの末路はどこまでも男性に都合のいい展開だと思った。
朝ドラらしく終わらせるなら、テルヲが「もう二度と会わない」と絶縁宣言をして千代の前から姿を消すのが最良だったと思う。お家さんが生きていたら彼女がテルヲを諫めてそうさせるのがよかっただろう。そして千代には「親のことは(テルヲの存在も彼がしてきたことも)忘れて自分の人生を生きろ」と言って終わらせればよかった。お家さんが死んだ後にそういうずっしりとした言葉を発することのできる人がいないキャラ層の薄さ、あの千之助までテルヲ側についてしまうという脚本家の好みで性格を変えてしまう浅さ。結局一平が余計なことに遺影まで作ってやって、千代はもう一生テルヲから逃れられない。一平の言動にそれまでの人生から得られたものがなく、なんと薄っぺらなことか。
このように、ドラマはテルヲ中心に進み、実際反響もテルヲに対してのものが多かったと思う。千代の気持ちより、テルヲがいかに動くか、いかに死ぬかの方が世間の関心事だった。ヒロインの人生を見守ってきた朝ドラ視聴者が今作に限って大勢見なくなってしまったのは、こういうヒロイン軽視のドラマを好まないせいでもあると思う。

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名前無し

第14週「兄弟喧嘩」。前作『エール』の第13週が「スター発掘オーディション!」だったので時期的にスピンオフを差し込んで撮影を調整する頃なのかもしれないが、それにしてもまあ興味のない話をダラダラと。
ここにくるまでに千之助と万太郎に相当の魅力がなければいけなかったのだろう、『エール』のプリンスとミュージックティーチャーのように。そう考えるとこの低視聴率も納得。この二人の兄弟喧嘩を見たい人がどれだけいるのだろうか。そして今日見せつけた生卵が頭からだらりとたれてくる気色の悪い映像、みんなで笑いはやし立てる。もはやいじめである。制作が視聴者の気持ちなど無視して突っ走っているのがありありとわかる週になってきた。
相変わらず千代もよくわからない立ち位置で右往左往かと思えばなんでもわかっているような顔で万太郎をにらみ上げる。この千代にもっていくまでにもっと視聴者から共感されたり同情されたり愛されたりするような場面が頻繁にあるべきだったと思う。千代の日常を疎かにした結果、杉咲花の演技力だけが評価され、それが浸透してしまったことで千代の表情が全て演技臭く見えてくるという悪循環。
私は最初から思っていたが、このドラマはとにかく杉咲花に頼りすぎている。今週?か生放送番宣に出演するらしいが、基本的に大河も朝ドラも主演は撮影終了まで撮影に集中させて、トーク番組出演は他の役者がやってやるものだ。井上真央が大河主演の際に低視聴率を謝罪した時のようなことにならないようにしてほしい。低視聴率は杉咲花の責任ではない。責任を問われるべきは脚本家と演出家と製作総指揮だろう。彼らが顔と名前を出せばいい。

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名前無し

毎回期待を持たせる思わせぶりの展開が旨くて面白いが、そればかり拘って人間が描けていないと思います。そのため御寮人さんと宗助が夫婦に見えずみつえもこの夫婦の娘に見えない、また福富の喫茶店で千代とみつえの友情も取ってつけた感じだし、そこへ来たみつえの夫福助も空気でした。鶴亀家庭劇の劇団員も烏合の衆で魅力がありません。これで道頓堀で須賀廼屋万太郎一座と人気を二分する劇団とは嘘くさい。肝心の千代と一平も恋をして結ばれる過程が旨くなかったので二人が夫婦に見えない。結局人間が描かれていない上っ面のドラマで心に残りません。

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■上手すぎるカモ by星★

 上手すぎる!この質で続けて欲しい(が、もう少しアラいほうがわかりやすいかも)。
 それほど、見事に、月曜から振り巻いたネタを金曜日の「劇中劇」でまとめ切った。

 この「まずさりげなくネタを振っておいて、金曜日にもう一度同じネタで完璧な〆にもってゆく」やり方は、
「道頓堀、ええとこや」の、「劇中劇」(この世に未練を残す父とこの世に残る子の「泣き笑い劇」が2度繰り返された事)と同じやり方である。
 いつあの「劇中劇」の様なウマ味が戻ってくるかと思っていたが、今日、ここでとは思いもしなかった。

 この劇は「京都編」の舞台「正チャンの冒険」、活動「太陽の女カルメン」とは質が違う。
「劇中劇:手違い劇」が始まる。------------------------------
・まず、千代の昨日までのキンキン声が微妙におさえられていると思う人もいるのではないか?ここで劇中劇の中身を落ち着いてみせる演出かと思う。
 ・そして、千之助は(万太郎を意識し)舞台の中央で「ここに残る」から勝負開始。
 ・「松庵先生が浮気をしていた」発言で、度肝を抜く。千之助はまず松庵先生から勝負に引込む。
 ・「ワシは小娘には興味はない、好きなのは男」で笑いを取り松庵先生は勝負をクリア。
 ・続く千之助の標的は芸者で「ワシはこんな芸者知らん」という、千代は芸者に「あんたは?」
 ・「ご寮人さんとの仲を引き裂きたくない、旦さん楽しおました」でまた千之助は窮地に立つ。
 ・千之助はご寮人さんと久助との密通を言い出す。これでご寮人さんと久助(一平)を勝負に引込む。
 ・千代の「このままで良いのだすか、ホンマのこと言うとくなはれ」この千代の声は(キンキン声ではない)毅然としたハリがある。女優さんってやっぱ上手いんだなと再認識。
 ・ご寮人さんは旦さんに「わては浮気なんかしてへん。どんな言われてもかまへん。あんただけは信じて欲しかった」
  (ここでかっての元カレの名前を漏らすのが切なくご愛敬でもある。「泣き笑い」だ)

 ここで二組の男女を壇上に並べ、手が入れ替わっているので勝手に動くとして「手違い劇」〆。
 ・今まで、一平を舞台上では地味に、舞台裏では冷淡に描いていたが「ここで初めて千代と肩を寄せる」という演出もウマい。
 ・高峰ルリ子の「現実での見果てぬ恋心」をこの舞台で再現してみせる高峰(明日海りお)さんに私は涙が出そうになった。
 ・千之助の微妙な表情を「ほっしゃんの表情」とこじつければ、また面白い(楽屋オチだが)。
最後に、千代の「これは手違いやあれへん。旦さんの心だす」、千之助の「もうこりごりや」で幕。
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 (構成が緻密すぎて、もう少しアラがあった方が分かりやすいかもしれないが・・・)この10分は1か月分ぐらいの味わいの、各人をうまく配置した劇中劇だった。
 そして、万太郎の目を映しておいて「まだまだ」と言わせ今後につなげる。
 千鳥の去り方もニクい(「老兵は死なず」的哀愁を思い出した)。
 ・・・まだ余力を残していることを匂わせているが、このハイペースで大丈夫かと心配もしている。
 

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