2.77
5 494件
4 119件
3 70件
2 219件
1 622件
合計 1524
読み おかえりもね
放送局 NHK総合
クール 2021年4月期
期間 2021-05-17 ~ 2021-10-29
時間帯 月曜日 08:00
出演
東北・宮城を舞台に、誰かの役に立ちたいと思う百音(清原果耶)は、生き方を模索する中で天気予報の可能性と出合う。「空の未来を予測して、人々を笑顔にすること」の魅力を知った百音が気象予報士として羽ばたいていく姿を描く。 脚本家・安達奈緒子オリジナル作品...全て表示
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名前無し

星評価付きじゃないとコメント打てない
ルールにすればいいのに。
そしたら、一週間に一回のコメントで済む。

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名前無し

普通に見ていてモネに気象予報士の試験の勉強を菅波先生が一生懸命教えるのに違和感があった。
百歩譲ってそのお陰で合格したのならその時点で二人には師弟のような信頼関係が出来たと思う。
なのにモネが上京してもそっけない感じだったのに、偶然コインランドリーで出会ったら本来あったであろう師弟関係でなく中学生の初恋のような感じになっているのが不思議だ。
多分多くの視聴者もそのあたりに違和感を感じているのではないかと思います。

    いいね!(20)
名前無し

今作のゆったりした時間の流れに慣れてきた。
オペラ歌手に憧れて歌手を目指す、芝居を見て衝撃を受けて役者を目指す。そういった頭をがつんとやられてその道しか目にないくらいに猪突猛進なヒロインたちと違って、モネは本を手にしては閉じ、買ったら値段を見て図書館で借りればよかったかなとつぶやき。でも袋から本を出したり入れたりしながら最後は小さく笑う。その笑顔にモネの中に生まれた希望と新たな一歩が見える。
本を読んでは数式にビビり、わかりそうなところから読んでみても文章が難しく、またも本を閉じてしまう。けれども空を見上げると日々違う雲がある。モネはもう空に興味をもっている。写真にとってたしかめようとする姿勢は朝岡から学んだものだろうか。雲の写真に名称を書いて並べて貼っていく姿は素直にいいなと思った。

『エール』『おちょやん』と二作続けて波乱万丈で浮き沈みの激しいアップテンポのドラマチックドラマが続いたので拍子抜けしている人も多いかもしれないが(視聴率が低いのはそのためかと思う)、日々を丁寧に生きる姿は『スカーレット』、何気ない一日を切り取るのは『ひよっこ』に近いかと思う。モネ、妹の未知、菅波などの等身大でリアルな若者の言葉にどきりとする瞬間がいくつもある。若いながら上手い役者たちの呼吸一つ視線一つに意味があり、それをじっくり見たい気持ちになる。主演クラスの両親や朝岡になるともっとすごい。ここまでの二週間でドラマをはっきり形作ったのは主演はもちろんだが朝岡役の西島秀俊の力も大きいだろう。

サヤカから実家に帰ることを勧められた時のモネの顔は複雑だ。菅波からもそれを指摘される(菅波はおもしろいキャラ、今後も期待)。家族には会いたい、が・・・その先の言葉は出ない。サヤカがわかってくれていて、元気に明るく送り出す優しさ。
バスに乗るまでモネの笑顔は本物ではなく、バスの中で女性と話しているうちに「おじいちゃんの牡蠣を食べたい」という気持ちに気付き、海を見るモネの顔はまだ暗かったが、船着き場で見た妹と父の姿に満面の笑みがこぼれる。
潮風を感じてモネの笑顔は晴れやかだ。「おかえり」と母の笑顔。仏壇に手を合わせ「ただいま」。
暗い表情で「島を出たい」と言ったモネが明るく帰ってきた。父と母の喜びがわかる。
上記のように、移動のシーンだけでモネの心の動きがはっきりと読み取れる。両親やサヤカの一瞬の表情に感情がはっきりと浮かぶ。これは役者が全員上手いからだろうし、演出も演技の意図を殺さない誠実な演出だからだと思う。美しい自然がふんだんに映され、朝岡が言った「空を見て雲をきれいだと思う人の心はもう前向きになれている」という言葉が何度も思い出される。この景色をきれいだと思う人はきっと心が前向きになっているのだろう。私は毎朝このドラマを楽しみにしている。

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べえべえ

ここで何か人の役に立つことを見つけたい。そう言っていたモネは、山で遭難しかけた小学校の児童を、気象予報士の朝岡や医師の菅波からの電話での的確な指示を受けながら、なんとか救出することができたのだが、
菅波からは、
「あなたが何かできたわけではない。森林組合の職員としてちゃんとプロになれ。それができてないのに、なにか見つけたいとは甘えている 。」
と、厳しく指摘される。
まず自分の今の仕事を一人前こなすことが第一。その意識を飛び越えて”何か見つけたい”と口にするのは、確かに失礼で、甘えていると言える。
でもモネの気持ちもわからなくはない。
人の役に立つとは、まずは自分が自立すること。何かの能力があると自分で思えること。そして、仕事や交友など、ここ登米の人たちに溶け込んで調和した一員として生活できていると思える状態になること。
そうなって初めて、"私は人の役に立っている"と思えるのだ、という意識があったのだと思う。
この先気象予報士を目指すという目で見ていると、森林組合の立場を軽く見ていると思いがちだが、あの時点ではまだ気象予報士への特別な気持ちはなく、 "自立"し、"能力があると思える" ようになるとは、まずは森林組合の職員としての仕事を一人前にこなし、登米の山のプロとして、何か自分にできる特別なものを見つけたい、という意識だったろう。

「ここには(自分ができる)何かあると思った。」
と、モネに言ったのは菅波自身だ。どなたかも書かれていたように、菅波がここに来るようになったいきさつはまだわからないが、何かを抱えているようにも思える。
「まだなにか見つけたいとは、甘えている。」は、菅波自身に向けられた言葉でもあるのかもしれない。

ともあれ、モネは朝岡から、
「自然相手に絶対はないが、少しでも確からしい情報が得られれば人間は動くことができる。気象は面白い。全部が空と水でつながっている。あなたは空のことも知るべきです。」
と、励まされ、手に取った本には、
『気象予報士は命を守る仕事です。』
と書かれていた。
海と山と空が水を介してつながっている。
気象のことを知れば、この山や島の海や、さらに多くの人につながり、そこにいる人たちの命を守ることができるかもしれない。モネに強い熱意が生まれた週だったと思う。

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べえべえ

今作は震災の爪痕を、その物理的な映像や直接的な心理ではなく、そこに生きてきた人々の日々の営みの中に、その言動やふとした表情として淡々としかし緻密に描こうとしているように感じる。
昨日昼の私の投稿は、そんな島の人たちや家族の思いを私なりに読みとったまま書いてみたのですが、もう少し雑感を追加で投稿させていただきます。

主題歌がまたこのドラマの内容によく合っていると思う。いつにも増して心にしみる歌詞で、聞くたびに胸が熱くなる。
人の営みとは異なるスケールで動いている自然は、時に突然牙をむいて襲い掛かることもあるが、次の日にはもう何も無かったかのように元の穏やかな表情に戻っている。しかしその痕跡の節々には、新たな息吹きが輝いているところもある。
そういう雄大な流れは、温かく懐かしいもの、無くしたものや置き去りにしたもの、理不尽なことすら全て包み込んで、人々は身をまかせるしかなく、できることから営みを再開していく。
海や山など自然を相手に生きてきた人たちは、そうしたことを大小の差はあれ何度も繰り返してきたであろう。
モネもそうした自然の中で生きてきた一員ではあるが、まだ経験は浅い。
タイトルの「おかえり」には、そんな中での心の変化の意味が込められているのかもしれない。モネがどこに、どういう状態で、心情で、「帰る」ことを表現しているのか、非常に気になるタイトルだ。
その答えは、これからの楽しみとしたいと思う。

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べえべえ

日本の原風景とも言える田園や森林の風景の中でのロケが多用されており、それだけでも懐かしく心洗われる感じがするが、その風景の中で映し出されるモネの故郷や実家への思い。主人公の過去の経験をところどころに織り交ぜながら今の心境を見せていく。
清原さんの心情を語るような表情が素晴らしい。「透明なゆりかご」に通じるものがあり、子役から始めなかったのも納得できる滑り出しだった。

気仙沼の島で牡蠣の養殖を営む実家を、高校卒業とともに離れ、内陸の登米という町で森林組合に就職した主人公モネこと百音。
下宿先のサヤカさんやその知り合いで登米に来ていたテレビのお天気キャスター気象予報士の朝岡たちと、幻想的な北上川の「移流霧」を見たモネは、
「島の海で見ていた『気嵐』に似ている。」と言い、小さい頃から「気嵐」と海からのぼる朝日を見るのが好きだったと語る。
しかしそのあとに数年前の映像。
震災にあった島を、茫然と見ているモネの表情。
「でも私、あの日、何もできなかった。」
自然への憧れと畏怖、その中で自分の無力さを見つめるようなモネに、朝岡は「いつか霧は晴れます。」と言葉をかける。

「とにかく私はこの島を離れたい。」 
この時の体験が深く影響しているであろう島への思いを胸に、山の仕事を選んだモネ。
高校の水産実習の取材で、将来の水産加工への目標を語った妹をテレビで見てショックを受け、
自分には確たる将来の目標や、この仕事への熱い思いがないことに焦りを感じる。
「自分も人の役に立ちたい。」あのとき(震災)は何もできなかったという心の傷に、子供のころに祖父から聞いて今も頭に残っている言葉が呼応する。
「山は海とつながっている。山の葉っぱが海の栄養になる。何も関係ないように見えるものが何かの役に立つということはたくさんある。」
牡蠣を育てている祖父ならではの言葉だ。
島を出ても、島に無関係と思えても、島の役に立てる何かが見えるのではないか。島を出る決意の中にはそういう意識があったのかもしれない。
サヤカさんはそんなモネを見て、モネを山に連れて行き、自生するヒバの木を見せる。樹齢300年のものもある。
華やかに重宝される檜(ひのき)になろうとしてもなれず、いつも「あす」は「なろ」うと思っているから「あすなろ」とも言うのだと説明し、
「この山では(環境が厳しく)檜にはなれない。だがそのぶん厳しい自然に耐えながらゆっくりと成長するから、ヒバの木は密で虫にも湿気にも強い。」
「あせらなくてもいい。ゆっくりでいい。」ゆっくり成長していけばいい、とサヤカさんはモネに言い聞かせる。
「大いに悩め。しかし結論を言えば、一生死ぬまでなんの役に立たなくても、何も残さなくてもいいのよ。」
と意味深なことも言う。
 たぶんそれはモネの祖父が言った、「見えないところでつながっている。」と同じ。
役に立たなかったと思っても知らないうちに巡り巡って何らかの影響を与え、またそれが自分に戻ってきて成長している。

「仁に過ぎれば弱くなる。義に過ぎれば固くなる。ーーー 信に過ぎれば損をする。」
サヤカさんの新田家で毎朝唱える伊達家の家訓は、何事も柔軟におおらかに構え、中庸が肝要だと説いていると思う。
焦らず、その時々起きる事象に合わせて、できることをして生きればいい、という心境であるかもしれない。
まだわからないが、海や山に生きる、人のスケールとは違う自然を相手に生活してきた人達。震災にあってなお脈々と営みを繋いでいく人たちの、この物語の根底にあるテーマなのかもしれない。

「島がいやなわけではない。でも。」父へのメールにそう書きかけて、結局消したモネ。でも「ここには何かある。」だったのかな。
 東京から組合の診療所に来ている医師の菅波が言っていた言葉なのだが。
 朝岡のピンポイントで間近な天気を予報することの魅力を感じたり、ここにある山や木、空の魅力、そして人々の活気の中で、自分にできる「何か」を探して、モネはここで生きる決意をしたように思う。

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名前無し

「俺が海で生きるのはあの日で終わりにしたい」。新次が亮の船に乗り親子船で海に出ることを望んでいた人もいたかもしれないが、私は海に戻らないとした新次の決断が一番いいと思った。宇田川が最後まで姿を見せなかった時から、もう新次が漁に出ることはないような気がしていた。前と同じ状態に戻ることがその人の最善とは限らない。負った傷は簡単には癒えない、癒えない傷を抱えて人は生きていかなければならないが、それは前と同じでなくてもいい。その人なりの一歩を認めることの大切さ。このドラマの主張のように思う。

どんなに思っても力を尽くしても元に戻らない。元に戻せなくても新しく作ることができるならそれが一番いい。でも人だけはどうにもならない。どうにもできない思いを抱えて新次はもがいてきた。しかし息子が海から戻れなくなって、「亮を返してくれ」と妻に祈り続けて、ようやく気付いたという。愛する妻が海の向こうにいると、自分が思っていたのだと。
妻の死を認めた瞬間が、息子の危機によってもたらされた。なんと辛いことか。そして息子は無事に帰ってきた。父親として、様々な思いがよぎっただろう。必死な息子のために、亡き妻のお金を使う。いいお金の使い道。そういう言い方をして、新次は亮に船を買わせようとしている。それは亮自身の、亮が海で生きるための船だ。
前に亮が船の資金繰りの相談に来て「親父が好きそうな型だから」と言った時、耕治は苦い顔をしていた。「お前の船だぞ」と。亮の船は亮の人生をかけた船。親を立ち直らせるための道具ではない、という耕治の意志。そして新次もまた、同じ気持ちだった。
「親父を元に戻すことが俺の生きてきた目的」と亮が言って、とても悲しかった。15歳で大震災にあい母をなくし、父は壊れてしまった。高校を卒業して漁師になり、働いて家を守ってきた亮。酒屋に近所の人に警察に頭を下げ、漁師たちに頭を下げ、助けの手を差し伸べる友や永浦家の大人たちを拒み、どれだけこの子は一人で生きてきたのだろうと思う。彼の清廉すぎるほどの精神をやわらげてきたであろう母の存在が突如なくなったことがここまで彼を追い詰め、身の危険にまで至らしめた。だがそれが父を目覚めさせたとも言える。妻の死を受け入れた父は、今こそ息子を様々なしがらみから解放しようとしている。
新次の言葉で、彼が海に戻ることを諦めたのではなく、終わらせたのだと、亮にも伝わったと思う。美波は新次という船の港だったのだろう。美波のいない今、新次は漁に出るつもりはない。それでいいと思う。新次はイチゴが「育つ」ことに喜びを見出していた。彼が島一番の漁師のままだったら生まれなかった感覚だろう。新次は変わりつつあると思う。
そして美波は及川家の精神的な中心だったのだと思う。亜哉子が永浦家の中心に立って家族の気持ちをつないでいるように。美波がいなくなり父と息子は腹を割って話すことができなくなった。永浦家が見守る中でようやく話せた二人。あの場に仏壇もあり、美波の声の残った携帯もあった。美波も雅代も含め、女たち全員で見守った及川父子の語らいだった。

そして死亡届に判を押す時。永浦家の男達も集まり、全員で見届ける。なかったことになんかなるわけない。皆の顔を見ればわかる。皆が美波の死を悼み、悲しんでいる。そしてあの笑顔を忘れない。「幸せになっていいんだよ」。耕治の言葉は新次だけでなく亮にも届いたと思いたい。回想を見てここまでのドラマが一気に蘇り、涙が止まらなかった。モネの人生、永浦家の歩みとともに、及川家の歩みも見てきた半年だった。

このドラマのスタートは、亜哉子のお腹にいるモネを助けるために新次が海を渡ってきたところから始まった。今、モネが新次を、橋を渡って亮の元につれてきた。そして皆がまた一歩、歩き出す。今日の回で、亮は話し合いの前に「いてください」と永浦家の女達に言い、亮が向けた視線の先には未知がいた。未知は「わかった、ここにいる」と答えている。未知が亮の港になるのか、それとも未知もまたモネのように島を出るのか。漁師にならない新次のここからは。もう一方のぶつかった父子・龍己と耕治は。新次には牡蠣棚をやってほしい気もしていたが・・・。このドラマは現実感が強くて、あと7回で終わるとは思えないくらい(笑)、それぞれの人生が本当にずっと続いていく感じがする。

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名前無し

「誰かの役に立ちたいと思ったから」
中学生の女の子になぜ気象予報士になったのかと問われてモネはこう答えた。案の定「きれいごと」とまたもバッサリ言われてしまったが、それでも言い続けるモネの強さがまぶしい。自分がモネなら「自然が好きだから」「彩雲に感動したから」とでも言って済ませるところだが、この「言って済ませる」をしないのがモネと菅波。たしかドラマ放送初期に、モネが菅波に「どうして医者になったのか」と聞いた回があったと思う。その頃の菅波はまだまだ冷たくてぶっきらぼうに答えていた記憶があるが、それでも返答はしごく真面目で逃げはなかった。モネが女の子に敬語で会話しているのもどこか菅波を思い出させる。
同じくドラマ放送初期に、誰かの役に立ちたいと言ったモネにサヤカが「真っ当だ」と言ったことも強く印象に残っている。真っ当なことがきれいごとに見えてしまうのも過去の経験がそうさせてしまうのかもしれない。真っ当なことを鼻で笑う風潮もある。でも真っ当に生きてきて今もしぶとく生きるサヤカや龍己が、真っ当なことを言い続けるモネの背中を強く押す。遠く離れたところにいる「正しくて冷たい、けれど優しい」菅波先生が、彼も彼のやるべきことをしつつ、気持ちはいつもモネの側にいる。そしてモネはもう無力な少女ではない。
中学生の女の子は、これまたNHK朝ドラ班がモネにそっくりな雰囲気の少女を連れてきたという感じ。すごい。顔じゃなくて、雰囲気が、清原果耶・蒔田彩珠と同じ系統。赤いマフラーも効いていて、これはあの震災の日のモネの再現でもあるとすぐにわかった。この中学生にモネがまっすぐに自分の気持ちを言えたことに意義があるのだろう。

モネが最初に持ってきたけあらし観光ツアー案はボツになっていたが、ラジオでけあらしの撮影おすすめスポットを言っている。こういう地道な活動が後に成果をあげるのかもしれない。DJボウズ三生(似合う 笑)、社内プレゼンで言っていた地域医療との連携。企画を出して一つずつ当たっていくのは森林組合でやってきた。一見回り道に思えることもそれぞれの成長の糧になっている。関係ないように見えて何かの役に立っていると言った龍己の言葉が思い出される。

永浦家は激動の週。未知は研究が成果を上げて東京の大学から誘いを受けていた。耕治は銀行の本店営業部長に栄転。二人とも名誉なことなのだが二人とも浮かない顔。しかも未知は断り続けていた。未知は東京そのものが苦手でもあるし、すでに公務員という安定した職業について稼ぎも得ているので今から大学生になるのが怖くもあると思う。何より島を離れることができるのか。モネにとって島に帰ってくることが大きな決断だったように、未知にとっては島を出ることが大きな決断になるだろう。
耕治が喜んでいないのは龍己が永浦水産をたたもうとしているからだ。家業を継がなかったパイオニアの耕治。いつかはこの日がくるとわかっていただろうが、災害に二度もやられ立ち上がる気力を失った老父を見るのは辛いだろう。しかしそれを見透かされたのか、昨日の回で龍己から栄転をありがたく思って勤め上げろという趣旨のことを言われ釘を刺されていた。耕治がこのまま仙台に単身赴任で行くのかどうか。しかし耕治もまた、モネと同じく炎と煙に包まれた島を見ることしかできなかった人だ。あの日、島にいなかった耕治が、ここでどのような決断をするのか見守りたい。耕治と龍己の決断によって、亜哉子の民宿再開も決まるだろう。

未知は亮との関係性に悩んでいる。東京騒動の後で明らかに距離が近付いたように見えた二人だが、未知は亮が作る最後の壁を感じているようだ。死ぬほど好きで大事な人がいるなんて怖い、その人が消えたら自分が壊れるからと気持ちをモネにぶつけた亮。未知は怖くてその壁に触れることもできないようだ。自分はいったい何がしたかったのか。家族のため、地元のため、大好きな研究の仕事に就いて、大好きな人の側にいて支えている。それで十分だと思っていたのに、目の前にさらなる道が拓けてしまった。震災のあと迷うことなく一直線に生きてきた未知が動けなくなって涙する時、モネはどうするのか。震災の時は未知の言葉から逃げてしまったモネだが、今のモネなら向かい合えるように思う。

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名前無し

いつからここまではまっていたのかはっきりと覚えていないが、東京編に入ってから一気に加速したのについてきて本当に良かった。ここ数週は歴代の朝ドラの中でも五本の指に入る面白さ。これまでに紡がれたドラマが集約してものすごいことになっている。
先週今週が一つの山場と思う。そして話のカギは「みーちゃんとカキ」と「それでも海は」の週だと思う。ちなみに伏線回収という言葉を目にするが、私は今作は「伏せていない」と思う。全てはっきりと描いてきている。印象に残る言葉や映像が初回からたくさんあって、後からそれが結びついていく仕組みだ。今作は「あっと驚かせる」ことを目的にしておらず、「登場人物と同じ気持ちで考える」ことを望んで作られていると思う。この土日にりょーちんやみーちゃんに心を痛めたり彼らを心配する人がいたと思う。これが「被災者へ寄り添う気持ち」そのもの。それを視聴者に体験させているのがこの朝ドラだと思う。

「みーちゃんとカキ」の週で未知は家族と大喧嘩を繰り広げた。あの時に未知が当たったのは父に対して。今度は姉だ。あの時は母が叱って止めて、モネが笛を吹いて場をとりなしている。今度は明日美だ。明日美は未知と同じく亮にずっと好意を抱いてきた。だから未知の気持ちがわかる。しかしモネに当たることは許さない。耕治に当たった未知を諫めた亜哉子と同じように。
その週で盆送りもあった。故人を偲び、皆で集まって談笑して、故人をいつまでも忘れないと再確認する、生きている者の絆を確かめ合う大切な行事。一週間かけて描いたことがここで思い起こされる。死んだと認めることで始まる道もあると教えてくれていた。盆棚を作った後、龍己は一人で亡き妻を思っていた。あれだけ仲の良かった夫婦、老いての別れとはいえ寂しい思いは人一倍だろう。しかし今なお海に生き、孫達を見守っている龍己。新次も新たな道へ踏み出せるよう願っている。それが亮の未来にも繋がるはずだ。耕治が今日ついに親としての立場を口にした。明日以降を見守りたい。

今作では人の痛みや傷に他人が評価を下すことはしない。「そんなの誰だって同じ」「そのくらいでいちいち傷ついたらやっていけない」「皆それでも立ち上がっているのに」そういう他者の決めつけを拒んでいる。モネの傷はモネのもの、菅波のトラウマは菅波のもの、新次の悲しみは新次のもの。個人個人で受け取りが違うことを認め、ただその痛み悲しみ苦しみに寄り添い、時に手を貸しより良き未来へ導く。耕治や亜哉子が、朝岡がサヤカが、大人達はそうやって子供達を見守ってきた。彼らの優しい寄り添いの手でもどうにもならないことに、今週の週タイトル「若き者たち」が挑む今週。とても楽しみにしている。

ここにモネと菅波の恋も混ざって濃厚な一大ドラマになっている。未知が今日の回で菅波に嫌な言い方をしたが、これは未知が姉に当たっているのとほぼ同じ。菅波の反応はモネとほぼ同じ。モネと菅波は相手をそのまま受け止めるという本質が似ているのだと思う。
震災の後モネの心に刺さったのが妹の一言だったことを、菅波だけが知っている。菅波はその時モネの悲しみの深さを感じて手を伸ばしかけた(この時は自分で止めている)。今日同じように未知から刺さる言葉を言われて、菅波はどうするか。モネと亮は。ああもう皆とにかく幸せになってほしい!

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べえべえ

モネが帰省した島の盆、登場人物はみな日常にありそうな確執や悩みを抱えて、震災の3年後を生きていた。
妹の未知は、被害を受けた地元のために、高校の自由研究でカキの地場採苗に真剣に取り組む。
父は気さくに振る舞っているが、島や友人の一番つらい時にじゅうぶん力になれないでいる銀行と自分の非力を感じ続け、それでもふとした表情は、なんとか現実的な復興の力になる方法はないか、自分なりに模索しているように見える。
祖父は亡くなった妻を思い、家族の歩みと養殖の復活、そして孫の成長を共有しているようだった。
亮の父の新次は、飲んだくれの毎日。当然満足はしてないが、しかし変えようともしていない。
言い方が悪いが、他の多くの選択肢(人の船に乗るとか、別の職につくとか)よりも今の選択のほうがまだ楽なのだ。息子も代わりに頑張っている。だから抜け出す意思も(今は)ないのだろう。(ただ私は今の新次に言いたい。どうしようもない日々でも、それが後で必ず役に立つ。あのぐうたらの日々があったから今がある。と思える日が来る、と。それには少し踏み出すための勇気が必要かもしれない。)
その亮は、多くを失った父の気持ちがわかるだけに、自分が頑張って早く父に再び自分の船を持たせてやりたい。それが目標になっているようだ。
三生は、震災を通しておそらく多くの死者とその家族に直面し、辛い思いをしたであろう、その光景がこのまま寺を継いでほんとうに人々を救えるのか、他にもっとできることはないのか、といった迷いになっているようだ。
そしてモネは、おそらく震災の時、島に居なかったことが大きく意味を持っていると思われる。
皆は島で被災し、その島と家族や自分のために頑張っている。しかし自分は島には居なかった。変わってしまった島に帰り着いた時、何か他から来た「よそ者」のように自分自身を感じてしまったのだろう。
それ以来何をしていても、なんとなく島には居づらい感覚が続いている。だから「とにかく島を出たかった。」 

過去に起きたことや目にしたことを、自分の中にどう”意味づけ”て、現在の自分の目標や行動を選び、決めるのか。
そしてまた、何かを始めたいという思いはあっても、勇気をくじかれた状態では踏み出すことはできない。
描かれている葛藤は、震災に限らず、受け手である我々も常に持っているような内容であり、自分に置き換えたような感覚になることもある。

モネは遠く離れた山の仕事も気象の勉強も、島や家族に大いに役に立つことを改めて認識し、確かな意味付けを得ることができた。
そして家族や友人が皆それぞれの問題に向き合い、生き方を模索して前に進もうとしている様子をあらためて目の当たりにして、自分が新たな目標に向かって踏み出すための勇気を得たのだと思う。

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名前無し

昨日今日とモネ菅波において怒涛の進展がみられるが(それでも小学生並みだが)、私が一番感動したのは菅波が訪問診療先のおばあちゃんの背中を優しくさすってやっていたところだ。あの菅波先生が。トムさんの訪問診療を強く拒んだ彼が、モネとの出会いで自分に足りないものに気付き、医者としてよりよくなりたいと頑張っている姿がとても嬉しかった。昨日の回のモネが鮫島の背中をさすっていたのがきっかけだろうが、モネが登米を去り菅波は登米の診療所に来ることを続けると決めた時、中村先生に「自分はもっと何かを考える前に手が動くようにならないといけない、痛みに手を当てられるような医者に」というようなことを言っていたと思う、そこからの成長、そこに影響を与えたのがモネというのがとてもよかった。

誕生日に菅波は仕事でモネの元には来ない。とても菅波らしいと思う。代わりにくれたのはメールだった。初めてまともなメールだったような(笑)。モネは思い出の理科の教科書を手に取る。モネの誕生日プレゼントとして初登場した時どうしてモネが恋に落ちなかったのかと思ったくらいだったが、こうやって回想を見るとモネもたいてい鈍感だ(笑)。『花子とアン』の英語の辞書、『あさが来た』のぱちぱちはん、『エール』の「君はるか」と同様、ヒロインの夢の象徴だったり夢への扉でもあるアイテム。大切なものをくれる人が大切な人になるという朝ドラのお約束。果たして菅波がモネの伴侶となるのかどうか。

だんだんと明日美や莉子、菜津などのキャラが動いてきて、会話も弾んで楽しい。特にモネの亀の歩みのような恋愛はすーちゃんのつっこみがあってちょうどいいくらいだ。菜津よりすーちゃんが朝ドラのご近所オバサン(『あぐり』の菅井きんや『花子とアン』の松本明子など)の役目を果たしているのが何かと笑える。すーちゃんにはこれからも元気にドラマをかき回してほしい。今回の誕生日の横断幕を書いてくれた宇田川、全く姿を見せないがどんどん愛着が湧いてくる、人が人を裏切らないタイプのドラマでしか楽しめない面白さ。特に宇田川への信頼感は、絶対的善人オーラを発している菜津が宇田川を信用していることが大きい。信頼できる人の言葉しか人は聞かない、だから気象予報士は信頼できる人間でなければならない。信頼という名の絆を築き上げることの大切さ。朝岡の言葉は人の命をあずかる医師にも言えることだろうが、これまで国家資格の重要性をきっちりドラマで見せてきたこと、見ただけで信頼できる顔をしている役者(西島秀俊やマイコなど)を実際にキャスティングした制作陣、ドラマ作りの上手さが随所に光っていると思う。

星は先週に。チーム鮫島の話は興味深い。こうやって科学的に効果的な方策を見つけていくことで、昭和世代の根性論は排除されていくのだなあと思ったりもした。そしてモネの気象予報士の話も充実している一方で、モネのトラウマからくる「あなたのおかげ」論も佳境に。いよいよ菅波のトラウマが今週あかされることになるのだろうか。今週も楽しみにしている。

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べえべえ

モネの気象予報士試験への勉強と、末期患者の田中さんへの菅波の対応を通して、二人の理解が深まり、距離が縮まったのが印象的だった。

モネは、終末期を家族や親しい人たちの団らんの中で過ごしたい、という田中さんの本当の気持ちを推察していた。そして「資格は、人の命や財産に対する責任」でもある、と言った菅波に、すがるように、
「資格を持っている先生なら田中さんを助けられるのに。」
と頼んだのだが、在宅でできることの限界を痛感している菅波は、その葛藤からか、
「助けられるなら、やっています。」
と、激しい言葉をモネに返してしまう。
しかし、田中さんの今までの言動を思い返して、(在宅で家族といっしょに頑張れるだけの状態を温存しておくため)、そのときに備えて、結論を先延ばしするための治療を、田中さんに勧めにきた。
モネはそういう菅波の、患者を思う誠実な気持ちを知った。

ところで、モネ父母のなれそめは、父”コージー”の真っすぐて裏表のない明るい音楽に母・亜哉子が惹かれたというエピソードだったのだが、明るさを、裏表のない公明正大であること、と捉えると、菅波とモネにもこれが当てはまるように思えた。
菅波のぶっきらぼうで不器用だが、裏表のない行動、誠実さ、熱心さ。モネも思ったことは口にする。理解てきてないことは素直に聞く。行き過ぎたと思えば謝る。そういう真っすぐさは、両親から受け継いだものなのだろう。

「私のためを思って一生懸命考えてくれているのはよく伝わっている。だから患者さんのことも一生懸命考えてくれていると思う。」と肯定的に思いを伝えたモネの言葉は、患者に寄り添うことに悩んでいる菅波の心に、しっかり届いたのではないかと思った。
菅波が人に深入りできないのは、その人の気持ち、心の奥を考え過ぎるからではないか。だから踏み込めない。心の奥が見えるほど自分が無力であることを痛感する。(過去に、患者さんの気持ちに踏み込み過ぎて患者も自分も傷ついた経験があるのかもしれない。)
病気を治すことを優先したいのは、患者の奥底を読み取った結果だし、だからこそできない願いには踏み込めない。今回の事で、菅波のその誠実さ、相手への深い思い、そこから来る葛藤をモネは感じとり、本当の優しさを知ったのではないか。

そしてまた「大人たちの青春」は、田中さんが自分や旧知の青春を語ることでもあったのではないかと思った。
元妻や娘はまだ来てくれないが、モネ父母たち旧知の仲間やモネのような町の若い人が集まってテーブルを囲む団らんも持て、これから町の人もコーヒータイムに集まって来るだろう。そういう人達と若いころを語る華やいだ気持ちは、治療ではないが病気にもいい効果をもたらすことになると思う。

田中さんの治療と、菅波の在宅医療への向き合い方の変化、そして距離が縮まった菅波とモネの今後の展開など、気になるところ、楽しみがたくさん出てきた感じです。

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べえべえ

第3週、「音楽なんて何の役にも立たない。」父に震災からしばらく経って、また楽器やらないかと言われてモネが発したこの言葉に、負った心の傷が集約されているように感じた。
父の影響を受けて中学校まで吹奏楽に打ち込んでいたモネだが、くしくもそのことが震災時、
「島の友達や家族が一番つらい時に何も力になれなかった。」
という心の傷になってしまった。
音楽科のある高校を受験し、合格発表で島を離れ仙台にいたこと。その帰りにジャズ喫茶で演奏に見とれていて、その間に地震が発生。
本来なら島に戻って仲間に合流し、みんなで中学最後の練習をしているはずだった。しかし結局モネが島の皆に再会できたのは震災から数日後だった。
「音楽科に進もうとして、音楽に気を取られていて、いざというとき皆の役に立たてなかった。」という自責の念が、大きく心にのし掛かっているようだ。

辛い経験は、時間が経ってもふとした時にフラッシュバックする。
島へ帰省の途中、トンネルをぬけたバスの車窓から見えた故郷、気仙沼の海と島に顔が曇る。その眺めは、火災に包まれたあの日の光景を鮮明に蘇らせ、何もできず茫然と眺めていた自分を蘇らせたことだろう。
また、親友の明日美に、
「なぜ音楽をやめたの?」
と聞かれて、音楽科を受験したこと、そして震災の後再会したときに感じた皆の責めるような冷たい視線を思い出した。
実際の仲間は、そんな眼差しをモネに向けてはいないだろう。モネの無事に安堵し、変わってしまった島や自分たちの様子を共有したかっただけと思う。
しかし、モネ自身が感じた皆の視線は、あのように冷たく心に刺さるものだった。それはモネ自身の自責の念の反映だと思う。
そして「音楽なんて何の役にも立たない。」
と、楽器を封印する心の傷となってしまった。父もモネの気持ちがわかるだけに「それは違う」と声をかけることができない。
音楽を封印し夢中になれることを見つけられずにいたであろう、笑えなくなった高校時代を経て、このままではいけないと、山の仕事に就職。「何か人の役に立つこと」を模索するなんとなく重たさのある自分探しが始まった。

 (余談だが、ここまで来て、第一週で祖父がいった「何の関係もないように見えるものが、どこかで繋がっている。」そしてサヤカさんの「一生死ぬまでなんの役に立たなくても、何も残さなくても、それはそれでいいのよ。」と言った言葉が、さらに重要な意味を持ってくるように思える。 役に立たないと思っている音楽もまた何かに影響を与え、知らないところで人を救うかもしれない。いつかモネもそれに気付き、再び音楽に向き合う日が来ることを願う。)

何気ない振りをしている友達も皆、心に痛手を負っている。りょうちんの悲しみはとりわけ深いはず。
しかし今回の帰郷でモネは、故郷の海の美しさも友達も、皆本質は変わってないこと、現実の変化を受け止めてそれぞれ懸命に生きようとしていることを、改めて感じたように見えた。
モネもそんな皆との再会を糧として、自分のすべきことに邁進していけると思う。

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名前無し

清原果耶が無表情な場面が多いのがちょっと...
もう少し感情表現が必要だと思う。

それと、明日美の言動、ちょっと好感持てない。
親友設定だが、おとなしそうなモネと気が合ってる感じもしない。

3.11の島の状況もなんだか分かりにくい。あの地域以外の視聴者は、仙台や気仙沼、島々の当時のそれぞれの地域の様子の違いはよく分からないから、もう少し具体的に描写、あるいはもう少し当時の様子の説明ナレーションをいれてもいいのでは。
それとも地域の人々にとってはデリケートな問題だから、あれ以上の描写やナレーションは無理なのか...でもホントに分かりにくい。

それと、モネが仙台の音楽系高校を落ちて、じゃあ島の普通高校に行けたのかどうかも分からないまま、高校生になっていて、高3でまた音大でも受験して落ちたみたいな感じになってるけど、その点もはっきり明らかな描写がない。

3.11も、モネの経緯も、実に曖昧。視聴者の想像に任せすぎで疲れる。
そして改めて言うが、清原果耶は朝ドラには暗すぎる。

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名前無し

「おかえり、モネ」
震災の日から開けられなくなった楽器ケースをついにモネが開く。あの日の自分が怖くて封印したままだったそれを、幼馴染たちみんなの前でようやく開くことができた。中には卒業コンサートの紙が。それを穏やかな目で見て、そして力強く「戻ってたまるかと思った」と言えるくらいに、モネは強く、たくましく成長した。もう何もできないなんて思わない。これから旅立つ仲間たち、自分の居場所で生きる仲間たち、皆を送り出して迎え入れる心を強くもって。やっと開けられたと万感の思いのモネに、「おかえり」と未知から、亮から。「ただいま」と涙をこぼすモネも笑顔で。皆で手を取り輪になるのは汐見湯で話したUFOの時のように。汐見湯でと同じように三生は号泣で(笑)。モネがサックスを吹いて「楽しいね」。ああ本当にこの日が来て嬉しい!亜哉子と同じ気持ちだ。
あの日言ってもらえなかった「おかえり」を、東京から島に戻っても言われなかった「おかえり」を。島のためにみんなのためにを自分の心からの願いで、それが自分の人生だと確信をもって生きるようになったモネが、ようやく皆から言ってもらえるまでになった。
10年近く閉じ込められていた金管楽器がすぐ吹けるわけはなく、おそらく耕治が手入れに出してやっていたのだろう。ドラマ初期に耕治が自分の楽器をメンテナンスに出すシーンがあった。父はケースの中の卒業コンサートの紙を見て、娘の時があのまま止まっていたことを見て辛かったとも思う。最後に耕治が亮の船を見に行かなかったのはこれもあるだろう。

亮の船出。見送るモネと未知。二人が卒業文集を亮の仮設住宅に届けに来たシーンを思い出した。あの時モネの言葉を亮は遮り、助けを拒んでいた。モネはなすすべもなく、未知はその傍らに立つしかなく。長い時を経て、様々な経験が三人を変え、亮はモネではなく、自分の側にずっといて自分を待っていてくれた未知と心を通わせた。亮は海へ、未知は東京の大学へ。ただ待つだけではない、新次と美波との関係とも違う、新しい二人の門出。
見送る新次の笑顔が晴れやかで、これまた嬉しくてたまらない。新次が漁師のはっぴ?を亮に着せる。昭和五十三年とかかれていたので新次のものだろうか。美波が派手なの好きだったから。新次の心の中で美波の死が自然と受け入れられ、初盆週の龍己の心境になっているのが窺える。息子の船出に新次は拳をつきあげて見送る。漁師として、自分の後を継ぐという意味よりも、我が船で大海原へ漕ぎ出す息子を心から誇りに思って。もう息子の成長を見ては共に祝える相手がいないと泣いていた新次ではない。新次と亮と未知がこのドラマで最も震災の被害が直接的に大きかった人物で、この三人の心からの笑顔を見てドラマが終わるのが心底ありがたい。
しかし現実には、いまだ震災の日から立ち直れない方もいるだろう。その思いは耕治に託された。耕治は亮の船出には行かないと決めていた。自分に何ができるかと思い続けてきた自分が、亮の晴れ姿を見て救われてしまうんじゃないかと。耕治は在りし日のモネと同じだ。燃え盛る島を遠くから見ることしかできなかった二人。モネはここまできたが、耕治はこれから海に生き自分の気持ちと向き合っていく。改めて、モネが島に橋を渡ってとんで帰ってきた時にモネの顔を見て固まった耕治の表情が思い出される。モネは東京から島に戻ってきて自分の居場所を作りつつある。娘の行動に父も心を動かされただろう。空を見上げた耕治の顔は漁師のそれになりつつあるのか。彼の人生もまたここから始まっていく、妻と亡き母に見送られて。

数年後。モネの仕事は順調に進んでいた。と思ったら利益がまだ(笑)。それでも気仙沼にいるということは、2年間の成果が社長に認められはしたということだろう。かつて朝岡が考案した「チーム・ジェネレーターズ」を、気仙沼の漁師たちに協力してもらって海に広げた「チーム・ジェネレーターズ・シー」というのがモネのアイデアらしい。ここに亮の船の名も挙がっているところが何とも嬉しい。「なんで帰ってきたのか」「きれいごとに聞こえる」と言われていたモネが、地道に働いて地元の信頼を得たようで、本当によかった。「信じて続けること」。モネの人生の指針をくれた、気象予報士としての師匠でもある朝岡からの言葉も、ここから広がる未来を予感させる。

浜辺で子供たちに気象を教えるモネ。亜哉子の塾も盛況のようで、塾というか学童保育のようだが(笑)それがいいと思うし島ではそれが望まれているのだろう。「海、好きになった?」という言葉から、もしかしたら島以外の子供達も受け入れているのかもしれない。亜哉子の顔は先生のそれになっていて、彼女もまた新しい人生をこれから歩むのだろう。見守る子供達はおそらく震災の後に生まれてきた子供達。海を好きでいてほしいと、海に生きる人たちの総意だろう。

ラスト。浜辺にやってきた菅波先生。生きててよかった!太陽が久しぶりだとへばるのが菅波らしいのだが、それはコロナ禍の医師達の過酷さも表していて、もうそこに立っていてくれるだけで泣きたくなる。「距離も時間も関係ない」二人が、やっと会えて、コロナを気にせず抱き合う。菅波がとっさにモネを抱きしめた時や、モネがぶつかるように抱きついた時と全然違う。愛情を確かめ合うような、分かち合うような、お互いを労わるような、幸せに満ちたハグに感動!そしてついに菅波から手をつなぐ!!!BRT回でモネの重荷に最後まで気づかずにいた菅波、微妙な距離を保ったままひたすら川沿いを歩き続けていたあの二人が、「行きましょう」と手をつないで歩きだす姿に、これ以上ない幸せなラストを見せてもらった。『エール』が愛する二人の人生の日々を凝縮したような浜辺のラストシーンだったのに対して、『おかえりモネ』の浜辺のラストシーンは、これからも共に生きる二人の未来への希望に満ち溢れたものとなった。素晴らしいドラマ、素晴らしい最終回だった!

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名前無し

気象班が伝えるべきは起こったことではなく次に起こること。これから起きる被害を最小限にくいとめること。高村の言葉が響く。報道の仕事と気象予報士の仕事。何をすべきか何ができるかをそれぞれが考え、朝岡が育ててきた若手たちが懸命に動いている。
台風は大きな被害なく過ぎ去り、龍己の読み通り東北には行かなかった模様。過ぎ去った後も河川の注意喚起は続いているがひとまず安心。かと思ったら長野県で危険な兆候が。視聴者からの報告と気象予報士の読みと。そして昔からの言い伝えに込められた「そこに暮らす人を守りたいという思い」。最新のデータから古い言い伝えまで、中央の発表からその土地の人が今見ている情報まで。多岐にわたる情報を集め分析し正しく発信、全ては人々の命のために。「気象予報士は命を守る仕事です」ドラマが始まった頃、モネがおずおずと手にした気象予報士の本に書かれていた言葉。あれから月日は流れ、気象予報士になったモネが今、必死に動いている姿に胸が熱くなる。

夜中の3時半。亜哉子に電話したモネ。習慣なのだろう、亜哉子は龍己に弁当を作るために起きていた。亜哉子は民宿を再開したいのだが耕治に反対されていた。島に橋が架かって変わろうとしている今、自分も島のためにできることをしたいと言う亜哉子。おばあちゃんが憧れなのだ、今からでも目指したい。なんていい嫁姑関係。もう姑が嫁をいじめる時代は終わった。そして舅も嫁の好きなようにしたらいいと背中を押す。「俺のハニーも喜ぶよ」。なんてかっこいいんだ龍己じいさん!もちろんこの関係が作れたのには亜哉子の家族への献身があったからこそ。
先日の回でモネが未知と電話で話している時、未知の机に「世界の水産業」という本があった。未知は自分の世界の狭さを自覚したようで(仕事も含め東京での出来事がきっかけになっていると思う)、目を外に向け始めた。そのタイミングでモネが「水産業は世界に通じる仕事」と言う。もちろんモネには未知の本は見えていない。でも相手のことをわかっている、この表現がうまいと思う。ちなみにモネの気象予報士の勉強も、家族の中では未知が最初に本を見つけてモネが一歩踏み出そうとしていることに気付いていた。この姉妹は時にぶつかりながらもお互いを深く理解している面もあり、かなりリアルな姉妹だと感じる。龍己、未知、そして亜哉子。地元のためを思い、自分にできることをやっている家族。そしてモネは、耕治は。今週は永浦家の新たな一歩でもあるかもしれない。
電話といえば、昨日のモネと菅波の電話も面白かった。大型台風を前に頭がいっぱいになって、荷詰めの際にサメのぬいぐるみまで抱っこしてしまったモネ(笑)。そこへ菅波からのメール(LINEに進化?)が。「まずはあなたが落ち着いて」そこで初めてモネは自分がぬいぐるみを抱えていることに気付く。もちろん菅波にはその姿は見えていない、でも相手のことをわかっている。
モネと菅波の電話越しの会話、口調に親密さは増しているものの話す雰囲気は登米のカフェで勉強していた頃と変わらないのだが、内容はもう教え教えられではなくなっている。「似ていると思いますよ、医者と気象予報士」。菅波からの言葉には、恐らく無意識だろうが、もはや二人は先生と生徒ではなく対等であること、医者と気象予報士という命を助け命を守る仕事をしている同士としての敬意、そして今から正念場を迎えるモネへの励ましが感じられた。
亜哉子とモネ、未知とモネ、そして菅波とモネ。離れていても互いのことを思うことで心が繋がっている。報道の緊迫感と対照的に、この三者の電話シーンは思いやりの心がじっくりと描かれていてよかったと思う。

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べえべえ

先週から今週にかけて、やっと見ることができ泣かされました。泣かされているのがわかっても涙が。
今週の話は、現実にも起きているような事であり、また先週も今も各地で災害が起きていて、心が痛みます。
軽々に書くのも憚られますが、投稿させていただきます。

亡くなった妻を何かにつけて思い出す新次。5年経ってようやく酒を断ち働き始めてもまた、息子の成長を祝い喜ぶ伴侶がいないことにふと気づき、深い失望に逆戻り。
何かを恨んだり羨んだりという、そんな気持ちは毛頭なく、ただいつも傍で喜びや悲しみを分かち合ってきた伴がいない喪失感のみがある。
 
しかしそんな新次も、かつて妻が望んだこと、妻といっしょに考えた将来のことを思い出す日が来るだろう。いやもう思い出したかもしれない。
そしてその望みを叶えようと、今度はひたすらに前に進み始める。
「俺は絶対に立ち直らないよ。」
は、
「俺は絶対にお前のことを忘れない。」
という意味なのだろう。
だれも、いつまでもいっしょに居られるわけではないことは、出会ったときから気づいている。
それでも苦楽をともにしてきたその思い出は、宝として残ると知っている。新次が握りしめたあの携帯は、これからを生きていくための宝が詰まったタイムカプセルなのだ。立ち直らなくても、前に進むことはできる。
人生を全うし、
 「どうだ、俺たちの夢、ここまでやってやったぞ。」
と報告し、それに応える若いままの妻の笑顔に会うために、妻との思い出を活力に新次はまた前を向くだろう。

一方、銀行員の立場で、新次に新しい船を持たせてやる算段をしたが叶わなかった耕治は、深い無力感に苛まれる。
傍で見てきたモネたちもまた、自分が無力であることに傷つく。
しかし、結局人はどういう状態になろうと、そこからまた前に進むことしかできないのだと思う。
過去にとらわれていても仕方ない。昨日からやってきた人も、今日はまた新しい景色の中で生きようとする。
やりたいことをやる。やると決めたことをやる。目の前のことに立ち向かう。
何ができるかわからないが、それ以外にできることはない、友人たちもそう気づいていた。
モネも、海に出た気嵐を眺めて少しすっきりした表情の新次を見て、自分はまず気象予報士の資格を取るしかないと改めて感じたのだと思う。

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名前無し

今日、サヤカと語らうモネと、未知がモネにぎゅうっと抱き着いたところを見て、モネが気象予報士の合格をサヤカに言い出せなかった頃を思い出した。モネはあの時、サヤカと離れることが怖くなっていた。それだけサヤカが大切な存在になっていた。ずっと生活を共にしてきて、合格発表の前に台風が来て自分と誕生日が同じことを知り、嵐の夜に初めて枕を並べて寝て、気持ちは家族同然になっていたと思う。そんなモネに対して、能楽堂で凛として出立を促したサヤカ、最後の別れでモネが去ったあと伐られたヒバの木から若芽が出ていたのを見て泣きだしたサヤカ。深い思いを胸に、若者がよき未来を目指して旅立つのを見送る。あの日のサヤカの心に、モネがなりつつある。

未知が祖母を置いて逃げたことを告白した昨日の回でも涙が止まらなかったが、今日の二人の抱き合った姿にも泣けて泣けてしょうがなかった。牡蠣の養殖の手伝いを楽しそうにしている未知。彼女は元々海が大好きで、震災がなくても家業に関わる仕事に就いていたと思う。ところが震災で、しかも自分のとった行動により、何もかもがかわってしまった。輝かしい将来の夢は義務のように足枷のようになってしまった。ドラマの最初の方で未知がテレビカメラに向かってまっすぐに夢を語っていたが、あの時の決意に満ちた彼女の目が忘れられない。「気にするな」「仕方がない」誰が言っても、たとえ死んだ祖母が許しの言葉を残していたとしても、未知の心の傷は消えないのだろう。
それでもモネは言う。「みーちゃんは悪くない」。何度でも、未知が思い出すたびに、悲しくなるたびに。それがきれいごとでも、役に立たなくても。今までドラマで何度も繰り返され、考えさせられてきたことを。モネが受け取り、飲み込み、乗り越えて、強く立って、傷ついた妹を抱きしめる。
「モネ」と呼びだしたのは幼い頃の未知だという。モネと呼びながら姉のあとをずっとくっついてきた妹、家族に愛され大切に育てられた末娘は、悲劇の瞬間にたった一人で、運命の決断をして自分は助かった。最終的に祖母も他の大人たちに助けられたのだが、だからといって未知の行動は消えない。その行動を責める人などこの世にもあの世にも誰もいまい。それでも本人が許せないのだ。消せない記憶、踏み出せない一歩。未知が傷をおったままなら、その痛みをモネは受け止める。壮絶な体験を共有することはできなかったが、痛みを分かち合って生きていきたい。モネが島に帰ってきて未知に「やり直したい」と言ったこと、それを聞いて未知が承諾し部屋でひっそり涙を流したこと。たくさんのことが思い出される中で、「私がここにいるからみーちゃんが好きなところに行きな」と妹を励まし未来に送り出すモネに、泣きじゃくりモネに抱き着く未知に、涙が止まらなかった。

モネのプレゼンにマリアンナ莉子登場。本当は莉子もサヤカももっと見たかった!けど時間がない!短縮の影響だと十分にわかっているが、それでも、もっと一人一人と別れを惜しみたかった気分。しかし、この作品で震災をリアルに背負ってきた未知と亮がそれぞれの震災の記憶から解放されて新たな一歩を踏み出したところが見られて、本当によかった。そこをカットしなかった今作を大いに讃えたい。今作の功労者としては菅波先生が一番かもしれないが、やはりドラマの中心は「震災」で、そこを担う未知と亮の巣立ちと、二人を見送るまでに成長したモネの姿こそ今作の柱とドラマの結末だと思う。そして、彼らはこれから先も生きる、我々と同じ時代を。だからドラマは終わっても彼らの人生に終わりはない。
いよいよモネの楽器ケースが開く時がくる。この瞬間が菅波ではなく未知の笑顔を見てもたらされたことにも、モネにとって未知がどれだけ大切な人物だったかがわかるというものだ。モネたち全員の人生の新たな始まりを感じながら、いよいよ明日最終回!

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名前無し

百音さんは時々、大切な人と離れるのをとても怖がります。でも僕は離れていても大丈夫だと思っているようです。だから、百音さんがこれからの人生を共に生きるのは、僕のような人間が最適なんじゃないかと思います。

菅波の言葉を聞いて、本当に、びっくりした。この衝撃をなんと表現したらいいのか・・・ようは、菅波は「百音さんを幸せにします」と言うのではなく、「僕は百音さんにとって大切な人間の一人だけど、百音さんは僕がいなくても大丈夫だから僕が一生ついています」というようなことを言ったのだと思う。この矛盾になぜ感動するかはこのドラマを第一回から見ていないとわからない。モネがずっと抱えてきた気持ち。第一回は島が大好きなのに島にいる自分に耐えられなくなって登米で生活しているモネからスタートした。この時点ですでにモネは矛盾を抱えていたのだ。この相反する気持ちに折り合いをつけながら、時に他人には容易に理解できないほどの故郷への愛情、島の人達と共に笑い泣き感情を共有して生きていきたいという思いをもって、モネは生きてきた。モネが東京でおさめた華々しい成功(と他人からは思える仕事)を捨てて島に帰ってきたことに、家族や幼馴染でさえ疑問を抱いていた。しかし菅波は、モネの島を思う気持ちにストップをかけることは一度もなかった。むしろ、モネの島への思いを時に本人よりも優先してモネを島に導いてくれた。菅波もまた、モネを大切に思い側にいたい気持ち(今回も安定の数時間前到着だった 笑)と、モネが最も大切に思っている故郷で夢に生きることを応援する気持ちと、相反する感情の中で生きているのだろう。
東京で菅波がプロポーズした時、私はこの二人に結婚してほしかった。早く幸せになってほしかった。だがそうならないような気もしていた。ここまで令和感覚のドラマで、朝ドラお約束の「結婚して二人は幸せになりました」はないだろうなとも思っていた。今ならわかる、結婚してほしかったのは見ている私が安心したかったのだ。
その安心は結婚という形式を越えてもたらされた。菅波はモネのトラウマの一番深いところが妹の未知による言葉だと知っている。母・亜哉子は知らない。だがそんな母も、娘が震災で消えない辛い記憶を抱えたのはわかっていたはずだ。東京から島に帰ってきたモネを一番心配していたのは両親だと思う。しかしモネが、菅波とは離れていても大丈夫だという。私はこの時、モネが東京に出てきて初めて菅波と再会した回を思い出した。当時の菅波はモネに恋愛感情をはっきりとはもっていなかったようだが、それでもその時点で既に、モネが誰かが危険にあうことを怖がりすぎると指摘していた。それを聞いてモネは菅波が自分のことを理解してくれているとわかって、「先生と四か月も会わなかったけど距離が離れたとは思わない」「先生にすごく会いたかっ(た)」と言ったのだった。モネはたしかに、最初から菅波と離れていても平気だった。平気というか、菅波の存在が揺るがないという絶対的な安心感があったのだろう。だから百音さんには自分がいい、もし自分がいなくても百音さんは大丈夫だからと、菅波が亜哉子に言ったのはそういうことだと思う。
これは昨日の回で亮の「大切な人をなくしたら怖くないか」という質問に対する菅波の答え「未来に対して人は無力だから、目の前にいる大切な人を最大限大事にするほかない」という言葉が関係していると思った。いつか人は死ぬ。大切なものが突如失われることがある。モネや亮たちは15歳でそれを経験した。一生消えないであろう記憶を抱えて、彼らはこれからの長い人生を生きていかなければならない。でもその中で、様々な幸せの形を見つけてほしいと、このドラマは言っているように思う。モネは震災経験のない菅波からたくさんの大切なものをもらった。菅波は経験がないからわからないけどわかりたいと思うと、モネにずっと心を寄せてきた。この二人はもうお互いしか見えないけれど、離れていても大丈夫な二人として、いつかは結婚という形をとるとは思うが、その形をとらなくてももう既にニコイチになっている。そして未知と亮は、震災の経験を共有している二人だからこそ相手の深い気持ちが分かり合えるとしている。
モネが菅波と離れていても大丈夫なのは、モネが気象予報士になって使命感をもって働いているからでもある。もう無力な少女ではなくなったモネが、自分のことを放っておいてもいいほどに夢中になって働いている姿を見て、菅波はある意味安心しているのだと思う。それはモネが、医者としての自分を第一にして生きる菅波に対して絶対的な信頼と安心感をもっているのと同じだと思う。

このドラマはワンシーンごとに意味があり、それがどんどん繋がっていってから本当におもしろかった。今日の龍己の言葉や酔っ払いコージーとトンチキ菅波の会話などもおもしろかったのだが、それを書く前に今日の菅波の発言で感動が大きすぎて終わってしまった(笑)。書きそびれたが、モネが両親に向かって「私は先生じゃないとだめだから」と言ったのは、このドラマの中で最大級の「愛している」ではなかろうか(笑)。田中トムさんが耕治亜哉子夫妻の馴れ初めを語った時に出た「ニコイチ」発言。あの週の最後にモネと菅波の写真がアップになり、この二人もニコイチなるのだろうかとか思っていた頃が懐かしい。深い深い理解と愛情で結ばれた二人になった。

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名前無し

菜津の絵に続いて宇田川の絵が出てきた時、ああこれが宇田川さんの登場だと思った。絵の良しあしはわからないが、広さと温かさのある絵で、これをモネの門出に、「新しい職場に」と言ってくれたと聞き涙が出た。心優しく絵が大好きな宇田川ヒロくんが慣れない仕事で心身を病み部屋から一歩も出られなくなったこと、誰とも顔を合わせないように気を付けつつ菜津一家には最も負担と思われる銭湯の掃除を毎日欠かさずやっていること、大型台風の時に菜津祖父母の大切なものを誰よりも先に運んでやっていたこと。毎日のモネの出勤時の掃除の音、未知が暴走したときに心落ち着かせるように響いた水音、モネと明日美の別れの日も変わらず響く水音。宇田川は確かに汐見湯の住人で、姿を現さないままモネをずっと見守ってくれていた。思えば宇田川がモネに横断幕を書いてくれたのはモネが彼の字を褒めたからだと思っていたが、その時にモネがとっさに宇田川の姿を見ないように配慮したことでモネの気持ちが通じていたのだと思う。本当に、人というのはたった一言で、ささいな反応で、人間関係に大きな影響を与えるものだ。宇田川が餞別に自分の絵を渡したことは、封印していた自分の大切なものを新たに出会った大切な人に贈るという、菜津の言うように今の彼には精いっぱいの「前に進んでいる」ということだと思う。
宇田川は新次と同じく、なかなか前に進めない人間の象徴のようであった。彼に外に出てくるように勧めたりせずただ見守り続ける菜津一家は、新次に妻の死亡届に印鑑をおすよう促さずじっと待っていた耕治・亜哉子と重なる。そして思い出される序盤のサヤカのセリフ「役に立たなくてもいい」。菜津の「いてくれるだけでいい」。これを体現したようなキャラクターだった。私はけっこう前から宇田川には役者をあてなくていいのではと思っていたが、今はもうあてないでほしいとはっきり思っている。このまま、視聴者それぞれの宇田川さんを大切にさせてほしい。

モネは島に帰り「海のまち市民プラザ」へ。登米の森林組合を思い出す。ここまで出番のなかった悠人くんがようやく登場。期待している。
「はまらいん課」という文字を見て「浜+ライン」かと思っていたら「一緒にやろう」という方言らしい。いい言葉だなあ。コサメちゃん傘イルカくんもさっそく活躍。うまく話が広げられそうと思ったら「なんで戻ってきちゃったの?」。これはこの先ずっと聞かれるぞモネ。全国どこでも行けば「なんで」戻れば「なんで」。ひるむなモネ。
観光に気象という提案、FMラジオで気象情報を。新しい仕事も、モネが見てきた島の自然、モネが東京でやったお天気中継キャスターの仕事が活かされている。ラジオのオープニングでジャズが流れた時、モネが思い浮かべた島の幼馴染達との楽しい思い出だけでなく、音楽の楽しさを最初に教えてくれた父、再び音楽の力を教えてくれた菅波も思い出された。皆に励まされ、新しい一歩を。モネの笑顔が輝いていてとても嬉しい。

「お帰りモネ」タイトルコールはお母さん(笑)。だがたしか、初盆の時も「お帰り」を言ったのは亜哉子だったと思う。最終回で「おかえりモネ」があるか、言ってくれるのは誰か、もしかしたら「おかえり百音さん」になっているのか(笑)。残り少なくなり寂しいが、今週も味わっていきたい。

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2019年9月。驚いた。なんとなくコロナ前で終わると思っていたがコロナ禍もやるのだろうか。想像がつかない。でもそこがオリジナルの面白さ。今日も楽しみな仕掛けがたくさんあったので、今週も楽しみにしている。
東京にきて、つまり気象予報士になって3年半。モネは仕事を着々とこなして充実している様子。言葉にも笑顔にも自信がある。鮫島のスポーツ気象の仕事、中継キャスターの仕事、そして新しい仕事の提案。入社して四年目、仕事を覚えて視野が広がってくる時期。モネの頑張りと成長を、電話越しでも菅波は感じ取ったようだ。嬉しそうな菅波に、だがモネは彼の様子がおかしいと、寝起きでもしっかりわかったらしい。
夜中の1時50分。モネの起床時刻の10分前に菅波は電話をかけてきた。あと10分が待てないくらい声を聞きたかったのか、10分多く話したかったのか。モネは自分の仕事の話をしながら、菅波が家に帰っていないことに気付き、彼の気落ちを見抜いていた。「声でだいたいわかる」、もう夫婦か(笑)。すっかりお見通しされてしまった菅波だが、屁理屈で返すこともせず素直にモネの言葉をかみしめている。それどころか「テレビで顔を見ようかな」なんて言ってるどうした菅波先生(笑)。これは二人が対等になったということだろうか。たいして変わってないと照れ隠しのモネだが、自信をもって変わってきていることなど、恋愛関係に発展する前からずっとモネを見てきた菅波にはお見通しなのだろう。でも二人とも、仕事に対する真面目さ、相手への誠実さは変わっていない。菅波は笑顔で電話を切った。が、迷った末に再びかけた。
莉子はプロポーズではないかと言っているが、菅波先生だからなあ違うだろうなあ(笑)。モネと同じく期待半分、まさかの気持ち半分というところで、モネの仕事の話へ。プレゼンは明日。さあこれがモネの将来に繋がるか。
今まで電話で何かを感じ取っては話を促し聞いてやっていたのは菅波の方だった。月日は流れ、二人の間にさらに色々なことがあって、今では二人の仲がさらに一歩も二歩も前進しているのだろう。モネが話を聞く側に、そして菅波も辛い心情を自然とこぼせるようになっていた。先週の終わりに「離れていても大丈夫だ」と二人で心を確かめ合った、それをこの数年で実践してきたのだとわかる。できればその間のことももっと見たかった。スピンオフでも続編でも作ってほしい。サメの歯展デートを是非。

鮫島はパラリンピックの代表になった。これが最後と心に決めている様子。引退後のことを考えている。モネの今後は。気象予報士として、菅波との間柄も。今週は大きく動くことになりそうだ。
鮫島と会話するモネを見て、鮫島も宇田川と同じく今作の中で特徴的な存在なのだと思った。鮫島は勝気な性格で、モネにも誰に対しても遠慮がない。自分の主張をもち、時には周囲とぶつかることもあった。勝ちにこだわるその姿勢はアスリートそのもの。障害をもっているとかいないとか関係なく、対等な一人の人間の個性として、彼女の性格付けがあった。鮫島が「人の役に立ちたい」と言った時にモネが驚いたのは、これまで鮫島が自分の勝利にとことんこだわる性格だったからだ。でも引退後は誰かのためにと言っている。障害をもっていても人の役に立ちたい、それを当然のこととしてナチュラルに描いた、今作らしい一コマだと思った。宇田川のセンスの光る横断幕もまた、彼の存在をしっかりと見せ、彼が姿を現さない今も汐見湯の生活に自然と溶け込んでいることを教えてくれる。世話好きな菜津も、彼女の生来の人のよさが彼女の周りに温かな人の輪を作っているのだと思わせる。彼女が自分で言ったように、モネや莉子のような目立つ立派な仕事をしているわけではないが、人を集めて自然な笑顔にする力がある人だと思う。登米の森林組合の中心にいたのがサヤカなら、汐見湯をにぎやかにしている中心にいる人こそ菜津だと思う。

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約束の週末。異常に早く来たらしい菅波先生(どれだけモネからの誘いを喜んでいたのか 笑)の姿をみとめた亮が、一瞬の間の後「おーいモネ!」と声を張り上げた。ああ亮もこういう感情を見せるのかと驚いた瞬間だった。ここからの緊迫感。亮と菅波との対峙がすさまじく、すーちゃんと同じくらい見ていてハラハラした。
これまでいつもさわやか笑顔のりょーちん、誰にでも優しく、気配りができて、皆を笑顔にすることのできる男。今作に登場する若手の中で最も辛い境遇にある彼だが、モネが助けの手を差し伸べてもそれをずっと拒んできた。その彼が、ついに助けを求めてやって来たらしいのに、もうモネは彼の知るモネではなくなっていた。
モネのテレビをまだ見ていないと嘘をついた亮。なぜ嘘をついたのか。見た時に抱いた感想を言いたくなかったからだと思う。だがモネが「キャラを変えている」と言うとほっとした顔を見せていた。モネが本当は変わっていないのだと嬉しかったのだと思う。しかし夜になるとモネは明日のデートのことが気がかりで、明日美もモネを後押ししている。二人で違う世界に行ってしまったかのように見えたのかもしれない。
菅波が来た時、モネは明日美と未知と一緒にデートの服決めで悩んでいた。亮が帰ろうとしたところに菅波がやって来た。女の子たちの楽しそうな声を聞いて笑みをこぼす菅波。その彼を見て、亮の中に黒い感情がうまれたのだろう。亮は彼の目の前で、敢えてモネを愛称で呼んだ。菅波にとって、他の男性が「モネ」と呼ぶのを聞いたのはこれが初めてだったのではないか。

今作では明確な悪意をもった人はこれまで登場していない。辛く苦しい感情を激しくぶつけることはあっても、悪意や憎悪はなかった。未知が姉に言ったことも憎しみからとかではなく、例えば『エール』の裕一の弟のような関係ではない。だがここで初めて、人に対する負の感情が明確に出てきたと思う。それを発したのが、ここまで光り輝く笑顔を見せてくれていたりょーちんからというのがとても辛い。
これを「亮がモネを好きだから」と簡単に片づけることはできないように思う。耕治が菅波の話を出した時、亮は諦めのような笑顔を見せていた。モネと明日美が乾杯をしていた時も、遠い目で見ていた。モネが自分から遠く離れてしまったこと、島から離れられない亮と離れてしまったモネとの差は、亮にもわかりつつあったのだと思う。
しかし、亮は何かを抱えて汐見湯までやって来ていたのだ。こうなると昨日の終わりの方でモネを見つけた亮が「やばい、マジでいた」とつぶやいたこと、「来ちゃだめなの?」と言ったことなど、亮が仕事のついでで来たという表向きの理由だけではないのだとわかる。亮も小さな小さなSOSを出していたのだ。
それに気付かないモネや明日美が悪いわけではない。特にモネはいつも何かを感じ取りそのSOSに反応していた。しかしそれを流してきたのは亮の方だ。あのBRTの停留所でモネが話を聞くと言った時に亮が話していれば、モネはバスを見送ってでも亮のそばにいただろう。そうすればあのバスに乗っていた菅波との物語は始まらなかったのかもしれないのである。明日美が言ったように「この一瞬を逃したら次の日には色んなことが変わる」のだ。
菅波とのデートは明日へ持ち越し。だがもうこの一瞬で未来が変わっているかもしれない。亮は一体どこへ。明日は怒涛の展開か。

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名前無し

何もできなかったと思っているのはあなただけではない。
何もできなかったと思う人は、次は何かできるようになりたいと、強く思うでしょう。

今作では震災をテーマにしていると大きく打ち出しているが、ヒロインはその震災で家族も家も親友もなくしていない。トラウマになっているのは「大切なものを失った」ことではなく、「大切なものが危険にさらされている時に自分が無力でなにもできなかった」ことだ。
今作のヒロイン・モネは普通の女の子で、その子が震災で大きく心に傷を負って、そこから目標を見つけ自立して生きていく姿を描くドラマだが、ここでヒロインを「震災で大切な人(もの)を失った」ことにすると、それは「震災の被害者のドラマ」になってしまう。そうすると「震災を経験していないあなたにはわからない」という台詞まで想像できてしまう。そうではなくて、震災で何かを失ったり傷ついたり喪失感を覚えた人はあの当時全国にいて、直接震災を経験した方々には遠く及ばないまでも、日本人皆がショックを受け、何とかして被災者を助けたい、元の生活に戻りますようにと祈った、あの時の気持ちを想起させるような。無力だったのはモネだけではないよ、自分達もそうだよと思い出させてくれるような。そういうドラマの作りになっていると思う。それを今日の朝岡の言葉に託していると思う。
例えばでんでん川久保やハマケン翔洋が震災で妻子を亡くしているとかの設定の方が、ドラマは共感を呼びやすいしエピソードも作りやすい。でもできるだけそういう、震災を(言葉は悪いが)一つの素材として扱うようなことをせず、むしろ敢えてそれを意識させない作りにしていたことに山側のドラマがあったと思う。明るく元気に日常生活をしている人々も、心の奥底にあの震災が残っている、今日の朝岡・中村先生・サヤカの会話でわかるように。
そして海側(島)には震災で大切なものを失った亮一家がいる。いよいよ彼らの物語を描くという前に、朝岡の言葉はモネへの励ましとなると思う。

一方で、朝岡の言葉通り、何かできるようになりたいと強く思いすぎて生き急いでいる人間もいる。未知は大学に行くだけの能力がありながら、進学はせず就職して、一刻も早く島のため家のために何かをしたいようだ。その気持ちは素晴らしいが、耕治が優秀な未知を大学に行かせたい気持ちもわかる。とても難しいところだと思う。
モネは島を出てサヤカに預かってもらうことで、自分を見つめなおす時間や新しい出会いを与えてもらった。恐らく三生にも似たようなことが起きているのではないかと思う。しかし未知は島にいるためにそこしか見えていないように、耕治には思えるのかもしれない。未知の家を思う気持ちや頑張りがわかるから龍己や亜哉子は何も言わないのかもしれないが、それがいいことなのかもわからない。本当に難しい。

モネが寝ている間に被害情報を確認する電話をしているサヤカ。彼女の背中を見つめるモネ。
モネの部屋の壁に貼った雲の写真。天気予報のニュースを見るモネ。その姿を見つめるサヤカ。
中村先生と朝岡とサヤカが語らうのをそっとうかがっている菅波。そしてモネ。
それぞれを思い遣りながら、どういう未来へ向かっていくか。ドラマが静かに、大きく動き出そうとしている。

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べえべえ

昨日の土曜スタジオパークでの特番in宮城と、「また間に合うーー」を、遅ればせながら見ました。ここでだれか知らせてくれて録画できました。ありがとうございました。

その中で、祖父役の藤竜也さんがモネを「パステル調の雰囲気でふわぁっといて、人にはわからない何か、心の痛みを隠しているような、そういう空気で行くんだと思った。」と言っていたのが、印象的でした。

パステルカラーから浮かぶイメージは、淡い、薄い、明るい、優しいといった言葉で、どこか絵本の中の景色のような、どなたかも書かれていたように全体が心象風景のような、わざと少しぼやかしている印象があるということだと思います。

確かに、そういうところはあって、 本当の自分を出さないというのではなく、衝撃が大きいときリアクションができないし、本当につらいときは涙も言葉も出ないように、どこか心を失っているような、 感情を出さないことで自ずと辛さを遠ざけて自分を守っているかのような印象を受けます。
だからこそサヤカさんや朝岡さん等からのふとした言葉が、視聴者に余計に刺さるのだと思います。
今までも何度もそういう場面がありましたが、 「また間に合うーー」の最後にやっていた長めの予告で、私も涙腺崩壊しました。
詳しく書けませんが、特に朝岡さんや、新次さん耕治さんに、私は泣かされると思います。

今までの伏線も回収されそうですし、関わる様々な人の思いを知り、過去が少しづつ現在につながってくることで、モネの心の霧も次第に晴れ、パステル色がだんだん色濃くなっていくのだろうという感じがします。

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べえべえ

マンガ本を見ることから気象の勉強を始めたモネだが、なかなか理解が進まない。見かねた菅波先生が、中学レベルからモネの質問にわかりやすく説明する。するとさらにモネはその理由を尋ねる。「そこからか、、、」と呆れながら、菅波は何とかそれもわかりやすく解説しようとする。
少し変な距離感の二人が、面白く微笑ましく心温まった 。

菅波がモネのことを何かと気にかけるのは、自分に似たものを感じているからだと思える。
菅波もモネも積極的な理由で登米に来たわけではない。モネが登米に来たのは祖父のつてだし、菅波は指導医の中村先生に言われたから。二人ともここで自分にできる何かを探したいと思っている。
菅波は、「 中村先生には頭が上がらないので”しかたなく” 」 とか、「いやいや来ている」とか言っているが、それは半分本当でも残りの半分は別の理由、前に言っていた「ここには何かあると思って」というのも本心かと思う。 目標を持ったモネの勉強に協力し、モネの理解が進むことで、菅波自身も頑張れる気がしているのではないか。
あの熱伝導の件で、サヤカさんに誘導されて、肩や腕が触れ合って意識しているのは面白かったが、今のところ二人とも好意とかではないという気がする。

もうひとつ気になったのが菅波と中村先生のこと。
「訪問医療を始めたい。」
の中村先生の提案を、
「 僕はお手伝いできない。僕はまだ、治す医療にこだわりたい。」
と、にべもなく断る菅波。
定期的に診察、健康管理、相談指導などを行う 「訪問医療」と、「治す医療」という互いのこだわりは、何かの伏線かもしれない、と思っていたら、出てきた山のご隠居さんたちや患者さん。
” 生活の質”、”医療費”などの面でカギとなる高齢化社会の”在宅医療”のことを、特に一次産業を扱うこのドラマで取り上げていくのかなと思ったのですが。考えすぎかな?
菅波と中村先生が東京と登米とをかけもちしていることも含め、医療がドラマにどう関わってくるのかも(モネとの関係もあるが)気になるところです。

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名前無し

05-31 15:38:25 です。思いもかけず多くの賛同をいただきありがとうございました。本当は先週の感想をまとめて書くつもりでしたが、今朝(月曜日に)見た回に深く心を動かされたのでその回だけの感想になりました。今作の世界観がよくわかる回だったと思います。
夜に家族と見た時に改めて感じましたが、モネがバスの窓から海を見る時の顔は暗いのです。「遠くから島を見る」というのが辛いのかと思いました。そのまま俯きがちに船着き場に向かっていると電話が鳴り妹と父の声がして・・・モネが心からの笑顔を見せます。これは大事なところだと思いました。
モネにとって家族はとても大切な存在で、でも震災の日を境にモネは島にいることが苦しくなった。今も遠くから島を見ると心がふさぐ。でもやはり家族は大好き。船に乗る時の顔は笑顔になっていて、潮風にあたる表情もさわやか。父・耕治が海を嫌っているわけではないと言ったように、モネも海を、島を、嫌いなわけではないのでしょう。
分かりやすさが求められる朝ドラで、この複雑な気持ちを表現しようというのは大きなチャレンジだと思いました。そして、それができる役者を揃えているとも思います。上の方に書かれている「意欲作」という言葉がぴったりです。
ただ、朝の忙しい時間にこのような微妙な心の変化をわかってくれた視聴者がどれだけいるだろうかと思っていましたが、同じように感じられた方もいたようで嬉しく思います。
レビューに複数あるように、自然については今作のキーになるのは間違いないでしょう。今は美しい風景が何度も映し出されていますが、この自然が時に牙をむき人間に襲い掛かる現実。でも人間はその自然と共存して生きてきました。漁師であるモネの祖父や山で生きてきたさやかはそういう人達でしょう。時代はかわり、耕治は海の仕事にはつかず、漁師になる人は少ない。でもその子供達は震災を経験し、次女は水産学校に進み海に関する仕事を目指し、長女は気象予報士を目指し、共に自然に向き合って生きていくのかなと思います。コロナがあってまた時代が変わりつつある今、メッセージ性の強い朝ドラになりそうだと思います。

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名前無し

「おかえりモネ」初回から最終回まで全話見ての感想。朝ドラ史に残る名作となったと思う。好きになって最後まで見続けた人々の心から容易に消えないと思う。「あさが来た」や「あまちゃん」と同じで、唯一無二、二度と似たような作品は作られない朝ドラになっただろう。
初回からいきなりドラマが始まる。説明セリフも状況解説もほぼ無し。視聴者はモネと同じ視線で、新鮮な気持ちで登米の生活を始めた。人が人と出会った瞬間は、相手のことなど何も知らない。知ろうとすることから始まる。その状態でドラマが始まり、最後までそれは変わらなかった。
サヤカ、菅波先生、朝岡。WEの社員達や菜津と宇田川。誰もが知らない人々。実は永浦家や島の幼馴染もそうで、どんな人かを判断するのは彼らの言動からしかできない。だから気になる。わからないと腹が立つ。わかると一緒に悲しんだり喜んだり。視聴者の抱いた感情が、そのままその人の対人関係を表しているように感じることもあった。
最後に未知の震災の傷を明かしたのがすごかった。ここでどう受け取ったかでまたドラマの評価も変わっただろう。未知の心の傷の深さをなんとなく感じ取っていた人、全然わからなかった人、色んな人がいると思う。その受け止め方にも、作り手は誘導を施さず制限もかけなかった。ただ未知のあの日の行動をどう思ったか、その後の未知の人生、つまりドラマの初回から最後までの未知を見てどう思ってきたか、それが問われるような終盤の衝撃だった。
様々な人の「おかえり」を表現したドラマだった。ヒロイン・モネが本当に心から帰ってきたと思える日がくるまでの長い道のり、長い旅路を共に歩んだ菅波先生、「おかえり」を言ってもらい自らも言ってあげられるようになったモネ。目に見えてわかる単純な「成長」「経験」などよりも、ずっしりと心に響く感情の動きがドラマの中心だった。

朝ドラに新しい時代がきたことも何度も感じた。一番はヒロインが「恋愛軸に生きていない」こと。インタビューで見てがーんと擬音が出そうなくらいの衝撃だった。朝ドラの恋愛軸を楽しみに見てきた私にはショックだったが(笑)、結果的に恋愛以上の深い愛情を見せてもらったし、恋に流されない意志の強い女性を演じきった清原果耶には賛辞を贈りたい。いわゆる笑顔で周囲を明るくするヒロインというのは、昭和のように演技の素人が主人公に抜擢されて彼女らが笑うと視聴者も喜ぶのであって、泣けと言われたら瞬間的に泣く演技のプロがいつもニコニコ笑っていても見ている方は引いてしまう。この点、二階堂ふみ・杉咲花・清原果耶の笑顔の使い分けは見事だと思う。この三人は不必要に笑顔を振りまいていなかった。そして清原果耶がすごかったのは、最後まで必要なシーン以外では感極まって泣かなかったことだと思う。最後までモネの心で演じきったと思う。並みの女優なら最終週は泣きっぱなしだっただろう。
坂口健太郎も素晴らしかった。彼の「俺たちの菅波先生」がいなければこのドラマはもっと少ない人数のみが愛した作品で終わっていたのではないだろうか。登米編から東京編への繋ぎ、そして東京編を大きく盛り上げたモネとの恋、ラストの輝く希望に満ちた終わり方。坂口健太郎が繊細に演じてきた菅波がドラマを大きく盛り上げたのは間違いない。この二人は今後の活躍が大いに期待できる。楽しみにしている。
そして若手俳優陣の大奮闘。蒔田彩珠とキンプリ永瀬廉のアカデミー賞新人賞コンビ、それぞれ難役だったと思うが最後まで素晴らしかった。幼馴染やWEの若手たち、全員に今後どんどん仕事がくると思う。彼らの活躍も追っていきたい。
ドラマをどっしりと支えたベテラン勢。最も印象的だったのは浅野忠信だが、最終的に最重要キャラだった耕治役の内野聖陽が一番すごかったのだと思う。彼の何気ない日常の演技までもほとんど覚えていたことに、最後の方で気が付いた。そして鈴木京香、西島秀俊、藤竜也と夏木マリ、ナレーションがメインだったが竹下景子も、思いがしみじみと伝わる重厚な演技だった。こんな朝ドラ二度とお目にかかれないだろう。
ドラマの完成度の高さはこの俳優陣の熱演によるものも大きいが、彼らの演技の元となったのは脚本への絶大なる信頼だろう。アドリブをほとんど感じない、きっちり作られた脚本だった。すでに初回から見直す人が多くいるらしいが(オンデマンドの再生回数上位に初回があるとのこと)、そうやって何度も楽しめるのも脚本が緻密だから。コロナの短縮で最後は書ききれないところもあっただろうが、それでも震災で心に深い傷をおった人々を明るい未来に向かわせて終わったところが、今作を名作にしたと思う。そして自然の中で生きる人々、人間と自然の関係を「気象」という観点からとらえ、ヒロインの夢と職業をうまくまとめたアイデアは素晴らしかった。また機会があれば初回からじっくり見直したい。そして続編も待っている。清原果耶がまだ19歳なので、10年後でも作中のモネとようやく同じくらいだ。続編では是非ともモネと菅波の結婚式を見せてもらいたい。この役者の顔ぶれなら続編は映画化できるんじゃないだろうか。登米の自然の中で結婚式を挙げる二人をスクリーンで見たいなあ。希望に満ちた最終回だったので夢がふくらむ。いい朝ドラだった。

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名前無し

報道気象班は気象予報士だけが所属してる訳ではない。高村さん、気象庁担当の沢渡さん他テレビ局側のスタッフが何人もいるのはミーティング見ても分かる。

報道気象班全員が慌ただしく台風被害状況把握に尽力している時に高村さんが「被害情報を伝えるだけになっている。私達が今すべき事は何?」と班全員に呼び掛けモネが「予測ですか?」と言い高村さんが「そうよ」と返すが少々おかしい。「私達」は報道気象班全員の事でしょ?でも予測出来るのは気象予報士以外出来ない。言葉の捉え方によっては気象庁担当の沢渡さん含めテレビ局側の人達にも予測すべきにも聞こえる。

報道気象班はチームだ。気象予報士が気象庁からのデータを元に分析、予測を立てる。他の人達は今回の場合は報道部門と連携して被害状況把握する必要がある。
気象班は予測するだけではダメで各部門との連携も大事。
ここは気象予報をせずに被害状況の確認ばかりしているモネ達だけを集めて言うべき台詞でしょ。
朝岡さんが言いそうな「これから起きる被害を最小限に食い止める」それは正確な気象予報を視聴者に伝える、すなわちリードタイムが大事だと高村さんが代弁してる。
気象に関わる人の大切な言葉だ。
残念なのは気象予報士が3人もいるのに誰一人として本来の仕事の気象情報を予測したり河川の状況等のチェックをしてない。
一応モネが風速チェックしてるみたいな感じだけど高村さんが言った後に今までしていた被害状況の確認を放り出して「もう一度危険度分布を洗い直そう」と急に気象予報士の仕事に戻るなら最初からしろと言いたい。
何の為にテレビ局が他社の気象予報士を常駐させているんだろう?

でも内田君が危険度分布を洗い直そうと言っているのにモネが「内田さん、洪水見てもらえますか?」と指示するのは偉そうに見えた。

警報解除になった時もスタジオの内田君が引き続き警戒が必要と視聴者に伝えてるのに莉子は仮眠、モネも眠そうにパソコン見るだけ。朝の報道気象班しか機能せずにいるけど夜の番組の別の気象予報士は一体何してる?

朝岡さんが番場川上流での異常な降水量に気づいたシーン、ここまで降れば当然気象庁が特別警報を既に出しているのに朝岡さんしか気づいていない様に見えて変なんだよ。
モネ達気象予報士は報道番組で他県の警報等を熟知しているのに誰も気づかない。
2019年なら雨が降り終わった後に災害が発生しやすいと一般人でも分かる事なのに特別警報解除した後でもモネ達の誰も河川の状況をカメラ等で分析しようとしない。あり得ないし気象予報士は24時間体制で注意するべきなのに交代が野坂さん一人だけ。夜の番組の気象予報士は又インフルエンザにかかって不在?

五十嵐のお婆ちゃんの電話もおかしいシーン、裏の小川が川になると危ないと昨日から気づいていながら誰かに伝えたい相手が東京のテレビ局?危険を知らせて何とかしたいなら自治体か消防でしょ。今まで危険があったから古い言い伝えとして残ってるのに五十嵐のお婆ちゃんは呑気に電話するか?
モネは避難させる為の注意喚起が大事だと分かっていながら五十嵐のお婆ちゃんに命を守り避難するようにとも言えない。不親切。

報道気象番組の裏側の大変さを見れて良い内容なのにモネ達気象予報士、朝岡さんが無能過ぎる様に見えて残念。
長々書いたけど最後にモネの表情がいつも険しく変化もない、声もボソボソして演技の幅が狭すぎて下手くそだった

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名前無し

モネは今まで誰かが言った言葉を全部受け止めてきた。否定せず、言い返さず、喜びも悲しみも全て飲み込んで。それは未知の「お姉ちゃん津波見ていないもんね」がきっかけではあったが、未知のその一言はたしかモネの「大丈夫、すぐに戻れる」という安易な(本人にそのつもりはなかったはずだが)励ましの言葉が引き出したものだったと記憶している。自分の言葉が相手を傷つけ、返された言葉で自分も傷ついた。モネが誰にも言い返さなくなったのはそこからだろう。中学生の回想シーンでモネは輪の中心にいたし、幼馴染と実家で話す時は言葉に遠慮がなかった。
言葉を飲み込むようになったモネが、初めて自分の「恋人らしい願望」を口にしたと思う。菅波は引き継ぎで忙しくなっている。荷詰めをするほど時間がないのもわかっている。モネにとっても大切な登米の人達のために登米行きを決意してくれたのは嬉しい。でも。
「鍵なんか渡すから」。部屋に入ったせいで、菅波のことを知れば知るほど、思いが一方的に深くなり期待と別れの不安が強くなる。モネが合鍵とともに自分の心まで投げてしまったのを、しかし菅波はしっかりキャッチした。これまで何度も投げられたものをスルーしてきた菅波が取った(これにはびっくり!笑)。目も合わせられなかった菅波が、まっすぐにモネを見つめて。結論から言うと大丈夫です。菅波らしい語り口で、でも彼もまた、強くモネを思う気持ちをモネに放った。あなたが投げるものなら全部取ります、と。
モネが菅波の胸に飛び込んだ瞬間、我が家に歓声が(笑)。人の思いを受け止め続けたモネが、やっと自分から思いを、しかも自分ごとぶつけて。菅波は言葉通り、モネを受け止めた。「取れてよかった」。鍵、そして橋。遠く離れても二人をつなぐものがある限り。何より心がつながっているから、きっと大丈夫。高く遠く広すぎる空の下、ロケの力も借りて(モネを勇気づける風が吹いていた)、最高の映像だった。

菜津の言葉。傷ついている方が強いなんて。そう、もうそんな時代じゃない。昔のように死ぬ気で頑張った先に希望のある時代じゃない。頑張って無理してふと気付いたら立ち直れない自分がいる。宇田川のような人、宇田川ほどでなくても心の扉を閉ざしてしまった人がたくさんいる時代だ。傷つく必要なんかない。いてくれるだけでいい。放送が始まった頃(初回?)サヤカがモネに「なんの役に立たなくてもいい」といった言葉が思い出された。「何の関係もないようなものが何かの役に立っている」とは龍己の言だ。この菜津、サヤカ、龍己の言葉が、宇田川で一つになっているように思う。宇田川の掃除の水音=宇田川の気配はモネの心が荒れた(荒らされた)時にモネを見守るように存在している。宇田川が外に出られなくなった経緯を聞いた今では、かつてモネが「字が上手ですね」と素直に言った一言がどれだけ彼の心に響いたかもわかる。

莉子は菜津の言葉を聞き、考えることで乗り越えた。自分の弱点を克服する方向にばかり気がいっていたのを、他者を思いやり聞いてくれる人に心を込めてという方向へ。もうモネのことを「重い」とは言わないだろう。最終的に莉子が内田に勝つとか超えるとかいう対立の結果ではなく、莉子自身の成長にしているところが『おかえりモネ』というドラマらしさだと思う。そして朝岡も内田を莉子と競わせるのが目的ではなく、彼自身の成長を促していたのも朝岡らしいと思った。明日美とモネもいいが、莉子とモネもいいコンビ。敬語は外れるのか?ここで菅波との敬語は外れていないのに随分と親密になった会話に繋げたのも面白かった。
島に帰って何かをしたい、でも何ができるのかわからない。モネがついにここまで来た。モネが「島を出たい」と言って登米で暮らし始めたところから始まったドラマ。様々な出会いと経験を得て、トラウマを乗り越え、モネは故郷に帰ろうとしている。二人のスマホ越しの会話に、「気象予報士になりたい」と漠然と思い始めながら登米でもがいていたモネ、彼女の言葉を一つ一つ聞きながら冷たく(笑)だんだん温かく返してくれていた菅波を思い出した。モネが何かをしようとしている、島を思っているこの時に、菅波が激務の中わずかな時間を作って会いに来てくれたことが嬉しかった。菅波は登米の頃から、モネが故郷を思っている時は、たとえ電話越しでもモネが本音を言おうとしていると気が付いてくれていた。他人の気持ちに鈍感だと思われていた菅波が、恐らく本人無自覚だろうが実はずっと前からモネのことをわかっていたのだと、今更ながら感動する。

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名前無し

まさかの内田君か!これは予想していなかった。モデル写真もこのためだったか。いやあビックリ。莉子にとってはピンチに見えるが、ピンチをチャンスにかえられるか。かえられるだろう莉子なら。朝岡、高村と同じように期待している。
それでも私は正直優しいなと感じた。一昔前の朝ドラならここでぶつけられるのはモネだろう。モネと莉子の二枚看板でいく方がドラマは盛り上げやすい。しかし今作の中で莉子とモネには同年代の女性同士でも二人に明確な差がある。キャリアも上昇志向も莉子の方がはるかに上だ。モネが莉子と同じ土俵に上がらないこの展開はいいと思う。
昨日のプレゼンで内田と野坂とモネの個性が光っていた。モネの心にいつもある故郷と家族の笑顔も再確認。モネの気象予報士の仕事にはいつも人と土地がある。莉子はそれが自分にはないと感じているようで、ここからどう打開するか。
これまで「被災者の中でも大きな被害を受けた者とそうでない者」が描かれてきた。今週は「人生の中で仕事に強く結びつく何かをもっている者ともたない者」のような話かもしれない。「でない者」を描く今作らしいチャレンジ。そこに宇田川がからんでくる。

宇田川はまだ声だけしか出てこない存在。だがもうモネも視聴者も彼の優しさを知っている。モネの誕生日にモネのフルネームとピンクを入れて華やかな横断幕を作ってくれたり、鮫島に力強いボードを書いてくれたり。毎晩定刻にひそやかに風呂掃除をして美しく整えている。そんな宇田川の発作と過去。私は始め、宇田川が菜津一家のために最もきつい風呂掃除をかってでてくれているのかと思っていたが、逆に菜津一家が宇田川の働く場を残すために銭湯を半分残したのかもしれない。菜津の優しいいたわり、見守っているという意思表示。お互い姿は見えなくても、側にいて支え支えられの宇田川と菜津。今日の扉の向こう側を想像させる映像を見て、私は宇田川は最後まで役者を使わないような気もした。・・・そこに菅波から電話がかかってくる。
モネと菅波はいずれ離れてしまう。菅波と再会した頃は離れていた距離や月日などなんとも思っていなかったはずのモネが、今はここまで菅波と心が通じ合ったのに、マンションの合鍵までもらって家に入れるのに(菅波の部屋ががっつりセット組まれていてびびった・笑)、否、そのせいで離れてしまうことへの不安がつのる。体調を崩しても風呂の掃除は必ずやる几帳面な宇田川の掃除の音。水音に重なる菅波の言葉。あなたと僕には時間がない。布団の中のモネは深海に沈んでいくようだ。
ここまで宇田川と同じくらい過去や背景が隠されたままだった菅波が、モネと心を通わせてからどんどん自分を出してきている。部屋の中に組手什や気象予報士試験の本もあった。登米が、そしてモネが、どれだけ菅波の人生に深く根付いてきたかがわかる。そして菅波はモネから離れていく。モネが気象予報士試験に合格して登米を離れた時と逆転した。だがあの時と決定的に違うのは、モネも菅波もお互いを好きだとはっきり認識していることだ。

最後にもう一組カップル成立?まさかのすーちゃんマモちゃん(笑)。お似合いだと思うよすーちゃん!明日美は自分が言った通り、亮のことは諦めて東京で彼氏を作るのか。その潔さが好きだ。意外なようで意外でないかもしれないが、この子が一番最初に大人になっているような気がする。

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