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横からですが、実際あの時代の主婦で簡単に家をあけられる人は少なかったと思いますよ。精神的に、です。それは本当にそれが当たり前な時代だったということです。主婦で数ヶ月も旅行に行こう!となるのはよほど行動的な人かそもそも旅行好きの人か、旅行が日常のお金持ちな人だけで、結局福子がその中でいうとお金持ちの奥様だからそれができるということですね。
朝ドラ主人公がお金持ちの奥様というのはめったに無く、特に福子は裕福さを表に出していなかったので違和感を覚える視聴者が多いのでしょう。うちでも老世代は福子にいいご身分やなと言っていました。でもあさきたのあさが東京見物に行くのにはそうは言わない。結局は主人公が好かれているか否かかもしれません。
AKとBKがどうして対立するのかが全くわからない。いいものはいいと書いて欲しい。
番組が変わると手のひらを返して感想を書く人がいるのは、ここでもよくわかる。
>横からですが、実際あの時代の主婦で簡単に家をあけられる人は少なかったと思いますよ
経済的に行けない人がほとんどだったと思います。
でも福子はお金持ちで子供も成人して、夫と一緒です?
ご主人を置いての長期の旅行なら現代も行けないという人は多いと思いますが。
>特に福子は裕福さを表に出していなかったので違和感を覚える視聴者が多いのでしょう。
それはドラマの流れを理解できない人では?
ラーメンが売れ会社も大きくなりました。
自社ビルも、製造工場も持つ会社の社長夫人です。
>結局は主人公が好かれているか否かかもしれません。
それが一番大きいでしょう。だから正当な批判とは言えないと思います。
予想通り、「福子のおかげだ」「萬平さんは凄い」で終わった最終回だが、もうそんなセリフは聞き飽きてるので「あーハイハイ」としか思わなかったが…
朝ドラ特集でゲゲゲの女房の終盤場面を流していて、
布美枝が「私で良かったんでしょうか」と聞くと硬派でおべんちゃらなど言わない茂が「良かったんじゃないか」とボソッと呟いた。充分に夫婦の絆を描き切った作品はこれでいいんだ。これがいいんだ。ゲゲゲの女房は名作の名に恥じない作品だと改めて思う。
「正当な批判」って何だろう。
福子が老母を置いて一か月か二か月の外国旅行に行くなんておかしい、という感想が、正当でないから取り下げろというのは変なのでは?
そういう感想を持つ人がいてもいいと思う。
あさの東京見物も、本放送の頃に叩いてた人は叩いていたよ。
今は再放送だから叩かれないだけだ。
15:02:41ですが、べつに批判のつもりで書いたわけではありませんので。
あまり熱くならないでくださいね。
当時の主婦が旅行に何ヶ月も行けなかったのは、もちろん経済的な理由が一番でしょうが、私が言いたいのは精神的に、つまり人生で貧困生活の方が長い福子が一時的に裕福になったからといって簡単に「はい、旅行!」とパーッとお金を使えるタイプではないということです。
咲と克子と違って福子は女学校時代にはすでに貧乏で、初めて裕福になったのは萬平が理事長になってから、それも数年後には真っ逆さまに無一文になっています。そういう人生の流れが福子の言動に反映されていないなあと思いました。
でも、脚本家が自分で書いていないそうなので、こういう設定も脚本家の頭にはないんでしょうね。真面目に見て損したなあと思います。
まんぷくよりももっと昔の話だけど、谷崎潤一郎は「細雪」の中で長女の鶴子のことを、
「当時の関西の女性は家庭を外にして気軽に物見遊山などに出かけなかった」と書いている。
外国にでもどこにでも行ってやろうとする末娘の妙子は家族の中で変わり種として扱われていて、ひとつの家の中にも世代間の違いが出ていた。
「細雪」のあと大きな戦争を体験した日本において、昭和40年代に外国旅行をするというのはそれほど簡単なことじゃなかった。
家の中に年寄りがいる専業主婦が、いくら相手が御主人でも「ひと月かふた月、海外に行こう」と言われて、躊躇も逡巡もなく「はい」というのは、その時代を知っている人には違和感なのだ。
それは感覚の問題なので、「その感じ方を絶対に許さない」と言っても、そう思ってしまう人はどうしてもそう思ってしまうのはしょうがない。
自然な感想なので、理解できる人には理解できる。
まんぷくの特徴は週初めからダラダラ使いまわしの場面の反復と無駄なエピの尺繋ぎで進み週末に雑にまとめてごまかすパターンです。その象徴が最終回でした。
歩行者天国で大評判になり成功しました、そしていきなり二人で海外に行きましたと淡々と進み、
それに芦田愛菜さんの中学生の優等生が朗読したような地味な語りに乗せて、上手くまとめたつもりだが、喉に魚の骨が詰まったようでスッキリしませんでした。
今まで積み上げた過程を十分描かず、反復で無駄なエピで繋ぎご都合主義でまとめるいい加減な構成が、最終回に集約されることで駄作であることが如実に証明されてしまいました。
向田邦子のエッセイ見つけた。
日本人の団体旅行に参加している疲れた女性たちを見て、感じたことが書いてある。
『彼女たちは旅に出る前に、全精力の半分は使い果してしまうのであろう。
万々一、飛行機が落っこちた場合にも赤っ恥を搔かぬよう、嫁に何処を見られてもいいように、片づけものやボロトジクリ、洗濯をしなくてはならない。パーマも掛けなくてはいけないし、お守りももらってこなくてはならない。お餞別をもらったうちへ挨拶にゆかなくては、あとが面倒である。
そしてもうひとつ、一番の大仕事は隠し場所を考えること。隠すのは勿論へそくりである』
この後も、へそくりの隠し方について話が続くのだけど省略。
ボロトジクリは私がわざとカタカナにしたけど、エッセイではひらがな。
ぼろとじくりというのは青木玉さんも使っていたことばで、靴下のような使い古したものを繕ったりすることだそうだ。
多分、びろびろに伸びてる下着類とかも、当時の女性は旅行に出る前にきちんと始末したんだろうね。
家の中に嫁はいないにしても、社長夫人が一カ月間以上も家をあけるとなったらとても大層なことだったと思うけど、鈴さんに塩軍団の毎日の食事の世話を押し付けた脚本家さんは、家事の大変さとか、家を守ることの煩雑さを理解していないので、うかうかしたことを書いてしまうのだと思う。
爽やかで朝に元気をもらえる素晴らしいドラマと感じた。
まず、脚本が良い。役の一人ひとりを大切に扱われていて、どんな脇役や悪役にも愛着を持って見ることができた。夫婦関係も昭和の代表的な夫婦関係だったけど、お互いを思いやり支え合う夫婦関係は見習うべきところがあるなと思い直し、主人にも優しい気持ちで接することができたりと、朝をとても良い気持ちでスタートできる朝ドラでした。配役もバッチリ。
ひとつ残念な点をあげるとすれば、内助の功なヒロインなのはわかるが、話全体が萬平寄りすぎたかと。。最終回だけでも、福子目線で回想シーンがあったら、こちらも感情移入してもっと泣けたかな〜。何もかもまるっと収まりハッピーエンド!は良かったんですけどね!
母親の病気も回復して、
子どもたちも成人して、
新製品の売上も好調。
萬平も60になったし、
夫婦二人で海外麺類食べ歩き。
良かったね!今までお疲れ様!という感想にならないのが
嫌われ福子の宿命なんだろうね。
好きで絶賛するのも立派な感想だし、嫌いで批判するのも立派な感想だ。
どっちも、やめさせることはできない。
結局自販機はどうなったんだろう?
あさちゃんは福子のようには嫌われてなかったけど、初回放送時は東京旅行が批判されてました。
間違いなし。
まんぷくに関しては、福子が嫌われているからというよりも、脚本家さんが家事や家庭のことに理解が足りないのを批判されているように感じられます。
小学生の娘が終わって残念がってます。
中学生の娘はカップヌードルにはまってます。
でもエビが嫌いなので全部残します。あんなに苦労した
エビを…
まんぷくお疲れ様でした!
自販機もうやむやのうちにドラマは終わり。
あさちゃんも嫌われていましたよ。
もしかしたら福ちゃん以上に。
アンチ増殖して追っかけ批判数年続きました。
「なんか、なんかなぁ」の、ドラマでした。
終わった清々しさがない。
用意された結果をただなぞるだけ。
確かに夫婦の絆のドラマだったのかもしれないけれど、
主人公夫婦は元より、他の人達の夫婦の愛や絆もない。
抱き合えば愛情?なんて全く感じない、見てるこちらは唖然。
「欧米か?」とツッコミを入れたくなる。
そして、まだ冒険しろよ的な福子の目。
この人は意地悪そうな役の方が似合うと思う。
優しい人でも、誤解されやすい役が似合う。
散々変な動き、表情を見せられたけれど、
最後は可愛い福ちゃんの表情を、少しでも良いから見たかったなぁ。
脚本家は本当に家事のこと理解してないんですかね?
私は専業主婦の仕事を過大評価している人の拒否反応に思えます。
もう家電のない時代じゃないのだから。
昭和40年代は家電の発達により家事労働が軽減され、
主婦が自分の時間を持てるようになり、
暮らしをより楽しむ事が出来るようになった頃です。
苦労して苦労してやっと大会社を確立した萬平さんと福ちゃん。海外に行けるだけの貯蓄は余裕であったと思います。信頼のおける部下真一さんとかんべさんもいます。もちろん息子さんの源ちゃんも。
ほんのひとときの海外旅行なのに
どうしてこうも批判されるのかさっぱりわかりません。
楽しい楽しいと二人仲良く麺を頬張る、そして最後は後ろ姿でしたね。その姿にジーンと来てしまいました。
何か一企業の大宣伝ドラマだ!NHKでこんなの許されるのか!ってアツくなってる方もいますが
前作の扇風機もそうでしょう。実際あるし、開発手順一緒だし。しかもヒロイン発明してなかったし。発案はしたけど。
放送によって売上伸ばしたら非難で
売れなかったらスルーなのかな?
>脚本家は本当に家事のこと理解してないんですかね?
うん、塩時代のときに私はそう思ったな。
昭和40年代に子供時代を過ごして、「◎◎さんがハワイに行ったって」と言う話が近所中に広まり、お土産が来て、映写機みたいな機械でって◎◎さんのハワイの写真を見る集まりがあった騒ぎを覚えている者としては、当時の海外旅行は大変なことだったという雰囲気はわかりますよ。
あさちゃんてそんなに嫌われてたかな
塩時代の時
家事大変だからたかちゃんお手伝いで頼んだし
塩軍団の一人を鈴のお手伝いにしたんじゃないの?
史実をただ雑になぞっただけの能がない最終週と最終回だった。
人間愛も夫婦愛も十分に描かれていなかった。
終盤は福子アゲアゲ祭りで深みも味もない軽くて淡白なドラマでした。
ドラマによりチキンラーメンやカップ麺が売れてホクホクの、モデルの
大手食品メーカーに協力した大阪公共放送の馬鹿さ加減に呆れました。
二人の旅行は単なる海外旅行ではないでしょう。これからの麺の開発に繋げる旅行じゃないのですか。実際に百福さんはアジア各地に旅行して麺の研究をされてるようですし。
塩時代に、福子が赤ちゃんをおんぶせずに、
始終抱っこして、暇そうにしていたのが不思議でした。
福子がそんなに楽をできるはずがなかったので。
>実際に百福さんはアジア各地に旅行して麺の研究をされてるようですし
百福さんが一人で行かれるぶんには何の問題も無いのではないですか
もともと百福さんは海を渡って日本に来られた方です
なぜ旅行が批判されるのかわかりません。
ドラマですから全て現実と結びつけなくてもいいでしょう。
赤ちゃん生まれた頃は
経済的に安定してた頃では?
おんぶして配膳していたシーンはあったのに
そのシーンは皆さんスルーして
抱っこしかしないと批判殺到だったのは覚えています。
なんで萬平一人なら良くて夫婦二人ならだめなんでしょう?
意味わかりません。
そんなに鈴さん死なせたいのかな?
家に残っているのは姑ではなく実親と実子
ゴムの伸びたパンツや穴の空いた靴下があっても問題ない。
なぜ批判が許されないのかわかりません。
絶賛のためだけの場所ではないでしょう。
大きな病気をした母を置いて長期の海外旅行には行けないという気持ちはわかります。
それがわかるかわからないかという違いがあるだけではないですか。
大変失礼な書き方だと思います。
誰もかれも何もかも、口先だけで何も伝わって来ないドラマでした。薄っぺらいにも程があります。癒されたり、たまにグッとくる場面があったり胸に響いてくるとか、そういう物とは無縁で何一つ心に残ったものなど無いまんぷくの様なドラマもなかなか無いと思います。
モデルの方も居て、よくぞこんな酷い作品にしてしまえたなと。そういう意味ではある意味凄いなとは思います。
もしかして、そこを叩かれると痛いからスルーできないということ?
「年取った親を留守番にして2箇月間の外国旅行に行く」というのは触れてはいけないことなの?
そうじゃなければスルーしとけばいいのでは?
一人暮らしの高齢者は多いです。
>なぜ旅行が批判されるのかわかりません。
ドラマですから全て現実と結びつけなくてもいいでしょう
理由は人それぞれ書いているのに、どうして批判してはいけないんでしょうか。
他の人の感想を尊重しましょうと規約にありますよ。
おんぶより抱っこの方が圧倒的に多かったと思います。おんぶ紐って洋服でするとどうしても胸が目立つんですよね。女優さんが嫌がったのかなと思いました。吉高由里子とか着物だったので普通にしてましたが。
おんぶ抱っこに限らず、全体的にヒマそうな女でしたね。福子に感情移入しにくかったのはそのせいかな?
カップヌードルが売れて幸せ!じゃなくて、
食べた人たちが幸せになる!…が目標だったのでは?
萬平さんが福子の肩に手を置くのは、別に普通に見れる。
でも、福子が手を吸い付けるようにベタベタっと寄り添うのは、なんだか気持ち悪かった。
女性から近づく、はしたない。
せっかく陽気な福ちゃんだったのに。
コミカルにケロッとしていたら、素っ頓狂なセリフも、キョロキョロする目も表情も生きたかも。
オープニングのままの福ちゃんなら、好きで入れたのに。
もう、バラックを歩く時のべったり辺りから、苦手になっていた。
安藤サクラさんが土スタ?に出られたときに、「シーンごとにおんぶにするか抱っこにするかみんなで話し合った。おんぶだと両手が使えるけど、ぐずったときにあやせないから」というような話をされていました。
萬福夫婦の冷たさを半年間見せ付けられていれば、鈴を放ったらかしで自分達だけ
楽しく優雅な旅行なんて、けしからんとかの感じに取られてしまうでしょう。
最後は結局は二人が人を踏み台にし、綺麗事は言うだけで大成功して大金持ちで
幸せなになりましたって物語だったもの。
バンコクでのフォーでしょうか?
福子のレンゲからズルズルと麺が落ちたのを何故撮り直ししなかったのでしょう。
最後の最後で大事なシーンをも無視してしまう、
…そういう雑さが「まんぷく」だったんだな、と思います。
最後に麺料理を知る旅に出るのは、いかにもまんぷく夫婦らしい終わり方だと思って見ていました。母を幽霊咲に任せて出かける実にブラックな演出。まんぷくのブラックなところがちょっと好きでした。
歩行者天国の食べ歩き。スープはどうやって処分したのだろうか。
当時は全部飲み干すのが当たり前?
カップ麺の自販機。子供の頃に1回見ただけだったんで出るのを楽しみにしていたんですが、残念でした。
ブラックユーモアって、弱い立場のものに皺寄せをして、強い立場の者が良い思いをすることなんだろうか。
子供はいじめられても我慢させ、年寄りの話してることは無視して家事や経理は押し付けて、自分たちは成功して金持ちになって遊びに出かける。
それがブラックユーモアなら、そんなものは要らない。
ブラックが好きだと書きましたけど、それがブラックだとは思いません。
忘れてる人がいるかもしれないが、萬平が福子を連れて海外に行ったのは、初めてではない。海外視察にすでに連れて行っている。もちろん観光ではなく、仕事の一部で、同じことを再びやったのに過ぎない。当然鈴は留守番だろう(当時のことだから、鈴を誘ったとしても「空を飛ぶなんてとんでもない!」とか断った可能性もあるが)。回復してしばらく経ったのだから別に問題は無いだろう。このことを騒ぎ立てる方がおかしい。
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