5 | 1374件 | ||
4 | 264件 | ||
3 | 163件 | ||
2 | 114件 | ||
1 | 781件 | ||
合計 | 2696件 |
名作だった。
最終回でガッカリでした
人の死を取り上げて長々とお涙頂戴の見せ場を作り、それを肴に涙活って、やっぱり個人的に好まない。
正吉や新次郎もうみていられませんでした。
終わって正直一番に思ったのはこれ。
ですからわたしは愛妻の死ぬ死ぬからの死までを詳細に取り上げて涙の大合唱した天皇の料理番もあんまり好きじゃない。
疑問に感じることもあったのですが、
半年間とても楽しく見ることができた事に感謝しています。
ありがとうございました。
篤姫に続いて2回目のロスです。
とても新作を見る気にはなれないが、観ても上の空。
大阪制作とは言っても統括は東京本局で篤姫なんかを作った人ですよね。
前作が不評で会長からもハッパかけられて絶対に失敗出来ないから、誰がなんと言おうと数字にこだわる姿勢で作られたんだと思う。
企画段階では違う流れだったのはノベライズを読んでも分かる。前作の不評で流れが変わってしまった。
評論家も書いていたけど、ここまでヒロイン不在、ヒロインを蔑ろにした朝ドラって有ったかな?
もともとゴジラハリウッド版で棒読みと散々叩かれたり、さしてドラマに影響与えない空気みたいだった波瑠をヒロインに起用した時点でそうなる事はプロの制作者なら分かっていたはず。
予想通り芸達者な脇に話し半分以上持っていかれて、ヒロインの立つ瀬ないドラマが出来ちゃいましたよ。
それだけならまだしも朝から刃物ちらつかせたり、爆薬テロで炭鉱爆破させたり、挙句ご丁寧に親族の死で引っ張る引っ張る…さらに主要な脇の重傷描写も差し込んだり。
そんな事やってたら、おなごのやらかい心も今より少しでも幸せな生活をみんなが送れるように奔走した女傑の物語りなんて描ける訳ないんですよ。
たしかに視聴率は取れたのかも知れないけど、朝ドラとしてのつくりは完全な亜流だよね。王道ではない。
話があっちこっちに散らばって観ていて疲れるドラマでした。ちなみにディーン・フジオカの大根演技は個人的に論外。
脇と宮崎あおいと言う保険でなんとか観れるレベルの朝ドラ。ヒロイン中心に描くことから逃げて、そんなの朝ドラって呼べるんだろうか。
朝が来ないわ、と家族に向けてひとりごと。
一応観てたのが一人いたけど、ゴソゴソ動いてたり、違う部屋行って観た?と聞いたら、観てないよ。
何をしていても、あさが来たが始まった時を思い出す朝でした。
本当に楽しかったなぁ。
一年間でも良かったのに。
時々、またきてみます。
本当にステキなドラマでした。
最後のシーン 涙が止まりませんでした。
あさが来ない今日の日はとても寂しいです。
毎日毎日 「あさが来た」を観てパワーをもらっていたのに…。
スピンオフをいっぱいしてほしいです。
期待しています。
ここの感想で 大阪放送局だからとか東京放送局とか書いている人いますが ドラマの内容というより 放送局で好き嫌いしているのでしょうか?
もし東京放送局が「あさが来た」を制作していたら 批判的な人も大絶賛しているような気がしますが…。
大阪放送局も東京放送局も同じ日本なのだから そんな先入観なしで楽しみましょうよ。
自分は東京の人間だけど、今までわりと大阪局の朝ドラの方が好きなものが多かったですよ。
芋たことか、カーネーション、ごちそうさんとかね。
あさ来たは大阪局なのに東京局みたいなドラマになってがっかりしましたね。
でも結局はどっちでも、面白ければいいですが。
大阪だ、東京だと言っている人はこのサイトでは少ない。ここはヤフーとは違いますよ。そういうのはお茶の間に書き込んでください。
世間の評価とは違い、私はこのドラマは期待はずれでした。他の朝ドラでもいえるけど、女性の脚本家は無駄な恋愛話をいれすぎだと思いました。
最後のシーンは本当に心の残り、思い出しても目頭が熱くなります。
あさが新次郎あってのあさだったという事。そして新次郎があさの事を本当に大切に思っていた事。その事がドラマの中でずっと芯となって伝わってきました。
ただの勇敢な一人の女性実業家の一生の物語でなかったところが、このドラマの素敵なところでした。
”ゲゲゲの女房”の時も”マッサン”の時も思った事ですが、自分達、夫婦の在り方を考えさせられました。色んな事を乗越えて、沢山の思い出が増えていき、最後は、どちらかが先に逝く日が、いつかは自分達にも来る事を思うと淋しいです。でもこの人で良かったとお互いに思える夫婦になりたいと感じました。
やっぱり面白いものは視聴率も良いんだと実感した朝ドラでした。
きちんと人の死とそれを悼む人々を描いた良心ある作品でしたね。
もう大阪制作に期待しないと書いた者ですが、
今まで、安定したよい作品を作ってきたのです。
今回は花子とアンのような作りになり、非常にざんねん。東京制作だったら絶賛とかそんなの
ありえませんから。あしからず。
視聴率を意識するとこんな作品になるのなら、視聴率なんて無くなればいいのにと思いました。何だか色々と偏った作品だと思います。キャラも作りすぎていた様に思い、どなたにも惹かれませんでした。
>2016-04-04 11:43:22 名前無し さん
2016-04-04 10:38:42の者です。
大阪のだけを見ていると、今回のあさ来たのようなハズレもあります。
個人的には面白ければどっちの局でもいいんで、良い作品を見たいです。
今まで割と大阪局は、おバカなヒロインを(例えばめ以子)おバカに、
下品な登場人物(例えば糸子)を下品に描くことに筋が通っていて(笑)、
そこが自分は見やすかったのかなと思います。
東京局のは、本当は賢かったり強かったり人並み外れているはずの女性を、
愚かに、あるいは平凡に、無難に描くことが多いイメージです。
花子とアンの花もそうでした。
今回のあさもそんな感じでした。
吉高にしろ波瑠にしろ、決して知的に見えたり気が強く見えたりしない女優を選んで、酔っぱらわせたりアヒル口つまみをさせたりの阿呆のようなふるまいをさせるんですが、そこに阿呆ではないモデルがいる。
芋たこには田辺聖子さんというモデルがいましたが、
ちゃんと女流作家に見えるように造形されていました。
おバカはおバカに、ガラが悪いのはガラが悪く、知的な人は知的に、今まで大阪局のドラマはそれらを描きわけてるのが多かったと思うんです。
あさが来たでそれが崩れた。
東京局から来た人が統括だったとか聞きましたが、そのせいだったんでしょうか。
女傑と言われたような人は女傑に描くべきだし、それができないんなら最初からそれなりのドラマにしてほしかったです。
夫婦善哉を綺麗ごとにしたような話だったら最初からそう言えばいいし、要するに、看板に偽りありはやめてほしいですね。
どっちの局が作るんでも。
いまも菜の花畑のあさと新次郎の幸福そうな姿が目に焼きついています。
今回のあさが来たは何かにつけ、夫との雑談の機会にもなりました。
ふだんはあまり朝ドラは見ない人なのですが、今回だけは夫も、
毎朝ちゃんとテレビの前に正座してみていました。
あさと新次郎の理想的な夫婦の姿は、夫にとっても感動的だったようです。
改めて夫婦の関係を見直し、自分たちもまだまだこれからだ、もっと頑張らないとねと、
ぽつりと言っていました。
あちこちのご夫婦の間でこんな会話がかわされているのではないかと、
微笑ましく想像しています。
あさと新次郎の夫婦愛という主要テーマは、最初から最後まで全くぶれなかったね。
自分としてはどちらかというと、あさと新次郎の夫婦がセットでこのドラマの主人公だという気がしています。
作家の人もそういう描き方をしていたみたい。
けど付加価値として周囲の人々をあれだけ生き生きと描けたというのは、
さすがに作家の力量のすごさだと思う。
「あさはこれからも、色んな人にぱちぱちはん渡してあげてな」「いつも傍にいるさかい、忘れんといてな」そう言い残して新次郎はんは天国へ逝きました。弔問客から「フラフラした道楽者で良い人生だ」と言われて、喜んでいるのではないか?と故人を偲ぶ榮三郎と加野屋の人たち。降り始める喜びの雨に驚くあさ。その時は、あの梅の木となり、家族や加野屋の行く末を見守るのだろうと想像していました。
六年後、自分がしなければならぬ事がまだあるから(新次郎が)生かしてくれている、と言う年老いたあさ。女性の為にと始めた勉強会の場面で、あさがおなごの柔らい心の大切さを語りつつ、それを教えてくれたのは男である旦那様であったと匂わす台詞がよかったです。新次郎の姿に気づき、海を見下ろす菜の花畑の美しいラストシーン。「ご苦労さん、今日もよう頑張ってはりますな」「へぇ、旦那様]・・・海のように大きく、春の陽だまりのように温かな新次郎の愛情。素直に応えるあさの姿。この夫婦が築いてきた絆の形を改めて感じた場面です。ここは人によって捉え方が違うと思いますが、こんな風に、世界中どこにいても頑張るあさや家族の事を見守っている、いつかあさが天国に逝く時は「よう頑張りましたな、ほな逝きまひょか」とお迎えに来てくれるのだろう。そんな事が想像されて温かな気持ちになりました。
人間誰しも、お金や名声が欲しくなる事はあるのだろうけど、本当に欲しいものは、それによって得る幸福感ではないか。何でも買えて沢山の人に尊敬される満足感や優越感、それも良いかもしれないが、それだけではやはり寂しいかもしれません。「ご苦労さん、今日もよう頑張ってはりますな」自分の存在や頑張りを認められ、こんな風に声をかけてもらえる幸せ。だからこそ目標に向かって頑張れることもある。いずれはこんな夫婦になりたいものですが、もう無理かも。笑。そんな事を感じた最終回。でも、あさがお仕事頑張ってる場面ってあったけ?なんか騙されてるかもと思いつつ、星5を付けた事なかったけど、最後は星5付けました。
最後なので長文になってしまい済みません。
今回は、視聴率の高さとドラマの面白さが一致しましたね。
これだけ好評なのも素直に納得しながら、最後まで見続けられました。
少し時間をおいて、最初から録画をじっくり見なおしてみたいです。
ほのぼのしたドラマだったけど、決してそれだけではないね。
すごく真摯に作られていて、心のなかの深みにじんわりと届くドラマだった。
それなりの人生を経てきて、初めて分かるような面がいろいろあった。
ああ、人間ってこんなに美しいんだ、こんなにいじらしいんだ…と、
改めて感じることが出来た。
「カーネーション」と並んで、私にとっては近年の名作です。
本来朝ドラというのは、若手女優を育てるというにが一番にある
それがなくなり同じような視聴者層を相手につくることが多いように思う。悪くはないが多すぎる有名偉人や時代物が・・・・・
一定の高い層に媚びて高評価で・・だが2ちゃんやネットで受けても世間の若年層中心の広い世代に受けないとほとんど無意味なんです。
あさが来たキャストの朝ドラ後の仕事と結果をみてると、とても
当たりにはみえないハズレだったとしか思えないですよね。
中高年層はすぐに忘れる、若い層相手ドラマみない、金出さない
飽きるのも早い。若いキャストがブレイク出来大ヒットファンがつき、話題注目作のオファーが殺到するのは現代物で、広い世代に受けた朝ドラだということはデータが証明しているんです。
マッサンやあさが来たみたいにキャストがハズレに当たったと
言われないような朝ドラ制作を心がけてほしいです。
目先の視聴率に飛びついてヒロインを潰すことがないようにしてほしい。朝ドラヒロインの光と影じゃダメだと思います。
登場人物が亡くなるの多すぎ。
でも面白かったよ。半年間ありがとう。
あさが来たは、一回も逃さず見終わる事が出来ました❗
途中、色々と時系列合わなかったり、おや⁉と思った箇所もありますが、全体としては それらも気にならず 見れました🎵仕事をやり遂げた女性のstoryというよりは、家族や夫婦、周囲の人達との交流を通して、人の優しさ、日本人の心、愛を見せてもらった気がします✨
新次郎さんが、あさの行動を、文句も言わず見守り 応援してくれた姿に、自分の日常を重ねて見ておりました❗
私も、毎日仕事してて、夜も遅くなるのですが、主人は、
今では 何も言わず、赦してくれてます😅私は、仕事そのものが好きで、たいした稼ぎにもならないのだけど、ずっとやらせてもらってるので、感謝しております🎵
なので、新次郎さんが あさの行動を応援してるけど、でもちょっと寂しい気持ち…良くわかり、私自身も反省しました。
こんな風に、色んな日常を振り返り、考えさせられ、反省したり、勇気をもらったりしたドラマは、久々でしたね~⤴ また、総集編放送の時は、じっくり見たいと思ってます🙆
思うのですが、このサイトや他のサイトも含め、利用者は40代以上がほとんどらしいですよ。つまりそういう年齢の人たちだけで、絶賛していたり酷評しているだけなんですよね。あさが来たも高齢の方に受けていただけで、他の年齢層の方は大してこのドラマのことなんて名作だなんて褒めていない人がほとんどなんです。視聴率20%取ったと言ったって限られた世帯を調査しただけ話なんですよね。
だから、このドラマを批判したりする人がいるっていうことは、特別珍しいわけじゃないんだよ。旦那さんと嫁さん中心の話らしいけど、特段目新しい話なんてなかったと思う。半年もやっていたけどさ、あさが来たの良かったという部分を具体的に語れる人が、放送終了後何人いるのでしょうね。
高視聴率だったことは、ああやっぱりねというくらいにしか感じません。それよりもこんなに心の中に愛しいものを残してくれたことに感謝です。良いドラマと出会い家族で楽しむことができて半年間幸せな毎日でした。とと姉ちゃんも期待して応援したいと思います。
やっぱり最後のシーンで新次郎があさのほほを愛でるだけで終わっては納得出来ない。ふたりでここまで歩んできたと描きたいというのであれば、他にうまい演出があったろうに・・・
それにこのドラマ、お年寄りがメインなんだから、せめてお姫様だっこして歩いた方が良かったと思うぞ。
私はあさが来たが好きでしたがお年寄りではありません。いいものは年寄りでも若者でも子どもでもみんな大好きだと思います。あさが来たはそんな作品だったんじゃないかなと思います。
利用者40代以上という根拠はどこにあるのですか?
私は子どもの時から朝ドラが好きですし,今は家族で楽しんでいます。家族と一緒に見てる若い世代も感想を書いているでしょう。
あさが来たは後半の評判が落ちたけど,最後の二日は極上でした。
私もお年寄りではないし、周囲でこのドラマが好きだと言っていた人は、別に高齢の方ではなかったです。知人には、子供さんたちも一緒にみているという人が多かった。年齢に関係なく楽しく見られる国民的ドラマだったと思います。
ほんとオカシイドラマだった、
最初の新次郎と子供の頃あさ、見た目とし離れ過ぎでロリコンをにおわす、
亀助とふゆもどうみたってロリコン臭
最終回、亀助と娘としてふゆがでたけど、
無理があった、亀助の表情、遠慮がちで親に見えなかった、実際ロリコン問題があるのに、
絵的にそう思わせるのって炎上商法を狙ったとみた。
あの、40代以上とは感想サイトをつかっている人という意味なのですけど。それと議論は本家ではなくお茶の間にでも話をもっていってやってください。
楽しかったけど…前半はすごく好きだった。はつと惣兵衛、あさと新次郎の感じがすごく柔らかくてお互いに理解し合いたい気持ちが見れて。でも、啓介さんと千代の結婚話の時最初啓介さんがわざわざ謝りに2人のところに行って謝罪しようとしたのにいちいち新次郎が言葉遮って知った風な語りをするのが嫌になった。その時からなんか微妙な気持ちになった。
賞取り視聴率の話もお茶の間でお願い致します。
わたしは働く現役世代ですが、職場でこのドラマが話題に上がることはただの一度もありませんでした。
毎回見ていました。金曜日に必ず見せ場を持ってくるお約束のあざとい演出が鼻につきましたね。
途中からはワンパターンで既視感あるシーン満載で視聴意欲さがりながら見になりそうでした。
わたしの狭い世界では話題にもならなかったこのドラマがいかに体制的だったのかがあとから理解出来て、嫌悪感しか無かったですよ。
気持ち悪いドラマでした。
朝ドラは出演してる若い俳優さんのファンが大勢感想を書いてます。文章を読めば何となくわかります。
夫婦愛について考えさせられるいいドラマでした。最後まで愛し合ってるかな私たち?いえ,最後まで寄り添える夫婦でいたいと思える屈指のドラマでした。
どんな功績を残した女性の話だろうと、朝ドラが語るのはその人の“公”の部分ではなく“私”の部分。成功の影で、どんな素顔を家庭で晒しているのか、そこの所なんだなあと、改めて朝ドラの主旨を確認したドラマだった。
広岡浅子さんは、たくさんの切り口がある方だと思う。初めて世にその存在を認知されるきっかけのドラマなら、もっと仕事そのものに迫ったリアルタッチなものの方が良かったような気もするが…どんな偉人でも普通の女性の素顔があるはず、と全てをホームドラマに飲み込んでしまうやり方は、朝ドラの在り方としては正しい。そして、彼女のような人間を描く時、舞台を江戸時代の商家に置いたのは全く上手い方法だったと思う。お家が即、職場であり、そこで働く者は血縁、婚姻関係問わず皆、家族。お商売の問題はすなわち、全てがお家の問題であり、あさが商売を盛り立てようとするのは、お家を家族を守るのと同じこと。現代女性が主役なら、このように仕事と家庭に垣根なく、全てが渾然一体のものとして話を自然に進めて行くのは不可能だ。
あさが来たはあさ夫婦を主軸としながら、加野屋一家(亀助、雁助などの従業員も含めた)がどのように時代の移り変わりを乗り越えていったのかを、加野屋の軒先にカメラを据えて定点観測しているようなドラマだった。浅子さんのようなダイナミックな女性も時代の激しい変遷も、加野屋という舞台の中に全て包み込んで家庭のお話にしてしまうというのは、そしてそれを半年間面白く見せてしまうというのは、やはり脚本家に相当な力量がなければできないことだ。
商家が会社になり、仕事を手広く増やし、加野屋はどんどん変わって行った。あさや栄三郎のような若い精神は柔軟に変化に対応し、新しい風に乗って行く。その一方で雁助のように自分を変えることができずに加野屋を離れて行く者もいるが、彼が加野屋を離れた後のお話も、ごく自然に語られる。一視聴者の私は、それをとても嬉しく感じながら、見る。彼も最早家族の一員なので、その後の半生がどのようなものなのか、それは大切なことだなのだ。
そして、時代の波の中でも変わらないものというのは確かに存在する、ということも語られる。それは加野屋の商売理念「最も大切なのは信頼」ということ。しっかり過去から未来へ受け継がれたものもある。あさを飛び越えて、よのから千代に受け渡されたかくあるべき母親像のバトン。1つの家族の半世紀を描くことで、新旧の交代を余すことなく全て伝えている。
もう1つあさが来たで良かった所は、登場する女性が全員、強くしなやかで優しい人々だったということだ。あさは表向きには女性の社会進出の先駆者になったが、そこまで彼女を導いたのはあさを育てた梨江や、陰日向になり支え続けたうめ、姉として凛とした姿を見せ続けたはつの存在だ。そして、あさが大人になってから出会って知ったカズや美和や大隈夫人の生き方だ。
彼女達は皆、あさ以上の“柔らかい心”で、あさに女性の持つ可能性、底力について教えてくれた。そういう人々との触れ合いをしっかり心に留め、女性がより広い世界へ羽ばたけるように、あさ自身も自分のできることをして、千代や宣、平塚はるへとバトンを渡した。その系譜がしっかりと描かれていたことが、たいへん嬉しかった。
このドラマは女性のどんな生き方も否定していない。はつのように、周りから決められた運命を受け入れる生き方も、千代のように自ら妻業母親業に専念する生き方も、あさや宣のように自分の能力で外へ外へと出て行く者も。
私にはこのドラマ自体が、全ての女性への応援歌になっているように思える。あさのような歴史的偉業を成し遂げた女性の後ろには、たくさんのごく普通の、だけどとても強い女性達がいた。ごくごく普通に生きている自分達ももしかしたら、未来の女性の道を切り開いていくその手助けの一端になれるのかもしれない、なっているのかもしれない、そういう希望を貰ったような気さえする。
そして、今日から始まった「とと姉ちゃん」も、そういった系譜に連なる、あさの託した未来を生きる逞しい女性の話なんだな、と勝手に嬉しくなったりしているのだ。
半年間、ありがとうございました。不快だと思うことが1日もなかった朝ドラというのは、初めてでした。
yahooで話題のtweetランキングありますけど、最終回でも話題で上位に入る事は無かった。
どんな視聴者層かだいたい予測出来ます。
出演者がいつまでも老けないのは、その層の願望をドラマで表現したってことだよね。
永遠の若さとか永遠の夫婦愛とかね。
そんなもの、何も持たない若年層が興味・共感抱く訳ないから。
夢うつつなつまんねードラマでしたよ。
ほんとくだらない朝ドラでした。
時系列が破綻しているドラマなんて、これだけでしょう。
年齢も不詳にするとか視聴者をバカにしてるとしか思えないですね。その場その場で見せ場を作ればそれでよしとするドラマの作り方。ツギハギだらけで前後の繋がりとか無視、見ていて何度唖然としたことか。
ドラマの中で何人死んだんでしょうね、数えるのもおぞましいです。朝からたくさんの人の死で涙を誘うとか趣味が悪いです。
着物が綺麗だとかびっくりぽんが可愛い、夫婦愛がどうとか
そんな雰囲気だけのドラマに興味も持てなかったし、一応モデルもいて名前を大々的に出している限りはもう少し仕事面も丁寧に描くべきでしょう。
名前だけ借りて、ただの夫婦愛、加野屋物語で終わってしまったチマチマしたドラマだったなと思うだけです。
終わってくれてせいせいしました。
毎日毎日楽しみで仕方がなかったドラマ!最後の終わり方も良かった!さっそく「あさロス」中です・・・
朝ドラお決まりパターンで終了でしたね
視聴率が取れたのも安心して観れたからでしょう。ただ内容が薄いというか、もう少し商いについての描写が欲しかったですね。
人情劇、ホームドラマとしてみたら超一流だった。
仕事のことは、まああのぐらいでいいと思う。
銀行業や炭鉱業や生保のことなど細々と書かれても、
一般の人には面白くもないだろう。
「カーネーション」のファッションのことや、
「ごちそうさん」の食べ物のことのように、
日常生活に密着したテーマなら、それはそれで面白いだろうけど。
朝ドラで登場キャラの正確な年齢なんて気にしたことがなかったけど、これは年齢が気になってしかたなかったよ。亀助なんて新次郎よりも歳上だと思っていたんだけど、新次郎が死ぬ間際は亀助のほうが若く見えたくらいで、亀助よりも先にぽっくりポンしたので驚きました。俳優さんとドラマでの役の年齢のあわせ方が下手でしたね。
実在の人を題材にとらないで完全フィクションにしたら、こんな出来でも我慢できたかもしれない。
広岡さんが草葉の陰で嘆かれているのではと思います。
典型的な高視聴率でリアルタイムでは騒がれたが、1年経つと皆から忘れ去られるドラマになるだろう。いや半年、下手したら一ヶ月ももたないかもね
DVDとかが爆売れしたりしたが、数年も経たないうちにオタクすら話題にすらしないアニメと一緒
朝ドラだから観てましたが、それほど面白いとも思いません。
おかしなところいっぱいありましたよね。
時間の経過とかそれに伴う台詞とか、はつのお腹の膨らみ具合とか。
そっちの方が気になってしまって良いところもあるんでしょうが
何だか残念でした。 全編を通しても、あさ上げばかり気になってしまって楽しめませんでした。
最終回の視聴率が良かったらしいけど、それって一旦興味なくなって見なくなってた人たちが最後だけ見たから視聴率が上がったのでは?視聴率視聴率となにかとそればかりが話題になってるようだけど、ここ数ヶ月の視聴率は「花子とアン」「ごちそうさん」とそれほど変らなかったし、それどころが最後にしたがって微妙に視聴率は下落していたような気がする(前半の良い時で27パーセント以上あったのに最後の少し前の週は23パーセント前半になっていた)
前半のはつの部分だけは、喜怒哀楽や障害になるような展開があってかろうじてドラマの部分を保っていたが、それも刃物沙汰や実家が金持ちなのに何でこんな展開なのん?という疑問が大きくなりつつ、はつ家族の俳優らが演技巧者が揃ってたので何とか興味を保てたという印象。今思うと、もう少しはつ家族で冒険したらよかったのにね。あんな訳のわからない家出やら画面にでてこない支援者の農家の人がいるというおとぎ話のような展開にも唖然とさせられたが、いまどき、こんな訳のわからないドラマがあるんだな、という点が一部の視聴者にはそれなりに新鮮だったのかもしれない。
はつの舅姑や亭主の最後とあさの家族の亡くなり方が良く似ていて、なぜこんなに似通った話になるのかが不思議だった。
自分が思うにこのドラマを(完成度は高くはないが)フィクションとして楽しめたのは惣べえが普通の性格になってはつがみかん農家するとか言って消えた頃までですね。それ以後はふゆとうめの無理やりな伸ばし伸ばしの展開に内輪だけで騒いでいるだけの腑抜けただけの低空飛行で緊張感のない展開が続いて近年の朝ドラとは思えない代物でした。
あれだけ嫌っていた「まれ」がまだ懐かしく思えるほど、気の抜けた「あさが来た」でした。
ドラマの評論家としては割合有名な方の批評がかなり的を得ていて面白かったので参考に張っておきますね
↓
『あさが来た』はなぜ成功したのか? “鬱展開”を排除した作りと、キャラクターの魅力http://realsound.jp/movie/2016/04/post-1360.html
はつは最初美味しい役だったのに尻つぼみで終わって
しまって残念だったね。
宮崎あおいさんも最後のはつの話は面白くなさそう
というか、ご本人もそれほど話に乗ってない演技で
それほどこの役でイメージが上がったとは思えなくて
少々気の毒。
このドラマ、子役のころの最初の2週間がピークだったね。
もうその2週間と最後の方は同じドラマか、と疑問を
抱くほど別物になってしまったよね。
サトシの話も5週くらいかけてやったよね。あれも長くてうんざりしたよ。
素直におもしろかったし、カメラ・照明・音楽も良かったし、役者さんも見事でした。いい朝ドラでした。
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