



2.74
| 5 | 404件 | ||
| 4 | 98件 | ||
| 3 | 65件 | ||
| 2 | 105件 | ||
| 1 | 563件 | ||
| 合計 | 1235件 |
腹心の友が復讐の友に聞こえてしまいました(笑)
どんな復讐をするのかと思ったらかわいらしいイタズラで。
小瓶が転がったシーンには笑わせてもらいました。
シリアスな劇ほど役者がヘタだったりドジをやらかしたり、転がった小瓶が舞台袖から覗く手と共に返されたりすると笑えます。
このドラマはそういう対比の落差を笑うコメディなんだなと感じました。
だから内容的な反論でないものはただのその人の他のコメントに対する気持ちであり、排除したいだけのように第三者には見えてしまいがち、ということでしょう?
あと、花子のキャラを作って行く上での作者の姿勢、というのと花子があの年齢ならシェイクスピアを自分の気持ちで変えても普通、というのはやはり観点が違うこと。作者の姿勢についての批判に対する反論なら、そういう作者の姿勢の良いところ、すばらしいところをあげたり、安易ではない、という主張を理由を述べてしたり、なら反論になる、ということでしょう。
シェークスピアがその作品で神話などをパクッたかどうか、ということとこのドラマで他の作品からの
エピやネタをどう使っているか、ということの感想は全くちがうことで関係ないような・・
蓮子が花子の前に現れて花子とは全く違う環境で生きて来て考え方も全然違うのに腹心の友になって行く、というのは面白くなって来るな、と期待していました。
でもなんだか女学校のドタバタや大げさなエピばかりでだんだんお互いに心を開いて行く、という過程が今のところあまり説得力があるように丁寧に描かれて来た感じがなくちょっとがっかりです。
原作を改変する、は範疇であれば結構あることで、それを学芸会という場で使用することが作者への姿勢を問うこと自体が論点がずれてるんですよ。
シェイクスピアのロミオとジュリエットを忠実に演じたら、ドラマじゃなくなっちゃうよ。
視点が違うと思いますよ。
アンネタか何か知らないが、シェイクスピアの台詞をあんなふうに勝手に改変してしまったことの回収がきちんとされていなかったよね。
今のは言いたりなかったですが、つまりあのように改変することにどんな意義というか必然性があるかということに対して、ドラマのなかでちゃんと答えが出ていなかったということです。
回収というか、そのセリフへの答えは、蓮子からの
「あなた、シェークスピアにたてつくなんで・・」でありました。それがすべてとも言えるのでは。
授業中に与謝野でやってのけた蓮子、その人がこいつはやるな、とおもうようなインパクト。
それは、花の独創性、そしてあの蓮子が認めたくなる、そして何か通じあうものがあった。
そして、花の才能を匂わせるエピです。
そのセリフへの
↓
ではなくい、その改変への
です。
ごめんなさい。
あれが独創性なんですか?はっきり言って、未来の名翻訳家とは思えない迷訳ですよね。
迷訳というのは、シェークスピアのことですか?
それはそれなりの意味があることは、書いている方が結構いて、花の独特の考え方にも触れていて、それなりの答えにはなっていると思うのですが。
独創性・・・とは違うものではないかと思います。オリジナリティではなく、自分の感じるところと、その作者が言いたいことと、一致させながらも物語として面白いもの、文化も表現も番う国の言葉をどのように表現していくかですよ、
村岡花子にそった物語のほうが数倍もおもしろかったと思う。
高視聴率?音楽ランキングで一位でも自分の嫌いな曲なら買わないのと一緒だわ。
村岡とアンの話が混ざり合っていてめちゃくちゃな脚本です。
ここや他のサイトでもこのドラマの肯定派であっても感想で深い意見など見ることなどない。
どこでも否定派の揚げ足とりにだけ必死に従事しているようにしか見えない。
一口に言って、なんかぬるーい展開で面白くない。アンエピでもなんでもいいので、もっとワクワクさせて下さい。それだけ。
>深ここや他のサイトでもこのドラマの肯定派であっても感想で深い意見ない
もう少し冷静に。
はれ??コピペがおかしなことに・・
>ここや他のサイトでもこのドラマの肯定派であっても感想で深い意見など見ることなどない
とコピベしたのにごめんです。
回収、というコトバはもう使い古された感じですね。
花が 自分の訳を押し通したことについては
いろんな方が 解釈・感想を書いてくれてますよ。
わたしは 様々な感想が聞けて 満足しております。
だって否定派にたいしての揚げ足とりしかできないじゃんか。
花子とアンでいい部分を具体的にいってもらいたいけど、いってくれても興味なんて湧かないかもしれないから別にいいわ。
落ち着いてみれるドラマなんて言えるなんて、もう終わっているのと同じですよ。
いいね。
よくない。
なぜ ランダムにしかつかないのですか?
否定派?の方がしつこい。
花アン好きな人は 真摯に真っ当に
否定派を否定することなく 花アンのよいところを 語ってくれてると思います。
>だって否定派にたいしての揚げ足とりしかできないじゃんか
このドラマへの純粋感想はかなり書かれていますよ。。
揚げ足取りと意見の違いを論することとは全く違うことです。
むしろ揚げ足とりと取る、意見を交換することを否定する、そういうことをこのドラマが終わってるという結論に達すること自体、このサイトの在り方を否定していると思います。
2014-05-04 20:56:22 名前無しさんへ
サイトにインするだけ与えられる権利。
それはたぶんこのサイトへの興味をひくためだけで作ったものの、それだけでは不正につながるとおもった処置でのランダムでは。
どっちにしろいらねー。いいね、よくないのスイッチ。
>あれが独創性なんですか?はっきり言って、未来の名翻訳家とは思えない迷訳ですよね。
はい、私はこちらのご意見により同意できます。
翻訳家のお仕事ってなに?原作で書かれている内容により忠実に、持っている雰囲気を損なわず、かつ翻訳された言語でわかりやすく作品を伝え広めること、だと思います。
花子はこの場合ロミオとジュリエットを翻訳したわけではありません。一女学校のお祭りの劇の脚本を書いただけ。
しかし原作の中でロミオが言ったこと、モンタギューの名前など関係ない、私は私だ、というのを、自分の思想で真逆のように改変すること。これはこの場合、ありえないこと、やっていけないことではありませんが、将来他の作品であっても仮にも「翻訳」ということをする人が、こういうことをするのが、良い翻訳家につながる、とはとても考えられません。
赤毛のアンに基づいた名前にこだわる主人公、ということに作者がこだわり過ぎた結果なのかもしれませんが、こういう村岡花子、という翻訳家になって行く人の仕事の本質にも関わるかもしれないところで安易にシェイクスピアの作った台詞を自分の思いで変える、ということには大変な疑問を感じます。
この作者は本当に翻訳、ということが何なのか、村岡花子という人のキャラを作るにあたってきちんと考えたのでしょうか。英語ができるくらい、本が好きなだけ、で翻訳家にはとてもなれないでしょう。もう少しそのあたりをちゃんと意識したキャラ作りをお願いしたいです。
自分の思い入れで勝手に原作とは違う考え方で訳してしまうのは決して翻訳家としては認められることではないと思います。花子は翻訳家になって行く人なのです。
ただ今回のようなことに花子自身がまずい、ということに気づいて将来の本当の翻訳につなげる、ということでしたら私は納得は行きます。むしろより面白い話になるかも。しかしそうでなければ将来赤毛のアンを訳す時だって勝手な思いを入れて訳してしまう人になるのか?と感じてしまいます。
>否定派?の方がしつこい。
私は午後ここに来て、さきほどまた戻って来ましたがしつこいのは否定派だけじゃないですよ。
肯定派もなにがなんでもシェイクスピアのセリフを変えることに対する疑問意見を否定しようとしている感じ。譲らないのはお互い様、のような(笑
でもいいんじゃないですか。たまにはこちらで議論も。
ドラマの内容に関する議論のようですから。
どちらが自分の考え方に近いか、どちらにより説得力を感じるか、はそれこそ人次第、と思います。
そうですね、序盤にいる翻訳家と成り得る資質が垣間見られることが今です。
その青春時代を謳歌している姿、またそれを知らずに生きてきた蓮子との交流があり、今後がある。またその家族のこと。
花がいかに翻訳家となっていくのか、その後の蓮子、醍醐との先はどうなるか、いま持ち得ている感性を大切に生きていくのか。
そして朝市や花の家族がとうなっていくのか。
とても興味深々なんです。
はい。私も興味あります。
しかし翻訳家になって行くことになっている女性の描き方としては
物足りないものを感じている現況です。
しつこい。というのは
「揚げ足とるんじゃねえ!」とのたまう方に対してです。
普通に意見交換できるのであれば 喜ばしいことです。
揚げ足とりが大好きなこのドラマの肯定派の方々。
でも詳しくこのドラマの良いところをなぜ長文などで語れないのか
疑問です、本心ではつまらないドラマのひとつ、素直にそれでもいいとおもうんですけね、感想なんて素直になってもいいんじゃないの?
2014-05-04 21:50:53 名前無しさんの意見は、 ここにある意見をきちんと読んでいての意見とは思えないです。
素直な感想、沢山ありますよ。
意見を言い合うときにはいろいろお互いに言い合うのはこれまでと同じこと。
>詳しくこのドラマの良いところをなぜ長文などで語れないのか
また文章の長さかって思う。
ここで長文書くな、長文がどうこう、そして今度は長文で語れ?
良さも悪さの長文でないとダメ?
これこそ論点がズレ放題。
2014-05-04 21:50:53
なんでも人の感想に否定するな!
2014-05-04 22:01:01
長文説明がでないほどみんながくだらないと思うドラマなんですよ。
低レベルの朝ドラを褒めちぎる人がいて理解できません。
素直につまらないといってほしい、言ってもなにも悪くないのですから。むきになりすぎですよ。
2014-05-04 21:41:09 名前無しさん、
だったら否定派、とかでひとまとめはやめてねー。
私はこのドラマにはこれまで疑問や批判を書いてはいますが、良いと思うところもいろいろ書いてます。このドラマに対しては肯定派でも否定派でもないと自分では思っています。
肯定できる部分と批判したくなる部分、両方あるからです。
議論は結構だけれど「肯定派」vs「否定派」の意識だけのバトルはやめて!!
セリフが支離滅裂だったり
話の前後で辻褄が合わなかったり
言ってることとやってることが違ったり
元ネタの解釈がズレてたり
それを役者の無言の眼差しの演技や
つっこみ役を配置し
ナレーションでフォロー
作者が適当にやってるようで、その裏には計算された演出がある
たとえばエゴイストが情深い人物のように見えるほど
平等第一の社会主義に傾倒する父親は我が子たちをあからさまに不平等に扱う
迂闊な行動で自分の期待を裏切りそうになると激昂して叩く
それなのに
まるで良い父親のように作中では描かれる
すごい演出だ
ただのアラシさんでしょう。
相手するだけ無駄と思います。
>低レベルの朝ドラを褒めちぎる人がいて理解できません
これ書いた時点で感想サイト内ではアウトです。
話し合いもなにもこのドラマに否定の意見しか求めていないということが判りますから。
長文説明がでないほどみんなが面白いと思うドラマなんですよ。
高レベルの朝ドラを貶める人がいて理解できません。
素直に面白いといってほしい、言ってもなにも悪くないのですから。むきになりすぎですよ。
・・・観念的すぎて、どう違のか解りません。
2014-05-04 22:19:41
なにをいいたいのか、わからないのだが?
リョーカイ!
明日を楽しみにしまぁす!
私は、これまでのところは可もなく不可もなし、です。突っ込みどころがあったり盛り上がりが足りなかったりしますが、女学校編はプロローグとして捉えていたらいいのかな〜なんて思って観ています。
長文云々はどうでもいいですけどねぇ。理路整然と言葉で説明出来る方ばかりではありませんから。(私はできません!)
このドラマにハマっていらっしゃる方は、こういう華やかな世界がお好きなんだな、と思っています。
卒業後は、はなの逞しさ・蓮子の情熱などがもう少し見られるといいな。
2014-05-04 22:19:41 です。
ごめんなさい、
いろいろテキスト練習している最中の操作誤りでした。
忘れて下さい。
色々な方のコメントを拝見させていただいて・・・
十人十色、様々な意見や感想があって当たり前ですが、
『卒業』のシーン・・・!?は、やはり50代、いや40後半~60代前半位の方が一番懐かしいかもね・・・
思わず、最近話題になった!?S&Gのスカボロフェアのバックに流れるシェークスピアの詩を思い出し、久しぶりにスナックのカラオケで歌ってしまいました。(笑)
ただ、そういった小細工よりも、むしろ花子が、がむしゃらに生きる根性の片鱗がそろそろ出てきても良いころかと思います。
徳川家康の晩年の詩ではないけれど、人生は上手くいかないことが多いのは当たり前、そろそろ花子吉高ちゃんの大人への変身が見られるとぴこっと小父さんとしては嬉しいんだけどなぁ・・・
はあー、ここの感想を見るたびに失望します・・・
確かに花子の一本筋の通った生き方というか、キャラがまだ全然出てきてないな…。まだ蓮子さんのキャラのほうが立ってるような。
確かに花子の一本筋の通った生き方というか、キャラがまだ全然出てきてないな…。まだ蓮子さんのキャラのほうが立ってるような。
やはり、日曜日は、ちょっと気が抜けますね。
ここに来ても、あまり感想もないし。
明日が楽しみ!。ハヨ、寝ヨ。
そろそろ、女学校編もおしまいでしょうか。
もっと見ていたかったけど、まあ、学校時代と言うのは、あっという間に終わって、戻れないからこそ、楽しくて美しい。
蓮子さまの兄上、亡父の放蕩の後始末をするのは嫌だけど、放り出すわけにもいかず。
ふと、気の毒な感じもした土曜日の放送でした。
女学生らしいいたずらも、ほどが良くて、けっこうです。
かをる子さまも、タキ先生も、心根が捻じ曲がっている悪役ではないのが、とても好きです。
現実ってそんなものだわ。
校長から見たら、女学生よりは年かさの、蓮子さまもスコット先生もタキ先生も、マイガールなんだろうな。
校長先生が、蓮子さまの兄上を見る、目つきにスカッとしました。
校長から見たら、いくら家柄が釣り合う結婚でも、14で嫁がせて出産させるなんて、感心できないことだったことでしょうから。
先週は、畠山鶴子さまが光ってました。
そこにいるだけで、「真面目な女学生」そのもの。
彼女の卒業後も、できれば、見てみたいな~。
たぶん、良い家にお嫁に行くのでしょうが。
一か月見て来て、ナレーションの効果も良いと思う。
ある時は、満員の劇場の舞台の上で、観客に語りかけるようでもあり、
ある時は見ている者のすぐ後ろでささやくよう。また、別の時は、花子や蓮子さまの周囲にまつわる空気のよう。
花子を見守っているようでもあるけど、肉親のような温かさとはちがう。
女学校を卒業して、花子もいろいろと喜んだり苦しんだり、時代そのものも暗転していくのだろうが、どんなふうに語ってくれるのか、それも楽しみです。
>畠山鶴子さまが光ってました。
3人目の監督みたいなお嬢様でしょうか。
ほんとに生徒会長にぴったり。
(感想、楽しく読ませていただきましたが、
いいね・ポッチを今日使っちゃいました。すみません。)
>原作を改変する、は範疇であれば結構あることで、それを学芸会という場で使用することが作者への姿勢を問うこと自体が論点がずれてるんですよ
学芸会という場で使用することが、じゃなくて将来翻訳家になって行くような子が自分の思いを優先するような形で原作を変える、という、そういう花子キャラを作者が作る、ってことが疑問だ、って言うんでしょ?論点ずれてませんよ。
そういうこと感じた人、いただろうな、って私見ていてすごく感じました。ええ??って思ったもん。
ところで比較の話ですみませんが、カーネーションの糸子は洋裁、洋服のデザイン、を目指し、いろんなことやりながら年中忙しそうに針仕事したり、ミシン踏んでました。ごちそうさんのめ以子は食べること、料理に夢中で年中台所に立っていました。そういう姿はそれぞれとても印象に残ってます。
しかしこのヒロインの花子はどう?翻訳家になる人の話ってわかってるし時々それにつながるような姿が授業やらイベントでの役割では出て来るけれど、糸子やめ以子みたいに日常的に勉強したり本を読んだり、自分で訳を試行錯誤しながら空想で遊んだり・・そういう地道な日常の姿が心に残るような場面が一切なし。それよりも家族思い、友達思い、ドジを踏んで怒られて、名前にやたらこだわって・・って印象に残ってるのはそんな場面ばかり。
何だか他の女学生と感覚も大きな違いがなくて、自分の境遇も単なる良い子のようにまるで素直に受け入れていて将来抜きんでた人になってく、っていうような芽が日常的に感じられません。
このドラマの花子は実在の翻訳家になる、ってこと知らなければ何だかまるで一般的な貧しいちょっと本好き、英語好きの女学生くらいにしか見えません。私はなにかを成すような人物の話ならその人の見ていて印象に残るようなその道への地道な姿って大事だと思います。
いい加減、アンエピは卒業して、脚本家自身の描く花子を見せてほしい。まだ花子がどういう人間なのか、彼女が何を目指しているのか、何も描かれていない。そのときどきでのキャラ豹変はもう沢山だ。また、ロミジュリの改悪は論外。
ハナはまだ学生さんです。
具体的に目指すものはまだないでしょう。
他のお嬢様方と違って玉の輿を狙える訳もありませんから。
将来は学校の先生になれるのかなくらいしか考えられないと思いますよ。そのうち恋愛もあるでしょうし、翻訳を始めるなどまだまだ先の話でしょうし。
今は赤毛のアンを必死に翻訳する生涯をおくるための準備段階と行ったところで、この頃の経験が後々並の人では出来ない偉業を達成する原動力となっていくのだと思います。
今は平和な良い時代の頃の楽しいひとときを面白く見せてもらって、今日も頑張ろうと思う活力を毎日いただいています。
不規則なビデオ見なので遅くなって恐縮ですが、感想を書かせていただきました。
世のなかの貧富の差、とか家柄に縛られている、などというシリアスな問題も出て来るのに何だかただネタとして使われているようで掘り下げや作者がそれに対してどういう考えを持っているのか、というようなものはまったく伝わって来ない。
花子、というヒロインのキャラの印象が薄い。名前ある翻訳家になって行く人にあるようなきらりと光るような個性が感じられない。
富山先生はプロの教師。いつまでも自分の過去の恋愛にとらわれてそれが指導に影響、なんて明治生まれの職業婦人としてはリアルじゃない。あまりに現代の女の子的感覚。彼女くらい一本筋の通った先生でいて欲しかった。先生方は劇を見て一体何に感動したのか?英語や国語の教師なら、まずははなの脚本にこそ注目し、その素晴らしさをこそ一番に評価していいのでは?
おとうの行商もその本来の仕事をしている姿も出て来ない。
何だか絵に描いた少女漫画のようなドラマで大人の社会の職業やら社会の実態、という観点がすっぽり抜けてしまっているようなおとぎ話的世界。赤毛のアンを下地にしているから?
はなにとっても翻訳は将来それで食べていく職業につながるのでは?人々の生活の厳しさやそこから抜け出す知恵や喜び、という面が描かれていないドラマ、と感じる。第一週にはおしんに通じるものもあるのか?と感じたけれどまるで違う方向に行っていて表層的な人間のとらえ方がおもしろくない。
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