



2.74
| 5 | 404件 | ||
| 4 | 98件 | ||
| 3 | 65件 | ||
| 2 | 105件 | ||
| 1 | 563件 | ||
| 合計 | 1235件 |
そうなんですよね。このドラマ、丁寧に作られている感じが伝わってくるのです。2014-05-02 23:09:09さん他の方もおっしゃっているように、セリフがない時の表情で語るところや細かな小道具・・細部に気を使って作られているのを感じています。
花がせっかく作っていったクッキーを出せなかったところに花の家族への気遣いを感じ・・そのクッキーの缶を妹が大切な宝物としてもっていく・・そんな缶までが家族愛の小道具として使われるところが憎いっ。
自分としては、行間に深みありありだと思います。
どなたかも書いていらっしゃったけど、兵隊になるという息子の言葉になにも言えない・・でも悲しげで悔しげで自分に対してなのか息子に対してなのか・・そんな表情だけで語る、そして、今後の展開がますます気になる・・すごく私は好きですね。
はじめは、実在の方がモデルの話であり、『ゲゲゲの女房』や『カーネーション』のようにだんだん良くなる法華の太鼓か・・・と思って楽しみに観ていたのですが、
前にもどなたかがおっしゃっていた(記述されていた)ように、主役の吉高さんが仲間さんなどのベテラン女優陣を前に、霞んでしまっているように見受けられます。
演技力にも多少問題はあると思うのですが、脚本や監督、制作側の様々な面に対して物足りなさをこのところの話では感じております。
極端にアニメちっくにするのであれば、『あまちゃん』ばりでもギャグとペーソスが程良くマッチして、それなりに朝ドラとして楽しめると思うのですが、あれはクドカンさんの専売特許でしょう。
吉高さんも最後のころには、演技力もついて、それらしく見られるようになるとは思いますが、厳しいことを言うと、今のところ演技力、表現力に乏しいかな・・・!?
私自身としてはストーリー展開自体にもあまり魅力を感じません。
今後のNHKさんの努力に期待しております。
毎朝、主人とたのしみにみています。
蓮子さまのジュリエット姿はとても美しくて、引きこまれます。
ヤキモチをやいてる醍醐さんも、ちょっとかわいい。
まだ途中で「傑作」とまでは言わないが、かなり面白く見ている。
今日なんて葉山さんを送り出すヒロインに思わず胸が熱くなった。
頑張れ葉山、兄ちゃんにぎゃふん(古い)と言わせてやれとか思った。
ベタだけど、そんな悪い出来とは感じないが、ここではかなりダメダメらしい。
「観念的」というか「評論的」というか、よくわからないところで引っかかる的な論旨が多く、「個人的感想」「否定も感想」と言いつつ、全面否定ではないらしいのに、なぜかマイナスに感じるように持っていこうとしている様にうかがえるものが多くて、不思議。
否定的意見が悪いとは思わない、なるほどと思えば。
面白く見ているけど、ここがなあ的なものなら自然だし。
けど、マイナス系のほどんとがいやいや見てレビューにごん!みたいな感じ。
具体的な場面場面の感想も多くなくて、不思議。
文学的でもそうでなくても別に気にならない。
モデルの方が現実にどうだったかも興味ない。
アンねた使い過ぎかどうかもわからない。
ドラマは視覚効果を中心とした総合芸術、思いやりが見えて、感動出来ればいいことだし。
モデル云々は人類が神話時代からやってることだし、宮崎の「風立ちぬ」でも感動したし。
今回のロミオとジュリエットの脚本は花子が書いたのではないのですか?
なぜジュリエットのセリフを昔この学校でその役をやった富山先生が同じものとして口にするのでしょう?
なんか変だな、と思いました。なら昔脚本書いた人も花子も同じ台詞書いた、ということ?誰かの日本語訳から両方ともそのまま取った、ということ?リア王には既存の脚本があるけれど、ロミオとジュリエットにはない、と言ってませんでしたっけ?富山先生はこっそり劇の練習を見ていたのですか?もしかしたら私が見逃しているのかな?
しかもシェイクスピアの英語は今の英語とは全く違いますから、ちょっと英語が得意な高校生くらいの子が始めから翻訳する、ということには大変な無理があると思います。世に出ている訳本を参考に花子は自分のことばにした、ということ?
台詞のないところの気持ちの伝え方、というのなどは脚本の行間、ではなくて演出や出演者の演技の問題ではありませんか。
行間、というのはやはり脚本そのものから伝わってくるようなものだと私は思います。
元々、完全なオリジナリティを持ってヒロインのキャラを作ったり一生を描いたりするような作品ではないものに作品として、文学的な行間、というようなものが存在するようには思えません。楽しく見てる方々には辛口批判ですみませんが、アンの物語を下地に花子のキャラやエピを作ることには私はやはり大きな疑問を感じています。
俳優さんの持っている雰囲気や演技力では伝わって来るものはありますが、これまでのところ、台詞そのものや話の運び方から感動を得られるような作品ではないと感じています。やはりその作者独自のオリジナリティというのは大切だと私は思います。このドラマは正直どの場面にも目新しさはなく無難な借り物感のようなものを感じています。何となく帳尻は合ってはいるのですが。
演劇のお稽古をずっと見ていただけと思いましたが・・・。
>なぜかマイナスに感じるように持っていこうとしている様にうかがえるものが多くて、不思議。
そう感じるのはたぶんご自身がこのドラマが好きでここでも無意識にも肯定意見を期待されているからではないでしょうか。
各コメントを見ていて単にマイナスに感じるようにここを持って行こう、というような意図は特に感じないです。むしろ逆、批判に対してずいぶん神経質だなあ、と感じる人もいると思います。
今回のドラマの批判は単なるケチつけ、というのではなくて具体性もある批判が多いと思います。肯定意見の方にむしろもっと具体的にどういう台詞やストーリーに深みがあり、なぜハマっていて何度も見たいと思うのか好き嫌い、というよりも作品の具体的に優れている部分のコメントを読んでみたいな、と感じています。
でも引用させて頂いたようなコメントや反論としてのこのコメントもせっかくお茶の間ができたのですから本来はそちら向き、と私は思います。こちらは純粋な個人個人の「ドラマ」の感想の方がよろしいのではないでしょうか?
2014-05-03 02:21:11 名前無しです。
すみません。考えてみたらロミオとジュリエットは授業でやったのでしたね。しかし大事な部分はあえて富山先生は飛ばしてしまいましたし、あの授業はシェイクスピアの書いた当時の英語でやったのでしょうか。だとしたらそれもそれで相当無理があると思うのでたぶん分かりやすい英語に直したもので勉強したのでしょうね。
でもやはり、なぜ富山先生が蓮子が言うのと同じ台詞を知っていたのか、疑問です。やはり私が何か見逃しています??
すみません。
☆5評価の、2014-05-03 02:12:18 名前無しさんのご意見にむしろドラマの「具体的」な素晴らしい点と結びつけてなるほど、と感じるようなものはほとんどないんですが・・・・
ほとんどがドラマというより批判的なコメントに対するお気持ちが書かれてるだけのような・・
富山先生の口にしていたジュリエットのせりふは、花子の訳とは違うように私には聴こえましたが?
うん、確かに 富山先生のつぶやきと 蓮子さんの台詞は違うものですよね!
一言感想で ☆1のひともいるからね。
そんなところまで わざわざ言わなくても いいんじゃない。
と つい書いてしまうのがよくないね。
反省。
花と蓮子を短期間で友達にしようとしているし
なんで劇を見にわざわざお兄さんがくるの?
そこでまずいものを見せられても大声だして止められないでしょう。
伯爵の身分の方がそんなことをしたら恥をかくだけなんだから
学校に蓮子を幽閉だけしていればいいだけなのに。いかないのが正解だ
それにまた名前へのこだわりがでてしつこいよ。
ごり押しの脚本で困ります、このドラマ。
最後のシーンは 「卒業」のオマージュ?
ジュリエットの台詞を通して お兄様に言いたかったことが言えて、舞台をやり終えた 達成感と高揚感が伝わりました。
蓮子さんと醍醐さんも お互いに認め合うことができたのかな。
「復讐」はおどろおどろしいものでなく やっぱり あんな可愛い オチでしたね。はならしいというか。
蓮子さん自身の中で 何かが変わったのだったらいいな。
まぁ、細かい事は言いっこなしで。こぴっと見ててくりょ(はな談)
オマージュとパクリは違うよ。
今週は正直、何でおままごと劇に一週間も使うの?という気持ちでした。甲府の深刻なやり取りに比べて、主人公が能天気にしか見えなかった。でも今日はすごく良かったです。はなにとっても蓮子にとっても、蓮子をちょっと見直した醍醐さんにとっても、意味のある劇になりましたね。
はなが「私なりに脚色を加えた」と言っていたのはジュリエットの最後のセリフのところですね。蓮子は、あれを見て真面目に役をやろうと決めたのでしょう。はなが蓮子の気持ちに近づこうとしていることがわかったのだと思う。
この学園生活での日々がはなや蓮子にとって、一番幸せな時代ということになるのでしょうか。そう思うと、のんきに見えても今はこの時間を謳歌すればいいのかな、とも思えてくる。
富山先生のくだりは蛇足なような気もしましたが、泣きながら夢中で劇を見る富山先生はかわいらしかったです。
>なぜジュリエットのセリフを昔この学校でその役をやった富山先生が同じものとして口にするのでしょう?
それはシェークスピアの原作の台詞だからです。よく聞けばお分かりになると思いますが、タキ先生の口にした翻訳と舞台上の蓮子さんが口にした翻訳はちゃんと違っていますよ。当然、タキ先生が演じた当時の翻訳のほうが固い表現で、はなが翻訳したものはわかりやすい口語表現になっています。きちんと訳し分けてありますよ。
期待はずれのドラマでした。
花子とアンを一緒にしたのがまちがいです。
朝なんとなく流れてるドラマという感じになりました。
私は画面で見ればわかることまで説明するナレーションがちょっと説明的すぎるんじゃないかと思っているんですが、それに対してどなたかが書かれていたように、確かに朝ドラはみながみな食い入るように見ているわけではなく、食事やその片付けをしながら、なんて人も多いわけで、ナレーションの説明は親切なのかな、と思い始めました。そう、朝ドラはわかりやすさが大切なんですよね。
そういう意味ではこのドラマ、ヒロインを取り巻く環境や登場人物たちのキャラクターなど、すごく対比がわかりやすいと思いました。現実の厳しさがよく伝わる貧しい甲府の実家とヒロインにとっては一時の夢のような華やかな女学校生活。同じ農家の息子であっても現状に満足できず兵隊を志そうとする吉太郎と、父親を戦争で亡くして教師を志す朝市。そしてお国のために働こうとする吉太郎と社会主義運動に傾倒するおとう。厳しい中にも寛容さと包容力を持つ校長や茂木先生と今のところ厳格で生徒に厳しさばかり求めるタキ先生。そして同じはなの友人でも、世間知らずで無邪気な醍醐さんと若くして辛酸を舐めて屈折した蓮子様。こういう対比がすごくわかりやすくて素直に感情移入しやすいドラマだと思います。
醍醐さんの報われない友情
花の兄さんの報われない(父親への)愛
花の妹の報われない(父親への)愛
英語教師の報われなかった恋愛、
朝市のたぶん報われない恋愛、etc
このドラマは報われない愛ばかりですね・・
全てを手に入れてるのは花ばかりのような気がして
そうですか、うらやましいですね・という乾いた感想しか湧き上がってきません。
その意味で、花中心に回っている部分はブレてないですね。
蓮子さんが自分の過去を話し「私はからっぽ…」と言う。はなは「からっぽなんかじゃない」と言う。
はなが蓮子さんの心の苦しみを全てわかったわけではないけれど、蓮子さんの気持ちに寄り添う。
はなの気持ちと蓮子さんの気持ちが近づいていった一週間でした。
それが大文学会という大きなイベントを通して描かれて楽しく、時にせつなく観れたので、よかったです。
二人の眩しい笑顔はやはり溌剌とまた美しくいいシーンでした。はなの復讐と言いながらも子どものようなイタズラ。蓮子さんはこんなイタズラもしたことなかったんだろうなあ。
あの後、イタズラがばれて、ブラックバーン校長に「Go to bed!」を言われたんじゃないかなと想像してしまいました。
あと、富山先生の可愛い初々しいジュリエットも想像してしまいました。富山先生の気持ちも少し前向きになれたようでよかったです。
あと醍醐ちゃんもロミオの熱演で下級生たちに大人気。醍醐ちゃんよかったね。
「私は父の操り人形じゃない」という蓮子自身が考えた劇中の台詞と劇最後のはなの脚色した台詞。ついに蓮子は公の場で思いの丈を兄に訴えることができましたね。これを兄伯爵がどう受け止めるかはわからないけれど、皆でやり遂げた達成感とともにさぞかし胸はすっきりしたでしょう。劇終了後の復讐はあまりにも他愛のないいたずらだったけど、はなとともに童心に返ったような蓮子さんの晴れ晴れとした笑顔が素敵でした。いきなり腹心の友というのもなんだけど、いいお友達になれそうですね。そして劇最後のジュリエットがロミオの後を追って自害するシーンは、初めから筋がわかっていてもうるうるしてしまって、自分ながら単純な人間なんだなと思いました(笑) タキ先生も同じように感激されていてよかったです。
予告で気になったのは吉田剛太郎さん。まさか蓮子様の再婚相手?もしそうなら本当に蓮子さんは可哀そうな人だなぁ。
久々の投稿です。レビュー斜め読みしていました。
蓮子とはなのストーリーには正直、ちょっと物足りなさを感じていました。はなが蓮子に食ってかかるような態度も、今ひとつだったのですが、まあ、華族のお嬢様という身分にとらわれないはならしさなのかなぁ…と思って見ていました。
醍醐ちゃんの女の子特有の嫉妬とか、富山先生の謎とか、お笑い部門の薫子さま…いろいろな人にスポットが当てられ、非常にわかりやすいです。甲府の人々にも触れられているので、今後、はなが帰省した時にも自然につながると思います。
今日のラストはやっぱり「卒業」ですよね。
ロケーションって大事だな…と思いました。しがらみから解放されて外の世界へ飛び出す…演出が素晴らしいと思いました。顔を見合わせて無邪気に笑う2人も良かったです。
もちろん、このままでは済まされない。来週はまた蓮子に波乱がありそう。富山先生にもときめきが…?薫子さまの一本背負い?
ベタかもしれないけど、78歳の義母が面白いと言っていたので、アンネタとか村岡花子さんを知らなくても、単純に楽しめるわかりやすいドラマだと思います。
私はドラマは脚本がすべてではなく、役者が演じて表現し、演出が深みを与えるものだと思うので、今のところは良いと思います。
翻訳以外はダメなヒロイン
見事に演じた葉山様
宝塚ノリの醍醐様
笑かしてくれる薫子様
富山先生の雪解けもありそう?
少女漫画のようなお気楽さ、今日も楽しく見ました。
赤毛のアンとだぶる微妙な世界観、
解りやすくてあったかくていいです。
家の恥と帰ることも許されることなく、押し込まれた学園で夢も希望もないと嘆くことも諦めたように淡々と日々を過ごそうとしていた蓮子。
花との出会いはどんなに貴重なものだったのでしょう。
そしてこの幽閉されたはずの学園でのこの生活が、もしかしたら蓮子にとっては唯一無二のものとして、美しくも穏やかで楽しい時間となるのかもしれないと思わせるような予告でした。
今は女学校という守られた平和の園での甘い時間、それを堪能しています。
ロミジュリの講演会も華やかに艶やかに。友情を深め学問を追求することに喜びを感じ、美しい時間はあっと言う間にすぎて・・ここで出会いそしていつかは旅立っていく女学生たち。
世の中の厳しさに直面したとき、この時がいかに乙女の楽園であったかを知り、その純真さゆえの様々な想い、交流、そのひとつひとつがどのような形で未来の彼女達に投影されていくのでしょうか。
私は、甲府の家族達が並行するように描かれている、そして様々な想いが時折交差するときの、お互いの微妙な温度差を垣間見る、そんな時に深みを感じでいます。
真反対の方向に目を向けているおとうとあにやんの今後の関係も気になります。
そうですね。ラストシーンは確かに「卒業」ですね。
ダスティン・ホフマンとキャサリン・ロスがバスに飛び乗って笑いながら去っていくシーンがよみがえりました。
サイモンとガーファンクルの名曲の数々もよかったなぁ。
でも、舞台衣装の蓮子さんとはなさん、お金は持っているの?(笑)
卒業とロミオとジュリエットの映画を二本立てで見た昔をおもいだしました。
今更こんなもん見てもつまらんぜよ、アンもね。
二人が大人になったところが早く見たいです。
>美しい時間はあっと言う間にすぎて・・ここで出会い
そしていつかは旅立っていく女学生たち。
ほんとですね。私も最後の場面「卒業」のように脱出してレトロな電車で・・、
とだけ見ていたのですが、この場面はお嬢様達が平穏な籠の中から厳しい
実社会に巣立って行く象徴なのかも知れませんね。
お嬢様達の「ロミ・ジュリ」主役の二人は別にして脇役達のへたなダンス、
棒立ちの演技、学芸会らしくて最高でした。
色々思い入れのある人は別にして、傍目から見たらほんとにベタな芝居ですけどね。
イタズラ、伯爵に対する校長先生のイヤミ、からして、花、蓮子様に対する罰は
無いと思いますが、いかがでしょう。
ここのところ中だるみ感がありましたが、また面白くなってきました。
今回舞台の衣装がすばらしくて見とれちゃいました^^
次回、花の兄、連子様に一目惚れ・・・かな?
富山先生のロマンスも楽しみ。
仲間さんは別として、今のところハナの周囲のいる人たちになんの親近感も好感も抱けないですね。甲府時代の母や幼なじみなどのほうがよほど親近感を感じた。失礼だけど、「ごちそうさん」が懐かしいです。
何、書いてるんだか。
ほんとの、ごちファンが泣きますよ!!。
ほんと そのとおり。
アンだけでなく名作映画の「卒業」も借り物ですか。
パクリ、というのかもうこの作家はオリジナルで人をひきつけるものを描く気は最初からないのか、できない人なのか?
あまりに安直なお子様展開で話が全く面白くない。
この先も何かどこかで見た場面ばかりの羅列でしょうかね?
1月以上見て来たけれど何だかまったく面白いドラマの方向に行きません。
朝ドラもいろいろあるんですね。これは村岡花子を知るにはあまりに違うもの、として見て行くしかないと思っています。
吉高さん、仲間さんならもっと深みのあるドラマも作れそうなもの。もったいない感じ。
私はごちそうさんファンとしてお気持ちよーくわかります。
そういう人もいる、ってこと。
ホントのごちファンってなに?別に絶賛者ではないけれどこのドラマよりはやはりドラマとしての質が高いようには感じています。
別に持ち上げることによってこれを下げるつもりなんてありません。
単純にごちそうさんの方が見ていて楽しい、それだけです。
今週は感想書いた日、そうでない日がありましたが、またまとめて書きます。
別にドラマ同士の比較はいいんじゃないですか。いかにも悪口というコメントならともかく。私は全然気になりません。
別にドラマ同士の比較はいいんじゃないですか。いかにも悪口というコメントならともかく。私は全然気になりません。
今日はじめてここに来たという人もいるのだから、
ここでのやりとりを何も知らないという人がいるのが
わかんないのかな。いちいち、ごちそうさんファンが泣くなんて
言わないでほしいですね。知らないんだから。
オマージュ、とかって聞こえはいいけれどやはり原作に勝るものはないでしょう。
シェークスピアも卒業も赤毛のアンもこのドラマとは比べものにならないと感じます。
うんうん、やっぱりオリジナリティは大事ですよ。
アバンギャルドなんてものは別に求めませんが、普通にのんびり見れる朝ドラだとしてもその作家さん独自の面白みは欲しい!!
見方によってはあの復讐(いたずら?)はかわいいですが、幼稚過ぎ。ほのぼの笑いを狙ったのかもしれないけれど蓮子の悲しい過去を聞いてしまった後ではあまりにもギャップが・・
タキ先生もどうせならもっときりっと凛とした感じを保って欲しいし。何だかお涙頂戴。
どういうところにポイントを置いて見れば楽しいドラマなのかいまひとつわかりません。
でも、ごちそうさんのサイトは、まだ有りますよ。
そこで、楽しくやればいいんじゃないですか。
これ、間違ってます!!!。
ふぅーん、本物のごちファン、泣くんだ。
そのとおりなんだ。で、叩くと。
常連中4名様意図的サゲ確定、妙な雰囲気にもなるよね、これじゃ。
ごちサイトのコメント、ひと月たっても絶賛追加中だし。
これだって感想だって言い張るんだろうから、別にいいけど、
ごちサイトかお茶の間でお願いしたいな。
見苦しいから。
(感想投稿済みにて失礼)
何が間違ってるのかな?
前作が懐かしい、というのをこのドラマの感想と共に書いているくらいのコメントにいちいちどうこう言う方がおかしいよ。
ごちそうさんのところにはそちらの感想は書いてらっしゃるかもしれないし。
比較によってこのドラマにケチつけて叩いてるわけじゃないんだし。懐かしい、なんて言う個人の気持ちまでここで統制することないのでは?ドラマへの肯定意見もいろいろあるんだし別にいいじゃない。感想サイトは肯定で楽しむだけの場所ではありません。
なつかしい、なんていうちょっとした感想にも噛み付くなら
そちらの方がお茶の間とかでどうぞ。
常連様ってなにかな?
肯定だって否定だって常連様はいるんじゃ?
意図的サゲ・・・?なんのことかわからない。
アゲサゲに意図的もへちまもない。
アゲサゲ感覚でしかサイトに出入りしない方が問題。
宮崎さんは別として、今のところ、め衣子の周囲のいる人たちに
なんの親近感も好感も抱けないですね。東京時代の母や幼なじみなどのほうが
よほど親近感を感じた。失礼だけど、「花子とアン」の方が楽しいです。
一応、同じ様に感想を書いてみましたが、
やはり、お茶の間がいいと思いますよ。
お茶の間はほとんど何でもOKですから。
別に不快でもなんでもない。お茶の間でもここでもどっちでもOKって感じするけど。余り神経質にならなくてもいいんじゃないかな。
>吉高さん、仲間さんならもっと深みのあるドラマも作れそうなもの。もったいない感じ。
同感です。ロミジュリのだの卒業だの70年代の高校生が喜びそうな話しでお茶を濁してていいのですかね。
兄上の背中に張り紙をして喜ぶなんて小学生じゃあるまいし。
どこが復讐やねん。
二人ともいい女優さんなのだから本当の友情で感動させて欲しいな。
初めてここに投稿する人もいるでしょうし、お茶の間を知らない人もいるはずですよ。常連ってなにそれ?ですよ。おかしな感想欄だ、嫌なものを見たくないならFacebookの朝ドラファンサイトにでもいったほうがよろしいですよ、勝手に自分に都合の良いルールをつくる人がいて困る。
杏が好みじゃないから、「ごち」は適当に観ていたが、吉高、仲間は好きだから、「花子とアン」は毎日楽しみにしている。
まぁこれは内容以前の問題といわれるでしょうが、こういう観方もありますよ。
吉高は演技がほんとうに下手すぎる、半年もこの人の演技を見ると思うと正直苦痛ですね、変化にとぼしい。
杏もドラマがはじまったときは顔だけで嫌いだったんだけど、はじまってからはどうやら私の思い込みだったらしくとても良い女優さんでしたし脇役がとてもすばらしかったです。
花子とアンも脚本の力でカバーしてくれませんかね、ヒロインが未熟だしあれで朝ドラの顔なんですかね?でも私は脚本も今つまらないと思います。朝ドラではヒロイン脚本家、未熟者同士。
>本当の友情で感動させて欲しいな。
本当の友情って、あの二人の場合、たとえばどんな??
連休中は、ここも少ないでしょうから
長文でも、あまり、迷惑にならないでしょう。
どうぞ、お説を。
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