



2.40
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明治の松江。怪談を愛する夫婦の何気ない日常を描きます。
俳優女優陣はよくやった。主題歌も聞いてて心地よい。
だが、脚本が破滅的につまらなかった。
⤴️プッ!!
この14年わたしは何をしてきたの!ハナミズ?ヨダレ?たらして声も出さず号泣す。それでも、わりとあっさり気を取り直せて良かったね。最後はあんな風にまとめるしかなかったね。記憶に残るビューチフルなラストシーンは描きようがないな。残念(>_<)でした。
主題歌ぜんぶ聞かせてくれなくていいのにね。歌を聞かせるしかなかったようだ!脚本家は2人にピッタリのラストシーンが描けない。 歌とナレーションに頼るしかない。
涙鼻水全て流して大泣きしてるトキのところに蚊に生まれ変わって出て来るヘブンさん。このファンタジーかつ怪談的な描写が何ともばけばけらしく、夫婦愛を感じるシーンだった。
主題歌と共に振り返る思い出のショットでスキップ錦織を見た時の懐かしさと愛おしさ。
松江の宍道湖、シジミ汁はじぇじぇじぇのあまちゃんまめぶ汁と並ぶだろう。
このドラマで唯一良いと思ったこと。
自分の死を悟ったヘブンは、返り咲きの桜を眺めた後、視線を空に移した。その時、3秒くらい波の音が聞こえた。ヘブンは生まれ故郷ラフカディオ島に打ち寄せる波、天国にいる母の気配を感じたのかもしれない。素晴らしい演技、演出だった。
トミーさん、お疲れ様でした。
最後まで好感持てなかったトキの鼻水ヨダレ見せられて、こちらが泣きたくなった。せめて最後はこれからお世話になるイライザとヘブンの思い出話しでもして綺麗な涙で終わらせてほしかった。
褒めている感想は、え?ほんとぅ?的なところがありますが、、お怒りの感想には ほんとほんとその通り!と沢山の共感を貰いました。
ドラマはくだらなすぎてつまらんが、こちらのレビューは全く楽しく拝見させていただきました☆☆
ぼけぼけよ、、永遠にさよーなら〜〜👋)))
笑い方も不自然で下手だけど、泣き方もイマイチ過ぎる。ヒロインの中の人はどうしてこんなに過剰気味な演技なんだろう。
私演技上手いでしょ、見てみてと言われても何だかな、そうじゃないんだよなって感じてしまって。
こういう演技がお好きな方もいらっしゃるんでしょうが、私にはクドくてダメでした。
申し訳ないが、わたしは朝は期待に胸打つものが見たい。ワクワクまで行かずとも普通に常識や品が見たい。
なんだかずっと花粉症でくしゃみしながら鼻水グズグズやってるような、終始冴えないドラマだった。前半は白基調・後半は茶のセピア基調の映像も萎えたが、それ以上に淡白だったのがBGMと言うより効果音な音楽。気丈に富まず終始一定鳴るだけで印象に残らず、眠気を誘われた。
ヒロインを見ていて心が湧き立たないのは何故だろう。目についたのは品の無さ、すぐ節操なく歯を出して笑う、それも和やかでなくガサツだ。エッ、エェ〜と言い「わたしが何かをやろう、きっと出来る」とならないヒロイン。こんな娘を育てたのか、と両親も自然と受け入れ難くなる。
昔の作品を見ると大人が過ちをしでかし、当人が気づいた後に謝るシーンがよくある。とても大事だったのだと最近思う。とんでもない勘違いをし悪態をつき、酷い醜態をさらすのは大人になればとても共感すること。大事なのは間違いをそのままにせず、次へと反省し襟を正すことだ。このドラマには残念ながらそれが無かった。恥ずかしくない汚れのないものをという気持ちが作り手にあれば米女性編集者に悪評だけ言わせっ放しのまま退場させ、ヒロインを最後に涙とよだれまみれにしなかった筈。
「淡々とした日常で登場人物が化けばけするさまを」、その前に言い過ぎだったと反省し、粗相をすまいと努めようとするさまを描いて欲しい。過ちに気づき、認め、醜いまま終わらせない人間の当たり前の姿を描いて欲しい。
次のナースのドラマも淡々そうで正直、食指が動かないのだが汚いこと醜いことをしでかしてもそれを良しとしない、せめて恥じらいや照れを知っていて申し訳ないと素直に謝れるドラマであって欲しい。
このドラマ、きっと面白くなるにちがいないと見てきたら、10年経ってあっさり終わっちゃった。トキさん、いい人にめぐり会って良かったね。ヘブンもきっと幸せだったにちがいない。
さてスピンオフでも総集編でもさっさとやって早く忘れてもらった方がええよ。そのつもりのようだけど。 😁 見たい人、いる?
海外視聴者、
え?…ヘブンの嫁ってあんなだったの?
泣くか笑うかばっかり。
子供ほったらかしで。
見せ場作るのに子供は邪魔?
コントドラマだから、気がふれたみたいに、涙鼻水涎垂れ流してエヘヘ~と笑い泣きしたんですよってか?
うちのテレビ小さくて良かったよ。
牛乳髭も汚ならしかったけど。
さいなら~汚作!
ヒノメミセナクテモイイアルヨ🕷️
番組終了前後、脚本家が製作の意図を語っているインタビューを読んで、何気ない日常を描きたかったという趣旨は理解しました。
ただ、文庫本に収録された「思い出の記」に目を通していますが、日本の風景を求めて2人で旅したこと、再話文学執筆の際、物語の内容の細部に渡り夫婦で語り合ったことなど、モデルとなる小泉八雲夫妻の核となるような部分はなくさずに、日常を描くことは十分できたのでは?と思います。お二人の原著に目を通していると、ドラマに反映されていると思われるエピソードは確かにあちこちに見られます。ですがその切り取り方、創作エピソードとのバランスなどを見ると、脚本家、製作者側には自分とは全く違うものが見えているようにしか思えませんでした。本質的な部分を取り上げて一貫したストーリーを作ることなく、制作者(脚本家?)の好みに合った拾いやすいエピソードを拾い、後は適当なコント、創作で埋めたようにしか思えませんでした。
最後も、ながら見しており、もう一度見直したい気にもならなかったので、見落としがありましたら申し訳ないですが、なぜそれまで酷評されていた「Kwaidan」が2人の死後ベストセラーになるのか、唐突すぎてよくわからず、あれだけ回想を長々入れるのであれば、せめて最後にストーリーの一貫性、統一性だけでも保つために何が評価されベストセラーなったのかなど、その後のエピソードを含めることもできたのではないでしょうか。
今回の小泉八雲夫妻がモデルの朝ドラについては題材としてとても興味を持っており開始前からとても楽しみにしていたのですが、モデルの人物の人生のドラマを期待していたものにとっては今回の内容は残念すぎました。
聞いたところによると、夫妻をモデルにしたドラマとして「日本の面影」という正統派のドラマが過去にあったようなので、そちらを視聴してみたいと切に願っています。
女中のクマが最後まで好きになれなかった
最後の終わり方よかったです。おトキが五日五晩思い出を語り続けたこれは怪談の本質を伝えているようです。悲しみや人間の心の中にたまった澱を流しだしてくれる救ってくれるのが怪談と闇に伝えてくれているようですた。ふっと蝋燭を吹いて終わり、現実と過去とこの世とあの世のはざまスキップで。
二人が夫婦に全然見えなかった。
いつまでも10代少女をやってる子供と子供好きの外国人のオジサンにしか見えなかった。
高石さんは言われた通りやってただけでスタッフがダメだった。
オープニングの字の小ささからもうダメそうなのは始まっていたか。
最悪😞⤵️⤵️のエンディングだ。たまたま最初の赴任地になった松江でトキに出会い、日本の民話・昔話にである怪談に出会う。以後、熊本、神戸、東京と14年間、若い日本人妻と物識り異人とのチグハグでもあり面白可笑しく新鮮でスリリングで楽しい暮らしが続いた。楽しく回顧できるはずの14年を脚本家の都合で後悔の14年に捏造してしまった。
最近の俳優の男女共に鼻水やよだれ垂らしながら号泣する演技は苦手です。迫真の演技なのかもしれないけど、うわ‥って引いてしまう。
マーサとの出逢い〜離婚のエピソードを回想劇で長々とやっていたので、てっきり没後の裁判もやるつもりかと思ってたけどかすりもしなかった。 無駄なエピソードに時間を使いすぎて、肝心のエピソードを入れないままバタバタ終わらせた感。
当初売れなかったカイダンが、イライザの尽力で出版したおトキの回顧録のおかげで再度注目を浴びてベストセラーになったんだろうけど、司之介の『ワシの尻に火をつけちょくれ〜』エピソードなんかに無駄に尺使ったせいで入らなくなってしまった。
やっと終わってくれたというのが正直な思いです。
いつの頃からか感想を書くのがバカバカしくなりました。
こんなことは初めてでした。
また気が向いたら総括を書きたいとは思ってますが
明日から新しいドラマが始まるので区切りとして投稿することにしました。
ばけばけは私史上ぶっちぎりのワーストワンです。
ほんとに、セツとハーンの14年、むろん、ハーンは後悔していない、セツにアリガトウと言って先に逝った。セツにとっては後悔の14年だったというのか。たしかに人は誰しも何らかの後悔をする。セツは「ハーンと出会った23才くらいから、彼を失くした今にいたるまで、若気のいたりで、まったくなってなかった」と後悔の念でいっぱいだったのか?脚本家はセツにそう思わせたのだが、まったくのウソっぱちだ。
大衆食堂の料理にたとえると、
「おい、冷やし中華に麦茶頼む」
「何だこりゃ、人間が食えるもんじゃないな」
「お客様、人の話や非b脳中傷はおやめ下さい」
そういうドラマでした。
この世はスバラシイけどウラメシイ、摩訶不思議な、悲哀に満ちた、不条理な、日本人的に言えば、ものの哀れを感じさせるところだ。
怪談奇談というジャンルの民話・昔話は、語ったから・聞いたからと言って、何かから救われたり・悟ったりしない。また「あの世の話」でも「むかしの話」でもない。ものの哀れを実感させる「この世の話」「語っている・聞いている、今現在の話」だ。
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