3.60
5 411件
4 216件
3 66件
2 48件
1 210件
合計 951
読み かまくらどののじゅうさんにん
放送局 NHK総合
クール 2022年1月期
期間 2022-01-09 ~ 2022-12-18
時間帯 日曜日 20:00
出演
華やかな源平合戦、その後の鎌倉幕府誕生を背景に 権力の座を巡る男たち女たちの駆け引き── 源頼朝にすべてを学び、武士の世を盤石にした男 二代執権・北条義時。 野心とは無縁だった若者は、いかにして武士の頂点に上り詰めたのか。 新都鎌倉を舞台に繰り広げ...全て表示
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このドラマは共感できない。その理由を挙げてみる。
個人的な見解だが、主役、準主役は美男、美人が鉄板だ」。若くてイケメン、かつ実力派の中川大志くんが義時役に適している。政子役は宮沢りえさん、あるいは宮澤エマさんがよい。ご両人とも美人で演技経験が豊富な役者さん。

セリフが大河ドラマ、時代劇ドラマらしない。多少、難しいセリフがあっても古文・古典を学ぶ学生に役に立つと思う。そして現代風のギャグやコントの場面がドラマの緊迫感をそいでしまう。

内容的に気になったのは、以仁王の令旨の改ざん、後白河法皇の手紙らしきものを院宣というのは、歴史への敬意が欠如していると感じる。加えて頼朝をかなりダメ人間に設定していが、頼朝がいなければ、三善康信、大江広元も鎌倉に来なかった。治承4年8月、石橋山の合戦直前の京の様子(平家一門、朝廷の動き)を克明に描くべき。宗時が坂東を自分たちで治めたという気持ちは将門と同じで、まさしく首が飛んでしまう。在京の下級官僚三善康信から定期的に手紙を受け取っていた頼朝の心の奥底は鎌倉の自立と朝廷に圧力をかけること。

コロナ禍で俳優さん、スタッフも大変だろうが、手抜き場面が多い。ロケやオープンセットが少なく、CG処理が多すぎて、それを誤魔化すために画面が暗い。さらに登場人物が多く、相関関係が分かりにくい。

鎌倉殿の13人は、頼家が将軍職を相続後、頼家の独断政治に危惧を覚えた宿老たちのことだ。宿老たちは幕府の運営、裁定は宿老たちの評定で決定するとした。
宿老13人: 北条時政、三善康信、大江広元、中原親能、二階堂行政、梶原景時、安達盛長、足立遠元、八田知家、三浦義澄、和田義盛、比企能員。北条義時
圧倒的な発言権、決定権を持っていたのは、時政、義時、康信、広元だ。できれば京での信康、広元の様子も描いてほしい。関八州の武士たちだけのドラマはつまらない。京や畿内に異変があるからこそ、坂東武者も行動を起こす。

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べえべえ

リーダーの重要な資質は、人とのつながりによる情報力、そこからトレンドを見極め、将来を見据えた決断を下すことだと思う。
今とは情報の入手手段もスピードも違うが、情報力による判断と情報操作、頭脳操作(人の考えを、自分の考えに合意させるという意味。洗脳とは少し違いますが。)が重要なのは今も昔も同じだ。情報力、頭脳戦で負けている時点で敗北はほぼ決まっている。

北条がなぜリーダーになれたか。政子の頼朝の妻としての権威はもちろん重要だが、それだけではなく、御家人たちや文官、京のキーマンなどとのつながり力だったのではないか。
情勢分析からの北条と鎌倉の獲得したものを守るための判断。
陰謀、徴発、戦はその一部。義時の強引な命令だけでみんなが動くわけではないと思う。そういうもっと広い人たちのつながりやそれぞれの立場で、なぜ義時についたのかの判断を見せて欲しかったし、義時の情報力と小気味のよい情報操作、頭脳戦を描いて欲しかった。

もうひとつは主人公は抜けたところがないと面白くない。義時の抜けたところは…前は、女性はみなキノコが好きだ、とかおかしなことを言ったりしていたが、今は全く余裕のない面白みがない人になっている。泰時は重要な戦いの前に緊張からか酒を飲み過ぎて寝るという抜けたところがあって面白かった。頼朝も時政も面白いとこがあってよかった。義時はどうした?三谷さん!

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名前無し

『鎌倉殿の13人』というタイトルタイトルより『鎌倉殿の北条一族』というタイトルの方がふさわしいように思える。
『鎌倉殿の北条一族』なら義経のサイコパス的なキャラ、全成のバカっぽい僧侶キャラも納得できる。源氏三代の将軍に北条一族がどのようにかかわり、御家人たちを追い落としていくかを明確に描いた方がいい。
時政、義時は政子が頼朝の正室になり、政子が頼家を産んだころには、内心で幕府の中枢にのぼりつめる決心をしていたはずだ。
政子も源氏の血を受け継いだ頼家を立派な将軍に育てたいという気持ちがあったならば、頼家がある程度の年齢になると政子の手元におき母親としての愛情をしめすべきだった。そして頼家の教育係として学問は広元、康信に任せ、武芸は義時や畠山重忠に教えさせるべきだった。
頼朝は比企の尼に育てられてが、頼朝は義朝と由良御前を身近に視て、武家の棟梁としての心構えや皇族に対応できる教養や作法を身に着けている。そして聡明な頼朝は11歳で上西門の蔵人として宮中で働いていた。
政子は頼家を比企家にまかせっきりだったので、頼家はわがままで軟弱に育ち、21歳で征夷大将軍を相続しても有力御家人の反発を買うような言動が多く、人を信じることができない青年に育ってしまった。そして政子は命をかけて頼家、一幡、公暁、実朝を守らなかった。
政子のこのような生き方は、時政、義時の野心に加担していると推察できる。つまり北条一族は源氏の血統を断ち切り、北条一族が幕府を牛耳るための権力闘争に明け暮れ、勝利したのだ。それは悪いことではない。鎌倉幕府得宗家は初代北条氏義時から9代高時まで続き、日本の歴史を紡いでいったのだから。
傍観者のような時政、義時よりも、政子と持ちつ持たれつの関係で時政、義時が積極的に策を練りに練って、源氏の血筋を絶えさせ、有力御家人を謀殺するほうが痛快で面白い。

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名前無し

「草燃える」の配信を、決起から富士川の戦とその後の鎌倉での基盤固めのあたりまで観てみたが、学生時代にリアルタイムで観ていたときより面白く感じなかった。シーンの大部分が女性たちとの関わり合いや色恋い関係。またナレーションが色々説明し、それを受けてちょっとその関連シーンを演技する。また豪族たちの座談会が多い。今のドラマと比べて子役や名のない人たちの演技が極端に下手。 頼朝の頼りなさやコメディーの部分もほぼ鎌倉殿の13人と同じようなエピソードだったが、演じ方が中途半端。ン?今のはどう反応したらいいの?笑うとこ? みたいな。 義時の頼朝への戸惑いも、ナレで心の声が入る。 小栗旬と大泉のほうは表情だけでじゅうぶんわかる。全体的にどうしても演出が古く感じる。
オリンピックのスケートやスキーの技も10年前と比べるとものすごく進化しているように、演出も演技も数十年前のと直接比べると進化してないわけがないのだなあ、とつくづく思い知らされた。
当時の草燃えるは十分面白かったが、今直接比べると、比較にはならない(鎌倉殿の13人のほうがはるかに面白い)なあ、と感じた。

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イマイチよく解らない大河ドラマだ。
義時は寛容で誰にでも優しい善人に描かれている。それを演じている小栗さんの容貌、年齢がすごく不自然に観える。頼朝の死後、時政、義時親子は謀略、謀殺を繰り返す。そろそろ義時の残忍さを垣間見せてほしい。
義経の描き方がひどすぎる。義経は戦略家であるが、京の治安を守っていたので後白河法皇や公家に人気があった。それに恐れを感じた頼朝が義経の領地を取り上げ、義経を窮地に追いやったのだ。義経はたんなるサイコパス的な人格ではない。
日本人は判官びいきが多い。理由は頼朝に利用され、後白河法皇に見捨てられ、最後は藤原泰衡に裏切られる短い生涯だったが、白拍子静に愛され、正室郷御前にも愛された男だったからだろう。
義時は誰に愛されたのだろう。「草燃える」では、義時は大庭の娘・あかねと相思相愛になり、悲恋に終わった。今回のドラマでは義時は八重を好んでいるが、八重はいちずに頼朝を想っている。主人公義時の恋心をしっかりと描くべきだ。主人公の恋愛をしっかりと見せないとバターがない食パンのように、ドラマがパサパサして面白みに欠ける。

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三谷さんの劇場ドラマは、コアなフアンにとっては面白いのだろう。
しかし大河ドラマは、一年間という長いスパンで歴史上の人物を動かしていかなければならない。
平安末期の土豪は土地の奪い合いで小競り合いを繰り返し、夜討ち、朝駆けなどもあっただろう。そんな時代にコントめいた芝居や笑いは不必要だと思う。
近年、民放は時代劇ドラマを制作しないし、テレビをつければ、つならないバライティ番組で笑いを取ろうとしていて、うんざりする。
せめて大河ドラマだけは、つまらない笑いを狙うような演技はやめて、王道というか、正統派の歴史ドラマとして制作してほしい。
政子の頼朝へのアプローチとして、体をくねくねさせる姿は、売れない遊女みたいで気持ちが悪かった。
頼朝の女装も緊迫感がなくて、三流お笑い芸人みたいで胸くそ悪い。
『新選組』や『真田丸』にも、笑えない笑いを取る場面があった。
私は三谷さんのコアなフアンではないので、今年の大河ドラマは期待しない。

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名前無し

このドラマでは、政子は希代の悪女ではなく、流されるままに生きていました。最終回とその前回だけ、なぜか意気込んで不自然です。
政子と時政は、頼朝が蛭が小島時代に漁師や農民の娘に産ませた男児を殺しています。さらに頼朝が死ぬと、流人時代の頼朝の遺品(手紙、書籍、仏典など)を燃やしています。
亀の前の家を焼き討ちすることを命じたのは政子です。もちろん比企氏謀殺の謀議の中心人物は政子です。亀の前、比企家は北条家より家格が上だったので、政子は自分の地位が危うくなるのを恐れていました。それは時政、義時も同じです。
他にも政子は頼朝や頼家の庶子を殺したり、出家させたりしています。政子の悪女ぶりを見たかった。

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べえべえ

面白くないわけではないのですが、後半権力争いと復讐劇を作りすぎていて、白ける面も大きいと感じました。
大河ドラマは、基本的には歴史を元にしたフィクションなので、何か軸になる思想とか実現したい理想があって、それを実現するための主人公たちの確執が描かれていると見ごたえがあるのですが、その目指すものの提示が弱いと、私利私欲、単なる権力闘争や、日常の家庭や職場を描いたホームドラマ的になってしまい、白ける結果になってしまいます。
このドラマは、前半は平家や朝廷の理不尽な介入を許さない頼朝と御家人の世を作る、という目標があってそのために突き進み、そこに頼朝と御家人の絆や確執があり、家族関係や恋愛もありバランスがよかった。
しかし頼朝後、義時中心になってからは、事件を権力闘争として時系列に追っていくのに忙しく、思想とか目指すもの、家族、夫婦関係、友情やライバル関係といったドラマとして応援したくなるものがほとんど描かれなくなった。
いくら権力闘争と復讐を手の込んだ作りにしても、これでは何を軸に見たらいいのか、見ごたえが薄いと言わざるを得なってしまいました。
鎌村時代の初期は武士を中心とする政治の根幹が作られた時期で、その中心にいたのが頼朝と北条氏、時政、義時、政子たち。
この時代の後に来る泰時の合議制の政治と、武家政治のみならず日本社会の基本法として江戸時代そして明治の法律まで影響を与えた御成敗式目の制定、そしてその子時頼たちの撫民政治。今に続く日本社会のベースをつくった時代の基礎固めがこの頼朝と義時の時代と言っても過言ではない。
御家人同士の争いの中からそれが作られたのは事実だと思うが、それを時系列に並べるだけではこの時代の重要な動きは見えないのではないかと思います。

もっとスケールを大きく、御家人同士の争いは場合によっては省いたりナレのみでも、代わりに京との繋がりを後鳥羽上皇だけではなく、文官たちや北条家その他の御家人たちと京の関係を描き、また地方の御家人や庶民といった人たちの変容も取り上げるほうがよかったのではないかと思います。もちろん家族や夫婦、ライバル関係の軸も欲しかった。

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名前無し

私は政子の子と孫を失った悲しみが伝わりました。
日本人は悲しみのどん底の時に、大声で泣きわめいたりしないのではと思います。
義時に対峙したときも声に全く力がなく、立場上誰にも頼れず、孤独な存在である政子の精神が心配になるほどでした。
実朝と公暁は叔父と甥の関係でありながら、運命に逆らえず非業の死を遂げました。
争いを収めたかった実朝に、他にどんな選択肢があったろうかと思います。
調子に乗りすぎた仲章には不運だったねとしか思わないけれど。

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名前無し

義時があまり目立たないドラマ。でもそれがいい。
運命に翻弄され、巻き込まれ、闇に堕ちていく義時。
その静かな悲哀を、小栗旬が静かに演じているのが似合うし、それ故に、逆に義時の存在感を感じる。
義時が小栗旬で良かった。

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名前無し

頼家がかわいそうでたまらない。

政子の頼家に対する冷たさが恐ろしい。干しアワビなどより頼家の将軍復権を模索するのが母親の役目だろう。政子はいまでいう毒親で頼家にとっては、殺したいほど憎いだろう。
時政じいさんは、権力欲の強い後妻・りくの言いなりで、これも毒じいさん。
叔父の義時も自分の手を汚さず、善児を利用して頼家を殺そうとする。
従弟の泰時は頼家に「生きてください」と言いながら、乱闘が始まると気絶して、目が覚めると頼家は殺されていた。こんな冷酷な母親と母方の親族など信じるに値しないことを頼家は十分に理解していただろう。
頼家を演じている役者さん、とても芝居がうまい。北条と比企の権力闘争の狭間で押しつぶされそうな若い鎌倉殿の心の動きを見事に演じていた。頼家が出演する場面だけは、コントがなかったのも良かった。

ちょっと気になったのは、後鳥羽上皇から送り込まれた猿楽師たちをバサバサと切り殺していいのかな。それから善児とトウの関係を勘ぐってしまう。善児が本当の父親としての愛情をトウに注いでいたら、トウはためらいもなく善児を殺せなかったと思う。
このドラマ、毎回、誰かが殺される。親子愛、兄弟愛、友情など皆無の「仁義なき戦い」、子供には見せたくないドラマだ。

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名前無し

小栗旬さんは真面目に役者道に精進しているイイ役者だと思う。彼ほど成長ぶりがはっきりとわかる役者はいないだろう。それは新人時代から彼の出演作を見ている人ならわかってもらえると思う。

この義時役はとても難しい役だ。だいたい主人公だが脇役という不思議な変なキャラだからだ。またそれを三谷氏が義時は何者?とミステリィー風にあまり感情表現させないように描いているので、よけい義時のキャラがややこしくなっているというしだい。つまり役者は主人公なのに目立たずそれでいて作品の中心にいるという奇妙な人物を演じないといけない。そんな無理難題を三谷氏は役者にさせているのだ。
まあー、普通の役者ならまずやりたがらないだろう。どう演じたらいいかわからないし、華もないし、見せ場もないし、つかみ所がなさ過ぎるのである。
だから小栗さんはよくやっていると思う。

もし三谷氏の脚本ではなく、吉川英治や司馬遼太郎や手塚治虫なんかが描くような、志と理想と信念を持ち、感情豊かで、激動期に傷だらけになりながら新しい時代を作った男の生き様を見せるというような北条義時なら、もっと小栗義時は面白かったしハマリ役になったと思う。
なぜなら、この大河、小栗旬さんの最大の武器のチャーミングなハニカミ笑顔があまり見れず、それが少しも生かされてないのだ。だが、その小栗義時ならあの笑顔がすごく生かされたと思う。それがほんと見てみたかった。

と、ここまで書いていて、気がついたが、小栗旬さんが来年の徳川家康や再来年の藤原道長やればすごいハマリ役になったのでは?
それもすごく見たかったな!

とにかくここまで来たら見守るのみですな!

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名前無し

大河ドラマは忘れられない名場面、神場面がる。「草燃える」では、義時と茜の壇ノ浦の別れの場面。「太平記」では、暗愚といわれた得宗家高時と鎌倉幕府滅亡の場面。「義経」では静の舞と吉野の義経を交互に映す場面。それぞれの役者さんの名演技が視聴者の心を奪う。

残念ながらこのドラマは、いろいろ盛っているけど心を揺さぶられるような印象的な場面がない。義時と八重の関係はイマイチ、宗盛は慙悸の念が皆無、大姫の心の病が下品、曽我兄弟の仇討ちなど、それぞれの役者さんの演技のうまさや長所を引き出してやればいいのにと思う。

北条家は、女好きで冷酷な頼朝の血縁と讒言好きの梶原景時、比企能員らを謀殺して、幕府の執権として権力を握っていくのだけど、時政、義時、泰時、時房がいい人すぎて、執権職はタナボタになるのかな、と思うほど緊迫感がない。承久の乱も偶然あるいはタナボタで勝利するのかな。そう考えると観る気が失せる。

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名前無し

じつに違和感が多いドラマだ。
当方がそう思った箇所をあげてみる。
八重の死について、義時は金剛に「母のしたことを敬い、誇りに思え」と、諭す。たしかに八重は身を挺して鶴丸を救った。しかしその動機は、鶴丸に哀れな千鶴丸が重なったからだと推察する。金剛が大人になり、御家人や御所の女官たちに八重が頼朝に身を焦がすような恋をして千鶴丸を産んだことを知らされたら、金剛(泰時)は八重をどのように思うだろうか。

義時も八重の過去を知っている。鶴丸と千鶴丸を重ねた八重は過去を捨てきれずにいる女だ。つまるところ義時と金剛は、八重にとって一番大切な存在でなかったことになる。それなのに金剛と鶴丸の良い父親になろうとする義時の善人ぶりに違和感を覚える。義時を善人に描くのであれば、義経の正室郷を尼にさせ、女児を引き取り八重のみなしごホームで育てるという考えが浮かばなかったのか? もっとも史実では、義経、泰衡の滅亡は義時の策謀ではなのだが。

後白河法皇はいつも紫色の着物を着て、畳台の上に座っている。後白河法皇は若い頃から今様がお気に入りで『梁塵秘抄』を残している。後白河法皇の歌や舞の場面が全くないのが残念だ。加えて、頼朝の上洛、帰還に関する場面もセット部屋が移動しただけで、都らしい洗練された美しさ、季節の移ろいなどなく、殺伐としている。

さらに「後白河法皇が死んだ」というナレに驚いた。天皇、上皇、法皇(仏門に入った太上天皇)の死は、現代でも「崩御」と言う。後白河法皇は「守りぬいた」と言い、崩御したが、頼朝の母は熱田神宮の大宮司の娘であり、頼朝は天皇家を潰す気持ちなど、さらさらない。頼朝は平清盛と同様に天皇の外戚になりたかっただけだ。後白河法皇は後鳥羽天皇のほかにも直系の親王、王子がたくさん存命している。いったい後白河法皇は何を「守りぬいた」のだろう。

加えて、歴史的な出来事、たとえば守護、地頭の仕組みをドラマの会話で視聴者に解るようにしてほしい。征夷大将軍はいかほどの権力を有しているにかも説明してほしい。視聴者に脳内補完させるようなドラマは観ていて疲れる。

究極の違和感は、やはり笑えないコントだ。占いが当たるか当たらないか、全成と美依のコントがドラマの進行に横槍が入ったような不快感を覚える。

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名前無し

この大河ドラマを見始める為にアニメの平家物語を見ておいて良かった。
面白くて泣けた。
コントやマンガを見下したようなコメントはやめてね。
みんなおんなじ。これからの世代は
大河よりコントやマンガが下なんて概念は変わると思う。

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名前無し

八重の死と同時に、さりげなく北条政権繁栄の礎を築き、承久の乱鎮圧の立役者でもある人物達が勢揃いした。
瀬戸康史君の演じていたのは北条時房。彼こそ義時以上の政治能力者にしてすごい才物と言われ、兄を助けて大活躍した人物。
鶴丸は、恐らく後の平盛綱になると私は思っている。
平盛綱はものすごく実務能力が優れていて、北条家の家老&番頭みたいな存在で大活躍した人物。
そして、金剛の北条泰時と北条義時。
この4人が北条鎌倉時代の基礎を造り上げたと言っても過言ではないだろう。
別に北条義時、一人の力で権力を掌握出来たわけではないのである。弟の北条時房と家老の平盛綱という、とんでもない天才能力者の二人の協力者がいた事はすごく大きいだろう。

そしてついに、この二人がようやく知られて注目される。実にうれしいかぎりだ。
はたして、鶴丸が成人した平盛綱は誰が演じるんだろうか? それが楽しみだ!

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名前無し

頼朝が義経の首を前にして慟哭したシーンは、取ってつけたようで、必要なかった。
というか、義経が死ぬように仕向け、奥州藤原氏も義経を匿った罪で数ヶ月後に滅ぼした頼朝。
実は心の中で義経に詫びているなんて、そんなお涙頂戴ストーリーを付け加えてフォローするなら、頼朝の冷酷性がそもそも事実でなかった事になる。
加えて、大泉洋の顔だと、コントで泣いているようにしか見えない。

冷酷なら冷酷のまま、その因果応報を受ける覚悟で生きて死んだ方が、よっぽど頼朝らしい。
その点、頼朝や義経らの、義朝の息子を処刑しなかった結果、打ち滅ぼされた平清盛ファミリーは、いっそ潔い。

人を信用せず、心根の小さい頼朝が天下取りを目指したために、多くの悲劇が生まれ、本当にいたたまれない。

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がおらー

今回は泣けた。
滅び行く者達が最期に魅せる輝きが美しくも悲しい。

白を切り通せば解放されたであろう静は九郎の想い人としてみっともない真似は出来なかった。

静達の話を立ち聞きした里もまた覚悟を決めていた。
自分と娘を手にかけるのを躊躇うであろう九郎に最期の背中を押すために言わずもがなのことを言った。本妻としての矜持でもあったろう。

弁慶はあくまでも明るく最期の戦いに向かっていった。彼も九郎の一番の家来としての矜持を持っていたのだろう。

九郎は果たすことの出来ない鎌倉攻めの戦術を嬉々として小四郎に語りやがて最期の戦いに向かったのだろう。

皆の前では鎌倉を護るために冷酷で悪どいことを命じる頼朝だが、九郎と二人きりになった時、一人の兄になりその弟の死に悲しみを堪えることが出来なかった。
その姿はただ家族を愛する一人の人間だった。

三者三様だが実に美しい人間そのものの矜持が描かれていた。

義時邸で多くの親なし子達が楽しそうに戯れていた。
義時の原動力はこの平和を護るためなのかもしれない。

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名前無し

一の谷の戦いでの義経の戦い方には色んな説がありますね。
そこで、昔、私が一の谷の合戦場探訪して地元のおじいさんに逆落しの場所を訪ねた際に聞いた、面白い珍説を紹介してみましょう。

その方の話では、馬でくだったのは多田行綱らしく、離れた鵯越から下り、一気に福原を襲撃して火をつけたとか。
義経は今の伝承地の逆落しの場所から、まずは先に義経の家来の伊勢三郎達ら少数精鋭部隊を崖を下らせ、崖下にあった安徳天皇の御座所を襲撃。理由は三種の神器の奪回の為だったらしい。そして騒ぎがおきたと同時に、義経達は崖を徒歩で下り彼等に合流して戦闘へ。馬はそこから離れた東側の少しなだらかな坂から安全に 下って連れてこられて義経達に合流。つまり義経は馬に乗り崖を下ったりはしなかったそうな。
そして家来達と合流するや、一気に馬に乗り西に走り、西の防御柵を守る防衛軍を背後から攻撃し、西を攻める土井実平の大軍と共に攻撃して防御柵破るのに成功。その後は多田行綱軍とも合流して大勝利にいたるというしだい。
平家はゲリラ奇襲攻撃で大混乱。また安徳天皇を守る事に集中して思うように戦えられなかったらしい。

その方によれば、平家が負けたのは奇襲攻撃、それと後白河法皇の和議、地形と防御柵で鉄壁な陣形などに油断していたのもたしかなのだが、一番の理由はコレとの事。
裏切り
義経と家来達を甘く見てた点

裏切りは多田行綱が代表だが、彼の勧誘で付近の在地武士や平家軍の中にもかなりいたらしい。平家も馬鹿ではないので、背後の山の警備態勢もしっかりしていたのだ。しかしみんな裏切り源氏軍に合流し外や内部から攻撃の手引きをしたので奇襲が成功したとの事。

義経と家来達はまず普通の武士とは違う連中で、伊勢三郎のように忍者のような盗賊や海賊、商人、僧兵やらとそれらのエキスパートの異能力集団ばかり。ゲリラ戦活動はもう得意で崖なんか下るのは楽勝。そして家来達を束ねる義経も異能の存在だったわけ。
だから、一の谷の戦いでは、義経指揮の彼等による、火つけ、流言飛語、平家軍の馬殺し、陣所つぶしとゲリラのような戦い方に平家軍はかなり面食らって混乱した事は間違いなかっただろう。

以上が昔聞いた、一の谷の戦いの珍説なのだが、私はかなり信憑性あるなと思っております。ほんとはもっと面白い話もたくさん聞いたけど、長くなるから止めときます。

まぁー、その話からすると、今回の菅田義経は案外、ピッタリかもしれませんな。勝つ為ならどんな事もする。義経はやはり規格外の戦の天才、異能者だったんでしょう。
それならば、弁慶以外に、せめて義経家来中クールでたよれる一番カッコイイ兄貴、
伊勢三郎義盛
も大河で出して欲しかったなー。流星涼さんあたりなら、この大河のノリにピッタリ。朝ドラのヘン兄貴役より適役だと思うんだけどね!

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名前無し

これ実在した頼朝より悪く脚色してあるんじゃないですか。
もうこれから三谷幸喜のドラマは見たくもない。
土曜の他局の三谷幸喜が出る報道番組も見たくもない。
鎌倉大河ももう見ない。

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名前無し

私がもともと三谷さんの作品と合わないのかもしれませんが、三谷作品って淡々と話が流れてその感じがずっと最後まで続く、って感じかある。出演者も他の大河に比べて豪華なんだろしそれなりに名演をしてるのだろうけど、登場人物が多すぎるし性格のメリハリもなく、人物同士の関係性も薄くみんなから、他人事のような感じがするし、戦いのシーンもどういう経緯なのかわからす、気がついたら寝てしまってる。

昔のような骨太大河を今望んでるわけではないが、三谷さん自身が「黄金の日日」や「草燃える」のような大河に憧れていたなら、どうしてこういう作風になるのか不思議で仕方ない。

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名前無し

我々からすると、源氏の棟梁を義家の子孫の河内源氏に限定して、平家リベンジの主役として見がちだが、河内源氏は長らく凋落していて、ほぼ跡形なく四散していたので、甲斐の武田信義や、木曽の義仲とか、後に討幕の主役になる新田、足利など、自分こそが源氏の棟梁の資格があるという意識だったろう。信義は頼朝の風下に立つ気は無かったのはわかるし、なかなか見ごたえのある演出だった。
それに、富士川で平家と対峙したのは信義であり、頼朝はかなり後方で様子見していただけというのが史実らしい。
みなキャラが立っていて面白かった。義時一人が面倒なことを頼まれやすいキャラになっていて損な役回りに見えるが、それが後に役立つことになるというストーリーかもしれない。このままの人の良さを最後まで続けるのか、なにかのきっかけで豹変するのかも楽しみ。

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名前無し

ウ~ン、富士川の戦いを、2人のオッサンのじゃれあいがきっかけで水鳥が飛び立ってという事にして、あっという間に終わらせちゃったよ。
オイオイそれでいいのかね。もうちょっと見せ方あるだろうに。
三谷風の戦い新解釈があるかなと期待してたけど、アレかいな。なんだかなー。もうガッカリしましたわ。
例えば、大戦前の緊張感や作戦会議をじっくり見せたり。義時が地元民から、この地域は今の時期は大量の水鳥がいて、驚かせたら一斉に飛び立つと聞き、三浦義村や上総広常と相談して、それを利用して夜襲にみせかけた作戦を考えて、時政と決行しみたら大成功なんて新解釈を見せてくれたら面白かったのにね。
私みたいなド素人でも、こんな事考えられるんだけどさ。三谷さんはやはり戦記モノやアクションモノのセオリーがあまり好きじゃなく興味もない人なのかもしれませんな。
私の考えなんて戦争アクション好きなら誰でも考えるだろう、セオリー中のセオリーなのにさ。
こうなりゃー、源平合戦もあまり期待しないようにしますかね。その方がガッカリしないだろうし。
ちなみに、頼朝が戦場に出向くのは、これが最後みたいなもんだったのになー。
合戦の醍醐味がゼロのなんとなく終わった富士川の戦いだったとさ!

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名前無し

佐藤浩市さんとの芝居で、ようやく小栗旬さんらしさが見れてとてもうれしかった。 彼は実力演技派役者とのじっくりとからむ芝居、目と表情で感情表現する演技でその魅力を充分に発揮するタイプの役者である。
これまでは、片岡愛之助がらみで少し見せてくれただけでなんか不満だった。
でも今回は佐藤浩市さんの胸をかりて小栗節が全開。楽しそうにうれしそうに小栗さんが芝居を楽しんでいた。
その為か三谷脚本の意図を越えたシーンになっていたと思う。三谷さんは単にヤバイ上総介を味方につけた義時の活躍としか考えてなかっただろう。
しかし、二人の名演のおかげで
義時は自分の能力を初めて大物が認めてくれてうれしかった。
上総介は頼朝軍に義時みたいな奴がいるなら面白そうだし味方するか、義時気になる奴という感じ。
それがシーンにプラスされていたと思う。
実はこの義時は気になる奴という感じは、景時役の中村獅童さんも無言演技でそれを見せていて、さすが歌舞伎役者はたいしたものだと感心してしまった。
これでこの二人と義時との関係はがぜん面白そうになり、今後が楽しみになった。
頼朝が悪目立ちしてヘンなコメデイーシーンが多く、そちらの方にばかり目がいくが、名優達はちゃんといい芝居をしているのである。
もし、録画している方がいるなら、この3人が登場するシーンだけ、芝居と演技を見るという観点でまた見直すのをオススメする。目線、表情の変化、せりふの言い方にしぐさ、間と見事な芝居と演技に感心する事うけあい。義時のキャラもようやく確立され、上総介と景時のキャラもわずかな登場シーンで、もうどんな人間キャラか解らせてしまった。脚本を越えた芝居とはまさしくコレの事だろう。
小栗旬さん、佐藤浩市さん、中村獅童さんはやはり名優だわーと、今さらながらしみじみ感心してしまった!

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名前無し

やっぱり歌舞伎役者というのはスゴイよなー。
一瞬の表情とせりふの言い方で、自分の見せ場を作り印象に残らせる。
今回は時政の彌十郎さんが老練な武人としての不気味な凄味を見せた演技と、宗時の愛之助さんが義時に志を伝えて別れる時のさりげないけど印象に残るシーンの演技がとても素晴らしかった。
二人の役に歌舞伎役者の彼等をなぜ起用したか、その理由が今回で解りました。
中村獅童さんの景時がとても楽しみだな。死ぬ時はさぞかし名演でしょうから。

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名前無し

ひとりの人が適当にでっち上げた作品が、時代を経て、如何にもな物になっていく過程を見ているようだ。
現代でも、歴史の事実や見方は変化しているが、アカデミックな変化は知識として必要で受け入れるのに違和感はない。
だが、恣意的な歴史の娯楽化の中での安易な想像による作劇は、大河ドラマの(信用しちゃダメだったのか?笑って見逃して楽しむのが正しい大人の余裕ある見方なのか?最近そこすらグラグラしている。)影響力を考えると、これでいいのか?と思う。

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>伊豆に流された奴がなぜこんな地位を維持出来てるのか不思議です

頼朝は清和源氏直系義朝と正室由良御前との間に生まれました。由良御前の父親は草薙の剣が奉納されている熱田神宮の宮司です。さらに由良御前は後白河天皇同母の姉、上西門院の上級女官でした。
流人頼朝の従者安達盛長の妻、丹後局は、頼朝の乳母比企の尼の娘で、丹後局は二条天皇の下級女官でした。

このような繋がりから、清盛もあえて頼朝を殺さなかったのだと思います。流人頼朝には、熱田神宮から毎年、お米が送られてきました。当時、お米は貴重品で、さまざまな品物と交換することができました。もちろん貨幣に交換することもできたので、頼朝は生活に困ることはなかったでしょう。

清盛の活躍を利用して専横を助長したのは、清盛の義弟、平時忠です。時忠の妹は、後白河上皇の寵妃建春門院滋子です。

伊東祐親は父親である自分と平家を無視して、八重を手籠めにした頼朝が許せなかったのでしょう。北条宗時は同じ平氏の平時忠の横暴に腹をすえかね、高貴な血筋の頼朝と政子を結婚させ、頼朝を担ぎ、戦さの大義名分を得ようとしたのだと思います。

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名前無し

2話目見たら大泉洋の源頼朝はかなり適役なのかもしれないと思った。みんなのお神輿になるには、どこかスキがあり好かれる要素がないとダメだろう。同時に決断力と非情な部分も必要で腹の中を決してみせない。つまり、ぬらりひょん的人物というわけである。
だから大泉洋ははまり役だろうと思う。役者としてもかんろくがついて大物感なんかもかなり出てきているし。
なにしろ、大泉洋の悪い顔は実はかなり凄みがあり冷酷非情な感じがしてとても強力なのである。あまり悪人やらないからそんなイメージがないと思われているけど。
多分、その顔を見せた時に、義時と政子が驚き戦慄して、頼朝は自分達とはレベルがはるか上のとんでもない怪物だと認識するシーンがすごい見どころになるだろうと、2回目見ていてなんとなくそう思った。そして実は頼朝は清盛以上の大怪物で、パンドラの箱を開けた義時と政子はその尻拭いをするはめになっていくという物語になるのかもしれない。だとすれば、北条家の血生臭も中和され、見方も変わってくる。
なんかそう私は確信したのだが、はたしとどうなる事か。もしもそうなら、コレはかなり面白い大河になる事間違いなし!楽しみに見るぞ!
とにかく大泉洋の新しい頼朝は大いに期待します。

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名前無し

>コアな時代劇ファン
じゃないんで。枠には枠の品格というものがあってね、ところが最近のTVマンは三流脚本家の三谷幸喜という人を文化人扱いしててさ、故に大河ドラマに抜てきしても風格としても芸術的にも同等と考えてるんだな。そもそも面白ければなんて事も考えてない。
三谷幸喜を引っ張り出して意外性という注目されることだけを考えてる。つまり抜てきした自分の功績を認めさせたいというだけしか考えてない。
自画自賛がこれからいっぱい出てくるね。
で、今のところ予想通り。現代劇だね。あほか!

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べえべえ

義時が頼朝から学んだことの一つは、御家人との信頼関係だと思う。頼朝は味方になってくれる御家人たち一人一人にあなたは私にとって重要な人だ、という特別感を伝え、それぞれに存在感を持たせ、頼朝のために働こうというやる気を引き出していた。この特別感、自分しかできない役割があると思えることが重要なのだと思う。
このドラマでは、三谷さんはお笑い場面にしていたけど、頼朝は自分のために駆けつけて来てくれた人にそれぞれ個々に会ってそれを伝えていた。実際にはあんな同じ言葉をかけていたわけではなく、それぞれになぜあなたが大切で重要なのかを納得させていたのだろう。そのやり方を義時は学んだと思う。そして北条氏も頼朝に習って各地の御家人と信頼関係を築き、泰時もそれを継承したのだと思う。
13人を描くより、もっと北条氏側から、時房、泰時、弟たち、平盛綱などの活躍を中心に描いても面白かったのではとも思った。

前の投稿の誤字 懲りすぎた→凝りすぎた でした。失礼しました。

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