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ドラマ本編が低レベルで浅すぎて、ここに来る皆さんは、もうドラマ本編について語る気も失せ、本編と関係なく、勝手に西郷論を語る場と化しているようなw
いや、責めているのではありません。
私も皆さんと全く同じ気持ちだし、心の行き場を求めて、西郷について調べて語っていますし、皆さんの西郷論も興味深く読んでいます。
もう、「西郷どん」を見てるより面白いです。
ある意味、将来に渡って大河ドラマをより良くしたいと願う、大河ドラマへのエールです。
こんな熱い歴史ファン達を小馬鹿にしたような、実は幕末史など、ハードル高すぎて書く能力なかった恋愛小説家の書いたドラマを、垂れ流しているNHKに、喝!
歴史は好きなつもりですが諸兄程の見識はないですし、幕末は複雑だしどこか暗くて(重要人物の多くが畳の上で死ねないせいか)ちょっと苦手です。
今回の大河は飛ばし飛ばし見ています。本筋ではないけど音楽が明るすぎる気がします。西郷は誰もが知る通り非業の最期を遂げるのに、OPの音楽聴いてると輝かしい成功のみが待っているようで、、、。決して音楽が駄目という訳ではありません。駄作によくある、つまらないストーリーを大げさなBGMが盛り上げようとしているような無理やり感はないのだけど、でも何か違う気がしてなりません。
乏しい知識のみで書きますが、西郷は自身の武士の美学を貫き戦いの場に散っていったのだから、それが「革命」とは矛盾するのは当然だと思います。「革命」とは被支配者層が支配者層に取って代わることと私は解釈しているのですが、西郷は明らかに支配者層ですよね。たとえどんなに経済的に困窮しようとも。西郷が武士の身分と誇りをかなぐり捨て万民平等の世を目指したというのなら今回の大河のような描写も有りでしょうが、それはないですよね。
ちなみに物語の進行スピードも気になります。西南戦争までちゃんとやるのかなあ。西南戦争やる気ないのなら、あの明るい一方の音楽も納得出来ますが、、、。ドラマがどのようなラストになるかを見届けようと意気込めるかどうか、なんとも言えないところです。
久光の「ムリムリムリ」という現代の若者言葉を聞いて呆れた。
若い世代を取り込むために、無理にこんな言葉遣いをいれるなんて、言語道断。
歴史好きな若者は、風格や品位ある大河ドラマを望んでいる。
そこんとこ、脚本家は間違えてはいけない。
中園さんは、言葉遣いの悪いドクターXを書いてるけど、大河ドラマに持ち込まないでほしい。
歴史ドラマにおいて、歴史を語ることなかれ、不思議な考え方ですね。
別に人権家にしたいなら、ドラマとしてはそれはそれでいいんだよ
でもだったら、島の悲惨さ、西郷の怒りを描くべきでね
ちょっとストレスなリゾードライフなんか描くなよ
>奄美諸島の人たちが大変だったということは勉強になった
何度も同じことを言うが、ブラタモリの奄美編の方が勉強になったぞ。
たしかに。最初の頃はオープニング曲だけは素晴らしいなと思っていたんだけど、今となってはあのやたら明るいOP曲が、能天気で緊張感のないドラマの方向性を象徴してたと思う。
あのOP曲の時点で気付くべきだったな、と自分に対して思う(笑)。
>上から目線で語る人は気に入らない投稿があると何時何分の人へと名指ししたり、一部だけ引用してナナメ上の読み方をしてけちをつけて来るので、書き込みがしにくいです。
自分と違う意見の人を排除しないでください。
>注意書きにも、せっかく感想を書いた人を攻撃るなと書いてあります。
いちいち名指しや引用で文句をつける人は自分の方が頭が良いつもりなんでしょうが、そんなこと知ってるよとしか思いません。
何度も同じことばかり繰り返されるので横から失礼します。
攻撃してる投稿なんかありませんけど。
一つの論点についてそれはこういう見方もあるというのは感想欄が活性化して良いと思います。
「そんなこと知ってるよ」とはすごく博識な方なんですね。傲慢な感じを受けますが。
沖永良部島での革命の話のところは早送りでしたが、これと公武合体論者として西郷が慶喜に「民のための政治を」と提言するのが矛盾すると言う意見があり、一日たってもっとも至極と思いました。
慶喜は上からの「革命」として将軍就任後に「慶応の幕政改革」を行い近代国家の基本である常備軍と官僚制の整備に努めます。老中の合議から陸軍総裁職などを置き、フランス軍人教官による幕軍の洋式装備に尽力する等です。小栗忠順等はフランスの技術を導入し殖産興業により国民生活の向上を考えていた風です。
しかし、ドラマでの西郷が慶喜に説いたのは私見ですがこのようなものでなく、人権思想でも社会主義でもなく、封建道徳の延長の仁政に過ぎません。民百姓が貧困から解放され腹いっぱい飯が食えるようにするのは近代思想と言うより儒教道徳の仁君の理想なのです。
例を挙げると、戦前教育にあった仁徳天皇の「民のかまど」の話。民がかまどの火も炊けぬほどの貧困を案じた天皇は年貢や労役を大幅に軽減し民百姓のかまどの煙が立ち上るまでそれを続けたという日本書紀にある創作話(仁徳天皇は架空の人物)。似たものが元禄時代に儒教好きの徳川綱吉が大老の堀田正俊を起用し行った「天和の治」。不正を働く代官は厳正に処罰し領民と争いが絶えぬ大名は改易し、一方で親孝行で勤勉と評判の百姓を表彰し孝行を称える立札を立て貧しい百姓を救済した(「元禄繚乱」にもあった)。
革命とは市民革命のような下からであろうが、慶喜やドイツのビスマルクが行った上からであろうが近代化の一里塚のはず。ところがドラマの西郷の発想は封建道徳の儒教政治の仁君政治の域を出ていないのです。ドラマで描かれた西郷の公武合体論とはこの程度のものなのです。
だから、沖永良部島での西郷と、慶喜に面会する西郷が一致せず混乱するという感想が出てくるのではないかと私個人は思いました。
終わり。
ほんとくだらないドラマ。西郷とは名ばかりで、平凡なお人好しの筋肉バカが主人公。あまりに視聴者を馬鹿にしている。
まだ撮影が終わってない分は、原作を無視して脚本をガラッと変えてほしい。
それと鈴木亮平は本当に力演なんだけど、なんか大写しになると画面が暑苦しくて。ホント、すみません、こんなこと言って。
でも、一視聴者の素直な感想なんです。
こういう点にも配慮して主演俳優を決めて欲しかった。
多分、同様に感じている人も多いのではないかな。
八重の桜での、吉川晃司の西郷さんは大きくても暑苦しくはなく、さりげなく威厳があって素敵だったので。
うん。
吉川晃司の西郷さんは、新鮮だった。
そしてカッコよかった。
これはこれでアリだな、と思ったものだ。
「革命」は炎上するんじゃないかと思ってたが、ネット民は全然興味ないんだね。そんなもんか。
鹿児島県の人は島津久光の扱いに文句は無いのだろうか。
面白くて何度も観てしまいます。
鈴木さんも瑛太もいいです。
楽しくみてます。それにしてもあの芋がムカツク。一蔵もあのとき、芋を国父なんて持ち上げなきゃ良かったなって思ってるかも。
今シーズンの大河ドラマも朝ドラも俳優たちの「広告」みたい。面白くないCMみたい。民放ではまず無い一年・半年括り(縛り)で、とりあえず延々と露出するので広告会社がありがたがってるんだろうな。
久光がむかつく芋にされてる時点で、浅はかな脚本だと思いますけど、制作者がそういう意図だから、どうしようもないですわ。
私は鹿児島県民ではないけど、今年は薩摩の大河なのに、薩摩藩の魅力がまったく伝わってこないってのは、どうなってるんだ?と、思います。
一蔵もこのドラマの中ではまともに見えるかもしれないですが、個人的にはまったく魅力不足。
革命とか変な言葉を出して視聴者を混乱させるより、薩摩とはどういう藩で、江戸幕末とはどういう時代だったのか、きっちり描くのが先だろ?
と、何度も書いております。
めちゃめちゃ歴史好きじゃない方が多数の視聴者だから
歴史の細かいところが違ったり端折られてたりする分には
どうでもいいんだけど
肝心の西郷の魅力がどうにもわからないんだよね。
役者は頑張ってると思うの。
だけどそこまでのカリスマ性がない。
大声で鼓舞したりしてるだけで
西郷なる人がどうしてなくてはならない人なのか
なんかわからない間に皆から持ち上げられている感じ。
今日の戦闘シーンも「八重の桜」のときの
西郷さんの方がやがて敵になるのに
めちゃめちゃカッコ良く救世主にみえたよ。
ちょっと慶喜公も頭おかしすぎな感じでなんかな。
桂小五郎、ちょ、おまえ会津やったくせにー。
西郷の役者さん歴史上の人物って感じじゃなく、
なんかヤクザ映画の親分みたい。
今日の禁門の変はその抗争みたい。
それにしても、よそもんの抗争で焼かれた京都はほんまに気の毒やわ。
最後らへんの西郷が、ちょっと頭のおかしい人みたいだった。
なんだかもう、生理的に気持ち悪くさえなってきた。
まー、西郷だけじゃなくて慶喜も久光も変だし。
こんな奴らが国を動かしてたのかと思うと。
今でもそうか、日本を動かしてるのはいつも変なヤツか。
ちゃんと描いたらよかっただろうに。
鈴木亮平…豹変したな、、
島流しの期間は見ていないので…。配役敵側地味だね。
つれあいが大河とブラックペアンだけ この数ヶ月欠かさず視聴していたが 今日から止めたそうだ 先週主要な役の俳優達がてんでんバラバラに演技してるとか 演出の指事系統がショート!で脚本家がだめだそうだ 私は鈴木亮平好きなのですが 熱心に観てません。今日は玉鉄が出るのでちょっとだけ視聴。ここの長文レビューは向学のため読んでます 幕末は興味深く様々な考察のレビュー見るのが主でドラマ視聴はその後に付いてくる。
西郷がこのように実質上の佐幕側に立って禁門の変を戦う事は衆知の事。
にもかかわらず、島流しの経験によって革命意識を育んだなどとという磯田説は、この島帰還後の西郷の行動のどこにその萌芽が見られましょうや。
全く説得力に欠ける磯田説とその説を信奉するこのドラマ。
山田純大と浜田学が見れてよかった。
池田屋事件バッサリカット有名な階段落ち観たかったのに。禁門の変があれで終わり、島流し変に金掛け過ぎて予算が足りなくなったのか、それとも働き方改革の影響で割愛されたのか、なんとも締まらない今週の西郷どんでした。
薩軍が一番悪戦苦闘していたのが、狂って暴れる西郷どんの取り押さえだった。
長州の若い衆が、来島又兵衛のことを、愛情をこめて「来島のジジイ」と呼んでいたということ、ジジイが暴発すると若い衆が「ジジイを止めろ!」と必死になったということ、などを、このドラマの、薩摩の西郷を見て思い出した。
これは、正しい見方だろうか?
幕府下げ、薩摩下げ、西郷下げ、つまりは日本下げか…
なんか嫌だなあ
会津が悪者みたいな描かれ方だったね。
どこかを正義にするために誰かを悪者にしないとダメなんだろうか。
そのまんま史実を描けば、どこも悪者ではないだろうよ。
どこも必死だったし。
それぞれが、それぞれがなすべきと考えたことをやっていただけだし。
悪者がいて正義の味方がいるというお話は子供のものだ。
いや、今では子供の話でさえそうではないものもある。
なぜこんなに浅いのか。
なぜこんなに幼稚なのか。
国民から徴取した莫大な受信料を使って制作してこれか。
頼むからお金返して。
>「八重の桜」のときの西郷さんの方が、めちゃめちゃカッコ良く救世主に見えたよ。
私もあのシーンは良く覚えてる。
確か、長州に押されていた会津の陣営のもとに、救世主のように西郷が現れたんだったよね。
でも、今回の放送では、来島又兵衛のみを撃って長州陣営の刀を下ろさせて、無駄な戦闘をやめさせようと西郷が長州陣営に呼びかけていたところに、会津軍が飛び込んできて長州をメッタ撃ちにして...と、前後関係が「八重の桜」の時と違うよね。
この辺は、禁門の変に対する歴史解釈の違いなのか、単なる演出上の問題なのか。
あの時、八重のあんつぁま(山本覚馬)が目を負傷して、失明に至った。西島秀俊のあんつぁま、懐かしい。
そして今回は、松平容保役は柏原収史。
柏原収史さんが、NHKで少しずつ大役になっていくのも嬉しい。(マッサンの士官役→あさ来たの大久保利通→西郷どんの松平容保)
いや、でも、とにかく、なんかね、禁門の変の演出も「八重の桜」の方が印象的で緊迫感があったのを覚えてる。
小松帯刀、桂小五郎。今回はこの2人が良かった。
松田翔太の慶喜はイマイチ。松田翔太に大物感は無い。
篤姫の徳川家茂役は似合ってたが。
幕末大河ドラマは「飛ぶが如く」と「八重の桜」が秀逸。
「飛ぶが如く」の脚本は小山内美江子さんが担当。小山内さんが描く幕末は、西洋列強国から日本国を守るため、朝廷(岩倉、三条)幕府(慶喜、容保)薩摩藩(西郷、大久保、小松)長州藩(高杉、久坂、桂)らが、それぞれの立場で一生懸命に知恵をしぼり行動したという感想を持つことができた。特に参与会議、小御所会議の緊迫した場面は、小山内さんの度量ある脚本と、演じる俳優さんの洞察力が素晴らしかった。
「八重の桜」は、初回から戊辰戦争終結までの脚本を担当したのは山本むつみさん。山本さんが描く幕末は、会津藩の悲劇を押し出していたが、慶喜の苦悩を垣間見ることができ、西郷や桂の存在感も見事に描いていた。
小山内さん、山本さんは、日本国の転換期における貧乏公家、幕閣、藩主、武士たち、そして民衆の心理、状況を丁寧に書き込んでおられた。それゆえ歴史を学ぶような気持ちで、ドキドキしながら大河ドラマを観ることができた。
これらに対して「西郷どん」は軽すぎる。原作者は林真理子と知り、なるほどと思ったが、NHKは幕末の資料を脚本家の中園ミホさんに提供しているはずである。中園さんは資料を使いこなしていないのだろうか。
薩摩藩主島津斉彬に強さを見ることができるが、知性を感じることができない。国父久光があまりにも品がない。
御三卿の一橋家の当主である慶喜が品川の遊郭で遊ぶことなどありえない。お芳は新門辰五郎の娘であり、薩摩とまったく関係ない。慶喜は江戸の町人からケイキ様と呼ばれても、ヒー様と呼ばれたことはなかったと推察する。
奄美の砂糖が薩摩藩の財政を潤していたのは事実であり、斉彬の庭番であった西郷はそのことを知っていたはずである。それなのに奄美に流されてから奄美の人々の悲惨な状態を知るという設定に無理がある。
西郷の最初の妻、奄美の愛加那、芸者のおゆう、宿屋のおとらなど、女性が個性的で自己主張が強い。この時代の女性とは思えない。現代女性を観ているようである。
西郷の革命思想は奄美で芽生えたのか?それでは慶喜と桂の対面はありえない。いくらドラマといえどもあまりにも史実に反している。
昨日の「禁門の変」は、日本史において重大な事件。それをいとも簡単にやり過ごしてしまっては、ドラマの面白さが半減してしまう。どなたかが書いておられたが、「八重の桜」で吉川晃司さんが演じた西郷は、強さ、優しさ、冷静さを持っていた。それに対して鈴木亮平さんが演じる西郷は、何を考え、何をしようとしているのか分からない。鈴木亮平さんの演技力は、西田敏行さん、吉川晃司さんの足元にも及ばない。鈴木さんの演技が未熟なのか、演出家がわるいのか判断しかねるが、とにかく意志薄弱の西郷の姿にしか映らなかった。
脚本家でもなく、演出家でもなく、俳優でもない当方が、このような批判をするのはおこがましいが、いい加減な原作、脚本、演出により、一流の俳優である瑛太さん、玉山鉄二さん、黒木華さん、二階堂ふみさん、ひいては素晴らしい歌声の城南さん、山崎育三郎さんの価値を下げたくないと願うからである。
最後にNHK大河ドラマ制作の方々に提言したいことがある。落語家や漫才師を視聴率稼ぎのために起用しないでほしい。ドラマは演劇経験の豊富な人、つまりプロの俳優に役を演じてほしい。笑福亭鶴瓶さんは落語家、タレントであり俳優ではない。そのような人が明治維新のキィー・パーソンである岩倉具視を演じることに違和感を覚える。
随分厳しいことを書いてしまったが、大河ドラマがより良い作品になり、視聴者を楽しませ、学ばせてくれたら、と願うからである。
あの時点で西郷と桂に面識があるのなら、龍馬や中岡慎太郎なんかいらんやん。歴史知らないからこんな自由に書けるのか。もう「ファンタジー・パラレルワールド大河」だな。
禁門の変の前に、桂と西郷、桂と慶喜が会談していた?
珍説もほどほどに。どこまで脱線していくのか、このドラマ。
西郷に魅力が全然ない。
ドラマとしてつまらなかった。これまで長州藩って、ほとんど登場してこなかったから、話がよくわからないし、西郷さんが遊廓外交で、顔つなぎして大活躍みたいな話だけど、こういう展開、もう見飽きた。
坂本龍馬が武器の売買とかを通じて薩摩と長州をつないだ、みたいな話を子供と一緒に「ねこねこ日本史」で見たような気がするけど、見間違いだったのかな。
「池田屋事件」も、新撰組が一瞬の後ろ姿だけ。数秒後には終了。もうちょっと長州藩や新撰組のこと、描いてほしかったのに。ダイジェスト版みたいな省略映像にガッカリ。
でも今回、一番ビックリしたのは、半次郎が朝ドラの「わろてんか」の漫才師キースだったこと。半次郎の子供時代は、サツマイモの手土産とか、可愛かったのに、大きくなると、キースになってしまって、なんか思っていたのと全然違う。若旦那のコスプレみたいな雰囲気で、うーん。
キースを見て、長州力さんを見て、西郷さんが「けんかをやめて!」みたいなことを言い出したのを見ていると、ドラマ全体が「わろてんか」の寄席の出し物というか、「北村笑店」製作の劇中劇みたいに見えてきてしまった。
時期的に、もういい加減に桂小五郎ぐらい出しとかないと格好がつかない。
だから出してきた。
という感じだった。
恋愛や家族の話に尺を取り過ぎて、歴史の部分はまともに描いていられないからね。
だが、その、家族の話だが。
貧しさにあえぐ実家で、なぜか偉そうにふんぞり返っている吉之助が意味不明。
長男の自分が国事に奔走したり、島流しにあってばかりで、家族に対してロクなことをしてやれないという申し訳なさが感じ取れない。
傍迷惑な長男に代わって西郷の家を守っていたのは次男だった。
実在の西郷隆盛は次男である弟に対して、「お前を兄だと思いたい」と詫びたというじゃないか?
このドラマの吉之助の実家での偉そうな態度では、その辺りの機微がよくわからない。
つうか、小栗の龍馬、玉鉄の桂は、単なる客寄せパンダ。
派手な花飾りみたいなものなんだろう。
鶴瓶の岩倉もそうだな。
華は無いけど、珍獣ではあるだろう。
革命、という旗を突然大袈裟に振っといて、その後の流れは、その事とまったく関係のない流れ。
その事はしばらく置いといて、ということなんでしょう。
この話としてのブツ切れ感。
まったくその事と脈路がないその後の流れ。
こうした流れがおかしい、と思わない脚本と制作陣のレベル。
わざわざ批判されるために放送しているのか、我々国民から視聴料金を徴収しているNHKめ。
史実捏造部分が多すぎる。
維新後、会津を悲劇に追い込んだのは、西郷。
禁門の変で会津を悪者みたいに描いて、会津の悲劇を正当化しようというのか?
意図が見え見えだ。会津民が気の毒。
主演は玉山鉄二の方が良かったと思う。
鈴木亮平の西郷は、苦悩が感じられない。
ここを見ると随分不評ですね。
島編に予算と力をつぎ込んだみたいですが、その後がダメダメになってしまっては意味がないと思います。
大河ドラマなのに家族話と恋愛話だけがよかったなんて情けないことになりませんように。
恋愛話も、せっかく良かった愛加那を何度もしつこく出して興醒めにさせてしまう愚をおかした。
そういうところだけは史実を捻じ曲げていいから、一度別れてしまった後は二度と会えなかったというような悲劇性を作って綺麗さっぱりさせた方が、余韻があってよかったと思う。
描いた方がいいところと、切り捨てた方がいいところの選択を誤っているような気がしてならない。
2018-07-23 12:25:42 名前無し さん
これが『わろてんか』の笑えないコント劇ならばどんなに良かったか。
貴女のセンスに星を捧げたいです。
個人の好みもあるが幕末ものの大河作品で双璧は私の場合は「勝海舟」「獅子の時代」。
「勝海舟」は司馬遼太郎をして「この人にはかなわない」と言わしめた子母澤寛の原作に倉本聰から中沢正二にバトンタッチの脚本。「獅子の時代」は山田太一脚本だが、ツイッターで町田明広先生以上に過激に「西郷どん」批判を史実との違いから攻撃している中村武生先生が歴代大河で三本の指に入るとしている作品。
でも、史実史実と中村先生はうるさいけど「獅子の時代」も結構創作改変部分があったよ。その点についてこう書いておられる。
「過去の作品にも非事実はありましたが、もっと事実に対して真摯に感じられました」。
私は創作の自由を広く認める立場だが、悪役か善玉かの人物のキャラ設定なら許容できても、遊郭の描写のように歴史の根本部分を根こそぎひっくり返すようなものは勘弁して欲しい。今回もふきが出てきた途端にドン引き。あと慶喜や久光等の読書人階級の上級武士までが織田豊臣の頃の加藤清正や福島正則のように一騎駆けの葉武者じゃあるまいし勇み肌のあんちゃんか筋肉バカのように描くのも勘弁。あ、岩倉具視もだな。悪役設定なら分かるが有閑階級を無知無教養の粗暴なあるいは不潔そうな人物に描くのは幕末の日本人像として違うだろう。今回も下級武士ではあるが無学な駆け回り浪士(司馬遼太郎「幕末」の「猿が辻の決闘」より)でもない歴とした薩摩藩士3名がいきなり中村半次郎に木刀で襲い掛かるのは何なの?
結局、ドラマとして面白くないから「史実があ」と言われるのだ。創作改変があっても「史実があ」と言われない作品もある。もっとも、司馬作品をそのまま史実と受け取る人も某所にいたけどね。
何が何でも西郷を持ち上げる脚本にしたいがために、他の人物や薩摩以外の地域は自動的に悪者や間抜けにさせられざるを得ないという…。これ、長州や会津、幕府関係者はキレてもいいレベルじゃない?
脚本家も、某司会者との昼下がりの情事にうつつを抜かしていないで、手抜きをしないでいただきたいものですな。
これだけ混乱し困難を極める情勢で例え慶喜がヤケになっても一人 余裕の笑みを浮かべる吉之助。
「主役だから悪もんにはならんのでごわす」と中園ミホと約束
した心の声が聞こえた。
8.18政変で長州を朝廷及び京の街から追い落としたのは、会津と薩摩の企て。
それがお忍びで桂が西郷と会い、我らは同志。オイは桂さんを信じる。
なんだコレ(笑)
脚本家は、長州を京から追いやったのは薩摩だという8.18政変の内実を知らないのでは。
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