



3.48
| 5 | 42件 | ||
| 4 | 73件 | ||
| 3 | 27件 | ||
| 2 | 30件 | ||
| 1 | 18件 | ||
| 合計 | 190件 |
幸せだった日常が、突如として崩れ去る・・・。
さらに、その事故が暴いたのは、愛する⼈の“第3⾦曜⽇の秘密”だった。
⼆組の夫婦の、喪失から始まる“愛”と“秘密”の物語。
充はまさに生きててすみません風ですね。
モテる設定ぽくもあるし。
でも1人でいたい訳じゃないところが一番分からないです。
寂しいとも言わずに。
さっちゃんへのあれは大好き含めた全告白をしているようなもんだけど、届きようもないなあ。
咲子も樹生も親には悩まされて来た。まだいいけどこれから先に年老いて介護が始まったら本当に大変そう。親子の縁というものも実に厄介。
今は外注するのも普通の家庭ではかなり経済的に負担がかかるから。「幸せは食べて寝て待て」の藤巻さんも母と向き合うときは声の出し方から違ってたし、部屋貸してた高校生の女の子も母と上手くいってなかった。
こういう描写はジワジワと増えてきているなと感じる。
ねぇねぇ聞いて~。ねぇねぇ聞かせて~。相手に心を開かせて、悪意のない悪魔の囁き、施設にいた頃のあずさはある意味末恐ろしい女の子だったのでは?だから「あのあずさちゃんがね」なのかと。知らんけど笑
咲子に充の全てが見えてなかったように、樹生には見えてなかった部分があずさにもあったわけで。
とにかくあっという間に充に心を開かせた。人生に関係ない私に嫌われてダメージありますか?どうして苦しそうな顔を?そう思うのは悪いことじゃないですよ。
責めたり否定したりせずに、聞いて受け止めるだけでいい。いつも上手くいくわけじゃない。でも簡単だった、充は。あのコインランドリーでの出会いはそういうことなのかなと。知らんけど笑
それがあの時は充を救うことになったわけで。
私がいないとこの人また失踪しちゃうかも。私を必要としてる人がいる。親にポイっと捨てられたこの私を。
あずさには(無自覚としても)必要とされたい承認欲求があったのでは?妻として母として女としてじゃなくてのね。それを満たしてくれる相手が充だったのでは?
充があずさを必要としたように、あずさもまた充を必要としたのかも。共依存、これも生方さん得意でしょ笑
充は咲子に言えない秘密が1つ増えたわけで。失踪してしまうことより、失踪癖を隠してることより、あずさに救われてるってことが一番咲子を傷つけることなのに、咲子の気持ちは全然考えてないんだよね2人とも。
あずさは自分が充を救いたかった。じゃあまた第3金曜日に~。ガス抜きで半年に1回くらいは一日失踪しましょうよ~。夜までに帰ればいいんですから。悪魔の囁き以外の何物でもない笑
「色々ちょっとずつ間違ってた」のは充だけじゃなくて、元々間違ってた充の背中をそれでいいのだと押したあずさにも言えること。私がいるから大丈夫だと。私が、あなたを救うのだと。奥さんに言いたくないことは言わなくていいのだからと。
拗らせ不倫ですな。たまったもんじゃないよね、咲子は笑
ちょっと話変えよ笑
ママの字だと気づいて手帳を読んでとせがんだ翔くん。母の死の真相と父の涙の訳を知る時がいずれ来るのかな…。あなたを愛した母の姿に偽りはないよと言ってあげたい。
相手を愛するのも憎むのも実はこちらの一方的な思いが先行してしまって相手の本当の姿や思いは置き去りにされることは実は多いのではないか。
だから何事もなく日々が過ぎて行けば、露呈しないことも、激震のような出来事に揺さぶられ、思わぬ事実が顔を出す。
その一言が相手の心をえぐり、初めての感情が芽生えてしまうこともある。
愛しているからこそ、その感情は相手に知らせたくない人とわかってもらいたい人に分かれるのか。
充と咲子はだから今対立している。
充とあずさの関係は不倫だという意見もあるけど、学生時代に知っている異性の友人に久しぶりに会って、お互い配偶者に言えない悩みを、定期的に話す行為は不倫なのか。
まあどうでもいいけど。
このドラマのように、民放のテレビドラマではおかしな行動をする人や犯罪を犯す人が児童養護施設出身者だという設定がよく見受けられ、非常に不快に思います。例え脚本家が意図していないとしても結果的には「児童養護施設出身者に犯罪者やおかしな人が多い」と言う印象をテレビを通して社会に広めていることになるからです。安易な考えで児童養護施設をストーリー展開に利用してはいけないと思います。
この「Tシャツが乾くまで」の脚本家は今回は「児童養護施設出身」と「失踪癖」と「親のネグレクト」と「過干渉の母親」などの口に出しては言いにくいマイナス要素や精神的ハンディキャップを利用した特殊設定を連発していますが、前作でも「不治の病のシングルマザー」、その前の作品では「聴覚障害の青年」というように常にハンディキャップを強調した設定でドラマを成立させていて、正直言って「またかよ」と思ってしまいます。
今回は無理としても一度ぐらいは往年の脚本家のように、人の欠点や生まれながらのハンディキャップを設定に使わなくても魅力あるストーリーが展開されるドラマを書いて頂きたいと思います。
今、上のドラマ愛好者さんの投稿にいいねを押させて頂きました。
児童養護施設出身やハンディキャップの設定を安易に使うのは私も反対だからです。
ただ、このドラマのあずさの台詞に「児童養護施設と言っても、変な親に育てられるよりずっと幸せだった(良かった、だったかも?)」というのがあって、その台詞には拍手したくなりました。児童養護施設をハンディキャップ扱いするのはそこで育てられてる人達や真摯に働いてる方々に失礼ですから。
とはいえ、その台詞を言ってるあずさには挙動不審感があり、その台詞は、常識的な言動をする登場人物に言わせてほしかったですが。
上2つの投稿は児童養護施設の入所者や出身者の実態を把握した上でお書きになっているのでしょうか?そうでなければ非常に無責任で差別的なコメントに感じます。
このドラマがドラマの可能性を再認識させてくれ
るものとなっていると感じている。
周りの多くの人が見ているが、それぞれに自分の立場で咲子、充、梓、樹生の思いに心寄せ、今まで気づくことなかった自分の心の奥底にある意外に気持ちに気づいたり、身近な人を今までと違った目で見たりすることの豊かさを楽しんでいることと思う。
ああ、この人には100%共感できるし好きだなぁって登場人物が1人もいないのに毎週楽しみに見てます。
人間なんて、アレこの人ちょっと変わってるとこあるな、と言うのが珍しくないけど、それにしてもビックリする人物や展開が多すぎて、それでも見ずにはいられない。
これはこのドラマの脚本家や演出家にしてやられてるってことなんですかね。
強いて言えば100%文句なく可愛くて癒やされるのは翔君だけ。
あのキラキラした瞳のトリコになってます(笑)
2026-08-27 08:32:56
2026-08-27 08:32:56ですが、一体何を言いたくてドラマとは関係ないこと、投稿した人に関することで、個人絡みをしているのでしょうか。
そういう投稿がサイトを荒らし続けているので、違反報告してもよいくらいですが。
(もしかして、個人絡みや誹謗中傷の常習者ですか?
最後の部分、前に、逆差別云々と絡んでいた投稿者を思い出しました。違う人であれば申し訳ありませんが。)
因みに、私は実際に児童養護施設に入所していた人を何人か知っています。
仕事の関係で知ったので、入所の経緯なども把握しています。
親が適切な養育を行えない家庭はいくらでもあり、子供にとって、児童養護施設の方が適切な養育環境であるケースは多々あります。
施設というものは、児童養護施設に限らずピンキリで、中には好ましくない接し方をする職員がいたり、望ましくない運営をしているところもあるでしょうが、それは、一般家庭でも同じことです。
好ましくない接し方をする両親、望ましくない家庭環境、いくらでもあり、そうしたケースが珍しいものではないこともよく知っています。
施設は集団生活なので、社会性を学ぶことにもなり、お友達も作れます。
児童養護施設にいること、児童養護施設出身ということで、一番問題になってくるのは、世間や社会の偏見だと私は思っています。
児童養護施設、児童養護施設出身者を、取り立てて特別視しないこと。それが一番大切なことではないかと思います。
ですから自分はあずさを擁護するつもりで書きました。このドラマが児童養護施設をハンディキャップ扱いしてるとも思えず、あずさが挙動不審だとも感じません。様々な環境で育った人たちが生きているということ、もっとフラットに見て行きたくて、あえて差別という言葉を使いました。
2026-08-27 13:57:21ですが、
2026-08-27 13:57:21=2026-08-27 04:25:24で、名乗り間違えています。(コピペ貼り付けのミスです)
2026-08-27 19:04:17さんは、2026-08-27 08:32:56さんですか?
2026-08-27 13:57:21は、2026-08-27 08:32:56さんに宛てて書いたものです。
2026-08-27 19:04:17さんが、2026-08-27 08:32:56さんだという前提で書きますが、2026-08-27 08:32:56は、あずさ擁護にはなっていません。少なくとも、私はあずさ擁護とは思いませんでしたが。
私は、コインランドリーで充に会ったときのあずさを挙動不審と思いました。
目線が定まらない感じがあり、途切れることなく次々に繰り出す充への言葉は、充の返事や反応を無視して捲し立ててるようにも感じました。
自分が聞きたいことだけ聞いて、充に考える間を与えない話し方。
あれは会話なんてものじゃなかった。
会話は双方向で行うものですが、コインランドリーでのあずさは、一方的過ぎ。初対面の人に強引過ぎて、私は完全に引きました。
充の家の前で、次はいつにする?と聞いたあずさに、充はちょっと驚いていましたし、あずさペースにのせられた感がありました。
バス停に現れたあずさも凄く怖かったです。
ただ、私があずさのことを、ちょっと?いやかなり?変と思ったことと、あずさが児童養護施設出身ということは、何の関連性もありません。
児童養護施設で育ったのは、生まれて直ぐ?に親に捨てられたからだとあずさは話していましたが、親があずさを捨てたのは親の問題。
あずさには何の責任もないことで、養育する人がいないから児童養護施設で育てられることになった。というだけのことです。
私は、取り立てて特別視しないことが大切だと書きました。
特別視しない、ということは、あずさの言動を成育環境のせいにはしない、ということでもあります。
児童養護施設での生活で何かあった為にその言動をとっているのなら、施設での養育か生活環境に問題があったことになりますが、今はまだ、施設であずさがどんな風に育ったかは描かれてないので、成育環境に問題があったのかどうか、何も考えることは出来ません。
今はまだ、あずさが充を巻き込んだ。充はあずさに巻き込まれた。と、個人的には感じます。
ただ、充も子供ではない訳で、あずさに巻き込まれたのは、充自身の責任だとも思います。
どちらが悪いとか、そういうことではなく、責任を問うなら、両者其々の自己責任の範疇だと私は思います。
私は充を理解することが出来ますが、だからといって、共感はしません。擁護する気もありません。
あずさの方は、あずさのことがまだ描かれてないのもあり、言動への理解が出来ないし、共感も無理。
で、児童養護施設で育ったことと、あずさの言動が関係あるような気が、今のところ私はあまりしないので、特別視しない、ということで考えると、別にあずさを擁護する必要はない、とも思います。
で、登場人物の設定に、安易に児童養護施設出身を使うのは、私は反対です。
2026-08-27 04:25:24の投稿をしたのは、安易な児童養護施設設定やハンディキャップ設定を使うことに日頃から疑問があったこともありますが、
いいねを押したあとで、そのいいねを押した前投稿の投稿時間が、あまりにもいいねを押した時間と近いことに気付いた為、ご自分でいいねを押したのではという疑惑を、他の人に持ってもらいたくなかった為です。
つまり、前投稿へのいいねは、投稿者自身の自作自演ではないよ?「私」という他の利用者が押したものだからね? と分かってもらう為の、敢えての投稿でした。
どうも、このサイトは自作自演に思える不審ないいねが多いように感じます。
私の主観でしかありませんが、いいねが押される投稿、それも割と直ぐに?その日のうちに押される投稿が、いつも同じ投稿者のものに思えてならないのです。
割と直ぐ、或いは、その日のうちにいいねが押される投稿に書いてある感想の傾向が、いつも同じ、若しくは、同じような偏りがある内容で、他に良い投稿があるのに、何故これが?と思うようなものが多く、そうしたいいねが押される投稿の投稿時間は、いつも決まってこの辺りの時間帯に投稿されるもの、同じ人の投稿に集中してる感じがある、ということもあり。
そんなこともあって、投稿時間の割と直ぐにいいねを押してしまった私は、しまった!この投稿者さんのいいねは自作自演と他の人に誤解されてしまう可能性がある、と思い、わざわざ、いいねを押しました~からの内容を投稿した次第です。
普段から、自作自演のようないいねをこのサイトで目にしていなければ、わざわざしなかった投稿でした。
でも、その為に、2026-08-27 08:32:56のような個人絡みの投稿をされてしまい、かえって前投稿者の方に迷惑をかけることにりました。
このサイト、本当にめんどくさい本スレだと思います。
では。私はこれで。
以降、ドラマの感想を続けて下さい。個人絡みは無用です。
毒親育ちは隠せるし、毒親育ちに気づいていない人もいるかもしれない。
でも養護施設で育ったことは黙っていられるものなのか?
いちいち告白した上で付き合わなければならないのはとても気の毒だ。どの親子にとってもある日突然子を残して親が亡くなってしまうことは他人事ではない。この国の過去の戦争や大災害で親を亡くした子供たちはその度に沢山いたはずなのに、我々はあまり気にせずに来てしまったのではないかと思う。
病気や事故もある。かつては親類が引き取ったらしいが、最近は親類も少なく余力のない家庭が多いのかあまり聞かなくなった。
もっとも実態を知らないだけかもしれないが。
親が育てられなくなったらどうするか?
それはどこの親子にも関係ない話ではないのに、
しっかり語られてないことのように思う。
これだけ少子化が問題になっているのに何故だろう。
どんな家庭に生まれても幸福になる権利を持ってるいるのかこの国の子ども達はなんだか不安になってきた。
養護施設の話はもっと日本人皆に関わる話として明るく語られるようにならないものかとドキュメンタリーやドラマ見ていつも思う。
上の投稿を読んで気になり検索しました。今、児童養護施設の入所理由の半数近くが保護者の虐待だそうです。子どもが健やかに育つ社会ではなくなりつつあるのだろうかと不安になりました。3世代家族や親戚や地域のコミュニティの中で育った昭和の子育てとは大きく変わっているのでしょう。
ドラマは、それぞれが何を考えて生きて行くのか気になります。咲子と充が別れるのか元さやに戻るのか分かりませんが、それまでの気持ちがしっかり描
かれることを期待します。
あずさの人物像と設定について
樹生の母親は「あずさちゃんは施設育ちだから」と樹生にゴチャゴチャ言ってました。施設育ちの嫁への偏見でした。歓迎されざる嫁だったようです。
「施設育ち」への偏見が障壁となり、良好な嫁姑関係を築くハンデになったと描きました。そうじゃなくても嫁姑は色々あるでしょうが… 。
あずさは充に「施設育ちだから理想の妻とか母とかよくわからない」という旨のことを言ってました。あずさ自身も「私は施設育ちだから」という思いを抱えて生きてきたことがわかります。
生方さんはあずさの人物像の背景となる設定を「施設育ち」にしました。
両親に愛されて育ったあずさが真逆の充を放っておけなかった。これでも一応成立するのが2人の関係ですが、それでは書きたいことが書けないということでしょう生方さんは。ハンディキャップや生きづらさは物書きとしての彼女が好んで使う設定。
充は両親を起因とする生きづらさや失踪癖。あずさは施設育ちを起因としてどういう人物に描きたいのでしょう。
充の幼少期を描いたように今後あずさのも描くのでは?と思っていますが。じゃないと施設育ちの設定が中途半端になってしまいます。
とはいえ、あずさをとんでも度マシマシで描き「施設育ちだから」とするなら、生方さん自身が偏見を肯定することにもなりかねません。
安易に児童養護施設を取り入れた、要らない設定だったとなることなくあずさを描き切ることができるのか、生方さんの手腕が問われるところでしょう。児童養護施設育ちという設定の是非はあずさの描き方次第。見届けたいと思います。
今日の放送は家を出ていった咲子がメインかな?一週間が長く感じます。
容疑者四人?
この物語で犯罪者と呼べるのは瀬尾充だけだと思うが。
見知らぬ他人から近所の洗濯仲間のお喋り友達になった男女。片方はアダルトチルドレンで勝手に親への苦手意識を大人になっても後生大事に持ち続け、そのトラウマを言い訳に人をシャットアウト削除しながら生き続けた、それが充の失踪癖だ。咲子と出会い帰る場所があることも居心地が良いものだと学んだが、それも、家族になろうとするプレッシャーや二人が三人にならなければという思い込みや、家を買うという責任に押しつぶされそうになり、再び発症。そこへあずさとの出会いがあった。充の言葉を聞いていれば分かるが「園田さんとの第三金曜日があったから踏みとどまれた」
あずさは、あの日も充を止めようとしたのに違いない。病人と看護師みたいな関係それがあずさと充の関係だ。
「逃げ出したら、さっちゃん瀬尾さんのこと嫌いになりますよ…」あずさは言ったが、充は衝動的にバスを降りた。だから、鞄もスマホもバスに置いたままだった…ここまでなら犯罪者は誰もいない。が、しかし事故は起き、あずさは亡くなり家族の元に帰れなかった。そのいきさつを知っていて生き残ったのは充だけだった。地元の警察関係者捜索隊が懸命に行方不明の充を探し、園田家族も、充の妻も心配する中それを知っていながら1年逃亡。逃げ込んでいたのは嫌いな人達が住む実家…変だしそれだけではなくこれは犯罪です。
そして、毒母と勝手に決めつけていた母が父を看取る姿を見て、さっちゃんを思い出し帰る?えっ、ひとりになったお母さん捨てて失踪?充を匿って嫁に嘘までつかせたお母さん捨てて失踪?
アダルトチルドレン充はそんなことも気づかない、気づかず自分の傷には敏感で、樹生をに突っかかる。そりゃあ、咲子も家出する。
充は少し気づいた方がいい。
母と父の姿に夫婦や家族を見たように。
咲子の家出や、充を殴りもしないし告訴もしない園田樹生の姿を見て、愛を知ればいい。
これは、アダルトチルドレンの荒療治的な成長物語なのか?
Tシャツが乾くのは…
今夜
2026-08-28 11:13:23のRireさん
予告の内容を詳細に書くのは、ネタバレ禁止サイトとしては、さすがに行き過ぎたフライングに思えますが。台詞まで要らないです。
予告全部は7話放送時に流れませんでした。
制作側の配慮だと思います。
公式を見れば分かりますが、そこまで調べない、敢えて見ない人もいると思います。
予告内容を詳細に書いての考察は、このサイト以外のところでやって頂きたいと思います。
このサイトのネタバレ禁止ルールは最優先で守らなければならないルールだと思いますので。
Rireさんの投稿、結構ドキッとしました。一体何を書いてるの!?と思いました。
ネタバレ禁止サイトだからこそ使っている人もいる人もいるはずです。(少なくとも、私はそうです)
あずさについて。
そういえば、樹生を訪ねてきたあずさの昔を知る人が出てきていました。あずさが育った施設の職員の人のような感じ。
リリーフランキーの店長と旧知の間柄のようでもありました。
リリー店長も、古本屋を開く前は施設の職員だった?
児童養護施設に対する世間の偏見は、終戦直後、親が亡くなった子供達が街中に溢れ、その子供達が生きていく為には盗みや売春等の法を犯すしか方法がなく、治安が悪くなった為、強制的に政府がその子供達を収容する施設を作ったことと、親というものが明治まで続いた家長制度で絶対的存在として重きを置かれ尊ばれていたこと、それに加えて、戦前までの明治憲法の基礎にあった日本のイエ制度の流れで、家族というものの重要性を、人にとって一番大事なことのように唱え続けてきたことが、大きく影響していると思います。
親の無い子は躾がされていないという昔の概念(感覚)と、終戦直後の、ただの収容施設でしかなかった劣悪な施設の状況。
施設職員の教育もされておらず、ただの生活の糧として働いていた職員達による暴力や適切ではない接し方。性暴力が当たり前にあったと振り返る人達の証言が、今は表に出てきていますが。
そうしたことが、樹生の母のような「施設育ち」に対する偏見に繋がってきたのが今の日本。
このドラマには、あずさがいた施設の職員だったような女性とリリー店長が出てきています。
話のついでで良いので、今の児童養護施設は、そういう場所では無くなって(きて)いる、
あずさが口にしたように、酷い親に育てられるより施設で育つ方が良かった場所、(あずさが生まれて直ぐに捨てられたのは、親からの虐待を受けずに済んで寧ろ幸運だったかもしれないということ)、
出来れば、施設育ちだからきちんと育てられたのね、ぐらいに視聴者が思えるぐらいの描写や台詞があれば良いのに、と思います。
充は、親元で育った為に、失踪癖を持つようなアダルトチルドレンになり、あずさは、初めから親がいなかったから、アダルトチルドレンにはならなくて済んだ、結婚して子供を持つことも出来た、という捉え方も出来ると思います。
どなたかが書かれてましたが、過干渉の親とネグレクトの親とでは、子供に与える影響も、親イメージも、子供がどう育つかも、全く異なります。
咲子は過干渉の親に育てられ、充はネグレクトに近い形で育てられた。
充の母親、中々でした。でも、実際にも充のような母親はいます。
充もあずさも、家庭環境には恵まれませんでしたが、その恵まれなさも全く異なる恵まれなさ。
どなたかが、樹生が一番まともに思えると書いてましたが、それは樹生の親が、偏見等の問題はあるにせよ、とりあえず虐待までには至らない極端ではない育て方をしていたことと無関係ではないように思います。(と、そういうことを描く為に、樹生の妹を出してきたのかも)
とはいえ、そんな樹生でも、いきなり咲子の家で一緒に暮らすのはどうですか、等と、相当無神経なことを言ったりする人物。
4者4様、どこまで掘り下げてくれるのか、私はそこに興味を持って見ています。
このドラマをどう評価するかは、それからかな。
今はまだ、時期尚早。
あずさが苦手です。初めて充と会ったコインランドリーで、「仕事の物を家で洗うと奥さん怒るんですか?」って…他人の妻を落とすような物言いとしっかり結婚指輪をチェックしてる女。デリカシー無さ過ぎて怖いです。無意識に他人の人生に土足で踏み込むような人なんでしょうね。
自分は1年間も失踪して、いろんな人に心配や迷惑かけまくってたのに、咲子が失踪すると、さっちゃん~、さっちゃん~と探し回って、見つからないと、関係者全員を店に集めて、咲子の知らない面を話し合う会議を開催ってW。なに考えてんだか、わけわからんというか怖い。やってることめちゃくちゃなのに当たり前のように平然としてる感じがほとんどサイコパス。
咲子の知らなかった面を知るとかの前に自分の突然発症する「失踪癖」とその自分勝手な性格直さないと社会生活も結婚生活もできないぞ。
そうしないと、いずれ咲子が帰ってきたっとしてもまたある日突然「失踪癖」が出てどっかいっちゃうんでしょ
ラストのイノッチ登場に笑っちゃいました。
勝手にしろよバーカと言いたい、このドラマ
充が咲子を好きなら咲子の幸せを考えて行くんでしょうね。何が咲子にとって一番良いのかってことを。
咲子の行方を探すために関係者を集めて咲子について語り合うとか興醒めもいいところだ。
今回は生方ドラマの悪いところが顕著に出てた気がする。
あれはイノッチだったんですね。
特捜9とは随分印象が違ってて、分からなかった。
今回感じたのは、充ってあまり深く物事を考えられる人じゃないんだなと。
で、それはあずさも同じで、樹生はそれをちゃんと分かってたんだなと。
充役についての松山ケンイチさんへのインタビュー記事がありました。
宜しければどうぞ。
https://mdpr.jp/drama/detail/4835565
やっぱりそう来たか、という感じです
誰かサプライズで登場させないと尺が余りそうだからね
この回は単なる引き延ばし回でしたね
つまらない
↑同感。繋ぎでしかなかった。途中でこれまで登場していなかった人物をぶち込むのはルール違反。ましてやもっと上手い役者ならともかく、イノッチなんてドラマをぶち壊すだけ。
白けたというか興ざめ
早送りしてみた
もうどんな結末でも気にならない
それにしても
霊柩車が通って親指を立てる咲子をファンキーって、
するほうも感じる方もなんか嫌というかいい感じしなかった
生方ドラマの悪いところ、に共感(笑)
人が集まって何の意味もないような話し合いをグダグダ始める場面とか。昨日の回は充のせいで急に白けてウンザリした。
回想シーンで本当のことがわかっても、はあー、何だそれ?って感じ。
普通に考えて、自分の夫があずさみたいな女と一緒にいたらショックだ。
今度は咲子が失踪 ... は面白い展開だと思いました。
これで、咲子と充の結婚生活はやり直せそうです。
引き伸ばしかどうか分からないけど、8話の充を見ていて、充は随分子供なんだなと感じました。
公式HPを見ても年齢設定が書いてなかったので、正しいのかどうか分からないんですが、ドラマのwikiにある年齢設定によると、充は40歳。
8話での充、40歳の男性にはとても見えない。
まぁ、帰ってきてからの充は、表情が割といつも心もとない感じがあって、松山ケンイチさん、失踪前とは充の表情や演じ方を変えてる?ような気がするので、それで、松山ケンイチさんのインタビュー記事を載せてみたのですが。
因みに、wikiにある年齢設定では、咲子も40歳、樹生37歳、あずさ34歳、直人28歳、翔が5歳、でした。
充も咲子も40歳。
ドラマで描こうとしてることの為か、面白いシーンを作ろうとしてる都合上ということを差し引いても、充が、咲子を知ってる人達を一堂に集めて、咲子に関する情報を集め、咲子の行方を推理?しようとしてる展開、40歳の男性の行動とは、とても思えない。
で、バスの中でのあずさが口にした「心の不倫」あたりの言葉を聞いてると、三島由紀夫の「愛の渇き」を読んでいたあずさを思い出して、あずさ、単に充を面白がって付いてきたようにも感じたりして、どんだけ無責任やねん!と思ってしまった。
あずさが充にやってること、高校生並み。
咲子が家を出ていく気持ちと、海辺での楽しそうな表情は、解放感に浸ってるんだろうと何となく分かりますが、咲子が充と結婚したときの、自分と似たようなものを感じたからのような理由も、まぁ、充に恋したから結婚したんでしょうが、恋って盲目…
とはいえ、盲目的な勢いがないと、結婚って出来ないもののような気がするので、咲子の行動に疑問までは感じないですけど。
樹生が一番大人に見えました。
やっぱり、子供の存在は大きいなと。
子供を育てることで、自分も子供に育てられますから。
松山ケンイチさんのインタビューにもありましたが、このドラマに出てくる4人、みんな子供。
大人のようにして生きてるけど、みんなまだ子供。お子ちゃま。
結婚はスタートで、結婚してからのほうが大事とはよく言われることですが、このドラマにサブタイトルを付けるとしたら、
Tシャツが渇くまで~私達は大人になれますか?
みたいな話に思えてしまう。
まぁ、大人って何? とも思いますけど、登場人物達の考えの浅さ。
人の捉え方の表面的さ。直ぐに周りを巻き込む無責任さ。
私は8話でそればかりが気になり、物事を熟慮出来ない人達の物語だと感じました。
とは言うものの、人格者達の話をドラマにしても面白くはない訳で、みんなまだ子供だから、ドラマとして成立するんでしょうが。
でも、このドラマのような30代40代ばかりではないよ?とも、自分は思うんですよね。
あ、そう言えば、あずさ34歳、充40歳、の設定で感じたことですが、あずさの充への接し方は、歳上の男性への興味だったのでは?
そういうところがあったから「心の不倫」という言葉が出てきたのかも。
或いは、あずさにとって充は、一線を越えないで済む恋愛ゲームみたいなものだったかもしれないと思いました。
樹生は、あずさにはそういうところがあるということが分かってたんでしょうね。
だから、充があずさを庇ってることで、余計に腹が立った。
あなたはあずさにまんまとのせられたんですよ。
あずさが本当に愛してるのは、夫である自分なんですからね。
…みたいな感じで。
樹生はずっと充に嫉妬してたのかもしれない。
もしかしたら、咲子への近付き方は、充への復讐でもあったのかもしれない。
喫茶ひこうきで、樹生が咲子について言っていたことは、直人とは真逆な咲子の見方。
直人が咲子のことを密かに想っていたことは、サイドストーリーで描かれていて、直人の咲子評には、好きな人フィルターがかかっている。
樹生の言葉や物言いには、そういう ”好きな人フィルター” が感じられませんでした。
自分が嫉妬している充の妻である咲子。
咲子が自分を好きになれば、充への復讐は達成されます。
この樹生の心理、子供とは思いませんが、樹生は案外曲者だったのかも。
もしかしたら、樹生は直人の気持ちに気付いていて、直人を煽ってる部分もあったのかも?
妻に心の浮気?をされた夫、妻が近付いた男のせいで、自分の妻が亡くなったという事実。
これって、男としてのプライドが傷付けられるには充分。
樹生には、プライドが高そうな感じがあります。
男として、夫としての面子。自分のプライド。
いきなりの咲子の家での同居の申し出も、無神経というより、充への復讐心がどこかにあったのだとしたら、合点がいきます。
何か急にドラマのトーンが切り替わって戸惑っています。
夫婦は相手の全て知ることを前提にしないと成り立たないのか?
それとも誰もが相手が知らない、もしくは相手に言えない一面を持ち、
それを許容することで、はじめて夫婦関係は成り立つものなのか?
充と咲子、園田の三人の人間模様を通して
それを問いかけるドラマだと感じていましたが
いつの間にか、咲子の本当の人物像探しにスポットが当たる展開に・・・
個人的にはドラマに対するモチベーションは少し下がってしまいました。
ただ、三人の行く末は最後まで見届けたいと思います。
脚本は坂元裕二の劣化バージョン。
視聴者のターゲットは40代以上の中年女を喜ばせようとしている。
中島歩の重低音な声で興奮させようとしている。
別に視聴率は二桁いかないし、話もすごく雑で駄作だと思う。
最後のイノッチは何? 咲子の兄かいとこ?
浜辺にわらわら出て来た子供たちはイノッチの子供なんだろうけど、
喫茶ひこうきでの座談会 → イノッチの登場で全く違うドラマに成り果ててしまった。
咲子の疾走も 元はと言えば全て充の長期疾走が原因なのに、咲子や樹生の心配する気持ちが baka らしくなってしまった。
毛色のどんどん変化してくるドラマなと早く終わってしまえ、、、
途中で削除しようと思った。
生方の話は絶対に合わないから。
ところが世間では批判よりも高評価の方が多いから気になる、気に食わない存在なのだ。
いつものようにどうでも良い奴らのクソみたいな話だったが、後半は名探偵による推理とまでは行かないが、少々持ち直した。
咲子の上司が昔の男の話を2、3発かましてくれたら星1つプラスだった。
最後に登場した漁師は咲子の元カレだろうか?
単調な話に飛び道具が欲しいところだ。
咲子に知られざる秘密が何かあったからって、充の一年の失踪を許す理由にならないでしょ。
まさかそれでお互いチャラにになってまたよりを戻しましたなんて展開じゃないでしょうね
この一年間、咲子にしてきたことは全部棚に上げて、急に咲子の気持ちが分からなくなり慌てふためく充。
そりゃぁないよね。
「ウソはダメ (でも)言いたくないことは言わなくてもいい」
言い換えれば、(癖だったり、過去だったり)都合の悪い部分に蓋をすれば互いに傷つけあわなくて済む。ともとれる。
絵に描いたような幸せな生活。
咲子にバレないようにフィルター掃除をする。
そんな、結婚の美味しいところだけを共有し合う関係って、やっぱ変だよね。無理がある。
たまたまランドリーであずさに出会ったことで、その蓋を外してしまい、失踪癖を押さえきれなくなってしまった充の説明は未だに理解できないけど、もしかしたら咲子にも同じような蓋があるのかもしれないと思うようになったのは一歩前進か?
何度も挿入された、海岸を散策する咲子。
そして、子供たちを連れた漁師?のイノッチ。
まっ、さすがにここは不倫関係ではなさそうですね。
終盤(残り2話)になってのドロドロ劇はさすがに無いだろうから。
いや〜。
これぞまさしくドン引きの回でありました。
やはり、あずさは充の病失踪癖を止めようと同行したということが、わかりやすく描かれていて、そこはヨカッタ(笑)
「逃げたら、さっちゃん瀬尾さんのこと嫌いになりますよ」
けれど、止められなかった充であっのだ。衝動的に充の病は発症して、充は荷物もスマホも置いてバスを降りた。あずさは、充の荷物を、そのままにして帰るつもりだったのだろうか?もしも事故が起きなければ、あずさは長野のお土産を買い晩ごはんまでには家族の元に帰り瀬尾家と園田家は見知らぬ人たちだったのだってことも吹っ飛び、ドン引きする吊るし上げの当人欠席の欠席裁判がはじまる。性格の悪い子供の集まったようなクラスの学級会のようで、うっすら性格悪いのはこのドラマの制作者の方なのでは?笑笑って思うような描写でした。
そんな場面より、充が呑気に失踪癖をトラックドライバーに語っている頃にバスは事故を起こして、ニュースでバス事故が流れ、それを知っても、失踪を続け、嫌いな人の住む、その人の家に一年間厄介になる。その充の無神経で図太い心の軌道を是非描いて見せて欲しかったものです(笑)
充の親は充の弁だけで見れば「うちの子、発達障害だから」と思って充に接していたのではないだろうかと思うほどのものを感じずにはいられませんが、充の母も咲子の母もリアリティなさ過ぎて、こんな子供の漫画のワルモノたちみたいな人いないでしょーよ笑笑
そして何故だか子供は親に対して上から目線の返答と対応で、それで自分たち繊細な人は、ないでしょう笑笑 それこそ、生き延びるのは図太くって無神経なボクタチワタシたちを理解しないワルモノであるとレッテルを貼り色眼鏡で見ている自称繊細な人たちなのではないかしらねって感じでした(笑)
まあ、ドン引きの回でした。
これが斬新と言えば斬新なのかも知れませんね。
斬新という言葉も良い意味ばかりではないということで。
面白味は半減しましたが、井ノ原快彦あんたは誰?ってことで引っ張られる(笑) そこは流石で手練れ上手いのである。
これは私個人の第一印象だが、今作登場人物の中で一番好印象な漁師イノッチなのであったのは間違いない(笑)
今回はまだまだ語り出せばキリがないと思うほど思うところがあるが、悪い意味でも興味深く面白いドラマと言えば面白いドラマなのかも知れない。しかし星は数を減らしておきました。忖度なしの感想ですから笑笑
なんか皆を集めて、、からの話がつまんなかった。
充が泣く度に白けちゃうし。
もうさっさと別れてあげたら。
それでお互いに新しい人生を歩みましょう。
今さら元サヤとかやめてね。
中島歩と松山ケンイチのひりひりするようなやりとりに、目が離せませんでした。それなのに、関係者全員を集めてってありえないでしょう。極め付きは最後に登場したイノッチで、完全に世界が壊れてしまいました。
イノッチが魚を持って笑って出て来た。こりゃ城島さんたちの番組、鉄腕ダッシュに仲間入りしたのかと思うくらい。咲子はダッシュ海岸でサバイバル生活を楽しんでいた⁉︎
考察ドラマが急にバラエティになったようなアホくささで真面目に見る気がしなくなった。
死んだあずさが不憫に思う。
40歳とかそれに近い年齢の設定を忘れてる?ってくらい親がどうとか子供っぽ過ぎるよ〜
不倫の話だろうが不倫じゃなかった話だろうが、毒親とか何か関係するの?施設育ち、ネグレクトはまぁとにかくね。作者はここぞとばかりに母親の話をねじ込んで憂さ晴らししとんの?で、充にあたかも正解かのような返しをさせる。何の話なのこれ。さっちゃんの味方側であるはずの夫が平気で一年も失踪してて?馬鹿にしたように「仰る通りです」?別に全母親を庇うつもりもないけど、なんか腹立ったわ。
「いちばん好きな花」で散々やってたのにこれもかって腹立った。
うっすら感じ悪いヤツらもユーモラスさがなくてそのまま。そしてそれ自体は話と何の関係があるのか?ああ、Tシャツが乾くまでやるってことなのかな。早よ乾けってばよ。すみません。失礼しました。
良かったのは前半だけ。どんな展開になるかと思いきや皆を集めてって。なんか笑えた。別のドラマになったかと思った。
先週までは、あずさは充の失踪を止めたくて同乗したのだと思っていましたが、今回の二人の会話と充が失踪します的なことを言い出した時のあずさの反応を観て、その予想は少しマト外れだったかも?と思いはじめています。
あずさは極端に好奇心が強く、人見知りなく誰にでも気楽に話しかけられてしまう・・・故にその会話の中から興味を持ったことにもどんどん首を突っ込んでしまうタイプなのかなと。
コインランドリーで充に話しかけたのもなにかしらの好意というより、なにげない好奇心と普段の習性からで、子供のような無邪気さが心の警戒を解くことはきっと子供の頃からの経験で判っていたのではないかなぁ。
充と樹生の会話の中に翔が気おくれなく充に話しかける様子を「(あずさに)最近似てきました」を入れてきたこともそれとなくそういうことなのかなを匂わせてる感じがしてならないし。
それ故に、充が失踪を決断した時、本人をなんとか説得するでもなくそれじゃあまたいつかコインランドリーで・・なんてバスから降りた充に手を振ることが出来たのでは。
もし、本当に充や見たこともない妻である咲子を心配して同乗したとするなら、あの行動にはならないと私は思います。
ま、少なくとも私なら慌てますよ。とんでもない瞬間に出くわしてしまったと焦るし必死で説得に入るだろうし、とりあえず一緒に降ります。
どうしても説得できないようなら本当に途方にくれるでしょうね。
やっかいなことに首を突っ込んでしまったと後悔すると思います。
あずさは、もしあの後バス事故に遭わなければ、ちょっと息抜きに小旅行してきたって、笑いながら「途中で食べたカレーパンがすごく美味しくてね・・」なんて話ながら樹生にお土産渡して、通常の生活に戻ったのでしょうか。
そして失踪した充のことは忘れたように普通に暮らしていくつもりだったとするなら、ちょっとあずさの頭の中は異常異様だなとすら感じました。
まあ、自分の事は棚に上げて泣きべそかいて、咲子に関係しそうな知り合い集めて尋問する充も結構変ですけど。(笑)
夫婦や親しい間柄でもほんの一面としか付き合ってはいない。
ましてほんの少しだけしか知らない間柄では、自分の感じた印象で都合のよいように美化したり、醜悪化したり、そんな自フィルターを一枚かけた上での一面しかみていない。
そして皆、知らずしらずのうちにそれを意識して人に合わせてカメレオンのように姿を変えている。
ということをあの探偵会議では言いたかったのだろうなとは思いますが、人の本性を抉り出してみました感が匂い過ぎる作り方は、なにやら舞台演劇を観ているようで現実味のない会話が宙を舞っているかのようですんなりとは心に入ってこなかった・・・あの会話の中で咲子を芯は強いけど、本当は繊細で傷つきやすい良い人って印象づけし過ぎ感も好きじゃなかった。
たぶん最後のいのっちとの笑顔で視聴者に「え?」っていう感じを与えたかったのかな。たぶん兄だと私は推測。
だってあの母親の異常な咲子への執着を考えると不詳の兄がいるのが自然な気がするので。それが当たっているのか見定めるために来週も観る予定。
漁師いのっちはなかなかカッコ良くて〇でした。(笑)
ラストで、急にイノッチが魚を持って出て来た。
ここの面白さだけでも十分見る価値があった笑
シリアスなのかコメディなのか。
ドラマのジャンルの壁を軽々と越えてくる意外感を楽しめれば5つ星評価になり得る。
同じ場面を見ていても、人によって感じ方は違うものなのだと、ここを読んでるとつくづく思います。
まぁそれが、このドラマの面白いところなんだと思いますが。
あの喫茶ひこうきの会話を聞いていて、咲子を繊細で傷付きやすいとは私は全く思わなかったんですよね。
(あ、反論してる訳じゃないです。どの辺からそう思ったんだろう?と不思議だっただけで。あずさに関しては、全くもってその通りだと思いながら読ませて頂きました。私の場合は、充の失踪を心配してとは、前回は露ほども思わなくて、今回のバスの会話を聞いて、一応、失踪を止めた方がいいとは思ったのね、と逆パターンでしたが)
喫茶ひこうきで、充にだけ連絡を返さないで、他の人には連絡していた咲子…というところから、咲子の精神状態は落ち着いてる、ただ充から離れたかっただけ、と私は感じたんです。
繊細で傷付きやすい、とは、私は逆の感じ方でした。
だって、充としばらく離れたくなるのは、特に繊細でなくても、普通はそうだろうと私は思ったので。
充が帰ってこない家に、咲子はずっと1人で暮らしてきた。
私なら、何で私はこの家にいなきゃいけないの?と思うような気がします。
1人で暮らす為に買った家じゃないのに。
そんな暮らしが一年続いたら、充が帰って来ようが帰って来なかろうが、私だったら家を出ると思います。
だって、虚し過ぎる。
万が一、充が帰ってきたときの為に、「しばらく別のところで暮らします。帰ってきたら電話下さい。」ぐらいの置き手紙はするかもしれませんが。
で、独身に戻ったつもりで、これからどうしようか考えると思いますね。
樹生とも会わないと思います。事故のことは忘れて暮らしたいので。
…と、これは、私だったらそうするだろうなという話。
だけど、私だったらそうするだろうと思うので、充が帰ってきて、自分の理解を越える話をし始めて、不倫まで疑われたら、頭にきて、アンタ1人で暮らしてみなさいよ、そしたら少しは私の気持ちが分かるでしょう、と思い、家を出るだろうと。
咲子はほとほと疲れてたんじゃないでしょうか。
1人で、帰ってくるかどうかも分からない夫と暮らす為の家にいることに。
だから、海辺でスッキリした顔で笑ってる咲子は、ようやく忸怩たる思いから解放されて、ホッとしたのでは…というのが私の解釈。
充が1人でどうするかなんて、知ったこっちゃない。
また出ていくならどうぞ。もし、自分(咲子)が帰るのを待ってたなら、その時に考えよう…みたいな感じに、私には思えました。
タクシーを降りたあと、家を出たことには後悔も迷いも無い顔をしてましたから。
咲子が家を出る前までは、私には全く共感することが出来ない、苦手でもある咲子でしたが、家を出てからの咲子は、割と好きです。
充が狼狽えてることを、他の人達から聞いてるとすれば、いい気味ぐらいに思ったりして。(私ならそう思いそう)
咲子には、しばらく ”お休み” が必要だと思います。
忸怩たる思いが1年も続いたら、全てのことから離れてホッとする休息が必要。
休息先として、海の潮風にあたり、無邪気な子供達がいて、魚を見せながら笑うような、フツーの人がいるところは、きっと咲子を癒してくれるはず。今後のことは、しばらく休んでからでいい。
私はそう思いました。
このドラマを見ていて、一番ホッとしたラストを見せてくれた回でした。
別のドラマになったとは、私は全然思わなかった。
忸怩たる咲子がいた今までが、忸怩たる充がいる展開になっただけ。
咲子の行動は、理解も共感も出来るもので、咲子は別に周りを振り回してもいない。
充が勝手に振り回されてるだけに感じます。
充、少しは自分で考えろよ。
何をみんなに甘えて、周りを振り回してるの。
少しは大人になりなさい。
こうなったのは自業自得。
構ってちゃんみたいに、暗い顔をみんなに見せるの止めなさい。
と、8話はそんな感想でした。
愛って自己中。
愛した人を放り出して姿くらましたのに、その人が同じことしてきたら我慢できない。
まさに想像力の欠如を体現している充と充の中のマツケンが「じゃさあなたは誰かにこんなことしてないと言い切れるの?」って藪睨みの目で言って来ているようでゾクゾクする。
子供だって複雑な子はいるし、いい年した大人でも「はぁ~?」と言いたくなるような無邪気発言もする。
凸凹の人の寄せ集めが人間社会。
だから面白いしドラマも成立する。
ヒロイン健気ドラマはお腹一杯なので生方ドラマが出てきたことホントに歓迎している。
最終回に向けて期待大の回でした。
いや~引っ張った引っ張った笑。やっと充失踪の真相が明かされた。
充は「今しかない」と衝動的にバスを降りたのかと思いきや、しっかりあずさに今から失踪します宣言してた笑
鞄やスマホをバスに置いていったのは意図的なものだった。いつもと同じ表情で落ち着き払ってた。
で、あずさは「逃げ出したら、さっちゃん瀬尾さんのこと嫌いになりますよ」と一応引き留める言葉をかけたものの、充に「正論が通じる人間は失踪したりなんかしない」旨のことを言われると、「正論返し」だと言って笑い、それ以上引き留めることはしなかった。
充を見送り、これで本当によかったんだろうかと心配することもなく、「美味し~い!」とカレーパンを頬張った。脚本演出が「共感しがたい」を狙いすぎだとは思うけど、これがあずさ笑
あずさは充のやりたいようにやらせてただけ。初対面の時からそう。充曰く、あずさは充を責めたり否定したりしない。だから充がバスを降りることもダメとは言わない。失踪の共犯者。夜には2人とも家に帰る、あずさはそう言ってたのに、充の失踪を見届け、自分だけ夫と子どもが待つ家に帰る(…叶わなかったけど)。これがあずさ笑
充も充だけど、あずさもあずさ。
出会っちゃいけない2人だったと。
で、生方さん、力尽きた?笑
充の失踪を謎として真相を小出しにすることでドラマを作り、充とあずさの人物像や関係性で視聴者の興味を引いた。松ケンありきの部分が大きかったけど笑
「充とあずさの物語」が終わって、「充と咲子の物語」になった途端、失速した。電話で過干渉ぶりを発揮する咲子母とか、霊柩車見て親指立てる咲子とかを今更描いたってことは、咲子が拗らせた原因である母親と向き合う姿をこれから描く?そのためのイノッチ?知らんけど笑
その間充は、第2回「咲子について語る会」(呆れた)を開催?笑
事故後に都合よく逃げ込んだ実家で一足先に母親と向き合った充が、咲子を迎えに来る最終回?
充「さっちゃん、帰ろ」 咲子「Tシャツが乾くまで 待って」
充は失踪してたのに、さっちゃんがいないとさっちゃん、さっちゃん、さっちゃんってイラッとしたわ。
で、みんなで集まって会話をしている時には充が気持ち悪くて、さっさと離婚しろよと思った。
とにかく充が嫌いだわ。
共感出来る人が誰もいないドラマを観ているので脱落だと思ってたら、井ノ原さんが最後に出て来たので次回も観るんだろうなと思っている。
充みたいな失踪平気男が身近にいたら大変だよね。
出会いたくない人だと思った。
この男はこれからどうやって生きて行くのが一番いいのだろう。充のためにも周囲に迷惑をかけないためにも。
2026-08-30 08:49:56で投稿したものですが
2026-08-30 09:56:44さんが
私の感想の読み違えをしていらっしゃるようなので、加筆させて頂きますね。
「あの会話の中で咲子を芯は強いけど、本当は繊細で傷つきやすい良い人って印象づけし過ぎ感も好きじゃなかった」
と書いたのは、私が咲子は繊細で傷つきやすい人だという印象を持ったわけではなく、脚本家があの五人による会話によって、咲子に繊細で傷つきやすく、まっすぐ清らかな人という印象をわざと与えているように感じた・・・ということです。
繰り返しますが、私が咲子に対してそういう印象を持っているということではありません。
書き方が悪くてそのような印象を与えてしまったのであれば、申し訳ありません。
どうしてそう思ったかというと、一連の本質を探るディスカッションの流れからの咲子は、一緒にいる人によって好みや行動が変わっているようであるということ。
基本ポジティブだけどちょっとしたこと(充の盲腸入院でずっとめそめそしていた)で、落ち込みメソメソし続けるような一面もあったという話。(ここで実は繊細という印象)
で、本や店主の纏め風の話が
「こんな風に色々な顔をもっていて、穏やかで明るい印象を人に与え続けることは結構大変なことで、その張り詰めた糸が些細なことで切れてしまったという可能性もある」(まあそこから死んだかもと言ってしまうのはかなり充に対する嫌がらせ目的ではある感じですが(笑))
そしてあの主題歌とともに流れる海辺での咲子の物憂げなシーン・・どうも一連のこの流れが咲子の本質をわざとブレさせているように感じてしまって。
人が色々な顔を持っていてそれを使い分けていること、それは特別なことではなく普通だと思うし、人とうまくやっていくために、自分を変えたり時には殺したりすることは、多かれ少なかれ皆やっていることなんじゃないでしょうか。
なんだかそれが咲子の本質?特別なことみたいに大げさに語ることに違和感を感じちゃったんですよね。
これって脚本家が咲子は、まっすぐで、繊細で、ちょっとしたことで心が折れてしまうような人なのに、これまで気丈に振る舞い続け地結果、その張り詰めた糸が切れたのだ、という印象をわざと視聴者に与え、咲子は無理し過ぎたんだよ可愛そう・・というところからの謎の男「イノッチ」登場からの満面笑顔の咲子!んん??あれ?なにこれはどういうこと・・・という視聴者を裏切るための咲子像ミスリードを誘ったような気がしてしまって。
それがどうも私はいけ好かんのです、ということを書きたかったということなのです。
本スレでの議論、雑談、間違いの訂正等は長引かなければある程度は許容範囲と見なされていますので、こちらに書かせて頂きました。
誰かの嫌な感じを察知する能力は園田旦那みたいな育ち方すると自然と身につくものかもしれない。園田旦那自身もやな感じを醸し出しているが、これは自己防衛能力かもしれないし、妻である梓の中のちょっとした毒もキチンと察知していたのだろう。だから咲子の不穏な部分も捉えているし、妻の死を招いた充の闇も見えている。「代わりに死ねばよかった」を口に出してしまえる人物。
でも人間なんてこんなもんだと思っている私にとっては驚くには至らない。
ドス黒い部分を上手に隠している人たちよりずっと好ましい。
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