



2.93
| 5 | 214件 | ||
| 4 | 87件 | ||
| 3 | 62件 | ||
| 2 | 22件 | ||
| 1 | 270件 | ||
| 合計 | 655件 |
当時まだ知られていなかった看護の世界に飛び込み、傷ついた人々を守るために奔走し、時に強き者と戦う――
明治という激動の社会を舞台に、幸せを求め生きるちょっと型破りな二人のナースの冒険物語です。
リンも直美もしのぶも、相変わらず、コツコツ、一歩一歩、日々、できることをやっているだけ。
シマケンのあの姿(制服?)、郵便配達員みたいに見えるが🙄郵便物を届けに恵風会へなんて…あり?
幼い頃に「退屈な時は好きなことをやる、いつの間にか時間が経つ」と教えられ(絵を描いてきた)、何かと諭されてきた、環、進路に悩むいま、シマケンに頼ります。
亀吉、Youは何しに東京へ?リンがらみか?環がらみか?🙄
巷の派遣看護問題、情報は集まった。柳生は恵風会にどんなオファーをするか?
好きなあの人もこの人も活躍しないし、(看護・看護婦がらみの)あんなこと・こんなことが見たいと思っても、そーゆーエピソードはないし…という人もいるよう。
ヒロインは看護婦だが、医療看護・看護婦の話は今までにいろいろあったし、このドラマでは、看護婦がらみのエピソードはテーマ(女の自立・幸せ探し)のバックグラウンドでよい。
人物の・家族とか間柄の状況設定、エピソード、いろいろ面白おかしく見せるファンタジーが(少)ないな、まあ全体的に面白みに欠けると言えば言える。登場人物たちはだいたい皆わかりやすい、わからないのは、リンとシマケン、2人とも多く語らない(長いセリフはない)。このドラマは、いろいろな人物・エピソードが描かれるが、けっきょく、あの時代を映す2人、リンとシマケンの物語、最後に2人がどういう状況で「完」となるか?そのとき2人がどういう人物かわかることになるかな?
思いがけない亀吉の登場。心境の変化?そんな悪人でもなさそうな、すっとんきょな顔つき、 何しに来るのかな?🙄
夕凪シマケン今更 環が親と同年代にしか見えない 元詐欺師の方が筋が通ってる 何これ
しのぶさん、ほんとにカッコいい。
貴女は明日ココ、貴女はこっち、、と、てきぱき割り振るさまがいい! 頭良さそうで惚れ惚れ。
少し癖のある喋り方もいいし、この人 ブレイクしたりして ☆
しかし、セツさんの読み書き手習い、しのぶさん言ってた様に今からじゃ大変ですね。
気になるご意見がありましたが、環は夭折するの?😳
ドラマでもやるかしら、、、、
これまでの朝ドラの中で、ヒロインのお相手的な人物で1番魅力が無かったのがシマケン。
重要なキャラなんだから、もっとキャスティングしっかりして欲しかった。
雰囲気があって魅力的に演じられる俳優さんだったなら、この朝ドラもっともっと楽しめたのに。
本来ならブレイクするキャラだったと思うのに、つくづく残念...
いや~、子どもにはわからないことがいろいろあります。
りんの元夫は毒っ気が抜けてカールおじさんの様になっていた。
環にしてみれは 実父だもんねえ。
しかし今更のシマケン、セツ、カール夫とまあ詰め込みでコントにならなきゃいいけど....
出るわ出るわの再登場で終わって行くのでしょうか?
娘の進路と、あとは派出看護婦界をまとめて引っ張って行くんでしょうね、職業自立と看護婦界の今後のために。
いろんな男が出て来た割には、あまりキャラ立ちせずに残念残念。俺たちの黒川は出ないのかしら?元夫の三浦貴大さんが一番キャラ立ちしてたかもしれませんわね?ここまで来たら静かに見守るだけですわ、わたくし。(しのぶさんの真似)
サッサと消える登場人物の中で何故、太田光は出続けるんだろ。
しかも働かないまま、看護は無償としても生活費は勿論やけど酒代はどっから出るのやら、5年以上経つと思うのだが、ファンタジーと言うより脚本家の気の回らなさじゃないだろうか。
シマケン役の方は脚本家さんに気に入られたのでは?前作、父親役の岡部さんと脚本家は仲良しやったようで、ヘブンさんより出てたイメージやもん。
はぁーつまんねえ
百恵ちゃんの息子、再登場。
環が手紙を出したんかな、多分。
シマケンといい、去った人が出てくるね。
環は絵で食ってくつもりなのか、母たちの道は紆余曲折だが娘の将来は意外とあっさり決まるのか?
セツを助けようとして以前は卯三郎に今回は寛太に「彼女一人助けて解決になるか」と現実を突きつけられた。その答えが、りんの「助けたいんです!」直美の「解決にはならない。けどほんの小さなことだとしても、今やれることを…」。
このドラマ、斬新さはないかもしれない。粗も目立つ。でも自分的にはこういうセリフを言って他人に手を差し伸べる二人は応援したくなる主人公だ。
貧乏人がなんとか看護婦として自立できるようになり母娘を養い世のため人のために働き娘に(念願の)女学校も出した。それがそれが、こともあろうか、その娘が当時の死病であっさり他界、そんなザンコクな理不尽なことは誰にも起こりえる。リンは環を失うか🙄
環を失うかどうかわからない、ともあれ地味なドラマだが私はあれこれ注文つける気はなく片目つぶって「これはこれで🆗ヨロシイ」とポジティブに見てる。がしかし「こんなんツマラ~ン」と言う向きには次作がヨロシイ。日露戦争になんとか負けずに済み、一等国になったとイケイケの日本国、リンや直美と正反対、裕福な家に才能豊かに生まれた娘が(世のため人のためでなく)自由を求め奔放に生きた波乱万丈の一代記。
ホトトギスが鳴いている。年が明けて1900年(明治33年)…環はじき(1~2カ月で)卒業だな。さて(環よ)どう生きていきますか?「いつの世も自由に生きるのは難しい」リンはなんとしても環を女学校へ行かせたかった。亀吉は「母ちゃんは自分勝手な女だ!」と言いました。「看護婦がいやなら嫁ぎ先見つけてやる」とも言いました。明治…それまでなかった毛色のちがうモノ書きを輩出した時代…その多くは(夢を諦め)人並みな人生を歩むことになる。シマケンもそういう時代を映したモノ書き志望のひとり(にすぎなかった)。
リンと直美は…(時代を映す看護婦の黎明期に)(モデルの和と雅とちがい)…たまたま(生きるために)看護婦になっただけ。やっぱり、このドラマは看護婦物語じゃないね。じゃあ、どういうドラマか、見る者が(勝手に)決めつければいい。
先週から始まった、拡げ過ぎたキャラによる「あの人は今」大会真っ最中!コレはコレで本筋とは別にしてオモロくなるかも♡それにしても亀吉の出たり引っ込んだりの焦らしにイライラするわww
亀吉というより熊吉だよねー
三浦貴大さんが好きなんだけど、今さら良い父になるのか?
りんの苦労は何だったのか
環は反抗期もなく良い娘過ぎたね
母親と本音でぶつかり前に進め
好きな男の1人や2人いないのか?
女が男に頼らず(自由に)生きるために・生かすために「ある道・ある職業」を(男に頼らず自分勝手に)選び(選らばざるをえず)突き進んだ女の代表が(母である)リン。自由に夢を追いかけ(夢破れ、生きるために・生かすために・責任を負わされ)「ある道・ある職業」を選んだ男の代表がシマケン。立ち位置としてはシマケンに準ずる「選択する自由を与えられたに若者」の代表が環。「環の問い」にリンが何と答えるかはわかるが、シマケンは何と言うかな?🙄 セツもそうだけど、亀吉も(ようやく?)出てきました。(10年の時を経て)シマケンは環に何を語る?いろんな人たちが(再)登場して、 チョロッチョロッと「何ごとか」言うが、そういう人たち(みんな)がいての世間(物語の世界)、彼ら彼女らの「ひと言・ひと言」が「物語そのもの・語りたいこと」というわけ。「おめえの母ちゃんは自分勝手な女だ」女を語るってことは男を語るってことだからね。
ここ数日このサイトを開こうとするとずっとエラーで感想がかけませんでした。前の回の感想になりますが、ごめんなさい。
環から漢字を習い「自分は運がよかった」と言うセツがとてもよかったです。直美もそうだけど世をすねていた人が感謝の気持ちを持つ姿は心に染みます。
出来ればツヤにも救済を与えてほしいな。
亀吉は後添いを迎えなかったのか?
孫がいっぱいいたら貞は環にあそこまで感傷的にならないのでは
後継者どうするんだろう、それで環に「戻ってこねえか?」という話になるのかなあ
意外にもごつい環はなんでこの期に及んでシマケンのところに行ったの? 父親が来て困惑して相談しに? それか将来のこと?
シマケンの似顔絵、もうロン毛じゃないんだけで、、、、
サダが嫁(のリン)をどう思っていたかは見た者の考えしだいだ。ともあれ(嫁をどう思おうが)…孫は可愛いという単純な(祖母と孫の関係)感情だ。
義母と夫(亀吉)は善人でも悪人でもなかったし、手紙を持ってきた亀吉が(心を入れ替え)善人になっていたわけでもない。彼は昔も今も同じだ。女(娘)に学問?は不要・娘を女学校にやる気はないだけ。
(娘を女学校にやりたいという) 嫁(妻)の希望に聞く耳は持たなかったし今も(考えは)変わらない。亀吉もサダも時代を映す(一方の)代表というだけ。
亀吉は「母ちゃんの真似をしてワガママに生きればいい」と言う。善人でも悪人でもない彼の偽らざる心の声だ。これで亀吉の出番はオワリ。
リンは娘を女学校にやりたいという「わがまま」を通すために離婚を選び自活の道を模索し(たまたま)看護婦になったわけ。(かつて)守るべき者がいなかった(自由気ままでいられた)シマケンだが、守るべき者ができて時が流れた(今の)シマケンは環に何と言うかな?
環はもう(リンが家族のために結婚した)17才になっている。頑張った(エライ)母を持った環もツライね。このドラマは、17才のリンから始まって17才の環につながる「こういう物語」なのですよ。
あれや、これや、チャチャ入れようと思えば…、だけと、そんなの、つまらんことね。あれがわからん、これがわからん、そういう私が、マヌケ、鈍感、もの知らずなだけなのでしょう。
自分は未だに火事の時のサダの行動に違和感があります。屋敷に火の手が回る中、百歩譲ってりんは放っておくとしても孫に見向きもせず息子だけ連れて逃げて行ったのが信じられず、そんなにも愛情が無いものなのかと驚きでした。にもかかわらず後のシーンで環の好物を食べてもらいたくて作っているような場面があって頭の中が???でいっぱいに。サダがサイコパス位しか見殺しにした同一人物として整合性が見出せないでいるので今になって手書きの手紙、幸せを望んでいると追加されても謎だな、怖いな、としか思えない。
この脚本に整合性を求めるのが無理…てか無駄
シマケン今度は娘の方ロックオンしたのか
いやはや、ほんと、朝ドラ・どんなドラマでも、時として(しばしば?)意地悪婆(義母・姑)さん(and or)酒乱でワケわからん夫(男)が求められる。その点では、サダもカメも上出来、すばらしくクレイジーに仕上がっている。そんな鬼ババが妙に優しくなったりして…変じゃない?😁いやいや(ドラマ的には)鬼の目にも涙、鬼の撹乱なんて(当たり前)どーってことない。😉ワケわからん男(夫)の言動なんて(まともな者には)ワケわからんし(この世の中でもドラマの中でも)意味付けなんてどだいムリ。😁シマケンはと言えば、夢(モノ書き志望)破れた者のひとりで、長々とかかったが(ようやく)人並みになれたという・ワケわかる(わかりやすい)人物か?やっぱりワケわからん人物か?環に何を語るかでわかるかな?🤔
シマケン「ひと月ほど前に浜松を引き払って(東京)に戻ってきました」って…◯年ぶりにリン(環)に会ったのは甥にせがまれて田之上屋に来たからだ。
あれから1年近く会っていない。年は変わって明治33年、環はあと1~2カ月で卒業だ。(世のためか人のためかはともかく…2人の)母のように女として自立した(堅実な)道(職業)を選ぶべきか?食えるか食えないかわからないが好きな道を選ぶか選んでいいか?
幸いなのかどうか一概に言えないが悩むことができる環だ。そのあたり、選ぶことなど何もできない人生を歩んできたセツは(親切に教えてくれている環のことだが)、いたってクールなもの言いではある。
しまけんはショボすぎ。恋愛対象の男じゃないわ。
これ、視聴率ワーストクラスの朝ドラだとネットニュースで見た。ほんと期待外れの朝ドラだったよ。
今9月で最終回まで1ヶ月ないけど早く終わって。
脚本家さんが変わったのは何故なのか知りませんが、
最終月だけ書くのは、まとめなくちゃいけないから大変だろうとお察しします。
でも、さすがに無理クリ感を感じてしまいます。
女郎のセツのさんが読み書きから始める。
視聴者に嫌われた父が、最後にコロッと良い人になるのは、おしんの時もそうでしたが、心の動きを伝えて欲しいです。
亀吉は明日も出るのかな?
この脚本に整合性を求めるのが無理…てか無駄。しかしりんを自分勝手な女として書くことなら成功している。
あと2週間と2日か。 まさか浜松行った奴が戻って来るとは思わなかった。 喋り方嫌いだし 終わりまで憂鬱。
頼みの柳生氏はちょろっとしか出ないし、チュウはいっつも同じ演技だし、今更熊吉は見たくないし、虎太郎は全然出て来ないし、はぁ~、ネガティブなことばかり書いてしまった。
やはり看護婦会の仕事風景だけが救いかな 👳🕯️
寛太役の藤原さんはまだこの役が続くの?!と思ったそーだけど、三浦さんがアノのまま終わるのは、一応知られた役者としての沽券に関わるから公約しての出演だったとみた!なぁ~んてネww
泣かせて欲しい・ウンウンそうそう・アハハと笑いたい・ああエライ!感心したい・感動したい、そーゆー朝ドラが見たい、看護婦物語が見たい、このドラマ、そーゆーお客さんには不評・期待はずれでしょうね。このドラマ、個人的には、見せたいこと、語りたいこと、見せ方、語り方、これはこれでヨロシイし、人々の心の内は見る者それぞれが決めること、ワハハと笑える面白味満載とはいかないが、まあ、気に入ってますよ。リンの生きざま、いたってシンプルに自由に生きる=わがままとしたら、次作のヒロインの生きざま、自由奔放、波乱万丈、乞うこ期待かも。
主役始め看護師の人たちが皆それぞれプライドを持って仕事に取り組んでいる様子が好きです。
直美のはっきりとした物言い、身の回りを清潔に保ち、掃除の行き届いたリンの自宅、着物での姿勢也歩き方、優しさ溢れるりんの立ち振る舞いに惹かれます。
今まで中弛みの場面や台詞が確かにあったけど、半年間 このドラマに助けられた自分がいます。
もしかしたら 風、薫る が終わったらかなり寂しいかも と今から思っています....
人間なんて自分は見ない見えないわからない身勝手なもの。意地悪婆さん「環のこれからが楽しみだ、日本一の看護婦の娘だって・・」亀吉「患者と同じくらい環のコト見てやれ」…な~んて、よく言うよ😁な~んて、こんな(手前勝手な)変心(言いざま)なんて当たり前、人間なんてこんなもの。と言うか、こんな人間もけっこういる?私はどうかな?貴方はいかが?😉
イラストレーターが職業として確立した今だって食えてる人はひとつまみじゃないかと
シマケンだって記者に誘われてたの断っちゃって小説一本!で結局人生狂ったんですから
趣味でやるっていう道もあるでしょう
日本一の看護婦と言う台詞を使うなら日本一と視聴者に思わせるくらいに描いてよ。たまたま看護婦になって幸せ求めるお話しだなんて言わせちゃいかん。
ワガママ?を通すため、(女が)自立するため、(目の前の大事な)家族を守るため、(目の前の)世のため(弱き)人のため、一所懸命に(健気に)生きてきた母、それを見て育った娘、典型的な(ドラマ的)シチュエーション。
何か誰かのために忙しく余裕なくバタバタと動き続ける母とは対極的な生き方をしてきた男が(となりに)いた。モノ書き・芸術家と言われる者は「目の前の何か誰か」のために(バタバタと忙しく)生きることはしない。そんな自己中・ワガママな生き方に心引かれる、無いモノねだりは子どものみならず誰でもする。
モノ書き・画家・漫画家・etc、目指す者は、シマケンみたいに、途中で諦めるにしろ、それなりに才能はあるし自信もあったわけだ。さて(経験者)シマケンは(環に)語った。リンも語るだろうが、むろん語らずとも(環は)わかるはずだね。
日本のナイチンゲールなんて誰が言い出したの?🙄「大関和物語」の著者が本の中でそう呼んだだけじゃないの?ほんとのことは知らないけれど。😁
明治という激動の時代、ドラマのモデルは自ら望んで看護婦になったが、ドラマのリンと直美は生きるために(ひょんなことから・たまたま)看護婦になってしまったわけね。
で、このドラマは「そんな(ちょっと型破りかどうか知らないけれど)ふたりの看護婦が幸せを求め生きる冒険物語です」とキャッチコピーにあるとおり、医療ドラマでもなし、ナースのお仕事でもなし、看護婦物語でもなし。わたしもそう思います。
そして、個性的には、登場人物たちはなかなか個性的でおもしろく、ストーリー展開は特に珍しくもないが、まずまず、いい出来で、つまらな~いと思うことなく見ています。
いらん、いらん
バーンズ先生だけ見たいんじゃ
女性の選挙権獲得まで、まだ何十年もかかるんだよなあ。
がんばれ環、明治の手塚治虫になれ!
あれ?
世のため人のためと言えば、看護ボランティア、元祖と言えば、喜代さん、喜代さんは今どこに!喜代さんに会いた~い、なんてね😁 けっこう楽しく見ていますよ!😉
りんの元旦那とか今更いいから、幼なじみの虎太郎とか出してあげれば?何してんの?
シマケンは環にアドバイス的存在だけど、りんには? プロポーズでもするのかな...💍
しかしリンはさすが、、亀吉が酒やめたの見抜いてましたね。
栃木での商売は上手くいってんのかな?
Winkの人もリハビリで良くなっていくのかな。
セツさんの手習いも進むといいですね。
どのドラマでもそうだけど、ヒロインの子供たちが大きくなり話がそちらにシフトするとつまらなくなるのは何故かな。
いやいや、そんなことないか。環の美術の話よりも、恵風看護婦会の話をもっと興味深くやってくれないかなー。
看護婦が患者(看護が必要な者)の世話・介護・看護をするのはあたり前。このドラマが描く世界が(たったそれだけ、そんなシンプルな)看護婦(の)物語だなんてあり得ない。
What is nursing?
The one being questioned is myself.
看護(ナーシング)とは何か?
問われているのは私自身である。
バーンズ先生はこの言葉を残し旅立った。
ナーシング(看護)の本質的な意味は「 病気を治すだけでなく「命や生活を育み・支える」という原点を持っている。そっと寄り添い続けることで回復や成長を可能にする静かな力(技)であり、人間全体を抱きとめる働きである。
まさに母が子を慈しみ育てるのはナーシングであり、ソサエティ(のシステム)は人々をナーシングしなければならない。リンと卯三郎の出会いの会話が「老いも若きも男も女も強き者も弱き者も安心して暮らせるソサエティが欲しい」というもの。このドラマのテーマはナーシングなのだ。リン・直美(ふたり)が求める幸せは人々が互いにナーシングしあうソサエティの中にある。
シマケンは明治の世に輩出したモノ書き希望者のひとりで、その多くが挫折したが、その中のひとりとして登場し(もう)役目は果たした。虎太朗は立身出世のアイコンとして登場し(もうずっと前に)役目は果たした。あの人この人、役目を果たし終えた。シマケン・虎太朗はいなくてもいいが、町の団子屋(田之上屋)はいつもそこになければならない、店主(忠蔵)の役目は終わらない。
チュウに広告用の絵を頼まれたのにあっさり断る環。
この脚本家は人の心の機微が分かってない。
百恵ちゃんの息子、ぼちぼちやってたんだね。
あまり見かけたことないなぁ‥。
まぁ、ガツガツやる必要はないもんね。
りんに関わってきた男連中をひとまとめに出すんだ。
環ちゃん、忠蔵が頼んだ宣伝チラシ用の挿絵を断ったがナゼ?日本画・西洋画、そういう絵を描いてはいないし。書きためてたのは北斎漫画(練習書き?)みたいだけど。新聞・雑誌の挿絵、ポスターとか商用の絵、デザイン、そういう需要が増えた時代かな?竹久夢二を思い出す。需要に関係ない画家・芸術家になりたいわけじゃないみたい。世間の需要に合う合わせることができるセンスがあるのか(まだ)不明。
スポンサーリンク





