



2.90
| 5 | 186件 | ||
| 4 | 71件 | ||
| 3 | 46件 | ||
| 2 | 16件 | ||
| 1 | 241件 | ||
| 合計 | 560件 |
当時まだ知られていなかった看護の世界に飛び込み、傷ついた人々を守るために奔走し、時に強き者と戦う――
明治という激動の社会を舞台に、幸せを求め生きるちょっと型破りな二人のナースの冒険物語です。
山本のことが原因なんだろうが、リンが何故ああなったのかよくわからない。もう少し台詞が欲しい。本当に心の病なら休養すべき、中途半端に仕事などしない方がいいのでは?それに新潟単身赴任するなら環がかわいそうだし、そんなにいい仕事とは思えず。
母子家庭だから休んでもいられないというか、完全に休むほどメンタルをやられてないってことか?
仕事も住む場所も変えて元気になったら、また看護婦をやるんだろうが、今週は見てるほうが鬱々してしまった。
ほんとにじれったいですよね。 欠伸が出そう 🥱
しかし(史実言ってもしょうがないけど ) 、大関和さんは実際外科医長とかなり激しく対立し、帝大病院を2年で退職したらしいですね。
ドラマではひたすらリンの燃え尽き症候群みたいに描いているから流石に だからどーするの?! と疲れてしまうのだ。
リンの母は家族で話し合いたいから時間をください、と口を挟んだが来週はいよいよ新潟なんですよね❓
はぁ~、観ているだけなのに疲労が蓄積するドラマだこと。。。。💧
トヨみたいに医者にかかることも入院することもなく(諦観して)死ぬ者。医者にかかり入院できる者。いつの時代でも人の世は不条理なもの。
けっきょく山本の件はちゃんと告知すれば、医者が外出に同意するにせよ・しないにせよ(ことは)患者と医者の間で処理され、少なくともリンにお鉢が回ってくることはなかった。りんは(システム不備による)被害者だ。
それにしても(山本の)「助けて…(死にたくない・生きたい)」というのは、人間なんてだらしないものだし、本人はそんなにすぐ死ぬとは知らない(知らされてない)のだから、しかたがないし・責められないが(リンも責めてはいないが)、貧しき者の諦観と比べると、見苦しく・身勝手に見えてしまうのはしかたない。
そしていまヒロインの一人は(大黒柱として)生きていかねばならない社会(現場)から弾き飛ばされたところだ。物語はいまそんな状況を描いている。
ヒロインたちは医療社会(現場)に入ったばかりで、看護婦と呼ばれる自分が何者か?課せられた仕事自体がハッキリしていない。目標がわかっていないのだから、目標に向かってガンバるヒロインを描くこれまでの朝ドラとはちがう。
この先、場所も変わり(新しい)人たちも登場するだろうが、相変わらずいろいろと問題に遭遇し右往左往するわけだ。リンたちが(生きてる間に)望ましい看護道を確立するわけでも・できるわけでもなく、医療社会がすばらしく良くなるわけでもない。彼女たちは「いしずえ」なのだ。目標に達することはない。むろん最後まで朝ドラらしい朝ドラになることはない。
挫折や難関と云うものがソレまでの描き方の充実によって期待に変わったのは最近だと『虎に翼』だったと思います。未だ道半ばではあるけどナ〜ンか今一つナースの描写が足りてなかった気が…。
りんは患者に寄り添いすぎた。振りかえると「そこまでは出来ない」と辞めていった学生が正しかったことになる。
今なら看護師の裁量は決められているけど黎明期のこの時代ではこういう行き過ぎもあったかもしれない。
ところで、りんがこんな追い詰められてるときに虎太郎が全然出ない、薬品会社で部下が5人もいる虎太郎なら太い大黒柱になるのに。それではドラマにならないかw
どうやら虎太郎はただの幼なじみで終わりそうな気配。
ちゅうは大学の先輩みたいだ…
今週も良かったね
この物語は「明治という激動の社会を舞台に、幸せを求め生きるちょっと型破りな二人のナースの冒険物語」という。
直美は親に捨てられ世間(教会人たち)の善意で生きてこられた。リンの生家は没落し父は死に(長女りんは)生きるための結婚し、離婚し(直美と同じく世間の善意に支えられ)今は家族の大黒柱としてけなげに働いている。
そんなふたりに大それた目標・志しなどない。大それたものはないが、ふたりのそれらしきものは、直美は惨めな暮らしを抜け出したい、悪意ある世間を見返してやりたい、りんは娘を女学校にやりたい、そんなものかも。
しかし、女一人で生きていくのは(今よりずっと)大変な時代だ、ふたりにとってふつうに人並みに幸せに生きるのは簡単なことではなかったし今も簡単ではない。
人並みに生きていく方便として(たまたま)ナースと言うニンジンをぶら下げられて歩きだしたわけだ。はじめから(立派な)ナースになることが目標・目的ではない。だから(このドラマは)最初から(最後まで)普通の・今までの(目標達成)タイプの朝ドラではない。
彼女たちが(たまたま)入ってしまった医療の世界、(たまたま)なってしまった看護婦、 そこで、彼女たちは看護婦(師)とは何か?看護するとは何か?と問われてしまった。
医療社会(病院・医者・看護師・患者・家族)の物語は(他人ごととして)さんざん描かれてきたし今も描かれている。ナースの仕事のあれこれを(ここで)語ることはない。
看護師になるのは普通の人たちだ。看護師は(なりたければ)誰でもなれる。というか、誰でも他者の助けになる・他者を看護することができる。というか、人はそういうものでありたいものだということ。
そういうわれわれの「心の有りよう」を問うのが「このドラマ」で、明るく元気なヒロインの成長物語を面白おかしく楽しく見せてくれる「普通の朝ドラ」のようにはいかない。ハッピーエンドでもないが、なかなか良いドラマだと思って見ている。
助けるって何?命を守る事だろ山本の申し出に医師ははっきり今帰れば命の保証はないとはっきり言っている。その上で勝手に連れ出して死期を早めて可哀想な私は被害者?ふざけるんじゃないよ
患者を連れ出したりんをバーンズ先生はどう見る?
結局、患者は家族に看取られずに死んでいった。
研修中の授業でも、りんは注意されたと記憶しています。
看護する体制についてだったと思いますが、
自分に患者から病気が移って、病気にかかるのはいけないと。
「恥」という言葉を使ってました。
患者に寄り添うなとは言っていない。看護婦として、一定の距離を保ちなさいと、己の役割を心得なさいということではないかと。
同じことですよね?
論点はふたつ。
「助ける」とは、自力で事を進めようとする者に手を貸す行為。困っている状況から抜け出せるように何らかの行動をしてあげること。
もうひとつは命について。例えば、ハイジャックされて人質となった人たちを救うために「人命は地球より重い」と言った人がいる。また、今井医師は「命より重いものがあるという考え方は認める」と言った。
私の考えでは「命より重いものがある」し「助けるとは命を守ること」だけではない。
論点のすり替え。看護婦の守るべきものは命。それが職業だ。医師も君が患者の家族や友人なら話は別だ。だが君は看護婦だと言っている。職業とはそういうものだ。
りんてこんなメンタル柔だったか。
新人じゃあるまいし。
シマケンは最近は団子屋でしか見ないな(笑)
新潟編になったら高橋克実さんまた出てくるのだろうか。
看護婦というのは医者を助ける仕事だと思っていた。違うのかな?
さっさとシマケン退場を望みます。要らん、要らん、尺が勿体無い。
ましな俳優さん出してよ。
他の新ドラマもそうだけど、
たいした演技力もないのに、重要な役どころをもらえる、こういうゴリ押しがまた始まったのね。端役から始めなよ。
シマケンがコタロウ役の人だったら、かなり違った。
あの人は演技力全然違う。『宇宙わたる教室』良かったですよー。
バーンズ先生の言うことは分かりやすい。看護は仕事で、その仕事ができなくなる・しずらくなるようなことをしてはいけないと。
例えば、(感染しないように)不用意に患者に近ずきすぎないこと、(危険だから)粗暴な患者に近づかないこと、等々、そんなルールを破れば、ナーシングのプロフェッショナルとして恥以外の何ものでもないと。
いっぽう、一人で(も)外出したがって立ち上がった山本に、りんは(手当てはむろん)看護婦として、してあげられることは何もない。外出中に何か異変があったとしても看護婦として(命にかかわる)何ごとができるわけでない、むろん、りんは承知している。
看護婦としては、(患者の命にかかわるのだから)山本を連れ出す手助けをしてはいけない、病院の職員としてもやってはいけない、そんなこと、りんは(むろん)承知している。
しかし、彼女は看護婦としてしてはいけないことを(人として)してしまった。「自分で出かけようとうとしている・困っている山本に手を貸してしまった、助けてしまった。りんは「看護婦として正しいこと・人として正しいこと」がちがうと思っている。どうすれば良い・良かったのか?と未だに答を見つけていないようだ。
リンのしたこと・その結果についてどう評価するか?リン本人、(死んでしまった)山本、妻、その他の者たち、ドラマを見ている者たち、それぞれちがう。
いやぁ~、シマケン 人気ないですね〜。
あの風貌でも演技力が滅茶伴っていれば大分違ったでしょう。
部屋でりんを見る目線がかなり変だった… なんと言うかぎくしゃくしてて、目つきも怖い感じがした。声色もなんだか苦手 ✕
画面見るのがキツかったです。
どなたが彼を抜擢したの? 演出家? 脚本家?
まあどっちにしろスタッフのお気に入りなんですね 💧
彼のどこが良くて選んだのか、さっぱりわからないです。
歌って踊るグループのメンバーさんなんですか?
嘗て朝ドラでこんなにミスキャストの人がいただろうか。
いつ頃までだったか?余命わずか・もう数時間の内に・いまわの際に、患者本人や家族の意志に反しても、医師は「患者の命を守る行為・処置」「延命措置」を施した。それは義務だった(はず?)最後まで患者の命を守る行為をしなければ、それは法に反することだった(はず?)今は何でも「患者の意志が優先」のはず。
明治のあの時代、余命わずかな患者の(命にかかわる)要望に(医師は)どう応えたろうか?患者や家族が望んでも「命にかかわることとなれば」医師は「命優先」を選んだだろう。善意であろうとなかろうと死んでしまえば(後々)世間が何と言うかわからない。
ある行為(例えば、助ける)について「その定義付け」はできるが、その行為について・その行為の結果について、 良いとか悪いとか、正しいとか間違っているとか、その判断は、時代、状況、どこでどう生まれ・どう育ち・今に至っているか、今のその人の立場、等々によって、人それぞれだ。
「助け…」の言葉を残して亡くなった山本さん。
「助けて」ではなく「助けてくれてありがとう」だったなら
りんの気持ちも全然違っていただろうになあ。
彼は絶対りんに感謝していたと思う。
山本や奧さんは満足していたが院長や副院長が激怒してりんを責める、という方が視聴者的に受け入れやすかった
外科の今井まで見かねて助言みたいなことをするありさま
逆にこれまで好印象だったペッコリ45度が院長のスパイとか寒々
お話はリンが17歳で始まった。父が亡くなり上京し7年経った夏、山本は花火を見て死んだ。それから何日経ったろうか?ヒグラシが鳴いていたから9月上旬だ。この7年でたくさんの人に出会ったおかげで今のリンがある。直美とて同じだ。この時代と2人を取り巻く人たちとの7年、良く描かれている。これから出会う人たち、どんな心の人たちか?彼ら彼女らとのあれこれも面白そうだ。
リンが単身赴任する、家族で相談するって、母上、any ideas? 母上にできることはないけど、あの場で「即、Yes」とは言えないか。りんは捨松さんの話が直美のおかげと(今日)わかったわけだ。舎監の話、受けるとしたら、就任はいつから?
舎監の話、りんは他の誰かに言う(相談する)つもりはないだろう。どこからどう伝わったか?シマケンや虎太朗が口を出すかな?まさか、情報ソースは母上なんてことないよね。
山本の件も、山本、リン、妻、院長・副院長、今井医師、視聴者たちは、あれはヨシ・これはダメ、ああした方が・こうした方が…といろいろ言うが、けっきょくわからないままも含めて、あのままで、オール・ライト!見る者たちに問うているのだから。
何だか哀れになってきた
脆い部分も抱え、日々迷いながら自分に何ができるか問い続ける物語が深い感動を与えてくれる場合もある...
風薫るもそんな作品の様な気がする。
いつもハッキリした答えが出なくても良いじゃない。
私達だって迷ったり分からなくなったり、時に流されたりしながら生きている。
誰かに助けて貰いながらでも、辛いことを乗り越えて行けるなら十分。
現実の世界なら何が正しかったか誰にもわからない、でも良いんだけどドラマだとそれが受け入れにくいんだよ
純文学とエンタメの違い、朝ドラはエンタメでしょ
しかもそれは看護とは何か、の定義とも関わる問題だからドラマの趣旨がわからなくなってしまう
他人の感想を否定するのはやめましょう。
ほんと「もののあわれ」ですねえ。
ほんと「人は可愛いもの」ですねえ。
ほんと「風薫る私は好き」ですねえ。
ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは*、かつ消えかつ結びて*、久しくとゞまりたるためしなし。世の中にある人と栖と、又かくのごとし。
雨 潸々(さんさん)と この身に落ちてわずかばかりの運の悪さを恨んだりして人は哀しい 哀しいものですね それでも過去達は 優しく睫毛に憩う人生って 不思議なものですね
世の中コネかぁ…キモケンもコネかぁ…あの気持ち悪さをわざと演技でやっているなら天才かもしれないが😞あの腹触るシーン受胎告知みたいでマジ気持ち悪い😞
薬を飲ませ忘れた看病婦が簡単にクビになったのに、何故リンはクビにならなかったのか?患者に寄り添うヒロインにしたかったのか?新潟に行かせるためにリンを悩ませたのか?
上越という地名は昔はなかった。高田市と直江津市が昭和46年に合併して上越市になる。その後更に頚城郡の町が上越市に合併している。
今作はヒロイン叩きがない代わりにシマケン叩きが酷い。そんなにキモイか?
むかしむかし、娘が1~2年生の時だったか「ねえねえ、◯◯は何なの?どうして?どうして?教えて!」とせがまれたものだ。😄「しょーがないなあ、紙とエンピツ(持ってきて・・)」と、なんとか説明したものだった。😉
よっ!歩く性欲!って後ろから声をかけて逃げてやりたい程キモイです。
aえ!group の動画見たけど、ジャマケンさん 踊り普通でした。
表情もおどけた感じであまり良くなかったよ。
しかしグループ内でおとなしくしてりゃいいものを、、、。
なんでまた俳優に、、、しかも朝ドラとか!
言っちゃ悪いけど俳優として大勢しないんじゃない?
エンターテイン(~を楽しませる)とエンジョイ(~を楽しむ)がある。世の中には文学(作品)というものがあって、その中に純文学(作品)とそれ以外の文学(作品)があるらしい。「風薫る」が文学作品かそれ以外のものかどうか知らないが、作り手が見る者たちをエンターテインする気がないことはないだろう。
このドラマのキャッチコピーはあるが、テーマ・趣旨・意図、見る者たちが勝手に決め(つけ)ればよろしい。いま再放送してる「ひまわり」は朝ドラの一典型でスゴく面白いが、それらとはちがうエンターテイメント(要素)、意図・目的がある(と私が考えている)このドラマ、私自身は十分にエンジョイしている。人それぞれだから、わからない・つまらない、というのもしかたない。
過去の朝ドラでも主人公のキャパを超える難問を突き付けて
手も足も出ず棒立ち、みたいな場面見てるんですよ
「ひよっこ」で舎監に「お母さんだけ見てなさい」と言われたみね子は本当に突っ立ってお母さんを見てただけ、とか
「おかえりモネ」でモネが未経験の農業の相談をされて気休めみたいな回答しかできず、相手はあきれ顔で帰って行った、とか
そんなの何がドラマなんだよと思いました
シマケン佐野晶哉は音楽系の高校短大を出て抜群の歌唱力よ。カラオケ番組で満点を取る。劇団四季のミュージカル「ライオンキング」でヤングシンバを演じたそうな。所属はAぇ!group初めて聞いたよ。
朝ドラに出たからには頑張んなさい。松村北斗のような演技力はないかもしれないが。
島健像・顔・声・立ち居ふるまい(その役者さえも)が(生理的に?)気に入らない者も若干いる。個人的には役柄も役者本人(何も知らないが)も特にキライということはない。特にスキでもないが。
リンにからむ男の1人としてはストーカーなどとんでもないな。好きな女のジャマをせず見守るなんて「いい奴」じゃないか。
ほとんどの人が食べるためはむろん、家族とか「誰か・何か」のために生きてる。世のため人のため・みんなが自由にしあわせになんて方向を向いてるリン(たち)とはちがう、何はともあれ自分第一に生きてきた・生きてる者(島健)が登場した方がいいでしょう。島健はずっと最後まで「いい奴(止り)」だと思うけど。😉
リンが看護婦を辞める(直美が辞めさせる)と聞いた…これは何はともあれ(書評を書きまくって)金を稼がなきゃ! (やはりフリーラルスだ) なんて思いつめる。槙村は「女のために諦められるか?諦めらめるほど何もしていない」なんてもの知り顔で言うが、若気のいたりでやってしまう、そんなパッションがないもの書きってホンモノか?🤔
史実がどうたらこうたら、意味ないね、 このドラマは直美とリン(とふたりにかかわる人たち)の物語だ。リンが辞めるにあたって、リンは院長に何を言うかな?院長はリンに何を言うかな?
直美が機転を利かせて👍捨松に頼んだおかげで「リンの再就職先(新潟)」が決まった。リンが新潟へ発つまで、誰が何を言うか?誰が何をするかしないか?お待ちかね?の虎太朗が登場か?いろいろと妄想できるのが脚本家という人種だ。凡人はダメだね。
まあ本当に、かわいそうになってくる出来の悪さ。こんなに不快感満載のヒロインにしなくても物語は作れるはずだが。
看護とは。奉仕ではありません、仕事です。
看護科の生徒に講義した時も「看護とは何か」とブッこいておきながら、看護婦見習いから看護婦取締を経て降格ヒラ看護婦に至るまで、りんの看護婦たる仕事ぶりを見た試しが無いが。何を学んで何を実践してきたんだか。それでも未熟なりに看護に対する熱意やひたむきさを感じるならまだしも、グダグダダラダラしている姿しか記憶に無い。
挙げ句になんだ、直美に「辞めていいよ」と言われ「それじゃ生きていけない」だと? 己や家族が生きるために、患者を犠牲にするのか。りんにとって看護とは、食い扶持を稼ぐ手段であって、患者の命や健康を守るために最善を尽くし継続して考え行う業務では無いのか。ろくな看護も手当てもできていないりんとその家族を食わせるために、患者たちは入院費用を支払い、病院は給金を出すのか。「生きていけない」と言うならツヤはもっと生きていけなかっただろう。緞子の帯も売らずにりん夫からの仕送りで暮らしていたのなら、安の夫から仕送りでも援助でもして貰えばいい。
山本の一件で手が震えるだの立ち竦んで動けないだのなる前に、りんがテキパキ働いていた印象も無く、前腕に包帯を巻く看護科の生徒に「上腕は…」などとトンチンカンな指導をかましてたぐらいで、その上腕では無い前腕に包帯を巻くことすらできなくなるという状態で給金を貰おうという厚かましさが理解できない。だいたい、あの時代あんな大病院に入院する患者はもっと重症では無いのか。前腕に包帯で入院するか? ちっとも病人に見えない元気な患者たちは、入れ替わり立ち替わり入院退院し、この間亡くなる患者もいただろうが、小野田と山本しか亡くなっていないのか。フユは「毎日誰かが死んでいく」と言っていたのに。
医療や看護の監修もついているはずだが、そもそもの物語としての軸もあやふやで流れもブツ切れ、一貫性も連続性も無いお粗末さ。主人公が看護婦である以上、人の命や生き方に関わる根幹は揺るがず持っていてほしいものだが、その本筋がきちんと描けていないくせに気色悪いシマケンや槙村の妖精トークに時間を割くから余計に物語としての体を成さなくなっている。
自己満足や自己陶酔、自己憐憫で自分のことしか頭に無いような人物設定にするとは、実在の人物や時代に極めて失礼で不誠実、という不快。
りんと直美の吐露仕合い…なかなか見応えがありましたッ!直美が家族を見てくれ尚且つ看護婦道を引き継いで行ってくれるなら、もぉ明日回にでも、一回でも早く新潟に向かって欲しいかナww
何処でもいいから、さっさと行ってしまえとしか思えない。自己中ばっかでウンザリ😩
直美カッコ良いよ〜
りんは素敵な相棒を持ったね
今週も楽しみ。
直美、りんの言い合いが迫力があり 今朝は朝からお腹に力が入った。
勿論二人共 正論を言ってるわけだし、しかしどちらかと言うと直美に軍配が上がりそう。→ 実際に上がった。それも環のひと言で…
やはり娘の存在は大きい。
りんは頼りになる腹心の友と良き娘を持ちましたね。
(関係ないのですが、ここ開くと頭掻いたり 耳掃除したりの画の動画がどうにも気◯ちワルくて💧💧)
看護婦じゃないけど、上腕なんとか筋と言うのは聞いたことある。前腕はその先だろう。雅と和がどうだったか知らないが、直美もリンもたまたま看護婦になり、長い間、医療・看護に関わったが、このドラマは医療ドラマじゃなし、看護婦物語じゃなし、あれこれ詳しく看護婦の日常義務ライフを描いても意味ないね。
ほんとに人間(リン)って、グダグダ、うろうろ、しょーがないね。そんな人間を描く社会派ドラマだからね。男に頼れない頼りたくない女(たちの)がいかに生きたか。
直美とリンのやり取り、ドラマじゃなきゃ、あんな会話(セリフ)ないね。ドラマならではだね、 いいんじゃない。😉 虎太朗は立身出世の途上、いいんじゃない、ガンバってね。いい奴?シマケンも何ができるわけじゃない、(リンの幸運を祈って)たんたんと仕事(書評)しようね。
ドラマ全然見てないのに批判されてる俳優を擁護している🧓
そのくせいやいや見ていたドラマにはいまだに嫌み書いてる🧓
どの口だ。
人の金に依存して平気な家族…何処かで見たような…
刻み過ぎじゃない?
今朝は新潟の学校に着いたところから回想にしてほしかったわ
どうせ蒸気機関車出すお金はないだろうし
あの時代を生きたのは(当たり前)直美やリンだけじゃない。 看護婦物語じゃない。人生の長い期間を医療看護の世界で生きた2人の看護婦(女として)がどう生きたか・生きられたか。どう生きたか・生きられたかは「どう人々と関わったか」ということ。パッチワーク、はめ絵、全体を見ないとね、関わった人々を描かずしてどうする。人々がどこで・どんな立場で・どう生きたか。リン、直美、彼女たちに縁ができた人々、彼ら彼女らの生きざま、(その時)…心の有りようは?関係も、一期一会だったり、死ぬまでかかわったり、いろいろだ、時はゆっくり流れてる、人の世が・人間が、良く描かれている、出来の良さ!😉
擁護も批判もOK牧場
牧場で決闘だけはせんといて
シマケンと虎太郎のOK牧場の決闘なら見たいね
新潟高田では今も存在する病院の初代看護婦長を務めた英雄なんだよ大関和さん。史実の枠だけ借りて中身は全然ちゃうで、とならない事をお願いする。
帝都大病院の話しも何だかなぁという感じで、共感できなかった。
今日の「自分の力で生きて行くことを諦めない」というような台詞には共感した。若い時の自分を見てるみたいで。
スポンサーリンク





