5 | 475件 | ||
4 | 98件 | ||
3 | 80件 | ||
2 | 326件 | ||
1 | 772件 | ||
合計 | 1751件 |
なあにが50年よ。
まともだったのは、たった数年。
最後は浦島太郎ワンサカで嗤って終わったわ。
最終話で一挙に何十年も飛んだだけ。そんなエンディングを迎える朝ドラはごく普通にあるのであって、50年を描いたとは言えない。
読んでいないけど、書き込みを見る限り週刊誌の「今後の展開」予想はことごとく外れたようだ。昔から週刊誌が書く記事なんていい加減なものばかりなのは常識だからまともに信用する方が無理なのも確かだが。
あ、それ、私も思いました!週刊誌が適当に書いてたウソ予想!あれ詐欺じゃないのかって。
最終週は歌子のスピンオフじゃなかったし。でもあれで炎上しましたよね。いったいなんだったの?
我那覇氏が書いてたんじゃないですか?
「あれはまずいよ」はおいしいもの独り占めしたい人の囁き。
「あれはつまらない」は「ああ当時は評判悪かったけれど、私は評価してたよ」と言いたい人の呟き。
人の評判は何らかの意図が入っていることもあるからね。
なんでも自分で味わってみないとソンソン。
百年も大して変わんなかったけど、ここの見てると朝ドラはどれも詐欺じゃんってなってしまうわ。
でも、まだ百年のに比べれば話の繋がりはあったかなって気もするが。
子供向けアニメみたいに過程がないとどこかに書いてあったが、そちらに失礼だわ。これは子供に見せたくない。
犯罪行為の放置、暴力シーン多発も大概だが、自分が何かしたいと言ったら周りのお膳立てで成功、なんて安易な人生観を刷り込まれたら困る。
受信料で超駄作を作っておきながら、まだ自信満々な脚本家やら総括やらは、まさに暢子的厚顔無恥。プロとしての意識も技量も低く、ぽってかすと言いたくなる。
第22週106話の二ツ橋の名言が心に刺さりました。
『あなたは飲食店で成功するために生きているわけではありません』
※『幸せになるために生きてるんです』
暢子たちがせっかく苦労して開いた店に客が来なくなり閉店の危機が迫ったとき
二ツ橋が過去に自分の店を潰した経験から一時店を休業して冷静に考えて立て直すべきだと
暢子にアドバイスした時の名言が心に刺さりました。
仕事のためだけに生きるのではなく幸せになるために生きることがもっとも大切だと思いました。
NHK会長「ちむどんは(どうでも)いいドラマだった」
「ちむどんどん」は世の中のあらゆるテレビ評論家の実力を世の中に知らしめた作品。
ああナンシー関が恋しい。
好きなドラマはよくわかっている人と会ったときに話題にすることにしてお天気を話題にするようには話題にしてはならないと知った。
高嶋政伸さんの二ツ橋さんと
山中崇さんの田良島さんがとても素敵だった。
二人とも中年のおじさん役だったけどね。
男は中身だよねえ。中年になって筋肉つけたりお金増やすことも大事かもしれないけれど、若い人をちゃんと見守りアドバイスできる大人になってこそだよねえ。
こういう素敵な人をちゃんと描いているドラマは大丈夫だと思って最後まで楽しく見た。
ちむどんどんのテーマは社会的包摂、の記事を紹介していただいた2022-10-04 08:22:32 さん、大変ありがとうございます。
「#ちむどんどん」を読み解く鍵=「社会的包摂 ーーー
もやもやしていたものが繋がりました。
この記事、すばらしい分析と見解、文章力ですね。
ちむどんどんのテーマは納得できました。
確かに「社会的包摂」という観点で、賢秀も矢作も、体の弱い歌子も、若くして夫を亡くした優子、比嘉家も、家族や地域の中で居場所を持ち続けることができていた。彼らはみな特別な弱者ではなく、甘やかされていたわけでもない。誰でもいつ何が起こるかわからないし環境も変わる。様々な人を受け入れて活力とする非効率さとともに柔軟性、強靭さを持つ社会に、皆が内包されていたと言えるのだろう。
そのことを見せようとしたドラマだったと、この記事を読んで私も思った。
しかし、そうであればなおさら、全体通してもったいない脚本だったとも思ってしまう。
様々な話がぶつ切れになっていて繋がりがなかった。取ってつけたようなエピソードの連続は、どのドラマでもあるがちょっと度が過ぎた感じだし、直接的なセリフが多く、言葉や表情による丁寧な心理描写が少なかった。
お笑い要素や、チャレンジと失敗を通した心理的成長、悲しみを乗り越える気丈さなど、視聴者を引き込むところが今ひとつだった。
例えば終盤で、東京で自分のレストランを成功させていた暢子は、子供の学校や仕事、義母との関係などある中で、突然沖縄に帰ると言い出した心情描写が希薄だった。
美味しい野菜を育て、それ使った料理を作り皆に食べてもらう、という抱負のみを語った。すこし説明不足だった。
暢子の求めるものは、包摂的沖縄やんばるへの回帰だったのだろう。地元の野菜で地元の食堂をやり、母や家族や地域との繋がり・活力を発展させるという。もう少しそういう気持ちを想像できる描写が欲しい。
また、暢子や和彦が沖縄に行くことで孤独に戻るかもしれない青柳の母、今までの居場所が無くなり、自分の社会を一から再構築することを迫られる息子のことには触れずじまい。孤独からどのように救われたのか、彼らの心情や変化が気になるところだ。
こうしたところを丁寧に描くことで共感や感動が得られると思う。このエピソードだけでなく、そういった重要な点が描かれなかったこと多く、脚本のまずさが終盤になるにつれて増した感が否めない。
朝ドラに多くを求めるわけではないが、もう少し丁寧に作られることを期待する。
特に悪いドラマではなく、楽しく見ていましたがジーンと心にしみるところは少なかった気がします。という訳でちょっと今回は厳しめの感想を書いてみました。悪しからず。
下地先生役の片桐はいりさんが来週のあさイチプレミアムトークのゲストらしい。
何で今頃になって・・・本人のスケジュールの都合だったのかな?
ところで、包摂的社会について少し考えてみた。
昭和の高度成長期までは地域ごとにそういう社会は割とどこにでもあったと思う。家族の人数も多かった。
農作物、食料品、雑貨、家や家財の修復とか、医者、など日常生活のほとんどのものが地域内でまかなわれていたし、隣接する地域間での助け合いもあった。
しかし高度成長期の終った頃からそういう社会が分断され、家族も少なくなり、個々に別々の居場所を求めなければならない社会になっていった。
そして、今また総活躍社会を目指し、様々な制度や仕組みを作って包摂的社会を目指している。
しかし昭和の時代とは異なるのは、個々に所属する社会は別々。
高度に専門分化した個々の社会の間の繋がりが希薄なままだ。
所属している社会からはみ出たときに、すぐまた別の社会が受け入れてくれて、違う立場での活躍ができるかどうかが問われる。
社たとえば、退職したり、障害を負ったり、介護や子育て、そうした事情が発生してもそれを包摂して、存分に活躍できるかというようなこと。
今は昭和とは違い日常生活を丸ごと包摂することは難しい。
それぞれが複数の社会に属する必要もあるかもしれない。
社会的包摂をテーマにするなら、ただ単に様々な人、ニーニーや歌子や矢作などが受け入れられていくことを描くのではなく、
このように、昭和の社会的包摂が平成にかけて分断され、個々に孤立してしまう人たちを描き、その分断をどう克服して包摂した関係、社会を再構築しようとしたかを描いたほうが良かったのではないかと思う。
黒島さんは、朝ドラではツキがなかったなと思う。
「スカーレット」でも演技が不評だったし、今作も評判が悪かった。
脚本・演出によってはもっとマシに見えるんだろうと思うけど、何か彼女自身の演技にも違和感があった。ずっと引っかかってたけど、本人のインタビューを聞いて分かったような気がする。
この子は、外見が明るくてキャピキャピして見えるけど(アシガールの印象が強いのかも)、地は、あまり感情の起伏を表さない、どちらかというと陰キャっぽいキャラらしい。
要は、与えられた演技上のキャラとの不整合が、演技が浮いて見える原因だったんじゃないかな。朝ドラなんか、アップで毎日毎日たっぷり見せなきゃいけないから、大変だよね。
映画『カツベン』の舞台挨拶を見た時、ニコリとも笑わない固い表情だったので意外に思ったことがあったけど、あ、そういうことなんだと、後になって納得した。
『カツベン』も暗めの役だったけど、この子は、内向的な役で見た方が、たぶんしっくり来るんだと思う。
まあ、地がどうであってもどんな役でもこなすのが役者だろという意見もあるが、まだ若いことだし、これからは適材適所で、もっとキャラに沿った役で見てみたい気がする。
暢子の幼少期を演じた子役の稲垣来未さんの演技が秀逸でした。明るくて溌溂して元気に沖縄やんばるの野山で遊び野生児感がありそれでいて親や家族に思いやりがある健気な幼少期の暢子を上手く演じていました。最終回数十年たち暢子の孫未来役で出て来ましたが、あれから自身の成長もあると思いますがあの幼少期の野生児感のある暢子とはまったく違うイメージだったので驚きました。祖母暢子に世界一のパテシェになると話す未来を演じた稲垣来未さんは幼少期の暢子とは違う現代の可愛らしい女の子として演じていました。稲垣来未さんは才能がある子役であり前途有望な女優の片鱗を感じました。できれば次のドラマも子役のままの稲垣来未さんの演技で見てみたいと思いました。
私が気付いたよりもはるかに多くの「時代考証無視」があったらしい。目を皿のようにして見ているわけではないから、そんなシーンがあっても普通は気付かない。それでもいくつかは明らかに分かるほどいい加減な設定が多かったということだ。
神経質に朝ドラを観る。世の中は朝からそんな視聴者の方が圧倒的に少ない。
ちむどんどんが四人兄弟のエピを硬軟織り交ぜて次々に盛り込み、絶え間ない圧倒的な数のエピで半年を描き切った。エンターテイメントとして十分過ぎるドラマで、朝ドラでありがちな弛み退屈感を排除した朝ドラとして、バッシングブームが収まった後に高い評価をされていく事と思います。
ちむどんどんに関してはバッシング記事は皆無でした。
ほとんどの記事が客観的に公平で正確な論評ばかりでしたよ。
いえいえ、ビュー稼ぎに書かれた記事が問題にされていました。分かる人達はわかっていたようです。
証拠がない妄想話ですね。
それにしても、小学生の作文より劣る脚本だったな。
それなら、ちむどんどんに関してはバッシング記事は皆無でしたも根拠のない話ですよね。
ちむどんどん見てるとまともな脚本家じゃなかった。
ひょっとして見習いに丸投げしてたのかと疑ってしまう。
火事と喧嘩は江戸の華だそうですが、炎上と対立はネットニュースの花なんでしょう。
そうでもしなきゃーの弱さもある。
事実検証されていない不安も。
そのような記事に複垢持った人たちが参入すれば怖いものなし信じたお祭り騒ぎだったんでしょうね。
でもお祭りに参加しない冷静な人には見えていたはず。
そんなことないという否定もソッコーで入る不思議。
ネットを我欲で支配しようとしてネットニュース事体の信用性が落ちる心配をしないのア不思議です。
>マスコミは左さんが多いから信用しないよ。
ネトウヨさんは「ちむどんどん」大好きと言うことね。
「ひよっこ」のころからドラマとヒロイン叩きに熱心な方がいたのは覚えています。
主題歌まで叩かれていて不思議でした。
桑田さんの人気は絶大ですもの。
笑いあり涙あり、にーにーに、イライラしたりヒヤヒヤしたり、毎日楽しみに観ていました。
家族みんな大好きなドラマでした。
反省会が盛り上がる朝ドラは初めてです。
結局最後まで酷いドラマだった。
最後の最後までやってくれたドラマでした。
俳優さんたち、お疲れさまでした。
NHKさんに、反省の色、全くなしやな。恐れ入る
竜星涼さん、なんであんな演技してしまったのか?わざとらしいけど。ライオンのおやつの島で畑仕事に精を出す青年の役とかスゴく、よかったのに。
このドラマで、空気読めないけど、嫌なことされても人をすぐ許しちゃう南国出身の知人逹を思い出しました。あるあると思いながらみてました。
ちむどんどん。私は暢子が大好き!暢子は暢子のままで上等。のびのび生きて、キラキラ輝いて。強い日差しを浴びて育つ沖縄野菜のように、みずみずしくて生命力にあふれたヒロイン。良子も歌子も、そして賢秀も、それぞれに困ったところがあってもかわいかったです。ニーニーは身内にいたらほんとに困るけど。笑
子供時代ならまだ見れたんだけどねぇ。
自らの意思で和彦と別れた愛だけど、それでも再登場させることはなかったな。
物おじしないで本音で語りいつまでもメソメソしないで立ち直りが早いしメンタルが強い、人に優しく思いやりがあり間違えれば素直に謝り反省して次の方策を考え機転が利くし賢い、褒められれば素直に感謝して健気で元気が貰えるヒロインでした。イタリヤレストランでも、独立しても、沖縄で店を開いても何処に行っても出来ると確信したならリスクを恐れず前に向かって進んで行くファーストペンギンだ!。
何をおっしゃるウサギさん、
一部の方からは、始まる前から
期待されていませんでした。
逆に叩いていた方がいました。
本筋と関係ないディテールが荒い朝ドラは本筋も荒くなる
豚小屋に妹の体操服を置き忘れた!でこのドラマの正体はもう見えたんです
高評価のレビューにいいね付けたら、一瞬にして★一レビューに「いいね」が入りました。
このサイトのトップの「いいね」がついたレビュー一欄にのったちむどんどんは★5から★1にソッコー変わりました。
そこはアピールの場なんですね。
★一レビューにもいいねがついているのが多いですね。
なるほどです。
「どこでもドア」という書き込みが目立ったように、沖縄と首都圏をいとも簡単に行き来したり電話代が高かった時代に平気で電話を繰り返していたから「時代考証無視」などと散々叩かれることになった。復帰50年記念の作品としてはあまりに下調べがされておらず、とても「復帰50年」として造られた朝ドラとは言い難い作品に成り下がった。私の知る限り民放でも「復帰50年記念作品」と銘打ったドラマが作られていないのは、今作の悪評から下調べをきちんとしないと当時を経験している人たちからどれだけ叩かれることかと恐れたためかもしれない。ほとんどの制作担当者は復帰後に生まれた人か、当時幼児だったはずだから。
沖縄の人たちは「なんくるないさー」と言っていると思いますよ。
いろんな形の沖縄叩きにあきれ返っているでしょうね。
「でもなんくるないさー」
「いいたいやつにはいわせておけばいい」
これ私の大好きな言葉ですが・・・
沖縄の人も他はともかくドラマのことは気にしていないと思います。😊
どこでもドアなんて書き込みは朝ドラでは頻繁に書き込まれている言葉でしかないです。
朝ドラあるあるをここまで叩きまくってしまって
パンドラの箱を開いてしまったようです。
この先の朝ドラも常に厳しい批判がついて回るでしょう。
舞い上がれでも早速始まってしまったようで、制作側も今後は大変ですよね。
誹謗中傷はやめましょう。
ただの評価操作に当たります。
第2週7話~8話、
運動会の徒競走のエピソードに感動しました。
歌子は懸命に走るもビリになりましたが頑張りました。
智が折り紙のメダルを歌子にあげる優しさに心温まりました。
暢子は元マラソン選手の谷口氏みたいに靴脱げちゃったで
ビリになっなったが、懸命に最後まで走り偉かった。
良子は賢秀の不注意で汚れた体操着に拗ねて駄々こねて
いったん運動会は行かないと寝込んが
思い直して洗いざらしの運動着で懸命に走り
2着だけどよく頑張った。そして心配かけた母優子に抱いきつき、
ごめんなさいと謝った。
良く来たね偉いよありがとうと良子を抱きしめた優子の娘への母親としての
愛情が心に沁みました。
賢秀は裸足のアベベになって頑張って一等賞を取って比嘉家の長男
の意地を貫きました。
運動会を通して比嘉家の兄姉妹(きょうだい)愛と母親の愛情に
感動しました。
どこが一瞬で星1にいいねがついたって?
1日中張り付いているのはやはり擁護者。
いつまでもしがみついて、草野球だね。
羽賀○○思い出すドラマだったさ~😏
コロンボが読んでたら笑うだろうなあ。
出てこずにはいられないもんなんだね。
我那覇氏は出てこなくて残念だったけど・・・・
放送期間ダレることなく最後まで息もつかさずほど見ごたえがありました。最後優子おおばを沢山の孫やひ孫に囲まれる大家族の風景は長生きする人が多い沖縄の大家族を象徴しているみたいで良かったです。心が癒され心が温まりるエンディングでした。
いい意味で期待を裏切るスペシャルなハッピーエンドで終わって良かったです。終わり良ければ総て良し、最高な朝ドラでした。
第一話から見直していますが、山原の美しい景色と子供達の生き生きとした演技が最初見た時よりもずっと心に迫って来てなんともいえない懐かしさと、このドラマが本当に好きだという気持ちがまた甦ってきました。これから順番に見返していきますがどんな新たな発見があるだろうかとちむどんどんしています。
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