セリフはちゃんと覚えていないのだけれど、「北の国から」で純と蛍のお母さんが病気で亡くなってしまった通夜かお葬式の夜。
蛍は一心に絵を描いている。
何を描いているのか聞いた大人に「一番いやだった時のことを描いているの、その時のこと思い出していると今の辛さを我慢できるから」というようなことを答えていた。
これは一生忘れない場面。
まだ幼いのにこんなことに気づいていた蛍。
彼女がどんな思いで暮らしてきたのか驚かされたことでもあり、自分が生きていくうえで参考になるかと思った。
何かあって打ちのめされた時、思い出すシーン。
ライアーゲームの「そういうヤツもいるんだよ」について
このセリフはドラマをちゃんと見た人達の間ではけっこう印象深い言葉。
シーズン2で葛城という人を策略で操る超エリート肌のゲーム参加者が現れる。
この人はすべての人間は損得、弱肉強食、優劣といった尺度で自在に
操作できると思っている。だけどたった一人だけ思い通りにならない
参加者がいた。その人の名は神崎直(戸田恵梨香)。バカ正直で
人を疑うことを知らない。純粋でクリスタルのような心…
結局、神埼を自分の手に落とせなかった葛城は神埼のあまりの素直さが
信じられない。そんな純粋で正直すぎる人がいるなんて信じられなかった。
そこへあるイケメン俳優、忍成修吾が演じる池沢が葛城の前に現れて
「そういうヤツもいるんだよ」と言った。
神埼はほとんどのゲーム参加者が葛城の手に落ちて地獄絵のような状態に
なっているときに「みんなで力を合わせてとにかくこのゲームから脱出
しましょう、みんなで信じあえば誰も損はしない」みたいなことを
訴えつづけていた。みんなからバカにされながらも。
「そういうヤツもいるんだよ」は忍成が最後には神埼の味方になって
彼なりの愛を込めた表現で言い放ったセリフ。
代わりに私が説明しました。まあ~そういうことですね。
話の続きですが忍成のセリフはもっと長くて要約するとそうなるんでしょうけど私の記憶では忍成が葛城に言った最後の決めセリフは「いるんだよ、そういう人間も!」だったと思います。
さらに話の続きですが、もしかすると漫画版、韓国版などがごっちゃになっているかも知れませんが内容はそんなところだと思います。
402~404の文章を書いた者ですが、もしかすると私の勘違いかもしれません。でも368さんの文面は今、説明したものではないかと思います。間違っていたらごめんなさい。
「物作りはいいなぁ…」
ドラマ『この恋あたためますか』より。
日頃、経営策、会議、事業計画などに追われる社長の拓実が、現場でお客さんなどを交えて仕事に励む樹木を見て言った言葉。指令する側、現場に携わる側、それぞれの立場を超えて、お互いが尊重し合える関係が望ましいということを上手く表現していると思った。
「あなたはあなた自身のことを頑張ってください」
きょうのちむどんどんのセリフ。
自分自身もいつも言われていることなのですごく腑に落ちた。
自分ができることを増やしていくほうが誰かの役に立てるのかもしれない。
大したことできないのに誰かを手伝うつもりになって人の役に立とうなんて百年早かったと反省した今朝。
先日再放送した「ザ商社」で
石油事業の失敗の責任を負わされて会社を追われた商社マン上杉役の山崎努。
「あなたの部屋も用意してあるから来て」いうピアニスト役の夏目雅子に抱きつかれる。
でも山崎勉は「あんたにとって男は俺一人じゃないように俺にとって女はあんた一人じゃない、現に今のホテルの部屋では女が待っている」と言い放ち、夏目雅子にしたたか殴られる。(結構音がした)
次のシーンホテルで部屋着姿の山崎勉が呼んだのは「レイラ」という名前。
レイラが登場する。
確かに魅力的なレイラ。
このちょっと珍しい名前はエリックプラクトンの名曲「いとしのレイラ」から来ているのではないかと想像してしてしまった。
ロンドンのウォータールー橋の上での男女の別れがこんなにも様になるのは山崎勉と夏目雅子だからか。
ドラマ「じゃない方の彼女」から
『ずっと一緒にいると近づきすぎて大事なものが見えなくなるときがある』
ことわざにある「灯台下暗し」に近いニュアンスを秘めた言葉。
一見、ありきたりに思える言葉だが、不倫まがいのことをした際に
かつて忘れていた(いや、ずっと見ていたが一緒にいて距離を
置かなかった障壁により)妻の特質やら人間性、長所といったものが
見え隠れし、あらためて妻という存在を再認識することができる。
「じゃない方」の彼女の存在によって不倫状態にあった主人公、雅也
(濱田岳)の心境を、それとなしに察した娘、沙織。
その沙織に雅也の母、弘子が孫である沙織に今の父親の悪戦苦闘する
状況を雅也がいずれ目を覚まし妻の元に帰ることを予知して言った言葉。
「今を生きる」
ドラマ「ロング・ラブレター~漂流教室~」で高校教師、浅海暁生を演じた窪塚洋介の言葉なのだが、これはセリフというより浅海が黒板に書いた言葉なのである。今を生きるってありふれた言葉だと思われる人もいるだろうが、この言葉の本当の大切さを浅海が生徒達に説明するわけである。
例えばY軸の線を自分の「未来」とし、X軸の線を「時間」とする。この二つの線はどこまでもある方向に向けてどこまでも果てしなく伸び続ける(ここで面白いのは浅海がそれを宇宙の膨張と同じようなものだという解釈)のだが、ここで自分に選択できるものがあるとすればどの地点か?それはYとXが重なっている部分でしかない。確かにこの二つの線はどこまでも伸び続けている(本人が生きているかぎり)のだが、生きるうえでの選択(たとえばこれから何をするか?どうするか?誰かに会いに行くか?誰かに告白するか?など)が可能なのは二つの線が交わるところ、つまりはこれが「今」なのだ。「今」というのは線のように流れているのではなく、点のようにその瞬間を指して言うのだ、だからこそ今という瞬間を大切にしないといけないという浅海の説明が、このロング・ラブレターというドラマのテーマでもあり、我々の日常生活にも深く関わることなのでとても印象的な言葉だと思った。
「嘘が上手いな、だけど俺のほうが上手だ」
…米国ドラマ「24」より
前のレスにもあったけどこれ、いかにもアメリカの凶悪犯罪を扱ったドラマにふさわしいセリフだよね。米国ドラマでは犯罪の手口が凄まじいほど進化し続けていて一筋縄ではいかなくなっている。24というドラマでも犯罪の手口は斬新にして大胆にしてなおかつ繊細…だから警察側もある意味、その「波」に乗って事件に追いつかなくてはいけない。主人公、バウアーのセリフは敵にたいしても味方にたいしても粋で風刺も効かしたものばかり。時には相手を怒らせ、その反応を見る。事件を終わらせるためなら味方にも激しくなる。セリフがフィットするものであればドラマの展開も数段、面白くなる。
「エリが生まれてからこれまで関わった人達…オレは全部の人達に感謝してる」
ドラマ「プロポーズ大作戦」で鶴がエリに思いをはせて自分の愛がどれほど幸福に満ちたものであるかを表現した言葉。関わった人達の全部の人達の「全部」という部分に強さを感じさせる。
「のだめカンタービレ」という超有名なドラマのセリフに
「作曲家の意思は絶対だ!!」というのがある。
玉木宏演じる千秋真一(音大ピアノ科4年という設定)の言葉なんだけど
妙にこの言葉が印象深く残っている。クラシック音楽って作曲家が手掛けた
譜面通りに演奏するんだろうけど、現代人にとっては少なからずもそのことに
不満を持たざるを得ない場合があるはずだ。このセリフはそういう了見で
出たわけではないけれど、良質のドラマというのは一つのセリフの中に
複数の意味を持たせる。
「漫画原作は改変できるのにクラシック音楽が改変できんのか?」
例えば「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」という曲の第1楽章。
あれを現代人の感性に合わせてもうちょっとスムーズな展開にできないのか?
などと余計なことを考えてしまう現代という名の時代において、
「作曲家の意思は絶対だ」というセリフ自体に妙な「意志」を感じる次第である。
恋愛って…究極の無駄遣いだよ。何の保障もないことに心と時間を使うなんて…もったいない。
「恋なんて、本気でやってどうするの?」というドラマで主人公の桜沢純(広瀬アリス)が言い放った言葉だ。本当は恋愛に限らず何をやるにしたって必ず上手くいくなんて保障はない。つまりこのセリフでいかに彼女が恋愛に対して臆病なのか、あるいは別の意味でとても大事に考えているか…そう思えてくる。隠れた名言だ。
「心に線は引けないからね」
『恋はつづくよどこまでも』というドラマ。山本耕史演じる病院の副院長、小石川六郎の言葉。心の動きは頭の働きとは違い、計算性がなく、企みや配列もない。率直でうつろいやすく自然に湧いてくる。そんな心というものの形にはできない不思議さと尊さを上手く表現している。
このスレの説明が長過ぎて、私は読みづらくなりました。短くまとめてある方が分かりやすくて助かります。
①ドラマタイトル
②セリフ
以外は2、3行くらい空けて書いていただきたいです。
普通にレビューを読んでいる感じです。
まだ観てないドラマやこれから観るかもしれないドラマについては先入観持ちたくないし、目が疲れます。
書きたい人は書いていいと思うけど。
セリフを挙げる理由の説明が必要と訴えた人は、たった一人でしょう?
知っているドラマの、知っているセリフで、あ、うん的な共感が私は好きでした。
私もドラマタイトルとセリフ、あとそのセリフを言った時の状況くらいだけでいいかと思います。
そのセリフを何の先入観もなく読んだ時に自分がどう感じるか、を楽しみたい気持ちがあるからです。
でも、そのセリフに対する思い入れをじっくり書きこみたい人は自由に書いていいと思いますが、417さん同様に短めの方がありがたいです。
ドラマ「GTO」より
軽い気持ちで男の家に行き酷い目にあってるところを鬼塚に助けられた冬月。鬼塚に抱きかかえられながら脱出に成功。その後、冬月が助かったことで気が緩んだのか先ほどまで一緒にいた男の悪口を言い続ける。しばらくは鬼塚は黙って聞いていたのだが、ふと、近くにあった公園の噴水に向かって突然、冬月を投げ飛ばす。「な…何すんのよ!!」ずぶ濡れになり驚いている冬月にたいし鬼塚か言う。
「好きでもない男の部屋に平気で入ったりプレゼントもらえば平気でヘラヘラしたり、そうやって男の気持ち弄んでばかりいるから男見る目腐って何も見えなくなるんだよ。そんなに楽しけりゃ一生やってりゃいいが…愛はなぁ…品定めじゃねーんだ。オレは…アンタにそうなってほしくないんだよ」
若かりし頃の反町隆史がいずれ奥さんとなる、これまた若かった松嶋菜々子に言ったセリフ。最高にカッコ良かったぜ!!
「刑事コロンボ」で主人公コロンボのセリフ
「申し訳ありませんがあなたがプロなら私もプロなんですよ」
プロ級の犯罪者にたいしてプロの刑事が戦いに挑む。犯罪者のレベルが高いほど、コロンボ刑事の凄さが引き立つ。そんな感じだ。
ドラマの台詞じゃないんですが、眉村卓さんの「まぼろしのペンフレンド」に関して記載がある論文の中に、この作品の学年誌連載(中学1年コース)について、
「眉村は、三十年前すでに中学生が二十枚の連載原稿を読みこなす読書力がないことを知ると、平均七枚で三つの章にわけて物語に勢いをつけたという。」
《石崎洋司「焦燥の不在―あえて、歴史SF児童文学ではなく、SFと児童文学の歴史を考える」(『日本児童文学】49巻6号[2003.12])より》
という記載があるそうです。
NHKの 少年ドラマシリーズでドラマ化されたとき、『「まぼろしのペンフレンド」は、「中学一年コース」誌に連載された作品で、ぼくの記録によれば、第一回を書いたのが1966年の1月27日、最終回の脱稿が11月3日となっている。』と、眉村さんは語っていたそうで、多分、11回の連載なのかな。
原稿用紙1枚が400字だから、原稿用紙7枚は 400×7=2800字。
2800字×3が、一回分の字数だったのかもしれません。
眉村卓というベストセラー作家の人気小説でも、字数には気を遣っていたということなので、私達素人の書く文章が長文だと、確かに読むのは大変なのかもしれない、とは思いながらも、私自身は長文を読むのは苦になりません。
色々書いてある方が読んでいて面白くもあり、このスレも読むのが楽しくなっていたところで、他スレでも、時々長文の感想を見かけるとワクワクして読みます。
私のように、短文ばかりだとTwitterみたいでつまらない、と感じる者もいます。
なので、短文の方が書きやすい方はそれでいいと思いますが、沢山書きたい方は遠慮しないで書いて欲しいという希望を、個人的には持っています。
このスレが立てられた頃のほうが好きでした。
スレごとに違う空気感があっていいと思う。
ですが、長文を否定しているわけではありません。
君はクラスで三番目にかわいい。
君の膵臓を食べたい で、北村匠海が浜辺美波に言った言葉。
友達以上、恋人未満の二人の関係を象徴するいい言葉かな?と、思った。
実際には浜辺美波は超絶美少女なので、ダントツ一位なんだろうけれど。
「キミスイ」観ましたー!
便乗しちゃおう♪
『後付けでさ、自分が出来ない理由探すのだけはみんな得意だよね』
「思い、思われ、ふり、ふられ」からです。
アニメと実写あるけど。
自分の夢と好きな人に何も言わず諦めようとする和臣の背中を押した言葉。確か(自信ない)
ザ・青春ものだけど。大人だって、ね?
『野茂できた』
「それでも、生きてゆく」4話より
双葉(満島ひかりさん)が母親が自分の本当の母親ではないという事実、自分と兄が妹とは義母兄妹であると初めて知る。兄の居場所はわからない。家族としてやり直していこうと説得しようとした矢先に知った真実。
双葉は家を飛び出し、手にしていた日向夏を野茂英雄さんのトルネード投法を真似して投げつける。
目に涙を溜め、ひと言。
たった、これだけの短いセリフに込められた想い。
自分史上最高のセリフかもしれない。
「やり直したきゃ何もしないことだよ」
ドラマ「ハゲタカ」の大空電機社長の鷲津政彦への言葉
ずっとわからなかったこのセリフの意味がようやく分かってきた。
本当に体験しないとわからないことだと思う。
よって説明も難しいので諦めます。
『頑張ることが大きな一歩となる人だっているんだ』
ドラマ「この恋あたためますか」より
仲野大賀演じる誠が中村倫也演じる拓実に言ったセリフ。ここで頑張る人というのは森七菜演じる樹木のことを指しているのだが、とかく結果が大事とするビジネスタイプ人間である拓実に「努力すること自体にも価値はある」という考え方だってあるということを伝えようとしている。無論、拓実もそのことはわかっているのだが、ある意味、誰かに言われてみたかったという部分もある。拓実は樹木のことが好きなのだが、つい、心にもないことを言ってしまい、本当に思っていることを樹木に伝えるキッカケが欲しかった。
「誰だ君は!出て行きたまえ!!」
ドラマ「白い巨塔(唐沢版より)」のセリフです。名言とは言えないのかもしれませんが強く印象に残っています。ベッドで末期ガンのため生死の境をさまよっていた財前五郎に鵜飼学長が別れの挨拶をしにきたのですが、そのときに財前の口から出た言葉なのです。なぜ学長にたいし、そんなことを言ったのか明確なことはわかりませんが、すでに財前の意識は朦朧としており今まで本当に世話になった人、あるいは医学と真正面に向き合った同志しか覚えてないのかも知れません。財前にとって学長とは人間として結びつきがなかったのでしょうか…いずれにせよ視聴する側にいろいろと考えさせてくれるセリフでした。
「鎌倉殿の13人」より
『ハイ!いただきましたぁ~!!』
頼朝と政子との会話から出た言葉だが、初っ端からコレにはまいった。大河という長い尺でいきなり「これはこういう感じで突っ走りますのでよろしく」みたいな、別の意味で視聴者にたいする「ご挨拶」的な要素があった。
鎌倉殿の13人といえば「オレだって怖いよ~小便ちびりそ!あ!ちびった!!」ってのもありました。どんなシーンだったかよく覚えてませんがセリフだけは記憶にあります。何しろ大河ドラマで今まで聞いたことがないような現代的な言葉の連続でしたから。
私も『鎌倉殿の13人』の話ですが、
「下手すりゃ首チョンパだぜ」
みたいなセリフが始めの方でありました。
正確なセリフは忘れてしまったのですが、首チョンパという言葉ははっきりと言ってました、
名セリフとは言えませんが「奥さまは魔女」という米国ドラマの日本語版でのナレーションにある言葉。
「奥さまの名前はサマンサ。そして、旦那さまの名前はダーリン。ごく普通の二人はごく普通の恋をし、ごく普通の結婚をしました。でもただひとつ違っていたのは奥さまは魔女だったのです」
自分がドラマの冒頭でのナレーションで全文を憶えている唯一のドラマ。
アニメ フランダースの犬 でのネロの言葉。
「パトラッシュ 僕もう疲れたよ」
日常生活でも結構使ってます。
「名探偵ポワロ謎の盗難事件」での親しい実業家と政治家のやり取り。
「なぜ政治家は他の人間を馬鹿にするのか?」
「それは我々に投票したから」
韓国ドラマ「スタートアップ・夢の扉」から
「迷ってもいいから地図のない航海に出ることも大丈夫そう。君と一緒なら」
ナム・ドサンが相手役のソ・ダルミを見つめながら心の中で言ったセリフ。
いかにも韓国ドラマらしいクサい台詞だが、このクサさがクセになる。
30年前の日本の純粋なラブ・ストーリーを彷彿させる。
「また村が一つ死んだ。行こう、ここもじき腐海に沈む」
風の谷のナウシカで勇者ユパが映画の冒頭で発した言葉です。
滅び、絶望が何度も繰り返される。 それでも、人類を助けるために腐海の謎に挑み続ける ユパ の静かな強い意思がその表情から読み取れて、どうという言葉ではないのに、印象に残って記憶しています。
ジブリにはいい映画が多いけれど、私にはナウシカがジブリの最高傑作ですね。
昔のサントラは主題歌挿入歌も入ってたんだね。
それ大事でしょ。
白線流しも主題歌入ってましたし、星の金貨も、
みにくいアヒルの子なんか君を忘れないと大空と白い大地も入っていたとは、
みにくいアヒルの子は持ってませんが、購入したいです。
スマホで聴けるけど、サントラと主題歌両方入った
流れはお願いしたいね。
ごめんなさいBGMのコーナーと間違えました。
「上から圧力がかかった」
太陽にほえろ!という昔のドラマで「ボス」を演じた石原裕次郎のセリフ。一見何でもないセリフのように聞こえるが「上からの圧力」などというストレートに思ったことをズバッっと口に出してサマになる役者はそんなにいるものではない。
初恋の悪魔より
「マーヤーのヴェールを剥ぎ取るんだ」
自宅捜査会議で、真相解明に向かう時に毎回出てくる、この台詞。古代インドの哲学用語だと出ていまして、表面にとらわれていると、本質が見えなくなるという意味だそうだ。ヨガでマーヤーとは、この世界のことを指す。
「お前はお前だから、他人を納得させなくていい」
ドラマ『梨泰院クラス』で人の言うことを気にしすぎるあまり、すっかり自信を失いかけたヒョニに一人の友としてセロイが彼に言った言葉。
「私だけでも自分を愛してあげよう」
同じく『梨泰院クラス』というドラマで、生まれながらに誰からも祝福された記憶のない不遇な生い立ちのスアが自分自身に向けて言った言葉。切ない…。
ドラマの台詞ではないですが、
「無言館」のドラマで描かれる主人公のモデル・窪島誠一郎さんご自身が、『声なき声に耳を澄ませて 吉永小百合とともに』の中で話された言葉。
「絵にはね、一つだけ他の芸術とは違ったところがあるんです。一つだけ。
その一つというのは、描こうとするものを愛してないと描けないんです。愛さないものを描けないんです。文学や演劇は、憎むべきものもテーマにすることが出来るんです。悪を描くことも出来るんです。絵は違う。絵は違うんです。絵は、花を描いても、夕焼けを描いても、人を描いても、描こうとするものを愛してないと描けない。好きじゃないと描けないんです。
だから、絵というのはね、もう典型的な平和の証であり、人間が一番大事にしなきゃいけない愛の証なんです。その描いた人と描かれたものとのデートの時間なんです。記録なんです。大好きな人とのデートの時間を刻みつける凄さ。
人間なんですよ、その凄さを持ってるのは。
反戦平和、無念の涙、毎年8月15日が来ると、その見出しがおどります。もちろん、そのことを伝えるのも大きな役目です。
しかし同時に、もう一度、繰り返させてください。
人間の生きる可能性というのは素晴らしいものを生み出すんだ。
愛ですよ。」
感想割愛。ここには書きたくない。
でも、この先ずっと、記憶に残り続ける言葉なのは確か。
そうさお茶の間は愛なんだ
憎みあって滅びるか
愛し合って生み出すものを求めるか
そうさここから愛なんだ
絡まないでください。
感想がとても個人的なことに基づいたものだったので、書きたくなかっただけです。
変に話を曲解されて読み取られるのが嫌だったので。
絡みたがりのマナーのない人が多いのも理由の1つではありましたが。
でも、444に書いた言葉は、こうしたサイトにご紹介したいぐらいの言葉だったので投稿したまで。
芸術表現についての話を、お茶の間の話なんかにしないでください。
此処もヤフー感想も年配者が多いのね。
たかがドラマの感想ですが、
若い人は年配者にマインドコントロールされている可能性
も0じゃない気がする。
見ておくべき作品の方が酷い書き込みやめて❗
政治も社会の流れも年配者が決めてる怖さ、
将来泣く事がないようにしっかりしないと悪い方向に
行くだけよ。
年配者は先が短いから若い人がどうなろうと
考えていないんだよ。
ドラマの感想気を付けて欲しいですね。
書くとこ間違えた。
ごめんなさい。
>>444の窪島さんの言葉の感想、やはり書いておきます。
長文になりますが、絡まないでください。
文章も、絵と同じく、きちんと時間をかけて自分の心をどう表現しようかと愛情を傾けながら書くものだと自分は思うし、最後の部分の「品定めしてはならない」は、絵だけでなく、全ての表現活動(勿論、感想文も)に通じるものだと思うので。
絵を描くことが苦手なのもあって、学生時代、美術の時間は苦痛でしかなかった。
絵を描くのを楽しいと思ったこともなく、美術館に行っても 何となく眺めるだけで、 美術作品で感動というものも、実は全くしたことがない。
したことがないと言うか、出来ないでいた。
好きな絵はあるけれど、ただ、好きというだけで、 じっと眺めるということもあまりなかった。
絵から何を感じ取ったらいいのか、よく分からなかったとも言える。
窪島さんの言葉を聞いて、ようやく分かった気がする。
絵は、描いた人が持っている愛情。
描いているものへの愛情そのもの。
描いた人の愛情、描いているものへの愛情を感じればいいんだ…と、ようやく分かった。
絵を描く人ならではの言葉。
子供の頃に、この言葉を聞きたかった。
こんな風に、絵というものを考えたことがなかった。
絵は自己表現、絵は描いた人の心、ということは分かっていたけれど、どの作品も、描いているものを愛しているから描くのだ、という発想はなかった。
絵を仕上げるのには時間がかかる。
描いているものを見つめ続け、考え続ける。
何日も何日も、時には何ヵ月も何年も。その長い時間。
その時間の長さ故に、愛情が必要とされる芸術ということなのかもしれない。
…しれないが、その長い長い時間は、絵に限ったことではないようにも自分は思う。
窪島さんは、絵を描く人だから、そう思うのではないか。
絵を愛する人だから、絵は特別、絵だけは…と思うのではないか。
小説や漫画等を書く人は、作品や登場人物を自分の子どもだとよく表現する。
自分が生み出した自分の子ども。
音楽を創る人や奏でる人は、その音楽を自分の心、自分そのものだと思う。
どれも、長い年月をかけて造り出すもの、生み出すもの。
自分は絵だけは特別…とは思わないけど、絵を見るときは、シンプルに、その作者の愛情を感じれば良いのだ…ということに気が付いた。
美術館は、その愛情が詰まっている場所。
今度、美術館に行く機会があったら、今度は前とは違った気持ちで絵を見ることが出来そう。
美術館は、静かに鑑賞する場所。
音を立ててはいけない場所。
描かれた愛情を感じるのに音は邪魔。
描かれた作品をあれこれ品定めするような美術評論などは、論外とも思う。
人間を、人間の心を、人間の愛情を品定めしてはならない。
⚫まずは自分の弱さを知ることだ。(桜木健二=阿部寛)
いつもいつも馬鹿の一つ覚えで、喧嘩を売っては大赤っ恥の大惨敗を繰り返す性懲りもない大バカヤロー(愚か者)。
そんな大バカヤローを見掛けた時に、コイツに一番足りないものはこういう事なのだろうと思い出す、名作「ドラゴン桜」の名セリフ。
「矢島! ケンカに強くなる方法知ってるか? まずは自分の弱さを知ることだ。」
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