



2.61
| 5 | 380件 | ||
| 4 | 97件 | ||
| 3 | 104件 | ||
| 2 | 69件 | ||
| 1 | 645件 | ||
| 合計 | 1295件 |
か す こ ふ
わ え え し
の 💛 こ す 👧 ぎ
じ に の の
の ほ に く
万太郎の敵になるのは要潤さんだと思って見ていたのに、ネタバレされて迷惑です。
時々 いやしょっちゅう
前作で散々批判されてた内容が書かれていて
まぁ不思議!
天と地くらい差のある朝ドラなのに
何で同じようなって んな訳ないだろ笑
海外の研究者が日光・富士・箱根の植物採集に勤しんでいるから
「わしも負けていられません!」という万太郎。
天真爛漫に見えて、実は、植物にかけては人一倍の負けず嫌い。
これが主人公のキャラなんだろうなあと思います。
助教授・徳永先生のモデルが松村任三さんなら、松村さんがちょっと可哀想な気になります。
>万太郎「ジョン万次郎さんに会わせてくれた友人に、僕は酷い事をしてしまったんです」
ではなくて
万太郎「ジョン万次郎さんに会わせてくれた友人が、身を盾にして僕の無実を晴らしてくれたんです。とても感謝してます。」
これが当たりかな。
軽々に口にすることでもないような。
個人の感想ですが。
万太郎は普段はズボラだが、さすが東大植物学教室では本領を発揮して真剣に植物に向き合う姿勢が頼もしかった。子供のころから独学で猛勉強して学生たちより植物学は優れているはずなのに見下さず素直に学生たちから教えを受けたりさりげなく助言したり謙虚でした。僅かだけど万太郎も教えを受けた土佐のジョン万次郎の教えを学生時代田邊教授も受けたと知り万太郎との縁を感じて感慨深かった。自分だけが果たせる務めがある、人生は短い悔いなく生きよというジョン万次郎の助言を思い出した万太郎は改めて万太郎だけが果たせる務め日本の植物学のために生きようと決意した。植物学教室に置かれた寿恵子の好きな牡丹を描き寿恵子に贈り励まされた寿恵子は見知らぬ世界を旅したいと叔母からの勧めの鹿鳴館に行く決意をする。見知らぬ世界を見てみたいと望む寿恵子と植物の見知らぬ世界をまい進する万太郎自身を重ねて寿恵子を励まし応援した万太郎の優しさと思いやりに感動しました。
今週も一週間まとめて見ました。
東京大学に出入り出来るようになるエピソードは史実なら仕方がないが無理矢理感はぬぐえなかった。
万太郎と寿恵子のやりとりは正直酷かったです。
結婚後もこんな感じの二人なら結構しんどいかも。
BSプレミアムの集中再放送後に「ヒストリア 〝私は植物の精である〟牧野富太郎 夢の植物図鑑」の再放送、そのあとプレミアムシネマ「里見八犬伝(1983年角川版)」の5/23(火)13:00時から放送の番宣…もうどれだけ「らんまん」づいてるんだNHK!。若き薬師丸ひろ子さんと真田広之さんの姿が番宣映像に…50代後半より上は人形劇の「新八犬伝」だろうけど、それより下の世代はやっぱりこれだわね〜〜!。
ヒストリアには描かれてなかったスエさんの本当の苦労話を知りたい。角川映画の八犬伝でごまかされたくない。
史実をなぞるだけのドラマでリアリティにかけるというドラマは存在しないと思うけど?ボキャブラリーが足りない人が批判するのは多分知識不足を頭の中で補えてないのだろうと思うからどーでもいいんだけど、なんといっても美波ちゃんは可愛い。それだけだ。
これまで視聴したけど、この先も安心してみれるな。
ここ数年の朝ドラの中では、比較にならないくらい
よくできたドラマだよ。
重箱の隅をつついても逆効果だな。
勝負あった。
新八犬伝、
関東管領・扇谷定正もけっこう出ていたな。
33回の感想 その1
水曜日(33回)は重要な回でした。全編ほとんどのシーンが〝青長屋〟の研究室での密室劇。舞台劇の脚本出身という長田育恵さんの意気込みが伝わる勝負回でした。
万太郎が〝東京へ出る為しっかり準備をしてきた〟言葉が嘘でなかった事が証明されました。初めは強気で行く気は無く、誰もいない部屋に有った日本地図の西日本側に全く赤字が無いのを見た時点で「自分の土佐の資料は大きな武器になる」と気付いたと思います。そして田邊教授以外の人が来ても研究室に居残り、「大窪講師は父親の浪費癖、つまり植物より自分の財政のほうにご執心な人物」「学生たちは自宅に顕微鏡を持ってない」事を観察しました。
満をじして田邊教授が登場し、小学校中退を理由に徳永助教授に追い出されかけますが、英語で「あなた方は黙ってわしが世界に打って出るがを眺めちょったらえい」と宣言したところから反撃開始、教授に問われた「自分はなぜここに来たか」を冷静に答え英語力、標本、土佐植物目録と自分の能力をアピール。
学歴が無くてもそれらが出来る彼は馬鹿ではない、〝肩書きより実〟な彼の特性が濃密に描かれた15分でした。
私は土佐は自分の誇りとばかりに、世間では無名な池田蘭光先生を堂々と師匠と言い切り、幼い頃から変わらぬ万太郎の志にグッと来ました。
まるで一流の賭博師さながらのかけ引きを観るような、見事な交渉術でしたが次回の冒頭、帰った草長屋で立ち尽くす姿は「あれはかけ引きと思わずその場でやったパフォーマンス」「それだけ準備しても勝てる確証は無かった」事を暗に伝え、つまりそれが自然に出来る彼は〝天才〟だという事。しかし彼はまだ自分のパフォーマンス力に気付いておらず、実力が高くてもどのレベルなのかもわかっていません。それはまだ同じ植物学を志す他人と研究を共にしておらず〝比較する物差し〟がなかったから。
確かにうまくいき過ぎ感はありますが、米国帰りの田邊教授が万太郎と同じ外国レベルに日本の植物学を引き上げたい〝こちら側の人間〟だった事、そして〝旧態依然の側の人間〟である徳永助教授と大窪講師も出しまだ固まっていない植物学科の現状も描き「黎明期だから土佐の万太郎は有益と判断された」顛末が丁寧に書かれた脚本だったと思います。
33回の感想 その2
そのように東大植物学科は一枚岩ではない事も描かれました。旧態依然の助教授の徳永と講師の大窪、それに穴を開け新しい高みに日本(おそらく鹿鳴館のほうも担当しているという事は、彼が目指すのは日本の植物学だけでなく日本全体の底上げでしょう)を引き上げたい教授の田邊、それらに右往左往する学生たち。何かこれから亀裂が入る、勢力図が変わる前夜のような。そこに〝天才〟万太郎が現れた。
やたら〝初代〟教授を強調し、自分に続く者はいないのかと鼓舞するかのような田邊教授。腰巾着タイプの大窪講師。狭き門をくぐり抜けたと言いながら標本作成まで身が入りきらない学生たち。「出来ましたら、田邊教授にお会いしたいがですけんど」発言に(ここは万太郎もずうずうしかったですが)かすかに身震いし全身硬直した徳永助教授は絶対、明け透けな性格が大嫌いな人間。祐一郎、蘭光先生とも合わないでしょう。
今の万太郎はまさに〝水を得た魚〟ですが同時に〝出る杭は打たれる〟という諺も浮かびます。「便利な人が来た」と喜ぶ学生たちはいずれ万太郎に追い越されるでしょう。その天才ぶりが自分たちの脅威になると気付いていないから。逆に「凡人は天才に抜かれる運命」とわかっているからこそ心の中で万太郎を認めているのは徳永助教授と大窪講師のほうです。認めたからこそ、その天才ぶりを恐れている。肩書き第一の彼らはそれにしがみつかねば地位は無い。その為に万太郎の功績を自分たちの手柄にする、或いは無理難題をふっかける事も辞さないでしょう。
彼らのように草花への情熱が一番でなくても植物学の世界にいる者もいる。情熱はあっても実力が伴わない者もいる。万太郎は日本の草花を愛するあまりいつかは田邊教授とも、それ以上の地位の人ともぶつかる可能性も有ります。
万太郎の天才ぶりとそれら他者が引き起こす軋轢がこれからどう描かれるか。
これは面白くなってきました。
制作統括の松川博敬さんが公で話したコメントによると
「まず、この『らんまん』は牧野富太郎さんをモデルにしたフィクションの世界であるということが前提にあります。」
「猶さん(綾さんのモデルの従妹)は酒屋を継ぐというのが史実としてあったので、そこをトレースしたということなんですけど。深く知りたい方は興味を持ってドラマとは別の話として調べていただきたいですけど」
と話されているので、ドラマのストーリーはあくまでフィクションなのです。「らんまん」はドラマを作っているのであって、史実を作っているのではないのです。
いつまでもモデルの方の人生の史実にこだわって、さもドラマの内容のように中傷している人は筋ちがいも甚だしいので、自粛して頂きたいと思います。
ここのちゃんねるレビューで使われている用語、史実=事実 ということでいいのでしょうか。史実は歴史上の出来事だと思うので、モデルの人の実際の身の上話なら事実かなと思うのですが私が間違っているのかな。
もちろんフィクションだと思って見ていますが、主人公にモデルがいるように、脇役にもモデルがいるものと思います。なので事実はどうだったかを知ることは大事だと思い本などに目を通していますが、そこを基準に生じる疑問や批判は、中傷になってしまうのでしょうか。
事実は事実であって、フィクションであるドラマが事実と違っているからと言って批判するのは違うんじゃないでしょうか。
批判と中傷は違いますが、中にはモデルの人に対して中傷になってしまっている投稿もありますね。
「(双子の生卵を飲み込んで)大学なんてとこはな、日本全国から神童と呼ばれていた連中が集まって来る。かくいう俺も!、尾張名古屋の神童と呼ばれていた。が!、入っちまえば地獄じゃ」
草長屋の愛すべきキャラクター、堀井丈之助。
彼は「もう1人の万太郎」ですね。世間でよくある「そんな奴は最高峰へ来ればゴロゴロいる」と落第生の烙印を押された元・期待の星。東大植物学科のトップが田邊教授でなかったら、旧幕府の化石・徳永が教授だったら万太郎も同じ運命だったかも知れません。
丈之助自身が「文学で、未だ旧態依然の遅れまくっている日本を何とかしてやろうと」と語った事から彼を落第させた先生は旧幕府の化石だと想像します。丈之助の文学の才が出て来てないので実力のほどはわかりませんが、神童だったなら並以上のはず。早くに東大の門を叩いたばっかりにそうした古い考えの先生ばかりにぶつかってしまい、運と人脈は万太郎より無かったのではないでしょうか。
もちろん万太郎が採用されたのは彼自身の実力ですが、認められるにはやはり実力だけじゃなく運と人間関係も大事だと感じます。だから丈之助は「万太郎がもしかしたら将来なったかも知れない姿」です。
34回の丈之助の激励のエールを観て、そういう比較対象として脚本の長田さんが創造したのではと思いました。彼という現実があるから万太郎の今回の植物学科への出入りOKは絵空事にならずに済んでいる。よそ者を許すなんて有り得ん、だからいていい間は頑張れと主張する、世間はそんな甘い物じゃない、それらを経験している現・落第生の彼がいるから万太郎の幸運は万全でなく、砂上の楼閣だと視聴者に知らしめてくれている。
「おぅ厚かましい万の字め、おおおぉぉ…お前がいて良かったと思わせるわ。せいぜい、頑張れ!。頑張りやがれ!!」私はほんとにお前がいて良かったと思うよ、丈之助。
十銭の賭けのエピソードも良かったですね。私、前作の「一太が大阪の物産展へ来た時、あの企画係の彼女を物にするかどうか」で木戸さんと信吾さんにこういう賭けをやって欲しかったのです。カウンター席の告白で締めもあれで悪くなかったですが〝並みの脚本〟。朝ドラで世間の厳しさをユーモアで受け流すやり取りが観たかったので、今回みたいな〝ひと工夫ある脚本〟を待っていたというのが正直な気持ち。
上記の激励で熱くさせた直後、引き戸を開けた魚売りの福治さんが煮干し?をかじりながら「十銭」、ストンと落とす間が朝のひと時に最高。丈之助がスッキリするまで待ってやっていた気心がいいですよね。
中傷はいけませんが、事実と違いますよという疑問や批判は、ここに書いてはいけないことではないですよね。
田邊教授に興味があります。「国のお金で留学させてもらったから。」と言って、本当は方々へ調査に行きたいのだけれど、そこは我慢しながら自分の仕事に取り組んでいる、というところに人間ぽさを感じます。
万太郎にとって大学は、色んな意味で緊張感のあるところになるでしょうから、寿恵子さんがその緊張をほぐしてくれそうだなと思いながら見ています。
「いだてん」でも出てきたが、当時は教職資格者が絶対的に不足していたから、教員養成学校は卒業後教職に就くことを条件に学費が無料のところが多く、経済的に苦しいけど学力がある学生の多くが進学した。東京帝国大学がどうだったのかは分からないが、国費で留学させてもらったのであれば義務付けられていたとしても不思議ではない。
実在の人物である牧野富太郎をモデルとするが、激動の時代の渦中で、ただひたすらに愛する草花と向き合い続けた、ある植物学者の波乱万丈の物語として大胆に再構成。登場人物名や団体名などは一部改称して、フィクションとして描き、原作はない。
という事なのですから、事実と違うからと言って批判するのはいかがなものでしょうか。
史実と違ってるとか批判になるとかr意味がわからん
作ってる側がフィクションだと明言してるものが何故批判なんだ
史実とドラマがどこが違うと指摘するのは問題ないけど 何故批判?
らんまん俳句
語り合うふたりの傍に牡丹かな。
. そば
贈りもの牡丹に込めた思いやり。
里見八郎(仮名)
全くドラマというものが分かっていないと、誰が何を言おうと理解出来ないのは仕方ないな。
NHKさんも毎度毎度決まり文句で、モデルありのフィクションだとかしつこいと思ってたけど
何時迄たっても理解出来ないのもいるから仕方ないなあ。ホンマ苦労してまんな。
2023-05-20 22:59:41=屁理屈大王
馬鹿じゃないの?。どのモデルが有る朝ドラも勝手にストーリー作りフィクションな部分は有るのは当たり前。らんまんも骨子の大きな部分は牧野さんの生涯を使い逸脱しない範囲内で物語を作ってる。今作はむしろその中でフィクションにしてる自由度が絶妙で上手いから成功してる。史実とはまた別のところが多いながら魅力あるストーリーが成立している。それがわからないかな?。
それを好き勝手だの、都合が悪い部分はフィクションで済ませるだの、酷いだの意味がわかりません。こういうのを「いちゃもん」「物事をねじ曲げて捉える」と言います。言いがかり以外の何者でもないですよ。呆れてものが言えません。どこら辺がねじ曲げて好き勝手なのか、どこら辺が都合が悪いのか論理的に説明して書いてほしいわ。貴方の屁理屈で言ったら旦那が台湾出身・中華民国籍でなかった「まんぷく」も、旦那に不倫させず骨髄バンク設立に動かなかった「スカーレット」も好き勝手で都合が悪い部分はフィクションで済ませ酷いという事になってしまう。
違反報告しました。酷いのは貴方の心だよ!。
万太郎は馬鹿になんて描かれていないと私は思います。人に優しく、賢い人物に描かれています。誰にでも欠点はありますが、だからと言ってそれでその人が馬鹿と言う事では無いと思います。
私は過去の朝ドラの中でも、一二を争う争うくらいの素晴らしい魅力のある主人公だなと思って見ています。
本当に脚本もキャスティングも素晴らしい。らんまん最高です。
万太郎が馬鹿に描かれて知的に見えない?
寿恵子ちゃんが明治時代の娘ぽくない?
ほんとかいな、どこがそうなのよ?
ちゃんとドラマには二人が優れた人物だと描かれてるよ!
万太郎は洋書が読めて、英語で会話出来て、植物学の和洋の本の内容を理解しほとんど暗記しており、ラテン語で学名も書けるのだ。はっきり言って、明治16年当時の日本人の中では、万太郎は超インテリだと言えるだろう。
寿恵子ちゃんは17歳で里見八犬伝が読めて理解が出来る点がスゴイ。八犬伝はある程度日本の歴史や中国古典に日本の軍記物語や古典を知らないと理解できないし面白くない。また原書はかなりの読解力が必要なのだ。彼女は三国志の桃園結義をちゃんと知っていた。当時の町娘の中ではかなり頭脳は優秀だろう。
しかもちゃんと家業の和菓子屋を手伝い、身なりもきちんとしているしっかり娘なのである。
部屋が本で散らかっていて、今日のオタク要素があり、元気なのはご愛敬。なにしろ彼女は明治16年当時の17歳の
江戸娘気質を持つ
「オキャンな明治娘」
なのだ。だからそれでいいのである。またそのオキャンな所が寿恵子ちゃんの素晴らしい魅力なのだ。見事なキャラ造形だと思う。
さて、これ等はちゃんとドラマで丁寧にきっちり描かれており、ドラマをしっかり見てれば解るはず。ドラマからの情報で二人の優秀ぶりは理解出来ると思うのである。
それはぼんやり普通に見ていてもなんとなく理解出来るだろう。
それが解らないのは、かなりドラマ読解力がないのかもしれませんなー?
「らんまん」のムック本が出版されたら、購入して解説をよく読んでちょうだいませ!
お気持ちはわからなくはないですが、他のユーザーに対して、もう少し冷静になりませんか。
植物学黎明期のお話を興味深く拝見しています。
ただ、わかりやすくするために人物像をステレオタイプに描かないよう、その辺は慎重にドラマ化してほしいなと思っています。特に徳永助教授。自然科学の学問ですから、関わった人たちの人間模様以前に自然がある、というのを忘れずに見ていきたいと思っています。
先週は寿恵子さんが頬に牡丹を描く場面が良かったです。
人の気持ちがスッと伝わってくるシーンが好きです。
桃園の儀を結びぬ。
私は意味がわからず今検索してみたところです。三国志から来てるんですね。ありがとうございます。
すえ子が明治の娘に見えないのは言葉遣いから言えます。「馬琴先生天才過ぎる」これは今の言葉でしょうし、かるやきを万太郎に食べさせたりするのは、明治の慎ましいイメージの女性とは違います。ですが、朝ドラですから現代風に楽しく見やすくしてるのがわかります。
私のイメージでは万太郎に食べさせたと言うより、目の前に熱々のかるやきが出てきて、万太郎が我慢出来ずに思わずかぶりついたって感じです。
かる焼も美味しそうだったけれど、万太郎可愛かったぁ~(笑)
そうなんだよね。ドラマの面白さというのはそういうもんだもんね。
らんまん短歌
長年の励みが実り東大で学生たちと堂々学ぶ。
怯んでた知らぬ世界の旅立ちに牡丹と共に背中を押した。
梅津武雄(仮名)
一部の方が毎度バカだバカだとリピートして
万太郎をバカと決めつけるのはどうかと。
某テレビ局の番組英雄たちの選択で万太郎の
モデルの牧野富太郎はズボラだと言われていたそうです。
その番組の有識者が言っていましたが
牧野氏は人間に対してはズボラではあったが、
植物に対してはズボラではなかったと。
それを踏まえてバカではないが万太郎のモデルの人物を
踏襲してズボラ感が出ていると思う。
でも植物学は超一流。
スエコまだ17なのか。23、24くらいだと思ってた。
東大の人では今野さんと田中さんが明治に本当にいそうな
顔してて良いですね
便利な人がやってきたと喜んでいた人たちも、ジョン万次郎との話や知識の豊富さ、技術の確かさを目の当りにしたら、便利だと喜んでばかりはいられないでしょう。
努力しても血肉にならない人も実を結ばない人もたくさんいる訳ですから、小学校中退でありながら教授と英語交じりに親し気に話す姿を良く思わない人は日に日に増えるかもしれません。
周りがどれだけ冷ややかに見ていても気にしなさそうな万太郎ですが、余計に妬まれそうです。
>
すえ子が明治の娘に見えないのは言葉遣いから言えます。「馬琴先生天才過ぎる」これは今の言葉でしょうし、かるやきを万太郎に食べさせたりするのは、明治の慎ましいイメージの女性とは違います。ですが、朝ドラですから現代風に楽しく見やすくしてるのがわかります。
まぁ、聖徳太子が出てくるドラマでさえ現代語で会話してますからね。
理由はもちろん、視聴者がわかるようにするためです。
「馬琴先生、天才過ぎる~。」のセリフは、私も一瞬耳を疑うほど時代錯誤を感じました。
でも、きっと現代人だったらこんな感じだよね~ぐらいのノリを狙ったんだろうと思いました。
こういうニュアンスは好みで印象が変わるかもしれないですね。
最近を舞台にした話とは違い、視聴者が誰一人生まれていなかった明治時代初期中期が舞台の話なら記憶と照らし合わせることなどできないからやたら文句を言う人はいないと思っていたが、文句を言う人は自分の記憶だろうと無かろうと次々いうのだということがはっきりした。
このドラマ、歌舞伎に近い感じ。
ただ、近代が舞台で伝説(笑)ではなく資料が普通にある人がモデルだから、時々違和感はある。😅
歴史探偵や知恵泉のほうが向いてると思う。
最近ドラマで伏線回収がもてはやされていが、伏線回収と
いってもただ裏をかいて大げさに驚かそうとしている
流れになっている。賛否は置いといて例えば空飛ぶなにがしや
子供の顔に傷つけて偉人と海外に逃げた母など大げさな大振りの伏線回収も
面白いと思うが、このドラマはストーリーの流れの中でさり気なく
使われていた。万太郎と田邊教授との共通したジョン万次郎の繋がりや
寿恵子や母や叔母の鹿鳴館の話しが伏線になり見知らぬ世界を見たい
鹿鳴館に行きたいと決意する寿恵子の伏線回収に繋がった。
今作は伏線回収が地道に自然に機能している。
花期で物語を紡ぐ 土佐から上京編
キツネノカミソリの花期(花の咲く時期)は8月のお盆。万太郎と逸馬らが捕まり綾と竹雄が踊ったあの祭の時期とピタリ一致します。
綾に言った竹雄の「好きじゃ」、敬語でなく本音なのがあの一言だけなのが本当にたまらない。あの告白シーン、やはり2人の顔が同一画面に入らない〝目線外し〟の演出から入って、櫛を渡す場面で初めて竹雄と綾の表情が同じフレームに。そこから旅立ちで竹雄が綾に目くばせするシーンまで2人の目線は同じ高さに変化。「おぅ確信犯でやったニクいスタッフめ!(丈之助風に)」。
万太郎が旅立ちを告げたバイカオウレンの花期は4〜6月頃。あのシーンは竹雄を峰屋に置いて行くと決めた後で、狛犬と天狗(龍馬)のいた木にも挨拶した万太郎を観て「ああ、これは竹雄が言った通り〝若には本当の人間の親友がいない〟それでも独りで東京で植物学をやるという万太郎の並々ならぬ決意を観せてるのだな」と思ったので、竹雄が「わしにとって一番大変な道」を選んでくれたのには本当にほっとしました。
タンポポの花期は3〜5月頃。そして草長屋で花が咲き始めたドクダミの花期は5〜8月の初夏。つまり万太郎が上京したのは5月、なので釈放後、9〜4月の8ヶ月間に「土佐植物目録」の仕上げをし、祐一郎の所在を見つけ手紙を出し、住まいを世話してもらい荷物を送るまでの準備をした事もわかります。
土佐へ送った手紙は、普通のドラマならタキさんと綾が一緒に読むシーンを映すところ。しかし「馴れ合いはせん」とルパンの握手を拒否した銭形の如く、タキさんが〝親しき仲にも礼儀あり〟と綾の前で読むのを拒む非凡な演出が素晴らしい。タキさんは表向きは万太郎を「許さんぞね」と勘当した形を取ったので、送り出したとはいえ手放しで喜んで峰屋の格式を潰してはいけないのです。彼女の〝家風を守る女〟という個性も描いていました。
私、全く植物の事は知りません。ドラマを観て気になって上記のように調べだしましたが、そこでこのドラマスタッフは『花の咲く時期に合わせて物語を紡ぐ』というそれこそ『一番大変な道』を選んだのではないかと思い当たりました。ひょっとしたら竹雄の発言は裏方スタッフの苦労を代弁した物だったのではないか?。
今のところほとんど〝○月〟のテロップを画面に出す無粋な事はせず、自然にその花とドラマ中の季節をシンクロさせた映像で伝えるよう努めている。前レビューで書きましたように早咲き・遅咲きや、地域の違いの差で花の咲く時期が1ヶ月ズレたりも有るようですが、主張せずやっているところに好感が持てます。〝植物をテーマで扱うのなら当たり前〟かも知れませんが、今まで観ていてこれほど植物の旬を気にしたドラマが有っただろうか?。いや、無い。金田一耕助の「獄門島」で犯行に使われた木の季節が違うとつぶやいたシーンぐらい。
逆にテロップを出さないから気にしてしまうのです。「この花が出て来るって事は春?、夏?」と。「趣味の園芸」や「美の壺」、「植物男子ベランダー」(安藤玉恵さんも出ている)を作ったNHKだからなのも有るのでしょうか。それらの蓄積やスタッフも活かされているのでしょうか。
私はスタッフの手の平の上にまんまと踊らされているのでしょうか。でも悪い気はしません。こういう機会でもなければ開花時期や花言葉を調べるなんて事、天地がひっくり返ってもありませんでしたから。とにかくいろいろ調べたくなる、知りたくなるドラマです。
〝花期で物語を紡ぐ〟この誠実さが最後まで続いて欲しいです。
花期で物語を紡ぐ タンポポ編
上京した「ドクダミ」の週、ドクダミも充分目立っていましたが私はあの週の本当の主役はタンポポだと思いました。
新橋駅の前に春の象徴のように咲いていたタンポポ。祐一郎が東大の方向を「こっちじゃ」と示した右に曲がった道の曲がり先に、万太郎を祝福するように佇むタンポポ。白梅堂の前で途方にくれた万太郎が話しかけ、寿恵子と再会するきっかけを作ったタンポポ。「わしはまだ、何者でもない」真剣に歩く万太郎と竹雄の足元に逞しく生えるタンポポ。
タンポポの花言葉は「幸せ」「神託(神のおつげ)」の他に、「真心の愛」。野田・田中両先生と再会し牛鍋を食べ、幸せを満喫する万太郎と竹雄。神社に参拝してトランクを盗まれた事からご託宣のように草長屋に導かれ、寿恵子という真心の愛に再会出来た。該当はしますね。春爛漫の日なたで「東京大学へ行け」と言わんばかりに、道しるべのようにタンポポがところどころ画面でクローズアップされる演出が印象的でした。
週タイトルを最初「タンポポ」にするつもりで撮って放送前に「ドクダミ」に変えたんでしょうか?。それとも最初からタンポポは〝影の主役〟というスタッフの目論見でしょうか?。
外来種は明治初期以降に初めて日本に持ち込まれたので、おそらく東京で咲いていたのは在来種のカントウタンポポ、竹雄が言っていた「佐川の白いタンポポ」のほうも在来種のシロバナタンポポだと思われます。しかしそれらは度重なる土地開発によって現在はカントウタンポポは外来種のセイヨウタンポポより数が激減、シロバナタンポポに至っては絶滅危惧種だそうです。
この前、うちの近所のコンビニの前にもタンポポが咲いていました。花びらのハジが反り返っているように見えたので外来種のセイヨウタンポポだと思います。外来種は都市部でも繁殖力が高いそうで、ローソンの看板の下から生えている姿は頼もしく見えました。反面、「自分が明治の時代に採集し愛した草花たちが今は絶滅の窮地に立たされている」とモデルの牧野富太郎さんが、劇中の万太郎が知ったらガッカリするだろうか?、それとも今の生態をまた調べて目録や本に記録し直しと情熱を燃やすだろうか?、とも思いました。
ごちゃごちゃ厳しい。詰まるところ東京朝ドラだからいろいろ煩いのだろう。
これが大阪朝ドラだったら寛大に許されると思います。まあいつものことだけど。
やっていことは時代変われど十代の普通の若者とは変わらない。現代なら漫画や
アニメに夢中になったりラインで恋人や友だちと交わしている替わりにあの
時代は書物や文(ふみ)に夢中のなっているのとなんら変わっていない。
十代の女の子の設定の寿恵子の行動は少し活発だが違和感がなかった。
「馬琴先生、天才過ぎる~。」昔から使われいるだろう普通の日本語で違和感がなかった。
現代の若者言葉が使われなければ許容範囲です。
例えばこれはダメ『うっそ~馬琴先生めっちゃ天才すぎる~ヤバイ~』(笑)。
花期で物語を紡ぐ ササユリ編
「ユリじゃろうか。ほんのり染まっちゅうがじゃね・・うまい酒飲んだときみたい」
綾が峠でつまづき、出くわした淡紅色(ピンク色)のササユリ。
調べたらササユリの花言葉は「上品」「希少」、花期(花の咲く時期)は6〜7月頃。遅咲きで1ヶ月遅れで咲く事は有るにしても、あの8月のお盆の時期よりかなり遅い・・最初は脚本の長田育恵さん「他にほんのり酔ったような花が無い」と旬を諦めたのかな?と思いました。
が待てよ、登場したユリが一輪だけだったのを思い出し「花期にはその花が同じ場所にたくさん咲くはずだ」と気付きました。あのシーンは長田さんが「一輪だけ出す為に遅咲きにした」としたら・・。
あそこは「幸吉に失恋した綾をササユリがなぐさめるような」やや花を擬人化した場面。なので群生地のユリより一輪だけサシで向かい合う絵づらにしたほうが効果的です。そのためわざと一輪だけが遅咲きした設定で出したのだとしたら・・そうだ、そうに違いない。ああ〜長田さんに聞いてみたい。
野生のユリは種子から花を咲かせるまで約7年以上かかるそう。7年ついでにもうひと月とお色直ししたように顔を出した〝上品〟な花一輪に、酒造りに憧れる乙女が癒される・・部屋にササユリ飾って花見酒したくなるではないか。
思ったのは『この「らんまん」は時期がズレた植物にもおそらく意味が有る』。それと『長田さんは事実から取捨選択・再構成して物語を作るのが上手い(初婚の従妹を義理の姉・綾としたり、田邊教授のモデルがジョン万次郎に英語を教わった事から先に万太郎がジョン万に会う話を創造したり)』事です。
更に調べたらあれは「フクリンササユリ」と言うササユリの中でも高知、愛媛など一定地域しか分布しない珍しい変種だそうです。つまり綾があの場所であの季節に出逢ったのは〝希少〟なケースだったと言えます。そして現実に高知県佐川町斗賀野で発見し「フクリンササユリ」と名付けたのは誰あろう、牧野富太郎さん。そう、詳しい人は先刻ご承知でしょうがあのユリは万太郎のモデル・牧野さんゆかりの花なのです。
当然、長田さんも承知で書いてるはず。「らんまん」で日本で学名が付けられる時代になり、もし万太郎があのユリに名を付けるエピソードが登場したら・・。「土佐植物目録」でなくあのトランク中の「調べてもどうしてもわからん植物、新種かも」の中に?。
後に綾が「あのユリに万太郎が、弟が名前を付けたがよ」と喜ぶシーンが出て来るかも知れません。いや、ワクワク・・そうなったら嬉しいなあ!。
もちろん、私が勝手に予想した事。番組側は何も言ってませんから「万太郎があのユリに名を付けるシーン」、出て来なくてもちっとも構わないし当たる自信無いです。なぜなら、私の朝ドラ予想はいつも外れるからです(「おかえりモネ」ではモネが菅波先生に敬語を使わなくなった時がドラマが終わる時と、「カムカムエヴリバディ」ではアニー・ヒラカワは安子ではないと予想しました。各欄でレビューも書いてます)。3度目の正直なら嬉しいですが・・もう過度な期待はしないぞ(笑)。
私は牧野富太郎さんゆかりの花を綾とからませた長田さんの創造力、その遊び心・サービス精神にグッジョブと言いたい。その夢の有る展開を想像させてくれただけで充分。このシーンが無ければ私はフクリンササユリのフの字も調べようとは思いませんでした。万太郎の真似ですが「このドラマはどんなストーリー、シーンにもきっと意味が有る」。もちろんいちいちかしこまって観る必要有りませんが、見つかれば嬉しい。最近はそんな思いで観てます。
他に出て来た牧野さん命名の草花は、ビロードムラサキがそう。後は・・これからそういう展開になってゆくでしょうから、言わぬが花ですね。
文句書く人が多いということは 朝、ドラマを見るかたがたは心に不満が多いんだと感じます。
残念なことです。
解消されるような前向きな行動を起こして、頑張って下さい。ただ同じ方が繰り返し投稿されてるのを見ると それほど大勢でもないようにお見受けします。それはよかったです。
文句じゃないでしょ、皆感想を書いてるだけです。
人の感想にケチつけるのやめてください。
マイケル・Jの声は宮川一朗太が好き(此処での名前欄では15文字ルールにより、宮川の2文字を外しています)です。すみません、2023-05-21 18:32:19のレビューに誤りがありました。
「あの8月のお盆の時期よりかなり遅い・・」→「あの8月のお盆の時期なのはかなり遅い・・」の間違いでした。お詫びして訂正します。
2023-05-21 13:00:03 さま 2023-05-21 10:53:41 です
例のセリフに違和感がないという方の言い分もわかります。
でも私には違和感があったのです。その上で寿恵子さんのキャラづけだと理解しました。
寿恵子さんのことは可愛くて好きです。
最初の2行のような誤解は心外ですのでお返事をさせていただきました。
園芸用のユリは基本球根から育てるのは、種からだと時間がかかりすぎて採算が合わないから。球根というのは元のクローンだから同じように育つし遺伝子的にも同じで栽培もやりやすい(チューリップやヒヤシンスなども同様)。小学校の時の担任は「チューリップに種はできない」などとクラス中に言って私に恥をかかせた。小学校の教師というのはそれぞれの教科の専門知識がないから「指導用教科書」に沿って授業を進めているだけで自分自身は何一つ知らない。「教員免許」なんていい加減なものだ。あの担任、もうこの世にいないだろうけど。
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