



2.39
| 5 | 117件 | ||
| 4 | 61件 | ||
| 3 | 68件 | ||
| 2 | 47件 | ||
| 1 | 307件 | ||
| 合計 | 600件 |
明治の松江。怪談を愛する夫婦の何気ない日常を描きます。
>制作者が、何を誰をどう描こうが、
>描かなくても、観る者の受け取り方
>でどうにでもなる。観る者が好きな
>ように解釈すればよいし、
>そうするしかない。
ほんと、そのとおりですね。
ばけばけ終わったら
過去の八雲のドラマ
「日本の面影」を放送して欲しいな
ド深夜でもいいから…観たいなぁ
ほんと残念な朝ドラだよ。
国籍と結婚は関係ない。むろんヘブンはイギリス籍のままトキと結婚できる。当時の制度では(現在はどうか知らないが)日本籍がないと(トキに)遺産相続できない ので日本国籍を取ることにした。
結婚に関係なく日本籍を取るにしても、日本人の結婚相手と結婚して相手の籍に入籍する形で日本籍を取るにしても、知事の許可が必要だった。
知事は「ヘブンが日本人になることに反対」だ。錦織も反対で最初から知事を説得する気はないし、最後までしなかったはずだ。
けっきょく知事はあきらめて(しぶしぶ?)ヘブンの日本籍取得を許した。ヘブン一行が松江を去って数カ月後に入籍許可証が届いた。
入籍許可証は役所から直接ヘブンに郵送するのが普通だろうが、なぜ(役所に代わって)錦織が送ったのか、妙と言えば妙だが、ヘブンと仲良しの君(錦織)が送れ、と知事に命じられたか?些末なことだからどうでもいい。
皆さん、こんなに熱心に感想書いてるのだから、やっぱり朝ドラって凄いなと思いますね。
吉沢亮さんは、なつぞらの時も病気で死ぬ役だったけど、その時よりもずっと存在感があって、今回は満足しました。感謝しかありません。
始めはヘブン先生に振り回されていたけど、最後は本で繋がる、そういう関係だったのだと。
トミーバストウさんは映画のロケで日本を去るようなことを聞いてましたが、昨日のバトンタッチリレーに髭をはやして出演していたので、また戻って来て仕事してるのにも感謝しています。スペシャルトークショーにも出るようで。
高石あかりさんのキャラはトキと同じですね。
次週はハーフのお子さんたちが、どんな言葉で喋るのか、トキは、あのキャラのまま母親になっているのか?
怪談を語るヘブンの妻としての最後を見届けます。
ドラマ日本の面影は動画サイトで見たことがあります。いくつもの怪談が劇中劇になっているのが面白くて、ばけばけでは、それがなさそうですね。
錦織さんの退場、本当に寂しい。
事実なら仕方のないことだけど。
あんなにカンタに会いたがってたおサワちゃん、きっと会わせてあげたんだよね?
また登場しないかな〜。
おサワちゃんとトキ、おサワちゃんと庄田さんのやりとりが好きなんだけど。
「どうしてだ?」ヘブンさんが日本人の八雲となり、朝焼けを見ても感動しなくなったというくだりが錦織さんの説明なしではわかりづらかった。
「ばけばけ」は最初、不幸だったり未熟だったりした登場人物たちが変わってゆく〝化けてゆく〟からこのタイトルにしたとどこかで読んだが、わたしは良いほうに化けてゆく人だけだと思っていたが、悪いほうへと化けてゆく人もいるのだろうか。あの橋の上で画面が暗くなり、また明るくなる演出は日本の良さが見えなくなった=感動を味わえなくなった八雲の心を表現したのでしょうか。にしても朝ドラに似つかわしくない演出、錦織さんのもうこの世の者でないような立居振舞だけが変に印象に残った。まるで土曜ドラマかBSドラマのスタッフが実験的に作ったような場面でした。
三之丞がタエさんが作ったご飯を「美味しいです」と言って二人で食べる食事のくだり、あそこだけは良いほうに化けた晴れやかな顛末が見れ良かった。出来ればもう、そういう良いほうに化け化けしていくものだけ見たいです。今までさんざ貧乏やら、司之介の体たらくやら、嘘や隠し事やら、尺稼ぎでお茶を濁す新聞ネタ探しやら、鬱陶しい物ばかり見せられたので…。4月から、透き通った透明感あるような爽やかなドラマが見れたら良いな……。
ほんとに凄いなと思います。こんな駄作でも朝ドラは自分自身の生き甲斐になっています。
朝8時になれば大抵テレビの前に座っていますから。。。
次の 風、香る は今作より良いと思うので今から嬉しさが止まりません。
受信料も高いなと思うけれどきちんと払わなければ、ネ 😉
ハーンと西田氏との付き合いは松江での1年3カ月と西田氏が亡くなる(1897年)までの文通だ。ある番組で聞いた。
残された手紙の数は300通弱で
80%はハーンから西田氏宛のもの。
ばけばけで紹介された「日本滞在記」は「知られぬ日本の面影」のことで、松江滞在中に出版されたことになっているが、ほんとは1894年9月出版だ。
二冊めが「東の国から」(1895年9月)
東の国から(1895年3月)
Out of the Eastの謝辞
TO NISHIKOHRI YUICHI IN DEAR
REMEMBRANCE OF IZUMO DAYS
錦織友一へ
出雲時代の懐かしい思い出に
1891年11月から3年間は熊本滞在だ。
ということは「日本滞在記=知られぬ日本の面影」の原稿は熊本滞在中に完成だろう。 二冊め「東の国から」の原稿完成は神戸に移ってからかもしれない。
大量のハーンから西田氏への手紙の内容は、個人的な生活関連の相談など細々としたことでなく、これら二冊執筆のために大いに貢献しただろう。
たくさんの手紙からもわかるように錦織はヘブンにとってなくてはならない存在だった。しかし本の中に錦織は出てこない。まさに錦織は黒子だ。黒子に徹してくれる錦織はまさに親友なのだ。生まじめでお人好し(不器用でちとマヌケ)な錦織だからこそ黒子に徹することができる。
最後の「日本人になろうとするヘブンにもの申す錦織」は不要と思う。国籍取得や日本人に入婿することと書ける書けないは関係ない。西田氏が入籍に反対したとは思わない。実際のところはわからないが。脚本家は「錦織はヘブンの入籍に反対させる」としたのだからしかたない。
熊本に日本の良さを見いだせなくて、創作意欲を失ってしまったヘブン。
書いた作品にも輝きが無い。
そのような作家が、もう一度感動する心を取り戻すには着眼点を変える引き金や閃きが必要なのだと思います。
「もう書けない」と言って苛立たせ、煽って、それが功を奏することなどあるのでしょうか?
ハッパをかけてどうにかなるのは、子どもの宿題か定期テスト、運動部の学生位だと思うのですが。
脚本家は「無理だ」と言われて奮起し素晴らしい作品を生み出した経験があるのかしら?
吉沢亮さんのキャラ、存在感も薄く期待し過ぎました。個人的には魅力が一切感じられなかった。
前半は特にただ振り回されていただけ感が強くてガッカリ。
ヘブンさんとの交流もほとんど描かれず、この脚本家はどうでも良いコメディは丁寧に描くのに、ちゃんと描いて欲しいことはスルー。
このドラマで何が描きたかったのやら。
脚本家が描きたかったらしい何気ない日常と言うより馬鹿馬鹿しい日常を見せられ続けて来ただけ。
モデルがいる朝ドラで、これほど期待ハズレの作品も珍しいわ。
最終章に来て怪談とは今更感があり面白くない。そもそも最初のヘブンの日本滞在記のラストピースを怪談にしたのがいけなかった、その後怪談は無かったことにしてドタバタコメディを混ぜながら進み、人形の墓の呪いの話しで怪談に繋がると思いきや繋がらず、焼き網盗難騒動のやさしい嘘を題材に書いたり、トキから聞いた市中の面白いことを書いたり、怪談とは無縁のことばかり、その書き物は錦織につまらなかったと言われる始末。いまごろ怪談をやっても時(トキ)遅しで盛り上がらない。
ハーンが生きた日本、自らを守るため文明開化し帝国主義化せざるをえなかった?日本は理想の国ではなく危惧することもあった。
そんな日本でも日本大好きは変わらず(錦織の指摘はあくまでドラマ的を面白くするため)書くもの(こと)に困ることはなく順調に 書き続けた。
いまさらヨーロッパやヨーロッパの何かを書きたいとは思わない。アジア、中東、アフリカを書きたいとも思わない。ハーンの胸中(何をしたいか)は何も変わらないのだ。西田氏もハーンの日本人化には最初から協力しているはず。
それではドラマとしてつまらないのだ。黒子の錦織にスポットを当てるために入籍に反対させ、観る者をギョッとさせるためにフィリピン話を加えたのだ。
ハーンの作家稼業は順調だが、一番大事なのはトキであり家族親族である。
むろん結婚した時に当たり前の心情として入籍を考えたし、遺産相続のためにも入籍せねばならないのはわかっていたし、さらに第一子が誕生し、その思いは強くなった。
しかし日本人になると収入が減る心配もあり、入籍手続きは延ばし延ばしになってしまった。けっきょく手続き開始は神戸に移ってからになってしまった。
入籍手続きはトキの雨清水への入籍、トキ自身が分家して戸主になり、そこへヘブンが入婿するなど煩雑でドラマの中でいちいた再現しても意味がない。
ともあれ、ヘブンが日本人になることはヘブンの強い思いで、ヘブンが迷うなどまったくないし、手続きは煩雑だが、周囲(錦織や知事)からの反対などなかった。
それではドラマにならないということだ。まあ、それでも、あちこち?はあるが、これはこれで脚本家の一貫した姿勢だから、あれこれ言わず見ている。
トキもヘブンも激痩せした錦織を見てもなんも感じないようだ。
雨清水になるか松野になるかとかマジどうでもいい話。
ようやくメインの怪談を書くとか遅すぎだ。
自分は戸籍の話はどうでもよく、あんまり聞いていなかったので錦織宛で戸籍標が届いたことがわかりませんでした。
あの知事はプライドが高いので執事にでも言って「私の名前を使うな!」「錦織で出せ!」とでも言って送ったのかな。
錦織さんはヘブンさんに協力しないと言ってましたので送らなそう。
日本人になって外国にもう行けないヘブンさん、私も作家として終わりだと思います。ドラマでは錦織さんが発破をかけ立ち直ったかに見えますが、それでも作家として終わりだと思いました。
脚本家自身が小泉八雲に錦織さんを使って言いたかったんじゃないかな。
日本では恵まれた才能を100%使うことなく終わった小泉八雲。
日本人にならず、外国を渡り歩き作家として生きていけばもっと素晴らしい作品ができたでしょう。
外国を自由に行き来できれば、その国の伝説、神々の物語、言い伝え等、ネタが尽きることなく書くことができたのにね。残念。
ヘブンのフィリピン滞在記、もしあれば見てみたかった。
翼をもがれた渡り鳥はそこで静かに死ぬだけだ。
八雲と聞いて「知られぬ日本の面影」「東の国から」を連想する人は(私も含め)少ないだろう。セツが関わったのは怪談(Kwaidan)だろうがハーンにとって他の著作と比べて特別なものなのか?
たくさん(30ほど)ある著作を知らない一般人が怪談・怪談と騒ぐのはわかるが、脚本家は八雲とセツを中心に描くにあたって怪談はパーツのひとつだが、それほど(どれだけ)重要だったのか? ハーン自身は他の著作より思い入れのある作品なのか?
松江でセツに出会い結婚し、時期にセツを通して怪談を知る。トキは怪談語りをしているし、そこから書き始めたとすれば、東京での怪談語りを特に強調するのもゲセナイかんじ。
Kwaidanの出版は1904年4月、東京にいる時だから、東京で怪談を語らせて不思議ではないが、そのほとんどを東京でイッキにではないだろう。そのあたり、どんな具合に描かれるかな?
日本にいたから書けたんでないの?
トキがいなかったら書かなかっただろう怪談、その他。フィリピンを好きになれなかったら書く気になれなかったかもしれないし、ヘブンは愛した日本と家族を力にして書いたのだよ。錦織が応援したかったのは、そういうことでしょ。
ギリシャ、アイルランド、イギリスにも昔話・怪談奇談はある、アメリカにはネイティブ・アフリカ系・中南米系などいろいろいる、それぞれ昔話・怪談奇談はある、それらに接してきた。
昔話・怪談怪談、むろん日本にもあるにきまってる。セツから幾つか聞いて日本のものは他の国のものと違うと思ったかどうか?どちらにしても日本の昔話・怪談怪談に特別な興味を抱いたわけではない。日本のものと言うだけだ。
日本だけでなく他の国々へ行って昔話・怪談怪談を集めたい、人文地理について書きたいとは思わなかった。セツと一緒に暮らしながら作家として生きていくと決めた。それで何かをあきらめたというわけではない。フィリピン行きに心を動かされたように描かれてたるが、ハーンとセツを近づけるためのエピソードだが、意味がない。
日本は激動の時代だが、ハーンとセツの14年、そんなこととは関係なく、ラシャメン騒ぎ、あちこちへの転居、入籍の手間などあったが、ハーンの意思は固く、ものを書きセツと家族親族を守り坦々と生きていく、セツもハーンに付いていくだけ、ただそれだけ。
ハーンは教師として働くこと、ものを書くこと、日本社会で生きること、心の内ではいろいろあるが、それは描きようがない、妻と家族に波乱万丈なところはない、ハーン、セツ、家族の日常はいたって地味なものだ。つまらない話と言えばつまらない話だ。
今の日本はある年齢を過ぎたら二重国籍は認めない方針らしい。認めないか認めざるを得ないかは他国との力関係?明治の日本とイギリスの関係ではイギリス人に二重国籍を認めていたらしい。ハーンは日本国籍を得てもイギリス人でいられたようだ。みんな二重国籍ウンヌンなんて考えてなかったろうが。
脚本家は錦織に反対させた。
「何を怯えている!日本人になってはいけない。外国へ行けなくなる。日本と日本人に慣れすぎた。何も発見できないだろう。何を見ても聞いても感動がないだろう。熊本で書いたものはつまらん。もう何も書けないぞ」いやはや、まったく、ナンセンス。
なぜ脚本家は錦織に反対させアレコレ言わせたか?むろん脚本家には理由がある。この先、理由をはっきりさせるか?ダンマリを通すか?どこかで(放送が終わった後のインタビューなどで)白状するか?😁
みんな錦織役が大好きな吉沢亮だからって錦織に期待し過ぎ。錦織はまたまお雇い外国人の世話役になった若くて(28才)地味で真面目な中学教師というだけ。
ヘブンのお世話以外で活躍の場はない。やっと出番かと思ったらワケワカランこと言わされてしまった。もう死んでしまったし挽回もできない。
じゃあ吉沢亮じゃなくて良かったじゃん。
こんなつまらない役やらされて勿体ないとしか。
誰も彼も魅力を感じられないキャラばかりでほんと呆れた朝ドラだ。
でも何といってもヒロインの魅力の無さにはビックリする、どころか不愉快キャラって意味不明。
別の某レビューで、トキとヘブンは激痩せした錦織に対して、トキは戸惑っていたし ヘブンは言葉に詰まっていた、とのコメントがありましたが、自分は見落としたのか じっくり観ていなかったのか 考えましたが、そのシーンを思い起こしてもやっぱり二人共そんなふうには見えなかったです。
すらすら演じていたので、そこはそれなりのリアクションがなきゃおかしいでしょう、と感じました。
脚本や演出側が役者を自由にやらせた結果、色々と収拾がつかなくなってしまいましたね。
この土日、オンデマンドで「小泉八雲」のワードを検索、関連番組を片っ端から見ていた。以下、視聴した番組。
「100分de名著 (朗読 佐野史郎)」「美の壺(語り 木村多江)」「グレーテルのかまど 佐野史郎の八雲スイーツ」「小泉八雲のおもかげ トミーバストウが巡るアイルランドとニューオーリンズ(BS版) 」「オープンマインド~小泉八雲が愛した原風景~(語り 佐野史郎)」「超体感!八雲が愛した神々の里 ばけばけ出雲旅(語り 生瀬勝久&野内まる)」「歴史探偵 ばけばけコラボ 小泉八雲とセツ (ゲスト高橋あかり&トミーバストウ)」「英雄たちの選択 "怪談を発見した男" 小泉八雲(語り 松重豊)熊本&帝大時代」「知恵泉 小泉八雲・セツ "怪談" 異文化を超えた夫婦」
…ということで、すっかり八雲漬けになっていた週末、錦織が橋の上でヘブンに厳しい言葉をかけたシーンについて考えていたのだけど、あれは、ハーンが錦織のモデルである西田氏のことを「私の悪いこと皆いうてくれます」と評していた言葉を元に創作したシーンなのでは?と考えるに至った。
西田氏を評した全文は、「利口と、親切と、よく事を知る、少しも卑怯者の心ありません、私の悪いこと皆いうてくれます。本当の男の心、お世辞ありません、と可愛らしいのおとこです」(小泉セツ『思い出の記』より)
これまでの「ばけばけ」の錦織の描写に関する限り、錦織がヘブンの悪いことを指摘する場面はなく、お世辞なく意見する場面すらも出てこなかった。
なので、実際にハーンが言ったことを元にして、最後に錦織がヘブンに意見する場面を作ろうと思ったのではないかと。
ただ、ハーンが言った「私の悪いこと」が何だったのかは、私が読んだ関連本や今回見た関連番組では知ることが出来ず、錦織が言ったような著作に関する意見を実際に言ったことがあるのかどうかは不明だけど。
因みに、寝ているヘブンが米を打つ杵の音で目覚め、鐘の音や物売りの声を聞くさまは、ハーン著書の「日本の面影」に出てくる文章をそのまま映像化したのだと、関連番組を見て気が付いた。
で、私はすっかり忘れていたのだけど、ヘブンが松江に来て花田旅館に泊まった最初の朝にも、杵の音で目覚めて朝陽を見るまでのハーンが書いた文章そのままのシーンが再現されており、先週の一連のシーンは、ヘブンの様子を変えてのリフレイン。
内容はともかくとして、松江初日のリフレインを出してきたのは、効果的な演出だと思った。
ところで、上記に挙げた「歴史探偵 ばけばけコラボ 小泉八雲とセツ (ゲスト高橋あかり&トミーバストウ)」では、西田氏とハーンの間でやり取りされた書簡、西田氏居宅で2人が会っていただろう部屋の中、ヘルンが西田氏の子供にプレゼントした英語の絵本(家族ぐるみの付き合い)、タンスの引き出しに入っている西田氏服用の薬(炎症を抑えるミョウバン) 等が紹介されていて、ハーンが松江を去る時には既に、西田氏が病床に伏していたことが語られている。
ただ、西田氏の日記には、3回吐血、止血剤を服用してヘルンの長演説を通訳したということも書かれており、授業の手伝いもしていたらしいことから、寝たきりではなかったよう。
劇中で、錦織はヘブンの見送りに行っていないけど、実際でも西田氏は行けなかった可能性が高いような?
番組では、西田千太郎日記の「ヘルン氏毎日見舞い」という文面も映し出していて、ヘルンは度々見舞いに行っていたようので、病状は結構深刻なものになっていた様子。
で、熊本に行ってからもハーンと西田氏の手紙のやり取りは150通にも及び…のナレで紹介されていた西田氏の手紙。
「親愛なるハーン。あなたの新しい本が届きました。あなたの日本人観がより鋭くなっていることは間違いありません、(明治29年4月13日)」💦💦
ドラマと真逆💦
その手紙へのハーンの返事。
「外国の評論家の評価より、1人の日本人の友人の称賛の方が、一層うれしいです。(明治29年4月15日)」
まぁ脚本家は、この書簡のやり取りを知らなかった可能性もあると、個人的には思っています。
これは擁護とかではなく、私自身が関連本や関連番組を次々に読んだり見たりしたところ、細かい部分や経緯が、本によって、番組によって、違っていることが割とあったからです。(せめてNHK内では統一しようよ💦)
おかげで勉強になりました。
昔のことは結構みんな適当なのね。
色々調べる手間を省いて、自分が読んだり見たものだけで、それを丸ごと信じるのは危険💦
一応ですが、歴史探偵の放送は、昨年12月3日。
既に脚本は出来上がっていた時期かもしれず、ドラマ関係者とは別のスタッフが番組作ってるだろうし、そもそも史実そのままのドラマという訳でもなく…
実は週末、以前の山田太一さん脚本のハーンを主人公にした「日本の面影」も、全編ではないですが、動画を見つけたので見てみました。
ハーン主人公ということもある為か、「ばけばけ」とは全く違っていて、その時々に起きた戦争のナレ紹介があったり、熊本の学校での佐久間とハーンの激しい意見対立の応酬は、まるで社会派ドラマを見てるようでした。
で、振り返って「ばけばけ」。
「日本の面影」がハーンの思想等も描いている社会派ドラマなら、「ばけばけ」は、ハーン(ヘブン)の妻・セツ(トキ)の人生を通して、ハーンが愛した人達や愛したものを描いているドラマに感じます。
「ばけばけ」を見ていると、ヘブンが自分を語ることはなく、トキの人生や松野家を描きながら、トキ達にとってヘブンがどう関わったかを描くstoryになっているというのが理由です。
トキにとってのヘブン、トキにとっての雨清水家や松野家、松野家にとってのヘブン、錦織にとってのヘブン。
なぜそれらがヘブンから大切にされ、なぜ愛されたのか。
「ばけばけ」は、それを考えながら見るドラマなのだと思います。
追記。
2026-03-16 01:41:45さんが書いている某レビューのように、私も感じました。トキもヘブンも表情やちょっとした仕草に現れています。
錦織家から出てきた彼を見た時のヘブンも表情を変えています。
他人投稿者を
鈍感者と誹謗中傷する輩が何をほざく。
低レベルドラマに批判が集まるのは
あ た り ま え。
目をひんむいてばかりの鈍感ヒロイン。
ばけばけ、小泉八雲の魅力「日本愛」「友情」描写が薄すぎる…小手先で盛り上げるドラマの限界
まさしくこの記事の通り。どうでも良いコント場面は丁寧に見せるのに、肝心のヘブンと錦織との蜜な交流はスルー、トキも薄っぺらい友情ごっこにしか見えずで。
脚本家の見せたいことと、多くの視聴者が見たかったことの差が激し過ぎる。
その積み重ねが今の低視聴率に表れている気がする。
錦織はヘブンが熊本で書いたものは全部ダメだと言ったが・・ヘブンは熊本へ移って1年目でもうスランプ?書くものない・書けないと?たった1年目でもう(日本に日本人に)馴れ過ぎた?
書くことがない・書けないって・・熊本だからってこと?熊本は明治政府にとって重要な都市、どんどん文明開化させなくては!軍備も増やさねば!熊本には大事な連隊もある。こんな熊本では!というのか?一歩
「何を怯えているんだ!日本人になったらもっと見えなくなるぞ!感じなくなるぞ!何も書けなくなるぞ!日本人になってはいけない!・・これが(反発を期待しての)エールだと言うのか・・なんかねえ。
たしかに、書くさ!いまに見てろ!と「東の国から」を書き上げたわけだが、おかしな流れ、展開だ、ムリがある。
いろいろ、はてな?はある、まあ不問に付すとしても、錦織の「日本人になるな!」 の顛末はなんともいただけない。 脚本家は「ワカラン奴はワカランでいい」というスタンスだろう、それはそれでいい、しらばっくれるだろうな。
視聴率15・3%↗。
錦織の最期やあさイチに主役も出た割には期待したほど盛り上がらず朝ドラとしてまだまだ低空飛行。
あれから十年ワープしてラストじじさま勘右衛門は写真死にで、後出しでトキの希望で東京に来たことになって、いつの間にかもう一人子どもが出来て二人の子持ちになった。司之介はまだ生きていたのか、そろそろ死んでくれ。ヘブンが東京に来てからまた書けなくなってジゴクジゴク、内緒でミルクホールに行ったが何処かで見た既視感、そうだ和食が嫌で隠れて山橋薬舗のレストランでステーキ食らった場面を思い出した。またトキや家族に隠し事をして本音と建て前とやらの同じような話しを繰り返すのか、最終章なのにこの杜撰な展開に呆れかえった。なにが東京に来てから桃源郷だ。それ以前に松江の頃からトキはじめこの家族は高給取りのヘブンのパラサイトで贅沢した桃源郷でしたから残念。
小泉八雲は郷土の帰化作家の認識しかありませんでした。
こんなに世界的にポピュラーで日本愛にあふれた方だったとは
ドラマも終盤、カウントダウンが始まってしまいました。
あらためて松江を西田千太郎家を味わいながら巡ってみたいと思います。
国宝がアカデミー賞を逃してしまって残念ですが、吉沢亮さんの熱演を朝ドラにも残してくれたことに感謝いたします。
神戸時代を飛ばしてしまいましたね、史実、神戸では新聞記者に戻ったのだとか。
ヘブンさん帝大に行ってないの?
命が短いようなことを言ってるからドラマも終わりになります
トキさん最後に何をする?やっぱり怪談語りか
桃源郷からジゴクナリマスカ?
怪談でしか知らなかった小泉八雲
この本の裏には奥様の人生と愛がありました
それを知ったばけばけに感謝いたします。
無事入籍し10年経ちました。
帝大教師になって6年半ですか。
子どもに「パパは世界に羽ばたかないの」と言わせた。脚本家はよほど、ハーンは日本にとどまらず、世界あちこち行かせたかったのでしょう。
トキたちは東京は桃源郷と言い、ヘブンは東京はジゴクと言う。脚本家はよほど、 トキたちとヘブンのココロの内が違っていたかと言いたいのでしょう。
1903年(明治36年)2月頃ですね。
帝大解雇を言い渡された頃でしょうか。(後任は夏目漱石)家族にはまだ言ってない。登校するふりして喫茶店通いかな。予想しない状況だ。こういう良からぬエピソードに絡むのは司之介だ。今回はいかに絡むか?ばけばけするか?
イライザに手紙を書いている。
最後の一冊とか。渾身の一冊がKwaidanということらしい。Kwaidanは彼の著作のなかで最も読まれたベストセラーなのかな?
まさかKwaidanは東京に来てから、それも亡くなるその年に書き始めたという流れ?ほんとにそうならしかたないが。
ブードゥドールが見当たらない・・あら、フキツね!トキはじきに「ヘブンが帝大に行ってないこと、さらに帝大を解雇されたこと」を知ることになる。
家族揃って朝食、勘爺におはようございます、帝大教授の父に英語を習う、みんなでスキップスキップ、パパお帰りなさい、あ~した天気にな~れ、まさに桃源郷だ。
帝大を解雇されたヘブンは皆に黙って帝大に行かずにミルクホールに通っている。どのように発覚するか?
桃源郷が地獄に、
さて、トキの出番かな!
すみません。批判から入ります。利用者批判ではないので問題ないはずです。
星1で投稿されてる方の中に書いてあった「ばけばけ、小泉八雲の魅力「日本愛」「友情」描写が薄すぎる…小手先で盛り上げるドラマの限界」の記事を読みました。
記事を書いたのは香原斗志という評論家。
ドラマの根幹となるstoryを分かってない人の記事ですね。
このドラマ、1話冒頭で「私、トキの物語を」とトキが言って始まったことを知らないのでしょうか。
このドラマは、トキの物語。
ヘブンの物語ではないのだと私は捉えましたし、実際そういうstoryです。
NHKが「小泉八雲」を全面に押し出して宣伝してるからでしょうか。
香原斗志さんは「小泉八雲」を描いている話だと勘違いしています。
私が感じるのは、「ばけばけ」に於ける八雲がモデルのヘブンは、言葉が悪いですが、『客寄せパンダ』のようなもの。
「小泉八雲」の名前に釣られて、視聴者は「ばけばけ」を見るんです。
かくいう私もそうですが。
ただ、いくら八雲の名前に釣られてドラマを見たとしても、勘違いしてはいけないのは、「ばけばけ」は「小泉八雲」を描いてる話ではないということ。
小泉八雲を描いてる話ではないということは、劇中のあちこちから明らかです。
まず、八雲の出自を描いていない。
八雲がギリシャ人であることは、学生達へのクイズという形で出てきてはいますが、それだけです。
このドラマのどこに、ヘブン(ハーン)が日本に来るまでの半生が描かれていますか。
トキ(セツ)がヘブンと出会うまでの半生は描いているのに、ヘブンのことは、劇中のエピで触るだけ。
途中の回で、印象的なナレーションがありました。
正確ではないですが「トキがヘブンと会うのは、まだ先。」というようなナレーションでした。
「ヘブンがトキと会うのは…」ではないんです。
ヘブンは、トキが後に出会う王子様的な立ち位置。
「ばけばけ」は、不遇な幼少期を過ごし、苦労や紆余曲折を重ねてトキに出会うヘブン、というstoryではありません。
OPのクレジットを見ても、初めに出てくるのは、トキ役の高石あかりさん。
次に、ヘブン役のトミー・バストウさん。
「ばけばけ」は、Wキャストですらないんです。
「ばけばけ」はトキを描く物語。
香原斗志さんは、そんなことも分からずに、このドラマの評論を書いているのでしょうか。
素人が書くドラマの感想文ならまだ理解出来ますが、香原さんは評論家としての肩書きをお持ちの方。
全く、適当な仕事をしてるものですね。
こういう仕事をしてる人が多いから、ネット記事はアテにならない。と言われてしまうのでしょう。
さて、評論家批判はこれくらいにして、今朝放送の116話。
舞台は東京。ヘブン53歳。
53歳という年齢を聞いたとき、ドキッとしました。
そして、身体が曲がり、明らかに老け込み、父親の亡くなった年齢と近いことに不安を覚えるヘブン。
いくら何でも背中が丸過ぎじゃない?まだ53でしょ?とは思いましが、あれは史実のようです。
熊本時代の同僚である本田増次郎氏がハーン氏について書いたことをPDFで読みました。
それによると、左目を失明していて右目の視力も弱かったハーンは、いつも目を紙にこすりつける?ようにして字を読んでいて、その為か、熊本時代には既に背中が曲がっていたのだそうで。
八雲が日本に降り立った時の様子であろう白い服に鞄を持っている後ろ姿の絵も、背中が少し丸くなっています。
晩年のハーンは、本当にドラマのヘブンのような姿勢か、或いは、もっと背中が変形していた可能性もある?分かりませんが。
因みに、前述した本田氏の書いているハーンについての記載には、セツが1人で家にいる時に訪ねた(恐らくは男性の)同僚に対して、ハーンが何か誤解をしたのか、一騒動あったようなことも書かれていました。
本日氏はハーンのことを、猜疑心が強く…と評しているので、きっと嫉妬深かったのでしょうね。
その部分を読んで、劇中、ヘブンが戸籍に載っていた銀二郎の名前を凄い形相で消そうとしていたシーンを、私は思い出しました。
あんな感じか😁…みたいに。
私は、この「ばけばけ」が凄く素晴らしいドラマだと、特に思っている訳でもありません。
ただ、何度も書いているように、演出が素晴らしいし、全てを台詞で語らないで、表情や描写のニュアンスで想像を働かせる脚本も好みです。
そして、様々に史実や登場人物のモデルのこと、それらの時代背景との関連を調べるのがとても面白くて、
そのモデルとなった人の性格や言動が、役者さんの演技やシーン描写に反映されていることに気付いた時、何となくニヤニヤしてしまいます。
このシーンは、どこから、何から発想を得て書いたんだろうか、と想像するのが、私はとても楽しいんです。
で、これも想像ですが、小泉八雲のことを描いたドラマは、既に、山田太一さんの「日本の面影」があります。
「ばけばけ」は、「日本の面影」とは違ったドラマにしようという思惑が、もしかしたら、このドラマの企画をするにあたってあったんじゃないかと。
脚本家にしても、「日本の面影」と同じように、八雲を描くドラマにしてしまうと、山田太一さんに挑戦することになる。
それよりは、自分のフィールドで、八雲の妻を描くという形での話にした方が、書きやすいし、色々やりやすい。…と思ったかどうかは分かりませんが。
朝ドラは、女性が主人公の話の方が、視聴者にとっては身近。
女性ヒロインの物語を、局からも望まれてる。
よし、八雲を描くのではなくセツを描こう。
と、そんな感じで作られたのが、この「ばけばけ」なんじゃないかと思って、私は見ています。
で、もしかしたら、ヘブン没後のことも描くのかも?
今日の回で、イライザに手紙を書くヘブンが出てきました。
イライザのモデルのビスランドは、ハーン没後、セツに「思い出の記」制作の話を持ちかけてきた人物。
「ばけばけ」は、劇中、トキの「思い出の記」なのかもしれません。
そして最終回、「思い出の記」完成と共に、トキの人生の回想回になるのでは?とも想像したりもしているところです。
自分は正しいという前提での評論家批判。
呆れます。何様ですか。
長年(生涯)異国に暮らした者はたくさんいる。しかたなく・いやいや(ある国・文化圏に)暮らした者の話もあるだろうが、このドラマは自ら望んで日本に住み、妻と家族のために生きたハーンと妻・家族・その他の人々の物語だ。
もの書きであろうとなかろうと、その国の国籍を取らず異邦人として生きた者、国籍を取ろうと取るまいと、◎◎人より◎◎人らしい◯◯人と言われる人はいる。ハーンが日本人より日本人らしくなったかどうかは知らない。
ハーンのこと、あれこれ調べたわけではない。彼は日本が好きであり国籍も取り妻と家族と日本に暮らす道を選んだ。西田はハーンの世話役としてだけでなく、よき理解者としてハーンの著作のために大きな貢献したし、ハーンの国籍取得にも協力した。
ばけばけでは、その錦織が、ヘブンの日本国籍取得に反対した、そのココロは(西田とはちがい)、日本人より日本人らしくなってはいけない、そうなっては日本と日本人が見えなくなってしまう、もの書きとして死ぬことになる、ということのようだ。
私は高石あかりさんの明るさと笑顔に元気をもらって半年見てきました。視聴率下降で脱落した方も多かったのでしょう。その気持ちも何となく分かります。
ヘブン先生とトキの物語りは、普通の朝ドラみたいに妻が世話を焼いたり活躍するわけでもなく、でもやっぱり家族が一緒に暮らすこと、3世代が暮らす朝ドラって何か暖かくて好きです。
なつぞらの草刈正雄さん、おかえりモネの藤竜也さん、あまちゃんの夏ばっば、舞いあがれの高畑淳子さんなどステキなジジババがいました。
ばけばけの勘右衛門さん、そしておじじになったダメ男司之助さん、いろいろ言われたけどお疲れ様。
この家族、やっぱり愛があると思うのよ自己中だけどね。嫌いにはならなかったこの家族。
急に東京編になってランさんは過去の人に。
丈と正木は立身出世をしたのでしょうか?
ばけばけはヘブンの14年間の日本滞在記だ。ヘブンと妻のトキ・家族親族、関わり深浅様々な人たちとの物語だ。ヘブンが来日する前のトキ、その他、彼・彼女らの話もしておかないとね。
久しぶりの🐍と🐸が教えてくれた。
アレから10年の時が流れ今は東京へ移り6年半。1903年2月か3月だ。
これから、Kwaidan執筆のようだ。
トキは怪談語りだね。
「ばけばけ」はドラマの体を成していない。
ふじきさんは好きにやっていいよと言われてこの脚本を書いたのでしょうか。
素人が書くコントドラマの脚本ならまだ理解出来ますが、ふじきさんは脚本家としての肩書きをお持ちの方。
全く、適当な仕事をしてるものですね。
こういう仕事をしてる人がいるから、ドラマの質が落ちたと言われてしまうのでしょう。
次の朝ドラに期待します。
結局 自分の体調を話せるのはイライザだったなんてトキなんて妻でもなんでもないじゃん。ただのツマんない人ってことですね。
今日もよっぽどやることないと見て、出た 😮💨 面白くもなんともないスキップを延々と💧
お得意の怪談話は明日からか? 別に興味も薄れてますけどね、、、
あれから10年って・・・
いきなりずっこけた
年飛ばし過ぎだろ
いま明治36年3月だとヘブンが亡くなるまで1年半。残り2週間でどこまで描かれるかな?
ヘブンの帝大辞職、ミルクホール通い、そのあたりのスッタモンダ、となれば司之介の登場か。
Kwaidanはヘブンのベストセラーでロングセラーかも。(そうなの?) トキの語りも熱が入る!
東京編
トキは10年も経ち子供もいるのにまったく老けてない。
ヘブンも寄生両親もさすがに老けてるのにトキは成長もせずに子持ちの主婦にまったく見えない。子供も大きくいい年なのに着てる着物は若妻時代のままで明るい色の絹のいい着物を着ている。
しかも相変わらず学問もできそうもなく、娘時代と同じくキャピキャピして落ちつきもなくアホ丸出しだ。母性もなんか感じられずに、母親に見えない有様だ。
こうなると私が知る限り、トキは歴代朝ドラヒロインの中でも成長を止めた成長しないヒロインナンバー1になるかも知れない。
これまで歴代のヒロイン達はみんなそれなりに最後の方は成長をしっかり見せてくれたもので、顔つきも演技も変わるものなのだ。
しかしトキも高石ちゃんも変化無し。今日の東京編見てて呆れてもう笑ってしまった。
だいたい、朝ドラを見る醍醐味のひとつはヒロインの成長を見ていく楽しみがある。女の子から娘時代になり恋愛して結婚して子供を生み家族を作りヒロインはお母さんになる。
それと同時に女優も成長していき、その成長をみせるように演技が少しはうまくなり、たいがいみんな脱皮して一回り大きな女優になるものである。女優の成長をみれる点も、朝ドラの面白い所でもあると私は思っている。
ちなみに昨晩「虎に翼」の総集編が再放送していて、また見ていたが、ヒロインの伊藤沙莉ちゃんの変化と成長ぶりと老けぶりが時代を経つごとにわかり、最後の方は立派な昭和の職業婦人とお母ちゃんになっていて、女優としても成長していて今さらながら感心した。そう、これこれこれなのである!
「舞あがれ!」の福原遥ちゃんも酷評されてるが、最後の方は成長してお母さんらしくなっていたものである。
それにひきかえ、ばけばけのトキはなんじやい!
でも、これは高石ちゃんのせいではないだろう。
脚本と制作と演出の責任だ!そして怠慢である!
ちゃんとした主婦らしいセリフの脚本がありと演出の芝居指導すれば、彼女は
それなりに子持ち主婦に見えるようなっただろう。
高石ちゃんは芝居能力の高い女優なんだから!
だいたいせめて、着物もさー、子持ち主婦なんだから、明るい正絹風な着物なんか着せないで、主婦が着るような渋い紬系とか木綿の地味な普段着の着物を着せてやれよ!
少しは明治の子持ち主婦に見えるだろうが。
違和感ありありだ!
と、まぁ、文句言ってもしょうがないか。
もう撮影クランクアップしてるんだよな。!
ははは、もはや駄作確定!
高石ちゃんはなんか貧乏くじをひいちゃつたよな。
高石ちゃん、可哀想にね。
高石あかりちやんにはもうトキから早く「ベビわる」の殺し屋高本ちさとに戻って欲しいよね。
こちらの方がよっぽど高石ちゃんらしいからさ!
トキもヘブンも存在感薄いよね。家族愛も自己本位の集まりだから、見ていてもホッコリなんて程遠く何だかな。
いつもコメディまみれになっているから、たまにある感動シーンも白け気味。
そんな場面見たくもないんだけどという場面の多いこと多いこと。反対に見せて貰いたいことはほとんどスルー
これまでずっと消化試合感しかない本作、どうぞラストまで消化試合を続けて下さいな。
ヘブンが53歳のとき、トキは35歳。
2人は18歳の年の差婚。結婚が早かった当時としては、親子ほどの年齢差。
35歳はまだ若いと言えます。
トキを老けさせていないのは、35歳という年齢だからでは。
トキのモデル・セツは慶応4年2月4日生まれ。その年の9月に明治に元号が変わっており、一世一元というそうですが、慶応4年は全て明治元年と呼称する詔が出され、セツは明治元年生まれとなり、明治○年の○が、そのままセツ(トキ)の年齢になります。
と、年齢確認の為に、関連本にあるハーンとセツ2人の年表を見ていて気付いたのですが、司之介は、モデルの稲垣金十郎より長生きしてます💦
金十郎は、史実だと1900年(明治33年)に68歳で亡くなっていますが、ドラマでは明治35年でまだ存命。
勘右衛門のモデルが1898年(明治31年)に亡くなっており、男性2人が一気にドラマでいなくなるのはちょっと…という司之介の存命設定かも。
司之介、もう少し長生きする?
因みにフミは、司之介より2歳下なので、現在68歳になります。
劇中、年齢より若く見えるのは、案外、トキよりもフミの方かもしれません。
史実では、ハーンはとても夕陽が好きだったらしく、ハーンの書斎も西向きの部屋。
夕焼けを見つけると大喜びでセツや子供達を呼び、大急ぎで行くけれど「一分遅れました。夕焼け少し駄目となりました。なんぼ気の毒」とよく言っていたと「思い出の記」に出てきます。
ドラマのようにほら貝を吹いて呼んでいたかは分かりませんが、ほら貝自体は、セツが子供達と江ノ島出かけてお土産に買ってきたところ、ハーンが喜んで吹いていたそうで、煙草の火が無くなるとほら貝で家人を呼び、ほら貝吹きたさにわざと火を無くすこともあったとか。
また、「夕焼け小焼け、明日天気にな~れ」を子供達と一緒に歌ったり歌わせたりもしたとか、元旦も欠かさず朝に1時間だけ子供達に教えていたとか、
神戸から東京に移る時、セツさんが「大学の先生になるのだからフロッグコートを一着持たなければ」と礼服を嫌がるハーンに勧めてようやく作ったけど、ハーンはあまり着ようとはしなかったとかも書いてあって、
昨日の116話の自宅でのシーンは、「思い出の記」に書いてあることを再現したもののようです。
(スキップの記載はなかったですが)
昨日の投稿に、「ばけばけ」はトキの物語で、ヘブンの物語ではない、と書いたのですが、
ヘブンに関しては、「思い出の記」に書いてあることを再現したシーンが116話に限らず全編を通して割と多くて、
「ばけばけ」では、作家としてのヘブンというより、主に家庭人としてのヘブン(トキにとってのヘブン)を描くことに注力した脚本になっているのではないでしょうか。
ドラマと合わせて「思い出の記」を読んでいると、ハーンと出会ってからのエピは、「思い出の記」が原作?と思うこともあるほど。
日本を愛した作家・知識人としての八雲ではなく、トキと出会って結婚した "1人の夫としての八雲" "1人の人間としての八雲"を描いているのが、この「ばけばけ」のような気がします。
セツさんの「思い出の記」には、東京の西大久保に越したのは明治35年3月19日と記載があります。
今週116話からは、その辺りから始まってるよう。
「思い出の記」には、神戸時代のヘブンの思い出は、ほぼ出てきません。
熊本時代の思い出が書かれたあと、「神戸から東京に参りました時に~」と、話は東京の思い出に移ります。(「思い出の記」299頁)
神戸時代をすっとばしたのは、その為かもしれないと思いました。
相変わらず
お茶の間で言いがかり投稿を続け、感想への言いがかりまで
そして今度は、コメント書け!とまで言い出した。
いつからこのサイトは長文の私物になったのか。
感想でもない投稿に、すぐにいいねが5個ついてるのっておかしくありませんか?
これ以上は、お茶の間でお願いします。
いいね が沢山ついたからとアーダコーダ言わない方がいいと思います。
それもひとつの意見で、同感の人が多かったのは的を得た意見だからではないでしょうか。
しかし今日は後半司之介オンパレードでちょっとくどかったです。
髭にミルクが付いたとかどうとか相変わらずくだらない台詞、、、
ヘブンさんも400円稼げなくなるなど、申し訳なく思わされてしまうなんて 精神的に疲弊しちゃいますよね。
もう終盤なのにダラダラ引っ張り時間稼ぎか、どうせ週末は他力本願で唐突にカケタカケタと怪談誕生か、司之介は同じ匂いを気づかんでいい。あなたの言い訳はもう聞きたくない。帝大の教師時代は割愛して夏目漱石が出て来なくてがっかり、心配することはない、史実が好きな人は御存じだが、直ぐに次の大学から誘いが来て教師をしていた。それにしてもこの家族特にトキとヘブンは隠し事が多い。また同じことを繰り返す本音と建て前のやさしい嘘で解決か、さすがいつもヘブンの異変に気が付かない自己中で思いやりが無いトキだこと、ヘラヘラして呆れるほど幸せ者で羨ましい。何回も繰り返す同じようなパターン。これで感動させようとしてもミルクの如くあま~い!。
ヘブンが(最初に)ミルクホールへ行った時のシーン、蛇と蛙が「あらあら帝大へ行かないの?寄り道することもあるわよ」なんて言ってたが、ミルクホールでヘブンが何を注文したかは映ってなかったな。
午後何時かわからないが、ヘブンが帰ってきたとき、司「ヒゲに雪が付いてるぞ」なんて言ってた。ヘブン「えっ・・」そんなヤリトリがあった。ん、ということは、午後何時かわからないが(ヘブンは)ミルクホールで牛乳を飲んでたってことね。ヘブンはヒゲに牛乳をつけたまま帰宅して、司乃介は白い牛乳に気がついたってことね。😁
司は「匂いでわかる、昔のワシと同じ匂いがする」なんて言ってたが、ヒゲの牛乳だけで「ん、と何かを感じ取った」わけではあるまい、司はスルドイか?スルドかったか、司のような人間はスルドイものか?…細かい詮索はやめようか。
ヘブンの後を追いミルクホールへ。ここでヘブンが飲んでいたのが牛乳とわかる。松江の牛乳も旨かったとか。バカバカしいと言われるかもしれないな。コント作家は細かいことを考えるものだ。こういう他愛ないのいいんじゃない。
家からミルクホールまでの距離は?講義の始まる時刻は曜日により違うだろうが、ヘブンは朝から夕方までミルクホールにいることもあるの?とか詮索はやめよう。
東京編が始まったとき、ヘブンは既に◯月◯日付で解雇を通知されていたのだろう。ミルクホールで司乃介に見せようとしたのはその解雇通知だろう。
ヘブンが書いていた「私は帝大で英語教師をしているレフカダ・ヘブンと申します・・」は再就職先を探しての手紙かな。
翌年、明治37年4月にKwaidanが出版される。同月、早稲田大学に採用となるが、9月に急逝してしまう。
これからの1年、Kwaidan執筆、トキや家族との生活、他に誰が現れるか、何が描かれるかな?
トキや松野家はそんなほめられた人たちとは言えないが一部の人たちが言うように自己中とも最低とも思えない。人間の弱いところを強調して描かれているだけで、誰でも同じ、ふつうの人たちだ。
司之介はときどき登場するタイプだが、きわめて少数派だし、そうでないと困るね。😁「ヘブン、わかるぞ、おぬしは昔のワシだ」なんて言ってるが、いつまでが昔なんじゃい、今はどうなんじゃい!
司之介はムカシのように悪さはしてないようだ。 熊本の小豆相場が最後ってことね。あれ?から10年はおとなしく何もやってないってことね。悪さするより何もしない方がいい。 😉
トキや家族が一部の人たちが言うところのダメ人間でも、そうでないと言われるだろう人たちでも、幸いなことに心優しい人に助けられ安寧に生活できたのは同じだ。幸運な人をついつい妬んでしまうのも人間の弱いところだ。
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