



2.45
| 5 | 113件 | ||
| 4 | 60件 | ||
| 3 | 66件 | ||
| 2 | 40件 | ||
| 1 | 277件 | ||
| 合計 | 556件 |
明治の松江。怪談を愛する夫婦の何気ない日常を描きます。
>制作者が、何を誰をどう描こうが、
>描かなくても、観る者の受け取り方
>でどうにでもなる。観る者が好きな
>ように解釈すればよいし、
>そうするしかない。
ほんと、そのとおりですね。
ばけばけ終わったら
過去の八雲のドラマ
「日本の面影」を放送して欲しいな
ド深夜でもいいから…観たいなぁ
ほんと残念な朝ドラだよ。
国籍と結婚は関係ない。むろんヘブンはイギリス籍のままトキと結婚できる。当時の制度では(現在はどうか知らないが)日本籍がないと(トキに)遺産相続できない ので日本国籍を取ることにした。
結婚に関係なく日本籍を取るにしても、日本人の結婚相手と結婚して相手の籍に入籍する形で日本籍を取るにしても、知事の許可が必要だった。
知事は「ヘブンが日本人になることに反対」だ。錦織も反対で最初から知事を説得する気はないし、最後までしなかったはずだ。
けっきょく知事はあきらめて(しぶしぶ?)ヘブンの日本籍取得を許した。ヘブン一行が松江を去って数カ月後に入籍許可証が届いた。
入籍許可証は役所から直接ヘブンに郵送するのが普通だろうが、なぜ(役所に代わって)錦織が送ったのか、妙と言えば妙だが、ヘブンと仲良しの君(錦織)が送れ、と知事に命じられたか?些末なことだからどうでもいい。
皆さん、こんなに熱心に感想書いてるのだから、やっぱり朝ドラって凄いなと思いますね。
吉沢亮さんは、なつぞらの時も病気で死ぬ役だったけど、その時よりもずっと存在感があって、今回は満足しました。感謝しかありません。
始めはヘブン先生に振り回されていたけど、最後は本で繋がる、そういう関係だったのだと。
トミーバストウさんは映画のロケで日本を去るようなことを聞いてましたが、昨日のバトンタッチリレーに髭をはやして出演していたので、また戻って来て仕事してるのにも感謝しています。スペシャルトークショーにも出るようで。
高石あかりさんのキャラはトキと同じですね。
次週はハーフのお子さんたちが、どんな言葉で喋るのか、トキは、あのキャラのまま母親になっているのか?
怪談を語るヘブンの妻としての最後を見届けます。
ドラマ日本の面影は動画サイトで見たことがあります。いくつもの怪談が劇中劇になっているのが面白くて、ばけばけでは、それがなさそうですね。
錦織さんの退場、本当に寂しい。
事実なら仕方のないことだけど。
あんなにカンタに会いたがってたおサワちゃん、きっと会わせてあげたんだよね?
また登場しないかな〜。
おサワちゃんとトキ、おサワちゃんと庄田さんのやりとりが好きなんだけど。
「どうしてだ?」ヘブンさんが日本人の八雲となり、朝焼けを見ても感動しなくなったというくだりが錦織さんの説明なしではわかりづらかった。
「ばけばけ」は最初、不幸だったり未熟だったりした登場人物たちが変わってゆく〝化けてゆく〟からこのタイトルにしたとどこかで読んだが、わたしは良いほうに化けてゆく人だけだと思っていたが、悪いほうへと化けてゆく人もいるのだろうか。あの橋の上で画面が暗くなり、また明るくなる演出は日本の良さが見えなくなった=感動を味わえなくなった八雲の心を表現したのでしょうか。にしても朝ドラに似つかわしくない演出、錦織さんのもうこの世の者でないような立居振舞だけが変に印象に残った。まるで土曜ドラマかBSドラマのスタッフが実験的に作ったような場面でした。
三之丞がタエさんが作ったご飯を「美味しいです」と言って二人で食べる食事のくだり、あそこだけは良いほうに化けた晴れやかな顛末が見れ良かった。出来ればもう、そういう良いほうに化け化けしていくものだけ見たいです。今までさんざ貧乏やら、司之介の体たらくやら、嘘や隠し事やら、尺稼ぎでお茶を濁す新聞ネタ探しやら、鬱陶しい物ばかり見せられたので…。4月から、透き通った透明感あるような爽やかなドラマが見れたら良いな……。
ほんとに凄いなと思います。こんな駄作でも朝ドラは自分自身の生き甲斐になっています。
朝8時になれば大抵テレビの前に座っていますから。。。
次の 風、香る は今作より良いと思うので今から嬉しさが止まりません。
受信料も高いなと思うけれどきちんと払わなければ、ネ 😉
ハーンと西田氏との付き合いは松江での1年3カ月と西田氏が亡くなる(1897年)までの文通だ。ある番組で聞いた。
残された手紙の数は300通弱で
80%はハーンから西田氏宛のもの。
ばけばけで紹介された「日本滞在記」は「知られぬ日本の面影」のことで、松江滞在中に出版されたことになっているが、ほんとは1894年9月出版だ。
二冊めが「東の国から」(1895年9月)
東の国から(1895年3月)
Out of the Eastの謝辞
TO NISHIKOHRI YUICHI IN DEAR
REMEMBRANCE OF IZUMO DAYS
錦織友一へ
出雲時代の懐かしい思い出に
1891年11月から3年間は熊本滞在だ。
ということは「日本滞在記=知られぬ日本の面影」の原稿は熊本滞在中に完成だろう。 二冊め「東の国から」の原稿完成は神戸に移ってからかもしれない。
大量のハーンから西田氏への手紙の内容は、個人的な生活関連の相談など細々としたことでなく、これら二冊執筆のために大いに貢献しただろう。
たくさんの手紙からもわかるように錦織はヘブンにとってなくてはならない存在だった。しかし本の中に錦織は出てこない。まさに錦織は黒子だ。黒子に徹してくれる錦織はまさに親友なのだ。生まじめでお人好し(不器用でちとマヌケ)な錦織だからこそ黒子に徹することができる。
最後の「日本人になろうとするヘブンにもの申す錦織」は不要と思う。国籍取得や日本人に入婿することと書ける書けないは関係ない。西田氏が入籍に反対したとは思わない。実際のところはわからないが。脚本家は「錦織はヘブンの入籍に反対させる」としたのだからしかたない。
熊本に日本の良さを見いだせなくて、創作意欲を失ってしまったヘブン。
書いた作品にも輝きが無い。
そのような作家が、もう一度感動する心を取り戻すには着眼点を変える引き金や閃きが必要なのだと思います。
「もう書けない」と言って苛立たせ、煽って、それが功を奏することなどあるのでしょうか?
ハッパをかけてどうにかなるのは、子どもの宿題か定期テスト、運動部の学生位だと思うのですが。
脚本家は「無理だ」と言われて奮起し素晴らしい作品を生み出した経験があるのかしら?
吉沢亮さんのキャラ、存在感も薄く期待し過ぎました。個人的には魅力が一切感じられなかった。
前半は特にただ振り回されていただけ感が強くてガッカリ。
ヘブンさんとの交流もほとんど描かれず、この脚本家はどうでも良いコメディは丁寧に描くのに、ちゃんと描いて欲しいことはスルー。
このドラマで何が描きたかったのやら。
脚本家が描きたかったらしい何気ない日常と言うより馬鹿馬鹿しい日常を見せられ続けて来ただけ。
モデルがいる朝ドラで、これほど期待ハズレの作品も珍しいわ。
最終章に来て怪談とは今更感があり面白くない。そもそも最初のヘブンの日本滞在記のラストピースを怪談にしたのがいけなかった、その後怪談は無かったことにしてドタバタコメディを混ぜながら進み、人形の墓の呪いの話しで怪談に繋がると思いきや繋がらず、焼き網盗難騒動のやさしい嘘を題材に書いたり、トキから聞いた市中の面白いことを書いたり、怪談とは無縁のことばかり、その書き物は錦織につまらなかったと言われる始末。いまごろ怪談をやっても時(トキ)遅しで盛り上がらない。
ハーンが生きた日本、自らを守るため文明開化し帝国主義化せざるをえなかった?日本は理想の国ではなく危惧することもあった。
そんな日本でも日本大好きは変わらず(錦織の指摘はあくまでドラマ的を面白くするため)書くもの(こと)に困ることはなく順調に 書き続けた。
いまさらヨーロッパやヨーロッパの何かを書きたいとは思わない。アジア、中東、アフリカを書きたいとも思わない。ハーンの胸中(何をしたいか)は何も変わらないのだ。西田氏もハーンの日本人化には最初から協力しているはず。
それではドラマとしてつまらないのだ。黒子の錦織にスポットを当てるために入籍に反対させ、観る者をギョッとさせるためにフィリピン話を加えたのだ。
ハーンの作家稼業は順調だが、一番大事なのはトキであり家族親族である。
むろん結婚した時に当たり前の心情として入籍を考えたし、遺産相続のためにも入籍せねばならないのはわかっていたし、さらに第一子が誕生し、その思いは強くなった。
しかし日本人になると収入が減る心配もあり、入籍手続きは延ばし延ばしになってしまった。けっきょく手続き開始は神戸に移ってからになってしまった。
入籍手続きはトキの雨清水への入籍、トキ自身が分家して戸主になり、そこへヘブンが入婿するなど煩雑でドラマの中でいちいた再現しても意味がない。
ともあれ、ヘブンが日本人になることはヘブンの強い思いで、ヘブンが迷うなどまったくないし、手続きは煩雑だが、周囲(錦織や知事)からの反対などなかった。
それではドラマにならないということだ。まあ、それでも、あちこち?はあるが、これはこれで脚本家の一貫した姿勢だから、あれこれ言わず見ている。
トキもヘブンも激痩せした錦織を見てもなんも感じないようだ。
雨清水になるか松野になるかとかマジどうでもいい話。
ようやくメインの怪談を書くとか遅すぎだ。
自分は戸籍の話はどうでもよく、あんまり聞いていなかったので錦織宛で戸籍標が届いたことがわかりませんでした。
あの知事はプライドが高いので執事にでも言って「私の名前を使うな!」「錦織で出せ!」とでも言って送ったのかな。
錦織さんはヘブンさんに協力しないと言ってましたので送らなそう。
日本人になって外国にもう行けないヘブンさん、私も作家として終わりだと思います。ドラマでは錦織さんが発破をかけ立ち直ったかに見えますが、それでも作家として終わりだと思いました。
脚本家自身が小泉八雲に錦織さんを使って言いたかったんじゃないかな。
日本では恵まれた才能を100%使うことなく終わった小泉八雲。
日本人にならず、外国を渡り歩き作家として生きていけばもっと素晴らしい作品ができたでしょう。
外国を自由に行き来できれば、その国の伝説、神々の物語、言い伝え等、ネタが尽きることなく書くことができたのにね。残念。
ヘブンのフィリピン滞在記、もしあれば見てみたかった。
翼をもがれた渡り鳥はそこで静かに死ぬだけだ。
八雲と聞いて「知られぬ日本の面影」「東の国から」を連想する人は(私も含め)少ないだろう。セツが関わったのは怪談(Kwaidan)だろうがハーンにとって他の著作と比べて特別なものなのか?
たくさん(30ほど)ある著作を知らない一般人が怪談・怪談と騒ぐのはわかるが、脚本家は八雲とセツを中心に描くにあたって怪談はパーツのひとつだが、それほど(どれだけ)重要だったのか? ハーン自身は他の著作より思い入れのある作品なのか?
松江でセツに出会い結婚し、時期にセツを通して怪談を知る。トキは怪談語りをしているし、そこから書き始めたとすれば、東京での怪談語りを特に強調するのもゲセナイかんじ。
Kwaidanの出版は1904年4月、東京にいる時だから、東京で怪談を語らせて不思議ではないが、そのほとんどを東京でイッキにではないだろう。そのあたり、どんな具合に描かれるかな?
日本にいたから書けたんでないの?
トキがいなかったら書かなかっただろう怪談、その他。フィリピンを好きになれなかったら書く気になれなかったかもしれないし、ヘブンは愛した日本と家族を力にして書いたのだよ。錦織が応援したかったのは、そういうことでしょ。
ギリシャ、アイルランド、イギリスにも昔話・怪談奇談はある、アメリカにはネイティブ・アフリカ系・中南米系などいろいろいる、それぞれ昔話・怪談奇談はある、それらに接してきた。
昔話・怪談怪談、むろん日本にもあるにきまってる。セツから幾つか聞いて日本のものは他の国のものと違うと思ったかどうか?どちらにしても日本の昔話・怪談怪談に特別な興味を抱いたわけではない。日本のものと言うだけだ。
日本だけでなく他の国々へ行って昔話・怪談怪談を集めたい、人文地理について書きたいとは思わなかった。セツと一緒に暮らしながら作家として生きていくと決めた。それで何かをあきらめたというわけではない。フィリピン行きに心を動かされたように描かれてたるが、ハーンとセツを近づけるためのエピソードだが、意味がない。
日本は激動の時代だが、ハーンとセツの14年、そんなこととは関係なく、ラシャメン騒ぎ、あちこちへの転居、入籍の手間などあったが、ハーンの意思は固く、ものを書きセツと家族親族を守り坦々と生きていく、セツもハーンに付いていくだけ、ただそれだけ。
ハーンは教師として働くこと、ものを書くこと、日本社会で生きること、心の内ではいろいろあるが、それは描きようがない、妻と家族に波乱万丈なところはない、ハーン、セツ、家族の日常はいたって地味なものだ。つまらない話と言えばつまらない話だ。
今の日本はある年齢を過ぎたら二重国籍は認めない方針らしい。認めないか認めざるを得ないかは他国との力関係?明治の日本とイギリスの関係ではイギリス人に二重国籍を認めていたらしい。ハーンは日本国籍を得てもイギリス人でいられたようだ。みんな二重国籍ウンヌンなんて考えてなかったろうが。
脚本家は錦織に反対させた。
「何を怯えている!日本人になってはいけない。外国へ行けなくなる。日本と日本人に慣れすぎた。何も発見できないだろう。何を見ても聞いても感動がないだろう。熊本で書いたものはつまらん。もう何も書けないぞ」いやはや、まったく、ナンセンス。
なぜ脚本家は錦織に反対させアレコレ言わせたか?むろん脚本家には理由がある。この先、理由をはっきりさせるか?ダンマリを通すか?どこかで(放送が終わった後のインタビューなどで)白状するか?😁
みんな錦織役が大好きな吉沢亮だからって錦織に期待し過ぎ。錦織はまたまお雇い外国人の世話役になった若くて(28才)地味で真面目な中学教師というだけ。
ヘブンのお世話以外で活躍の場はない。やっと出番かと思ったらワケワカランこと言わされてしまった。もう死んでしまったし挽回もできない。
じゃあ吉沢亮じゃなくて良かったじゃん。
こんなつまらない役やらされて勿体ないとしか。
誰も彼も魅力を感じられないキャラばかりでほんと呆れた朝ドラだ。
でも何といってもヒロインの魅力の無さにはビックリする、どころか不愉快キャラって意味不明。
別の某レビューで、トキとヘブンは激痩せした錦織に対して、トキは戸惑っていたし ヘブンは言葉に詰まっていた、とのコメントがありましたが、自分は見落としたのか じっくり観ていなかったのか 考えましたが、そのシーンを思い起こしてもやっぱり二人共そんなふうには見えなかったです。
すらすら演じていたので、そこはそれなりのリアクションがなきゃおかしいでしょう、と感じました。
脚本や演出側が役者を自由にやらせた結果、色々と収拾がつかなくなってしまいましたね。
この土日、オンデマンドで「小泉八雲」のワードを検索、関連番組を片っ端から見ていた。以下、視聴した番組。
「100分de名著 (朗読 佐野史郎)」「美の壺(語り 木村多江)」「グレーテルのかまど 佐野史郎の八雲スイーツ」「小泉八雲のおもかげ トミーバストウが巡るアイルランドとニューオーリンズ(BS版) 」「オープンマインド~小泉八雲が愛した原風景~(語り 佐野史郎)」「超体感!八雲が愛した神々の里 ばけばけ出雲旅(語り 生瀬勝久&野内まる)」「歴史探偵 ばけばけコラボ 小泉八雲とセツ (ゲスト高橋あかり&トミーバストウ)」「英雄たちの選択 "怪談を発見した男" 小泉八雲(語り 松重豊)熊本&帝大時代」「知恵泉 小泉八雲・セツ "怪談" 異文化を超えた夫婦」
…ということで、すっかり八雲漬けになっていた週末、錦織が橋の上でヘブンに厳しい言葉をかけたシーンについて考えていたのだけど、あれは、ハーンが錦織のモデルである西田氏のことを「私の悪いこと皆いうてくれます」と評していた言葉を元に創作したシーンなのでは?と考えるに至った。
西田氏を評した全文は、「利口と、親切と、よく事を知る、少しも卑怯者の心ありません、私の悪いこと皆いうてくれます。本当の男の心、お世辞ありません、と可愛らしいのおとこです」(小泉セツ『思い出の記』より)
これまでの「ばけばけ」の錦織の描写に関する限り、錦織がヘブンの悪いことを指摘する場面はなく、お世辞なく意見する場面すらも出てこなかった。
なので、実際にハーンが言ったことを元にして、最後に錦織がヘブンに意見する場面を作ろうと思ったのではないかと。
ただ、ハーンが言った「私の悪いこと」が何だったのかは、私が読んだ関連本や今回見た関連番組では知ることが出来ず、錦織が言ったような著作に関する意見を実際に言ったことがあるのかどうかは不明だけど。
因みに、寝ているヘブンが米を打つ杵の音で目覚め、鐘の音や物売りの声を聞くさまは、ハーン著書の「日本の面影」に出てくる文章をそのまま映像化したのだと、関連番組を見て気が付いた。
で、私はすっかり忘れていたのだけど、ヘブンが松江に来て花田旅館に泊まった最初の朝にも、杵の音で目覚めて朝陽を見るまでのハーンが書いた文章そのままのシーンが再現されており、先週の一連のシーンは、ヘブンの様子を変えてのリフレイン。
内容はともかくとして、松江初日のリフレインを出してきたのは、効果的な演出だと思った。
ところで、上記に挙げた「歴史探偵 ばけばけコラボ 小泉八雲とセツ (ゲスト高橋あかり&トミーバストウ)」では、西田氏とハーンの間でやり取りされた書簡、西田氏居宅で2人が会っていただろう部屋の中、ヘルンが西田氏の子供にプレゼントした英語の絵本(家族ぐるみの付き合い)、タンスの引き出しに入っている西田氏服用の薬(炎症を抑えるミョウバン) 等が紹介されていて、ハーンが松江を去る時には既に、西田氏が病床に伏していたことが語られている。
ただ、西田氏の日記には、3回吐血、止血剤を服用してヘルンの長演説を通訳したということも書かれており、授業の手伝いもしていたらしいことから、寝たきりではなかったよう。
劇中で、錦織はヘブンの見送りに行っていないけど、実際でも西田氏は行けなかった可能性が高いような?
番組では、西田千太郎日記の「ヘルン氏毎日見舞い」という文面も映し出していて、ヘルンは度々見舞いに行っていたようので、病状は結構深刻なものになっていた様子。
で、熊本に行ってからもハーンと西田氏の手紙のやり取りは150通にも及び…のナレで紹介されていた西田氏の手紙。
「親愛なるハーン。あなたの新しい本が届きました。あなたの日本人観がより鋭くなっていることは間違いありません、(明治29年4月13日)」💦💦
ドラマと真逆💦
その手紙へのハーンの返事。
「外国の評論家の評価より、1人の日本人の友人の称賛の方が、一層うれしいです。(明治29年4月15日)」
まぁ脚本家は、この書簡のやり取りを知らなかった可能性もあると、個人的には思っています。
これは擁護とかではなく、私自身が関連本や関連番組を次々に読んだり見たりしたところ、細かい部分や経緯が、本によって、番組によって、違っていることが割とあったからです。(せめてNHK内では統一しようよ💦)
おかげで勉強になりました。
昔のことは結構みんな適当なのね。
色々調べる手間を省いて、自分が読んだり見たものだけで、それを丸ごと信じるのは危険💦
一応ですが、歴史探偵の放送は、昨年12月3日。
既に脚本は出来上がっていた時期かもしれず、ドラマ関係者とは別のスタッフが番組作ってるだろうし、そもそも史実そのままのドラマという訳でもなく…
実は週末、以前の山田太一さん脚本のハーンを主人公にした「日本の面影」も、全編ではないですが、動画を見つけたので見てみました。
ハーン主人公ということもある為か、「ばけばけ」とは全く違っていて、その時々に起きた戦争のナレ紹介があったり、熊本の学校での佐久間とハーンの激しい意見対立の応酬は、まるで社会派ドラマを見てるようでした。
で、振り返って「ばけばけ」。
「日本の面影」がハーンの思想等も描いている社会派ドラマなら、「ばけばけ」は、ハーン(ヘブン)の妻・セツ(トキ)の人生を通して、ハーンが愛した人達や愛したものを描いているドラマに感じます。
「ばけばけ」を見ていると、ヘブンが自分を語ることはなく、トキの人生や松野家を描きながら、トキ達にとってヘブンがどう関わったかを描くstoryになっているというのが理由です。
トキにとってのヘブン、トキにとっての雨清水家や松野家、松野家にとってのヘブン、錦織にとってのヘブン。
なぜそれらがヘブンから大切にされ、なぜ愛されたのか。
「ばけばけ」は、それを考えながら見るドラマなのだと思います。
追記。
2026-03-16 01:41:45さんが書いている某レビューのように、私も感じました。トキもヘブンも表情やちょっとした仕草に現れています。
錦織家から出てきた彼を見た時のヘブンも表情を変えています。
スポンサーリンク





