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明治の松江。怪談を愛する夫婦の何気ない日常を描きます。
想像力は見る人各々が持っており、その上で肯定や否定をされております。
脚本家の期待はそれとして、視聴者の感じ方や捉え方は其々。どちらが正しいワケでもなく。
ただこのところのばけばけの見所の無さには、視聴率的にも表れていそうです。
個人的にはあと1ヶ月で劇的に改善されるとは思えませんが、ダラダラとくだらない話が続かないことを祈るばかりです。
※この投稿は、2026-02-27 07:55:29に投稿したもの続き。1度に投稿したかったのですが、字数オーバーなので分けました。
実は、ばけばけを見ていると、私は元気が出てくる。
傳が、市場の悪化を伝える新聞を読んだ時、「不景気の今こそ、腕の見せどころじゃ。」「頑張らねば」と氏松に言う場面があった。
あの場面、凄く印象的だった。
窮地に立ったときこそ、腕の見せどころ。
そういう発想だと、どんな局面でも心は折れない。
寧ろ、窮地に立ったときこそ力がわいてくる。
私自身、そうありたいと思い、基本、そういう発想で生きてきたので(商売人じゃないけど)、傳のその台詞には共感しかなくて、凄く元気をもらった。
ばけばけの登場人物達や、その人物達の台詞には、生き方の知恵を想起させるものが結構出てくる。
怪談や言い伝えも然り。
その辺りも、私がばけばけのメインテーマを、人間というもの、その様々な人間が辿る人生そのものを描くことなのでは?と思う所以。
例えば、松野家の人達の性格とか考え方、何かあった時の身の処し方とかもそうだったりする。
人からどう言われたり思われようと、自分にとってプラスになることや必要なこと以外は耳を貸さない。
これって、ある種、どんな状況でも自分らしく生きていける強さや逞しさに繋がる。
何があろうと前向きに生き抜いていける力、とでもいうか。
これは、トキと別れることになった銀二郎にはなかった部分。
それがなかったから、銀二郎は松野家から出ていくしかなかったのだとも思う。
そして、それがあるから松野家の人達は、相当な借金を背負いながらでも、心が折れずに生きてこられた。
その一例として。
第1週、当時、非難されてたような記憶があるけど、
川?で亡くなった人がいて、行方不明になっている司之介ではないかと思って駆け付けたトキは、亡くなった人の顔を見て、「良かった~」と口にするシーン。
劇中、亡くなった人の家族?から非難されているにも関わらず、畳み掛けるように、同じく駆け付けたフミも「良かった~」と口にする。
当然あの場では顰蹙もの。
だけど家に帰ると、勘右衛門までもが「でも、本当に良かった」。
勿論、人の不幸を良かったと言ってる訳じゃなく、司之介じゃなくて良かった、の意。
とはいえ、あのシーン、最初にその台詞を聞いた時、私も驚いたし、ちょっとちょっと…配慮無さすぎ!と思った。
ただ、少し考えてみると、大切な家族が亡くなったかもしれない、目の前で息絶えている人が大切な家族かもしれないと思っている時、確認してその人ではなかったら、口には出さなくてもホッとするのが人情。
自分には直接関係ない大災害が起きた時も、それはそれ、これはこれで自分の日常を過ごし、楽しむ人もいるのが人間。
実は、私はそういう気持ちの切り離しや切り替えが本当に苦手で、自分に直接関係ない死も、凄く気にして引き摺ってしまう。
訃報に感情移入しやすいというか、そういうことを見聞きした時、自分が普通の日常生活を送ることに凄く「罪悪感」を持ってしまうタチで、他人事ながら気持ちを重ね過ぎて、自分が鬱状態になったり、何も出来なくなってしまったりしていたのが若い頃。
ただ、終活を考える年齢になってきたことで、そのうちに自分自身の死に直面することになるだろうから(深い意味はありませぬ。可能性の話) "お互いさま" だと、最近は少し気持ちを切り離すことが出来るようになってはきてるけど、それでも気持ちを切り離そうとすると、どうしても感じてしまう「罪悪感」。
そんな私からすると、トキ達が悪びれずに言う「良かった~」や、そんな時でも、直ぐに普通の日常生活を送れる気持ちの切り離し方は、羨ましいばかり。
トキ達のように、それを当たり前とする人達もいる。
悪びれずに「良かった~」と言える人達もいる。
そこまでではなくても、人のいないところでは、こんな感じで過ごしてる人が多いんだろうなと、でもそうでなきゃ世の中も回っていかないよねと、そんな風に思ったりして、
私がどうしても感じてしまう「罪悪感」、そこまで気にしなくてもいいのかもしれないと感じ、何か、救われた気分だった。
あのシーンを見て、私のように救われた気分になった人、他にもいるだろうか。いるかもしれない。いや、きっといるだろうと思う。
少数派かもしれないけど、私のような罪悪感に苛まれやすい人が他にもいることを、私は知っているから。
何が自分の救いになるのか、何が生き方や人生のヒントになるのか、人によって様々だろうけど、
少なくとも私は、ばけばけを見ていると元気をもらえる。それは確か。
最初にこのドラマを見た時、こんな風な見方をするようになるとは想像もしてなかった。
たまたま、おクマちゃんが火鉢でトーストを焼いてるシーンを見て、記憶の中にあった火鉢で焼くトーストのにおいや味を懐かしく思い出し(お茶の間の食べ物のスレに書いてます)、何となく最後まで見てしまったのが、このばけばけとの出会い。
その日、火鉢でトーストのシーンが目に入らなければ、多分絶対、私はばけばけを見てなかった。
全く、人が何かに誘(いざな)われるきっかけは、いつどこにあるか分からない。
例えばどうでもいいことだけど、松江編を見始めてから、私はしじみ汁が飲みたくて仕方なくなった。
このところ、ばけばけ視聴時のお供は、カップ味噌汁のインスタントだけど、一応しじみの身が入ってるしじみ汁。
1日に何回も飲みたくなるので、まとめ買いしてしまった。
ばけばけを見ていて元気が出るのは、或いは、しじみ汁の疲労回復力のおかげもある?(いや、インスタントのカップ味噌汁にそこまでの力は無いと思うけど)
ただ、働き詰めだったトキがずっと元気なパワーを保ち続けていられたのは、大好物のしじみ汁パワーではと思ったりはする。
私も一時、本物のしじみを砂好きしてしじみ汁を毎日の常食にしていたことがあるけど、ハードな毎日でも疲労感に悩まされることがなかった。
尤も、当時私が作っていたしじみ汁は、生姜とにんにく、あさりも入れたしじみ汁で、にんにくパワーも相まってかもしれないけど、足元からポカポカしていくらでも元気に動けたことを思い出す。
ところで、トキ達のしじみ汁のしじみ、買っていたのか、採っていたのか。
お金がなかったんだから、自分達で採っていた?毎朝、顔を洗うついでに…とか。
当時は、漁師以外の人がしじみを採ることに目くじら立てる人はいなかった時代?
毎日のしじみ汁のしじみ、トキ達はどうやって手に入れていたのか、ドラマに描写がなかったので、地味にずっと気になっている。
自分語りばっかり。
他所でやって。
27日(金)最初の、
トキがヘブンさんに新聞記事の内容を伝える場面。
「警察官が殺された事件」の記事の話題のあとに「世間の面白そうな話を」って!!!
この流れはひどすぎると、制作者の誰も思わないの??
「世間が興味を持ちそうな話」でいいでしょう?
または、本当に面白そうな記事内容をトキが紹介すればいいのに…。
同僚の妻、ランさん登場、優しそう。
良き理解者、友だちができて良かった!
英語の勉強もはかどるでしょうね。👍
ところで、トキさん、眠くなりました。
クマちゃんの呪いを解いたせい?
じゃなく、妊娠だね!👶 おめでとう🎉
司乃介、メロメロ爺ちゃんになるかな?
イライザからアメリカ帰国のお誘いが!トキさんと結婚したことはイライザに知らせてあるのか・ないのか?正式に松野の籍に入っているわけじゃないし、きっと、知らせてないな。
ハーンがあの黒人女性と結婚した時は結婚自体が違法だった。あれから十年以上経ったろうが、まだまだ有色人との結婚は違法で、トキをアメリカ人のヘブンの籍に入れることは(最初から)選択肢になかったのだろうか?
どちらにしろ、子どもが生まれるし(夫婦揃っての)アメリカ行きはないだろう。ヘブン1人で行くことも考えにくい。けっきょくアメリカ行きはないわけだが、イライザからの手紙に関わる顛末がそれだけで終わるわけがない。
観る者の想像力が期待されるのはけっこうなことですが、相変わらず思いがけない展開です。😁
警察官が殺された事件は八雲の『停車場にて』赦しを書いてると言われてます。ネットでもサッと読めます面白いです。
昨日のトキが呪われたところは、見る人によって感じ方が違うんだろうなと。あのシーンはトキの演技だとか、妊娠してるから倒れたとかいろいろ書かれていて、自分はトキに一瞬、悪霊が乗り移ったかのように感じていました。ばけばけは見る人によって感想が分かれる、それは何故かと考えています。
あの司之介が、孫にメロメロ、
そんな爺ちゃんになるかな?🙄
想像力を発揮してみようかな、
い~や、バカバカしい、ほっておこう。
制作側.統括に満を持して選ばれた割にはヒロインに魅了されないのはなぜだろうか。
我々視聴者は役者が画面にアップされればじっとその画面を凝視します。トキはどんな嬉しい表情をするか、どんな悲しい表情をするか
と、じっと画面を見ていても 直ぐに アハハ〜 エヘヘ〜 と歯を全部見せるかの如く毎回毎回笑いっぱなしになってしまうから、観ている此方の集中力が途切れちゃうんですよね。
ぁ〜、また笑っちゃったワァ、と。
現場に来るのが楽しくて仕方ないの、監督さんが認めてくれてるの、の内輪事情が見えて来て 劇中のおトキがちっとも見えて来ないから疲れてしまうんです。
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