



2.50
| 5 | 106件 | ||
| 4 | 57件 | ||
| 3 | 63件 | ||
| 2 | 29件 | ||
| 1 | 244件 | ||
| 合計 | 499件 |
明治の松江。怪談を愛する夫婦の何気ない日常を描きます。
ユーモアはあっていいけれど、これはばからしいだけ。
トキに知性がほしかった。
前半の正座して怪談を話している様子は、それも期待出来たのに…。
北川景子さんが演じていた役の気品みたいなものもほしかったなぁ。
ドラマの中でも初めはいろいろお稽古事をしていたのに。
ヘブンさん含め、ただのバカ家族になってしまった。
パンを焼く網が無くなったのなら、まず掛けていたところの下の隙間を探せよ。そしたら普通落ちているのに気づくだろ。
それをろくに探しもせず、犯人探しの探偵ごっこ。
懐中時計の件は皆で探してたのに、本当に尺を埋めるだけの実にあざとい脚本、くだらん。
今週は馬鹿馬鹿しさの極致。
こんな脚本しか描けないならくだらない、犯人は誰だ!!エピも無事終了したことですし、もう今週で終わって下さっても宜しいですわよ。
トキに人妻らしい所作が無いのが残念。
クマに責められたら「母上が」と押し付け、「一緒に逃げます」って何だ?。明治の女性、ましてや既婚者は
絶対にそんな現代的な脈絡の無い支離滅裂な受け答えをしない。現代的に描くとしても時代設定は守る最低限の
気風ってもんがあるだろう。
ヘブンさんも過去の経験から家族の和を壊したくない人だから「パパサン、オカネ、モチダシ、ヨクナイ」
叱れないだろう。だがこの家族には、司乃介よりも偉い叱り役が必要だ。
誰か、熊本県知事でも近所の頑固爺さんでもいい。早く出て来てトキや司乃介を叱りつけ、
いや、ドヤしつけてやってくれ!。裕福な暮らし出来ない大勢の人々を一体何だと思ってるんだ、
退屈だとか相場で損すればいいとか贅沢抜かすのもいい加減にせいよ。
ヘブンは、やるべきこと・やりたいことはハッキリしているし、重荷を背負いながら淡々と生きている。トキ、フミ、司乃介、何の心配もない身の上になったでしょうに。何かしたら!?😒
司乃介にイライラするという世間の声もあるが、私は面白いと思っているとは脚本家の弁。いやはや、さもありなん。😁
このドラマも、残すところ一月余りとなった
あきれ果てるその内容に
これは、どのように行き着くのかと思いながら習慣で見てきたが
ここまで来ても、ドラマとして何の意味も感じることができず
”すべってる””バカバカしい””人としてどうなのか”
”あまりの下品さに、武家の設定があり得ない”
今週も”ヒドイ”の一言
焼き網が無くなった責任をとるという女中の為に
時計を、財布を盗まれたと嘘で騒ぐなど
学生ふたりも、この家族と同じレベルの設定なのだと思いました
この物価高に悲鳴をあげる国民から
容赦なく徴収する受信料で作られた
制作者自己満足ドラマ
見ている側の”イラ立ち”は、あと一ヶ月も続くのですね
今週の放送を見ながら思っていたのは、パンはトーストでなきゃダメなのか?ということだった。
ヘブンさんが、ストーブの前でコッペパンらしきものを食べてるのを見た時、コッペパンはそう言えば焼かないで食べることが多いと思い、ヘブンさんが食べていたコッペパンはどこで調達したんだろうと思った。
家から持ってきた?学校に来る途中でどこかで買った?
もし家から持ってきたのなら、焼き網が無いならコッペパンにすれば良かったのに、それか、しばらくはコッペパンの朝食にすれば?とか思ったりして。
と、そこで思った。
当時、サンドイッチはなかったのだろうかと。
食パンはトーストにしなくても、サンドイッチという手があるじゃない?
あと、フレンチトーストなら焼き網は要らないよね、とも。
調べてみた。
サンドイッチもフレンチトーストも、日本で普及したのは明治時代だった。
ただ、明治30年代に洋食店で出すようになって普及したらしいので、当時のおクマちゃんが知っていたとは思えない。(確か明治20年代だったような?)
でも、ヘブンさんは知っていたはず。日本よりもかなり前からサンドイッチやフレンチトーストが一般的に食べられていたアメリカにいたのだから。
おクマちゃん、トーストを焦がしてヘブンさんに怒られたようなことを言っていた。
ヘブンさん、パンのトースト以外の食べ方をおクマちゃんに教えてあげたら良かったのに。
バターを付けないトーストを食べるより、サンドイッチやフレンチトーストの方が、トキや司之介達も美味しいと思ったんじゃないだろうか。
サンドイッチやフレンチトーストなら、焼き網も要らないし。
因みに牛乳は、当時手に入るものだった可能性が高い。牛乳は明治に入る頃には普及していたらしいし。
尤も、フライパンの普及も洋食を出すレストランが出てきてかららしいので、当時の熊本でフライパンが売ってたかは分からないけど。
でもサンドイッチならフライパンが無くても作れる。
目玉焼きが朝食に出てたから油はあったんだろうし、スクランブルエッグやきゅうりとかの野菜を挟んだサンドイッチ。
マヨネーズはなかったかもしれないけど、塩コショウで味付けすれば。
時には、あんこを挟むとかの甘い味とかでも?と思ったりするけど。
あんパンは明治7年には生まれてたらしいし。
と、そんなことを思いながら、洋食店が出てきた「ごちそうさん」はいつ頃が舞台?と確認したら、明治45年から始まる話だった。
ヘブンさんの熊本生活、今週放送分は明治20年代だから、随分前。
まだ洋食が普及してなかった頃のストーリー。
そう言えば、焼き網トーストに関して言えば、火鉢の丸いふちの上の両脇か四隅に何か台になるものを置いて、その台の上に焼き網をのせれば、トーストは焦げにくくなると思うよ。
あと焼き網も、足がついてる焼き網があって、火鉢の炭火に食材を近付けないで焼けるものがあるんだけど、当時はまだ生まれてなかったか、普及してなかったんだろうか。
それと、焼き網が無いなら、パンを焼かずにそのまま食卓に出しちゃいけないの?とも思ったり。
自分が子供の頃(昭和の時代)の学校給食、焼いてない食パンがそのまま出てきてたけど。
食パンに味噌汁と和のおかず、そして牛乳の給食が当たり前にメニューにあった。
さすがに、しじみの味噌汁なんていう豪華?な味噌汁ではなかったけど、その給食のおかげか、パンに味噌汁、私は普段でも違和感がない。
お味噌汁、好きなので。
平和な朝ドラ。感想も平和に書いてみました。
NHKが「土曜ドラマ 日本の面影」をこのタイミングに合わせ再放送しないのは、一緒に「ばけばけ」を見るとそのメッキか剥がれるから、浅くてどうでもいい内容が余計目立ってしまうからだと見た。今、山田太一さんのような骨太の台本を書ける脚本家はいないだろうし、今見たとしても同じことを思うんだろうな。せめて宮藤官九郎さんに書いてもらえたら・・少なくともギャグの部分はあざとらしさやおふざけは無く、まっさらに面白く見れたろうな。「終りに見た街」のように、どこかで作ってくれないだろうか。
それにラフカディオ・ハーン、小泉八雲さんとセツさんの話は土曜ドラマの1時間半枠全4回ぐらいが丁度良いのだと思う。夫婦二人のつつましやかな時間と生まれた子供、執筆にあてがう時間だけを無駄無くシンプルに描くのにはそれくらいが都合良い。もはや目も当てられない状態になってしまったばけばけだが、西田千太郎さん=錦織さんの最期だけは真摯にちゃんと完結を描いて欲しいと切に願う。あと、今を否定するようなことばかり書いて申し訳ないがこの題材は戦前に強い思い入れがある人、せめて昭和の香りを強く好きな人でないと務まらないと思った。
謎は解かれる?
・クマちゃんの生い立ち
・万が一とは
・しなくてもいいこととは
・教室で食べてたのはコッペパン?
メダルを取っても取らなくても
ひたすらに目標を決めて
努力して懸命に励んでいる
オリンピックの選手たちを
毎日見て感動しているさなか
退屈だから刺激を求めて
盗人行為をする不甲斐ない父親や
高給取りの異人に食わせてもらい
女中に何もかもやらせ、
ヒマでボケっとしている
ヒロインや母親や、
焼き網紛失を互に泥棒だと
疑い争う信じ合えない自己中家族など
酷かった。制作陣はそんな
意図で作っている訳はない
かもしれないが、
本作は真面目に生きることや
一生懸命に生きることや
コツコツ努力して生きることを
笑いやコメディにすり
替えて揶揄しているような
印象になってしまったのは残念。
勝手な憶測ですが・・
この脚本家は、NHKからオファーがあった時、胸の内は「朝ドラらしくない朝ドラ」を作ることだった。オファーを受けるに際して、この大前提について話し合ったのかどうかわかりませんが。
朝ドラマの主役は良い人・優れた人が常道。ばけばけは朝ドラの常識をくつがえすのが目的なのではないかと。
オファーされた時、4つのテーマを示された内「小泉八雲と妻の物語」を選んだとか。他の3つのテーマが何かはわからないが「小泉八雲と妻の物語」を選んだのはわかる気がする。
【こんなことが書かれてました】
(ふじきさんは)真面目に生きている人を一歩引いた時に見えてくる面白さ”を描くことに長けているので、現場ではみんな真面目に演じてもらっています」
登場人物の描き方については「何でも完璧にできてしまう、そんな神様みたいなキャラクターをドラマでは作りがちです。しかし、実際は誰もが良いところと悪いところを持っています。むしろ悪いところが多いことは往々にしてあり、『そういう人たちの物語になれば』と考えています」という。
それに伴い『心情をすべてセリフや語りであえて説明しなくても良いのでは?』と考え、従来の朝ドラの見られ方に囚われずに『ちゃんとドラマとして見せる』ということを徹底しました。とりわけ、本作は『人の心は一辺倒ではない』ということをテーマとしていたので、表情のアップや英語での会話などを多く採用することにしました」
もしかすると、説明不足によって離脱した視聴者は一定数いるかもしれない。その反面、遊女やラシャメンに関する“丁寧な説明”もないため、子どもでも楽しめる構造になっている。この辺りについてはどう感じているのか。
「朝ドラは老若男女が見ます。『子どもは理解できないけど楽しめる』という部分は狙っていたので、幅広く楽しんでもらえているなら嬉しいです。やはり説明しなくても視聴者に伝えられる役者がそろっていることが大きいのかなと思います。そんな上質な表現力を、過剰に説明するナレーションで薄めてしまうのはもったいないので、このやり方で良かったです」
表情や間から見え隠れする感情を受け取ることで、物語はより豊かになる。『ばけばけ』は見る側の想像力を信じた作品と言えそうだ。
・・ということだそうだ。
概ね「そうだろうな」と思っていたとおりで、そのつもりで、まあいいかっと見てきたが、それだけなの?・・あと1カ月、それだけでないところを見せてくれるか?
脚本家の思いがどうであれ、これほど不快感を感じる視聴者が多いのなら失敗だと思う。ヒロインを筆頭にいくら何でも不快な人物が多過ぎる。
脚本家の自己満の世界でしかなく、朝ドラでそれを押し付けないで貰いたい。
優性思想を振りかざす長文が狙っています。
ほどほどにいたしましょう。
金網問題もう少し面白く描けないものかね。
つまらん上に不快だった。
土スタに高石さん出るというのをきいても
別にいいやってなっちゃった。
室内シーンの暗い照明。
各回のラストがその回の締めで終わるのでなく、次回の頭にそのまま続く流れで終わる(つづくのテロップが無い、これは週5になった頃からのようだが)。
ヒロインとその家族に他人の為に思いやりやおせっかいをする優しさが無い。
意味不明瞭な笑い?のシーンを入れる。
メインテーマの柱(怪談)よりも金銭や物への執着、貧乏や裕福なことにこだわりを持って描く。
……従来の朝ドラらしくない物を、朝ドラを壊そうとの意図があったのは間違いないと思います。ただそのマンネリ打破の方向が今回は間違っていたと思います(まだ終わってないけど既に失敗したのは明白なので、過去形)。らしくない物を作るとき放送前に、まずそれは視聴者が望んでいる物か?、それは世間の常識として良しと出来る物か?という視点が欠けていたと思います。
(成功例で言えば)「ゲゲゲの女房」は朝8:15から8:00に移動、最初からOPを流すというパターンを無くしましたが朝ドラ本流の家族の絆、夫の偉業、それを支えるヒロインという王道がしっかり踏まえてありました。「あまちゃん」は偉人でないオリジナルストーリーでヒロインはまだ甘ちゃんな女子高生、毎回笑いを入れるというそれまでの朝ドラと比較すれば邪道で異端な作りでしたが地元や家族への愛、友達や年上への友情、人としての優しさはちゃんと描かれていました。つまり、朝ドラらしくない物を作ろう、壊そうとしても王道は無ければいけないのです。奇をてらうことばかり考えて世間の常識・人てしての優しさや思いやりを捨ててはいけないのです。
出来るなら、おトキちゃんは「他人に気を回し過ぎるけど、おせっかい過ぎるけど誠意があって」しょうがないなあと笑って許せるヒロインであって欲しかった。そんな「王道の」朝ドラヒロインに早く帰って来て欲しい!。いま私が求めるのは邪道のみで生じる【不安】ではなく、王道の根を張ることによる【安心】です。ばけばけはもうどうしようもありませんが次作以降、果たしてこれら朝ドラの王道が戻って来てくれるのかとても心配です。
松江は1年強、熊本は3年でしょう?こんなくだらないエピソードしかないのか!?熊本のメンバーで魅力的な人がいないし、最悪だと思っていた司之介以上にトキとフミが出てくるとウンザリする。ここまで見てしまったのであと1ヵ月…早く終わってほしい。
完璧と思う人が実は、ちょと抜けている
錦織さんの描き方が面白かった
大盤石として尊敬するよりも子どもたちは錦織スキップに笑って真似をした
彼の家は貧しくて中学中退、苦学の末に教職に就く
という苦労物語にせず
トキは小学校をやめて機織りの仕事
私の大叔父も11才で丁稚奉公したと言う
昔は子どもも働いた
そんな、おしんのような苦労は描かず恋占いで胸ときめかす乙女にする
ラシャメン差別は描いたが、苦労を描かないばけばけ
毎日難儀なことばかりだから笑ったり転んだりを描く
このばけばけらしさをばかばかしくなって見なくなった人もいるだろうが
最後はやはり夫婦愛だろうと思うから見るよ
クマちゃんは、もう「万が一」なんてわけのわからんこと言わないでしょうから、トキさん、フミさん、クマちゃんに気がねしなくていいし自由だよ。何でも好きなことおやりなさい。😉
トキさんもフミさんも他の人たちより薄情、自己中だとは思えないな。超ラッキーなことになってしまったからって非難されても困りますよね。ヘブンと出会ってまだ1年ちょっとだ。さて、これからどんな人生を歩むのかな?😊
小泉八雲をよく知らないし、朝ドラはこんなもんだと思っている私からしたらおもしろいドラマだと思います。
あの若者3人良いと思いますよ。朝から見ていて不快になるわけでないので。
おクマが、あんた方ドコサを見せると言って下手くそだったのは笑いましたよ。ユーモアがあふれる脚本じゃないですかね。
過去の朝ドラに超能力者がいたり、生きているのに位牌を仏壇に供えるような話と比べたら落ち着いて見れています。
ばけばけの展示会をNHKのニュースで紹介していましたが、皆さん笑顔で真剣に撮影セットを見ていましたよ。
世間の評価は「非」ばかりではないです。連休中は人で会場もあふれるでしょうね。お金を使わないで家族で楽しめるって最高ですね。
八雲の真のお話は他局等でつくれば見る人も多くいるでしょう。かつて、マッサンの鴨井のモデルとなったサントリーの創業者の物語をテレ東がドラマで作っています。
興味のなかった人間もこの朝ドラを期に小泉八雲のヒストリーを知りたいと思い多くの方が触れられることを願っております。
おむすびほど不快じゃないので尚のこと惰性で見てしまう……残念としか言いようがない
先週、朝ドラもカーリング女子も一番大事なのは選ばれた実際やる人たちよりも、人選する側の上の人間の目や選び方の仕組みだと強く思ったよ
ここであまりに叩かれてるので逆に興味を持ちました。小泉八雲やセツさんのことを調べたりして結構楽しんでます。ドラマも別に悪くないです。
八雲は好き嫌いが激しい人だったらしく、熊本はあまり好まなかったようですね。
八雲について書いている記事を読んでいたら、八雲は決して温厚ではなかったことと、日本語がうまくなかった為に、周りとうまくコミュニケーションを取ることが大変だった方のように感じました。
その八雲と他の人との間を取り持っていたのが、八雲の気持ちや意思、上手くない日本語を唯一?理解出来るセツさんだったらしく、セツさんがいなければ、八雲は日本でうまくやっていけなかったかもしれない。
ただ、そこにフォーカスした話にしてしまうと、トキ(セツ)を素晴らしい妻として描くことになってしまい、ドラマとしての面白味も減り、ヘブンさん(八雲)がトンデモ夫として認識されてしまう懸念がある。
それは、八雲に興味を持ってほしい地元民の望むところではない。
だから、このドラマのような脚色をしたのかもと思ったりします。
神木隆之介と浜辺美波が共演した「らんまん」と似てるケースなのかもしれません。
「らんまん」は、モデルの牧野のトンデモなさを割愛脚色して、牧野に起こるトラブルを描き、妻のスエとの美談に仕上げた朝ドラでした。
この「ばけばけ」も同じなのでは。
ただ、八雲にフォーカスしてトキとの美談にしてしまうと「らんまん」と同じになってしまうので、「らんまん」とは逆に、トキの方に(家族や周囲)に色々なことが起こる物語にしているのかもしれません。
朝ドラの制作は、日本あちこちに実在した有名な人をモデルにして、その人物由来での地方活性化を願う各地方からの売り込みが割と多いようなので、話を作る側の四苦八苦もあるのだろうと思います。
「らんまん」と「ばけばけ」。
私は似てるように思いますね。妻(側)の描き方を変えてるだけで。
朝ドラ、モデルのある話をそんなに沢山知ってる訳ではないですが、実在の有名な人に批判も出てきそうなモデルの場合、他にも「らんまん」や「ばけばけ」のようなケースがあるのかも。
そこまでして、実在のモデルを題材にしなければならないの?とも、私的には思いますが。
何がしかの頭角を現した実在の人物は、決して人格者とは言えず、皆から好かれた人物とも限らないのが通例なのに。
実在のモデルがいる朝ドラ、どう脚色するのが理想的なのか、答えはないと思いますが、個人的には、実在のモデルにはあまり大胆な脚色を加えないのが好みです。
実在の八雲は、周りに理解されにくい面がある喜怒哀楽の激しい人だったようですが、自然や田舎を愛し、都会を嫌った人のようでした。
物語を動かすようなドラマチックな展開とは無縁の人だったようです。
何も起こらない日常は、そんな八雲がモデルだから。
ドラマチックな展開を作ろうとすると、トキ達周囲の人を脚色するしかないのだろうと思います。
優性思想とはこういうこととか・・
人類の遺伝的素質を改善することを目的とし,悪質の遺伝的形質を淘汰し,優良なものを保存することを研究する学問。
ヒトラー・ナチスの所業は広く知られている。日本でもハンセン病患者の隔離や断種手術などが行われた。
ここでは朝ドラ「ばけばけ」について、ああだこうだと言い合ってますが、
その文脈の中で「優性思想を振りかざす長文が狙っています」なんてコメントがありますが、朝ドラについての感想が優性思想を振りかざしているって、いったい、どうゆうことか?わかりません。🤔
and you?
モデルになった夫婦とその子孫が可哀想
ハーンには、Kwaidan、その他、たくさんの著作がある。ばけばけの柱となるのは怪談じゃない。日本論・日本紹介でもない。セツさんの旦那になった人がたまたま物書きだっただけ。
柱は「この世はうらめしい、けど、すばらしい」人の世と人々だ。他の朝ドラと何も変わらない。ちがうと言えば、ヒロインが目的・目標に向かっているわけでもない、特に素晴らしいわけでもない、模範的でもない、欠点のある並の人ということ。
関わる人たちも普通に多々欠点のある人たち。そんな人間の、美しくない、醜い、情けない部分をさらけ出させていること。善人側と悪人側とわけない、並の人間を描いている、それは正直でいいのではないかと思わせる。
司乃介が一獲千金、ウサギバブルに踊ったのも、どこにもいる?ダメ人間のすること。一点?なところれは、司乃介の破壊願望だね。これは脚本家の深層心理に巣くう願望でもあるのかも。
嫌いな人はあれこれ言いたくなりますね。わかります。その結果、ネガティブコメントが多くなりますね。一方、別に不満なく見ている人は、あれが良いこれが良いといちいち言わないでしょうからポジティブコメントは少なくなりますね。最終的に視聴率は最近10作品の中ではおむすびの次に低い15%ちょっとでしょうね。
普通のヒロインがこれといった夢も持たず、ただ毎日一生懸命働き、家族のことを大事に思いながら生きていた。辛いこともいっぱいあったけれど、周りの温かく優しい人達に囲まれて、嬉しいことや時に涙することもあったりしながらも。
そういう何気ない毎日を描いていた朝ドラもあった。
けれど何気ない日常を描くと言われているこのばけばけとはドラマを見て受ける印象はあまりにも違う。人としてどうなの的発言や不快な言動など多々ありのヒロインとその家族。
斬新と言われればそうなんだろうとしか思えないほどの不快感を撒き散らしている今作。
こんな作品朝から見たくないし、放送しないで貰いたい。
再放送で「どんど晴れ」やってます。
何年前の作品か?当時は見ていません。恋人や周囲の人々を思いやり目標に向かって健気に頑張る優等生ヒロイン。
典型的な朝ドラです。こういう朝ドラは人気があるのでしょう。いま初めて見ています。いいお話なのですがチト退屈を感じます。 ばけばけとはえらく違います。どんど晴れと比べてばけばけがすごくよくできたドラマとは言えませんが、こういう(異色の)ドラマも悪くないかと。あと1カ月が肝心なところかと!
ところで、話は変わりますが、
優性思想を振りかざす長文が・・
何を狙っているのでしょうね?🙄
最終視聴率は15%ちょっとか。
星🌟数のオモロイVSオモロナイは、
だいたい、40%VS60%位か。
面白く見てる人もけっこういる。
面白くないという朝ドラはかつてありましたが、不快でイライラするという感情が芽生えたのは、ばけばけが初めてです。視聴者や八雲ファンをもてあそぼうとする制作者の悪意すら感じる。歴史に名を刻んだ偉人に対するひどい侮辱。光る君へ、あんぱん、べらぼうなどもフィクションはありましたが、それは物語で上手く機能していた。制作者がいくら満足しても、視聴者に伝わらなければ失敗なんですよ。
ずっと気になっているのですが、「優性思想」ではなく、「優生思想」です。
「優生思想」についての、AIによる概要を転載しておきます。
優生思想(ゆうせいしそう)は、遺伝学に基づいて「優れた」人間を増やし「劣った」人間を淘汰・制限しようとする考え方です。19世紀後半に英国のF・ゴルトンが提唱し、障害者や犯罪者、少数民族に対する強制的な断種や中絶、差別を正当化した歴史的イデオロギーです。現代では「命の選別」につながる危険な思想として否定されています。
以上、転載を終わります。
優生思想は、「優れた人間」と「劣った人間」に人を選別することから始まり、劣った人間を無くしてしまおうとする思想です。書いている方もいますが、ナチス・ドイツによるユダヤ人迫害やガス室での大量殺戮もこれに当たります。ナチス・ドイツはユダヤ人を劣った人間として根絶やしにしようとしたのです。
AIの説明によると、ナチスは、ユダヤ人のことを「反人種」であり、ドイツ民族の生存を脅かす「寄生虫」や「怪物のような存在」だと定義していたそうです。
白人による黒人差別もこれに当たります。
また、日本人は黄色人種ですが、白人至上主義の人による日本人も含む有色人種を排除排斥する風潮、昔に比べて減ってはいますが、実は今もまかり通っています。例えば、有色人種お断りのレストランとか。
白人至上主義の人は、白人は有色人種よりも優れていると信じて疑わないのです。
さて、この優生思想。基本は差別思想。優れている劣っているというのは、差別する側による勝手な捉え方です。
因みに、こうしたレビューサイトの感想でも、人に優劣を付けているかのような書き込みをよく見かけます。
人の優劣とは一体何でしょうか。
何を優れているとして、何を劣っているとしているのでしょうか。
これこそが正しいという個人的な考えに基づいて、人を責めたり、人の言動を強く否定批判し続けたり。
前向きに何かを頑張り、何かを成し遂げることは素晴らしいことです。
でも、それを求められることや、それを素晴らしいとする考えに同調することに疑問があったり苦痛になる人もいて、追い詰められていく人もいます。
毒親という言葉がありますが、そうした自分の理想通りの子供に育てようとする親のことも、一般的には毒親と呼ばれます。
人は其々違うもの。
完璧な人はいないし、正しいだけの人もいません。
誰にでも良い面はあり、誰にでも困った面はあります。
また、誰かが良い面や困った面と言ったとしても、ある人にとっては困った面が良い面になったり、人から良いと言われている面が、ある人にとっては困った面だったりもします。
ばけばけは、そうしたことも含んだ話なのでは。
前向きに頑張るヒロインの話をあまり好まない人もいます。
現実でも、前向きに頑張り続ける明るさがウリのような人を苦手とする人もいます。
人間は、完璧ではないから愛おしいんです。
少なくとも、トキや誰かを非難批判し続ける人は、自分の価値基準を人に押し付けようとする困った人だと思います。
何故なら、優れている、劣っているという風に、人間を分けているような差別思考が、その中に感じられるからです。
司之介にもトキにも、良い面はあります。
少なくとも私は司之介が嫌いではないですし、どちらかと言えば好きなタイプです。変に気を遣わなくて良さそうだし、ホッとするタイプです。
私は、バカなこともしてしまうような俗っぽい人が好きなんですよね。
自分が割と生真面目で頭が硬い方なので、頭が軟らか過ぎるような人が大好き。見ていてホッとします。
多分、自己評価が低くて鬱になりやすい人や、自分の生真面目さにきりきりまいしてる人なんかは、司之介のようなタイプに惹かれることがよくあるのでは。
ダメ男、クズ男、大好きです。一緒にいると楽しいと感じます。
真面目に考え過ぎて自分で自分の枠を崩すのが苦手な人にとっては、司之介のようなタイプが良い相性になることもあります。
トキとフミがアイロンの件でお互いに責任を押し付け合ってその場から逃げるシーンも私は好きでした。
あ~こんな風に無責任に振る舞えたらいいな、と思って好ましく見ていました。
2026-02-22 22:48:48名前無し
※書き込みにあたっては利用規約を遵守しましょう。
おそらく違反や荒らしを排除することを優性思想と書いてるのでしょう。それは思想でも何でもないと思います。
ばけばけ、最後はどうなりますやら、司乃介さんが、またやらかすか?耳なし芳一語りが出てくるか?子どもが産まれるか?東京編までやるのか?ヘブンが死ぬまで描かれるのか?丈が東大に入るか?錦織さんがどうなったのか?サワが正規の教員になれるか?銀二郎さん再登場あるのか?
いろいろ楽しみがあります。
山田太一さん云々書いてありましたね。「藍より青く」という昭和40年代の朝ドラを書いてました。夫役の大和田伸也さんが戦死して強く生きていく朝ドラ定番のような話しだったような。
トキの場合はヘブン先生どうなるかなって考えると
悲しくなります。
拙い演技、とのご意見ありますが、自分はおクマちゃん女優が好きです。 色んな家事をトキとフミにさせないで阻止する必死さと健気さをよく表現しているなと思います。
トキの演技が大袈裟なので、クマ女優のクールさが逆に爽やかに感じます。
あとそれとは関係ないですが、先週 フミとトキが同時に返事をするシーンがありましたが、声色もトーンもほぼ同じだったので フミ演じる池脇千鶴さんはまだ若いですが、それにしても もう少しトキよりは年上の更けた声色を出せないかなあといつも感じています。
>トキや誰かを非難批判し続ける人は、自分の価値基準を人に押し付けようとする困った人だと思います。何故なら、優れている、劣っているという風に、人間を分けているような差別思考が、その中に感じられるから
投稿者に対するレッテル貼り、誹謗中傷です。
借金を背負わせて家族に長年ドン底な暮らしをさせて、やっとその生活から抜け出せたのに、またもや自分勝手な思いで家族を路頭に迷わせようとする司之介は最低最悪な父親でしょう。
「少なくとも、トキや誰かを非難批判し続ける人は自分の価値基準を人に押し付けようとする困った人だと思います。
何故なら、優れている、劣っているという風に人間を分けているような差別思考が、その中に感じられるからです。」
↑
これこそが中傷であり、困ったどころの人では無いですね。自分自身を良く見つめ直され、ガイドラインを熟知されてから投稿をお願い致します。
史実を調べれば調べるほどモデルの方たちと
乖離して落胆してきました。
制作者たちはモデルの小泉八雲や小泉セツを
描く気はないようなことを言っていたので、
一生懸命モデルを持ち上げている制作局や
応援している地元地域の方たちが可哀そうに
なって来ました。
もうモデルの方たちの看板を外して
ほしいくらいモデルの方たちとは
似ても似つかない人物に仕立てあげてしまいました。
今更怪談を描いたとしても木に竹を接ぐみたいで
白けるだけ、どうせなら最後の最後まで何も
起こらない何気ない日常とやらを描き通せばいい。
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