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韓国で放送されたサスペンスドラマのリメイク。
韓国ドラマ私はごく一部しか見てないですがかなり極端ですね。
ジェットコースターみたいだし、登場人物がみんな感情表現が過剰で(汗)
好き!!!憎い!!!とかそんな感じ…。
死で終わるストーリーが多いわけではないでしょうが、「お約束」が大事な感じはしますし、
このドラマは日本版にした時、感情表現は結構抑えたんではないでしょうか。
韓国ドラマって恋愛モノでもサスペンスものでも戦争ものでも、実際にありえそう
「そうそう」、「そうだよな」ってものより、実はこうでした!みたいにクルッ
と手のひら返されて「ええっそっかー」ってなるものや、「まじで…」ってもの
が多い様な気がする、あんまり細かい裏設定にはこだわらず、表現したい様に自由
にやる慢画みたいな感じかな。
最後に伝えたかった事がはっきりしていればいいんだけど、振り回されるだけ
振り回されて、展開は面白いけど、「で?」「うん?これでいいのか?」とか…
が後味に残ってしまうと嫌かな
駄目ですね、私は細かいとこ考えすぎて純粋に娯楽として楽しめなくなっているわ
いろいろな見方があるから仕方ないですよ。
私も友人が韓国ドラマにはまり、ガンガン貸してくれてた時期があったんですが、面白いと言えず、つらかった…。
スタートして何話かはみられるんですが、ありとあらゆる山や谷が出てきて…最後は確かに「なんだったの?」状態。
ただ、最近日本のドラマもその傾向が増えていませんか?
昔はテーマ性だったり、淡々と見せるものだったり、今は視聴者を引き付けるための山場を作ってるみたいで必然性が感じられない事が多い。
韓国では、占いはタロットカードなんですかね?
タロットカードがこの作品をオシャレと言ってはなんですが、他のドラマとは少し雰囲気の違う印象にしてたと思います。
成瀬さんは、司法試験の勉強以外にタロットカードについても勉強したんですね。
これは○○を意味しますと、さらりと言ってましたからね。
殺人予告に使う目的ででしょうか。
それとも、占い師以外の人も韓国では皆タロットカードに詳しいんでしょうかね。
文化の違いかな。
原作は韓国ですが、日本と韓国の国民性の違いは大きいと思います。
韓国は恨(ハン)の文化とよく言われますが、日本人の考えるうらみ(怨み)、
つまり他者への憎悪をつのらせ不幸を願う気持ちとは異なるようですね。
恨(ハン)は、人生で絶望的な経験をした時に、それをもたらした他者に対してうらむというより、
そうなった自分自身の運命に対して抱くどうしようもない嘆き苦しみの思いです。
一概には言えませんが、だまって秘めていたうらみを相手への復讐ではらすのが日本人ならば、
自分の運命に対する思いを激しい怒りや泣く嘆くといった、
感情の発散で処理しようとするのが韓国人ということでしょうか。
そういう意味ではこの『魔王』は、一見、日本的な?復讐物語にも見えます。
しかしキリスト教徒が圧倒的に多い韓国ですから、原作には恨(ハン)という精神的土壌に加え、
キリスト教的倫理観が強く反映されたメッセージが込められているでしょう。
『悪人に手向かうな、もしだれかがあなたの右の頬をうつなら、ほかの頬をも向けてやりなさい。』(新約聖書マタイ福音書5-39)
『我らに罪を犯すものを我らがゆるすごとく、我らの罪をもゆるしたまえ』
自分は悪くない、あいつが悪いという一元的な怨みに対して、
恨(ハン)は自分自身がその不運、不幸を包括しているがゆえの苦しみですから、よりタチが悪い。
不運、不幸を神から与えられた試練として受け入れ、赦すことによってのみ、
恨から解き放たれ、心の平安を得ることができるのです。
全て神の手にゆだねることによってのみ得られる平安。
でもそれは、自分の運命がいかに呪わしいものであっても、謙虚に受け止めなければいけないということ。
そしてそれができない時、神の国を追われ、サタンとなる。
そう考えてくると、成瀬領は、単に憎い芹沢家及び関係者に復讐がしたかったというよりも、
自分自身や家族にふりかかった過酷すぎる運命、
つまり「神の与えた試練」=神の意思に対して大いに反旗を翻した。
だから「魔王」なのだと思います。
最後に自分が直人を殺すのではなく、直人に自分を殺させることを望んでいたのも、
直人にもう一度、殺人者としての罪を着せるという目的のほかに、
直人の手で終止符を打ってもらうことがどうしても必要だったのではないでしょうか。
領は本来ならば、神の国にいる人。
そして神の試練も愛も、この世に生きることの理(ことわり)も理解している精神的次元の高い人間だと思います。
ですから心が壊れてからも、単なる復讐鬼ではなく、
自分自身の受け入れがたい運命とそれゆえに魔王となって犯した数々の罪に対して、
その発端となった直人に清算してもらうことによって、
「この世での」相殺(もしくはそれに近い償いか)を願ったのではないかと。
神の国には二度と戻れない、戻らないことを誓った自分。
しかし直人が撃たれるという予期せぬ結果によって、はからずも領は、
大いなる神の愛に近づくことになった。
命燃え尽きる直前に、互いを心から赦しあう二人。
悲劇ではあるけれど、最後の最後に「救い」は確かにありました。
ストーリーも演出も、役者さんの演技も素晴らしいドラマでしたが、
原作が韓国ということもふまえてテーマを考えると、大変深いと思います。
もちろんどこの国で作られたものであろうと、人間の苦悩や救いは普遍的なものですが…
私的には、この作品の一番のテーマは「ゆるし」ではないかと思います。
他者を「ゆるす」ことだけではなく、自分の人生、運命がどのようなものであれ、
否定せず受け入れる、そして自分自身も過去も「ゆるす」ことの大切さをいいたかったのではないかと。
魔王として生きることを選んだ領が、教会でひとりしずかに過ごす姿をみるたび、
その心に渦巻くはかりしれない苦悩を思い、痛ましい気持ちになります。
深いですね。改めてもう一度見返したくなります。
幸いにも録画してありますので。VHSですけれど。
これだけ殺しが入るドラマも珍しい
今クール、前クールと直近を見渡しても、誰も死なないし
ましてや、主人公が連続殺人犯人
だから、魔王なんだろう
まさしく、キリスト教でいう悪魔「サタン」
神も教えである「右の頬を打たれたら、左の頬を差し出しなさい」とは
「殺られたらやりかえすものではありません、無抵抗でいなさい」
というのが神の教え
神の教えに従えば現世で不幸に出会っても、復活を約束されるから
それを破った。…
結果、成瀬は現世でも幸福になることは無く、来世の復活も失ったという愚かさを
伝えたかったんだろう
人間のエゴは、悪魔に魂を売ってでも永遠を捨てでも、自暴自棄に走ってしまうもの
昨今の世の中で起こっている連続殺人もそういうどうしようもない状況に陥った方が
引き起こしているのかも知れない。
法、あるいは社会の環境が改善されることでこういう事は減少させる事が可能なのだろうか
人間が人間を統治するなど無理なのかな
直人の方はどうなんでしょう?
過去の過ちを悔いて、まっとうに歩もうとはしても、過去に犯した悪行で何人もの人を傷付けている事実は消せない。
成瀬や死んだ弟は勿論、弟が死んだ事で心労等からその母も体を悪くして死に、弟がかばった山野は、いじめを受けていた自分をかばってくれた為に成瀬の弟が犠牲になった事の苦悩や後悔、色んな痛みを与えてしまったのに、父親に逆らえず、父の言うまま正当防衛を主張して罪を逃れた。
懺悔して生きなおす事は許されるのか許されないのか?キリスト教の事はよく分かりませんが・・・。
ドラマの最後では、直人は救急車を呼ぼうと電話を取り出した成瀬を制し、「もっと早くこうする(死ぬ)べきだったんだ・・・」と死を受け入れたが、本当はどうするべきだったんでしょう。
直人がこうする事で成瀬と本当に許し合えたようにも見えたんですが・・・。
成瀬目線で見ていたせいもあり、彼の孤独を思うと、ただ愚かとは言いたくない心情ではありました。
私は放送時は誰かに感情移入しては観ませんでした。
ミステリーやサスペンスが好きでこのドラマをみたので。
ただ、途中気づいたら直人より領目線で物語をみていたので、
なんでかな~と思ってたんです。
振り返ればわかることで、直人がこの事件が起きる前まで、
どんなふうに過ごしていたのかが私にとってはポイントだったみたいです。
つまり、更に話が進めば事件までの直人の後悔が語られるんだけれども、
事件が起こるまで自分が犯した過去の罪が彼の中で封印されていたもののように見えたから。
もっというと忘れていたように見えたから。
直人は過去を抱えた人にしてはあまりにも「健やか」だった。
良い同僚と上司に恵まれ、事件のたびに「あなたには人の痛みが分からないのか」と
言い切れる直人。
だから、全部を奪われて復讐を糧にのし上がってきた領の苦悩に共感してしまうんだな~と。
後半はまた変わってくるんですけど。キリスト教的精神はちょっと興味深い。
キリスト教では自殺は大罪ですから、主人公たちが自殺でない事は来世への希望なのかな?
ついでにこのドラマが日本人的というのは少しわかる。
成瀬領目線になる人が多いのは主演の方の影響だけでなく、判官びいきの気質にもよるのかもしれないですね。
復讐はいけないとは知りつつ、成瀬の方に肩入れしてました。
捕まって欲しくないような心情にさえなってしまってました。
そうではない方もいらっしゃるでしょうが。
(直接、法に触れない手段をとっているから、法では裁けないんでしょうが)
でも、成瀬は復讐の為に関係ない人を利用してしまいましたね。
空ちゃんとその母親(奥貫薫さん)です。
彼女は正当防衛で罪には問われませんでしたが、自分を人殺しにした犯人が憎いと言ってましたね。
成瀬はその事で、関係ない親子の心に傷を負わせました。
自分でした事とはいえ、本来は心優しき成瀬なので、空ちゃんの涙に胸が痛んだはず。
そんな事も、直人らが学生時代にいじめをしなかったなら復讐は起きなかったと、そう考えてしまうのはいたしかたないかもしれません。
何度も書き込み、すみません。純粋に作品のレビューだけになったら訪れる方が減ったようですが、新しい書き込みを読むとつい書いてしまいます。
私のレビューについて、関連コメントを書いて頂き有難うございました。
私は、直人が本当の意味で悪人である様には思えませんでした。
直人に関わっている、上司・同僚も彼を頼もしくも和気あいあいと過ごしている一方で
罪の意識を、決して忘れている様には思えませんでした。
日本人考えを持ち込んでいるとするなら、人を殺した人は二度と許せないという事が日本的な
考えなのでしょうか、やり直そうと助け合ってあげる、道を誤っている人に言葉をかけあってあげる
そんな心があれば良かったのかなと思います
しおりさんが助けてくれればよかったですね、殺されたら殺し返すという殺戮の悲劇を永遠と続ける事を
奨励してはあってはならないからです。
だから、意図するところは魔王になってしまった青年の戒めをどこかで誰かが受け止めてくれれば良いのではと思います。
>日本人考えを持ち込んでいるとするなら、人を殺した人は二度と許せないという事が日本的な考えなのでしょうか
判官びいきというのは虐げられた者、弱いものに対して同情する心理、兄より民に人気のあった悲劇の武将源義経のこと
って、すいません皆さん知っていることをくどくどと。
この精神は日本人独特のものと言われていますね。このドラマの主人公は罪を犯していますが、不幸な青年ということで
観るものに同情される、共感されるというのが日本人らしいと書いたつもりでした。
そもそも日本に死刑制度があるからと言って、すべての日本人が犯罪者に極刑を望みますか?そうではないのは当たり前ですよね。
また、直人が悪人と言い切る意見はどこにもないと思います。15:01:07 のご意見の方も、「事件のきっかけが直人にしていたいじめだった」と言われているだけです。
このドラマ、完全な悪などないですよね。誰もが少しずつ道を踏み外した…そういう人の弱さを描いた作品でもあると思います。
心を動かされ物事を深く見つめなおす
ドラマ発であってもそれは観た人の糧になる
人間は考える葦である・・まさに。
「直人のしていた」ですね。意味が変わってしまう、失礼しました。
15:01:07です。フォローありがとうございます。
私も直人を根っからの悪人とは思ってません。
贖罪の気持ちがあればこそ、犯罪者を検挙し、取り締まる事に熱くなっていたんでしょうから。
1話の屋上のシーンは、やり過ぎではありますが。
そもそも不思議なのですが…。
「復讐もの」とは復讐を奨励するドラマだ、という考え方をする方は意外と多いのでしょうか。
それとも成瀬領に共感する人が多い=復讐を奨励する人が多い、という図式で考える方が多いのか?
成瀬領に共感する人で復讐やむなしと考える人が万が一いたとしてもごく一部だと思います。(いないと思いますが)
ギルティでのコメントも、不思議でしたが…あちらは菅野さんの演技を褒めるコメントが多かったので
菅野美穂を褒める=芽衣子を正当化する人たち…になっちゃったのかな…?
また、直人に共感する人が、彼は悔んでいたのだから復讐を受ける必要はなかったと考えるのもわかる気はするんです。
でもう~ん、難しいですね。ドラマの中で他の方法があったらと考えると?
この事件はすでに一度判決が出ているわけですから、彼が同じ罪(同級生を死なせた罪)で法的に裁かれることはもはや不可能なわけで。
結局そこを否定するとドラマができなくなってしまいますね(笑)あるいは全くの別物に。
成瀬に肩入れしてしまうのは、彼が単なる連続殺人犯ではないから
だと思います。
本来は美しく優しく気高い魂の持ち主が、受け入れがたい運命に屈して悲痛のあまり、悪行を犯す恐ろしい存在となってしまう。
しかし罪を重ねながらも、彼の中で善悪の葛藤は続き、その揺れ動き苦悩する様に、
何とか彼が救われるようにと祈らずにはいられなくなるのではないでしょうか。
直人の苦悩(事故として正しく法で裁かれなかったために、未消化のままの罪の意識)
も同じように理解はできるけれど、友人に恵まれ、経済的に何の不自由もなく育った直人よりは、孤独のまま壮絶な苦労をした領の方に
どうしても心を寄せてしまう。
これが判官贔屓ですね。
韓国での放送時はどうだったのか、興味あります。
ドラマの最初に語られる天使長ルシファーの逸話。
天使の中でもっとも神の寵愛篤く、地位の高かったルシファーは、
神が創った最初の人間、アダムとイブに仕えるよう神から命じられました。
でもそれが耐え難く、その使命を拒否したルシファーは、多数の天使を率いて神に反逆。大天使ミカエル率いる天使軍とはげしい闘いを繰り広げます。
その結果、ルシファー側は敗北。
ルシファーと約3分の1の天使が地底に落とされ、
悪魔(ルシファーは魔王、サタン)になったという話です。
このドラマと直接関係はないですが、人間が創られてはじめて
悪魔も存在するようになった。
また悪魔は元々は天使だった。
というところが、大変興味深いです。
おそらく直人視点でこのドラマをみる人と領視点でドラマをみる人、ドラマの解釈をめぐっては相いれない部分があるのかなと思います。
私は後半は完全に領視点でドラマを追ってしまいましたが、直人に共感する人にとっては、領は執拗に直人を苦しめる存在でしかないのかも。
そうなると領の苦しみは理解できつつも感情的には直人よりなのでもうやめてほしいと思う。
だから死を与えずとも償わせる方法を領が模索できていれば、こんなにたくさんの人が死ぬことはなかったと感じる人もいるんだろうと思います。
私自身はこのドラマのストーリーを変えてみる発想がなかったので、ここで言われていた「領がこの犯罪を実行する以外の復讐の方法があったのでは」
という発想はたいへん興味深かったです。
殺人は否定するけど復讐は肯定ってことですか・・・。確かに興味深い意見ですね。
復讐って聞くとハムラビ法典の「目には目を・・・」を思い出しますが、違う復讐の方法・・・難しい。
しないで済むのが1番いいのだけど、成瀬の場合は、その目的の為だけの人生だったんですね。
むなしいんだけど、それがあるから生きていられたんだろうし。
復讐心だけが自分を支えてたんだね。
後にしおりさんと出逢って、微妙に揺れはしたけど。
話、変わりますが、このドラマのBGM最高でした。曲自体もかかるタイミングとかも含めて。
いまだに曲を聴くと泣きそうになります。
なんか胸に来るっていうか・・。各場面が甦るというか・・・。
Live/Evilという曲が特に。これがメインで使われてましたね。
人の心の根底には国を越えてもどんな手をつかってでも自分を苦しめたヤツには復讐してやる…という心があるんでしょうね、私も含めて…、よく事件で遺族が「殺してやりたいです」とか聞きますものね
個人の倫理観でこんなに人が死ぬのはよくない、と言われる方がいるのも分かりますが…ドラマですからね…。
現実に復讐や殺人を肯定する人はほとんどいない(一部異常者は除外)と思いますし、
「これはフィクション」という前提で観ているので「このドラマが面白かった」という人=現実でも復讐を認める人ではないでしょうね。
音楽は良いですね。音楽の良いドラマは人の記憶に残っていくドラマだと思います。いつかサントラを買おうかなと思ってます。
両親を殺されても最後は犯人の柏原刑事を殺せなかった有明功一と成瀬領は対極。
有明功一には兄弟がいたからだろうか?、成瀬領にも真紀子さんが、、、血が繋がってないと
ダメなのか、、、でも良い友人がいれば殺人鬼にはならなかっただろうに。。
日本人はどちらかというと救われる展開を望むのか?流星は平均16.3と視聴率が高い
流星は原作人気が高かったですから。東野圭吾作品人気もあったようです。
実際、本が売れた作品でしたから。
視聴率は夏は取りにくいらしい、そこにオリンピック中継が重なってましたから、単純比較はできないけど・・。
日本人にはハッピーエンドが好まれるのは事実かも。
>12:10:27さん
確かに遺族の気持ちになれば、「殺してやりたい」心境は分かる気がします。
他人事ではあっても、「光市、母子殺人事件」の被害者の本村さんの気持ちとか考えると、凄く犯人を許せないという気持ちになりました。
死刑を求める気持ち、当然と考えます。
この事件の場合も、やはり法の下で死刑という判断が下されるのが望ましいと考えます。
ドラマとは関係ないですが、本村さんの、憤りつつも感情を一生懸命抑えインタビューに応じる姿を見て、偉いと感じました。
直人が父に従い事実をねじまげて、正当防衛を主張して無罪になった事が悲劇を生んだんですね。
ちゃんと、過失致死とかで裁きをうけていれば・・・。
といっても、単なる過失致死よりも悪質だとは思いますが。
直人を擁護する気はないですが、直人が事件を起こしてしまったのは、彼がまだ14歳のとき。勿論、いじめをしていたこと、刺すつもりはなくてもナイフを手にしたことは悪いことで、このことに関しては言い訳は通用しない。
言いたいのは、中学生と言えばまだまだ子供です。
父親が栄作のように力のある人ならば、14歳の直人は不本意ながらも父の意志に従うしかなかったし、証言を止められた以上、本当のことを訴える術も方法も解らなかったでしょう。
ひとつだけ救われる思いがしたのは、栄作が、「英雄を刺してはいない」と必死で訴えてきたという直人の言葉を信じていたこと。原作では、栄作が息子の言葉を信じていたかどうかは定かではありませんが、ドラマでこの部分についてはっきりさせてくれたことにホッとしました。
ただ、この時の父・栄作の愛情ゆえの選択が、全ての悲劇を生んでしまったのは間違いないと思います。
1番後悔してるのは山野かも知れないですね。
直人が正当防衛ではない事を知っていて、事のいきさつを知っていて、事実がどうだったのかを証言しなかった。
最初にナイフを持ち出したのは自分で、秀雄(字が違うかも)が、止めさせようとナイフを預かった事を証言しなかった。
それを悔いる発言を彼は成瀬にしてましたね。
自責の念から秀雄の為に復讐を・・と初めは考えて成瀬と協力してましたが、最後には歯止めがきかず、成瀬まで刺してしまう。
ここは原作とは違いますが。
山野くんのキャラ設定も原作とは少し違ってますね。
原作での山野くんは(名前は違いますが)、領が山野くんのことを思って
逃がそうとするのを、最後まで復讐を見届けたいと領の申し出を断るのですが、
暴走はしませんでした。良心的な感じに描かれていたと思います。
ドラマでは、随分あくの強いキャラになってしまっていて、
見ていてちょっと嫌悪感を覚えました。
なぜあんなキャラにしてしまったのでしょう・・・
山野に嫌悪感を与える事で相対的に主役二人を持ち上げたのでしょうかね?
少しづつ、日本の視聴者の意向に合う様に変更されているのかとは思いますが
山野に刺されないのなら、本当は成瀬、芹沢はどうなっていたのでしょう?
そういう全てをサイコメトラーは読み取れなかったのだろうか
といったら身も蓋も無いか
成瀬、芹沢は原作本でも同じ結末ですね。
成瀬は別の人に刺され、傷を負っている状態で直人に会いに行きました。
そして、あんな感じの結末です。
本では、2人が寄り添い息絶えた場面で終りますが、ドラマは余計な部分を足してましたね。
それが残念。DVD告知目的みたいな余計なシーンに非難の声があったようです。
↑私も思いました。
でも、余計だったのは、しおりが最後に領の形見であるハーモニカからさも何か読みたったかに見えたシーン。
領と直人が寄り添って息絶えているシーンは綺麗で余韻がのこるものでしたが、
あまりにも悲しくて切な過ぎる。
とってつけたような感じでしたが、海辺のシーンは、いかにも日本的で心がなごみました。
ちなみに、レンタル版では海辺を歩くところで終わっていて、それなりに自然に終わっていたように思えました、私には。
レンタル版はそうだったんですか。
私は本放送しか見てなくて、関東では再放送はまだしてなくて、(本放送中に、物語が後半にさしかかる頃、5話位までは再放送してましたけど)
録画はVHSにしたんですが、画像は酷いです。電波状況が悪かったのと、時間経過のせいで。
いずれDVD買うつもりです。
でも、しおりさんがハーモニカから何かを読み取った所で終わり、何が見えたかはDVDで・・・。って興ざめな終り方にしてしまったなあと・・・。
私は知りませんでしたが、レンタルに無いんですか…、それってもしかしたらDVDを買ってもらう為の誘導?、それでしたら、ちょっとひくな…
私はDVD購入したけどその「最後のシーン」あえて見てません(笑)
2人が寄り添って亡くなるところ、または海のシーンがラストと自分では思っているので。
制作側は作品を売るための欲はあるでしょうし、そういった意図の付け加えなのでしょうが、
作品を観る側の解釈はそれぞれで良いと思っています。
最終回で印象に残ったシーンのひとつ、成瀬が山野と最後に会う場面。
葛西を釈放させた事に怒った山野が成瀬を責め、成瀬が「彼はもう十分苦しんだ」と話すと、山野が「もう貴方には頼まない。自分の手でやる」という感じの事を言う。
その時、成瀬が「貴方は誰の為に復讐しようとしてるんですか」と山野に言うと、山野はハッとなるも「勿論、ひでおの為です」と答える。
すると成瀬が「そんな事をしたら、(昔)ひでおが貴方を止めた意味がなくなる」と訴えますが、結局成瀬も葛西も刺されてしまう。
日本版ドラマでは、ひでおが昔、山野を止めた意味がなくなってしまったようで、なんか悲しすぎた。
↑その時の山野の台詞で覚えているのが、葛西について「あいつも僕をいじめたひとりだった」
と言ったこと。
領と山野では、復讐の目的が違っていたんだと思いました。
山野にとっては最初は英雄のための復讐だったのでしょうが、結局は自分のための復讐になってしまった。
だから、次の段階に進まないからと勝手にカードを送ったり、領まで刺してしまった。。。
悲しい、というより憐れな最期でした。領は同志として山野を信じていたはずなのに。
そうなんですよね。だから山野は「貴方は誰の為に・・・」と言われてハッとしたんですよね。
山野に関しては原作本通りの方が、まだ救いがあったんですよね。
何度も書き込みすみません。ウザいでしょうか。
2年たってもこんなに熱く語れるドラマは、今までに殆ど無かったので・・・。
領が刺された瞬間、自分も腹が痛くなったのを覚えています。
平穏に過ごす人々が素通りする通りで、山野に刺された傷を押さえながら
一連の決着をつけに芹沢に逢いに向かう領。
息が乱れるのを制してスーツのボタンを留めるシーンが好きです。
山野のはいつの間にか自分の為に報復を喜びとする者と変化し
領は後半、良心の葛藤の表れとしてほくそ笑む事をしなくなった。
その対比を表すために山野に領を刺させたと思います。
想定外の出来事の後に、どのような思いで芹沢に逢いに向かったのかと思うと、痛々しいがグットきます。
復讐による殺戮の連鎖を引き起こしても、何も変わらない、友雄の弟が
生き返る訳でも報われる訳でも無いから、さらに、殺人鬼になったところで
友雄は痛快な想いに浸れただろうか?殺戮を行う事で胸がすっとした事だろうか?
その様な事は決して無いだろう、サタンに心を売った物はハデスに落とされるといった
いかにもキリスト教の国らしい教訓のメッセージなのだろうと受け取った
復讐心だけを支えに、その目的の為だけに生きていくって壮絶な気がする。
普通に若者が感じる、食べ物が美味しいとか景色が綺麗だとか遊んで楽しいとか、そういう事を普通に感じる事はなかったんだろうな・・。(ユリの花を見る以外は)
成瀬の正体を知った時、直人の父親は「貴方達親子をずっと見ています」という過去の成瀬の言葉を思い出し、あれが君かと驚くと同時に、弁護士となり宣言通り自分の前に現れた彼に「見事だ」と言いますね。
確かに見事です。その見事さが切ない。人生の全てが復讐のためにあったなんて。
手元に録画したものがあるけれど、やっぱり再放送して欲しい。
もう一度、みんなと一話づつ見ていって感想を述べ合えたらいいなぁ。
日本全国同時に再放送希望、ですよね。
大野君の新作ドラマがTBSであれば、宣伝兼ねて再放送ありそうな気がしますが、TBSさんはもう大野君でドラマ作る気無いんでしょうか?
DVDがロングセラーで、今も緩やかに売れ続けてるらしいので、あえて再放送しないのかしらと思いました。
地方ではあったそうですけどね。
全国で再放送であれば、視聴率3%でも300万人が見てくれるので広まるんでしょうにね。
DVDだと凄く売れてもやっぱり見た人は限定されてしまうから再放送が良いですね。
「ギルティー」が魔王に似ていると言われてるようですが、今、再放送したら嫌味になるかな?
私は「ギルティー」見てないんですが、赤い封筒とか、その他似ているらしいですね。
又、雑談にしてしまいそうなので、やめますが。
死ぬシーンが好きって
あなた、魔王度高いですね
池畑が死ぬシーンは、印象深かったですよ。
「死ぬ」のが好きなのではなくて、池畑役の役者さんの名演技が良かったのと、
池畑の死を見届ける領の冷酷な表情。
カメラワークのおかげもあるのでしょうが、大野君の顔がこわかったです。
お姉さんとの別れ
穏やかさ 緊迫 切なさ こちらも名シーンです。
何度か見ましたが、見るたびに心に残る名シーンは変わる。
一番最近での名シーンは、領が芹沢栄作に自分の本当の姿を告げ、
逆に栄作からは12年前の事件が不幸な事故だったと告げられるシーン。
栄作が深々と頭を下げて謝罪する姿と、本当のことを知った領が動揺する姿、悲しいな・・・
私も血の繋がりは無いけれど、心寄り添う姉弟のシーンが好きでした。
池端の残したCDがもとで関係が崩れましたが、気まずい空気を破って語りだしたのは真希子でした。
「一人きりじゃない。私には領がいるんだと思うだけで生きていたいと思った。」
週に一度、姉を気遣い、香りの良い花束を持って病室を訪れていた領も同じ思いだったに違いありません。
ずっと偽ってきた自分を責め、ごめん…と涙声で応える領に
「男の子が泣いちゃだめでしょう、領は小さい頃から泣き虫なんだから。」
なんど見ても泣ける場面です。この二人は本当に良い関係だったんだと思います。
別れ際、誕生日おめでとうと声を掛ける彼女はこの10年間、姉として幸せな時を送らせてくれた友雄に対しての精一杯のお礼の言葉だったのかな。
亡くなった弟の弔いになると信じ、復讐を成し遂げるのが使命と一人で生きて来た領にとって彼女の存在は心の支えだった。
今までの彼だったら、失う哀しみからさらなる怒りへと変化してゆくはずが今回は違いました。
―領が信じたあなたを私も信じる―
この言葉は領の心を揺さぶり、自分の存在理由を問うことになる。
折しも当日の夜、事務所の二人としおりからサプライズで誕生日会が開かれ、復讐の為に利用し、傷つけてしまった親子のソラちゃんから似顔絵が手渡される。
凍えた領の心の中が人の温もりによって溶かされてゆく‥‥
送ってゆく途中で、心の動揺を気遣うしおりの優しさに思わず、抱きしめて泣けてしまう‥‥
この回の流れには惹き付けられました!次回が気になって金曜夜10時がくるのが待ち通しかった。
書きたい所は沢山ありますが、この辺にします。
長文乱文失礼しました。
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