ありました、村角灯さん。
「光秀の意地」、歌うは鳥羽一郎。
「一寸の虫にも五分の魂、やらねばやられる戦国の掟。わしは主を間違えたようじゃ」。
似てるのに、三波春夫の「天竜二股城」と言う長編歌謡浪曲では徳川信康の自害を三波さんが思い入れたっぷりに延々と歌ってますが、ちょっと私個人的には(ファンスレなので以下省略)。
本日、墓参りの後に体調を悪くし「麒麟がくる」を見ていません。
明日中には感想を書けると思います。申し訳ありません。
秀吉が光秀と信長の間を壊そうと画策している所に、正親町天皇の誘惑の魔手が迫ってくるという図式のようですね。秀吉陰謀説と朝廷陰謀説の複合でしょうか。
斉藤道三の時から繰り返し 主君と家臣を描いてきたので、それこそ鳥羽一郎さんの歌の通り、「わしは主を間違えたようじゃ」という「信長非道説」も絡めて本能寺の変の起因にするのでしょうか。
松永久秀の自死は1577年で、同年から光秀の丹波攻めが本格化し、秀吉の播磨攻めも同時に始まります。
光秀の丹波攻略が成功するのは、秀吉が弟の秀長を丹波の西にあたる但馬に進軍させ毛利からの援軍、連絡を遮断したり、丹波の国衆の戦力を分散させた効果が大きい。同時に丹波経由で送られる三木城への兵糧を遮断する事は秀吉にとっても重要で、秀吉と光秀は戦略的互恵関係になっていきます。
本能寺の変までに 荒木村重が謀叛を起こします。娘を荒木家に嫁がせている光秀にとっては更に信長との関係を考えさせられる事件。荒木村重を通して、秀吉に関しても もう一捻り があるかもしれませんね。
今「麒麟がくる」を見てきました。
松永久秀は平蜘蛛の茶器と自爆せずに平蜘蛛を光秀に譲り武人らしく切腹しました。光秀が久秀のわなじゃ、と高笑いしたのは信長と光秀の仲を裂く道具として平蜘蛛を使ったこと。信長は天下人に値せぬが光秀なら値するともいってるような。秀吉の密偵を通じ事のからくりを知った信長には光秀への不信感。
帰蝶は実質離縁と言うべく美濃の館に別居することに。本能寺で長刀振るった「国盗り物語」よりは史実に近いでしょう。権力を手にワーカホリックと言うべき権柄づくになっていく信長から人心が離れていくのに信長は気づかない。
信忠と信雄を産んだ吉乃は早逝し信孝を生んだ坂氏娘は秀吉から信孝共々処刑されており、帰蝶の判断は正しかったと思います。自身は子供もいませんし。熙子を永遠に愛した光秀は戦国で珍しい武将でしたね。たまに細川忠興との結婚を信長が勧める。岸は誰と嫁いだのだろう。左馬之助か明智光忠でしょうか。織田信澄と結婚はたまの妹ですが出てきませんので。
丹波攻めで光秀の母の牧の方は処刑されるか。帰蝶で史実に近い説を採ったので江戸時代の創作らしいのでないと見ています。光秀の亡き後を駒と共に懇ろに弔う場面があるのかも。
「麒麟がくる」の録画が二週ほど溜まっていたのを、
ようやく観られたところです。
結局、このドラマは松永久秀愛蔵の平蜘蛛が
本能寺の変を引き起こす要因になったという描き方なのでしょうか。
そういえば「軍師勘兵衛」でも、
荒木村重の茶碗フェチのことをかなり克明に描いてましたね。
なんと荒木は愛人と愛する茶碗だけを持って、
家族郎党を残して、城を逃げ出してしまうんですね。
それを演じたのが仲間由紀恵さんのご主人の田中哲司さんで、
このときの秀逸な演技力が印象的でした。
荒木の息子がのちに有名な絵師になった逸話も
興味深かったです。
755さん、「軍師官兵衛」は近作では視聴率も高かったですね。
お書きになった文章を読んで、見ていなかったことを激しく後悔しました。荒木村重の正室が桐谷美玲さんで信長が例によって一族郎党を処刑するのですね。小屋に押し込め焼殺する前に六条河原で斬殺ですか。処刑を指揮したのが光秀の娘婿で信長に殺された弟信勝の息子の織田信澄ですか。彼も光秀との関係を疑われ信長の三男信孝に攻め殺される史実は因果はめぐると言う言葉を思い出させます。村重の息子も光秀の娘婿ですね。これも因縁めいてる感じです。
先日の光秀と熙子の語らいで「梁塵秘抄」の桂男のロマンティックな歌が披露されましたが今日は桂男が死を招く不吉な存在を示唆する正親町天皇の言葉でした。
三条西実澄と光秀の会話は王維の「送別」が出てきましたね。信長に失望し政界の一線から身を引く覚悟の光秀の心境とも重なりました。
秀吉に辰五郎と言う弟がいたとは全くの初耳。成人では秀長しか知らない。容赦なく刺殺させてるのは後に秀次一族を妻妾や幼児に至るまで殺戮した残忍さを思わせる。菊丸は辛くも逃げおおせましたね。
しかし光秀が帝との感傷的な文学的会話で本能寺の変を起こすナイーブな男だったのか、と言う疑問はあります。
たまは細川忠興に嫁いで行きました。この人達が非業の最期を遂げる未来に戦国の世の非情さを感じずにはいられません。
荒木村重は 後に 道糞 という名の茶人になりますね。 軍師官兵衛での 黒田官兵衛 との再会の場面は衝撃的でした。
歴史において 荒木村重の反逆が秀吉と光秀に与えた影響は巨大なものでした。 麒麟が来る では荒木村重が登場していないので彼の謀反を描かないように思います。 ちょっと残念。
摂津 丹波 東播磨は接していて、しかも波多野秀治の妹が別所長治の妻で丹波と東播磨は同盟関係にあり摂津が毛利側につくと敵の中で秀吉は孤立してしまうのです。
そういえば、荒木村重の有岡城は有村架純さんの出身地伊丹市ですね。
村角灯さん、それを言うなら、京本政樹さんは一時ですが、片桐且元の居城の茨木に住んでいましたよ(笑)。
真面目な話では荒木村重の謀反は司馬遼太郎原作「"鬼灯"摂津守の反乱」として文学座で上演されています。村重が高橋悦史さん、妻の安美野が杉村春子さん等です。もう50年近く前で私は新劇に目覚める前の高校生でした。再演してくれないかなあ。
「軍師官兵衛」見ておきゃ良かった。桐谷美玲さんのファンだしね。
桐谷美玲 女シーズ レッド
有村架純 女シーズ グリーン
たしかに レッドリーダーにはかなわない。
黒田官兵衛はおすすめです。生涯無敗の天才軍師。
播磨地方は瀬戸内気候で温暖、平野も広く肥沃。比較的のほほんと暮らせる地域の為か偉人不毛の地域なんですね。
その播磨が唯一天下の趨勢を決める舞台になったのが秀吉の播磨攻め。その時に現れた天才軍師官兵衛。有岡城の土牢に幽閉されても信念を変えなかった人。秀吉がその器量を怖れて、あえて小禄しか与えなかった人です。
私の先祖は秀吉と戦った側で負けて落ち延びたようです。
村角灯さん、司馬遼太郎に播州の黒田官兵衛を扱った「播磨灘物語」がありますよ。高校生の時に面白くてはまりました。小学生の時は「坂の上の雲」。何故か取ってる新聞は朝日に変わりましたけど。
播州は芸能人なら、のんさん、上野樹里さんと言う著名人がいるんですけれどねえ。村角灯さんから戦隊ものの話が聞けるとは思わなかった。最近の朝ドラのヒロインの相手役は綾野剛さんのように仮面ライダーから選ばれることが多いですね。
麒麟が来ると関係ない話で済みません。
ひよっこ で有村架純さん演じる みね子 の相手役であった竹内涼真さん、磯村勇斗さんも仮面ライダーですね。
私が小さい頃の仮面ライダーは、小学生が観るヒーローものでしたが、現在の仮面ライダーは若い主婦がイケメン枠として観るヒーローものになっているそうです。
「軍師官兵衛」の桐谷美玲さんが戦隊もののレッドだったと言う大河から派生した話ですからローカルルールの許容範囲だと思いますよ。
そうです。敢えて「ひよっこ」は話が饒舌になるから出さなかったですが、竹内涼真さん(髭はやしてるのは役柄?)、磯村勇斗さんもそうですね。高畑充希さんも女子ーズのイエローでした。
いやいや、「水戸黄門」風車の弥七でブレイク前の中谷一郎さんは悪役専門で市川雷蔵の映画等によく出ていたことを思えば若いうちは戦隊ものも朝ドラ・大河への登竜門ですよ。
ははあ、信長と光秀の決裂の決定打をこう持ってきたか。それまで伏線はあったけれど。
とにかく他者から認められたい、褒められたい、可愛がられたい、と言う厨二病のような信長は父信秀に褒められたくて松平広忠の首を献上、母土田御前から可愛がられたくて母に愛された弟信勝(信行)を毒殺。帝には褒められ有頂天。でも蘭奢待を毛利輝元に転送され疑念が生じたところに光秀が月見で桂男の話を帝とした内容を答えられぬことで自分への批判だと悟り光秀を扇子で何度も打ちつける。光秀は生真面目で融通が利かない一本気な性格。それが正義感の強さと相まって長所ともなれば今日の場面では欠点になる。聡明な男だから、適当にごまかし帝や三条西信澄には口裏合わせと言う芸当ができない。もっとも、帝とは簡単に会えぬがあの東庵が帝と囲碁仲間ではなかったのか。
家康が築山殿と信康の殺害を命じたこと、荒木村重の妻妾一族郎党を惨殺するよう命じたこと(嫁いだ長女岸は明智家に累を及ぼさぬよう離縁)が描かれていたが本能寺の変後に家康は弔い合戦の兵を尾張にまで進めている。秀吉の神業の中国大返しには敵わなかったが。家康はむしろ信長との折衝役の酒井忠次を恨んでいた。忠次が臨終の際に息子を頼み申す、と言ったら「お前でも子供は可愛いのか」と冷然と言い放ったと言う。
あと2回。本能寺の変で信長を討ち勝鬨を挙げる時点で終わる可能性も出てきた。山崎の合戦、坂本城の左馬之助の攻防、小栗栖での光秀の横死等がないかもしれない。
信長が光秀が助命を約束した丹波の波多野秀治三兄弟の首を取ったことから、家康の饗応を途中で丹羽長秀に代えさせようとしたのは毒殺の意志があったのだろうか。信康と築山殿殺害も実行している。
結局は光秀は怨恨説で稚拙な反逆を企てたという従来の説がそのまま。
帰蝶の夕刻に物が見えづらいのは老化に伴う老眼の初期かドライアイか。若い川口春奈さんが演じてるので気づきにくいが実際はアラフィフである。
果たして、麒麟は来るのか。大阪夏の陣まではとてもやらないから、どう描写するつもりだろう。山崎の合戦もないかもしれない。
いよいよ今日が最終回ですね。
本能寺に至る解釈に、釈然としないものはありつつも、今まで取り上げられなかった 何人かの人達にスポットライトを当ててくれたのを感謝です。でもいろんな人が出ては消えを繰り返すのですが、その役割が今一つ描けて無い様に感じるのが残念です。
「既存のシステムの枠組みで、平かな世の中を作りたい」 という光秀の正義は狭い。
「私のような貧しい者がいない世の中を作りたい」という、秀吉の正義の方が普遍的です。
そして、「法の元支配する者、支配される者がいない世の中」が作られるまでに更に300年が必要でした。
それを考えると、明治維新を起こした英雄達の凄さが改めて理解できたのが 麒麟が来る でした。
光秀には、大楠公や、西郷さんのような死の美学が感じられず、今ひとつ好きになりきれないんですよね。
でも、長谷川さんは熱演でした。今日は存分に楽しみます。私の好きな黒田官兵衛も出てくるようですし。
村角灯さん、ご投稿ありがとうございます。
そうですね。光秀の滅びの美学と言うのがそもそも史実にあまり見当たらず、司馬遼太郎が「国盗り物語」で美化しても創作には限界がありますね。このドラマでは光秀推しの家康が鳴海のあたりまで謀反人の光秀討滅の軍を進めた史実は覆せません。細川藤孝が剃髪し田辺城で隠居し忠興も光秀側に加わらない。筒井順慶は有名な洞ヶ峠である。
「翔ぶがごとく」の西郷隆盛は魅力的でした。江藤新平の挙兵に誘われても民衆の支持のないものと頑として動かず、福沢諭吉が西郷の挙兵を明治政府の専横を批判したものと称賛する場面が紹介されました。ただ、私個人は大久保利通も西郷隆盛も史実上はあまり評価しておらず、司馬遼太郎の創作を史実と勘違いしている向きが多いと思います。大久保については暗黒裁判で処刑の江藤新平の晒し首の写真を執務室に置き憎悪を死後も持ち、黒田清隆が泥酔し夫人を斬殺した時はこれをもみ消しています。西郷にはそう言う黒い逸話はないんですね。江戸市中を薩摩藩邸から豪商宅を放火略奪し幕府を挑発したことくらいですか。
大楠公は戦前の修身の教科書の記述は誤りで実は北朝と融和した挙国一致の政権を望んでいたと書かれた権威ある学者の本もあり「太平記」の武田鉄矢の金八風のひょうきんな平和主義者で戦より話し合いを重んじた民主的っぽい姿は極端にしても、なかなかの大局的視野の好人物だったようです。
真の法治国家は後のニコライ二世の暗殺未遂の大津事件(明治24年)あたりからでしょうか。まさに本能寺の変から309年の後で、村角灯さんの見識の鋭さに感心します。
黒田官兵衛は「軍師官兵衛」は見てませんが「新書太閤記」の垂水悟郎の官兵衛は見ました。司馬遼太郎の作品にも出てきますが魅力的人物ですね。
大久保利通、黑田清隆 いろんな事があるのですね。
本当か、嘘か定かではありませんが、伊藤博文の自宅地下室には、紙幣印刷機があったと 小学校の先生が言ってましたが、、、
どこの国でも、革命は民衆の蜂起の側面があるのですが、明治維新だけは 武士という支配階級が起こしています。下級武士とはいえ自らを否定する革命を起こした人々に尊敬です。
信長にしても、光秀にしても、秀吉、家康、歴史の中で役割があって、着実に社会が進化しているので、光秀にしても歴史の修正力の役割を演じる運命になっていたのかな? と思ったりもします。
村角灯さんに全面賛成です。さすがですね。
明治維新が英訳だと「Mwiji Restoration」で王政復古の意味になるのですが、英国のチャールズ2世のピューリタンの指導者を墓地から掘り起こし絞首刑にした陰惨な王政復古、ナポレオン後のルイ18世のブルボン朝の王政復古と同じ単語(Restoration)が使われるのは遺憾です。上手い英語表現があれば変えて欲しいですね。
本能寺の変、「国盗り物語」「新書太閤記」を思い浮かべながら見ました。両作品が信長の数々の陰惨な仕打ちから極度のノイローゼ状態になった光秀の乱心と言う捉え方でした。「麒麟がくる」は帝との会話の内容を教えぬ光秀への信長の殴打、家康の饗応での言いがかりからの粗相による解任が先週まで、今日は足利義昭を殺害せよとの命、親交のあった長曾我部を光秀に内密に息子の信孝に討伐させる段取りが進んでいたことで積もり積もった反感が爆発した様子でした。太平の世、麒麟が来る世は徳川殿と共同で治めたいと言う光秀の考えは光秀討伐軍を鳴海まで進めていた家康と整合性が取れない。細川藤孝、筒井順慶、徳川家康の光秀と親交のあった武将が皆だんまりを決め込む。藤孝は秀吉に密書さえ送る。この辺の光秀に人望がなかったことがちょっと分かりにくかった。
最後の駒が生存していた光秀を市場で見つけ見失い、光秀が一本道を馬を走らせているのは「獅子の時代」の自由民権運動に挫折した菅原文太さん演じた士族が日本のあちこちで見かけられたと言う噂の紹介を思わせました。駒には光秀が生きて馬で疾走してる姿がいつまでも心の中に生き続けていると言う駒の夢につながる詩的余韻ある終わり方だった、と思います。
放送終了後の長谷川博己さんのメッセージ。「光秀は生き残ったと思いたい。視聴者からの要望があれば番外編で光秀が徳川幕府を作ったかお見せしたい」。光秀の年齢的に大坂夏の陣までは無理だと思うけど。
天海=明智光秀説の天海は、100歳以上まで生きたそうですから…
そういったフィクションなら、大坂夏の陣まで描けるかもしれませんね(^-^)
麒麟がくるの最終回、ドラマの本筋の感想ではないのですが、此方は歴史に詳しそうな方々が沢山いらっしゃるので、どなたか、歴史に全く疎い私に教えて頂けたらと投稿してみます。
大河を見ていて、いつも思うのですが、政権を変えようとする時、相手の首を取る(死に至らしめる)ということ以外の解決法を口にするような風潮はなかったのでしょうか。
ドラマの話なのでフィクションではありますが、今回の光秀は、麒麟がくるような争いのない平和な世を目指しながらも、取った手法は、信長殺害。
あの時代はそういう時代だった…と、一蹴されてしまうようなことを書いているのは分かっていますが、名誉を守る為の切腹や、死の美学的な考え、主君を変えたい時に、主君の首を取らねばならないような命軽視の考えに、疑問を持つ方々はいなかったのかと、いつもこうした時代物のドラマを見ていて思います。
江戸時代の話だと、それでも、仇討ちはともかく、人を殺害したことを罰するような裁き物ドラマがあるので、多少は、全くの命軽視ではないんだなと思えますが、戦国時代は、正に、人を殺すことを是とする時代のようで。
明治維新以降は、仇討ちも許されなくなり、今は、何があっても殺人は許されないというのが一般の倫理感で、死刑廃止すら論じられています。
この殺人を是としないような風潮の歴史的変遷について、そのきっかけや提唱者等、詳しい方がいらっしゃいましたら、教えて頂けませんか?
ちなみに、ドラマの感想になりますが、昨夜の最終回は、あまりにも有名な本能寺の変、光秀が決起する時、本能寺の変以降の流れを知っている現代に生きる私としては、破滅への道を歩く光秀としか思えず、終始、悲劇の幕開け的な気持ちでドラマを見ていました。(ラストの場面は、あくまでもファンタジー扱いで笑)
秀吉は、光秀が決起するのを、実は待っていた?
光秀が殺してくれたら、自分の手を汚さずに済む、してやったり!のような描写に私自身は感じて、立ち回り上手な秀吉イメージが私の中では強くなりましたが、秀吉が光秀決起を待っていた、実は、そうなるように立ち回っていた?ような説も、歴史論者の中ではあったりするのでしょうか?
スレ主さん、こんにちは。
昨夜の『麒麟がくる』の最終回は「光秀天海説」を彷彿とさせるラストでしたね。
光秀から菊丸を通じての家康へのメッセージや、細川藤孝から秀吉への密告❓など、武将たちのそれぞれの後の世に対する思惑も「そう来たか」と深いものがあり、面白かったです。
山崎の戦は描かず、光秀はどこかでまだ生きている、という終わり方は、悲しくなくて私は救われました。
スレ主さんが大ファンだとおっしゃっていた1972年の大河ドラマ「新平家物語」のラストシーンも騎馬の平清盛の幻影(?)を架空キャラを演じる緒形拳さんが追うというものらしいのです。
そういえば、正親町天皇が東庵と《双六》をしながら
「これまでも力有る武家の棟梁が立ち上がり、世を動かし、去っていく…」
と言うシーンは大河「平清盛」を思い出しましたし、来週からの『晴天を衝け』の主演の吉沢亮さんは公式HPに「いだてん」を見ていました、と有りましたよ。
いろんな大河が交錯して楽しかったです。
水野晴郎さんばりに、
いやあ!大河ドラマって本当にいいものですね〜
って久しぶりに感じました、長文お許しください。
吉法師さん、お久しぶりで感無量です!
そういや、関ケ原直前に屋敷に火を放たせ家臣に槍で自身を突き殺させ自害のたまことガラシャが天草四郎らとあの世から復活し、四代将軍家綱の世に現れ徳川悪府に復讐を企てる「魔界転生」」と言う映画が私の大学時代にヒットしましたね。「エロイムエッサイム!」。
772さん、私は歴史の専門的知識は資料分析を駆使する村角灯さん、吉法師さん、一文字三郎直虎さんらに劣りますが(学者の本に書いてないことを沢山ご存知で素晴らしいです)、学者の一般向けの本程度の知識の私が取りあえずお答えします。
古くは中国では政権獲得後に打倒した前政権の血統を生かして貴族として遇することがありました。たとえば、元朝のフビライ汗は宋の王室を貴族として遇しています。明朝を倒した李自成も大順国を打ち立てた際に明の皇太子を捕虜として自身の側に置き、中国国内の混乱に乗じて明の遺臣の呉三桂と共に攻め込んできた清朝の軍勢と闘っています。敗北し李自成は死に明の皇太子は行方不明になっていますが。
日本では源平合戦で平家一門は滅亡していません。清盛の血筋の者は死に絶えましたが、安徳天皇を抱いて身投げした妻の時子の弟の平時忠と一族は能登に配流となり子孫が続いています。
足利義昭は秀吉にも許され、山城で1万石の小大名として天寿を全うしました。
豊臣秀頼は家康に臣従を誓えば大名として存続させてもらっていたと思います。織田信長の長男信忠の子の秀信は小大名ながら若くして中納言に任ぜられ諸侯から一目置かれていましたが関ケ原で西軍についたため高野山に追放され若くして亡くなりました。
徳川慶喜も徳川宗家を引き継いだ徳川家達と共に公爵に列せられ、慶喜は大正2年まで写真撮影等の趣味人として生きました。家達に至っては近衛文麿の直前まで貴族院議長で「十六代様」と言われていました。
近代以前にも極東では儒教、仏教等の教えでむやみな殺生は禁じられる教えがあったせいもあると思います。信長は強大な権力を持っていたため生かしておいては一族や家臣の復讐が考えられたので、殺されたと私個人は思います。
773さん、そうですね。
私個人は駒の心の中にいつまでも光秀は生き続けている、と思います。一方、長谷川博己さんはツイッターで「光秀がいかにして徳川幕府を作ったか、視聴者の皆さんの要望があれば応えたい」と言ってました。こりゃ、「新選組!」同様に続編はありますね。
後悔してるのは「新平家物語」ファンなので「平清盛」」を見なかったこと。前者が当時のオールスター作品でしたが、後者もなかなかの面子じゃないですか。これ再放送熱望です。
吉沢亮さん、「いだてん」ファンでしたか。ファンスレ主として嬉しい限りです。天陽も良かったですね。
水野晴郎さん、淀川長治さん、荻昌弘さん。こう言った方々の名作の解説がまた良かったですね。
次々回の三谷幸喜さんとその次の古沢良太さんの大河が注目されていますが、私個人は「あさが来た」の大森美香さんと制作統括、プロデューサー、チーフ・セカンド演出、水戸藩方言指導が「ひよっこ」制作陣の「青天を衝け!」も期待してます。決して、新札の肖像画だからと言う安直な理由の話ではないと思います。女子教育にも力を入れた人でした。ファンスレは立てたいですね。
>772さん
浅学な私は他の人の受け売りです。
殺人を是としない文化が産まれたのは 🐕公方 綱吉からで、綱吉は世界最先端をいく名君だったとする 井沢元彦さんの説があります。
それまでは、侍は人を殺す事で評価されていたのが、犬を殺しても罰せられるというコペルニクス的価値転換が図られたという説です。
その説が妥当なのか、そうでないのかは私にははかりかねる事です。
一つ 信長公記を読んで思ったことは あの時代であっても 女子供の命は別扱いされていて、尊重されていたように感じます。荒木村重の出奔の後、長文を用いて荒木村重の妻妾に起こった悲劇を描写しています。 信長公記は秀吉の命令で編纂されたもので、秀吉のプロパガンダかもしれませんが。
最後に秀吉が秀次の妻妾に対して信長と同じ行動をとっているのは皮肉ですなものです。
白い鳩さん、777さん、レスを本当にありがとうございました。
レス返ししたいのですが、もう少しお待ち頂けますか?
実は、何しろ本っ当に歴史に疎い私なので、私の知らない人名や歴史の経緯を理解するのに時間がかかっております泣
もう少しきちんと調べて、書かれた内容をきちんと理解してからお返事したいと思います。
本当に申し訳ありません。
すみません 777は村角灯でした。
規約順守のために、「青天を衝けファンスレ」は「新おちょやんファンスレ」を立ててから最低でも5日経過しないと立てられません。初回放送時には間に合いませんが「麒麟ファンスレ」は近代以降はご法度ですが「青天を衝け」は何と12代将軍家慶の時代から。「西郷どん」より古いですね。さすがに水野忠邦は出てきませんが後任の阿部正弘筆頭老中は出てきますので「青天を衝けファンスレ」が立てられるまではこちらに規約とローカルルール順守でお書き頂いて構いません。
>>772さん、浅学ですが…
少し長くなります。申し訳ありません。
政権交代と処刑。
処刑なしが、望ましいと言う考えは、古来からあり、春秋時代(BC8~5世紀頃)の中国でも、徳でトップになった者を「王者」、武力等実力でトップとなった者を「覇者」と区別し、「王者」を上としています。
ですので、エビデンスを確認できる限りでは、提案者は、孔子等の儒家?、しかし、現実には太古からあった考えでしょう(理由は長くなるので割愛します)。
もちろん歴史が示す通り、その提案で、王朝交代時の処刑等がなくなった訳ではありません…
旧王朝は、命掛けで新王朝に反抗するかもしれませんし、新王朝が、自己正当化の為に、旧王朝を悪とし、罰としての死を与える事もあるからです。
また、復讐・内乱等の禍根を絶つ目的もあったでしょう。
聖王と名高い周の武王は、元主人 殷の紂王を悪として倒しています。
三國志の劉備は、漢王朝の血筋等を理由に、事実上の中央政府 曹操に従いわず、結果 魏は中国を統一できず、戦乱が続きました。
結局、政権交代時の処刑が無いのは、選挙等の多数決で行える状況に限るのが現実かもしれません。
「頭をかち割るより頭数を数える方がマシ」と言われる所以。
もちろん、実際の選挙は、血生臭い事もあり、選挙を導入しても、クーデター等はあります…
ローマ帝国の選挙、欧州での選帝侯、平和なイメージではありませんよね。
ところで、日本は、比較的 政権交代・代替わりでの処刑が少ない国で、宋史でも、皇帝 太宗(日本は平安時代)が、夷(野蛮人)ながら理想的と感嘆した事が書かれています。
また日本側でも、闘戦経(大江匡房?)を読むと、それを自認しています。
つまり、この時代の日本では、政権交代時の処刑は、ほぼなくなっていたと言う事です。
その後、幕府勃興等で、政権交代時の処刑は、復活し、戦国時代がそれを加速させます。
それを止めたのは、織田信長です。
尾張半国守護代の家老格に過ぎなかった信長には、多くの上司がいました。
尾張守護代の二人、織田信友と織田信賢・尾張守護の斯波義銀、将軍 足利義昭等です。
信長は次々に、彼らから権力を奪いますが、殺してはいない。義昭は、兄 義輝と違い殺されなかった。だから追放後も暗躍できたのです。
逆に復活させたのが光秀。
宣教師フロイスは京中の市民が恐怖したと書いています。
ドラマでは別として、大義も名分もなかった光秀が、信長を越える為には、暗殺して、その権力を力付くで奪うしかなかった訳で、仕方ないとも言えます…
それは、豊臣秀吉の、旧主 信長の子 信孝殺害(実質上)。徳川家康の、旧主 秀吉の子 秀頼殺害と、続きます。
しかし、家康の江戸幕府は、実質のトップ(老中首座)を、合議制(多数決)で選ぶように、政権交代で処刑を行わない方向にシフトしています。
歴史は直線的に進むとは限りません。
未だに世界では、政権交代で、人命が失われる事が無い訳でもありません。
ですので、何時からと言うのは難しいかもしれませんが、少しずつ良くなっているのかも?
さすがは吉法師さん。
とても勉強になりました。
近代以前だと吉野の後南朝の尊秀王、忠義王の未成年の兄弟が赤松一族に襲われて殺害されています(長禄の変)。そこまでせんといかんかなあ、と私個人は思いますけど。欧州ではリチャード三世が未成年の王族二人を殺害してますので昔は女子供も容赦なかったんですかね。
昭和の話はこのスレにふさわしくないので省略します。
吉法師さんも、ありがとうございました!
実は、白い鳩さんの中国の話を読んだ時、捕虜としておく、貴族として遇するのは、命を大事にする見地から?それとも、反乱を起こさせない為の政策として?みたいな疑問が出てきていたんですよね。
とは言え、それを書く前に、何せ、私は中国の歴史の時系列すら分かってないもので、出てきた単語を抜き出して年代を調べながら考えてみよう…と、していたところに、突然のお裁き騒動!が起きたもので、まだ全く調べられてませんでした。
申し訳ありません。
村角灯さんのお話も、荒木村重?名前は聞いたことがあるけど、いつの時代の人?のような有様で、話は理解出来たのですが、時系列が全く分からず、調べようとしていて…以下同文。
吉法師さんのお話を伺うと、戦国時代より前は、然程でもなかった?というか、古代?は反対に平和的な時代もあったというのが興味深いです。
文明が進んで、武器も開発され、戦法も多種多様となり、思想?考え方?等も深まってきたことと、命を奪うようなやり方になってきたことは、もしかして関係があるのでしょうか???
光秀は、かなり勉強家で、戦略に長けていたとも何かの番組で見ましたし、大河の「軍師官兵衛」でも、官兵衛の利発さが描かれてましたが。
因みに、リチャード3世!
私は、シェイクスピアの戯曲という知識しかありませんが、確か、残虐非道な方でしたっけ?
日本だけでなく、海外に目を向けると、そう言えば、フランス革命なんかは、ギロチンで首をはねていたりしてましたね…
信長は、外国の文化にかなり傾倒していたらしいですが、日本との国交があった国の文化を、良い意味でも反対の意味でも、日本人は色々と取り入れながら、命を奪うかどうかの考え方が日本に影響を及ぼしたりとかもあったのでしょうか…(パッと浮かぶのは、宗教絡みですが)
すみません。
もう少し自分でも調べたり、頭の中を整理してから、あらためて質問させて頂けますか?
多分、週末あたりになってしまいそうなのですが。
それでは、またあらためて。
長谷川博己さんが続編を強く示唆するコメントを公式ツイッターの動画で述べており、このスレは放送終了後も生き続けますよ。
772さんがおっしゃられた中国での前王朝の王室の保護は作家の陳舜臣が書いた著作があるので調べておきます。先述の投稿は既存の知識だけで書いたもので文献と照合しながらでなく、そこはお詫びします。
いつでも疑問は投稿して下さい。
「青天を衝けファンスレ」の代用を初回はしますが、お許し下さい。誰かが立ててくれたらこの限りではありません。
スレ主さん、お体はいかがでしょうか。
ラストに向かい、信長と光秀の対立、憎悪、決意が、二人の好演でわかりやすかったです。しかし、短縮され、三月間を4週間に縮めたのが残念でした。道三の神回、玉三郎さんの月にのぼる者を語る会等、最後まで飽きさせませんでした。
結局、歴史学者も二人の最後の決定打は分からなかったのでしょう。視聴者の想像や思考に委ねた形になりましたが、それも受容しながら見終わりました。本能寺の変も15分くらいで終わる、ここにもコロナの影響が出ていて、切なくなりました。令和の世に、麒麟が来る事を願います。
次の大河、待ってました!草薙慶喜さん、いろいろな意味で楽しみです。彼はかなりの演技力がありますからね。配役の妙、期待します。
786さん、いたわりの言葉頂き、ありがとうございます。
「麒麟がくる」は面白いし勉強にもなりましたね。
司馬遼太郎の「国盗り物語」は確かに大河になるほどの秀作で(ローカルルールで他作品批判厳禁だからでなく)面白いのですが、中世の室町幕府の残滓が信長の時代にまだ残っていた描写が殆どなく、天皇家、公家、守護や守護代と言う人物が殆ど出てきません。吉川英治の「新書太閤記」も然り。
玉三郎さんの正親町天皇は威厳と気品を兼ね備え、存在感が素晴らしかったですね。最後は「麒麟はいつ来るのか」とか言ってたような。天下泰平と言う意味では元和偃武(豊臣家の滅亡)から、民意の反映と言う点では普通選挙の実施(婦人参政権はなかったが)から、と言うことになります。
「青天を衝け」は幼少から青年期の渋沢栄一ではローカル色が強くなりすぎるため、生まれ育った水戸藩にゆかりあり中央政界も描ける後の一橋慶喜も副主人公にしたのでしょう。女性脚本家で渋沢は女子教育の向上にも力を入れたので、津田梅子とか出て来ないか男性の私ですが楽しみです。
785で述べた陳舜臣の著作は「中国の歴史」全7巻で宋の王族がフビライ汗から優遇された理由に清朝の高級官吏出身の学者の趙翼の因果史観をまず挙げています。すなわち前王朝の王室を優遇すれば自分の王朝が滅ぶ時も次の支配者からは優遇される、と言うもの。清朝の溥儀は辛亥革命ののちも紫禁城に住み年金をもらってましたね。清朝は南明と称する明の反抗的な王族は片っ端から処刑しましたが台湾に亡命した鄭成功の子孫は降伏し貴族として遇しています。元の順帝は朱元璋に攻められ北元をモンゴル高原に立てましたが命は助かっています。
もう一つは「元朝秘史」やイル汗国の歴史家ラシード・ウッディーンの著書にある高貴な家系は尊重されると言うもの。
最後に漢民族の影響、つまり仏典や四書五経の教えに基づくもの。
こんなところです。
鳩さん、こんにちは。私が誰かわかっても名前を呼ばないでくださいませ。
鳩さん、村角灯さん、吉法師さん、あごさん、その他の名前無しさん達の投稿、拝読しております。難しすぎて。しかし、毎回何とか読みついていきましたよ。実は、私も投稿しております、名前無しにて。
麒麟ラストはファンタジーになりました。本能寺の変もあまり印象的ではありませんでした。しかし、このドラマが言わんとするところはよくわかりました。それにつきましては、本スレに既に投稿いたしました。
本日は、前述の方々以外にもこちらで大変お世話になりました方がお三人様がおります。皆様とお三人様に御礼を申し上げたく投稿いたしました。御礼代わりに。
【三川の落ち合ふ色も弥生かな】
【ヘップバーン気取りに被る春帽子】
皆様始め、お三人様、他の投稿者の皆様の投稿を次作でも楽しく拝読させていただきたいと思います。タイトル、【青天を衝け!】がいい。突け、ではないところが尚更に。
場違い投稿、大変申し訳ございませんでした。
789さん、ご投稿ありがとうございます。
「麒麟がくる」ラストは駒の美しい心象風景でしょうか。正親町天皇の秀吉の関白就任で「麒麟はいつ来るのか」と言う嘆息にも似た光景は印象的でしたね。
本スレは今一度よく読み直しますね。
皆さんには「青天を衝け」ファンスレは規約上、来週後半でないと立てられず初回には間に合いません(他の人が立てなければ)。時代的に幕末から昭和6年(五一五事件の前年)まで生きた人なので、政治問題で険悪な雰囲気にならないように厳格なローカルルールを制定しようと思っています。来週後半に私がファンスレを立てるまでは12代将軍の徳川家慶の時代から始まるようなので、感想等をこのスレに書いて頂いて、スレの趣旨には反しません(時代が近世までOKだから)。
「あさが来た」の大森美香さん脚本と、制作統括、プロデューサー、演出、水戸言葉方言指導まで「ひよっこ」制作制作スタッフで作られた作品で「青天を衝け」には期待しています。後任が紫綬褒章受章者の三谷幸喜さんと言う大物でそちらに期待が大きいようですが負けずに良い作品になることを祈っています。
駒の心象風景、流石、スレ主さん、表現が上手いです。
ああやるしかなかった終わり方、意地悪な見方ではありません。含みを持たせた終わり方…。
次回大河のスレにつきましてはわかりました。私は経済がまるで駄目ですから、後半ついていけるかわかりません。しかし、草𦿶さんが慶喜とは、よく考えたなあと思います。噂に聞く、ケーキさんに草𦿶さんがよく似ているからです。
次回での村角灯さんとスレ主さんはじめ、皆様の投稿を拝読中心に楽しみますね。
>>789さん、ご無沙汰しております。お元気そうで、何よりです(^-^)
こちらこそ、色々お世話になり、ありがとうございました。
白い鳩さん、すいません。魔界転生は見た事ないのです。
面白いんですか?
また機会があれば、見てみますね(^-^)
後南朝の未成年、尊秀王・忠義王殺害の件は、可哀想ですね。
ただ、当時としては大人(元服後だったと考えられる)ではありますし、後醍醐天皇の遺命に従い、三種の神器の一部を持ち、中央政府に反旗を翻そうとしていた。
つまり、故人の意思以外に大義名分がなく、事実上、奥地に幽閉されているも同然の状況で、(勝ち目の無い)内戦を勃発させようとしており、それは多数の人命を奪う事に繋がる訳ですから、なんとも言えないとも個人的には思います。
また、幕府方からすれば、頼朝・義経を許した平家が、彼らに滅ぼされた事も、知識として持っていたとも思います。
>>772さんへは、また別レスで書かせて頂きますね(^-^)
>>772さん
長くなってすいません。
残念ながら、文献があまり残っていないだけで、古来より虐殺はあったようです。
現世人類には、ネアンデルタール人の遺伝子が残っていますが、そのネアンデルタール人は、現世人類に滅ぼされたと考えられます。
中国に最も早く来た人類のハプロタイプはDと考えられますが、現在の中国ではほぼゼロ。後から来た他のハプロタイプに追いやられたり亡ぼされたと考えられます。
また、海外には、紀元前の虐殺の記録も残っています。
しかしそれでも私は、殺しを避ける、言わば「性善説」的な考えが人類の基本だったと考えています。
「群」で生きる動物は「利他的≒性善」でないと、繁栄する事は難しいと考えているからです。
時には自己を犠牲にしても「群」を守るから、個としては脆弱にも関わらず、人類は繁栄できた…
ではなぜ「虐殺」を行うのか…
相手を同じ人類と言う「群」の一部ではなく、自分の「群」を脅かす別の「群」と考えるからです。
自身と自身の「群」を守る為に、相手の「群」あるいはそのリーダーを虐殺する訳です(過剰防衛?)。
私が以前、現在は、過去よりは良くなった?と書いたのは、曲がりなりにも、今は、人類全体を一つの「群?」とする考えが主流だからです。
中国で、前王朝の血族を一部を残すのは、下世話な言い方をすれば、広義の祟り?を恐れてだと思います。
彼らの考えでは、中国(中原)の支配者は「麒麟をよぶ者」、つまり世界一「徳のある者」のはずです。
しかし、続かない。邪馬台国の頃の「魏」から、麒麟がくるの頃の「明」までを均すと、一王朝の長さは、100年に満たないのです。
彼らは何故か?と考えた。
中国の徳の中核には「孝≒祖先崇拝」、つまり「子孫の繁栄のために祖先を祀る」という考え方があります。
しかし各々の新王朝は、前王朝を亡ぼし、彼らの祭祀を妨げる者。『徳を施せない者』でもあるのです。
その解決方法として、旧王朝の一部を無力化した上で亡ぼさず残そうと考えた。
中国の考えでは、基本子孫しか祀れない為、彼らに『旧王朝の王』達を祀らせたのです。
現代の我々から見ると『迷信』に過ぎませんが…
そして信長…
室町時代、そして戦国時代は地方分権が進んだ時代。
『日本人』と言う意識が薄れ、例えば『摂津人』と言う意識が強くなった時代です。だから三好三人衆は、義輝を殺せた。
反対に信長は天下布武、内戦を終結させ、秩序を回復し、日本を元のように統一しようとした。
つまり強まっていた『尾張人』等の意識を薄め、『日本人』と言う意識を強くしようとしたと考えられます。
だから『麒麟の印』『天下布武』『岐阜』等、儒家に影響された言葉を使った。
儒家の目的はまさしく、『春秋・戦国』といった乱世を終わらせ、統一政府(周のような)を作る事だったからです。
だから信長は、義昭達を殺さなかった。
しかし、光秀は違っていたのでしょう。
彼は、信長が目指した天下統一≒秩序回復の為になる戦争や地方統治には長けていた。
しかし、目的は、秩序回復よりも、自己や部下達の栄達。
つまり最後まで『美濃』『近江』『丹波』の明智光秀だったのではないでしょうか。
こんにちは。
話がどんどん(私にとっては)難しい方向?になっていて、ついていくのが大変だったりしますが、頑張っている最中です笑
あれから、少し考えていたのですが、ひょっとして、主君の命を奪う方向に考えるかどうかは、その主君をどういう立場?の人が変えようとしているか、その主君とどういう関係性の立場にあるか、その時代の思想?はどういうものが支配していたか、も関係あるのだろうか、と、思ったりしていました。
徳川幕府は、先進的な思想を取り入れ、日本を文明国にしようとしていた人達が倒そうとしていたから、無血開城だった。
戦国時代は、刀を使う同じ武士同士が、領土を広げよう、国を統一?大きな国?にしよう、主君をすげ替えようとしていたから、武力を使い、命を奪い合うような争いになった。
フランス革命は、民衆による王室や貴族に対する憎しみを利用?しながら、思想家が先導していた部分もあったから、ギロチンによる処刑が行われた。
日本の平安時代のことや、中国のことは、まだ私も調べられてなくて分からないのですが、
平安時代って、戦国時代ほど、武士が台頭して切磋琢磨?していた時代だったのでしょうか。
確か、そうではなかったような?←歴史オンチですみません。
ヨーロッパの中世も、騎士という言葉があるくらいなので、位を奪うには、剣を使った争いになりがちだった、とか。
あと、頭の良い切れ者の人が現れると、中には、サイコパス気質の人もいたかもしれず、残虐非道な執政を行う主君は、恨みや憎しみをかいやすく、そうした主君に対しては、命を奪う行為が行われがち、的なこともあったのか?とか。
すみません。
週末には、と言っておきながら、まだ、この位しか考えられてなくて。
どこの国でも、身分制度はあったようですし、同じ身分の者同士の争いだったか、身分の上下がある者同士の争いだったか、そうしたことも関係あるのか?
主君を変えようという動きが起きる時、変えようとする立場の者が、何を目指していたか、何か思想的な動きだったのか、そうではなかったのか、それも関係あるのか?
途中経過ですが、今はそんなことを考えていました。
ところで、麒麟ですが、先日、2/7のスポニチのネットニュースに、脚本家の池端俊策さんのインタビューが載っていたのですが、お読みになられた方、いらっしゃいます?
最終回の光秀と信長の描き方について話していらして、中々興味深かったです。
ドラマも確かにそう描かれてましたが、麒麟は、終始、「光秀と信長の物語」だったんですね。
話の中では友情という言葉が使われてましたが、本スレで、どなたかが書かれていたBL的な物語、という捉え方も、インタビュー内容を読んでいると、あながち間違ってはいないのかも。笑
脚本家は、とにかく光秀の最期を描きたくなかったんだそうで、それは最初から決めてらしたとか。
長谷川さんが、スピンオフを望まれているというのも事実のようで、でも、脚本家は、そこまではまだ考えられない、今は少し休みたい(笑)、みたいな風に話されてましたが。
なので、ラストシーンは、駒の心象風景というより、脚本家の頭の中に描かれている風景なのかもしれないですね。
吉法師さん、すみません。
793を読む前に投稿してしまいました!
これから読ませて頂きますね。
吉法師さん!
今、まさに血沸き肉踊る!みたいな気持ちで読ませて頂きました!
面白い!
とっても私好みの話で、今、色々なことが頭の中を駆け巡っています!
興奮状態です!(笑)
また、あらためてレスさせて頂きますね。
もちょっと落ち着いてから、色々と考えてみます!
789さん、ありがとうございます。
吉法師さん、さすが、と言うしかありませんね。
私があくまで中国史の実証史学の範囲にとどまっているのに対し、人類学(大学の一般教養科目にあった)や哲学の視点も入れ、大局的見地から述べておられ、とても参考になりました(嫌味ではありません。本心からです)。
「魔界転生」はTVCMのジュリーの番宣が凄かったですからね。
キネ旬では30位ですが興行成績は10位です。「エロイムエッサイム」はジュリーの天草四郎の唱える呪文です。
このスレにふさわしい描写では細川忠興はガラシャと夫婦円満ではなくガラシャのカトリック信仰にいらだち「イエス様とやらを愛するがいいわ!」とガラシャへの独占欲にかられた嫉妬心の忠興が生前のガラシャの描写で出てきます。原作小説にはなく深作欣二監督の創作部分です。
772さんの新たな投稿へのご回答は、吉法師さん、村角灯さん、闘病中だった一文字三郎直虎さんらにお任せしたく思います。無責任じゃなく、人類学や哲学も含めた大局的な見地からの回答は私にはできそうもないからです。
虐殺は秦の始皇帝が佞臣李斯の入れ知恵で焚書坑儒として多数の儒学者を穴に入れ焼き殺す絵が残っていますね。欧州では聖バーソロミューの虐殺が中世でありましたね。
いよいよ今日からですね。楽しみです。皆様のような広く、また深い知識、考えもないまま、拝読いたします。
朝廷、貴族政治から武家政治へと移り変わった平安末期もたくさんの命が失われました。また、長きにわたり続いた武家政治から大政奉還を経て政権が移り変わった時も。トンチンカンですが、今の麒麟平和を嬉しく思います。
草薙剛さんがNHKに主役級で出演、どんな慶喜像を演じていくのかが楽しみです。主役の吉沢さんの演技は初めて。こちらも楽しみです。
ところで、また、トンチンカンですが、慶喜と渋澤に接点はあったのは史実ですね。ドラマですからどちらでもいいですが。
俄然、放送日を迎え、闊達なご意見ばかりでトンチンカン時々投稿、にいたします。
吉法師様の相変わらずの博識と歴史浪漫追求心、凄いですね。
駒さまが雑踏の中に光秀を見る、十兵衛さまー、
最後に馬に乗って颯爽とかける光秀。
余韻が残るラストでした、光秀、髪ンバ~ク(キンカン頭?
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