芦田愛菜さんが『たま』とは予想もできなかったキャストですが、若くて初々しいガラシャ、清純でフレッシュでとても良いと思います。
登場を楽しみにしています。
『戦国~激動の世界と日本~② ジャパン・シルバーを獲得せよ』(前編)
戦国時代の日本に滞在したオランダ商人が、あらゆる物事を詳細に書き残した500件にも及ぶ、日誌・手帳・文書などの膨大な記録=平戸オランダ商館文書が新たに発見された。
そこには有力な戦国武将に取り入り、戦国時代の日本に巨大なビジネスチャンス見いだしていたオランダ商人達の姿が克明に記されていた。
1600年4月19日、嵐で難破したオランダ貿易船「リーフデ号」が日本の豊後臼杵の黒島に漂着。
「リーフデ号」には最新式の火縄銃500丁、銃弾5000発、火薬300㎏が積載されていた。
徳川家康はこの突然のオランダ貿易船の出現に注目し、生存者のウィリアム・アダムスとヤン・ヨーステンを直接尋問し、この時の詳細なやり取りが記録されています。
徳川家康「日本に来た狙いは?」
ヤン・ヨーステン「貿易です。我々の武器を購入すれば、あなたの軍事力はより強大になります。」(平戸オランダ商館文書)
家康は船員達を召し抱え、リーフデ号の武器弾薬全てを手に入れます。
当時、大国スペインの圧政からの独立を宣言した小国家オランダは、1568年にオランダ独立戦争に突入。
しかし、世界中の植民地から莫大な富を収奪し、無敵艦隊などの強大な軍事力を誇るスペインの前にオランダは劣勢を強いられます。
これを挽回する為、オランダは貿易による強力な富国強兵政策を推進し、国内の投資家から資金を募り、世界初となる株式会社「オランダ東インド会社」を設立。
世界各国に貿易船を派遣し、スペインの海外収益を奪取する事が狙いでした。
この時代、欧州に君臨していたローマ教皇と絶対王制の国王が目指したのは領土拡大と信者獲得でしたが、プロテスタントの商人が建国したオランダの目的は領土や布教ではなく、純粋な経済利益の追求でした。
大航海時代、世界の覇権を握っていたスペイン帝国の原動力は「銀」。
アメリカ新大陸の植民地で巨大な銀山を開発し、世界生産量の実に80%を独占。
この圧倒的な経済的優位が強大な軍事力を支えていました。
新興商業国オランダにはスペインに対抗する為、銀の独自の入手ルートが必要でした。
そのビジネスチャンスを得られる特別の場所こそ戦国時代の日本だったのです。
16世紀に欧州で出版された日本地図には「ASMINAS DAPRATA(銀山王国)」と記されており、戦国日本は銀の産出国として知られていました。
このジャパン・シルバーを獲得する為、オランダ東インド会社は日本に正式な使節として、ジャック・スペックス(オランダ東インド会社商館長)を派遣します。
スペックスの記録には「この国の銀山から我々が必要とする銀すべてを採掘できる可能性がある。秘密裏に佐渡の銀を調査せよ。」(平戸オランダ商館文書~ジャック・スペックス書簡)とあります。
当時の佐渡は日本最大級の銀山であり、その開発を推進したのが徳川家康でした。
豊臣家の財力に対抗する為、関ヶ原の合戦後、即座に佐渡を押さえ、5万人の労働者を注ぎ込み、昼夜交代での鉱道採掘を行いました。
最新の科学で、蟻の巣状に無数に張り巡らされた鉱道の一つ一つを調査分析した結果、佐渡全体での銀の埋蔵量は2300トンを超え、世界トップレベルの銀山である事が判明。
家康は佐渡をはじめ、日本各地で鉱山開発を行い、当時の日本全体での銀の生産量は年間100トンを超え、実に世界総生産
量の3分の1を占める規模でした。
しかも、スペックスの調査で日本の銀はスペイン製の銀よりもはるかに純度が高い事が判明します。
スペックスは日本産の銀を国外に流出する事を禁じた家康との直接交渉に乗り出します。
そこで家康は日本産の良質な銀の見返りに、当時ヨーロッパで最先端を誇ったオランダ製の軍事兵器を要求。
スペックスはオランダ東インド会社の貿易ネットワークを駆使し、兵器をかき集めますが、その動きを察知したスペインは危機感を募らせ、家康の元にスペイン総督のドン・ロドリゴを派遣します。
ロドリゴは家康に世界最先端の技術を誇るスペイン人鉱山技師の技術協力によって日本の銀の生産量は飛躍的に増大する事を
持ちかけ、その条件をしたためたスペイン国王の親書を献上します。
その内容は
「鉱山技師を派遣するには条件がございます。
新たに採掘した銀の半分はスペインのものとする事。
オランダ人を国外追放する事。
キリスト教の教会を建て宣教師を置く事。」
貿易と共に布教を強く要請したスペイン。そこには隠された狙いがありました。
ドン・ロドリゴのスペイン国王に宛てた密書には次のようにあります。
「日本には数多くの銀の鉱脈があります。この地に侵入するのは極めて有益です。しかし軍事力に秀でた日本を征服するのは容易ではありません。キリスト教の布教を進めるべきです。キリシタンの数が増えれば家康の死後、陛下を新たな王と仰ぐ事でしょう。」
スペインの野心を察知したオランダは、アダムスとヨーステンを介して家康に訴えます。
「スペインはキリスト教を広め、キリシタンの反乱によって、国を崩し、征服しようとしています。」
この忠告でスペインへの不信感を募らせた家康はスペインとの交渉を打ち切り、1612年にキリスト教を全面的に禁止する禁教令を発し、全国各地でキリスト教徒に対する厳しい弾圧の嵐が吹き荒れます。
日本での布教の道を断たれたスペインは家康と敵対する豊臣秀頼に接近。
スペインを後ろ楯とする宣教師達は豊臣方につくよう、明石全登、木村清久らキリシタン武将に働きかけ、全国から信仰心の厚いキリシタン武士が大坂城下に結集した。
またスペインとつながるキリシタン商人達は、大坂城下の軍事基地での銃弾製造の原料となる鉛を大量にかき集め、大坂城内に運搬していました。
こうして、1614年(慶長19年)11月、全地球的規模のスペインとオランダの銀を巡る覇権争いにも直結する、戦国最大最後の戦い、大坂の陣が開戦。
『戦国~激動の世界と日本~② ジャパン・シルバーを獲得せよ』(後編)
大坂城周辺の砦を放棄する籠城戦での迎撃体制をとる豊臣軍は、序盤戦の大坂城南側全面における攻防において、真田信繁らによる陽動殲滅戦を展開。
徳川方は前田利常、井伊直孝、松平忠直らの包囲軍約26000人の軍勢の半数近い10000人以上の犠牲を出す大敗北を喫し、家康は大砲のアウトレンジ射撃による、本丸天守閣の直接攻撃に作戦方針を転換します。
しかし、徳川方陣地から大坂城天守閣までの距離は最短で500mであり、従来の大砲の有効射程距離を超えていました。
家康はスペックスに対し、オランダ製の長射程のカノン砲を発注します。
番組では17世紀に製造された、家康が注文した物と同型のカノン砲による実弾発射実験が行われ、大坂城の城壁を想定した厚さ10㎝の木材を標的に500mを超える射程距離で発砲。
弾丸の発射速度は340キロで音速に達し、標的を正確に撃ち抜き、木材を破砕し、広範囲に破片が飛散しました。
このカノン砲は大坂冬の陣の最中に徳川軍に配備され、大坂城天守閣の城壁を破壊します。
この砲撃により戦意を喪失した豊臣方は一旦和議を締結するも、翌年の大坂夏の陣で豊臣家は滅亡。
日本におけるスペイン勢力も一掃され、日本との銀の取引は完全にオランダが独占する事になります。
大坂の陣で江戸幕府が勝利し、オランダが全世界の銀シェアの3分の1にもなるジャパン・シルバーの独占入手ルートを確保した事により、世界のパワーバランスが大きく転換する事になります。
オランダはついに、スペインが持つ全世界の植民地権益を武力で奪取する植民地争奪戦に着手します。
オランダ国立公文書館に所蔵されている、当時の日本を出発したオランダ船の積み荷リストには最新式の日本製火縄銃と共に日本刀、槍、そして多くの日本人傭兵の名が記されていました。
応仁の乱以降、150年間続いた戦国時代が終焉し、天下太平の世で食い詰めていた歴戦の武士達は新たな戦いの場を求めていました。
ジャック・スペックスは家康の特別認可を得て、日本製の兵器と共に、数百人規模の日本人傭兵をスペインとの植民地争奪戦に派遣します。
舞台はスペインの東南アジアにおける最重要拠点・モルッカ諸島。
スペインは各所に堅固な難攻不落の軍事要塞を築いており、オランダは長年攻略を試みるも果たせずにいました。
オランダが立てたモルッカ攻略作戦の計画書と経過記録の史料がオランダ国立公文書館に現存していました。
「夜の闇にまぎれて軍艦を近接させて、要塞に対し間断なく艦砲射撃を加える。要塞のスペイン兵が釘付けとなっている隙に日本人傭兵からなる歩兵隊が上陸し、敵の死角から一気に突入する。」(オランダ国立公文書館所蔵・モルッカ攻略作戦 記録文書)
先陣を切ったのは日本人傭兵。日本刀と長槍を駆使した白兵戦で無類の強さを誇る日本人傭兵の突撃の前にスペイン軍は切り崩され要塞は陥落した。
「日本の傭兵はオランダ人以上に勇敢だった。彼らの旗が最初に城壁に掲げられた。スペインをアジアから駆逐するには、日本人傭兵が大きな助けとなる。」(オランダ国立公文書所蔵・モルッカ攻略作戦 記録文書)
日本人傭兵を効果的に展開したオランダ軍は、マラッカをはじめ、東南アジア全域において次々とスペイン領の植民地を奪取。
その後、世界中を航海するヨーロッパ船舶の4分の3にオランダの旗が翻り、ついにオランダは世界の覇権を手にします。
番組ではその後、ヨーロッパで戦われた人類史上最も破壊的な紛争の一つと形容される「三十年戦争」において、戦局に絶大な影響をもたらしたオランダ軍が装備していた大砲の、X線による金属製分解析を行った結果、大砲は日本の銅で製造されている事が完璧に証明されました。
地球規模の俯瞰的視野で歴史を見た時、日本とヨーロッパが繋がった事で、宗教の時代から経済の時代へ、グローバル経済を最も効率的に利用した者が勝者となるという、世界史の大転換が起こったという結論で番組は終了します。
私達が「麒麟がくる」の時代について語る時、もはや単なる日本の中世史というより、同時代の世界的覇者であるスペインやオランダと堂々と渡り合える程の国力を獲得するに至る、重大な世界史の一ページとして認識しておくべきなのだなと、改めて思いました。
以上長文になってしまいましたが「戦国~激動の世界と日本~②▽ジャパン・シルバーを獲得せよ」の感想でした。
574さん
吉法師さん
投稿ありがとうございます。m(__)m
いや~なんと嬉しい事を!(^^)
ようやくNスペのレビューが投稿出来ました~
ずっと投稿したかったのですが、如何せん集中力が持たず、今日まで伸び伸びになってしまいました。
おかげでスッキリ出来ました~
思いっきり自己満足の世界。( ̄▽ ̄)
ではまたおじゃまさせていただきます。m(__)m
>>577さん
確かに「芦田愛菜」さんが「たま」驚きました。
しかし「たま」は、エキセントリックかもしれませんが、芯が強く聡明で美しい女性。
「芦田愛菜」さんなるほどですね!
私も楽しみです(*^^*)
一文字三郎直虎さん
これは貴重!素晴らしいスレです。勉強になります。ありがとうございます(^.^)
おっしゃる通りです。
「麒麟がくる」のこの時代。
日本は、当時の列強とでも言うべきスペインやオランダと堂々と渡り合える程の国力を獲得しつつあったのですね。
確かに、これは世界史の重大な一ページです。
また、色々教えて下さいね(^-^)/
あの時、声をかけてほしかった.....
一文字さんも吉法師さんもすごいコメントですね。
ガラシャに芦田愛菜さんですか。小松菜奈さんのイメージでガラシャを捉えていた私としては、まだイメージが付いていかない。 天才子役ということは知っていますが、いつのまにかガラシャを演じられる年齢になっていたのですね。
佐々木道誉ですが、婆娑羅大名として、高師直と共に、足利尊氏を支えた魅力のある大名でした。六角氏と京極師の元ですね。 佐々木道誉は強い武将のイメージがあるのに、六角にも京極にも弱いイメージしかない。
582さん
事情も判らない中、失礼かもしれませんが…
辛かったのですね…
これから、楽しくなると良いですね😌
村角 灯さん
小松菜奈さんも良いですね(^.^)
ガラシャのイメージにあっていると思います。
佐々木道誉…
そう言えばなんで佐々木なんですかね?
本名?の京極道誉・高氏ではあまり呼ばれない。
もはや佐々木本家は嫡流の六角ではなく、自家と言う道誉の自負なのでしょうか?
子孫は地味ですね(^.^A
庶流の尼子は100万石以上の大大名で、毛利の大軍3万5千の包囲に数年耐えていますし、更に庶流の山中鹿之助は有名人ですが…
毛利の引き立て役のイメージです😔
それから、佐々木で「麒麟がくる」と言えば…
今井 宗久も佐々木の流れですよね?
なんだか楽しみになってきました(^.^)
こんばんは ここは凄いスレですね❗内容深く濃く。私は一度中断してましたが ボチボチまた視聴してます。上京焼き討ちの問答は面白くて私の退化(元からや)したおつむりでもついて行けました。
とにかくドラマ視聴と平行して読まさせて下さい。ドラマが倍楽しめると思います。
吉法師さん
摂津晴門は、やはり名門ですね。
織田信長に「成り上がり者」って、怒ってました。
名門の自負があるんでしょうね。
一文字三郎直虎さん
私の見た番組では、「秀吉は、スペインのフェリペ2世と世界を2分する戦いをするつもりだった。」なんて、言ってましたね。
おはようございます(*^^*)
レガシー68さん、夏菜子さん、ご投稿、また温かいお言葉、ありがとうございます(^-^)/
もし、私の駄文が、お役に立ったようでしたら幸甚ですm(_ _)m
摂津晴門ですが…
幕府創世記、幕府が海の物とも山の物ともつかない頃から、苦労して築き上げてきた自負、名門の自負があるのかもしれません。
そして様々な成り上がりの?権力者が京に入ってきた…
山名・細川・三好・松永… 彼らは皆、我欲に囚われた者達だった…
しかし室町幕府は、既に統治機構として機能できていないのです。
摂津晴門の自負は、その建て直しを妨げる物なのかもしれません…
皆さま、もし宜しければ、ご投稿、宜しくお願い致します\(^^)/
市役所に書類申請のため、入院から一時帰宅を許され書いています。
私は1級重度身体障碍者になりました。心が折れかかりましたが、ここで皆さんが和気あいあいと和やかにお話されてるので安心しました。
週末には退院できると思います。
もう、精神的にも物理的にも以前のように投稿できませんが(ロム専も困難です)、自分のスレ主のスレは投げ出さず責任を持って運営したいと思います。
皆さんも健康には十分ご留意されお元気にお過ごし下さい。
それでは。
白い鳩さん
このサイトのことは気にせずに、健康には十分ご留意されてください。
杏子さん、ありがとうございます。
「ひよっこファンスレ」を助けて頂き、「いだてんファンスレ」を盛り上げて下さったこと、終生忘れませんよ。
白い鳩さん、本当に本当に大変でしたね!
ここのことは心配なさらず、
ともかくお体第一に考えて下さいね。
このサイトを愛している方たちが集まり、
順調に投稿を続けてらっしゃるので
本当に心配なさらさないで。
名無しですが、わたしも時々は投稿させて頂きますよ。
皆で愛着と責任を以てここを盛り立てていきます。
何も心配なさらず、ゆっくり養生されて下さいね?
スレ主さん、本当にお疲れ様です。お茶の間の事は何もご心配なさらずに、どうか、スレ主さんの心身を最優先に。私も含めた皆さんの願いです。大変な中でのご報告、本当にありがとうございます。m(__)m
スレ主さま、お心くばり頂き、ありがとうございます。
なにより大事なのは、スレ主さまのお心とお体だと思います。ご自愛専一なさって下さい。
スレ主さん。
既に一時帰宅から病院に戻られているでしょうか。
負担にならないペースでお願いします。 ご自愛ください。
本日、退院しました。
昼頃に退院しましたが、諸手続きが多忙で今の時間になりました。
週3回の人工透析で腎臓移植の登録もして、以前のように投稿やロム専もできませんが、自分のスレ主のスレに一点集中し皆さんと共にまた歴史ロマンについて、「麒麟が来る」の面白さについて語り合っていければな、と思います。
しかし、片岡鶴太郎さん、悪役が分かりやす過ぎます。「太平記」では憎めないが無能の北条高時でしたが、今度ははっきり言って、ザ・ワルですね。
皆さん、温かい言葉を頂き、ありがとうございます。
明日の放送が楽しみですね。
白い鳩さん、退院おめでとうございます。
無理しないで、楽しんでください。
スレ主さま
ご入院に、諸手続き、お疲れさまでした。
無事、退院されたと伺い、本当に嬉しいです♪お帰りをお待ちしておりました(*^^*)
早速のご感想も嬉しいですね。
確かに摂津晴門、ザ・ワルの位置付けのようですね。
くれぐれも、ご無理なされませんように。
でも、お体の調子の良い時には、またお話を聞かせて下さいね(^-^)/
スレ主さま、本当に退院おめでとうございます!
この日を待っていましたよ。
しばらくは入院疲れもおありでしょうし、
決して無理なさらず、少しずつ日常に復帰なさって下さいね。
またお喋りできるのを、心より楽しみにしております。
白い鳩 様
退院おめでとうございます。
どうぞご無理なさらずに。
時々また寄らせていただきます。
宜しくお願い致します。
夏菜子さん、吉法師さん、599さん、600さん、村角灯さん、一文字三郎直虎さん、他、大勢の皆さん、温かい言葉を頂き、ありがとうございます。
信長の命により、首をはねられた石仏をじっと見つめる光秀が印象的でした。これは将来の伏線か。
信長は表向きは日蓮宗の信者でしたが、霊魂不滅はない(無神論?)とも語っていた、と書いてある学者の本を(井上鋭夫金沢大教授)読んだことがあります。今後どう描かれるか、ですね。
無事に退院されて、本当に良かったです。
出来ることなら、私の腎臓、片方だけなら差し上げたい位ですが、生体腎移植は、色々と制限があるのでしょうね…
確か、自身の命に何かあった場合、臓器移植したい相手を申請?、つまり、(亡くなった)本人の希望があれば、優先的にその人に、腎移植出来るんじゃなかったでしたっけ?
実は、保険証の裏にある臓器移植に関する記載部分、私は全臓器提供に○をつけています。
万が一、私に何かあったら、ちゃんねるレビューの白い鳩さんへ、と、カードに書いておく訳にはいかないけれど、私のように、全臓器提供に○をつけている方は、それなりにいらっしゃるのではないでしょうか。
私自身は、もし、私の臓器で、誰かの命が助かる可能性があるのであれば、どうせ、"あとは焼いて灰になってしまうだけ"なんだから、使えるものは使って欲しい、それだけで自分が生まれてきた意味がある…という考えで、全臓器提供に○をつけていたりします。
大丈夫。
きっと、長生き出来ますから。
そう信じて、今のお身体を、どうぞ大切になさって下さいね。
匿名希望さん、コメントありがとうございます。
他の闘病されている方にも希望溢れるスレであって欲しいと願っています。
素敵なドラマ感想をお待ちしていますね♪
私は以前ずっと投稿させて貰っていたものです、スレ主様のサイトには散々ご迷惑をおかけし、スレ主様にもご不快な思いをさせたのに、厚かましくまた書き込みをするのは大変恥ずかしい事とは重々承知しておりますが、スレ主様の近況を知り、どうしても書かずにはいられなくなってしまいました、お許し下さい。
白い鳩様、入院治療、そしてこれからの療養も本当に大変だと思います、心底お察し申し上げます。
自分の事で甚だ申し訳ありませんが、私は一年余り前、初期の癌だと診断され、それ以来ずっと入院手術、定期的な通院で治療を続けてきました。
その間、スレ主様の朝ドラや大河ドラマのファンサイトに書かせて貰い、優しくコメントを返して貰ってはずっと励まして頂いて来ました。
痛い治療に泣き言を言うと、医師に『これが上手く行かなかったら全摘を覚悟して下さい』と何度か言われ、絶望的になった時も、お茶の間でスレ主様の暖かいコメントを読むと、頑張ろうと言う気持ちになり何とか乗り切る事が出来ました。
幸い徐々に症状は改善して来ましたが、再発や後遺症の心配も有るため、二週間後にまた入院手術を受けることになってしまいました。
でもスレ主様、こんな私でも何とか生きて日常生活を送り、社会復帰しなくちゃと努力しております。
ありきたりな言葉ですが、スレ主様も絶対❗️病気なんかに負けないでね❗️
私は和歌山市に住んでいるので、スレ主様とは目と鼻の先だと思います、すぐ近くで、心からご回復をお祈りしております。
自分の事ばかり語り、長文済みませんでした。
スレ主さん、今まで言葉を掛けていただき、有難うございました、これからもずっとずっと応援しています。
スレ主さま
石仏を見る光秀、印象的でしたね。
「麒麟がくる」今後も意表を突いた展開となりそうです。
【石仏を石垣に】
二条城の石垣に信長が石仏を使い、光秀が違和感を覚えるシーン。マイナビニュースによると、特殊な信長と一般感覚の光秀がズレていく第一歩。重要場面のようです。
しかしこのシーン、逆に違和感です。
石垣に使われる石仏等を「転用石」といいますが、数多の中で、最も多く使用されている城が、「光秀ゆかり」の福知山城・大和郡山城だからです。
福知山城は、光秀が築城した現存唯一の主城。大和郡山城では普請目付を務めています。
そして、福知山城の石垣には、外観部分のみで、実に500個もの転用石が使われています。
光秀は、織田家中どころか、歴代全武将中、最も石仏・墓石を石垣に使った人物。迷信や人々の怨嗟などを恐れない合理的な人物で、実績を上げたと考えられます。
だから織田家中で異例の出世を遂げたのでしょう。
つまり「麒麟がくる」は想像以上にフィクション度・自由度が高い。駒さん達に比重を置いたドラマなのだと思います。
ですので、これからも、驚く様な展開を期待できると思います。
592さんも温かい言葉を頂き嬉しく思います。
604さん、一文字三郎直虎さん、コメントありがとうございます。
そう、ここが楽しい語らいの場であれば、いいですね。皆さん、ご病気や障碍と闘われてるんですね。でも、心が健康であれば何ら恐るるに足らず、だと私個人は思うようにしています。今はコロナで見舞いも厳しく制限され入院すれば本当に孤独です。病室の窓から空を見上げると秋晴れの澄んだ青空が本当に美しく、「麒麟がくる」紀行も楽しみで、いつか行ってみたいと思います。
不思議なもので風間俊介さんの家康は頼りなさそうに思っていたら、風間さんの演技はそれなりの風格があり今後の登場が楽しみです。
今日は悪役の摂津晴門の策略に光秀がどう立ち向かうか見てみたいと思います。
スレ主さま
コロナ下でのご入院、精神的にも大変だったのですね。
本当に、お疲れさまでした。
そうですね。秋晴れの美しい季節です。
「麒麟がくる」紀行で、紹介された場所、いつか行ってみたいですね😌
吉法師さん、コメントありがとうございます。
司馬遼太郎の「燃えよ剣」で沖田総司が馬で逃亡した山南敬助を追い、見上げると比叡の山々がそそり立ち感傷にふける場面があります。紀行は旅愁の思いもかき立ててくれます。秋は感傷的な季節でもありますね。
明智光秀は、60才頃(当代記説)、体調を崩して療養した物の回復し、ご存知の通りの大活躍をしたと言われていますね。
織田家のトップにまで登り詰めるのは、病気療養の後です。
比叡山、光秀と縁の深い坂本等、紅葉の名所で、旅愁をかき立ててくれます。
日吉大社等、歴史的建造物と紅葉の共演はとても美しく、ライトアップが、その幽玄を増しているように思います。
例年は、音楽や舞などのコンサートがあるのですが、今年はどうなるのでしょうか?
ライトアップされた歴史的建造物と紅葉だけでも、私はとても好きですが…(*^^*)
吉法師さん、教えて下さり、ありがとうございます。
今日は鶴太郎さん、「半沢直樹」的デフォルメされた歌舞伎と言うか時代劇的悪役があまりにワルそのもので面白かったです。ウィキで調べたら息子が少年で足利義輝と共に三好一党に殺害されてるんですね。実在の人物より悪く描かれてる感もありますが子孫が絶えてるので問題ないと言うことでしょうか。
佐々木蔵之介さんは秀吉と言う人物を世渡り上手の狡猾さも垣間見せて演じてる気がしました。
スレ主様 お帰りなさい。
帰蝶さんにもはやくお帰りなさいと言いたのですがなかなか。
吉法師さんの指摘以外にも違和感を感じる所がありました。
信長が何故、朝倉義景を滅ぼすのを急いだのかという理由が三好氏と組んで挟撃されるからとされていました。しかし、それなら当時の信長は浅井と同盟を結んでいたので義理の弟である浅井が抑えとして効いていると判断するはずです。
信長の朝倉攻めの理由は経済的なものではないでしょうか。越前の敦賀港、三国湊-湖北の浅井氏-琵琶湖の船運 -湖南の大津(比叡山)-そして京 という日本海ルートの経済圏を手中に収める事が信長の目的だと考えるべきではないかと思いました。
そして、その経済圏を知っていると、朝倉・浅井・比叡山が運命共同体であり、浅井長政の裏切りも、延暦寺が浅井・朝倉を寺領に入れて保護した事、その後の信長の延暦寺焼き討ちなども確固とした理由の元で行われた事だったのだと納得できます。 特に浅井氏が旧来の経済的利益を守ろうとして信長を裏切ったというのは浅井・朝倉が古い同盟関係だったからというよりも、説得性があるように思うのですが。
村角灯さん、コメントありがとうございます。
鋭いご指摘なるほど納得です。一般向けに学者が書いた本では浅井長政は信長の義弟だが大御所の父親の久政は朝倉義景びいきで信長にとって浅井家は油断できない相手だったようですが、この点はどうでしょうか。
村角 灯さん
勉強になります。ありがとうございます(*^^*)
まだ、ドラマを見ていないのでピントずれているかもしれませんが…
なるほど、当時の物流メインは日本海側。そしてその日本海と都である京を結ぶのは琵琶湖。
信長は、早々にその心臓・大動脈とも言える経済圏・流通網を制圧したかったのかもしれませんね。
ところで、この流通網を制圧した信長は、同盟国(1572~1576)上杉謙信からの、莫大な利益を得られる依頼を断っています。
それまで謙信は青苧(高級繊維)等の流通を、朝倉に利益を渡して任せていました。
その朝倉を信長が滅ぼしたので(1573)、謙信は、信長に儲かるからと、替わりを依頼したのですが、信長はそれを断っています。自分でしてくれと…
尾張産業の保護(繊維産地)の為か、上杉の財力を少しでも削ろうとしたのか…。
ともかく信長は、銭を大事にするが、しかし集められれば良いと言う訳でもない、人から理解され難い人だったようです。
浅井久政他からは、勢いがあるから従っているが、信長より朝倉の方がと…スレ主さんの仰るように、思われていたのかもしれませんね。
吉法師さんのお話も含蓄に富んだものですね。
私の問いにも答えて下さり、ありがとうございます。
一向一揆が支配する加賀の国も日本海側で大坂の石山本願寺と連絡を取っていたのは信長には脅威だった、と言うことが村角灯さんのご感想も合わせて分かってきました。
「麒麟がくる」も石山本願寺をもっと描いてもらえないものでしょうか。
太夫が天皇の御所の塀の破れを光秀に見せるシーンがありました。
この先、信長は御所の修復にかかるのですが、その際に寺社に献金を要求します。
石山本願寺には5000貫(現在価値で5億円くらい)、堺には20000貫(現在価値で20億円くらい)。
石山本願寺、堺共にその要求に応じるようです。
しかし、その後も信長の本願寺に対する献金要求は続きます。
そして何にもまして、信長の狙いは、京から瀬戸内海の流通ルートを抑える上で、流通の拠点として本願寺がある上山台地を奪うことにあったようで、本願寺に退去を要求していきます。
本願寺が反信長陣営に入ったのはそれらの無理難題の要求が原因だったという理由もあるようです。
ところで、真宗に関してですが、蓮如上人が加賀の高崎道場を退去してから真宗布教の拠点としたのが、摂津富田の教行寺でした。キ麒麟が来るでも何度も登場していますが、摂津富田は本当に歴史に彩られた街です。
村角灯さん、石山本願寺について、新鮮な知識を教えて頂き、ありがとうございます。何か得した気分です。
一向一揆は加賀の国から後には越前まで征服するのですから(これは史実なのでネタバレではないと思います)、戦国大名並みの力があったのではないか、と私個人は思います。叡山の僧兵も然り。
だから、信長が何の罪もない民間人を殺戮して回った、と言うのは、ちょっと違うのではないか。「国盗り物語」は残忍な信長に光秀が驚きあきれる描写でしたが「麒麟がくる」はどう描くか、楽しみです。
おはようございます(*^^*)
村角 灯さん
教行寺、良さそうな処ですね♪行ってみたいです(^-^)/
スレ主さん
当時の寺院、おっしゃる通りではないでしょうか?
当時は権威だけでは成り立たない。
権威のあるはずの、天皇は即位する銭もなく、将軍は殺されている。
*)正親町天皇の即位費用は、毛利元就の寄贈。
延暦寺や本願寺は、権威を保つだけの、強大な武力と、それを担保する集銭(集金)能力を持っていた…
摂津晴門などとは比べ物にならなかったはずです。
そして、元々その銭(≒富)を作り出したのが、民だったと考えると…
ドラマでは描きにくい話になるかもしれません(^.^A
吉法師さん、ありがとうございます。
そうですね。確かに一向一揆勢力は名もなき農民達が強い結束力で僧侶の指導の元に結集したもの。今風に言うとボトムアップの組織の面がありますね。戦国安土桃山は天下取りの信長、秀吉、家康の英雄譚で語られることが大河では多いですが、今回は光秀で滅びの美学を描くなら、一向一揆の物語もいいかもしれないと私個人は思います。華に欠けるならサイドスト―リーでもいいと思います。
チコちゃんに「ボーと生きてんじゃないよ」 と言われそう。 前のコメントで
加賀 吉崎道場を高崎道場
上町台地を上山台地
と誤って書いていました。 お恥ずかしく、申し訳ない。
上町台地は大阪城が建っている場所です。
本願寺が城郭としての機能を備えていた事は下記の記述から想像できます。
顕如は、本願寺の守りを強化するため、柵や逆茂木を五重にし、その内側に空堀を堀り、その外側に総堀を堀り、櫓をたてめぐらせて鉄砲隊を配置するなど防禦を固め、さらに周辺の要所には多くの支城(51ヶ所)を構えて信長軍に対抗した。
村角灯さん、ありがとうございます。
本願寺勢力を「麒麟がくる」はどう描くか興味深いですね。司馬遼太郎は英雄譚をよく書き、一向一揆をあまり書いていない。
大塩平八郎の乱や島原の乱のように名もなき庶民の反抗でなく、一時は加賀と越前を武力解放し守護や戦国大名を攻めたのですから歴とした戦国大名ですね。
上町台地は今も大阪市内では一番閑静な住宅地です。
皆さんのお書き下さった知識を頭に入れ「麒麟がくる」を見ると一層面白いですね。
スレ主さん
おっしゃる通り、今の上町台地、明星学園の辺りだと思うのですが、とびきりの高級住宅街ですね。以前に明星学園に行った際、緩やかに続く坂道を歩きながら、石山本願寺の傲慢さと、苦難を思ったことがあります。
本願寺勢力といえば、司馬遼太郎さんの出身地である兵庫県姫路市英賀も本願寺の道場があった所で、兵庫県の本願寺勢力の元締めのような位置づけでした。
英賀を調べると、石山本願寺に従った門徒がそれぞれに苦難を受けていたこと。 信長と秀吉の対本願寺の政策の違いなどよく分かります。 そのうちに、書いてみたいと思っています。
村角灯さん、ぜひお願いします。楽しみにしています。
上町台地は明星の他に大阪星光学院、大阪女学院、四天王寺学園、追手門学園、公立では夕陽丘、清水谷、高津、大手前と名だたる高校とお寺の多い地区で、ある意味、大阪らしくない地域ですね。
スレ主さん
村角 灯さん
おはようございます(*^^*)
最強レベルの戦国大名である?本願寺が門徒とどう向き合ったのか…
信長や秀吉とどう対峙したのか、また楽しみに読ませて頂きます(^.^)
皆さん 一つ訂正しておきます。
司馬遼太郎氏は 英賀衆の子孫で、彼自身は英賀出身ではないようです。 私が読んだ歴史書に 司馬遼太郎が英賀出身とかいてあり、誤解しておりました。 謹んでお詫びします。
ここに書く際にはやはり確認が必要という事を痛感しました。
障碍者年金の資料集めから今帰りました。
吉法師さん、村角灯さん、コメントありがとうございます。
「麒麟がくる」は既に近衛前久、摂津晴門、正親町天皇、二条晴良と「国盗り物語」は扱わない朝廷の人達が登場し今後も皇族役を著名な俳優が演じて出てくるようです。松永久秀も「国盗り物語」では一エキストラでしたからね。
信長、秀吉、家康の話は他の大河でも散々見てきてるので、ここは本願寺勢力も描かれれば歴史をいっそ複眼的に見られて面白いだろうな、と思いますね。
しかし、鶴太郎さんは元よりですが、小藪千豊さんの二条晴良も面構えと言い悪役に見えるので分かりやす過ぎます。
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