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あっ、あぐりも見てなかった。らんまん終わるの寂しいな。次作は見るかどうか迷うところ。
破竹の花が咲かなくたって世界ではどこかで災害や戦争は起きている。こじつけるのは簡単で、「ノストラダムスの大予言」を思い出す。
始めから、くだらん、つまらんと!そればかり!もう終盤戦なのにくだらん、つまらんと言い続けて最後までご視聴とは!ご苦労様なことです。
逸馬の再登場にネットでは「まさかここで」「号泣」「胸熱」と。
万太郎もまさしくそうだったんでしょうね。まさか今ここで会えるとは。こういう予期せぬ再会は見ている方も本当に嬉しいものですね。脚本家さん、ありがとうございました。
嫌いなドラマをいつも初めから最後まで見続けたものがそう言うのも おこがましくて すまないねぇ・・・
それより同じ人間の日記かここは
違う人間の感想は無いのかしら。
やはり台風の影響だったようだ
らんまんらしい話になったら数字が下がってしまうからさ どんな大根でも(失敬)美しいスエコサンの出番を増やした方がいいですよ。マンサンも熱くならずに早く子供たちを結婚させて家族孝行をしんさいと思う。懐かしい土佐の運動家早川さんが生きてて良かった。早世と書いとったし。綾タケの仕出しうまそうじゃったね。
千鶴役が本田望結ちゃんになるらしい。
浜辺美波ちゃんとの年齢差は4歳。
それでも親子なんだな。
次作は大根でそれなりな程度だもんね
堪能しとかなくちゃ今のうち。
日本広しといえども大根役者と認識されているのは浜辺美波だけですよね。
貴重な大根役者の演技を今のうちに堪能しておこう。
そうなんだ。
波瑠と小芝風花も6歳違いで親子だったね。
テロップで出た『資産家』という肩書きが笑えた。
ちゃんとした肩書きは無いのか。『資産家』で充分ということか。
これから、資産家A、資産家B…と続くんだろうか。苦笑
永守徹の支援の申し出。
永守が支援する側なのに、何故わざわざ自分から出向いて、しかも万太郎に対して低姿勢なのかと思ってしまった。
早川が、よほど万太郎を売り込んだのかもしれないが。
それはともかく。
もうここまで万太郎を史実とは違う人物像にしたのなら、史実とは真逆に、万太郎が支援した永守に対して精一杯誠意を尽くし、万太郎にこの先、史実同様の不遜なことがあったら、土下座でも何でもして、万太郎は永守に、ひたすら詫びに詫びてほしい。
そうでもすれば、永守のモデルの子孫も、少しは気が済むだろう。
実際は、標本の整理をするという約束も守らず、標本はひたすら放置、好き勝手に支援金だけを使っていた訳だから、資産家が怒って支援を打ち切るのも当たり前だった。
史実とは違い、周りのことがちゃんと見えていて、配慮も常識もあって、人との繋がりを大切にする優しい万太郎なら、それが出来るよね。
そして、それでも許さない永守を描いて、自分を反省する万太郎を描いたとき、ようやく牧野富太郎が自分で抱え込んだ100年以上前の“負債“は、ドラマの万太郎によって“返済“されていくんじゃないだろうか。
そこまで史実を改編して描いてくれたなら、少しはこの“万太郎“に納得がいくというものである。
次の方が見た目より演技派だけなんだろう くだらんやりとりだな
資産家は随分若かった
両親は交流の間 モデルの牧野氏の無礼さに呆れ 嫌ってたという記録が残っているが 万太郎のような思慮深い好男子なら その後の歴史も少し変わっていただろう 牧野氏らしいといえばらしいよ。それにしてもポンと億単位の支援ができる若者がいたんだなね。
「あぐり」で田中美里と山田純大は母親のあぐりと息子の淳之介役だったが、実年齢は逆転していた。その後造られた映画では恋人役を演じていた。朝ドラでは珍しいことではない。
私は一年後のおむすびがムッチャ楽しみです
ノンジ脚本に環奈ちゃん ワクワク!
虎にナントカは情報無いけど勿論さいりちゃん応援するし
ブギウギは運動会でかかってた曲 私ブギブギって思ってたし。趣里さんて 心身共しなやかな人で全然気取らない姉さんだよね なんか元気なりそうだ。らんまん 半年お疲れさまでした!
やっと長い期間の拘束解かれた出演者たちの足跡が 楽しいです。
あぐり?
浜辺美波の下手くそな演技を見てると凄くイライラします。
息子や娘の方が両親より大人びてる
重い展開でも浜辺美波さんが演じる
寿恵子が心を和ましてくれる。
槙野夫妻の娘息子役の人選が巧かったかもしれないが、娘役の女優は幼い顔で長男は坊ちゃん顔で、それに対して大人びた表情と落ち着きのある演技で見せた浜辺さんと親子に見えました。
何事も演じ分けがみそ。
思うほどやさしいことではない。
どんな演技でもその人そのものが出る。
文章と同じだ。
8月末に浜辺美波さんがクランクアップ終えたようで、お疲れ様でした。まだまだドラマは続きますので最後まで見届けます。
なんつてもなく親の七光りもなく子役からたたき上げ場数を踏んで朝ドラのヒロインに選ばれ期待に応えて見事に寿恵子を演じていました。これからのご活躍が楽しみです。
浜辺美波さんが大根なんて初耳でここに集まる一部のご奇特なアンチや同一人物のヤフーの書き込みでしか見たことがない(笑)。
ネットでもマスコミでも芸能誌媒体でも浜辺さんの緻密で繊細な演技が好評を得て評価を上げたみたいです。日本髪や着物が似合うのでできれば同じ脚本スタッフで浜辺美波さん主演の大河ドラマを作ってほしい。
資産家が支援をしてくれるエピソード、
史実では困窮した牧野氏が標本を売却しようとした際に、売却を止めるために支援して下さったと聞きました。
その話の方が自然で良かったのに、何故変えてしまったのでしょう。
史実を改変することに異議は無いのですが、変えるときはより良く変えて欲しいです。
ラッキーな偶然と言うのは現実にもありますが、それは奇跡と言われます。
創作のお話の中でそのような事が起きると、嘘くさく感じて興醒めです。
マモさんを再登場させるため、ではないですよね。
大好きだから嬉しかったですが。
万太郎との再会の場面はこちらもウルっと来てしまいました。生死が知りたいという視聴者がとても多かったらしいので願いがかなって良かった。
中川大志さん、素敵でした。なつぞらも大好きで見てました。良くぞキャスティングして下さいました、感謝です。
きよし師匠の目玉芸を継げるのは、浜辺さんしかいないと思います。これを活かすやすし師匠のような相方が、浜辺さんには必要ですね。
早川さんと感動の再会させるために でしょうね。
もう持ちゴマは少なくなり どうやってイイ場面作ろうかという苦悩の結果です。
今ドラマ上は借金苦ではない時(待合も順調で順風満帆)過去最高額の篤志家の登場であれれれって。
新しい印刷機買わすのかと驚いた。引っ越しもせずに落ち着いてるし 大きな買物しなかったら穏やかな槇野一家。脳内補完に頼るから 見てるみんなは「どうでもいいわ どうせまた 返さなくてもいい金でしょ」と 理解が早く関心も薄い。職場の局さまたちも あとはスエコザサの演出だけね!と 熱心だった割にはドライです。
野宮さんや藤丸くんにもシェアしてあげるよね。万太郎ならね。
浜辺美波。
自分は、らんまんで初めてきちんと演技している彼女を見た。
なので、初めて浜辺美波の演技を毎日見ている訳だけど。
演技が上手いとは決して思えない。
らんまん以外の演技を知らないので、上手くなった、と言う人がいれば、そうなんだ、と思いはする。
でも実際、らんまんの浜辺美波は、“演技が上手い女優“とは言えない。
ただ、見るに耐えないほど下手か、と言われたら、決してそれほどではない。
表情はやわらかい。美人なのは確か。
笑顔のシーンだけ切り取れば、中々良い雰囲気を出す。
ただ、芝居ということになると、表情も台詞回しもイマイチのレベル。
まず、口調が硬い。台詞に気持ちが上手くのっていかない感じ。
感情表出が下手。お嬢さん芸という感じがする。
ここのスレで、前に、浜辺美波と土屋太鳳のタイプが似ていると書いていた人がいたけど、多分それは、自分が感じている“お嬢さん芸“というものを指しているのだろうと思っていた。
自分は、浜辺美波は、土屋太鳳のように感情表出にセーブがかかっているとは思わないけれど(「まれ」の土屋太鳳は、自分で無意識にセーブしてしまうように感じた)、感情表出をしようとしているのは感じるんだけど、とにかく硬くて伸びがない。
感情を無理に作って頑張っているようだけれど、その頑張りが上手く外に表出されてないような、そんなイメージ。
変な表現だけど、昔のパチンコ台で、パチンコの玉を勢いよく弾くんだけど、その玉が台の上にぶつかって、そのまま穴に入らずに下に落ちていくような、落ちていく途中で勢いが消えていくような、そんな感じをいつも受けている。
発声がなってないのかもしれない、と思うこともある。
多分、腹筋は無い方だろう。
喉だけで“喋っている“ような感じ。“台詞を覚えて言ってます“レベル。
台詞にのせるべき内的感情を、声にのせる技量がまだあまりないとでもいうか。
(↑声にのせる技量…歌を歌うときに使う表現かもしれないけど。昔アイドルだった浅田美代子の「赤い風船」のような歌い方、そんな感じの感情をうまくのせられない台詞の発声のような、と言えば、「時間ですよ」に出演していた浅田美代子を知っている人なら分かるかな…)
だから、啖呵を切るような、演説?するような場面では、迫力が出ない。
そういう場面では、声に抑揚をうまく付けることが出来ない。
ここのスレのベストレビューの投稿に書かれているような、棒演技とまでは思わないけれど、全く否定は出来ないようにも思う。
ただ、やわらかい雰囲気を出す場面では、そんなに下手な演技とも思わないので…
やっぱり、“お嬢さん芸“という言葉が、自分としてはしっくりくる。
ネットで誉められてるのを読むと、前はもっと酷かったのか?上達したから誉められてるのか?と思ったりする。
どうも、若いイマドキの女の子、以上のものを、私は感じない。
着物姿は確かによく似合うし、和服姿も悪くないけれど、どうも演技に深みがない。
これは彼女の年齢の問題なのか、役の内面に対する意識がまだそんなに持てないのか、どっちなんだろう。
役作りは、見た目だけでなく、役の精神面や内的感情を考えて、自分をそれに近付けていくものなんじゃないかと私は思っている。
なので、浜辺美波の演技は、叩くほど酷くはないが、まだまだだなぁという気がする。
現代劇の年相応の役なら、さほどには感じないかもしれないが、らんまんの寿恵子役のような、年齢を重ねて変化していくような役どころは、今の彼女には、まだ荷が重かったのではないだろうか。
野山を、きっちりした洋風正装で這いずり回る富太郎。
野山を、親しみやすいふんどし姿で這いずり回る熊楠。
山野の草花たちは、どちらに摘まれたいと願ったのだろうか?
>野山を、きっちりした洋風正装で這いずり回る富太郎。
を読んで、洗濯大変だったろうなぁと思ってしまった。
クリーニングの歴史を調べたら、ドライクリーニングは、
日本では、明治40年、白洋社の大井工場でのクリーニングが最初と書いてあった。
それまでも、洗濯業はかなり昔からあったようで、西洋服の洗濯業は明治4年から始まったらしい。
http://toyama929.com/%E6%B4%97%E6%BF%AF%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2/
でも、寿恵は、ドライクリーニングや西洋洗濯業に富太郎の土だらけの服を出していたのかなぁ。
結構痛い出費だったかも。
書いて下さった方、ありがとう。
正装での植物採集。
それに伴う洗濯やクリーニングのことに、初めて気がついた。
そらま、どっちも嫌ですね。
苦難の道を歩む孤高の万太郎を太陽のようにりりしく導いていく寿恵子。
浜辺さんの魅力いっぱいに演じられていて、そんな寿恵子を毎朝見られるのがとても嬉しい。
ただそれもあと少しになってしまいましたが。
ああ絶対ロスしてしまう。
南方熊楠は藪蚊にかまれなかったのかな?
歴史は山桃で始まる。
南方熊楠の実家は酒蔵。
しかし、富太郎のように潰したりしなかった。
だから南方の方が偉い。
熊楠は大酒のみの問題児。
富太郎は下戸の問題児。
引き分け。
おかげさまで阪神タイガース優勝しました!!
プロ野球の話はそれこそそちらの掲示板でやってくれ。
六甲おろし
朝ドラエールを思い出した。
女優は東京朝ドラにでると手厳しい。
どうせ大阪朝ドラに出たら
美波ちゃんは大絶賛でしょう。
富太郎が正装で植物採集に行くとき、寿恵はそんなことは言わなかっただろうけど、子ども達なら「お父さん、あんまり汚さないでね。あとが大変なんだから」とか言ってそうな気がする。
と、書きながら、万太郎の植物採集行き、採集場面はロケの時間や手間、諸々の都合で割愛したのかもしれないけど、見送り場面や帰ってきた場面、家族が出迎えるシーンでもあれば、少しは万太郎一家の中での万太郎が描けたんじゃないかと思った。
家族内で万太郎がどうだったか、子ども達が父親である万太郎や母親である寿恵子をどう思っていたか、描くべきだったと思う。
寿恵子亡きあと、万太郎を支えるのは子ども達だし、万太郎と寿恵子の夫婦像が、一番よく見えてくる台詞が言えるのは、他人ではなく、子ども達だったと思うけど。
長田さんの頭の中には、子ども達はいなかったんだろうか。
万太郎を描く上で、寿恵子目線や他人目線しか頭になかったんだろうか。
もしそうなら、それは何故。
槇野万太郎という人物を描き出そうとはあまり思ってなかった?
植物学者としてのサクセスストーリーしか考えてなかった?
槇野万太郎という人物に興味がなかった?
脚本家としての力量不足?
それとも、長田さん自体、あまり子どもに興味がない?
長田さん、結婚はしてるけど子どもはいない?
あまり、他人が子どもを持つか持たないかに触れるのは良くないことだと分かってはいるけど、どうしてもそれを考えてしまう。
でも、長田さんに子どもがいようといまいと、万太郎は子沢山だったんだから。
子沢山の人の人生を描くのに、その人の子どものことに思いが至らないのは、その人物の捉え方が一面的だということ。
これを書いている自分にも子どもはいない。
でも、自分に子どもがいなくても、誰かについてどんな人かを考えるとき、その人に子どもがいれば、子どもとの関係は頭に浮かぶし、色々考える。
また、既に成人している子どもなら、親との関係は頭に浮かばないけれど、成人してない子どものことを考えるときは、親との関係が頭に浮かぶし、考えてしまう。
これは、一般的には、誰しもそうじゃないだろうか。
私は、自分に子どもがいないこともあって、朝ドラで出てくる主要キャスト(夫婦)の子どもに対して、取り立てて、目がいかない方だ。
よほど演技が上手い子役なら気になる存在になるけど、そうでなければ、大して注目もしない。
でも、そんな私ですら、らんまんの子ども達の描き方の薄っぺらさは気になっていた。
これがもし、子どもがいる親ならば、もっと気になっただろうと思う。
子どもの年齢がハッキリしない、という指摘。
いつ生まれたの?今何人?という疑問。
らんまんでは、あちこちでそんな感想を読んだ。
私自身は、あまり子どもに関心を持って見てなかったので(背景の一部みたいに感じていたので)、最初は気にしてなかったけど、万太郎や寿恵子の描き方が一面的だと思うようになってから、もしかしたら、子どもの描き方の薄っぺらさは、一事が万事ではないかと思うようになった。
脚本家であるなら、人を描こうとするなら、もっと人間というものを深く、多岐に渡って見つめる必要があると思う。
らんまんを見ていて、イマイチ心に響くものが感じられないのは、人間というもの、人間の内面を形作っていくものを、深く見つめていない脚本、表面上の出来事や表面に表れていることだけを追っているような脚本だからじゃないだろうか。
もっと人間というものを深く見つめるような脚本を書いてほしい。
不遜なことを書いているのは分かっている。
でも、物足りないのだ。物凄く。
登場人物の人物像を考えれば考えるほど、そこまで脚本家は深く考えてない気がして、考えるのがバカバカしくなってくる。
脚本家は、現在46歳とのこと。自分より一回り以上、年下。
これは、私が脚本家より、より長く生きているから感じることなのか?
脚本家と同世代の人は、どう感じるのだろう。
46歳。もっと深く人間を見つめられても良い年齢だと思うのだけど。
とにかく美波ちゃんしか見る価値は無い。
このストーリーは、プロデューサーのかたが最終決断はしているから。
同じ長文の人が批判を何度も。
ファンが何度も書いてると文句言うくせに自分はいいんだね。
万太郎と早川との再会嬉しかった。何かの導きで
出会った二人は高知からの見えない絆があったからだと思う。
代理人の早川を介して投資家の永森が万太郎に投資を
申し出たのはなぜだろう、
早川が桐島に問いかけた人生で何か一つ選ぶとしたらの質問に
寿恵子が夫万太郎なら一つ選ぶとしたら植物学だと早川に言った
ことが伏線になったかもしれない。
>これがもし、子どもがいる親ならば、もっと気になっただろうと思う
子供いますけど特別気になりませんが。
他の朝ドラもこんなものか、それ以下なんで。
植物に洋風正装で向き合う富太郎。
植物にふんどし姿で向き合う熊楠。
植物たちは、どちらに摘まれたいと思ったのだろう。
どちらも迷惑です!。
>これがもし、子どもがいる親ならば、
もっと気になっただろうと思う
もし子供がいる親なら朝ドラより
J、office問題がもっと気になったと思う。
神宿る森の行方が気になるわ
失ったものは帰ってこないのに
万太郎はどうする?
私たちはどうする?
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