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>静の着道楽を阻止することなどなんでもない。
つけで買うから、阻止できない。
西門家の面子があるから払わないという選択肢は
和枝にはないんです。
着道楽は、和枝が西門家の実権を完全に握ってから始めたのではないでしょうか?
和枝の嫌がらせのために
今日の悠太郎さんがめ以子に
姉の料理を褒めれば、お静さんの料理が不味いということになるし
お静さんの料理を褒めれば、姉達が黙っていない
という内容のことを話していましたから
しばらくは台所は二人が競い合っていたというところではないでしょうか?
>「ぼくが西門の家を守ります!」といったわりには具体的にどうしたわけでもない
だって当時12歳くらいですよ?
12歳の子供には何も出来ないでしょう。
勉強して大学行って
安全な町を造ることだけが励みだったかと
どなたかが、悠太郎さんに地元の友達が出てこないということを
書かれていましたけど
家族の争いを最小限にするために
感情を押し殺し寡黙になり、話すときも口に手を当てて
よ考えて話すようになった、
そんな悠太郎に友達は出来なかったのかもと思いました。
12歳の子どもにはできなくて当然だけど、進学する頃は当時の男性で言えば、もう少しは大人かと…。父に棄てられたという悲しい過去はわかるけど、それで心の成長が止まってしまった??まして嫁を連れてくるということは、一人前の男。姉と義母の争いに耳をふさいでいる場合ではないんじゃないかな。大学まで行かせてくれた姉は感謝しなければならないし…。
妹のことだって、悠太郎にしか守れないのに、縁談の時も「何かあったら知らせてください」とめ以子に丸投げ。悠太郎がいなかった時の希子のことを思えば、もう少し親身になってあげても良いのでは?
これから頼りがいのある家長に成長していくのかもしれませんが…?
和枝にしても、自分が婚家でつらい思いをしたならば、妹の縁談にも慎重になるはず。め以子に対する意地悪も、度を過ぎると、たんにプライドが許さないという感じで、息子を亡くしたという悲しい過去が軽いものになってしまう。
その辺のところが、何だかなぁ…と思う。
まあ、たかがドラマ、入れ込むほどのものでもないのですが、個人的な感想です。
きょうはちょっと感動した
家計が苦しいと言いながら、大正時代の食卓にあのようなステーキはないでしょう。
昭和の生まれでも子供のときにステーキが食卓に並んだ記憶が、私にはありません。
協力と笑顔のないこの家族には、どんな美味しい料理を作っても美味しそうに見えません。
ひどい家に、めいこはよくもどったものです。
うま介で、皆で楽しそうに焼き氷を作るところは良かったです。
西門家が早くあのように楽しくなりますように。
やっぱり西門家は江戸から明治時代に商売で相当の金を蓄えたのでしょうね。
娘を何人も嫁に出し、オヤジの道楽で浪費した上で、現在の生活なんですから。
家賃収入なんてしれてるし、借金も抵当にするものがなければ貸してくれないし、和枝の株取引での収入だって相当の元手がなければ、もうけたってたいしたことはない。
それを考えたら、和枝はいけずだけど、金銭的マネジメント力は立派ですよ。
マネジメントが立派なのはわかりますが、希子を嫁にだし、静やめいこを追い出そうとして、いったい和枝はどうしたいのか?
何が楽しみなのかよくわからない人です。来週は、和枝にも浮いた話がありそうですね。希子ちゃんにもいい恋をしてほしいな。
桜子さんたちは、ずっと大阪で暮らす気なんでしょうか?
>>静の着道楽を阻止することなどなんでもない。
>つけで買うから、阻止できない。
西門家の面子があるから払わないという選択肢は
和枝にはないんです。
つけというのは、お店と代金を払う人との信頼関係で成り立っているのであって、いくら西門家がお得意様だからといって、和枝が「その人のツケは払わない(払えないではなく)」と一言お店に言えば、ツケにはできないと思います。
和枝と静の争いが静の着道楽によるものだとしたら、和枝と静が言い争っていても静に勝ち目はないでしょう。静のやっていることは明らかに無駄な出費ですからね。正蔵がこの言い争いから逃げたのだとしたらますますダメ親父です。6人の弟妹は和枝につくのではないでしょうか。
悠太郎も父親に捨てられたから自分がどうこうではなく、まず「姉さんに苦労させた」ことを気遣うのが普通でしょう。大学を卒業して就職するまでは生活費も学費も姉が工面していたわけですから。
>今日の悠太郎さんがめ以子に
姉の料理を褒めれば、お静さんの料理が不味いということになるし
お静さんの料理を褒めれば、姉達が黙っていない
という内容のことを話していましたから
単に「どちらの料理もおいしいです。」でいいんじゃない?
それで寡黙になったとか、よく考えてからしゃべるようになったとか、おのれの気遣いが足りないだけなのでは?
>単に「どちらの料理もおいしいです。」でいいんじゃない?
それじゃあ、姉達は納得しないでしょう
お静さんの料理を
おいしいといったら、姉達が騒ぐんですから
嫁姑にはさまれた旦那さんみたいなもの
両方おいしいじゃあ、両方納得しない
わずか12才前後の少年にとっては
かなり辛い状況では?
>和枝が「その人のツケは払わない(払えないではなく)」と一言お店に言えば、ツケにはできないと思います。
西門家の後妻さんと言う肩書きがありますからそれは出来なかったのでは?
>和枝と静の争いが静の着道楽によるものだとしたら、
あのーちゃんとドラマ見ています?
着道楽は和枝への当て付けですよ?
給料の仕分けする時に
お静さんは着物は要らないし、
お小遣いも三味線の生徒が増えたのでいらないと
あったじゃないですか!
>悠太郎も父親に捨てられたから自分がどうこうではなく、まず「姉さんに苦労させた」ことを気遣うのが普通でしょう。
今日のドラマちゃんと見ました?
和枝とお静さんの衝突にかなり傷ついていたんですよ?
父親が家を出るまでは、父親に同情していたんですよ?
あの二人のせいで家族が争いばかりすると
幼心に思っていたんですよ?
姉には感謝はしているけど、複雑な感情もまた持っているんですよ?
そして姉をないがしろに出来ないから
め以子のおなごし扱いを、仕方なく受け入れていたんでしょ?
給料を貰うようになって、家計を支える立場になっても
姉を立てた生活はしているでしょ?
君をあいス。ってぴったりな週だったなぁ〜。
二人が分かり合えて抱き合っていた時、溶けかかった焼氷が映されて、素敵なだったな。
二人がだけでなく、西門家のわだかまりも溶けていくといいなぁ。
上の方、丁寧なご回答、ご苦労様です…。
分かってるつもりでも、あぁなるほどって
思い出すところもあり、ありがとうございます。
>和枝にしても、自分が婚家でつらい思いをしたならば、妹の縁談にも慎重になるはず
自分が失敗したから、縁談はよく吟味している
現に嫁いだ妹達は幸せに暮している
そのことはお静さんも認めていたシーンがあったかと
希子のお見合い相手も母親も
父親が登場するまでは、希子のことを気に入った様子でした。
相手は内気なおとなしい人が好みということはリサーチ済み
相手に望まれて気にい荒れれて結婚するのが幸せになれる
と思っているのかなあ
と想像しました。
め以子へのあてつけはあったにしても、妹の幸せは願っているでしょうから。
来週はお姉さんがデートのシーンがありましたね。
幸せな家庭をもてればいいですね。
ついでにお静さんと正蔵が元の鞘に戻って
西門家はハッピーエンド第3章は終了だといいいな。
さすがに嫁小姑のドロドロはおなかいっぱい。
私は単に最初の「和枝と静の衝突」が疑問なだけです。
あちこち転々として年に何回も家に帰らない鉱山技師だった正蔵が、(おそらくは留守の時に)火事で最初の妻をなくした。仕事を辞めて(だったかな?)家に帰ってきた正蔵は放蕩を始め、芸者上がりの静を後添いとして連れてくる。ただし、静には「子どもたちの面倒をみてくれ」と頼んでおり、静はしばらく西門家で家事をしていたのだと思う。悠太郎も「よくしてくれた」と言っており、その働きは悪いものではなかったはずで、まだ嫁いでいない次女以下5人の妹たちも恩恵を被っている。
ここへ和枝が出戻ってくるが、なぜ和枝が静を追い出そうとするのかが分からない。当時出戻り娘は肩身の狭い思いをするものであったし、「西門家の後妻の肩書き」に抗し得ない程度の根性なら追い出すことも考えないだろう。それにそれまで静はきちんと家事をやっていたから、和枝としては「女中扱い」して家事を手伝わせることを考えるはず。台所の主導権は和枝が握るとしても家事は炊事だけじゃない、掃除、洗濯、縫い物等やることはたくさんある。「め以子が来たから女中を帰した」和枝が家事のできる静を追い出すことは考えにくい。
さらにいえば、家族に食事を作って供したときに、どちらの料理がおいしいとかで争いになるものかね。
それこそ「ごちそうさま、おいしかった」と言って家庭不和になる家族がどこにあるのか。このドラマのど本命のテーマなんじゃないの?
>両方おいしいじゃあ、両方納得しない
悠太郎さんの同僚が
そんなこと言っていましたね。
本当はどっちも不味い(糠漬け)
俺の紅子って笑えました。
糠床に愚痴を言いながらかき混ぜるのが
癒しだったのに、お気の毒。
>、なぜ和枝が静を追い出そうとするのかが分からない。
由緒正しい西門家に芸子上がりは許せない!ってことでは?
>「め以子が来たから女中を帰した」和枝が家事のできる静を追い出すことは考えにくい。
め以子も和枝は追い出したい。だからおなごし扱いです。
ただ働きの女中が欲しいわけではないですよ。
お静を追い出そうとしたら、父親が逃げ出した
お静は開き直って居座ってのらりくらり
お静本人も出るつもりはない様子(家を出ないのはもっと深い意味があるのかもしれませんが)
>さらにいえば、家族に食事を作って供したときに、どちらの料理がおいしいとかで争いになるものかね。
嫁姑の永遠のテーマですね(笑)
お静さんと和枝さん
両方とも二人っきりの時間は耐えられない
と思ったみたいですね。
め以子が嫁に来てやはり
西門家の空気が変ったということでしょうね。
和枝も悠太郎さんの
め以子に対する気持ちを聞いて
何か変ったんですかね?
今までの和枝なら
何しに来たのかとか
嫌味を言いそうですけど
虫が入るからと
暗に早く家に入るよう促しているし。
丁寧なご回答ありがとうございます。
縁談吟味してるというシーンがあったのはわかるけど、何もできない、ろくに話もできない妹が、他人の家に入ることが現時点で幸せかどうかは姉ならばわかると思うんだけど…。という個人的な感想でした。
縁談を急いだのは、め以子に懐くのが気に入らないというような演出があったので、幸せを考えているようには思えなかったので…。
家に女が4人もおって、家事を協力してやることもできないのだろうか。和枝のマネジメントは金銭だけで、西門ファミリーの明るい未来を考えてはいないのだろうかと哀しく考えてしまう。
見た目は 静さんと変わらないが、和枝の年齢が30代なら、まだまだやり直せる。
嫁姑の争いはいい加減にして、明るい展開にして欲しい。
春に嫁いで夏になるまでを一ヶ月もかけているけど、これからどんな展開になるのだろうか。
>由緒正しい西門家に芸子上がりは許せない!ってことでは?
だとしたら、和枝が帰るまで面倒見てもらってた次女以下5人の妹と悠太郎は、静に作ってもらったご飯を食べながら「この芸者上がりが!」とでも思っていたんですかね。なんちゅう恩知らずな一族なんだか。
>め以子も和枝は追い出したい。だからおなごし扱いです。
ただ働きの女中が欲しいわけではないですよ。
西門家の家事はたくさんあるみたいで、和枝、静、希子の三人世帯でも女中を一人雇っていた。静が嫁いできたとき西門家は八人世帯、静と和枝の家事のキャパシティがどれほどあるか知らないけど、どちらにしても二人以上は女中を雇っていたのではないか。和枝が帰ってきて静のポジションを奪うにしてもただで女中代わりに使える女がいるのに使わないのは和枝らしくない。それにそれほどまでして追い出したい静に今あまり家事もさせず着道楽も許容してるのもまたどうなんだか。め以子が来る以前に女中帰して静に家事させようとは思わなかったのかな?
>嫁姑の永遠のテーマですね(笑)
いやいや、和枝と静は嫁姑じゃなくて、義理の娘と後妻ですけど。曲がりなりにも家長が父親である時期に出戻った娘が父親が連れてきた後添いを(しかもきちんと弟妹の面倒を見ているのに)追い出すことを考えるのは不遜だし、それまで静の料理を食べてきた弟妹が、和枝の料理を食べたら「こっちの方がおいしい」とか言うものなのか。「芸者上がりの後妻の作った料理など・・・」と考えたりするのか。さすが由緒正しい西門家ですこと。
なんで喧嘩腰?
アタシの考えたあるべき姿とは違う!という個人的な不満を
ここで発散されてもどうしようもないような。
もう自分的な結論ありきで、違う意見に聞く耳もつ気もないようだし
なんだか真面目に考えてレスつけた人がかわいそう。
そりゃあ個人個人キャラがこういう言動してくれれば、と言う希望はあるのだと思いますけど、ドラマとか他人の創作物と言うのは最大限作者の意図を受け取ろうとしたり、自分の基準とはまた違う人物のいろいろな言動、展開出て来るから世界が広がって楽しめるし見る意味もある、ということではないのでしょうか?
いちいち西門家はこうあるべきだ、とか嫁姑はこうあるべきだ、とかいう個人的希望はドラマのレビューと呼ぶにはちょっと異質なものを感じてしまいます。そういうものがドラマ自体の批評になってるような気はしません。
筋書きやキャラ自体に大きな矛盾があるなら批判の対象になるでしょうが、ドラマの状況に逐一個人的なものごとの基準でどうこう言うなら自分で好きな脚本でも書けばよいだけのことと感じます。
正直そういう感想(と言うか個人の独特な見解を述べることによってただ否定してるだけ)はドラマの展開、テーマの共有ができないので読んでいてなんだかものすごく疲れます。
私自身はこのドラマ、キャラが好きだとか嫌いだとか、ではなくストーリーの流れに矛盾がなく、また一人一人のキャラにブレがなく非常にまともな朝ドラに見えています。キャラは皆それぞれ厚みが出て来ていますね。
どの人物も厚みのあるキャラで楽しくなってきました。が
めいこと悠さんが仲直りしても、和枝との関係が良くなったわけではないのだから、相変わらず女中扱いで嫌味を言われ続けるんですね。
ウーン嫁の道は厳しい。
桜子さんたちのお気楽バカップルとは大違い。
厳しく複雑な事情がドラマとキャラに深みや厚みを感じさせるんですね。
来週のはもは期待しちゃいますよ。
いちいち西門家はこうあるべきだ、とか嫁姑はこうあるべきだとか、そんなことは全く考えていません。ただ、なんでそうなるのかわからないことがあるから、疑問を呈しているだけです。
父親が7人のこどもを捨てて出奔し、10年間も放置するような、後妻と出戻り長女の諍いとはどのようなものなのか?「西門家の嫁に芸者上がりは許せない」というのであれば、連れてきた時点で軋轢が生じているはずでしょう。ご近所に親類筋もいることですし、そもそも正蔵がその風潮を知っていて静を連れてきたとするなら、自ら火種を持ち込んだわけで、悠太郎に同情されるような話ではありません。「どちらの料理がおいしいか」なんて争いで逃げ出すような父親がいるのでしょうか。
「ごちそうさん」は「おいしいものを食べさせたい」という人の想いと「食べさせてくれてありがとう」という人の想いでつながっていると思います。静も和枝も「おいしいものを食べさせたい」と思って料理を作っていたものと信じています。特に和枝においては、母親からきちんと西門家の味を受け継ぎ、料理の腕をふるっていたでしょうし、嫁ぐ前の妹たちに料理を教えていたことでしょう。(希子に教えていないのは謎ですが)そういう和枝が、め以子の噛ませ犬になって、筋の通らないいじめを繰り返していること、西門家の食卓に笑顔がないとされることにものすごく違和感を感じているだけです。
正蔵は仕事でずっと放ったらかしにしてしまった妻を火災で亡くしているんですよね。
突然、妻を亡くすショックは相当なものだった
でしょう。
小さい子供もいたし、家のことは何もわからない。当時、自分を癒してくれたお静さんを
母親代わりに連れてきたのでしょう。
なんとかやっていたのに、思いもよらず、
和枝が出戻りになり、お静と対立してしまった
のですよね。
上の方は正蔵は自ら火種を持ち込んだので、
同情の余地はないと書かれていますが、
多くの子供を抱えて、突然妻を火事で亡くした
悲しみもあったことを付け加えさせて下さい。
今日のビフテキを食べる夕食風景には、
和枝を除くみんなにはいい笑顔があって
とてもいい家族になっているように見えました。とてもビフテキ美味しそうにでした。
和枝は和枝なりにいつも何かに必死って感じですよね。
なんだか遊びやゆるさや余裕みたいなのが全くない人。静はもう少しゆるい、というかどこかいい加減で大らかな所が感じられますね。やっぱり元々違う性格なんでしょう。
和枝みたいなきっちりしてる人だからこそ意地悪も徹底してる、何か間違った方向に行ってることを自分が気づいてない、っていうの見ていてよくわかります。静との対比がよく出ていると思います。静には自分があえて居座って和枝に仕返ししてる、っていう自覚がありますしね。和枝はもう自分は絶体間違ってない、ってそれだけ。
希子のこともそうだけれど、ああいう人がいると良くも悪くもまわりが緊張状態を強いられるんでしょう。
和枝だって人間だし女性。やっぱり弱いところも欠点もいっぱい持ってる人として設定されているのであって、特別に彼女に思い入れを持って見なければ別にドラマのキャラとして私は全く違和感や矛盾は感じないです。彼女にだって良い方向に変わるチャンスが与えられているのだと思います。
ヒロインにとってはいわゆる咬ませ犬になっていたとしてもそれはそれでこのドラマ全体から見ればものすごく重要なキャラなんだと思います。正しいと思ってしていることがまわりを窮屈にさせたり愛情があってもまっすぐな表し方ができなかったり、何かにとらわれ過ぎて大事なものを見失ってしまっている人として和枝は見ていて悪役だけど私には面白い愛すべきキャラの一人です。
どちらの味が美味しいかで、後妻が義娘に負けを譲り、夫婦が別居した実例を知っています。
再婚などで新しい家族関係を築くのに失敗することは珍しくないことです。
ドラマでは誇張している部分が目立ちますが、食をテーマに家族の再生とそれぞれの生き方を探るのが楽しみになってきました。
美味しい料理と明るい歌声で西門家は明るくなるのになぁ…そんな簡単にはいかず、アホめいこが奮闘するところが好きです〜
「というのであれば」「とするなら」「はずでしょう」「でしょう」「でしょう」以下略 と、
仮定の上に個人的な妄想を重ねに重ねて「疑問を呈」されても、
はぁ疑問(?)が多くて大変ですね、ぐらいにしか。
昨日、和枝は西門家のために良かれと思ってやってることが全部裏目に
出てる、ってことと和枝に恋人でも作ってあげてくれ、ってここで書いたら
今日、悠太郎の台詞で父が良かれと思ってやってることが全部裏目に
出てるっていうそっくりそのままのことばがあり、あれ?やっぱり和枝と正蔵は
親子だな、と感じた。
そして来週の予告になんと和枝が男と歩いてる??株のおじさんでいいから
というのははずれたけれど和枝の恋がやって来るという展開ならなんだか
希望通り。
先のこと全然知らないのにこの脚本家さんとは意外と自分の感性が合うかも、
と不思議な気がした。
和枝だって実は見た目より若い設定らしいしまだまだ変わって行く可能性大。
良い人に出会って本当の恋でもして人間的に余裕のある優しい女性になって
くれるとすごくうれしいかも。
関東の言葉で言うと、め以子というヒロインはアホであっても真正のバカではありませんね。
関西の言葉だとちょっとニュアンスちがうのかもしれませんが。
年中人参をぶら下げられた馬のように真っすぐに進んで泥だらけになったり転んだりするけれど、必ず立ち上がってそしてちょっと立ち止まって考える、ということのできるお利口なお馬さんみたいなところがあると思います。
あとやっぱり自分が食べることが大好きで食べ物に対してもありがたいという気持ちがあるからどこか大らかで人を許せるところがあるのが見ていて気持ちの良いヒロインです。
悠太郎とは良いカップルだと今日つくづく思いました。悠太郎は実は心の底で優しくて大らかに受けとめてくれるお母さんのような母性をすごく求めてるんですね。今日の告白でそれがとても伝わって来ました。そうですよね。小さい頃にあんな形で本当のお母さんと別れてしまいその後は甘えることができなかった人生。父にも捨てられた、という記憶が心の傷になってるのでしょう。だから強がりを言ってもめ以子に捨てられてしまうのがたぶんものすごく怖かったのだとわかりました。
それにしても源ちゃんがいてくれてめ以子も悠太郎もホントによかったですね。感謝しなくちゃ!でも染丸もなんだかすごく性格良い子に見えます。源ちゃん、幸せになって欲しい。
悠太郎がめ以子に本心を吐露した場面はよかったですね。め以子の幸せを考えれば手放すのが親切だと分かっていながらも、好きだから居てほしい。男としては女々しくても、心情をはっきり伝えたのが誠実でよかったです。
でもやっぱり嫁姑(正確には小姑)ドラマは私にはダメですね。思えば「おしん」や「渡鬼」も、どちらも視聴率はよかったけれど、ぜんぜん観る気になれませんでした。今回はコメディータッチだから東京編は楽しかったんだけれど、大阪編でついていけなくなりました。このまま和枝や静のいがみ合いが続くと、脱落しそうな気がします。
今週は室井と桜子さんが出てきて、さらに面白くなりました(*‘∀‘)
民子さんはいったいどうなったんだろ。
希子ちゃんも元気になったし、源太が出てくるとやはり話が面白くなる。
もう最近涙腺弱くて、悠太郎の話を真剣な顔で聴いてる
めい子は見てるだけで涙が(´Д⊂
杏ちゃんは、自分自身の家庭も複雑だったから、なかなか辛いシーンだったのかなと後から思いました。
悠太郎の話を聞きながら、つーっと頬を伝わる涙は自然でとても綺麗でした。
「ひとりにしてごめんね。」
やっと本当の夫婦になれた瞬間でした。
ごちそうさんのない朝は少し寂しいけど、
来週の展開を楽しみに余韻に浸る日曜日も
また良しです。
悠太郎が「(正蔵は)死んだことにして・・・」と言ってたけど、他の西門分家は、西門本家の当主が死んだというのに葬式も出さないのは不思議に思わなかったのだろうか。
それに遠くに行くわけでもなく、めい子が歩いて行ける距離に住んでいて、隠棲しているわけでもなく、花街に出かけたり(源ちゃんもたまに出かけるらしい)市場に出かけたり、土手で雑草摘んだり、近所の子ども集めて勉強教えたり、西門家の蔵から金目のものを持ち出したりと、なかなかどうして悠々たる生活を送っているのに誰も存在に気づかないのって本当に不思議。
気づいていて無視していたのだとしたら、親子の溝はとてつもなく深い。「みんなの気持ちの整理がつく」日がくることは遙か先の話かも。
レビュー見てると色んな考えがあってなるほどな~と思ったり、そうくるか!!となかなか楽しいです。
昨日の最後のほうでめ以子が糠漬けに入ってるトマトを見て「トマトだ~」といってましたが、(赤茄子からいつの間にトマトと呼ぶようになったのか?)と細かい突っ込みを入れたのは私だけ?
> 悠太郎が「(正蔵は)死んだことにして・・・」と言ってたけど・・・
それは対外的なことではなくてあくまでも内々の精神的な意味で、ということくらいわかりますよね。
なぜドラマの進行自体にさほど関係のないようなところまでここはおかしい、これは常識外だとか自分の尺度でわざわざ疑問点をこしらえてドラマ見なきゃ気が済まないのかまことに不思議であります。どのドラマもそういう見方してるのかな?だったらどのドラマも全然好きになれないと思っちゃうけど。ここが不思議あそこがへん、って毎日見ながらドラマの進展や楽しみたいって期待も全然持たないで最後までそういう見方して感想サイトにあれこれ書き続けるって、ま、趣味の問題でしょうし書かないで、なんて言えませんがホント目に入るだびに疲れますわ~
そういう方のお気に召すような展開ならくそつまんないドラマになると思いますけどね~
ま、中傷じゃなきゃ書くのは自由ですけど読んでなるほどと感じる批判と始めに否定ありき、の全くの的外れ文句はちょっと違うと感じちゃいますね。
>「トマトだ~」といってましたが、(赤茄子からいつの間にトマトと呼ぶようになったのか?)と細かい突っ込みを入れたのは私だけ?
あなただけじゃありません。私も入れましたよー
元々赤茄子って何じゃい?と思って見てるうちにトマトのことだとわかりこの時代はそう呼んだんだって納得してたら突然め以子がトマトと言った。いつ変わったんだ?東京では赤茄子で大阪ではトマトなんかい?と(笑)
このドラマ基本的にストーリーが面白いし出てくる人達も大好きですがチョイチョイ突っ込んで楽しみながら見てます。
トマトの糠漬けは食べたことないぞ。糠漬けってのは基本野菜ならなんでもいいんだろうか?アボカドとかエシャロットとかもありなのかな?
2013-12-01 11:35:28 名前無しさんみたいな疑問ってたぶん
どのドラマ見てても程度の差はあってもいっぱいあることだと
思う。そのレベルでツッコむなら前作や前々作なんてもう一般の
社会の話として話自体があり得ない。あんなんでホテル従業員が
通用する、とかあんな程度でどんどん人気者のアイドルになれる、とかね。
そりゃそれぞれのドラマについてみんなそういうとこあって
ちょっとヘンだと感じるけどそういうことをつっついたりいちいち
それでドラマに対して思考停止みたいになっちゃったらつくりものの
ドラマはまともには見れないんじゃ?
よっぽどの矛盾でもあれば別だけどこのドラマは前作、前々作に
比べれば自分はむしろ細かいとこが気にならない方。
課長さんの紅子ぉぉぉ〜!……トラです。
にすべて持っていかれて、め以子のトマト♪
はすっかり流していました。
そう言えばそうですよね。
お母さんから届いた荷物の時は、赤茄子の水煮って言ってましたものね。
うっかりしちゃったのかな、わざとかな…。
め以子ってばハイカラさん!
やっとケツの穴の小さい悠太郎が素直になりましたね!
希子ちゃんの声は本当に綺麗ですね
め以子の舌が本領発揮して 良かった
和枝さんが!デッデートすか?
ぬか床のない課長さん
家から持ってくるかもw
ごちそうさんは、おかしい、とか、変だぞ、とおもうようなところもありますが、まったく気にならない
これだけ感動させてもらえればそれでじゅうぶんである
人生もそういうもんなんじゃないでしょうか
自分とまったくとらえかたがちがうひとがいても、それも気にならなくなってきました
思わぬことを教えてもらったり、同じことで感動を共有してるひとがいるんだな、とわかると、とてもうれしくなります。
オリンピックの身代金を昨日家族でみました
その時に家族でごちそうさんの話もでました
”この時代ってまだ家風呂って少ないんだね”
”そういえば桜子様はお風呂どうしてるんだろう”
”初めての銭湯ではしゃいでるよ”
時には粗探しのような事もいいますよ
だからちょっと言い過ぎではという意見があったので
気になりました
今週は表情のなっかた希子ちゃんの笑顔やきれいな歌声が聞けて
気分がほっこりしました
>> 悠太郎が「(正蔵は)死んだことにして・・・」と言ってたけど・・・
>それは対外的なことではなくてあくまでも内々の精神的な意味で、ということくらいわかりますよね。
ごめんね。あくまで内々の精神的な意味で、ということなら、見合いの相手先には西門家の当主は失踪してるってことがわかるので、そういう家の事情を抱えているのなら・・・三島屋さん(だっけ?)からは話を持っていた時点で敬遠されたのではないかな、と思っただけです。他意はありません。
あの当時の家と家とのつきあいであるとか、本家と分家の関係とか、結構そういうしがらみがあって、現在でも一部にはそういう雰囲気も残っているところがあります。
↑ああ、それからもう一つ、西門家で内々に・・・と言うとき、じゃあなんでめい子に説明しておかないのか、という疑問も残ります。悠太郎が言った「あなたは西門の人間でないから」という台詞、後で「西門家の10年を一緒に過ごしていないと言う意味で・・・」と言い訳をしてましたが、そこは違うのではないかな、と思います。
ある食品会社の古い資料を見つけました。
その中で、商品につけられているラベル表示として、大正6年には「トマトケチャップ」がカタカナと英語で表記、大正8年には「トマトジャム」がカタカナと英語で表記されています。
また、大正10年ころの栽培している畑の看板にはカタカナでトマトと書かれています。
漢字で表記するときは蕃茄(ばんか)が多く、赤茄子はマイナーみたいですね。ちなみに上記の資料では赤茄子という表記は一切ありませんでした。
結果として、「トマト」と呼ぶことは何の問題もなく、かえって「赤茄子」という方が違和感があるということでした。
そうですよね。希子の見合いの際、和枝が(あるいは仲介人が)相手の家に対して、西門家の家族構成をどう説明したのか、聞いてみたいものですよね。
もちろん、「死んだことにしてある」なんて通用しないし、「死んだ」なんて言ったら詐欺になっちゃうし、「失踪中」なんて言ったらどんな家なのかと見合いにまで発展しないだろうし、もちろん何も言わなくて、見合いに進むなんてことはありえないですからね。
そう考えると、どうにも無理がありますね。
>ごちそうさんは、おかしい、とか、変だぞ、とおもうようなところもありますが、まったく気にならない
同感です
主人公が食品に虫を入れても気になりません
杏が冷蔵庫のCMをしていても関係ありません
ドラマはフィクションですから
M社の冷蔵庫に虫なんて入るわけありません
気にしませんよw
まさに恋は盲目ということですね。
あの当時は今みたいに興信所に調査を依頼して根掘り葉掘り調べるなんてことはせずにお見合いと言ったら中に立つ人の信用度でお互いものごとをすすめたのだと思います。西門の家の父親のことなんてなんとでも理由づけで来たんでしょう。だから見合い自体が成り立ったということであり、それこそそんなことを根ほり葉掘り今ドラマを見てる現代の私たちが気にしてどうこう言うようなことではないと思います。個人的趣味で詮索しても答はでて来ないでしょう。
見合い、という設定があったからこそめ以子も悠太郎もそして希子も絡んだドラマとしてのストーリーが進展したのですしそこに父が乱入して台無しになったことで西門の家にも動きが出てくる。
あれでああいう父がいるということがバレてあとどうなったか?相手の家がどう思いどうしたか?そんなことはドラマにとって全くメインの話じゃないですからどうだっていいことだと思います。
トマト(赤茄子)議論いろいろ楽しく読ませて頂きました。
トマトジャム?美味しそう。食べたことないけど。最近ではほとんどフルーツみたいなトマトがいっぱい店に並んでるんでそういうのでジャム作ったら甘みもあって美味しいでしょうね。高いからジャムにしちゃうのもったいないかな。
このドラマ見ているといろいろと伝統的な食べ物と同時にへー、大正時代って今よりしゃれてたり凝ってたり今より西洋を感じる食べ物が意外と多かったんだなあ、と感心します。今でも新しいお菓子が流行ったりするけれど当時は皆珍しいものばかりで人々の目を惹いたんでしょうね。
このドラマはストーリーや人物にもそれほど気になって仕方ない、それで見るの嫌になる、とか言う要素が私はものすごく少ない、のかあるいは全体的に面白いと思えるので気にならないだけなのかわかりませんが感想サイトなどで言われるような疑問みたいなのは何でこんなことこれ見てて考えるんだろう、と感じてしまうコメントが多いです。
自分は気に入って楽しんで見てるので別にかまいませんが。
でもこのドラマを楽しんでいる人たちのコメントはあんまり盲目的に大絶賛、なにからなにまで肯定、とかだったりやたら攻撃的な感じではないのが多くて、良いなと感じてます。
トマトもそうだけど出て来た食べ物に必ず何かしらのコメントがあるのも面白いし登場人物に優しい目線のコメントが多いのもなんかいいですね。やっぱりドラマの雰囲気かなあ?
今週もなんだかいろいろありそうで、でもだいたい明るい方に話が向かうので展開が楽しみです。
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