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名前無し
ID: a3/SCp/oPh 
2026-03-22 20:09:49

ちゃんねるレビューの話478です。

意見投稿するのにあのスレを選んだのは、ドラマの感想が書けるスレだったからですが、字数オーバーになり、感想が全部入りきりませんでした。
なので、続きをこのスレに書きます。
ばけばけの史実に関する話でもあるので。

【ちゃんねるレビューの話478に書いたドラマの感想の続き】

そう言えば、熊本でのイセさんのエピ、トキが感情を昂らせて倒れる場面があるけれど、トキのモデルのセツさんは、感情が高ぶるとそのまま倒れてしまうことがよくあったらしい。

熊本でどうだったかは分からないけど、セツさんの息子さんの一雄さんが著書に書いているそうで、セツさんが倒れると、ハーンも子供達も女中さんも、また倒れた…のように、セツさんの身体を支えたり介抱したりの役割分担が出来上がっていたと書いているそう。

私は一雄さんの著書はまだ読んでなくて、とある記事に引用されている部分を読んだだけ。
息子の目から見た両親の姿は、世間的な目で捉えたセツやハーンとは、また違っているみたい。

で、そのセツさんがよく倒れていた…という話を読んだのは、ある新聞社のネット記事で、その記事には、一雄さんの著書から引用した幾つもの文から、失礼にも “セツさんはヒステリー気質だった” という捉え方で書いていて、私がその引用文を読んだ限りでは、随分短絡的でキャッチーな内容を書いてるように思えて、凄く嫌な気持ちになったので、
僭越ながら、私の解釈も書いておきます。

セツの怪談語りという協力を得て、ハーンが書いた「再話文学」。
それは、セツの類い稀な「語りの上手さ」があったからだと、幾つもの関連本でよく指摘されている。

で、語りの上手さは、セツに限ったことではなく、フミのモデルであるトミも上手くて、セツの語りの上手さはトミ譲りのものという可能性が高いそうだ。

そして、それを読んだ私は、もしかしてセツさんは憑依型の女優さんに近いものがあったのでは?と想像している。
女優さんに時々あるように、セツの言動は、時々とてもエキセントリック。そして、情熱的。

最初の夫・為二が出奔したあと、居場所を突き止め、何度も手紙を書き、最終的に大阪まで追いかけていって戻ってきてくれるように懇願。
しかし、冷たい言葉を浴びせられて、帰り道、橋の上で川に飛び込もうと考えたセツさん。
実際に、どういうやり取りがあったのかは分からないけど、思い詰めると桁外れの行動をしてしまう一面とか、もしかしたらあったのかも?

冷たい言葉を浴びせられた、とだけ聞けば、何て酷い男!と思ってしまうけど、何通もの手紙を無視していた為二は、俺のことは諦めてくれ、忘れてくれ、と思っていたかもしれない。
もしそう思っていたとしたら、冷たい言葉で追い返すしかないかもしれなくて、後の人(や他の人)が為二を一方的に悪く考えるのは、違うかもしれない…とも思ったりして。

セツさんが子供の頃から働き詰めに働いて、家族の為に物凄く一生懸命だったことは間違いないだろうと思う。
ただ、その一方で、それだけの意思の強さとパワーもあったのだと思うと、感情が高ぶると、そのままそれが高じて、自分の世界にトリップしてしまうことがあってもおかしくないような気もする。
ヒステリー気質というよりは、まるで憑依型の女優さんのように。

勿論、これは単なる私の想像。
セツさんの怪談語りが物凄く上手かった、ということから想像してみただけ。
セツさんは、東京に行きたいとずっとハーンに言っていたらしい。
都会にある色々な珍しいものに興味津々でいたのか、働き詰めだった子供時代の反動で華やかなものに憧れがあったのか、それは分からない。
ただ、何となくだけど、よくあったという感情の高ぶりも、様々に想像の羽を広げ過ぎた為に、1人で感情が高ぶり、遂には倒れてしまい、家族はまたかと介抱する…ような感じだったのかも?と、想像することも出来ると思う。

実際のところは分からないけど、熊本編のイセの呪いを解こうとして、段々自分の世界に入っていき、遂に倒れてしまうトキの演技…
モデルのセツさんもあんな感じで倒れていたのかもしれない?と、思ったりもします…

あのシーン、脚本家の創作だと思ってドラマを見ていたけど、もしかしたら完全な創作ではなかったのかも?

52
名前無し
ID: RolVadr8DG 
2026-04-03 07:47:06

大した史実のねたばらしではないのですが、「風、薫る」のりんの父のモデル・大関弾右衛門のことを調べていて、
弾右衛門が亡くなった年が史実では1976年で、ドラマの1話冒頭のテロップが1882年(明治15年)であることから、え?史実ではりんのモデル和がまだ子供の頃に亡くなった?と、調べ始めたところ、

ドラマの登場人物達は、史実よりも6年あとに存在してる?生まれてる?設定に変わっていることに気付きました。

りんと直美のモデル、大関和と鈴木雅は、共に1858年生まれ。
ドラマの明治15年(1882年)には、2人とも24歳になっている筈ですが、多分まだそんな年ではなく。

ドラマの信右衛門が亡くなったのは、多分、1話冒頭テロップのように1882年(明治15年)でしょうから、信右衛門が実際より長く生きたということではなく、りんも直美も、それに合わせて、生まれた年が史実より6年あと、という設定になっているのだと思います。(つまり、今の2人は18歳設定)

2人の境遇も史実とは違っているので、生まれ年が6年あとの設定でも脚色の範疇だと思いますが、この「6年あとの年代」という設定、何か意味があったりするんでしょうか。

明治・大正時代、6年違うと、何が違う?
何か、戦争関係? それとも、法律とか病院の状況の関係?

りんのモデルの和は、昭和7年に亡くなっているので、ドラマで死亡年齢を同じにするとなると、昭和13年に亡くなることになります。
昭和13年は、日中戦争の長期化で国家総動員法が制定された年。
でも、それとの関係ではないと思うのですが…

大関和の生年月日は、1858年5月23日。死亡年月日は1932年5月22日。
鈴木雅の生年月日は、1858年2月9日。死亡年月日は1940年6月11日。

6年あとに生まれた設定に変えると、
2人は1864年生まれ、死亡年は、其々、1938年と1946年。

ナイチンゲールの生年月日は、1820年5月12日。亡くなったのは、1910年8月13日(90歳)で、ナイチンゲールとの関係でも無さそうだし、
強いて言えば、鈴木雅をモデルにした直美が、終戦を見届けて亡くなることになる、ということぐらい?

この「6年あと」設定、何かストーリー上の意味がある気がして気になっています…

あ、史実の弾右衛門さんの死因は流行り病だったらしく、治療というより、和の母が拝み屋というところからお札をもらってきての療養で、あっけなく逝かれてしまったらしく、和さんはそれを悔いていたという話を読みました。
弾右衛門さんが亡くなった当時、和さんは18歳。
ドラマではコロリ。りんは何も看病出来ずにあっけなく…という部分が同じでした。
弾右衛門さんが仕えていた藩主が自殺だったというのも史実らしく、事故や暗殺設もあったようですが、後に「父から聞いた」として、和さんやお母様が証言してるそうです。
因みに弾右衛門さんは、武士を止めたあと、帰農しようとするも上手くいかず、一家で東京に移り、商売を始めるも、それも上手くいかなかったらしい。

ただ、家老時代は他の藩にまで評判が伝わるほどの有能な人だったそうで、進歩的な考えを持ち、女性にも学問が必要と常々言っていて、それが和さんに大きな影響を与えたということを、和さん自身が語っていたそうです。

53
名前無し
ID: ZEBKe7RkhT 
2026-04-03 09:41:13

モデルの方と6歳ずれてるのは大山捨松との出会いや交流が描かれるからではないでしょうか?
ドラマの2人の出会いとこれから描かれるだろう交流はフィクションでしょう。

54
名前無し
ID: RolVadr8DG 
2026-04-03 13:48:10

レスありがとうございます✨

捨松が帰国したのが明治15年なので、物語の始まりをそれに合わせたのか、
捨松が鹿鳴館でバザーを開いて看護婦養成学校の為の寄付金を募り、多額の収益を得たのが明治17年6月。
その寄付金を共立病院に渡し、その資金をもとに、2年後の明治19年、日本初の看護婦学校・有志共立病院看護婦教育所が設立されたそうなので、
その看護婦教育所の設立年あたりに、りんや直美が看護婦を目指す?目指してる?流れを考えているのかも?なんて思ったりしました。

りんのモデルの和は、看護婦を目指す前に結婚して子連れで離婚してるので、その話をドラマに入れるとしたら、これから結婚して子供を産んで離婚もしなくちゃいけないので(←何という言い方!)
その話にも何年か必要。
それで、6年あとに生まれた設定にしたのかも。

53のレスを読むまで、直美がアメリカに行きたがっていることを描いていた今朝の回を見て、
もしかして、何かの戦争で直美が戦地に行く等の従軍看護婦になり、りんは日本で看護婦として働き、その戦争の年度の関係? とか、想像してしまってました💦

で、私の想像は更に続き……
従軍看護婦となった直美が「戦場で負傷した人に敵も味方も関係ない」と、クリミア戦争でナイチンゲールが言ったようなことを言うとか、第二次世界大戦の終結を見届けて、やっと平和な時代が…と言って直美が亡くなるとか…そんなことが頭に浮かんだりして💦

捨松が看護婦教育に携わった人であること、私は全然知らなかったので、53を読んで調べ中。
捨松、明治20年には「日本赤十字篤志婦人会」の発起人になり、寄付金集めなどを行うとも書いてあったので、赤十字の活動などもドラマに入れてくる可能性もあるのかも?

ドラマの展開を想像する楽しみが増えました。
ありがとうございました✨

55
名前無し
ID: ZEBKe7RkhT 
2026-04-03 14:24:05

この後、片岡鶴太郎さん演じる勝海舟も出ます。脚本の吉澤智子さんは八重の桜も少し書いてるようで、このあたりの歴史を知ってる方ではないでしょうか。



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