



4.53
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まず釈然としないのは、父がほぼ強制的に自供に追い込んだ無実の容疑者が死刑にされた事を、「司法が終わる」とか都合よく誤変換していた事。その後部下(?)に殺されたとしても、視聴者の中ではその罪が相殺とはならない。しかしその誤変換こそが「社会のあいまいな闇」とも言える。
…絶対的な(であるべき)司法を拠り所に、自閉傾向で被る様々なストレスを何とか切り抜けてきた主人公が、その闇に直面した時。それこそ拠り所を失うかもという、定型者には想像し難いほどの甚大なストレスでありながら、それを超えて、無実の者を死刑に処したという許し難い司法の失態に、直に向き合おうと決意する主人公の大きな成長でドラマは終わる。
それは彼だけのものであったか?…多分、融通の効かない、ある意味自閉症者特有の潔白さにつられる様に、その場に居合わせた司法関係者も、次のステージに引き上げられただろう。
普段は定型者にとって困惑の元である発達障害者は、この様な効力もあるのだと思わせる。
特性である、好きな事に対するこだわりで、最後まで真摯に司法と向き合う姿勢が、周囲に良い影響を与えた好例だと思った。
個性というには本人には重く、しかし特性として理解するには定型者には情報量が多過ぎるのも発達障害の難しい所だろう。
個人的にはドラマの同僚達はかなり人柄の良い人達で、当事者には理想的な職場環境に思えた。実際はこうはいかないが、重いテーマの司法ドラマとしてはこちらの方が正解に思う。
続編が見たい秀作でした。
残念だったのは、外国人排斥論の人たちが、このドラマに反応してしまったこと。
「やさしい猫」のクマラも、このドラマのグエンも、日本人が見倣わなくはならない素晴らしい人たち。
日本を不良外国人から守るというけど、今の日本は、上に立つ人たちの考えが古くて、どんどん世界から遅れをとっていっているのが実態。
別に、共産主義のような左がいいのだとは、全然思えないけど。
安堂のような、自分は宇宙人だという、コスモポリタニズムが、今必要なんじゃないかなと個人的に思う。
「アストリッドとラファエル」のアストリッドのように、自閉症スペクトラムで人の感情を読むことの苦手な安堂だけれども、抜群の記憶力とそれをつなげる力と正義を希求する心は、素晴らしすぎるくらいの個性。
誰もが臆することなく、自分の個性を発揮できる社会が、理想の社会なんだと私は思う。
ただただ、素晴らしいドラマだった。
今期は、テミスとPDが良作だと思います。
テミスはアマプラでいつでも見れるようになったので嬉しいです。
最終話、主人公が発達障害をカミングアウトし、周囲は「特性は個性」と声かけしますが、主人公はそれを安易に喜びはしません。
この言葉は発言者の自己満足ではという印象で、当事者や家族はその言葉で納得できないくらいの困り事や悩みを抱えていると常々感じていたので、この流れで良かったと思います。
松ケン凄いなぁ。
演技で汗かけるの?
面白かったです。
上で「外国人排斥論者」と非難する世界市民、平和主義者がいるが、元となったコメントを読む限り、「不法外国人排斥論者」が正しい。
欧米の惨状を見れば普通は「不法外国人」との共生など望まない。
昨日も埼玉県で市会議員がクルド人に殴られたが、横にいた警察官は逮捕しなかった。
埼玉県警が目の前で女性がレイプされていたら一目散に逃げろと命令したとしても驚かない。
安堂は普通や常識を守りたいと裁判官になった。
このドラマに共感した人々は同じ思いのはず。
それならば不法外国人を許せない思いも共通のはず。
不法外国人を受け入れよと叫ぶ者たちは「普通」じゃないということですね。
日本を不法外国人だらけにして何が嬉しいのでしょう?
普通の人には理解できません。
安堂も頭を抱えることでしょう。
ちなみに特性を個性と考える。
これは理解できます。
しかし犯罪者を特性や個性とは言いませんからね。
勘違いしないように!
じゃぁ、お聞きしますが、「不法外国人」と「合法外国人」の見分けってつくんでしょうか?
外国から来た留学生や、母国に家族を残してやってきた自動車工場で働く出稼ぎ労働者、国が認めた技能実習生に、介護の現場で働くフィリピン人女性、ウクライナやミャンマーから避難してきた人々など。
街角で、コンビニで、ばったり出会って区別付きますか?
そりゃぁ、欧米で見かける密入国者や、短期ビザで入国しておきながらのオーバーステイは取り締まるべきだと思いますが、それは警察や入管のお仕事。
見分けがつかない以上、一方的な決めつけ(色眼鏡)は基本的人権の侵害であるとともに、日本人の価値を下げますよ。
老婆心ながら、お気を付けください。
ソクラテスは、悪法も法なりと言って毒杯を飲み干した。
法に触れれば、それは罪であることへの抵抗を命を賭けて敢行した。
でも、私たちの中で、一度も法に触れずに生きてきたと言い切れる人がどれだけいるのだろうか。
他人の頭をなでただけでも暴行罪が成立し、横入りを注意しただけでも威力業務妨害罪が成立し、何気ない一言でも侮辱罪が成立しうる。
形式的に法に抵触しても、既に世の中が変化していて、風化した法規もある。
その中で、このドラマのグエンのように、母親を不慮に死に至らしめ戸籍もない状態の少女を庇うために、とっさに刃物を威嚇のつもりで使ってしまった者や、「やさしい猫」のクマラのように法手続きを知らずに、日本から強制追放をされるようになったが、日本人たちの良心を結集して、それを阻止してもらえた人に対して、単に悪質な外国人として排除しようとする…それは横暴以外の何ものでもない。
私の周りの若い子は、掛け替えのない地球を護りたいとか、無医村の医者になりたいとかのきちんとした将来設計をして頑張っている子も多い。
でも一方で、闇バイトや特殊詐欺を大した罪の意識もなくやっている若者もいることがニュースで報道され、そういうドラマも溢れかえっている。
不法外国人がどうのこうの言ってるうちに、見知らぬ日本の若者にごっそり財産を持って行かれるリスクの方が大きい。
犯罪者が個性や特性じゃない?
そんな言い回しはやめてもらいたい。
犯罪には、個々の背景があって、だからこそ、不起訴や諸猶予を含めた量刑と審理がある。
negateiveな事例だけを例示して外国人排斥論を展開するのは、選挙のnegative campaignと同じレベルだよ。
このドラマで、グエンは実刑になり、「やさしい猫」のクマラは日本在住を勝ち取った。
いずれも妥当な結論であり、制作側の確固たる識見を感じた。
外国人排斥論者を百歩譲って不法外国人排斥論者と呼ぶにしても、そういう人たちの保守的な考え方を、私は間違っていると確信する。
日本と言う国は実に「普通」である事が求められる傾向が強い国じゃないだろうか?
とにかく「普通」にしなさいと言う教育そして同調圧力を幼少期から強く受ける。
「普通」にしてないまたはできない人はまるで別の星の人間であるかのように扱われる。
このドラマで毎回出てくる「宇宙人」と言う単語もそれを象徴してるんじゃないかな?
しかし冷静に考えて「普通」とは何だろう?
少なくともこれこそが「普通」であると言うはっきりした定義はないだろう。
みんな考えてる「普通」は違う。
結局はその場の最大公約数的な空気感で決まってるんじゃないかな?
みんなそういう目に見えない「普通」に合わせようとしてどこかビクビクしてる。
そういう傾向はないだろうか?
もし周りから見て変わってる人を「宇宙人」と言うのならば
違う星の人間の文化も尊重し互いに認め合って交流していけばいいではないか?
その方がかえってみんな楽に生きやすい世の中になるんじゃないかな?
上手く話をまとめられないけど、そう言った事を感じるドラマだった。
宙わたるとテミスの小林虎之助さんが月曜日からの連ドラに出ますね。☆🌠
昨日金曜日までの “ば” じゃなくて良かった……(^_^;)。
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