義満、彼は財産を建築物だけではなく、能や狂言のなど日本伝統文化の普及にも努めました。世阿弥は寵愛を受け、そのみちを歩んだかな。
面白そうですが、戦シーンはなしでしょう。
タイトル、カネオクン‼️
「源義経」「坂本龍馬」
既に幾度となく大河でやったと思うけど、個人的に今見てみたい。
友人に”修羅の刻”という漫画を勧められて一気読みして大泣きしたのがきっかけです。
この2人の成し遂げようとした事や、人となりにものすごく興味を持ちました。
義経がチンギスハンになるという壮大な物語なんかいかがでしょうか。
>>103
チンギスハンはフビライハンに訂正いたします。
であるならば元寇はいったいなんだったのか、妄想してみてください
フビライですか…
元寇ってある意味、少し前に書いた白村江の逆転パターン。
白村江に倣い、元(モンゴル)戦績を投稿します…(^.^A
①VS ヨーロッパ
【対戦相手】
ポーランド王国・ハンガリー王国・神聖ローマ帝国・聖ヨハネ騎士団・ドイツ騎士団・テンプル騎士団・外国人義勇兵
【時期】
1240年後半~1241年
【場所】
主にポーランド、ハンガリー
【戦力】
モンゴル軍:1万人~7万人
vs
ヨーロッパ軍:1万人以上~6万人未満
【結果】
モンゴル軍圧勝、しかし領土にはせず撤退。
1242年にオゴデイの崩御でモンゴルへ帰還。
ロシアまでの全ての遊牧民の世界を征服し、ポーランド、ハンガリーなど中央ヨーロッパまで席捲した。
【モンゴル軍の損傷など】
小規模規模。ヨーロッパ軍は、甚大。
②VS ジャワ(インドネシア)
*)日本戦同様 艦隊遠征。
【対戦相手】
ジャワ(マジャハピト)
【時期】
1292年(7ヵ月)
【場所】
ジャワ(インドネシア)
【戦力】
元軍:2万人~3万人
vs
ジャワ軍:2万人~10万人
【結果】
戦闘は元軍圧勝で首都や主要都市陥落。しかしジャワの策略にはまり撤退。ジャワ(マジャハピト)は、元を退けるが、朝貢には従う。
【モンゴル軍の損傷】
戦闘では3,000人。その他で60%損傷。ジャワ軍は戦闘で5,000人
③VS 日本(鎌倉幕府)
文永の役
【対戦相手】
鎌倉幕府(主に九州の御家人)
【時期】
1274年11月4日~19日
【場所】
日本(九州北部)
【戦力】
元軍:2.7万人~4万人
vs
日本軍:不明
【結果】
日本勝利。元軍上陸も保てず、船上に撤退。暴風雨は、時期場所的に台風の可能性は低い。玄界灘で無謀にも夜間撤退を行った事が理由か。
【モンゴル軍の損傷】
1.35万人(34~50%)以上帰国できず。
④VS 日本(鎌倉幕府)
弘安の役。
【対戦相手】
鎌倉幕府(主に九州の御家人、伊予の河野も参加)
【時期】
1281年6月8日~8月22日
【場所】
日本(九州北部)
【戦力】
元軍:14万人~15.7万人(他に江南軍水夫5~6万?)
*)当時世界最大規模の艦隊
vs
日本軍:不明
【結果】
日本勝利。元・高麗連合軍の壊滅。援軍(六波羅軍)到着前に勝利。
【モンゴル軍の損傷】
8.4~14.1万人(60~90%)以上帰国できず。
【参考】
*)白村江の戦いで動員された軍勢は西日本中心(九州・四国等)。
白村江の戦いの後、西日本の兵を休ませる為と思われるが、西日本(九州等)には、税等を免除する令が出ています。
白村江の捕虜の中には、30年以上も抑留された者もいる様子です。
万葉集の歌で分かる通り、防人は東日本の兵も多かったが、それが原因と思われます。
反面、水城等、防御施設構築には、力を入れています。
中央アジアにキルギス共和国という国がございます。
親日国で夏には盆踊りとかするとか、言い伝えによると肉が好きな
騎馬民族はキルギス人になり魚が好きな騎馬民族は日本人になった
ということです。
小学校の歴史では、元寇に関して次のように教えられた。
①日本の侍が名乗りを上げている間に歩兵中心の元軍に攻められて負けていた
として、竹崎季長の絵が掲載されている。
そして元寇で日本が勝利できたのは、
②暴風雨による敵艦隊の壊滅
③強制的に参戦させられた高麗軍の士気の低さ。
④高麗が造った船が簡易構造で台風に耐えられなかった
などの理由に助けられたと教えられたのですが、どうもこれら4点とも違うらしい。
【①竹崎季長の絵の嘘】
竹崎季長の絵は本当はもっと長く、元軍が逃げ回っている様子が描かれている。なのに、教科書には一部だけが切り取られて掲載されている。だいたい、あの絵は竹崎季長が自らの功績を主張するための絵なのに負けている所を描くのは筋が通らない。
【②に関して文永の役の嘘】
博多湾から九州に上陸した元軍は九州を領地とする侍達の反撃にあい赤坂の戦い、鳥飼潟の戦い、百道原・姪浜の戦いで敗走し、海上へ逃げる。
軍議で撤退が決定し、撤退中に台風に巻き込まれて壊滅する。
【②に関して弘安の役の嘘】
博多湾から上陸を試みるが、日本軍の強力な防衛により、上陸できないまま、長崎沖合の平戸島に退却、そこで台風にあって壊滅。
結局、日本は負けていない。
【③に関する嘘】
高麗の忠烈王が元の世祖に日本を侵略する事を勧めたのが元寇のはじまり。(これは色々疑義もあるようだが…) 。 しかし高麗が元に注進したのは事実。
【④に関する嘘】
元軍の船を調査した所、二重底になった丁寧な作りの船であることが判明。
ようするに全て嘘。なぜこのような誤った歴史を教える事になったのか?
堺屋太一すら新聞小説で金、ホラズムと言う衰退期を迎えていない強盛期の国家を討ち滅ぼしたモンゴル軍と書いてますが(堺屋さんはモンゴルで株式投資してましたね)、シリアでマムルーク朝の軍には負けていますね。それとインドでも苦戦してませんでしたか。
ワールシュタットの戦いに圧勝しヨーロッパを恐怖に陥れたようですが、欧州の騎士は一人では馬に乗れない重装歩兵主体でオスマントルコ軍にも大航海時代に入ってもウィーンを包囲されるレベルでしたから、日本が強かった、と言うよりモンゴル軍の過大評価じゃないですかね。南宋は文官優位の軍事的には脆弱な国でしたし。
モンゴル軍の強いところは騎馬軍でしょうが、渡海戦で騎馬主体では無かったでしょうし、元軍と言っても 高麗軍 主体でしたから。
対馬、壱岐では惨状だったようですけれど。
村角灯さん、ありがとうございます。
日本史の知識は初めて知ることばかりで大いに勉強になりました。素晴らしいですね。
大河「北条時宗」は村角灯さんの列挙された誤った知識で制作されてますね。ああ、あれは北条時輔が実は生きていて元に亡命してフビライ汗と出会うファンタジーだから何でもありか。
対馬、壱岐では一般住民への残虐行為ですが、ヨーロッパでは宗教裁判異端審問や魔女狩りで火あぶりの時代だから、そんなもんですかね。
村角 灯さん、白い鳩さん
色々ありがとうございます(^.^)
元寇への言及は間違いが多い!
灯さんのおっしゃる通りですね(*^^*)
内容に齟齬の多い、八幡愚童訓をベースにしたためと、一応説明はできますが、それならなぜ、それを元にしたのかと言う話になりますよね(^.^A
ところで、ご存知の事かもしれませんが…
①文永の役の暴風雨
台風の可能性は低いと言われています。
グレゴリオ暦で11月後半。北九州に台風が来襲する可能性は極めて低いと言う事です。
むしろ約800艘の船を電気もない当時、夜中に撤退させた(せざるを得なかった?)のが、問題だと言われています。
②元軍の構成
確かに高麗軍中心と言われる事が多いですが、実際には、高麗軍の比率は、文永の役で1/4・弘安の役で1/10程度です。
③インドとモンゴル
確かに元軍がインドを制圧した訳ではないですが、ムガル帝国の創始者バーブルは、モンゴルの系譜を名乗っていました。
ムガルの意味はモンゴルですし、モンゴル化したとは言えないですかね(^.^A
まぁ、チュルク化、イスラム化のイメージの方が強いですが…
④元軍の馬
馬を連れてきていました。
竹崎季長の絵は、おっしゃる通り長く、そこには、馬に乗った元兵も描かれています。
まぁ八幡愚童訓にではあるのですが、元軍は馬に乗って良く戦ったとも書かれています。
また、この頃の倭寇が1000頭の馬を運んだとの記録が残っていますので、元軍も馬を連れてきていたと考えて間違いないと思います。
ちなみに、元は水軍が弱いイメージですが、陸海とも強い流通網を持っていました。
クビライの時代には1000艘の船を持っていたと言われ、世界最大の水軍国だったとも言われています。
もちろん他の水軍国の技術を使ってますから、灯さんの言うように船の質も低くないのです。
元が一時的とはいえ、ジャワの都を制圧したのも、弘安の役が世界最大級の海軍だったのも、以上の経緯からです。
ジョン万次郎
戦国時代のような華やかさはないかもしれないけど、数奇な人生だったのは間違いないし、日米の関係のために尽力してくれた人物。
映画化などもされていないようで不思議。
アメリカの生活が長いとか、船上の場面が多くなるといったことが(ロケが大変で)ネックになっているのかもしれない。
領土の取り合い、天下への道、見飽きました。日本人の全てが戦国好きではありません。
国全体に関わる一大事、長きに渡った武家社会の終わりへと向かう群像劇を見たいです。幾つかやってはいますが、最近はありません。龍馬もみました。
安政の大獄を中心とした群像劇を見たいです。井伊直弼、吉田松陰など、国を変えよう、守ろうとした時代をじっくりと見たいです。
麒麟が来るも好きですが、家康、信長、秀吉、本能寺の変は今回で打ち止めにしていただきたい。戦国でなければ大河ではないという考えも変わる時期なのではないでしょうか。
吉法師さん
情報ありがとうございます。
馬を1000頭もつれてきたというのは驚きでした。(0ではないとは思ってましたが)
・文永の役は 元が中心、高麗がサブ
・弘安の役は、元+高麗の軍と、宋の軍で 2つ作られて結局宋の軍は戦うことなく台風にやられたようですね。そして、元+高麗の軍は、土塁に阻まれて上陸に失敗しているので、馬を連れてきていても役に立たなかった という事でしょうか。
弘安の役で元は海軍力の 2/3を失ったそうなので、国際的にも影響力の大きい戦いだったようです。
村角 灯さん
変な書き方をして、すいませんでしたm(_ _)m
申し訳ありません。元軍が何頭の馬を連れてきたかは書物に残っておらず、判らないのです。
推測ですが、高麗南部に、わざわざ日本に連れていく馬用の兵站基地を作っていますので、少なくはなかったと考えられています。
絵や文書等から、兵の20%弱だったのではないかと言う説があり、その場合ですと、文永の役で5000頭、弘安の役で20000頭と言う所です。
1000頭は、すいません。多くて数千の倭寇でも、それくらい運んでいたと言う記載がありまして、ご参考になるかな?と書きました。逆に判りにくいですよね。すいませんでした。
馬が実際役にたったかどうかですが、元軍は少なくとも何度かは上陸しています。
そして、元軍の大将が馬で逃げて助かったなんて記載もありますので、多少は役にたったのではないでしょうか。
ただ上陸の度に直ぐ撃退されていますので、ずっと海上にいるイメージなのです。
元史にすら、仮に風に合わず上陸できても苦戦は必至等と書かれていますし、高麗の文書にも苦戦の上、撤退を決定したと書かれていますので、そもそもが、彼らにとっても、辛い戦いだったのだと思います。
それから、話は変わりますが、「ドラマでも何でも語っちゃおう」で、杏子さん、夏菜子さん、愛美さん、愛菜さんに、元寇に関して、面白い事教えて貰いましたよ(^-^)/
元寇で村上水軍が大活躍してるって言い伝えがあるそうなんです!
もうご覧になっておられるかもしれませんが、まだだったら是非見てくださいね(*^^*)
スゴく面白いですよ♪
スレ主です。こんなに沢山のコメントくださりありがとうございます。実は自分は歴史は詳しくありません。詳しくないのにこのようなスレを立ち上げてすみませんでした。でも大河ドラマは好きでよく見ています。歴史に疎い自分に代わってちゃんねるレビューの規約を守り歴史に詳しい方はどしどし投稿をお願いします。歴史に詳しい方にこのレスはお任せします。要望があれば規定数を超えても同じタイトルで新規のレスを立ち上げて存続して行きたいと思います。
西郷どんの鈴木亮平さんにもう一度太らせて武蔵坊弁慶をやってほしい。因みに牛若丸こと源義経を伊藤健太郎さんにやってほしい。
北条氏の栄華と衰退
後白河法皇‼️知っているようで知らない群像劇となりそうです。戦国だけが歴史ではありません。
タイトルは斜めに金で鶴太郎氏に書いてもらう。
タイトル、鳳凰‼️たまには新撰組のようなテーマに唄も入れてください。京都と言ったら、グループサウンズ、タイガース‼️
悪くはないが、歴史の学門はないので、書き込めなくなってきた。大河スレッドで、意見交換はして欲しい。
家康誕生から亡くなるまで全て。
世界が認めたノーベル賞に輝いた人を描いて欲しいです。亡くなられた方で。個人的には、川端康成氏。伊豆の踊り子、吉永小百合さん役の方も出ると思います。岩下志麻さんなど。
川端康成さんは関係者が存命なので色々と差し障りがあるのではないかと...
昨年のいだてんでは、息子さんが紀行ガイドにご出演しました。
おっしゃる通りです。ご家族、ご子孫の意志の確認していかなければならない、ここがスタートラインですね。また、人間模様にも同様な事が言えますね。
そこをなんとかなんです。
連投いたします。
来年の大河ドラマには、ご家族、ご子孫、まだご存命です。了解を得ていると思います。
分かりませんか?
川端康成を描くうえで避けて通れない、しかし、映像化すると迷惑をかける人がいるからそう言っているんです。
皆さんとは違う理由かもしれませんが、川端康成は実現はほぼ無理でしょうね。
コロナの暗い世相でラストは自殺説が多数派。交友関係も含め高度成長期以降のまだ歴史とはなりえない時代で政治色があまりに強すぎます。「山河燃ゆ」は主人公は自殺してますが架空の人物です。「いだてん」は戦後政治家も出てきますが主張の極端な人は描くのを避けています。
文学賞と平和賞のノーベル賞は他にも大江健三郎、佐藤栄作等、賛否が激しく分かれる人で、ノーベル賞にこだわることはないと個人的には思いますね。
近代(特に明治期)の文化人を取り上げるのはいいことだと思いますよ。
額田王、源実朝、藤原定家、藤原道長、足利義満、紫式部
興味ある人物をアトランダムに挙げてみました。
北大路魯山人 はどうでしょうか。
125様
太宰治さん、芥川龍之介さん等を含め、理解しておりますよ。そこをという願いです。関係者の理解がまず始めのハードルくらいは知っております。
ダメ元でも、いつか実現の来る日があるかなあと思います。駄目ならば、他の大河ドラマを楽しみます。
NHKは5年先まで決めています。
いつかは?駄目な気持ちはあります。しかし、ここは取り上げて欲しい人を書くところ。ふざけていない限り、書くことは自由だと思います。
幸田文さん。
お父様の幸田露伴さんとのかかわりも含めて、
戦時中の暮らし、戦後の混乱の描写の随筆が
たくさんあります。
お父様のことを書かれた随筆での作家そしての出発や
「流れる」に書かれた芸者置屋での家政婦体験。
若くして亡くなった弟さんへの心情。
三重塔の再建、全国の山崩れの場所への調査も含めて壮大な物語になるはず。
染子さんのおっしゃる通り、実現ほぼ不可能でも希望する人物を挙げるのは自由だしいいことだと思います。
何人かの方が言っておられるのは川端康成との深い関係は三島由紀夫とのことではないかな。太宰治は民放「冬の花火」でドラマ化していますし、芥川龍之介はドキュメンタリー番組を息子の也寸志さんと振り返るものもありました。
一方の三島はタブー視され非常に厳しいとは思います。
企業の宣伝になるかもしれないがパナソニック(松下電器)の創始者松下幸之助か
ホンダの創始者本田宗一郎。
鳩さん
絶対に不可能な方もあげていらっしゃる方もいます。希望です。彼の人生も知っております。
しかし、単なる希望です。実現したら、嬉しいです。そういう風に捉えてください。自由です。でたらめに言ってはいません。
あと50年経ったらいいかもしれません。生々しいからですね。聖徳太子の最期も決して素晴らしいとはいえない説があります。
大正、昭和を生きて、波乱万丈過ぎる人生の方はそうかもしれません。
本能寺の変では、遺体は見つかっていないみたいです。比叡山焼き討ちに対しての本能寺焼き討ちだった説もあります。
染子さんのおっしゃる通りですよ。
私の書き方が悪かったかもしれませんね。川端康成の大河化の困難な理由をピンと来ず何が何やら状態の人もいるかと思い、つい個人的に思う余計なことを書いてしまいました。
チャップリンの「ニューヨークの王様」のラスト。教員の両親が共産党に過去にかかわっていたとして(思想的に合わず脱退)当時の仲間の名を言えと弾劾された赤狩り時代のアメリカの子供と知り合いになったヨーロッパの国王のチャップリンが落胆する子供に帰国の際に「今にパスポートがなくても自由に好きな国に行ける時代が来るよ」と勇気づけます。
いつの日か、高度成長期以降の昭和戦後も歴史となり自由に語られる日が来るといいですね。
鳩さん
ありがとうございます。この場には決定権などありません。
だから、自由に語る場にして欲しいなあと思うのです。私は、東大寺の奴、即ち、名もなき奴隷の話を核に身分などない奴が支えた東大寺を描いて思うこともあります。難しいですが、そろそろ綺麗な逞しい、民を思った主役から、主役の方向てんかんをして欲しいと思う気持ちから来ています。
歴史は美しくない部分も多いのです。
染子さん、私信のようになって申し訳ありませんが、お許し下さい。皆さんの参考にもなるので。
そこで、私は大塩平八郎を推すのです。でも、1年持たすには大変なので、水野忠邦、遠山金四郎景元、鳥居忠耀と言うこの時代の人々も入れた化政時代から天保期のドラマを期待するのです。主役は名もなき貧しき庶民です。
水野忠邦は悪評の天保の改革の他に、10代将軍嫡男の徳川家基毒殺の祟りを恐れ11代将軍家斉が江戸城でやってきたオカルト儀式を配下の阿部正弘を使い徹底糾弾したり意外と知られない一面もあります。
視聴率は遠山の金さんもいるので、そこそこ行けると思うのは甘いかな。失礼しました。
化政時代からの大塩平八郎♪
良いですね(^-^)/
マンモスうれぴ~♪
大塩平八郎さん、
いいです。もちますかね。一年。
私は大河も半年にしてもいいと思います。流動的大河もありだと思います。大河はこうあるべきだ、も、、、。NHKも視聴者私達も変わる時期なのかもしれません。私は55年見ていますから、大河の歴史は長いでしょう。既視感無しの新しい大河を見たいです。
野口英世さんもいいと思います。いつも政治関係は、、、。
大いによろしいんじゃないでしょうか。
野口英世は昭和51年にTBSでドラマ化が「光は東方より」と言うタイトルでありましたが、素晴らしい努力家であると同時に、一方で借金癖とアメリカ人妻(白人)へのDVもする男として仲代達矢主演で放送されています。
野口英世さんとくれば…
ほぼ同年代の鈴木梅太郎さんなんて、どうですか?
染子さん、例の江戸時代に江戸で発生する病を治した方で、静岡出身の偉人ですよ(^-^)/
理化学研究所の関係で、高峰譲吉・長岡半太郎・本多光太郎 等 エピソードにも事欠かないですしね\(^^)/
問題は来年の大河、渋沢栄一で語られちゃうかもしれないって所ですかね(^.^A
鳩さん、吉様
ありがとうございます。
はい、今尚、鈴木梅太郎賞なるものがあり、素晴らしい研究をした学校や小中高の学生に与えられており、みんなの励みとなっていますよ。
吉様、何でもよくご存知で。多分、読書家ですかね。領土の取り合い、戦国はお腹いっぱいです。
松下幸之助さんしかり、本田宗一郎さん然りです。本田宗一郎さんも静岡県の方です。
染子さん
たいした知識もなく、本もあまり読んでないですが、
鈴木梅太郎賞って言うのがあるんですね♪
素敵なお話を聞かせて頂きました\(^-^)/
吉様
そうです。企業も行っていますね。社会貢献などもあるでしょうが。
各県の著名人は、各界の次代を担う子ども達をサポートしていると思います。
豊田佐吉は小学校の国語の教科書にも載ってましたから、NHKもそれぐらいは把握してるでしょうから企業宣伝だとは思わないでしょう。どちらかと言えば朝ドラ的ではありますけれど。
中学道徳には、円谷幸雄さん、豊田佐吉さん、中村千畝?さん、灌漑に一生を捧げた方が載っていました。羽生結弦さん、北島康介さんら、スポーツ選手、今はどうかな、いろいろな絡みもありますし、羽生結弦さんのお父様は校長先生と載っていましたから、なかなか大変ですよね。
しかし、身近な立派な方のお話は興味深いし、多感な時代の子供達に少なからず影響を与えますね。
と言っておきながら、藤原道長主役はやられましたか。平安は内部抗争はあっても、戦はありません。しかも、江戸時代よりも長く続きましたよね。よく、まあ、長い事。行事、和歌や管弦の集い、貝合わせ、竜頭船での池遊び、夜は恋、憧れます。その中に清少納言、紫式部、仕えた姫君を登場させ、在原業平も出したら、面白いと思いますね。光源氏君も出して、、、。たまには、平安もいいですね。
タイトル、《道長、平安を生く》、歌は琵琶法師の一流様にお願いしたいですね。
これはずーっと言っていて、たぶん叶えられないのはわかってるんだけど、大河ドラマで古代史希望。
NHK でまれにやってくれてた単発の古代史ドラマも、最近では全くなくなって、古代史ファンとしては、もうフラストレーションが爆発しそう(笑)
なんといっても、大海人皇子in壬申の乱がいいですね。登場人物多彩、壮大さ、愛憎、ロマンがてんこ盛り。
そうでなければ女帝もの。孝謙天皇なら、大仏造営も入れられるし、波乱の一生を描けるでしょう。壬生つながりで、女傑、持統天皇もいい。
でも、古代史って、予算膨大にかかるらしく、絶対にNHKさん大河にしてくれないのよね。せめて古代ロマンシリーズ復活してくれんかなー
芸術家の主役の大河もやってほしい。
日本の映画監督の巨匠故黒澤明監督
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