皆さん、誠に申し訳ありませんでした。
「青天を衝け」の出演者ばかり紹介し、「麒麟がくる」京伏魔殿編の出演者紹介を怠っておりました。既にご存知とは思いますが何卒ご寛恕下さい。
たま(後の細川ガラシャ):芦田愛菜
三条西実澄:石橋蓮司(「花子とアン」おじいやん)
武田信玄::石橋凌(近作は「心の傷を癒すと言うこと」主人公父親)
なか(後の大政所):銀粉蝶(梅ちゃん先生)
斎藤利三(光秀家臣で春日局の父親):須賀貴匡(「カーネーション」勘助の兄・泰蔵)
誠仁親王(正親町天皇嫡男):加藤清史郎
織田信忠:井上瑞稀
細川忠興:望月歩(近作は「エール」の裕一勤務の若手銀行員役)
剣は人を狂わせてしまうのか。
争いを好まぬ僧侶で死を恐れ、駒の芳仁丸を売った金で貧民救済の施設を建てようと言っていた将軍義昭がその金で鉄砲を買い信長ら反対勢力を討つと言う。木刀を振り回し剣豪将軍と言われた兄義輝を意識し剣により世を支配しようとする。仏法の教えに基づく徳によってでなく。王道でなく覇道で世を治める。光秀が昔の慈愛深い僧侶の義昭を回想しながら木刀を振り回しかかってくるのを見つめるのは悲しげにも見えた。
穏やかな世は遠い、と帝も言う。「麒麟がくる道は遠いのう」の義輝と重なる。光秀はでも心中決したのだ。乱世に終止符を打つことを。
秀吉は酔ったふりか柴田勝家と佐久間信盛を公然と批判。松永久秀より朝倉と浅井を討つべきと。浅井長政は信長の義弟だが秀吉のクールな戦略家の面が垣間見えた。松永は秀吉からみれば取るに足りない敵だ。
坂本城の天守閣で夫婦の情愛を見せる光秀と熙子。この微笑ましい光景が後に修羅場と化すのだ。光秀も剣の魔力に取り憑かれたかもしれない。
最後に義昭が信長から送られた鵠を見て「十兵衛は鳥だ。いつか帰ってくるかもしれぬ」と言うかっての友情を偲ぶ言葉が切なく響いた。
スレ主さんおはようございます。
今週は、御所での漢詩といい、坂本城天守で光秀と煕子が語り合ってたロマンチックな歌といい、文学的な回でした。
「月は船、星は白浪、雲は海、いかに漕ぐらん…」と琵琶湖を眺めながら、光秀と煕子が歌っていたのは万葉集などの和歌?かなと思ったのですが、平安時代末に後白河天皇が編纂した「梁塵秘抄」にある『今様』だそうです。
また、信長が義昭に贈ろうとしていた白鳥のことを、何と言っていたのかわからなかったのですが、「鵠(くぐい)」という古語なんですね、勉強になりました。
それにしても東庵は、帝と畏れ多くも親しげに碁を打っていたのに、光秀は参内しても拝謁出来ず廊下で正親町天皇のお声を聞いただけなんて、とびっくりしました。
東庵のモデル(モデルがいたんですね)は正親町天皇を実際に診察していたらしい、と何かの記事で読んでまたびっくりしました。
723さん、そうですね。文学的であり叙情的であり、やや感傷的でもあった回でした。ある意味、大河らしくないのですが「いだてん」の東京ドラマアワードグランプリ獲得を見ても(視聴率は大惨敗だったが)、こう言う大河もいいのではないか、と思います。コロナ禍で序盤にあったような大勢のエキストラを動員しての合戦模様は描写しづらいのであればなおのこと。
「梁塵秘抄」の「今様」ですか。何とも風流な歌ですが、調べると、ご引用の「月は船、星は白波、雲は海、以下に漕ぐらん桂男はただ一人として」は美しいロマンティックな歌ですが光秀と熙子が歌うと不吉な意味にもなります。桂男は妖怪変化でもあり「久しく見る時は手を出して見るものを招く。招かるる者、命縮まる」と非業の死を遂げるこの夫婦の行く末を暗示しているようで、船も二人を乗せて理想の夢の国の極楽浄土に向かうもの、とも解釈できるのです。現世では得られなかった麒麟が来る世は来世で実現されていく、と言うのは何か涙が出そうになりました。
高級公家の三条西実澄が御簾を通じて拝謁する帝と気楽に囲碁を打つ東庵。まあ、前関白と幼馴染の伊呂波大夫、将軍が「わしを殺してくれ」と熱愛の恋人同士の心中じみたことを言う駒ですから、驚きません。駒ちゃん、将軍様の実質上の正室になって生々しい世俗の政治を離れて仲良く余生を送れればいいかも。
ちょっと、光秀は権威に弱すぎるのでは?
将軍の権威に頼って、世の中を平安にすることを志す。
正親町天皇に声をかけられ、心酔してしまう。
(音楽で雰囲気は作っていたけれど、正親町は光秀の心を動かすような事を何かしましたか?)
自ら、大きな国を作ろうとする信長と、あくまで誰かを頼って平安を招こうとする信長と。来週の蘭奢待で信長は天皇も跪かせるのでしょう。 昨日の回では、確定的に差が出てましたね。
義昭との決別の所で、何故泣く必要があるのでしょうか?
信長には、義昭の裏切りについて、「私がそうはさせません」と言っていたはずなのに。結局、迷ってばかりで大切な所は流されているのは道三の時代と変わらないような。
信長は明治維新の時の薩摩・長州です。 徳川という世界を明確に破壊して見せて、新しい時代が来たことを民に知らしめる。
光秀は、坂本龍馬、中岡慎太郎あたりでしょう。 旧体制と新体制の和睦をはかり、ソフトランディングを目指す。だから、幕府でも、朝廷でも権威を利用しようとする。
坂本龍馬も中岡慎太郎も時代の潮流に飲み込まれて命を失う。
麒麟児はやはり信長・秀吉ではないでしょうか。
723です、コメントありがとうございました。
戦国時代の大河にしてはとても雅やかなのは、やはり勇ましい合戦シーンなどが撮れなくなってしまったということもあるんですね。
それに私も昨年の『いだてん』が好きで見ていましたので、スレ主さんの意見に賛成です。
オリジナルキャラの駒や東庵や伊呂波大夫については批判意見が多いみたいですが、彼らの出演場面が多いのも通常の撮影が出来無いせいなのでしょうか。
それから「いかに漕ぐらん」は信長と義昭の間で迷う光秀の心情を現わしている、とも解釈出来ますね。
村角灯さん、私の好きな幕末論までありがとうございます。興味深く読ませて頂きました。
これも司馬朗太郎さんの影響か、幕末は坂本龍馬絶対的英雄説の信奉者が多いですね。でも、しつこいようですが、司馬遼太郎さんの作品は創作物です。
大河では「勝海舟」だったかな、大久保利通が公武合体論になお一定の理解を示す龍馬を危ぶみ抹殺を企てた描写がありました。しかし、学者の本では龍馬は武力倒幕論に傾き、主君の山内容堂や後藤象二郎らとは一線を画し中岡慎太郎と共に武力倒幕やむなしに至ったとするものが多いです。
で、司馬史観の影響を受けずに龍馬の限界を主張する村角灯さんは龍馬が公武合体論(徳川将軍家を最大の藩主とする諸侯連合(プロシア主体のドイツ帝国型))か武力倒幕論かで私と結論は異なりますが、龍馬が一介の国際視野のあった志士ではあったが決して英雄として過大評価される存在までは至らない、と言う点が一致しています。違うようでやはり似てますね。
村角灯さんの説に私の意見を当てはめると桜田門外の変を起こした水戸藩、徳川斉昭や息子の一橋慶喜を想起します。ある意味、小栗忠順や榎本武揚もそうかもしれません。清朝では康有為。由緒ある名家の育ちで政治の改革を主張しますが打倒論には反対する。行動は逡巡が多く微温的です。優れた才能を持ちながら政治的判断が旧来の形式を打ち破るまで至らなかった。そこに光秀の悲劇があったかもしれません。
723=726さん、「いかに漕ぐらん」が義昭と信長の間で逡巡する光秀と言うのは非常に面白いですね。言われて見ればその通り。
でも桂男が光秀と言う解釈も成立し、美男であるが人の死を招く不吉な前途を暗示しているようでもあります。
熙子は通説の病死説でなく「明智軍紀」によるかもしれませんね。小和田哲男さんは史料的価値は低いが頭から否定するものでもない、としているようですし。その場合、左馬助と熙子は坂本城で辛い結末を迎えることになります。
蘭奢待を贈って帝の歓心を買おうと言う信長。
松平広忠の首で父の信秀の、鵠で将軍義昭の、ご機嫌を得ようとし、土田御前の寵愛を受ける弟の信勝(信行)は毒殺。
少年じみた無邪気な信長に正親町天皇は冷静だ。信長を変わった男として蘭奢待は毛利輝元に転送。
細川藤孝が敵方の弟の三淵藤英に情を示すのと逆に、朝倉義景の死の惨めさ。唯一の味方の山崎吉家は戦死。従兄弟の景鏡に「あっかんべえ」をされて家臣から鉄砲を向けられる。浅井長政はお市の方との別れもなく死に絶えてる描写で終わり。将軍義昭に畏敬の念の光秀に対し罪人のように「ひっ捕らえよ」と命じる藤吉郎秀吉。
僧侶の頃から変わってしまった義昭を悲しげに見つめる駒の涙。運命をどうすることもできず駒に悲痛に訴える義昭。
松永久秀も和議を申し出た。
結構重要な役をしていた人達があっけなく死んだりナレで終わるのは尺が足りないからか。いや、私達は信長中心史観で見てきたが光秀からすれば将軍家の没落と信長に唯々諾々とする自分しかない。
朝倉義景と浅井久政・長政の頭蓋骨に金箔を塗って光秀に飲酒を強要する信長の場面はなかった。狂気の残忍さより少年じみた自己承認欲求の強い人物として描かれている。
次回の丹波攻めは創作とされる光秀の母のお牧の方が宙づりで磔の場面を描くのはないと見た。光秀は私怨で本能寺の変を起こすのではないのが世話になった朝倉義景の頭蓋骨の金箔塗りの頭蓋骨の飲酒の強要の描写がないから、そう思う。
厨二病の信長と朝廷が鍵になりそうな感じ。駒はどうするのだろう。
なかと東庵の場面はいらないなあ。菊丸ももういいかな。
おもしろい回でした。
歴史的な事を言うと、義昭が挙兵したのは2回で、三渕藤英が所領を没収されて坂本城に幽閉されたのは2回目の槙島城の戦いの1年後で室町幕府が実質的に滅んだ後のことです。ちょっと歴史をデフォルメしていますが大きな違いではないように思いました。
ドラマとして大切なのは、下記の5点ですね。
1.信長の自己承認欲
スレ主さんの言われる通り。 蘭奢待の切り取りは信長が天皇をも動かせる立場にあると天下に知らしめる為の行動ですが、正親町天皇に半分送ったとは知りませんでした。信長は、蘭奢待を切り取った後、その香りには全く興味を示さず、家来にあげてしまったという話はよんだ事があります。
信長役の染谷さんのコメントが秀逸です。
「蘭奢待を手にすることで、ますます狂気性が増していくシーンだったので、高揚感がありました。そして、信長はその二つのかけらは自分と帝だと思っている。二つで一つ。ついに帝と肩を並べる存在になったと……大きな勘違いなんですけどね(笑い)」
2.正親町天皇の策士ぶり
正親町天皇にとって、信長の蘭奢待要求は迷惑ではあっても、実際には大したことではないと思います。過去に将軍家だけではなく、土岐家にも切り取りを許しています。たかだか香木が5cmほど切り取られたとしても、それが朝廷にとっていかほどの意味があるでしょうか。半分を送ってきた信長を冷めた目で見つつ、反信長の毛利に送るしたたかさ。 とても政治的な人物であったことを示唆して描いているように思いました。裏で糸を引いているまでは行かなくても、光秀の謀反の決断になんらかの影響を及ぼしそうです。
3.三渕藤英のあわれ
坂本城に幽閉されたシーンは出てきましたが、実は信長により子息と共に自刃を要求され、坂本城で死を迎えます。ここまでは描きませんでした。これを描けば、信長の狂気、冷酷さが際立ったのですが。
4.浅井、朝倉の滅亡
浅井・朝倉との因縁を繰り返し描いてきたので、それぞれの最後があまりに簡単に描かれて驚きました。どういうことでしょう? 金箔の髑髏の話もスルーしそうです。過去の戦国モノでは、光秀の心が信長から離れていくための必須アイテムだったのですが。代わりに朝倉景鏡のアッカンベーには驚きでした。意図がわからない。それで、朝倉義景のあわれは感じませんでした。
5.変わってしまった足利義昭
足利義昭を戦略性のない軽薄な将軍に落としてしまいました。
足利義昭は鞆に移り、鞆幕府を作ります。 将軍位は1588年まで、実に本能寺の変の後も6年間も将軍であり続けます。鞆幕府は瀬戸内海の航行に関銭をとり、経済的にも豊かで、将軍の職務である官位の授与も続けます。鞆幕府を中心に作られた九州勢力、毛利、山名、宇喜多、本願寺、紀伊鈴木氏、武田、上杉などの第3次信長包囲網は、信長の勢力圏と拮抗した規模だったという説もあります。ちょっと描かれ方がカワイソウと思いました。
時間が足りないのですね。 きっと。
村角灯さん、何か下手な歴史小説読むより臨場感に富んで面白い話ですね。単なる批評でなく、司馬遼太郎の小説のように読み物としても面白かったです。
三淵藤英の話は初耳でなるほどと思いました。朝倉景鏡はせっかく信長側の大名になったのに加賀の一向一揆に攻められ討ち死にしますね。主君を裏切った天罰と言うか本能寺の変との関連で描かれるのでしょうか。足利義昭は「人の好いのも馬鹿のうち」になってきましたね。摂津晴門を最後まで統制できず、駒に自分の首に紐をかけ「殺してくれ」と哀願。今度は諸大名に協力要請の手紙を書き送る。応仁の乱までの室町幕府の栄華の時代が忘れられない、と言う意味では殺害された足利義輝にも似てる気がしました。
ここは「麒麟がくる」」以外でも大河(近現代物除く)、時代劇の話でもOKですが「令和に語る何でもファンスレ」の方に先日BSプレミアムで見た「新選組の剣術は何故強かったか」の実証実験を見たコメントを書きました。番組タイトルは忘れて申し訳ありません。
近藤勇の天然理心流の流派を継ぐ師範と師範代が拓大と日大芸術の剣道部の有段者20名ほどを相手に竹刀でやり合う実験です。時代劇や大河のような「月影兵庫(古くてごめん)」「桃太郎侍」のような華麗な剣さばきとはかなり違ったものでした。
スレ主さん
月影兵庫 懐かしいです。
近衛十四郎さんですよね。豪快な太刀さばきで、今でも時代劇で彼以上の人は知りません。
焼津の半次を演じた品川隆二さんはあれ以来見かけませんがどこへ行ったのでしょうね。
すみません。 麒麟と全く関係が無い話ですが、懐かしくて。
村角灯さん、近衛十四郎さんは勝新太郎さんと「座頭市 血煙街道」で対決しますね。豪剣の近衛さんと居合いの達人の勝さんの対決。テレビでやってたけど中身忘れた。
これと昭和46年「大忠臣蔵」で吉良上野介邸討ち入りでの渡哲也さんの堀部十兵衛と天知茂さんの二刀流清水一角の対決。こちらは斬られて雪の積もった庭木にぶつかり「安兵衛、天晴れであったぞ!」と言い倒れた天知さんの演技が素晴らしかった。
もう、こんなワクワクする殺陣は見られないかな。
品川隆二さんは高齢で時々のゲスト出演があるみたいですね。
「向こう意気なら焼津の半次、早い話が風来坊~」。あの歌は私のお気に入りでした。
734で私のIDが変わってますが、ログインなしで書き込めない半永久追放がずっと続いていたのに今偶然うっかりログインなしで書き込めました。でも複垢は絶対にしませんよ。信用にかかわりますから。やっと許されたんだなあ。この件でのコメントは一切固くお断りします。
735ですが、私の勘違いでログインしたものでした。お騒がせして誠に申し訳ありません。この件での書き込みはスレ違いなので一切お断りします。
光秀の娘のたまが芦田愛菜さんでホームページ上は紹介されてますね。
それと1月7日の午後7時57分からの「日本人のおなまえっ!」が「本能寺の変スペシャル」でゲストが足利義昭役の滝藤賢一さんと駒役の門脇麦さん。滝藤さんと門脇さんは直近のホームページでも「麒麟を語る」で対談してますね。将軍義昭は「国盗り物語」の伊丹十三のようなお間抜けな策士でなく、架空人物の駒と並びなかなかの重要人物で、ガラシャの芦田愛菜さんも絡んでくるのでしょうか。嫁ぎ先の忠興役も「エール」で裕一を励ました地元銀行員役の望月歩さんで無名に近いが今後ブレイクする可能性ある方ですね。
本能寺の変がどう描かれるか、高齢の池端俊作さんは当然「国盗り物語」を知っていて二番煎じにするつもりはないでしょう。これは楽しみです♪
今日を入れて、あと7回。
光秀が主役だから、荒木村重とかの話は端折っても、光秀の娘婿だったばっかりに信長の三男の信孝に攻められ亡くなる織田信澄(毒殺された信勝=信行の息子)の悲哀のように「国盗り物語」が描かなかった歴史描写を期待してはいるんだが。う~ん、ナレ死で終わって欲しくないな。
アバンのシーンが三淵藤英の信長の命による切腹に至る場面。たま(後のガラシャ)に花の活け方を教え、光秀には死罪を罪一等減じるよう嘆願を勧められるも(出家か遠島流罪?)潔く死を選んだのは幕臣の矜持を感じた。
光秀は信長の配下だが所詮は外様格だ。斎藤利三を稲葉一鉄に引き渡すのは頑なに断る。将軍義昭への冷遇も怒り諌言する。「元禄繚乱」で譜代の大老堀田正俊が将軍綱吉の生類憐みの令を体を張って阻止しようとし恨みを買い呪詛され殺害される場面はあったが例外で、江戸時代で譜代大名が将軍に盾を付いたのは記憶にあまりない。
誠仁親王に褒められ、また自己承認欲求の強い信長は喜んでいる。だが、正親町天皇はあくまで冷静だ。三条西実澄の意見を排し二条晴良関白と組んで天皇を上皇とし、院政を敷こうとする企てが進んでいる。近衛前久前関白は丹波で若くして隠居同然の身。
朝廷の権力闘争は戦国安土桃山では私は知らない。源平合戦の頃ならいざ知らず。
光秀が延暦寺焼き討ちで人道的だったと言うのは史実とは逆と言う説が強い。人道的だったのは秀吉で光秀は容赦なかったと地元の寺では伝承されている。まあ、主人公の光秀はいい人でなければ大河にならないから仕方ないか。他方、秀吉は狡猾で母のなかは下品な女性で描かれている。庶民的と言う描写はあったがここまで下品な大政所は私は知らない。
菊丸が間者だと筆跡から知る光秀。信玄の死だから徳川方だと薄々気づいてるだろう。
松永久秀はあっけない朝倉浅井と違い壮絶な死の予告編があった(史実なのでネタバレはぎりぎり許してね))。
あと6回。本能寺の変は黒幕は誰か。何か朝廷が匂うなあ。
今日は土スタのメンバーで「麒麟がくる」から信長役の染谷将太さんがゲストでした。信長と言うより森蘭丸が似合いそうな知的美少年の風貌ですね。スタッフからは「信長の幼児性から来る残虐さ」の表現を言われているそうです。私個人は幼児性より厨二病と言った方が良いような。足立梨花さんと高校のクラスメイトだったのには驚きました。
本能寺の変には明智光秀はいなかった、斎藤利三、明智秀満などの家臣が襲撃。そのとき明智光秀は京都の鳥羽にいたという説、初めて知りました。ネタ元はヤフー。
あごさん、朝日新聞も大きく載せていますよ。情報ありがとうございます。「麒麟がくる」には反映されるかな。
さて、皆さん(浜村淳じゃないよ)、「麒麟がくる」多忙で見られていません。できれば明日夜にも見たいと思います。既にニュースには熙子に関することが書かれていますね。創作と言える坂本城での左馬之介との惨劇説は採らなかったのは私個人は良かったと思います。
三条西実澄を勧修寺尹豊と思って見れば、違和感無し かもです。
村角灯さん、勧修寺尹豊って孫娘が加藤清史郎さん演じる誠仁親王の正室になることしか分からないです。
本能寺の変の黒幕なのでしょうか。
スレ主さん こんにちは
あっちこっち考えてしまって、纏まりの無い文章になり、書いては消しをしていたので、簡潔に書こうとすると説明不足になってしまい、すみませんでした。
昨年12月に発売された 本能寺前夜(岩室忍著) が朝廷陰謀説を採用していて、その中心人物とされたのが勧修寺尹豊です。
勧修寺尹豊は、信長時代には既に引退した老公家でした。武家伝奏を務め、京都奉行であった光秀とも関係が深かった勧修寺晴豊の祖父として、情報の中心にいたのも確かです。正親町天皇にしばしば招集され、ブレーンとして活躍した、或いは、正親町天皇の意向を斟酌して策を練ったなどとして描かれています。
勧修寺晴豊が記した晴豊公記の中の本能寺の変後の記述として下記があります。
・・・近衛前久(「近衛殿」)・勧修寺尹豊(「入道殿」)が京都郊外の嵯峨に遁世しているということで、織田信孝らが両名を討ち取るために軍勢を派遣したが脱出に成功、誠仁親王(「御方御所」)は近衛前久と勧修寺尹豊(「入道殿」)の身上を案じ、勧修寺晴豊が見舞に向かう。近衛前久(「近衛殿」)に向けられたこの嫌疑は「ひきよ」(非拠)であった。
非拠 というのは、人としてやってはいけない事。すなわち、光秀を背後で操って信長を殺したこと であるとされています。
「本能寺前夜」での勧修寺尹豊のイメージと三条西実澄のイメージがかぶっています。(本能寺前夜の尹豊は酒飲みでしたが...)
勧修寺家と明智家は、本能寺の後もいろいろと関わりが深いようです。明智一族を保護したりしています。 一方で以前にもこの欄に書きましたが、明智光秀が落ち武者狩りの農民に殺された小栗栖は勧修寺家の領地だったりします。 勧修寺家が口封じに殺したという推測も成り立ちます。
本能寺の変の時に明智光秀が鳥羽にいたというのは事実かどうかはさておきドラマに採用するのは
難しいと思います。
だってだって、本能寺の変に明智光秀がいないなんて視聴者が納得するのか?
コーヒーにコーヒー豆を入れないようなもの(コーヒーちゃうし
村角灯さん、詳細な解説をありがとうございます。
なるほど、私が期待した光秀の娘婿の一人の織田信澄(他の一人は細川忠興)は描かれない代わりに、朝廷の暗躍が描かれると言うことですね。光秀との関係を疑われ信澄は信長の三男の信孝に攻め殺されます。さて、朝廷には信長の息子や遺臣も迂闊に手は出せず、どういう顛末になるか、俄然、面白くなってきました。
あごさん、光秀が鳥羽にいた説、「クリープを入れないコーヒーなんて」の世界ですか。今はメロデイアンミニ、スジャータもありますよ。
スレ主さんの言われる通り、織田信澄に嫁いだ次女は無視されてますね。荒木村重は軍師官兵衛などでも取り上げられて有名ですが、織田信澄はマイナーで知名度が低いという理由でしょう。
光秀に子供が何人いたか正確にはわかっていない様です。 一般には 「1男3女」説が有力ですが、明智軍記では「3男4女」、別の史料では正室と側室の間に「6男7女」という記載があるとの事。先に紹介した 本能寺前夜では、勧修寺家が光秀の4女を匿って育てる設定になってました。晴豊公記には明智秀満の女房衆を引き取る と記述されており、その中に判別できない文字で明智光秀の娘を匂わせるような記述があるそうです。
このスピードでは、関ヶ原のガラシャまでは行かないでしょうね。せっかくの芦田愛菜さんの起用なのにもったいないように思います。成長してからの玉の人物描写もなかったように思います。 私的には幼少期の玉を演じた少女の方が、清楚かつ凛々しくてガラシャのイメージに合っているような気がします。
今回の「麒麟がくる」を見ました。
村角灯さん、たまは細川忠興に許されてキリシタンに信仰を求めるまでじゃないでしょうか。
信長は松平広忠の首を取り、弟信行を毒殺するあたりは狡猾なだけでしたが、今回は前大和守護の家来を斬り足蹴にするのはもはや狂気ですね。家康も信長を見限る場面が近づいています。築山殿は信長の娘の徳姫に冷淡。信康切腹への伏線でしょうか。秀吉は狡猾な男に描かれていますね。秀吉の天下は短い暗示があるように思えます。
熙子が亡くなりました。創作の炎上する坂本城で自害の左馬之助に斬られる展開でなく美しく光秀の胸に抱かれて安らかに旅立ったのは私個人は良かったと思います。
明智光秀 鳥羽 でGoogle検索すると 鳥羽一郎の 明智光秀 という歌がでてきて苦笑い。
ありました、村角灯さん。
「光秀の意地」、歌うは鳥羽一郎。
「一寸の虫にも五分の魂、やらねばやられる戦国の掟。わしは主を間違えたようじゃ」。
似てるのに、三波春夫の「天竜二股城」と言う長編歌謡浪曲では徳川信康の自害を三波さんが思い入れたっぷりに延々と歌ってますが、ちょっと私個人的には(ファンスレなので以下省略)。
本日、墓参りの後に体調を悪くし「麒麟がくる」を見ていません。
明日中には感想を書けると思います。申し訳ありません。
秀吉が光秀と信長の間を壊そうと画策している所に、正親町天皇の誘惑の魔手が迫ってくるという図式のようですね。秀吉陰謀説と朝廷陰謀説の複合でしょうか。
斉藤道三の時から繰り返し 主君と家臣を描いてきたので、それこそ鳥羽一郎さんの歌の通り、「わしは主を間違えたようじゃ」という「信長非道説」も絡めて本能寺の変の起因にするのでしょうか。
松永久秀の自死は1577年で、同年から光秀の丹波攻めが本格化し、秀吉の播磨攻めも同時に始まります。
光秀の丹波攻略が成功するのは、秀吉が弟の秀長を丹波の西にあたる但馬に進軍させ毛利からの援軍、連絡を遮断したり、丹波の国衆の戦力を分散させた効果が大きい。同時に丹波経由で送られる三木城への兵糧を遮断する事は秀吉にとっても重要で、秀吉と光秀は戦略的互恵関係になっていきます。
本能寺の変までに 荒木村重が謀叛を起こします。娘を荒木家に嫁がせている光秀にとっては更に信長との関係を考えさせられる事件。荒木村重を通して、秀吉に関しても もう一捻り があるかもしれませんね。
今「麒麟がくる」を見てきました。
松永久秀は平蜘蛛の茶器と自爆せずに平蜘蛛を光秀に譲り武人らしく切腹しました。光秀が久秀のわなじゃ、と高笑いしたのは信長と光秀の仲を裂く道具として平蜘蛛を使ったこと。信長は天下人に値せぬが光秀なら値するともいってるような。秀吉の密偵を通じ事のからくりを知った信長には光秀への不信感。
帰蝶は実質離縁と言うべく美濃の館に別居することに。本能寺で長刀振るった「国盗り物語」よりは史実に近いでしょう。権力を手にワーカホリックと言うべき権柄づくになっていく信長から人心が離れていくのに信長は気づかない。
信忠と信雄を産んだ吉乃は早逝し信孝を生んだ坂氏娘は秀吉から信孝共々処刑されており、帰蝶の判断は正しかったと思います。自身は子供もいませんし。熙子を永遠に愛した光秀は戦国で珍しい武将でしたね。たまに細川忠興との結婚を信長が勧める。岸は誰と嫁いだのだろう。左馬之助か明智光忠でしょうか。織田信澄と結婚はたまの妹ですが出てきませんので。
丹波攻めで光秀の母の牧の方は処刑されるか。帰蝶で史実に近い説を採ったので江戸時代の創作らしいのでないと見ています。光秀の亡き後を駒と共に懇ろに弔う場面があるのかも。
「麒麟がくる」の録画が二週ほど溜まっていたのを、
ようやく観られたところです。
結局、このドラマは松永久秀愛蔵の平蜘蛛が
本能寺の変を引き起こす要因になったという描き方なのでしょうか。
そういえば「軍師勘兵衛」でも、
荒木村重の茶碗フェチのことをかなり克明に描いてましたね。
なんと荒木は愛人と愛する茶碗だけを持って、
家族郎党を残して、城を逃げ出してしまうんですね。
それを演じたのが仲間由紀恵さんのご主人の田中哲司さんで、
このときの秀逸な演技力が印象的でした。
荒木の息子がのちに有名な絵師になった逸話も
興味深かったです。
755さん、「軍師官兵衛」は近作では視聴率も高かったですね。
お書きになった文章を読んで、見ていなかったことを激しく後悔しました。荒木村重の正室が桐谷美玲さんで信長が例によって一族郎党を処刑するのですね。小屋に押し込め焼殺する前に六条河原で斬殺ですか。処刑を指揮したのが光秀の娘婿で信長に殺された弟信勝の息子の織田信澄ですか。彼も光秀との関係を疑われ信長の三男信孝に攻め殺される史実は因果はめぐると言う言葉を思い出させます。村重の息子も光秀の娘婿ですね。これも因縁めいてる感じです。
先日の光秀と熙子の語らいで「梁塵秘抄」の桂男のロマンティックな歌が披露されましたが今日は桂男が死を招く不吉な存在を示唆する正親町天皇の言葉でした。
三条西実澄と光秀の会話は王維の「送別」が出てきましたね。信長に失望し政界の一線から身を引く覚悟の光秀の心境とも重なりました。
秀吉に辰五郎と言う弟がいたとは全くの初耳。成人では秀長しか知らない。容赦なく刺殺させてるのは後に秀次一族を妻妾や幼児に至るまで殺戮した残忍さを思わせる。菊丸は辛くも逃げおおせましたね。
しかし光秀が帝との感傷的な文学的会話で本能寺の変を起こすナイーブな男だったのか、と言う疑問はあります。
たまは細川忠興に嫁いで行きました。この人達が非業の最期を遂げる未来に戦国の世の非情さを感じずにはいられません。
荒木村重は 後に 道糞 という名の茶人になりますね。 軍師官兵衛での 黒田官兵衛 との再会の場面は衝撃的でした。
歴史において 荒木村重の反逆が秀吉と光秀に与えた影響は巨大なものでした。 麒麟が来る では荒木村重が登場していないので彼の謀反を描かないように思います。 ちょっと残念。
摂津 丹波 東播磨は接していて、しかも波多野秀治の妹が別所長治の妻で丹波と東播磨は同盟関係にあり摂津が毛利側につくと敵の中で秀吉は孤立してしまうのです。
そういえば、荒木村重の有岡城は有村架純さんの出身地伊丹市ですね。
村角灯さん、それを言うなら、京本政樹さんは一時ですが、片桐且元の居城の茨木に住んでいましたよ(笑)。
真面目な話では荒木村重の謀反は司馬遼太郎原作「"鬼灯"摂津守の反乱」として文学座で上演されています。村重が高橋悦史さん、妻の安美野が杉村春子さん等です。もう50年近く前で私は新劇に目覚める前の高校生でした。再演してくれないかなあ。
「軍師官兵衛」見ておきゃ良かった。桐谷美玲さんのファンだしね。
桐谷美玲 女シーズ レッド
有村架純 女シーズ グリーン
たしかに レッドリーダーにはかなわない。
黒田官兵衛はおすすめです。生涯無敗の天才軍師。
播磨地方は瀬戸内気候で温暖、平野も広く肥沃。比較的のほほんと暮らせる地域の為か偉人不毛の地域なんですね。
その播磨が唯一天下の趨勢を決める舞台になったのが秀吉の播磨攻め。その時に現れた天才軍師官兵衛。有岡城の土牢に幽閉されても信念を変えなかった人。秀吉がその器量を怖れて、あえて小禄しか与えなかった人です。
私の先祖は秀吉と戦った側で負けて落ち延びたようです。
村角灯さん、司馬遼太郎に播州の黒田官兵衛を扱った「播磨灘物語」がありますよ。高校生の時に面白くてはまりました。小学生の時は「坂の上の雲」。何故か取ってる新聞は朝日に変わりましたけど。
播州は芸能人なら、のんさん、上野樹里さんと言う著名人がいるんですけれどねえ。村角灯さんから戦隊ものの話が聞けるとは思わなかった。最近の朝ドラのヒロインの相手役は綾野剛さんのように仮面ライダーから選ばれることが多いですね。
麒麟が来ると関係ない話で済みません。
ひよっこ で有村架純さん演じる みね子 の相手役であった竹内涼真さん、磯村勇斗さんも仮面ライダーですね。
私が小さい頃の仮面ライダーは、小学生が観るヒーローものでしたが、現在の仮面ライダーは若い主婦がイケメン枠として観るヒーローものになっているそうです。
「軍師官兵衛」の桐谷美玲さんが戦隊もののレッドだったと言う大河から派生した話ですからローカルルールの許容範囲だと思いますよ。
そうです。敢えて「ひよっこ」は話が饒舌になるから出さなかったですが、竹内涼真さん(髭はやしてるのは役柄?)、磯村勇斗さんもそうですね。高畑充希さんも女子ーズのイエローでした。
いやいや、「水戸黄門」風車の弥七でブレイク前の中谷一郎さんは悪役専門で市川雷蔵の映画等によく出ていたことを思えば若いうちは戦隊ものも朝ドラ・大河への登竜門ですよ。
ははあ、信長と光秀の決裂の決定打をこう持ってきたか。それまで伏線はあったけれど。
とにかく他者から認められたい、褒められたい、可愛がられたい、と言う厨二病のような信長は父信秀に褒められたくて松平広忠の首を献上、母土田御前から可愛がられたくて母に愛された弟信勝(信行)を毒殺。帝には褒められ有頂天。でも蘭奢待を毛利輝元に転送され疑念が生じたところに光秀が月見で桂男の話を帝とした内容を答えられぬことで自分への批判だと悟り光秀を扇子で何度も打ちつける。光秀は生真面目で融通が利かない一本気な性格。それが正義感の強さと相まって長所ともなれば今日の場面では欠点になる。聡明な男だから、適当にごまかし帝や三条西信澄には口裏合わせと言う芸当ができない。もっとも、帝とは簡単に会えぬがあの東庵が帝と囲碁仲間ではなかったのか。
家康が築山殿と信康の殺害を命じたこと、荒木村重の妻妾一族郎党を惨殺するよう命じたこと(嫁いだ長女岸は明智家に累を及ぼさぬよう離縁)が描かれていたが本能寺の変後に家康は弔い合戦の兵を尾張にまで進めている。秀吉の神業の中国大返しには敵わなかったが。家康はむしろ信長との折衝役の酒井忠次を恨んでいた。忠次が臨終の際に息子を頼み申す、と言ったら「お前でも子供は可愛いのか」と冷然と言い放ったと言う。
あと2回。本能寺の変で信長を討ち勝鬨を挙げる時点で終わる可能性も出てきた。山崎の合戦、坂本城の左馬之助の攻防、小栗栖での光秀の横死等がないかもしれない。
信長が光秀が助命を約束した丹波の波多野秀治三兄弟の首を取ったことから、家康の饗応を途中で丹羽長秀に代えさせようとしたのは毒殺の意志があったのだろうか。信康と築山殿殺害も実行している。
結局は光秀は怨恨説で稚拙な反逆を企てたという従来の説がそのまま。
帰蝶の夕刻に物が見えづらいのは老化に伴う老眼の初期かドライアイか。若い川口春奈さんが演じてるので気づきにくいが実際はアラフィフである。
果たして、麒麟は来るのか。大阪夏の陣まではとてもやらないから、どう描写するつもりだろう。山崎の合戦もないかもしれない。
いよいよ今日が最終回ですね。
本能寺に至る解釈に、釈然としないものはありつつも、今まで取り上げられなかった 何人かの人達にスポットライトを当ててくれたのを感謝です。でもいろんな人が出ては消えを繰り返すのですが、その役割が今一つ描けて無い様に感じるのが残念です。
「既存のシステムの枠組みで、平かな世の中を作りたい」 という光秀の正義は狭い。
「私のような貧しい者がいない世の中を作りたい」という、秀吉の正義の方が普遍的です。
そして、「法の元支配する者、支配される者がいない世の中」が作られるまでに更に300年が必要でした。
それを考えると、明治維新を起こした英雄達の凄さが改めて理解できたのが 麒麟が来る でした。
光秀には、大楠公や、西郷さんのような死の美学が感じられず、今ひとつ好きになりきれないんですよね。
でも、長谷川さんは熱演でした。今日は存分に楽しみます。私の好きな黒田官兵衛も出てくるようですし。
村角灯さん、ご投稿ありがとうございます。
そうですね。光秀の滅びの美学と言うのがそもそも史実にあまり見当たらず、司馬遼太郎が「国盗り物語」で美化しても創作には限界がありますね。このドラマでは光秀推しの家康が鳴海のあたりまで謀反人の光秀討滅の軍を進めた史実は覆せません。細川藤孝が剃髪し田辺城で隠居し忠興も光秀側に加わらない。筒井順慶は有名な洞ヶ峠である。
「翔ぶがごとく」の西郷隆盛は魅力的でした。江藤新平の挙兵に誘われても民衆の支持のないものと頑として動かず、福沢諭吉が西郷の挙兵を明治政府の専横を批判したものと称賛する場面が紹介されました。ただ、私個人は大久保利通も西郷隆盛も史実上はあまり評価しておらず、司馬遼太郎の創作を史実と勘違いしている向きが多いと思います。大久保については暗黒裁判で処刑の江藤新平の晒し首の写真を執務室に置き憎悪を死後も持ち、黒田清隆が泥酔し夫人を斬殺した時はこれをもみ消しています。西郷にはそう言う黒い逸話はないんですね。江戸市中を薩摩藩邸から豪商宅を放火略奪し幕府を挑発したことくらいですか。
大楠公は戦前の修身の教科書の記述は誤りで実は北朝と融和した挙国一致の政権を望んでいたと書かれた権威ある学者の本もあり「太平記」の武田鉄矢の金八風のひょうきんな平和主義者で戦より話し合いを重んじた民主的っぽい姿は極端にしても、なかなかの大局的視野の好人物だったようです。
真の法治国家は後のニコライ二世の暗殺未遂の大津事件(明治24年)あたりからでしょうか。まさに本能寺の変から309年の後で、村角灯さんの見識の鋭さに感心します。
黒田官兵衛は「軍師官兵衛」は見てませんが「新書太閤記」の垂水悟郎の官兵衛は見ました。司馬遼太郎の作品にも出てきますが魅力的人物ですね。
大久保利通、黑田清隆 いろんな事があるのですね。
本当か、嘘か定かではありませんが、伊藤博文の自宅地下室には、紙幣印刷機があったと 小学校の先生が言ってましたが、、、
どこの国でも、革命は民衆の蜂起の側面があるのですが、明治維新だけは 武士という支配階級が起こしています。下級武士とはいえ自らを否定する革命を起こした人々に尊敬です。
信長にしても、光秀にしても、秀吉、家康、歴史の中で役割があって、着実に社会が進化しているので、光秀にしても歴史の修正力の役割を演じる運命になっていたのかな? と思ったりもします。
村角灯さんに全面賛成です。さすがですね。
明治維新が英訳だと「Mwiji Restoration」で王政復古の意味になるのですが、英国のチャールズ2世のピューリタンの指導者を墓地から掘り起こし絞首刑にした陰惨な王政復古、ナポレオン後のルイ18世のブルボン朝の王政復古と同じ単語(Restoration)が使われるのは遺憾です。上手い英語表現があれば変えて欲しいですね。
本能寺の変、「国盗り物語」「新書太閤記」を思い浮かべながら見ました。両作品が信長の数々の陰惨な仕打ちから極度のノイローゼ状態になった光秀の乱心と言う捉え方でした。「麒麟がくる」は帝との会話の内容を教えぬ光秀への信長の殴打、家康の饗応での言いがかりからの粗相による解任が先週まで、今日は足利義昭を殺害せよとの命、親交のあった長曾我部を光秀に内密に息子の信孝に討伐させる段取りが進んでいたことで積もり積もった反感が爆発した様子でした。太平の世、麒麟が来る世は徳川殿と共同で治めたいと言う光秀の考えは光秀討伐軍を鳴海まで進めていた家康と整合性が取れない。細川藤孝、筒井順慶、徳川家康の光秀と親交のあった武将が皆だんまりを決め込む。藤孝は秀吉に密書さえ送る。この辺の光秀に人望がなかったことがちょっと分かりにくかった。
最後の駒が生存していた光秀を市場で見つけ見失い、光秀が一本道を馬を走らせているのは「獅子の時代」の自由民権運動に挫折した菅原文太さん演じた士族が日本のあちこちで見かけられたと言う噂の紹介を思わせました。駒には光秀が生きて馬で疾走してる姿がいつまでも心の中に生き続けていると言う駒の夢につながる詩的余韻ある終わり方だった、と思います。
放送終了後の長谷川博己さんのメッセージ。「光秀は生き残ったと思いたい。視聴者からの要望があれば番外編で光秀が徳川幕府を作ったかお見せしたい」。光秀の年齢的に大坂夏の陣までは無理だと思うけど。
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