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鶴瓶は『わろてんか』なら良かったのに。せっかく息子がカーネーションで好演してるの観たばかりなのに。メチャクチャな配役ですね。
考えてみればカーネーションはキャスティングも上手だったよな・・・
鶴瓶の息子は、「いつも上機嫌で邪魔にならず、二枚目でも三枚目でもなく、意外に遊び上手で、しゃらっと浮気もするけど本当は悪いヤツじゃない」っていう男の役にピッタリだった。
NHKの看板ドラマはいつから、どこからダメになったんだろう?
言い方が悪いけど、鶴瓶の息子さんは
「山林地主の旧家(良い家)のボンボン長男なのに、
出来がイマイチだから弟に家の跡取りを譲り、
働き者の家付き娘の婿になり、そこでうまくやれる人」
という、ある意味難しい役に非常にハマっていた(笑)
演技力は無いに等しくても地の味だけで勝負できるほどで、
あそこに鶴瓶の息子さんを持ってきたスタッフが優れていたのだと思う。
鶴瓶本人は、しっかり公家言葉を指導されて、
それなりのカツラを被り、それなりの台本を与えられていたら、
ここまで酷いことはなかったかもしれない。
それを怠っているスタッフの制作姿勢がよくわからない。
鶴瓶さんの息子の駿河太郎さんは「越路吹雪物語」でもきちんと標準語の役を爽やかに演じてたよ。息子さんを岩倉具視役にすれば良かったね。
鶴瓶は、芸能界では大御所になり過ぎて、誰もダメ出しできなくなってしまっている裸の王様みたいなものかも。
マッサンで、この8月、北大路欣也の登場回があったが、竹鶴氏と生前交流があったので、どんな端役でもいいから出演させて欲しいと、逆オファーをかけて出演したとのこと。
ふらりと小樽の街に現れた、名もない、1人の作家役だったが、ドラマの世界観を損ねることなく、かつ、印象的な演技だった。
鶴瓶は俳優が本業ではないが、俳優として出るなら、大御所だからこそ、後進の若手達に恥ずかしくない役作りをすべきだったのでは。
裸の王様になってしまっては終わりだよ。
赤山靱負をされてた俳優さんは、本当に鹿児島の出身だそうで、別番組のナレーションで薩摩弁を話しておられたのがとても魅力的で。
目が大きくて二重で、鈴木さんよりも、西郷さんの雰囲気だったかなと思い出します。少し体重を増やされたら感じが出たかなーと。
あんな方が早々にいなくなってしまったのは残念。もっと長く出演されていたらよかったと思ってしまいます。
鶴瓶の起用については、中園ミホが推したらしいですが。
が、関西人の脚本家なら、京都の公家役に鶴瓶を推すことは、絶対にないでしょう。
なぜなら、鶴瓶が、絶対に地のままでしか演じられず、ましてや大阪弁を封印するなんてあり得ないだろうことを、関西人なら分かるから。
大阪弁と京都言葉の違いも分からず、大阪の芸人気質もよく理解していない脚本家が、ただ漠然としたイメージだけで、無責任に鶴瓶を推したりするから、裏目に出たと感じます。
キャスティングに関しては、NHK制作陣側も、制作経験を生かして、適切なキャスティングを、臆する事なく脚本家に進言すべきではないでしょうか。
それとも、制作側もよく分からないから、まっいいか、という感じだったのでしょうか。
小さな国の日本の人間と言えども、インターネットの普及で地域間の心理的距離が縮まったといえども、上方圏と首都圏の文化的背景の違いを相互に正しく認知することは難しい、と実感しました。他の地域に関しても言えることですが。
その点、朝ドラが、東京局と大阪局で交代で制作されているのは、便宜上という意義以外にも、日本の西側と東側の文化的背景を可能な限り忠実に反映させるという意義もあるな、と改めて思います。
長くてごめんなさい。
毎週、日曜晩が楽しみになるような大河ドラマが見たい。
これ、当たり前のことなんだけど。
1つ1つの出来事の過程が緻密に描かれないから、結果に至るまでの緊迫感も生まれない。
視聴者がまるでその現場にいるかのような緊迫感を感じ、出演者と同様に疑似体験しているかの感覚を生み出させる。それこそが、生きた脚本だ。
巧妙な伏線張りも殆ど見られない。
久光も慶喜も、地位に反して品がない描き方にも程がある。
一から脚本の勉強し直すか、歴史ドラマの世界に足を突っ込まないか、どちらかだ。
オンデマンドで、生まれて初めて「翔ぶが如く」を見ている。
今、第6話まで見終わったところで、呆然としている。
「翔ぶが如く」の6話までで、ここまでの「西郷どん」全話の50倍を超えるぐらいの密度がある。
こんなにまともな、しっかりしたドラマが既に存在するのに、どうして今さら新しい西郷のドラマなど作れよう?
スタッフは最初から投げていたのではないのか?
「翔ぶが如く」とは異なっていて新しく、しかもそれを超えるドラマなど、どうやって作ればよいのかわからないだろうと思う。
「翔ぶが如く」で気になるのは篤姫役の富司純子さんが老けすぎていることだが、そのこともいずれ何かの意味を持ってくるのかもしれないと思って見ている。
ともかく、「西郷どん」の西郷が品川宿の妓楼でフキどんと無駄なお喋りをしていた間に、「翔ぶが如く」の西郷は水戸学の藤田東湖に出会ってその思想に感化され、影響を受けすぎて斉彬に叱られている。
続きを見たくてウズウズする。
「西郷どん」の方ではなくて、「翔ぶが如く」の方を。
私も「翔ぶが如く」を見て見たいな。
BSで再放送の予定はあるのでしょうか。
再放送、あるといいねえ。
まるでキャラクターまつり。
政治がらみの醍醐味どころか
盛り上がった島編以外は
いつのまにか西郷が大スターになっていて
ほかのひとは誰が誰だかふにゃふにゃ
時代背景やストーリすらまで理解できないのは
私の理解力のなさか。
ちゃんとドラマのなかで説明してほしい。
なんたって看板大河ドラマなのだから。
ホント、原作・脚本の力量を見誤って採用したNHKに喝!
>私も「翔ぶが如く」を見て見たいな。
BSで再放送の予定はあるのでしょうか。
「西郷どん」の感想を書いてくれ。チャットじゃないんだから。
>私も「翔ぶが如く」を見て見たいな。
BSで再放送の予定はあるのでしょうか。
本欄の感想の内に入ると思います。
「大河俳優」として岩倉具視役に鶴瓶をゴリ押しして、逆に鶴瓶に恥をかかせているのでは。歴史に詳しい「大御所」なら、脚本家に苦情を入れそうなもんだが。故藤田まこと氏は『武蔵』の時、苦情を入れたところ酷い目に遭ってしまったそうだが( ゚д゚)ポカーン。
大河がまるで朝ドラのよう。
西郷自身が何をしたのかよくわからない間に
皆んなが西郷推しになり上げ上げしとる。
そして最後は西郷さんのおかげまつりで終わるんでしょう。
毎週見ているはずなのに。え?なんで?の連続。
ここ何年かの朝ドラ、花子とアンもそうだった。
吉田鋼太郎の怪演しか印象にない。
>私も「翔ぶが如く」を見て見たいな。
BSで再放送の予定はあるのでしょうか。
>本欄の感想の内に入ると思います。
どこが「西郷どん」の感想かぜひ聞かせてもらいいたい。そんなことを言えば、ここで何を書いてもいいのかね?
「花子とアン」では、白蓮の駆け落ち劇だけは、力が入っていて、緊迫感がありましたね。
中園さんの筆力が冴えるのは、そういう分野です。
そこまで厳しい括りにしなくてもよいのでは?
翔ぶが如くと西郷どんを比べたいと言うのは
本筋と関係ない話ではないと思います
それ程にこのドラマは歴史を描いてないと言う事ではないですか。
明治維新150年を意識するなら新作でなく「翔ぶが如く」を1年間再放送すれば良かったんだよ。おまけで9時から「花神」を再放送すれば長州閥も喜んだろう。あの2本で十分。
>翔ぶが如くと西郷どんを比べたいと言うのは
本筋と関係ない話ではないと思います
そのような記述は全くありませんが。
「翔ぶがごとく」を見たいとだけ。再放送はいつかとか。
脳内補完をしろと?
チャットのような使い方に違和感を感じました。
※議論や雑談は「お茶の間」をご利用ください。
「草燃える」で後白河法皇を演じたのは尾上松緑だよ。源頼朝との政治的駆け引きに長けた老獪な人物として脚本は描いており、配役が良くはまってていたよ。ところが「平清盛」の時の白河上皇(伊東四朗)も後白河法皇(松田翔太)も、ほとんどサイコパスのような人物層として描かれていた。白河上皇は、初っ端で、弄んで孕ませた白拍子の清盛の実母を、縁起が悪いと部下に射殺させてしまうし、松田は若くて細くて、政治的駆け引きとしてではなく、狂人として清盛演じるマツケンを虐めている様な演技が続くしで、酷いもんだった。崇徳上皇(井浦新)なんて保元の乱で敗れて讃岐に流されて幽閉されて食事も与えられずに、髪も伸び放題の怨霊になっていく過程まで描かれた。
この時の松田翔太の後白河法皇の印象が強いだけに、また慶喜でサイコパス演じている姿が見苦しいったらありゃしない。
面白く観ています。
久々にラストまで完走出来そうで嬉しい。
「龍馬伝」で後藤象二郎演じた青木崇高は、岡田以蔵演じる佐藤健に対し、吉田東洋暗殺の口を割らされるために凄惨な拷問を続ける役を演じたが、あのサイコパス振りが今回の久光役に重なる。
単なる歴史の切り貼りにすぎない。
とっくに大河として終わってます。
本当に場面場面が繋がらないね。
今回は何年の何月ごろ時点を描きます。幕府はこれこれ、朝廷はこれこれ、長州はこれこれ、薩摩はこれこれという立場をとってこれこれという行動をとっていますと、最初の10分くらいかけて講義すると何とか持つかもしれませんよ。
子供用の話みたいだ。
本物の子供が、これが日本の歴史だと思ってしまうのは困るけど。
同じ時間にETVで「翔ぶが如く」を放送して、中学生以下はそっちを見ろと文部科学省からお達しを出すとか。
ー続き
そんな神経質に見張り役のような事をしていて何が面白いのでしようか。
>翔ぶが如くに触れるのも感想の内であり、観たいという感想に一言だけ返し、それで終えているのは雑談でもチャットでもありません。
いい加減にしてくれませんか。
あんたこそいい加減にすべきだろう。自分の気に入った感想は擁護し違うもので同様のものは攻撃する。
恥を知れ!!
リョウちゃんに叱られる。ボーと生きてんじゃねえぜよ!。セゴドン。
ー恥を知れ!!ー
先述したように、私はそのやりとりの当事者ではない第三者です。
気にいるも何もない、規約違反と指摘される範疇にはとても入らないと思ったから指摘したまで。
明らかな悪質性、又は度を越したやりとりでなければ、一々規約違反などと指摘する方が、常識的に度を越しているのではないのではないでしょうか。
恥を知れ、とは恥ずかしいですね(笑)
毎回冒頭と最後に年表を掲げて、西田敏行が、「今日は、こかから」「今日はここまで」と解説してくれると助かりますね。
西郷さん一人を軸にすると、他の動きが切れ切れになって必要な時にだけ張り付けられることになるから、歴史の動きとして分かりづらくなってしまいますね。
吉之助、もうちょっと家族にいい暮らしをさせてあげて。
無理矢理にでも吉之助を中心に持って来て尚且つ
愛だ恋だを大事にエピがこればかりになるので
恋愛編となんちゃって大河編とに乖離している。
ETVの歴史上の有名人解説以下の名ばかり初登場の
鶴瓶さんとか悪目立ちにされて何処が重要な人なのかも
解らない変人で情けない人にしか見えない。
ここに来て瑛太が実に良い動きをしているだけに
何か鈴木亮平の必死なのが空回りに見えて…。
やはり主役の器ではなかったんだね?感が満載だ。
残念大河としか言えない。
玉鉄さんが主役なら良かったのになぁーとしか感想無い。
今日は少し見どころがあったと思った。中岡慎太郎は薩摩の西郷どんの家まで来たのに、なぜ西郷どんと別行動をとったのだろうか。途中まで一緒に行けばいいのに。西郷どんは下関の場所が分かったのだろうかと細かいことが気になった。
西郷どんの仲間にも違う考えを持っていて、西郷どんの下関に行けない釈明の願いを裏切った人(すみません、今までしっかりと見てなかったので、大山どんとは違う人、名前が出てこない)が居たことは、内部統制がいまいちで薩長同盟できるのかなと一抹の不安。
龍馬に厳しいことを言われてシュンとなっている西郷どんに助け舟を出す一蔵さんは良かった。
恐縮ですが、糸さんとの寝室は雨漏りもせず、障子もきれいで、さすが西郷どん、大事なところはしっかり直している。
薩摩ー京都、下関ー京都と瞬間移動が凄じかった。
徳川の足元を脅かす藩は朝廷を取り込んで単純攻撃、?、薩摩の殿様が物分かりがよくなったのは、一蔵のごますりとおだての巧妙か、何か違うような気がするけど。
第二次長州征伐が取りやめになったのだから、西郷さんとしては薩長同盟先送りしになっても最善策をとったことになる。竜馬にちゃんと釈明すれば良かったのに。そうすりゃ自責の念に駆られることもあるまいに。
8月19日の 215405さんと、215835さん。
私は「私も翔ぶが如くを見てみたいなぁ。BSで再放送はあるのでしょうか」と書いた者です。
私の投稿の前に、翔ぶが如くの感想を書かれた方がいたので、素直に見てみたいと反応して、もしかしたらここ数年の間に再放送が既にあったのか、それとも今後あるのか情報を知っている方がいれば教えてくださるかもしれない、ぐらいの気持ちで書きました。
215405さん、私の投稿を擁護して下さり、ありがとうございました。優しい方だと拝察し、嬉しかったです。
215835さん、私の言葉足らずで、単なるチャットのような印象を与えてしまってすみません。
今後は、感想も合わせて書き入れます。
お二人を諍いに巻き込んでごめんなさいね。
加藤剛が亡くなったから、BSで「風と雲と虹と」を見たい。平将門。
岩山糸が西郷とほぼ同年齢であると初回に設定されているのを見た時点で、視聴者の多くは原作者と脚本家の主観が多くを占めた創作大河であることを認識したはず。大河ドラマに歴史の忠実性を求める人などまずいないだろう。今迄だってそうだったし、そもそも記録が残っていることなど限られてくるから、そうならざるを得ない。幕末ならそれでもまだましな方で、「おんな城主直虎」などは確実に史実と言える部分を見つけるほうが難しい。
やっぱり、小栗旬は上手いね。19日の回は小栗旬が主役に見えた。ま、脚本展開の稚拙さは変わらないが。
西郷どん31回「龍馬との約束」
やはり心に残る場面はありませんでした。
龍馬の名前が知られるようになったのは、司馬遼太郎の『龍馬が行く』という小説が売れたからです。司馬の歴史観によれば、薩長同盟は龍馬が苦心の末、西郷と桂の仲を取り持ったということになっていますが、根拠となる資料が希薄であり、司馬氏の想像や思い込みが、かなり盛り込まれていると、最近の幕末研究者が論文を発表されています。
研究論文よると、坂本家の何代か前は商人で、坂本家の一部の人は武士の身分をお金で買ったのです。ですから坂本家は商人と武士が存在し、坂本家の人々は藩主山内家に忠誠心は、ありませんでした。
そんなわけで、龍馬はためらいなく脱藩し、商家の坂本家から江戸に行く費用を出してもらい、千葉道場で剣術を磨き、勝の伝習所で航海術や万国公法を学び、長崎に行き、グラバーから銃を購入し、各藩に売りつけて財を蓄えたのです。その財を元手に亀山社中を創設し、さらに各藩に銃を売っていました。
きわめつけは紀州藩のいろは丸に、龍馬所有の船をぶつけさせ、沈没させ、龍馬の積み荷を多く見積もり、多額の賠償金を紀州藩から、ちゃっかりと受け取っています。
船中八策は、龍馬の草案ではなく、勝、大久保、横井小楠などが、日本の未来の構想として書いたものを写したにすぎません。
ちなみにグラバーは脱藩浪人の龍馬には、大量の銃は売っていません。土佐藩は容堂の許可をえて、後藤象二郎がグラバーから武器、弾薬を購入しました。
薩摩藩は久光の許可をえて、小松帯刀と五代才助がグラバーから武器、弾薬、艦船などを購入しました。五代はイギリス留学経験があり、商才もありました。
長州藩は、桂の指示のもと、グラバー商会の本店である香港のジャーデン・マセソン商会から武器、弾薬,艦船を購入しました。商談に立ちあったのは長州ファイブの二人、伊藤俊輔と井上多聞でした。
もちろん薩土同盟に尽力したには、小松帯刀と板垣退助、後藤象二郎。薩長同盟は小松帯刀の指示で、西郷、大久保と桂が手を結びました。
幕閣は、蝦夷地の一部を担保にして、フランスの協力で、横須賀製鉄所の建設、フランス式軍隊の導入をしました。
龍馬は単に商売がしたくて、日本中を歩き回っていただけだと思います。ちょっとひねくれたような新しい龍馬が描かれることを期待していたのですが、薩摩藩名義でグラバーから武器を調達し、長州藩がその武器を購入するという従来と変わらない龍馬に、がっかりしました。
毎回、ドラマの質が低下しています。とても残念です。
でも龍馬は西郷を含め当時の偉人たちがその度量を絶賛してるからね。
単なる商売人といわれても頭は切り替えられないな。
龍馬の家が元は商人で、郷士の株をお金で買ったという話は、司馬遼太郎の竜馬が行くにも書いてあったよ。
海援隊では基本方針として「射利」つまり利益追求を掲げていたので、龍馬が商売で儲けようとしていたことは事実でしょう。
しかし今ドラマでやっている時期、つまり亀山社中時代に、薩長は龍馬から銃を買っていないという事実と、後の海援隊時代に龍馬が土佐のために銃を買い、丹後などの小藩とも取引して儲けようとしていた史実をごっちゃにして語ると誤解が生じやすいと思います。
大河は観光誘致目的の要素が強い上に、長崎への観光客の半数がグラバー邸を訪れるという現状で、龍馬とグラバーの関係が希薄であることを明かすと、経済的打撃が大きすぎてまずいのは理解できます。
しかし、本来なら世間に知られていない薩摩側の事情を紹介してもよさそうな作品で、小松・五代や薩摩の長崎での活動を抹消し、大昔の創作のように龍馬の活躍として描くのには疑問を感じますね。
私も、このドラマに「誰も知らなかった西郷を描く」というような意気込みがあったんなら、龍馬よりも小松や五代が前面に出てくるものが見たかった、と思います。
その方が、新しい大河という感じがします。
結局。「誰も知らなかった西郷」というのが、西郷さんには多少は同性愛の傾向があったというだけのことならバカみたいです。
そんなの、大騒ぎするようなことでもないし。
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