



2.67
| 5 | 694件 | ||
| 4 | 160件 | ||
| 3 | 156件 | ||
| 2 | 151件 | ||
| 1 | 1065件 | ||
| 合計 | 2226件 |
全体的な技術がいいし、脚本が素晴らしいんですよ。
毎回涙腺が緩くなるし、全く手を抜いていない。
それを具現化する演者がみんなプロフェッショナルです。
評価はマッサン以来に良いです。
女性解放家のような先生やらいてうさんのお言葉にコロッと感化されるほど、常子は女性蔑視で悔しい思いをしたことがあったのかな。常子の周りの男たちはみんな常子にデレデレだけど。そう言えば消防団で悔しい思いをしたことはあったね。
「平塚らいてう」の名前を聞くと、前作のイメージから、どうしても大島優子の顔が頭に浮かんでしまいます。
そうなると、実在した本物のらいてう氏には本当に失礼ながら、あれが尊敬されるような立派な人物のように扱われると「はぁ?」になってしまうんですよね(笑)
でも、考えてみたら、ちょっと調べてみたんですが、昭和11年の時点で、らいてう氏は、ちょうど50歳くらい(昭和46年に85歳で御逝去)で、まだバリバリ御健在だったので、老けメイクの大島優子のサプライズ御登場も期待したいところではありますが・・・。
でも、前作で期待させられた吉高由里子同様に、やはり無理な話なんでしょうね(^^;)
元始女性は太陽であった、でも、今は青白い月である。
男性の光によって弱々しく光る存在だ。
女性よ立ち上がろう。本来の輝きを取り戻そう。
という平塚らいてうの女性解放への呼びかけは、明治~大正期、超男性優位社会にあって、女性が男性以下に貶められている状況に対してNOを叫んだものだったが、なんで常子がそれに夢中になるのだろう??
脚本家や制作スタッフは、いったい「青鞜」が、ばりばり強力なフェミニズム雑誌であることをきちんとわかっているのだろうか。
彼女は社会にも男性にも抑圧された経験がない。
子どもにも敬語を使う甘くて優しい父親にいい子いい子と育てられ、彼が亡くなってからも、周囲はすべて彼女を受け入れ評価し、真綿でくるまれたように過ごしてきた。
女だからああしろこうしろと言われることもまったくなく、学校を出たら男に嫁いでかしづき良き妻になれと強要されているわけでもなく、自分の意思を通すことが認められている。
当時としては、対社会・対男性ということでは、最高に恵まれた境遇にある。
なのに、なんで食べることも忘れるほど「青鞜」に夢中になるのか。動機がまったく薄弱で不自然だ。
結局、ここでも、「青鞜」は深い理解もされず、「職業婦人」というワードに結びつけるためだけの、単なる小道具に利用されている(前作と紐付けする意図もあるだろう)。
ほんとに、いつまでたってもやることが薄っぺらくて表面的だ。
片桐はいり先生も、最初の登場時、「あぐらをかけ」などと突拍子もないことを言うのでなく、よるとさわると、結婚していいお方に嫁ぎ良妻賢母になることが女性の道と夢見ている生徒たちに、がつんと喝を入れる一言がほしかった。
それでこそ、「青鞜」の精神が生きるというものだ。
よっちゃん相変わらず可愛い。本に没頭しながら食卓にやってきて、いつもと様子の違うとと姉を、変な目で見るよっちゃんの表情がイイ。
下校から夕飯の食卓につくまで、ひたすら読書に耽る常子。
それくらい衝撃的で、広く目を開かせる本と出会ったのだ、と言う事を表現しているのだろうが、オーバーで漫画的な演出は好き嫌い分かれるところだろう。常識が無いとか言う批判があるが、それ以前にあり得ない。
しかし、あの様な描写もこの作品の楽しい持ち味の1つだと思っているので、自分は好き。
当たり前の日常と言いながら、家族の在り方とか常子の行動とかが下品で大げさで前々作の主人公と家族とダブってしまう。脚本家やディレクターは意図してではないとは思うが、どうもこう不快な家族を思い出させてくれるのかしら。それともリベンジ ? 時代を昭和に変えて、ケーキを雑誌にした?
今日のらいてうも今の常子と結びつかなさすぎて、唐突だった。
これも行き当たりばったりの前々作と似ている。急に結婚して主婦になってみたり。
比べるな、という意見も多いのは分かっていますが、書かずに入られません。
片桐はいりさん、ついに登場。
女子高でいきなり胡坐をかけ、の東堂先生はインパクトありましたね。
胡坐に関する意識でまず固定観念の打破を訴え、平塚らいてうの「青鞜」を紹介して女性の意識改革を説く。
幼いながら亡き父から母や妹たちを守ってくれと頼まれ、とと姉として奮闘してきた常子。
でも火事の現場ではほとんど役に立てず「邪魔だ。女はどいてろ」と
男衆からどやしつけられ、悔しさと無力感に落ち込む。
いくら頑張ってもしょせん女にできることは限られている。
そんな諦観に似た気持ちが心の底にあったのではないでしょうか。だから学校卒業後は職業婦人になろうと決意し、求人広告を見ても、女性の賃金が驚くほど低いことに「仕方ないわ。男の人とは違うんだもの」と当たり前のことと受け入れてしまっている。
それが今の常子でした。
ところがそこへ東堂先生が現れ、「誰でもができることを女性だからできない、してはいけないと決めつけてはいませんか?」と真正面から問いかけ、平塚らいてうの「青鞜」の一節を紹介して女性の自立を説く。
父親代わりとして果敢に社会に出て行こうとしている常子がこの先生の言葉に衝撃を受け、
共鳴したであろうことはごく自然に納得のいくものです。
まさにその時の常子が求めていた考え、言葉だったでしょう。
常子にとっての新たな目覚め。先生の言葉に目を輝かせ、「青鞜」を夢中になって読みふける常子の姿には新しい世界観に触れた驚きと喜びがあふれていました。
私には見ていていすごく共感できる内容でした。
片桐先生と常子たち姉妹の関係が今後どんなふうに展開していくかすごく楽しみです。
平塚らいてうの言葉は、ほとんどのクラスメイトが卒業後の結婚話に花を咲かせる中、自分は就職するのだと決めている常子の琴線にふれたんだろうなぁ、と思いました。
本に感銘を受けるのは、その人の感性であり実体験とはあまり関係ないのではないでしょうか?
真面目な高校生が太宰治に傾倒するような‥惹きつけられた理由は説明できないけど、自分の深層心理に響いたというような‥。
まあ、ベタな表現ではありましたけど。
クラスメイトのイジメは、皆から一目置かれている感のある綾さんと友達になったこともあり、沈静化したのかな。
変に仲良くなってなくて、その辺がリアルです。
滝子と君子が和解しても全面的に頼るのではなく、住み込みのまま働きながら、少し距離を置いているところも良いと思います。(青柳家の養子の清が、よく出来たお嫁さんをもらうことを望むw)
誇張した描写が気になるところもあるけど、人間的なリアルな脚本だと(個人的に)思ってます。その分ドラマ的な説得力に欠けるのが難点かもしれません。
モデルの人がらいてうに感化された事実があるのかどうかが気になる所。
今のところほとんどのエピソードが創作だからなぁ。。
あさが来たがとてもつまらない半年でしかなかったので、今の朝ドラが楽しく感じられます。
先週は感動満載で充実した一週間でした。今日の放送は新たな物語への布石でこれもまた楽しみに思います。
ありふれた日常をもっと丁寧に描いてほしい。
常子たちの食事の仕方がどうもヘン
あんなに丁寧語の家庭で上品に育てられていたはずなのに
口をあんぐり上向きにあけてううんううん
姉妹そろっておいし~って
青柳の家でも初日からそうだったよね。。。
あの家それまで静かに二人で食事をしていたはず
いくら孫とはいえ、あんなのが可愛いって小学校低学年までだわ
いっしょに食事たくないわ~
片桐はいりさんの存在感に常子と一緒に釘付けでした。渡された本に興味が出るのもわかるけども
本を読みながら歩き素行がよくない、いっきに感化され描写にしては引っかかる、常子の食べる顔はいただけない、ふつうにしてほしい、これから常子が心配。
東京制作の前作「まれ」が、視聴するのに苦痛な半年だったので、前作も今の朝ドラも、面白く感じられます。
はいり先生、魅力的でした。
もう無理、常子のドヤ顔に耐えられない。
次回の朝ドラは間違ってもあんな偉そうな顔をしなさそうな女優さんなので、もう「とと姉ちゃん」は半ば諦めてそちらに期待している。
常子の口あんぐりも、森田屋で今まで見れなかったのは森田屋の人々と打ち解けていなかったからだと思う。今はお互い心が通じ合うようになり打ち解けているから、常子本来の自然な姿がだせるようになったと思う。こういう些細な変化をあらわす描写がうまいです。
予想としては、たぶん、平塚らいてう、青鞜、はいり先生は、たぶん就職のための「消え物」。
常子が就職することで、また例のとおり、それっきり、「あれ、どこへ行ったの?」になるでしょう。
これらを今後うまく融合して常子の社会生活を描くことができたら、西田さん、少し評価を上げてあげますよ。
楽しんでみてるけど、確かに微妙だなと思うときはある。
毎週、月曜、火曜あたりまではいい感じな気がする。
また変な大人投入。片桐さん、気の毒です。
久々に見たら、はいり出ててワロた。内容は普通に見れたけどやっぱパンチが足りない。なんでだろ。おいらの探究心がウズかない。内容が単調だから?
まぁ毎日見る訳じゃないからいいけど。次見るときは社会人編かな。
多くの登場人物が最初だけ変人なこのドラマ。
片桐はいりはどこまで変人を貫けるか。。
平塚という名前から前作と繋がってるとこがある
同様に胡散臭さを感じた。
しかし片桐さんが魅力的すぎて観ていたい。
先週の視聴率がほとんど上がらなかったには驚いた。この朝ドラは視聴率23%前後で固定していまうのかもしれない。
どうしてそうなってしまうのかといったら、前作のあさが来たが影響していると思う。物語の後半に登場人物が大量に亡くなったのはまずかった。そのせいで朝ドラを見る人が減ったんだと思う。
なにせ、とと姉ちゃんでは戦争の話もあるので、戦争話にうんざりしている人もいるだろうし、戦争で登場人物の誰かが亡くなると考えると鬱な気分になるからね。
前作が物語の後半で脚本家がシナリオ書くのが面倒くさくなって丸投げしたツケが、このとと姉ちゃんに影響をおよぼしているのでしょう。
とと姉ちゃんの前があさが来たでなければ24%と視聴率の大台ののっていったと思うと残念でならないです。
でも、これからも20%を超える作品であり続けてもらいたいです。視聴率が良いと見るのが楽しみなのでね(笑)
立ったままで、クッキーの缶から
お菓子を食べる美子たち
ととや、かかは、いったいどんな
お躾をなさったのかしら。
常子が突然、平塚らいてうに興味を抱く過程がまったく理解できない。
ほんとに、このドラマはなにもかも唐突で何を描きたいのかまったく理解できない。
竹?の歯ブラシにお塩を付けて歯磨き、初めて見たので新鮮でした。
はいりさんもやっぱり素敵。美子ちゃんのクッキーを頬張るお顔の可愛いこと(笑)
滝子さんの威厳と存在感は本当に凄いですね。オタク君のフンワリした雰囲気も大好き。お騒がせ叔父さん登場で何か起こらないかちょっぴり心配ですが、またそれも楽しみです。
母子家庭で大変な思いをしてきた小橋家だからこそ,女性の自立を考えるのは当然なことのように感じます。学生時代に青鞜や人形の家などを通して自立を考えたのは戦後の女性のような気がしますが,とと姉なら男性と対等に働くんでしょうから,東堂先生との出会いを大切にして卒業して行って欲しいです。
鞠子は向学心に燃えてあの女子大に行くんでしょうか?学費を常子が働いて出すとか?そんな妄想を抱いてしまう今週。
脚本や製作者は、大丈夫
ここでネットで反論するためにちょちょっと検索して調べたことをちょいちょいと書きこんでいる人よりは、ちゃんと知った上で作ってると思いますが。
青鞜に、人形の家、女性解放の定番だから使っておいた、これで常子の職業婦人、雑誌編集につながるし、シメシメという感じですかね。 陳腐すぎ。
片桐さんは存在感のある女優だけど、その外見とあぐら指導から、フェミニズム主張する女はまあ、この手の女の魅力に欠ける変人が多いよなというオッサン的偏見が感じられます。
制服への妙なこだわりもそうでしたが、何か不快です。
そもそも今までの話の中で、常子がこれほど傾倒するきっかけとなるようなことがありましたか。
自分勝手で依頼心の強い母親に疑問を持つわけでもなく、
くだらないことをしてても、ほめられていた記憶しかありません。
ほんとうに、前作の高視聴率をうけて、いい流れがでていますね。
「まれ」では視聴率が20%を割って、あまちゃん以来の視聴者を失ってしまったけれど。同じ制作局ということで、不安もありましたが、手がたいつくりで前作からの勢いを失わず、快挙だと思います。あまちゃん、ごちそうさんでも好演をみせた、はいりさん充希さんも、とてもよい。
昨日のはいりさんの演説には、花アンやあさ来たを連想し、胸が熱くなりました。
ごちそうさん、花アン、マッサンにつづき、よい朝ドラが見れて幸せです。
私がもし、常子だったら片桐先生のインパクトに惹きつけられ、もっと話を思想を聞きたくなる。
説得力あってこわいくらい影響してしまいそう
だから、常子が関心を持つのに違和感はないです。
私も東堂先生の話をもっと聞きたいと思いました。
この年で恥ずかしい話ですが女性に選挙権がなかったとか,自分から離縁できなかったとか,戦前の女子大は専門学校だったとかをドラマを通して初めて知ったくらいです。今の若い方にうんと知ってほしい女性の歴史,二つの朝ドラで平塚らいてうさんを取り上げることは意義のあることではないでしょうか?
今日は鞠子に無理矢理、雑誌を勧め、好評を得て喜ぶ場面の方に常子の将来の姿を見た気がした。自分の良いと思ったものを他の人にも知らせたい。そしてその人も喜んでくれたら嬉しい、という気持ちは情報誌作りの原点ではないか。
大橋さんの作った「暮らしの手帖」という雑誌は、女性も男性と対等に、外へ外へ、というタイプのフェミニズムとは方向性がかなり違うように思う。むしろ、大昔から女性が家の中で行ってきた仕事に、何かのエッセンスを加える。又は昔の知恵を再発見する。そうすることで家事仕事の価値というものを根本的に底上げする。それがひいては女性の生き方の大肯定になる。そういった雑誌だと思う。
本に夢中になって帰ってきても、靴を脱いだ後揃えるという習慣は忘れない。体に染みついている。そういう常子の所作をわざわざアップ画面で映し出す。シンプルだけど丁寧な料理の数々を出す。ミシンをかけるシーンを出す。こういったドラマの傾向からして、常子が将来作る雑誌は実際の「暮らしの手帖」とそれ程、性格の違うものにはならない、という予感がする。
つまり、今はバリバリのフェミストである東堂先生にかなり傾倒しているが、常子はステレオタイプのフェミストを目指す訳ではないというのがわかる。常子なりに、肩肘の張らない自然体でいられる女性の生き方を模索するのではないか、その結果が「暮らしの手帖」のような柔らかい丁寧な雑誌になるのではないか…と思うのだ。私はその過程に期待したい。
また、東堂先生からは私は、オッサン的な偏見は感じない。それはまず、片桐さんが素晴らしく魅力的に演じて下さっているからというのが大きい。確かに変人の部類…でも、女性男性というカテゴリに関係なく、人として魅力に溢れている。私は東堂先生を見てそう感じるし、片桐さんも脚本からそのような事を感じて、役作りをし、そして見事に東堂という女性に生命を与えてくれたのだと思っている。
本当に、片桐さん演ずる東堂先生の存在感が見事。
その表情、言葉の一つ一つに説得力があり、聞いているだけで話に惹き込まれワクワクする。
常子の気持ちがそのまま伝わってきます。実力派女優の本領発揮ですね。
姉の勧めで『青鞜』を読んだ鞠子は、読み終わった後見える景色が変わったと言う。
そう、二人ともこれまで知らなかった新しいものの見方に触れ、
新しい女性の生き方を考えるきっかけができたんですよね。
これまでは女だからと諦めていたことにもこれで果敢に挑戦する勇気が湧くんじゃないのかな。
常子は家計を支えるため男性に劣らぬ高給を得られる仕事に就きたいし、
おそらく鞠子は女子大学に進学したいのでしょう。
家の経済的な問題もあるし、それが現実に叶うかどうかはわからないけれど
東堂先生との出会いで姉妹に新たな意識が目覚め、
今後の人生に大きな影響が与えられるのではないか。
そんな期待が感じられる展開が気持ちいです。
これから二人がどんなふうに社会に羽ばたいていくのかとても楽しみ。
片桐はいりが良い演技をしますね。東堂はあの時代では珍しい思想の持ち主でありますね。古い考えの女子には戸惑う考えなのでしょう。
新鮮な目新しさが感じられないドラマ。いい話らしいがキャラクターもエピソードもいつかどこかで既視感たっぷり。ヒロインも貫禄は感じるがまだまだ初々しさがほしいところだ。来季の芳根京子が待ち遠しい。
何故かあの話し方、歩き方フワフワとわざと?脚本もだがヒロインの表情などもつまらなくしているよう思います。前作は亡くなる人が多いと思う方もいるのでしょうが年をとり亡くなるのは当たり前。いつまでも生きている方が違和感。亡くなるの多くとも、ととねえちゃんとは違い心安らかに観れていましたよ。これで視聴率良いのは本当に不思議❗これが朝ドラって事なんですか?
はいりさんの姿が女性らしくて好き。身だしなみをキチンとされていても、昔なら大女として苦労しただろうに。
女性の自立を志すのに至るまで、教育者として頭でっかちではない魅力的な雰囲気に目が離せない。
それと反比例するかの様に常子さん達。歯磨き中に借り物の本を返すかなぁ?いくら気をつけても喋ったら飛ぶよ、お口の中。
それと顔に本をつける仕草も、当時って印刷物って貴重なものではないのかな?
自分のものではないのだから、借り物には注意を払う仕草が自然に欲しいと思う。
それと、月曜日に常子さんが綺麗な新しいノートに就職情報を貼っていた。当時随分と製紙技術が高いんだなぁって思ってしまった。
美子ちゃんのお友達も、なんであんなシーンなのか。
お願いだから、本当の友達が出来たんだと思わせて欲しい。そうでないと可哀想過ぎる。
あんな小さな時にお父さんと別れさせて、これ以上美子ちゃんに不幸を背負いこませないで欲しい。
三姉妹の可愛かった子ども時代、お父さんが生きていた時代が最も輝いていたとならない様に願いたい。
いつまでも他人の家でご飯を食べている一家はオカシイ。
常子が妹をしつこくかまうのもウンザリ・・・「まれ」と「一子」を思い出す。
皆、丁寧な言葉なのに行儀も素行も悪くて顔芸が不自然で自分勝手で気持ち悪い。
君子は、番組HPで努力家となっているが、どこが努力家???
滝子を捨てて駆け落ちして夫が死んだら実家をアテにして頼り、
ケンカして「私達に構わないで」って暴言言っても滝子が許している。
常子と君子がメチャクチャ過ぎて最悪、ことごとく「まれ」のような駄作と思える。
いい加減に面白くない子供時代を終わらせて、職業婦人として活躍するシーンを丁寧に見せれば良いのだが・・・
このままだと大人になってからも、毎度の時間切れで雑に描かれる悪い予感が当たりそう。
確か、君子が滝子とケンカして出ていって青柳のすぐ裏の山野屋で働く理由は滝子に自分の姿をみてもらいたいからだと、先週の初頭で言っていましたけどね。
だから、滝子と仲直りしても、山野屋で働き山野屋の人々とごはんを食べるのは何ら問題ないし、まつが働く条件として賄い付きだと最初から言っているから、仲良くなった今でも山野屋で常子たちがごはんを食べてもいいんじゃないかな?いちいち青柳に戻って食べていたら、山野屋での弁当づくりにも影響でると思うな。
あさが来たではつまらなくてろくな感想が書けなかったけど、このドラマでは少しまともな感想を書きたいといった意欲が湧きますね。
山野屋で常子たちがごはんを食べることによって、青柳とまつとの関係の改善もはかられていると思うわ。
住み込みで働く人募集で、君子達は雇ってもらったのだから、森田屋で働いてそこで生活を共にする。なんの問題もありません。
まれの共同生活とはちがいますね。
あれはあれで異色で変だけど面白さありましたが。
他人と生活を共にするということが不自然な
現代社会だから違和感があるのでしょうか。
昨日は 如何にも本に集中してますってながら読みで木場の男衆に除けてもらいながら挨拶もなしの御帰宅風景だったが今日は皆々様に「ただいま帰りました・・・」って御行儀良くお嬢様はお帰りあそばしました。
近所にも似たような機嫌の良い時は馬鹿丁寧に挨拶するがこっちが頭を下げても知らん顔で行ってしまう人がいて「お天気屋!!」って有名な人が浮かんだ^^;
美子も青柳の縁側で使用人が運んで来たオヤツを振舞って、オヤツ仲間に煽てられて御満悦。オヤツのクリームビスケットが出る度にその内に「ね〜美子ちゃん、他のお菓子は無いの・・・」ってチャッカリさん達からせびられて「今日は御煎餅にして・・・」って言い出すのでは?って余計な心配をする。オヤツの習慣なんて少しも可愛くない。虫歯の原因にもなるからこれからの展開に必要だからだろうか・・・と勘繰ってしまう。
片桐はいりさんのような型破りの先生が常子達に影響を与えるって、余りにもベタ過ぎて単純すぎてもったいない起用だな・・・って残念。
森田屋の将棋の場面が度々出てくるがこの間、婆様や女将や娘の姿が消えてしまう。仕出屋って忙しいのは昼までなの?? 夜の注文ってないのかな?? こんなどんちゃん騒ぎしているのに家人は皆どこに消えたの??
いつまで経ってもこのドラマには入りきれなくてもどかしい。
2.26事件の時期に女学校でフェミニズム先生にかぶれてるのも呑気なもんだって感じ
15年くらい生まれるのが遅かったのでは
山野屋って、森田屋のことか。
まぁいいけど、本日いろいろ、思うところありましたが、
雑誌バックナンバー「青踏」をめぐって、常子さんの劇場コント型芝居と鞠子さんのドラマ的演技が一緒に収まって、なんとも不思議なシーンでした。演出家はどうしたいのだろう。常子をバカに見せたいのかといぶかります。
一部の方同様、美子のお菓子だけで繋がっている哀しいお友達関係を憂うのは同感。
というか、あっちの感想サイトでは非難GOGOですが、こちらでは、お菓子食べてる姿が可愛い!って、ほんわかさんな意見もあって、場所による住人の違いが見えて面白い。
なんだかいいんですよね~今回の作品は。
なかなか考えられいる。
それはどうしたら、人気ワードに上るか?視聴率が上がるか?
というような喰いつきの極意、ネット時代のテクニックなんていうところではなくて。
物語の部分をよく練っていると感じます。
小説を構想するように作られているドラマですね。
いいよいいよ。
ざざっとしか見ていませんがその中では今日は2016-05-17 12:30:35さんの感想にとても共感いたしました。
片桐はいりのどアップに目が覚めた!!
またまた平塚らいてう!
もう来春は「平塚らいてう」をやらねば!
美子ちゃんのお菓子は、滝子さんからのおやつだからきっと上等なものを食べているのでしょうね。
スケッチがうまいというシーンもありましたから
美子ちゃんは大人になってから、いいセンスの持ち主になりそうです。
三姉妹の凸凹がこのドラマの魅力だと思います。
今のところ次女が1番落ち着いた賢いキャラですが
挫折には弱そう。
常子は天然満開ですが、打たれ強い。
美子ちゃんは、無条件に可愛い。
そして、はいりさんが強烈なインパクトです。
怪優片桐はいりの正しい使い方の例のようです(笑)
阿部定話で飲み会・・・?
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