



2.74
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いじめや嫌な人間関係がないと言いますが、わたしは花子のために苦労する人が絶えないのが嫌です。
花子の幸せの後ろで不幸になる人がいる。
それを当たり前のように通りすぎる無神経さもすごく嫌。
はっきりいじめるんじゃないけど、それはとても陰湿ないじめと近いものを感じています。
だから、このドラマに優しさとか、ふんわりというイメージがないですね。
本当に優しいってののとちょっと違うからなぁ…花アンは。
主人公だけに甘いって感じ。他はヒロインの捨て駒に見える。花は蓮子のそれかもしれんけど…
優しさに溢れた世界を描きたいんならそれはそれでいいのですが、
それなら明治大正を生きた女性翻訳家の村岡花子の生涯を描く!
なんて大風呂敷を広げずに、恋バナ満載の優しい人だけ登場してくる明治大正時代が舞台のオリジナルにすれば良かったのに…って今さらそんな話してもアレですね…
優しいって良く言われてるけど全然優しいドラマに見えない私の心が濁ってるの!?
教えて!ミスターNHK!
かよやももは最後まで不幸なんでしょうか?
花子にも不幸はあるでしょうし、家族で支えあっていくのではないのでしょうか。
そういうところが読めてるので安心して見ています。
一つのドラマを見て皆が同じ感想を持つとは思えませんので、共感できなくても何らおかしくないと思います。
私も、特に今回のドラマが、優しい雰囲気であるとは感じません。優しさって、そこじゃないと思うので。このドラマには、真に優しさを感じたいところでは感じられない、というジレンマがいつもあります。
また、このドラマを見て癒されるというふうにも感じたことがないですね。理由をあえてあげるとするなら、血の通った人間が描かれていないから。こんな人間はいない、と思うから(これももうさんざん出尽くしましたが、何度見ても同じです。醍醐さんのリボンも同じ)。
たしかに、どんなドラマでもご都合がありますが、今回は、量もサイズも他のドラマの比じゃないです。土台になるテーマの一貫、人物設定ができてないところへ、そういう無茶をやるので、全体としてハチャメチャになっている。気にするなという方が無理です。
優しい雰囲気というと、「ゲゲゲの女房」の方が数段上ですね。
ヒロインは、控えめで穏やかで、品がよく、決して声を荒げたりしない。人に感謝しだれに対しても優しく、家庭では夫をよく支え、子どもには母性にあふれたお母さん(ついでに美人 笑)。できすぎじゃないか、と思うこともあるけど(見方によってはこれが、主人公を悪者にしない「ご都合」でもありますが)、彼女の優しく細やかな心の動きや人への対し方には、知らない間に気持ちを穏やかにされ、癒されたものです。少なくとも、彼女は血の通った人間に見えましたね。
少なくとも伝ちゃんからは優しさが伝わりました。
でも、伝ちゃんは妾を囲ったり、蓮子に侮蔑的な言葉を吐いたり、大声を出して暴れたり、ものを壊したりさんざんしたんですよ(笑)
そういうのは、気にならないのかしら。
どこに何を感じるか?おもしろい談義ですね。
何と言っても朝市の優しさが胸にきたなあ。
あ、そうですね!
伝ちゃんの優しさは伝わりました!
あと、どこをどう好きになったのか、全っっ然伝わってこないけど、大恋愛っぽい恋バナが満載のこのドラマの中で、蓮子に一目惚れしたと心の動きが伝わってきた唯一の人物でもありますね!
でもそんな伝ちゃんの不器用な優しさは平気で踏みにじってティアラをリンさんにつけて笑わせようとする脚本が優しさとかを感じさせてくれない。
朝市の優しさは誰にも負けないでしょう。
あと、かよちゃんも醍醐さんも優しいですよ。
いやー、100日ぶりに コメします!
捨て駒…凄いですねっ!
それって 演じてる役者さんに 結構 失礼かも…
かよだって ももちゃんだって イクヤさんだって
そんなに 不幸じゃないよ。きちんと悩んで迷って考えて 自ら選んで進んでるように 見えるから
決して 駒のひとつでは ないっしょ!
花子だって そんなお気楽にここまできたわけじゃないのは 私には十分 伝わってます。
伝わらない人には 残念、演出が 不十分だったのかと思いますが。
人生なんて 捨て駒だと言われたら 全ての人が 捨て駒になってしまうよね。
でも 違うと思いますけどね。
あ、これ お茶の間?
魅力的なキャラクターはたくさん。
朝一も伝様もかよも好きです。
キャラクターの思いれで脚本のバランスが
悪くなってるかな
だからドラマ全体としては
心に響くものが少ないとかんじます
おいおい(笑)伝ちゃんはいろいろあったが蓮子にたいして
お前の顔と家柄が好きだ!何が悪い!この世のなかは金で買えないものはない!!蓮子のことは今後、どんな言い訳もしない!!!とか
潔くて男からみたら気持ちよくて爽快な漢だよ。
うじうじ、ねちねち、ねっとりとした奴じゃないからさ、朝ドラ史上
最高な漢のひとりじゃないの?文句がある人もいるかもしれないけどさ(汗)
初めの頃は花子から伝わるものがないって思って見ていたのですが、花子の強さと優しさは最後まで全部見て伝わってくるようなものじゃないかなって思えてきました。個性がはっきりしないのだけど、やっぱり花子が好きになれるなんか不思議な存在なのです。ほんと銘仙の着物のようなドラマだと思います。
伝様が優しい、と言えるのは、さまざまな悪行wを通り越して、その奥を見てるわけですよね。俳優さんの演技も手伝って。
結局、優しさというのは、表面的な雰囲気のことではない、ということがこれでよくわかります。
そういう意味では、朝市も珍しく血の通った優しい人物に描かれているかもしれない。でも、結局、この人たちは脇なんです。主人公がそのように描かれていなければ、ドラマとしては意味がない。
それと、朝ドラのヒロインは、決してがつがつしていません。性格的に直進という人はいるにしても、ひたすら優しくおっとりしている人も何人もいます。でも、みんな普通の人間としての生きざまを見せている。りっぱじゃなくてもいい、そこにこそ癒しや慰めが生まれるんですよね。
脇役のキャラが濃いから、花子のあまり個性的過ぎない薄めの感じが、いいバランスを保っていると思う。
吉高さんは自分ひとりだけで輝こうとしないのがいいんじゃないのかな?だから周りの人達の演技も生きてくるのではないの?
そんな何をおっしゃるかと思えば(笑)。主人公が周りに食われて、影が薄い、存在感がなくなったドラマなんて、失敗もいいとこですよ。主人公が輝き、脇もそれに応えて輝き、二つが相乗効果をあげて、いいドラマができるんでしょ。
お茶の間のサイトで書かれていたんだけど結局、主役は神輿で脇役は担ぎ手らしいよ。つまり脇役がいなかったら主役なんて成り立たないということらしい。
「花アン」の場合は主役が担ぎ手になってる傾向があるかもね。
吉高さんは自分ひとりだけで輝こうとしないのがいいんじゃないのかな?だから周りの人達の演技も生きてくるのではないの?
そうですよね。 いい感じです。
花子が直接行動するのではなく、花子の童話や翻訳が周りを元気にするというような間接的なものが多いから個性が濃くならないのだと思う。
会社を立ち上げてる英治さんも自ら印刷機を回して出版してるところが地味で、縁の下の力持ち的存在に見える。
約一か月ぶりにのぞいてみたら、雰囲気よくないですね。
なんか重箱の隅をつつくような発言が多いと思います。
確かにはじめからつじつまの合わない部分はよく見受けますが、少なくとも私にはお話も現在放映中の他のドラマより、魅力的に思えます。あざといといえばあざとい演出もありますが、出演している俳優、女優さんの良いところをうまくアピールできていて、とてもすばらしい出来だと思います。
それと主演の吉高さん、いろんな個性の共演者の中でちゃんと主役として立って行けていると思います。彼女は独特の雰囲気があり決して悪くはない。
吉高さんは感性の人。リハーサルと本番と演技が違うこともあるって自分で言っている。相手の役者さんの演技とか、その場の雰囲気に合わせて、演技を自在に変えられる。つまり、受けの演技が得意なんじゃないかと思う。だから周りの脇役の方たちが、吉高さんによって引き立てられ、より輝いて見えるようになるのだと思う。
個と個のぶつかり合う芝居も面白いけど、これだと優しさとか癒しとかは、あまり出ないと思う。やはり受けの演技あってのことだと思う。受けの演技ができるってことは、回りがよく見えていて、しかも精神年齢が高くないと無理な気がする。高梨臨さんが、居心地が良くって帰りたくないって言うのがわかる気がする。
重箱の隅をつつくような…とは私は感じないです。むしろドラマの根幹の部分で、疑問を呈している感想が多いように感じるのは、前期ドラマとは対照的ですね。
「花子とアン」の制作発表時、脚本担当の中園さんは「アンのゆりかご」を読み、村岡花子を逆境から自分の足で立つ女性として魅力を感じたと言っていました。朝ドラを書くならこの人を書こうと思ったとのことですが、このドラマに描かれている花子の人物像は真逆。「周りから立たせてもらう女性」になっています。
基本的にみんな花子に協力的。高等教育を受けられない兄妹達も花子を妬んだり辛く当たらない。妹達は、お姉やんはおらたちの希望と崇める。野良仕事で真っ黒に日焼けしみすぼらしい身なりの家族の中、一人だけ白い顔で髪を結い上げ綺麗な着物姿の花子。その光景が当たり前で誰も何も感じない安東家やその周囲の人々。既婚者と知らず恋に落ちれば、病床の妻は身を引き花子に夫を託す。就職も恋愛も婚家の事業再建も周りが手を差し伸べる。花子周辺には優しい人が多い。対立しないのではなく対立する要素が無い。
それを「ふんわり」した「優しい」世界だと私には映りません。格差に対する疑問や不満、身を引かねばならない者の悲しみや憤りなど全て覆い隠した虚構の世界にしか見えない。人間の負の感情を埋め込んだお花畑のような世界で周りから立たせてもらうヒロインは、お人形のように綺麗だけど人間的な魅力を感じません。
この先、戦争など厳しい現実が待っているようです。花子が自分の足で立つ女性になるか見て行きたいと思います。
良い朝ドラです。私は疑問なんて感じません。
毎朝楽しく観てます!
ヒロインが神輿だって(笑)
朝ドラはたんなるお祭りじゃないぞ。
カーネーションの岸和田のだんじり祭かよ。
いろんなタイプのヒロインがいていいわけで
認められないだけでしょ?
アホくさい理論ですね。
役者さんには文句なんてないですよ
ただ脚本がね …でもこれはファンタジーなんだと
そう思えば何も気にならないです
もしかすると妖精さんも出てくるかも知れませんね
>アホくさい理論ですね。
人の感想にこういう言い方は中傷していませんか?
それに神輿と書いているのはドラマ全体の主役を指しているのであって朝ドラだけを指しているわけではないです。
お祭りに例えて主役と脇役の立場を説明しているだけで単純に解釈せず、もう少し深く理解して見てはどうですか。
あくまでも個人的な意見なのですが、このドラマって『花子の物語』ではなく『花子の日記』という感じだなぁ、と思う今日この頃です。
『日記』だからストーリーというよりも、色々なエピソードの積み重ね、という感じかと…。登場人物によって“面白さ”も変わるんですよね。今日は伝さまも来て何か面白かった~♪って言う日や、…ふ~ん、だから何?って言う日や…。でも淡々と日常を描くので映像の雰囲気も相まって「優しい」「ふんわり」という感想も出てくる。でもエピソードの積み重ねだから、登場人物に
よってキャラクターの描き方はバラバラ、一つの物語としては繋がりがない…。
物語はもっと主観的というか、一つの話の内容に上がり下がりがあって、登場人物に共感出来ればそれがドラマチックと感じる人もいるし、そんな感情的な話は朝から観たくない人もいる…。極端な例えかもしれませんが、「源氏物語」ファンと「枕草子」ファンの違いのような?古すぎますかね(笑)
私は否定的に観ていた者ですが、そう考えると好意的な感想にも頷けるようになってきました。
まぁ日記的なドラマもそれはそれで良いのかも、と思うようにもなったんですが、でもやはり「翻訳家」の人物を描く以上、「翻訳家」の仕事だけはしっかり描いて欲しい。
好きな洋画を観ていると、字幕と日本語吹替って、俳優の口の動きとかで、かなり和訳のセリフが違いますよね。同じ映画なのに、日本語の文章でこんなにイメージが変わるものかと驚いた記憶があります。日本語ってホント奥深い…。翻訳って難しいんだろうな、と感じました。
でも脚本家だって、そんな奥深い日本語を扱うプロフェッショナルだと思います。だから過去面白かったと言われるドラマには「名ゼリフ」が多い。良い文章は人を惹き付ける部分があるんでしょう。村岡花子さんという翻訳家もまた然り…。同じ日本語の文章を扱うプロとして、翻訳家の
仕事を描ききって欲しいです。
重箱の隅をつつくですか。違うと思ういますよ。単純に、面白いか面白くないかを書いているだけなんじゃないでしょうか。感じ方は人それぞれだから、批判もありだと思いうんです。
私は吉高さんの演技、全部同じに見えてしまって、感情がわかりにくいんです。ドラマが面白いかは、役者さんで決まると思っているので、残念です。
蓮さまと伝さまの再会と和解、タキ先生と梶原さんの再会と想いの確認。そしてかよと村岡父も郁弥の死という大きな悲しみを乗り越えて前を向き始め…。関東大震災を経て色々な変化がありましたが、そんな中、お友達や伝助さんの力を借りて花子と英治も会社を再建し、地道に翻訳や出版の仕事を続けているのがいいですね。よくヒロイン花子の影が薄いと言われるけれど、翻訳の仕事自体が地味な仕事です。自宅で毎日机に座り、辞書を片手に原稿用紙に向かって鉛筆を走らせる。家事や育児の合間に机に向かって仕事をする花子のそんなシーンが結婚以降は折々に描かれていますね。そして暇なときには歩くんや近所の子供たちにお話を聞かせて。地味でもそれが花子なのだと思いますし、それがしっかりドラマでは描かれていると思います。
来週はそんな花子に試練が訪れそうだけど、それをどう乗り切って後のアンの翻訳に繋げていくのか楽しみです。今は時勢がら仕事を選べず、梶原から回される児童書以外の翻訳で家計の一部を支えているようだけど、アンの翻訳までに他の有名作品の翻訳シーンも見られるのか。それも楽しみです。
>雰囲気よくないですね。
そうですか。肯定的意見も批判意見も活発なコメントが出ていて私はすごくいいと感じましたが。
お互いを中傷したりお互いのコメントの書き方がどうとかここの雰囲気がどうとか自分に合わない、とかじゃなくてもっぱら皆さんがドラマや役者さんに関して感じたことが書かれていてこれぞ感想サイトだと思いました。重箱の隅をつついてどうこう言うよりもさすがドラマがこれだけ進んでくると全体的に見た感想も多くなってきて読んでいて面白いです。
私にはこれが特に優しくて穏やかな雰囲気とかふんわりほのぼの、というドラマにはなぜか全く見えません。しいて言うなら非常に表面上だけそう見えるように作られているだけで実に底が浅いドラマだなと感じています。
一見優しそうに穏やかっぽく見えるのは現象としてものごとの結果のよく見える部分だけを並べて強調しているからだけ、と思います。人って本当の幸福感を得られるのはやっぱりいろいろな精神的、物理的困難や他の人との摩擦やら自他ともに葛藤を乗り越えた時こそだと思います。かよにはそういうところは少し感じられましたが、郁弥という相手との本当の心の通い合い、そこに至るまでのものがちっとも丁寧に描かれていなかったからいまひとつかよの苦しみもぐっとせまるものがありませんでした。
蓮子と宮本にしてもあれほどまでにして結ばれるまでにお互いの強い結びつきが十分に描かれていませんでした。
この両方ともかよが立ち直れてめでたしめでたし、蓮子と宮本もめでたしめでたし、ついでにタキ先生と梶原さんもめでたしめでたし。肝心な花子と英治も似たようなもの。結果的によく見えるようなものばかり並べていれば人としての苦しみのようなものを描かないのだからふんわり見えるに決まっていると思います。
好きな人はそれでいいと思いますし、好きなドラマに会えてよかったのでは、と思いますが、私はこれでは人間を描くドラマとしてはもう物足りないことこの上ないです。
芯が詰まってない張りぼてのお菓子のようなドラマという感じにしか見えない。
村岡花子は文学者でしょう?文学ってやっぱり人の喜びも悲しみも深く追求したところにこそ成り立つのだと思う。それは現代だから昔とは違う、というのではなく今の若い作家の作品だって評価されているものはやっぱりそういうものが多いです。表現のしかたはいろいろあっても。仮にも文学者を扱うドラマならそのあたりのことはやっぱり他のドラマ以上に意識していただきたかったですね。
朝ドラもいろいろありますが、そうですね。例にあげれば、この前のごちそうさんなどは人との争いも相容れないところも描かれていた。ヒロインの恋にも夫の幼馴なじみの強力なライバルも出てきた。いろんな意味で登場人物は苦しみました。でも一人ひとりのそれぞれが人とは違う個性を持った登場人物がヒロインの一貫した食への情熱を通してお互いの個性や夢を大切にしながら絆が生まれていくのがちゃんと描かれていて私はどちらかといえば最終的に人の優しさのふんわり、ほのぼのした部分がこのドラマよりずっと実感を伴って感じられました。たまたま前ドラを例に出しましたが、表面づらの優しさだけでなく人の優しさ、ふんわりしたところが実感できるドラマは他にもたくさんあります。残念ながらこのドラマはそういうものに匹敵するようには私は思えません。
とにかくこのドラマの上辺だけの絵に描いたような優しい雰囲気にはどこか嘘くさいもの張りぼての感じがもうずっとしています。
恋愛さえ思い通りになれば人は幸せ、そんなもって行き方にもとても狭い世界観、人間のごく一部の感情をピックアップしてるに過ぎないものを感じざるを得ません。
清濁飲み込んで人は大きく強くそして優しくなれる
そんなことをよく言われるけれど私はそれにはやっぱり真実があると思うなあ
この花子とアンというドラマはそういうことばと無縁の世界
人の本当の優しさなんて、そう安易に語れるものでもないと思う
喧嘩しなければ大きな声を出さなければいじめがないようなふりをすれば人は本当に優しい、って言えるのかなあ
否定的な感想が多いと雰囲気が悪いとか、否定的な感想を重箱のすみをつつくと言ったことを言い出す方がいますが、そういうコメントこそ雰囲気を悪くするコメントだと感じますね。
誹謗中傷があるわけでなく、ドラマに対する個々の感想が並ぶだけ。
自分と違う感想を嫌なものとしか受け取れないから雰囲気悪いと思うだけ。
ここのせいではなく、自分の受け止め方のせいです。
否定的な感想を悪口かなんかと勘違いしていませんか。ここはファンサイトではないです。
否定を読みたくないならお茶の間ファンサイトを利用されてはいかがでしょうか。
自分に都合のいい感想しか認めないように他の感想をアホとかバカとか書くような方も迷惑極まりない。この頃そんな人がいますね。
ドラマをいくら褒めてもそんなコメントする人ではドラマのファンではなくただ否定派を叩きのめしたいだけの悪質な利用者にしか見えないです。
脚本がバラエティっぽい。継続視聴者で登場人物の設定キャラを知っている人を使った、小ネタの羅列。安っぽい手法ですが、結構、人を引きつける効果はあります。でも、このドラマで何を書きたいんだ? 何を伝えたいんだ?
優しいって感じる人がいるんだからそれでええやんか、いや違うってその人の感性を否定するかのような反論は好きじゃない。やっぱり私はファンサイト向きなのかなあ?
冒頭の入道雲。そしてたくさんのてるてる坊主を裏切る大雨。
どうしても約束の海水浴に行きたいと駄々をこねる歩くんに、ひとひらの雲が夕立を降らせて人間や草花や動物を癒すお話をして聞かせ、傍らでそれを聞きながら英治がイメージの絵を描く。協力して皆を元気づける本作りをしている夫婦らしいいいお話でしたね。しかもその話からさらに想像の翼を広げて歩くんは夕立を降らせて死んだ雲は虹になるんだね、と。それを聞いて神童だと喜ぶ英治はまさに親ばかだけど、その点は花子の父吉平と全く同じ(笑)なかなか微笑ましい演出でした。
日曜日が晴れてみんなで海水浴を楽しめるといいですね。
今日はエアあややに似た手法のエア海水浴が出てきました。
エア~海水浴にはびっくりでしたが、思えばここでも色んな言葉が出てきました。
インスタントおかあ、コピット族、限界の向こう、鉛筆で書いたのはオラです、ああこれはセリフでしたね。
今日の歩くんで神童と騒ぐのはあまりにもですよね・・。
かなしい出来事の前にそれまで放置していた人物にスポットがあたるのもこのドラマの特徴ですが、あまりにもフラグがわかりやすすぎて、こんなかなしい感じが今週ずっと続くのかと考えてしまうとつい気持ちが萎えちゃいますね。
ちなみに、インスタントおかあ、コピット族、限界の向こう・・等々の言葉は好きです。こうやって掲示板で盛り上がれるのもかなり楽しめてるるのかもしれないですよね。
2014-08-10 20:50:58 名前無しさんの意見に同感。
このドラマに捨て駒なんていないと思いますよ。いるとしたら、吉平さんの愛人顔して甲府に現れたサダさんぐらい(笑)
よく花子の犠牲で不幸を背負わされている的に言われるかよやももも、自分で選んで道を切り開いている。本人たちは決して不幸だなんて思っていないと思います。
花子だって悩み苦しんでいる姿は描かれていたし、見る人にはちゃんと伝わっていますよ。
私はこのドラマがふんわりかどうかはわからないけれど、周囲の人に残酷というような指摘は当てはまらない気がします。
白鳥さま
捨て駒じゃないよね!
いつ出てくるかと楽しみにしてるんじゃ
エアー海水浴なんて予想していませんでした。
ちょうど今は暑くて海水浴のシーズンですね。
海で泳ぐ歩くんを想像して見ていたらとても
心が和みました。
インスタントおかあ、コピット族、限界の向こう・・
私にとっては、不愉快な言葉でしかありませんが。
いつも私も批判的に見ていますが
今日はほのぼのと見れました。
母親になって初めて本当の幸せがわかったという村岡花子さん
エピは違えど、本当に幸せ造なほのぼのとした放送でした。
でも、おとうもおかあも、まず村岡父と婿殿に
あいさつするのが礼儀なんじゃないかな
このドラマは、そういうところがちょっと雑ですよね。
>女学校ではいじめもない
甲府の学校ではいじめはあったよね。
花もいじめられていたし
屋根の件は相当悪質ないじめだし。
でも反省もしていないし謝ってもいない。
花子が体をはって止めたってことだよ。
インスタントおかあ、コピット族、限界の向こう・・
甲府のおかあの蓮子に対しての大袈裟な言動に驚いたのも事実だし、「あまちゃん」の方言よりも多用してた「こぴっと」や「てっ」をあざとく感じた人が多かったのも事実。限界の向こうは、それほど悪い言葉ではないと思います。脱落しそうになってもこの言葉で掲示板で活性化して盛り上がったら、ドラマ掲示板としても話題になるし悪いことではないでしょう。
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