



2.67
| 5 | 694件 | ||
| 4 | 160件 | ||
| 3 | 156件 | ||
| 2 | 151件 | ||
| 1 | 1065件 | ||
| 合計 | 2226件 |
年老いた親を心配するのはだれしも同じかと思いますよ。
脚本家もね。
今、NHKはナレ死が流行ってますから。
凛としたままの滝子退場で終わらせたかったのかと思いました。
夜の窓をたたくシーン、鉄郎では?!とビクッとしました。
とりあえず今回は違ってよかった。
公式サイトによると「小橋家のピンチに神出鬼没に現れ、度々その危機を救う、なくてはならない存在。戦後まで小橋家の四人をを支え続ける」だそうです。
度々救う??戦後までって、戦前救ったことあった??なくてはならない??
戦争の一大ピンチ、奴がそろそろやってきそう。やだなぁ。
「その後ろ姿、たまらないね。」と洒落たセリフを言うミッチー。いいね、これ、と思った。
このセリフ同じ様な状況で前の商社の田口浩正課長とか斎藤洋介部長が鞠子みたいにちょっと色気のある子に言ったら完全セクハラだけど、フェロモンゼロ、モンペ姿の高畑常子にフェミニストミッチーが言う。私が常子だったら「ありがとうございます!」だけど、戦時中だから不謹慎なのかな、やっぱり。
私はフェミニズムは嫌いだけど、フェミニストはそれがいい男の場合のみ好き。(^^;;
鉄郎は小橋家がピンチのときに来てないよ。いつも金に困っているか腹が減っているときにしか来ない疫病神だよ。
五反田さんセクハラかっ?!を出したものです。
私も素敵なミッチーに言われたら「ありがとうございます」ですよ(笑)
確かに鞠子や君子だったらかなり際どい感じです。
ご指摘の通り、時期も時期だし、五反田さんのリップサービスとはいえ何も常子に(やきもち??)とか、なんといっても脚本の度重なる下品なことばチョイスに、神経質になっているのかもしれません。
ミッチーだからこそ、素を感じさせないストイックな感じでも素敵だったかもしれませんね。
上に書いたフェミニスト好きの者です。
(^O^)
いえいえ、セクハラって感じても仕方ないですよ、戦争中だしね。多分このセリフは暗〜いこの回にミッチー使って視聴者笑かそう、くらいの事を西田さんが考えたのかもしれません。だって全然「たまらない」後ろ姿じゃないもん、常子。
それより私は赤紙が来てない五反田さんに驚いた。でもそろそろなのかな。
勘違いしてる人がいるけど、引っ越しの三ヶ月後に滝子は死んでないよ。
今日の放送を見ても滝子の生死は不明です。
今日は美子の演技力が際立ってましたね。
先週お婆様について行くと言ったり、
たいていの場面で美子だけは人間的な反応を
しているので演じ易さもあるかとは思いますが
美子が喋ってると、いいドラマを見ている感じになります。
編集長、戦争にいくんじゃないか!この編集社まずいんじゃないのか?
滝子が死んだとはいってないぞ。先週、それは滝子の最後の姿でした。としか出ていませんよ。
美子は今何歳だー。
おままごとグッズでダダこねるって・・・。
他に滝子と思い出グッズなかったのかな。
にしても昔も今も大してかわらんねえ。
不謹慎だー!ってw
ミッチーがフェミニストのおかげでこの重苦しい空気が少し軽くなっていいです。編集長は戦地にいきましたね。ぐっさん得意のミスタービーンのマネでもして戦地の空気を和ませてくれるんじゃないのかな?
美子役は中華料理のCMであまり好きでなかったが、ドラマの雰囲気を壊すこともなく見ていて不快というほどでもなかったです。滝子との思い出のおもちゃを手放すのですね。ドラマは良い意味で加速してきたね。
一応整理
先週の17年春は空襲(4月18日)後だったので
そこから多少あってから一ヶ月後なので
おそらく5月末頃にお婆様引っ越し。
今週はそこから2年半余り後からスタートなので
昭和19年6月と言ったところですかね。
個人的には、先週美子が「日本が勝って早く終わらないかな」
と言った後に、焼け野原に立ち尽くす常子達に飛んでもいいと思ったくらい
戦争描写は必要ないと思ってるんですが。。
このドラマは、出版社での最初の1年をほぼ飛ばしたり
時間を飛ばすタイミングが下手だなぁと感じる事が多いです。
子供のおもちゃと言えば隈井の手作りおもちゃで
子供達が笑顔になった事の方が印象が強いのに
そんな事は頭の片隅にも無さそうな常子と鞠子であった。
今まで普通の生活や職場すらまともに描けなかったドラマが無理に戦争を描こうとするから不自然で違和感いっぱい。
モンペはかせて、物々交換やっとけばそれでよし、という感じで緊迫感が伝わってこない。
祖母のことも星野のことも心配しない常子だが、これは脚本家がもう終わったキャラとして忘れ去っているからかも。
評価は1より下がないけど、本当は-5くらいつけたい。
視聴者をなめてる感じが許せないから。
「後姿がたまらない」と言われても「この人また言ってるよ」くらいの感じで右から左の常子でしたね。常子も自分のことはよく分かっていて、かつ適当に受け流せる。五反田さんもそれを分かっているから言うのかも。
深川の木材商は全て廃業になり、木材の流通は軍が全てを統制。
隈井さんに作ってもらいたくても、
おもちゃの材料となる木切れなどもなかなか手に入らないのでは。
五反田が本気で常子を口説いてるとしても何の問題もないしね。
今の感覚でセクハラだろうが当時の描写に気を使う必要無いし。
タバコは異常なほど規制されてるけど…自主規制?
「お国のために」我慢すれば我慢するほどアメリカは
「やり方が手ぬるかったか」
とついに無差別爆撃に踏み切るだけ、哀れだね
クラスターナパーム弾がバケツリレーで消せる訳もなし
隈井の手作りおもちゃを持って行け、じゃ無くて
おもちゃを作れないか と言う発想は湧かないのかって話ですよ。
さすがに星野は思い出さないよ。星野より妹たちを選んだのだから。祖母の心配はおもちゃを食糧と交換させないという美子の描写だけでつたわりますよ。緊迫感はストーカーみたいに小橋家を追い回す粘着組長がつたえてくるていますよ。
とりあえず、戦争編は早くおわりでいいでしょう。あさ来たのサトシみたいに5週もひっぱらないでほしいよ。脚本家も戦争を長く書く気がないほうがいいよ。
戦中なのに緊迫感ゼロの家。まったり縁側でお茶を飲み、髪はきれいにセットして農家まわり。相変わらずの母子。
美子だけは場面に応じて星野も思い出す。
唯一生きてる人間らしさがある。
こういう感想欄があるので、そういう先入観が生まれてしまう。「朝ドラ」にそこまで必要なのかなぁって思ってしまう。
戦時中の庶民の暮らしっていうと「火垂の墓」を思い出してしまう。
軍人の子としてなら、人もそれなりに扱ってくれるが、いざその親が戦死すると、扱いがゾンザイになってしまう。
常子たちは、女系家族。男がいれば軍人として出ていったので寂しさは相当だろうけど世間の目のいやらしさがなかった分まだ楽だったのかもしれない。
男尊女卑。このころの女系の暮らしって相当辛かったのではないかと推測する。
まだろくに空襲も無いし庶民はのんびりしてるのが普通ですよ。
空襲が始まってからでも、「昨日は空襲警報がなくて寂しかったねえ」と笑ってるくらい、庶民とくにおばちゃん達は強かったんだから。
>「はい、お得意のワープが出ました」
いままでの朝ドラにもありましたけど・・・。使い方が少し下手かもしれませんが。
>「美子の思い出・・・・追い詰められてるわけじゃないのに?」
たとえ食糧1回だけかもしれないけど大事ですよ。食べられるときには食べたほうがいいですよ。それに非常食用かもしれないし、戦争中で本当に追い詰められていたなら安全な食べ物は手に入りませんよ。
万年筆や着物でも交換できないと言ってるわけですから、それなりの価値のあるおもちゃが欲しいという話なのでは?手作りおもちゃ言ってもですね、材料がないんじゃないかなぁと私は思ったのですよ。手作りで納得してもらうにはそれなりの材料も必要だと思うのです。
三ヶ月後というのは、木曽に旅立った三ヵ月後に深川の木材問屋は全て廃業になったという話でしたよね。滝子が木曽の療養地に行くことを決めた時、清と隈井に自分はもう1年持たないと思うと言っていました。そして常子たちにとって、木曽に旅立つ滝子の姿が最後になったと言っていました。あれから二年経った今、奇跡が起きたというエピソードでもない限り、普通に考えたら一年以内に亡くなったと考えるのが自然かもしれないなぁと思います。
私は前のほうで、貝殻で玩具を…の発想もない、と書いたものです。
すぐ上の方々の木の玩具とは論点が違うことはわかっていますし、材料がないことも承知しています。
ただ、小さい女の子が戦争のせいで玩具が手に入らず貝殻でつまらなさそうに遊んでいたなら、暮しの手帖の創始者であり、常に人の役に立ちたいと考えている常子です。食料と交換うんぬんは別の話として、何かその場で工夫して少し遊んであげてもいいのになぁと思いました。
忙しかったのかもしれないけど、立ち止まったのに優しくないなぁって思いました。
家族以外にはそういう発想すらない常子が残念です。
きっと、それどころじゃない状況の食料調達のためだけのエビなのですね。
以前、戦前生まれの方と話した時に、今の人は「おしん」と「蛍の墓」を見て、戦時中や戦後の日本はどこもかしこもあんな感じで、日本人は皆んなああだったと思う人が多くて違和感を覚える、と言っていたのを思い出しました。因みにその方は空襲に遭われた方です。悲惨なことも確かにあったのでしょうが、それだけではないのだと思います。
何とかなりませんかあ・・・
おもちゃを重要なアイテムとして15分かけたのなら、
その後の滝子がどういう状態でいるのか、思い出してもいいんじゃないのか???
ひょっとしたら形見になるかもしれない大切な品を
これしかないみたいにしないで、
その類まれな創造力で常子が美子の思いを救い出してくれれば拍手喝采だったのに・・・。
>何かその場で工夫して少し遊んであげてもいいのになぁと思いました。
↑
済みません。私が反論したのはその投稿ではないのですが説明不足でしたね。これに関しては私もそう思いました。こういう事をしないから優しくないとまでは思いませんでしたが、このドラマが目指しているところを考えると、せっかく眼の前に貝殻があるのだから腕の見せ所ではないかとは感じましたよ。「暮らしの手帳」を作るにあたり、常子の発想力や着眼点にも説得力が生まれたように思います。しかし、それをやって見せたところで、貴重なな食料を分けてもらうわけですから「ままごと道具」は出さないわけにはいかなかったろう、と思ったのです。
視聴率はどのドラマも関東地区を元にしていますので問題ありません。
今日は美子の演技力の高さを再確認出来ました。このドラマは役者さんも素晴らしい。
今週は観ている方も辛くなりそうですね。
06-27 14:55:12さん
えっと、反論されてないことも、ままごと道具が必要なこともわかっています。
玩具関連だったのでついでに書いてしまって、こちらこそ紛らわしくてごめんなさい。
優しくないというとまたややこしいのですが、あの場でひょいひょいって女の子と遊んであげたら、今後に繋がる素敵なエピになったのになって残念でした。
それが、食料との交換と関係ないほうが、真心からなのでより効果的だとも思いました。
でも、社会情勢と美子の心境の変化を描きたかったのですから、仕方ないか?とも思いましたが、別にさらっとなら両方描けたかなと思い直したので書いてみました。
木の玩具のあたりは、私はリタイアしていた時期で見ていませんでした。そんなことがあったのですね。興味深く詠みませてもらいました。
わざわざ、ありがとうございました。
ヒロインがその他大勢に埋没しているので、誤解が誤解を生んでいるのでしょうね。
はやくとと姉ちゃんに戻ってください!!
最終週のサブタイトルが、もしかしたら、常子とと姉ちゃんになる..なのでしょうか。何ともしがたいドラマです。大橋鎮子さんがモチーフでしたよね。
2016-06-27 15:25:31 さん、お返事ありがとうございます。ご意見を読んで、色々と考えさせられましたし参考にもなりました。
>あの場でひょいひょいって女の子と遊んであげたら、今後に繋がる素敵なエピになったのになって残念でした。
私もそこは同じように感じました。農家の男性は、大事な作物だから値打ちのあるものでなければ交換には応じたくない、というような事を言っていました。だから、最終的に食料と交換するものは、それなりの品物でなければ説得力がない気が私はしたのです。例えば着物との交換を断られた後に、楽しい玩具がない子供の事を可哀相に思った常子が、あの貝殻で工夫して遊んであげている所に、家の人が通りかかり常子の発想に感心し「もっと孫の喜ぶ顔を見たい、もし玩具があるなら交換しても良い」という事にでもすれば、私の中では、美子は食料の為だけにままごと道具を手放したのではなく、あの子が喜んでいる様子も想像できた気がするんですけど。でも、食料のためには大切なものを手放すのも仕方ないという厳しい描写にしたかったんですかね。時代が時代だけに。
モチーフ本にも家族で大切にしていた日本人形と食料を交換したと書いてありますから,思い出のものを手放しても食料と変えざるを得なかった厳しい状況だったのでしょう。
子供と遊んであげたくらいで、そうやすやすと食糧交換の条件を軟化してくれるわけじゃないよ。食糧難の時代で農家は高価な物との交換であっても飽き飽きしていただろうし、あのオヤジは常子が着物と言った瞬間にいらないと言っていたじゃないですか。あの時代、食糧にまさるものなんてないでしょう。常子と子供が遊ぶシーンなんていらないと思う。そう描いでも常子がただの偽善者に映るだけだね。
美子が状況を判断しておもちゃを手放すと言ったシーンが本当に戦時中らしい,あの時代に生きてる人らしい心理描写だと思いました。
他の方のアイディアや思い、いいじゃないですか?
尊重しましょう。
いろんな可能性を秘めたドラマだと思えば面白いって事になりませんか?
食い物が手に入りづらくて余裕のない常子と鞠子が農家に交換を断られた直後に子供と一緒に遊ぶだなんてないと思います。
普段の鞠子ならおもちゃを交換してくれなどと美子に言えるわけがないのに、美子の顔みた瞬間におもちゃと交換してくれと言うこと自体が、小橋家が切羽詰っている証拠だよ。しかも滝子との思い出の物だと知っているんだからさ。
千葉で何件も交換を断られていて余裕がないのに、子供と遊びだしたらおかしいよ。
過去の経験や知識が全く生かされないなこのドラマは。
これでヒロインの成長を描いてるつもりなのか。
2016-06-27 16:35:27です。
農家の男性は貝殻で遊ぶ子供を見て、すぐに「玩具なら食料と交換する」という条件を出して来ました。食料が何よりも大事なご時世に、即座に「玩具ならOK」となったので少々違和感を感じたのです。例えばの話で、貝殻で詰まらなそうに遊ぶ子供を見た常子が「こんな風にしたら面白いよ」という感じで子供を笑顔にする、そんな常子らしい閃きがあの場面で見れたら尚良かったな、と思ったのです。子供が喜ぶ姿を見た農家の男性が「よし大負けに負けて、玩具なら交換してやってもいい」と態度を軟化させる方が自然に見えたかなぁ、という妄想であり感想でした。少しこのドラマに対して欲張りになっているのかもしれません。美子ちゃんがままごとセットを手放すまでの心理描写は良かったと思っています。皆さんの意見を読ませていただき、色々な感じ方があってなるほど思いました。
おもちゃがほしいと言ってる子どもと楽しく遊んでも結局またおもちゃをほしがるでしょうから,ままごとセットとで女の子に喜んでもらい,たくさんの米や野菜と交換したほうが生きる道だと思います。
遊びや生活の知恵は戦後に期待しています。
昔はおもちゃがなかったから,お手玉をつくったり,毛糸であやとり,ゴム飛びなどで遊んだという母の話を思い出しました。
戦争中のことがよくわかってためになります。
色んな描き方があって然るべきです。
家族の死でも戦争でも。
何にせよ芸術は自由ですので、ドラマ作品の描き方にも多様性を確保しなければいけません。
小橋一家の誰ひとりとして、おなかが空いてるようには見えません
でも、今日のよっちゃんの演技だけはよかったです
暮らしの手帳が好きなら、戦争の話は長々やらないほうがいいでしょう。この感想欄で「余計な話はいらないから暮らしの手帳の話を早くやれよ!」っていうのありましたよ。
ワープでもして早く戦争の話をおわりにしたほうがいいと思うし、この朝ドラは戦争を中心に描きたいわけじゃないよ。ドラマの前半にもってきたのはこの話が本命じゃないもの。
今朝の放送を観ていて、私ならあの女の子にあの貝殻でどんな遊びを考えてあげられるかな?とか、どんな玩具に作り替えてあげられるかなと、瞬間的に考えてしまっていました。
なので、常子と鞠子が立ち止まっただけで立ち去ってしまって残念に思ったのです。
子供はどんな情勢であれ、遊ぶことが大切だと思っているので、常子の考えた遊びであの家の周りの他の子供たちも遊べるといいのになぁって、そこまで考えてしまったので。
暮しの手帖は常子の生き方そのものと解釈していたのでそう思ってしまったのかもしれません。
食料を分けてもらうために遊んであげるなら、遊んであげないほうがいいと思います。全く逆です。
誰にも同意を求めているわけではないのです。
批判は仕方ないかもしれないけど、感想は変えてほしくないと思います。
あと書きそびれました。
2016-06-27 19:24:45さんのおっしゃるような展開で「玩具なら」となるのが、一番しっくりしたように私も思います。失礼しました。
空腹でない視聴者では、空腹の常子たちの気持ちはわからないよ。
千葉までいって食糧がなにひとつ手にはいらないのに、毎日腹いっぱい食っている農家の子供となんかと遊びませんよ。
食っていない自分たちのほうを考えなければならない状態で他人の子供をかまっている余裕などないです。
この場合、見ず知らずの子供と遊ぶような人は最低でも腹が減っていない人じゃないと無理だよ。
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