



3.50
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| 合計 | 2696件 |
五代に抱きつかれた時は
受け止めても拒否してもその気があるように見える可能性があるからあえて何もせず(?)びっっくりした演技にした(大意)と波瑠さんがアサイチで発言されてました。
波瑠さんも悩んだシーンの一つと言われていました。
私はそれを聞いて少しは胸のつかえもおりたし波瑠さんが好きになりました。
応援しようと思いました。
あんなシーンを設定する方がどうかしている。
前後の必然性もなく無理やり強引過ぎ。
結局ドラマ的に何の決着もつけず放り投げたまま。
「伏線回収が見事なドラマ」なんて笑わせると思いました。
あの抱きつきからあさと新次郎、あさと五代、あさの人生観などに影響を与え成長の糧とするなら意味もあったと思う。
でも最後まで何の掘り下げもなかったし、ただ映像だけが繰り返し意味無く流された。
私はあのシーンはこのドラマの格を下げたし、薄っぺらく底の浅いものにしたと思う。
人の事に興味無さそうだったよね。
最終回でも、田村宜に海外留学のこと語ってもらおうみたいなこと言ってはいたけど、自分の演説が終わったら宜の番を待たずに駈け出して「終わり」だったし。笑
いろんなシーンで「やらないんなら言うな」「できもしないのに言うな」が多かった印象。
このドラマは、脚本の素晴らしさはいうまでもありませんが、同時に俳優さんにも極めて恵まれていましたね。ごく最初のころから、寺島、升、林、柄本、宮崎、近藤さんなど、ベテラン俳優さんたちの見事な役作りで、ドラマのなかの世界が生き生きと臨場感溢れるものに作り上げられていった。しかし改めて考えると、その中でも際立って存在感を発揮していたのが、玉木さん演じる新次郎だったように思います。いつもふらふらして捉えどころがなく、お商売もせず遊んでばかりいる。ではどうしようもないアホぼんかと思えば、たまに口を開くとあれっと思うような含蓄あることを言う。そしてあさが落ち込んだり、道に迷っていたりするとき、これ見よがしではなく、あくまでさり気ない形でそっと手を差し伸べる。そういう不思議な捉えどころのなさに、どんどん魅了されていった気がします。ともかくこのドラマは、脚本、演出、俳優、カメラワークなど、あらゆる希有な才能がここに集結して見事に花開かせ、10年に一度のような珠玉の如き作品を生み出したんですね。
兎に角、新次郎の「よしよし」あさに気色悪かった、「よちよち」に聞こえた、肩をいちいち触ってた、そういうの沢山でゲンナリだった、
回りくどい言い方も飽きれた、病名もはっきりしないでの、もう長くないアピールのしつこさ、
潔くない。
ぱっと花が咲いたような美しい姉妹を見るのが毎朝楽しみでした。美しさばかりでなく厳しく慈しみを持って育てられた故の品の良さや凛々しさが、半年に渡る姉妹の生き方のベースとなったことで、私たちは安定感や信頼感をもらった気がします。
ともかく愛に溢れたドラマでしたね。ドラマのなかに描かれたいろんな愛ももちろんだけど、作家の自作への愛、俳優さんたちの自分の役柄への愛、そして私たち視聴者も、半年間、このドラマのおかげで夫婦間の会話が増えたり、子供たちとの団欒が増えたり、そういう話を私の周囲でも幾つも聞きました。暖かい情愛に満ちあふれたドラマは、おのずとその周囲やお茶の間にも愛を運んでくれるんですね。
あさが来たのなかには様々な人生がつまっている。
このドラマを見続けることで、
自分の人生についても色々と考えさせられた。
これまでの来し方のこと、これから生きていく道のこと。
どんな苦労に出会っても明るく振る舞い、
相手のことを思いやることのできる、
あさが来たのなかの人々の、
そんなごく当たり前のことに改めて感動した。
きれいな言葉で褒め上げれば褒め上げるほどに、実際のドラマ内容と乖離していく。
人間味に溢れていたのは使用人たちだけだった。
人のつながりを描くのはとてもよかったです。
江戸や明治の社会を描かないから,ファンタジーとして浮いてしまった感じが少し残念でした。
いよいよスピンオフですね! どんなにこの日を待っていたことか。
「あさが来た」が終わってから、毎日が急にさびしくなりました。
今の朝ドラマも出来れば楽しみたいと思ってはいるのですが・・・。
でも「あさが来た」の世界は、本当にあのドラマだけの、
あのドラマしか作り得ない独特な世界でした。
登場人物みんながきらきら輝いていて、
次はどうなるのかとひたすらワクワクしながらテレビの前に坐る。
優れたドラマ特有の、なんともいえない期待感と充足感を
見るものに与えてくれました。
半年間の楽しさは、永遠に忘れられません!
大好きな「あさが来た」
大好きなあさ、新次郎、はつ、惣兵衛、正吉、よの、千代
そして加野屋の人々・・・。
こんなに愛すべき人々が登場したドラマを他に知りません。
これまでも、そしてたぶんこれからも・・・。
重箱の隅つつかなくても 丸見え粗が目立ってました。脳内補完たら 脳内捕捉しまくりドラマだなんて、流し見の ながら見で十分でしたね。恋愛欲求不満脚本家だと知りました。
ファンタジードラマなんだからさ そりゃ 色男に美女、綺麗着物に小物で目を眩ませなきゃ。 辛気くさい話なんか描けやしないさ。愛って何ですか?‼って叫ばなきゃいけないくらい あっちでも こっちでも老若男女の恋愛ぶっ混なきゃ 見てもらえない 下らないドラマだったね。ノブと成澤が恋愛しださなくて良かったわ!
あいのすけ…最後の方にはもういてもいなくても どうでもよい存在になってましたね。どんだけ大根か思ったが役者にや向いてないって自分でもわかったんでない?千代がたくさん子ども生んだけど あいのすけは いつまでもデッチ止まりで悲惨な感じ。な あいのすけの出演でしたな。
あさが来たの録画を再試聴し始めて気づいたのですが、かなり最初の頃から新次郎の性格って前に出てきてるんですよね。「物でもやりとりするように親の勝手で嫁にやられるのは嫌」と言うチビあさに、パチパチはんをプレゼントし、「幼い内にさっさと嫁にやられるのに納得できない気持は分かる。無理に嫁に来いとは言わない。気の済むまでよく考えてそれでも自分の元に嫁ごうと思えたら、そのときは仲良くしような」、と言い置いて去っていく。結婚後も彼は商売に身が入らず遊び呆けて、どうしようもないアホぼんだという批判も出たりしましたが、私にそうは思えなかったのは、やはりこのときの寛大で暖かい台詞が頭に残っていたからだと思います。このときからある意味、彼は理想的な夫ではないかと秘かに思うようになり、その思いはドラマが進んでいくに従いますます確固たるものになっていったような気がします。そして自分が想像していた通りの結末となり、とても嬉しかったです! 大森さんは新次郎を朝ドラとしては全く新しいタイプの夫として描き、見事に成功させましたね。
ずっとあさが来たの録画の再試聴を続けていますが、いまは34話あたり。この辺はまさに息もつかせぬ展開ですね。毎朝、テレビの前に正座して、食い入るように見ていたのを思いだします。
あさには依然、子が授からないのに、姉のはつの方は産気づいて元気な男子を出産。後継ぎが出来ないのを焦って、姑のよのは新次郎に妾を持たせようと手を尽くす。一方あさは、危機にある加野屋を救うために、折しも売りに出た炭鉱を買い取るため自ら九州への旅行を企てている…。
この時代、嫁が何日間も夫を放ったらかして家を空けるなどとんでもないこと。それでも今を逃したら、二度とこの好機は訪れないかも知れない。苦しみぬいて意を決したあさは夫に、お家のためにどうぞ妾を持って下さいと手をついて頼む…。
現代なら想像もつかない展開ですが、いかにこの時代とはいえ、あさの辛い思いを察すると見るほうも万感迫るものがあり、思わず涙してしまいます。本当に改めて、なんとも良く考え抜かれた脚本ですね。
全く人が描けてなかった。特に男性がひどい。
新次郎もディーン伍代も、あさ上げのためだけに存在していた。
ディーンに至っては私生活の無い不気味な人物だつた。
彼らイケメンが、あさ上げのカッコいい決め台詞を喋れば大ウケ、正に大衆演劇の世界だわ。
別に大衆演劇を否定しないけど、これを大河ドラマなどに例えるのは、噴飯ものよね。
アサって一応分家の嫁だよね。栄三郎が大人になるまで待てずにアサ夫婦に跡継ぎをせかす姑達。かのやの跡継ぎ栄三郎に許嫁も当時いなくて変だった。アサ様に活躍させるためだろうが ほんとご都合主義が有りまくりでした。うちが!うちが!と うるさい分家の嫁でした!
プロの審査員により、視聴率ではなく作品の質のみで選ばれる権威ある賞の一つといわれるギャラクシー賞は落選だそうで。
素人は騙せてもプロは騙せなかったようだ。
プロじゃなくても、過去にいい映画やドラマをいろいろ見てきた人なら、このドラマがたいしたことないことは明らかだと思うけど。
こんなドラマよりいいのいくらでもある。
本当にあさが来たは、一人一人の登場人物、一つ一つのエピソードが、なんともタアリティ溢れていましたね。普段はあまり朝ドラを見ない主人も、このドラマだけは珍しく毎朝きちんと試聴していました。人物描写が表面的な浅いものに堕していない点が気にいったそうです。
確かに放送が終わって再試聴すると、最初見たときは気づかなかった、様々なことに気づかされます。たとえば最初のほうの、明治の世になり加野屋や山王寺屋にも倒産の危機が迫ったあたり。あさもなんとか自分も商売に参加させてもらい加野屋のために役立ちたいと、舅の正吉に直談判します。
舅の許しをもらい、加野屋の危機を救うため、あさが奈良の甘利のもとに借金に向かうのですが、最初この回を見たときは、なぜ甘利があさにあんなにあっさりと金を貸すのか、少々唐突に感じられたものです。
しかし今改めてみると、ここに行きつくまでに、才覚、先見の明、度胸の良さなど、あさの人並外れた器について随所で細心に伏線が張ってあったことが分かりました。あのときは少々不自然に感じた「あんたは日本一(?)の女商売人になる」という甘利の台詞も、実は決して唐突でもなんでもなかっのだと理解し、どこまでも緻密な脚本の作りに改めて感服したしだいです。
表面的な事象にあまり気を取られていると、えてして肝心なところを見逃しがちになりますね。
そそっかしくてお恥ずかしい。タアリティ→リアリティです(笑)
視聴率が悪くても、おかしの家やちかえもんが受賞するのは納得だわ。
良い作品と視聴率とは関係ないのは明らか。雑な脚本のあさ来たがとれるわけないです。
はつ家族の話がなかったら、このドラマもっと酷かったと思うわ。
甘利?玉利かなと思ったけど…覚えてないが 日本一の女商人になると予言して アサがまぁ なったとしたならもう一度 玉利か甘利か知らんが登場させりゃ良かったのに………
あさが来た、が終わって3週間経ち、何気に ここの感想サイトを見てみたら、未だに 色んな感想が 毎日綴られており、びっくり⁉👀 良いドラマだったと録画を 見直してる人、あざとい脚本で面白くなかったと批判的な人、まあ色々ですけど、終わってもなお これだけ感想を寄せられるって事は、どちらにせよ 、皆さん あさロスなのでは…⁉
私は、今の朝ドラは、見る気になりません⤵一応、1週間みたんですが、何ともつまらない‼ 感想書く気にもなりません😵 これはもう、好みの問題で、脚本がいいとか悪いとかの話しではなくて、生理的な感覚だと思います❗
どんなに絶賛され、賞を取った作品であっても、見ない物は見ないのと同じです…🐱 役者さん達の好き嫌いもありますしね⁉😅
終わってくれて清々したと思った朝ドラはカーネーション、マッサン、あさが来たくらい
これで一年も立たないうちに忘れ去られてくれればいい
手軽・気楽・心地よさを追求したドラマ。
ですからとても楽しめるとの意見はその通りだと思います。
安心と希望通りの最適解が常に用意され、それ程想像力がいらず楽しめます。
変な意味じゃなく本当に漫画的なドラマであると言えます。
とと姉ちゃんは絵本的。
でも商業的な価値や世間的な人気の大きさは一般的に言って絵本より漫画なんですから、視聴率的に言っても漫画と例えさせていただきます。
スピンオフとその後の名場面集でまたあさ来たワールドに浸ることができました。
あさが来たは心を躍されるものがあり,とと姉ちゃんは心を癒されるものが私にはあります。交感神経と副交感神経のバランスが取れているようで,どちらも楽しむいい朝をもらって感謝しています。
民放の番組見ててCM中「スピンオフ」にちょっと変えたが、また寒いコントやってたので、チャンネル変えた。このドラマの笑いセンスのなさを思い出した。
スピンオフを見終わりましたが、正直、全然面白くありませんでした。
一応それなりにほのぼの、ほんわり作ってはありますが、大森さんの築かれた「あさが来た」の世界とは、似て非なるもの。
改めて大森さんの才能の非凡さに感服させられるだけでした。もし「あさが来た」がこの程度のドラマだったら、たぶん私はなんの興味も抱かなかったでしょう。
厳しい言葉かも知れませんが、大森さんの才能はそれほどのものなのです。
最後のところでこれまでの「あさが来た」の一連のハイライトシーンを見せてくれましたが、それだけが唯一、感動的なひとときでした。
「あさが来た」、本当になんとなんと凄いドラマだったのだろう。
名作とか秀作とか、私にとってはそんな在り来りの言葉では表現しようもないほどのものでした。
本当に、かけがえのない半年間をありがとう!
洒落が効いててスピンオフの方が良かった。
スピンオフそれなりに悪くはなかったけど、
やっぱり本作に比べると今一つかな。
けど、それはともかく
久しぶりに懐かしいあさ来たの世界に触れて楽しかった。
まだロスから立ち直れずにいます。
大森さんの情の描き方に引き込まれて視聴者はおとされてしまうんですよね。最後は一件落着でいい気持ちになれる。あさきたワールドはそういうものだったなあ。
やはり良かったのは前半部分、正吉が亡くなるまでと言う意見を何度か目にしたけど同感。
年明け以降は特にあさとビジネスの話は面白くなかった。
あれ以上やっても魅力なかったと思う。
後半の脇の恋バナもイマイチだったし、
ドラマのストーリーとして核は何だったのか?という感じがする。
あさは最後まで美しかったが新次郎と絡む時が一番素敵だった。
他のキャストも新次郎と絡む時が面白かった。
逆に言うと新次郎の居ない場面はあまり魅力が無かった。
結局このドラマは新次郎でもっていたのだなあと思う。
↑上記に追記
番頭さん達が上手で良かったのは勿論です。
おおむねという意味です。
タイトルは「新次郎が来た」で正解ですね。
最終章も新次郎の死がメインでしたから。
チョーダサい駄作だ❗
スピンオフより、その後の名場面集に感動しましたね。
涙がぼろぼろ流れてきて仕方なかった。
朝ドラを見て泣くなんて生まれてはじめて。
私も終わってくれて清々したと思った朝ドラはマッサンとこのあさが来ただけ。本当にあざといドラマで大嫌いでした。
意固地になるまでのハツだけは応援したくなったけれど、それからはハツまでもすっかり嫌になってしまいました。
時が経てば経つほど、あさ来たロスはつのるばかりです。
朝ドラ史に残る永遠の名作ですね。
素晴らしい半年間をありがとう!
こんなに鼻につくドラマは無かった
大久保利通が暗殺され五代がショックで酒を呑み、あさに抱きつき、それを後に2人の秘密と新次郎に嫉妬させたこともあった、あさは新次郎にネチネチと小さい男と言って逆ギレしてた
この頃やたらめったら、あさはすごいと言われて何処が?と思った
やたらすごい偉人達の名ばかり出したあざといドラマであった
いくら地震があったとはいえ「とと姉ちゃん」の高視聴率をみるとと何か脱力するものがある。
平凡な庶民の日常でいいんじゃないか。
あんなに善意の視聴者を不愉快にしてまで煽りに煽った「あさが来た」は何だったのだろう。
あんなに強引に無理くり展開にしても視聴率あっさり抜かれそうだ。
脚本家 どれほど凄い人なのかは 全然知らないし。ほんとは大して凄くないかもしれないかも。自分が最初に書いてる脚本内容を視聴者に評判悪いとなると変更するらしいとは私にしたら付和雷同な脚本家ですね!アサキタ信者の思い通りな内容にして好評だとか今世紀最高のドラマだとか言われてるなら 脚本家としては視聴者や信者の意見の言いなり脚本で喝采浴びただけなんですね…なるほどね!
今世紀最大の珍迷作の駄作だ!金持ちは金儲けだけを考えるんだと納得。心配ごとない奴は他にすることないから恋愛ボケ。笑っちまいますな。
やっぱり基本、大金持ちのお嬢様の話でしかも仕事面の苦労や努力をきちんと描かないから、上っ面だけの絵空事にしか見えなかったです。
お金持ちでもあの時代に女性が新事業を興すのは大変なことなのに
すべてが他人の発案に乗っかるだけで自分は大したこともせず(ドラマでの描写不足)
口で他人の受け売りのエラそうな弁舌をふるうだけで
みんなからさすがさすがと誉めそやされる。
しかも女性の生き方をテーマにして家事や育児も家政学という立派な学問だと説きながら
自分は理解ある婚家の家族や夫に甘えっぱなしでろくに家事も育児もしない。
ヒロインの漫画じみた幼稚なキャラ設定(びっくりぽんにお口つままみ、人前での四股・相撲)ももちろん、最後までヒロインの生き方に全く説得力のないドラマでした。
このドラマはフィクションですという断りはあっても決して時代劇ファンタジーですなどという謳い文句はなかったのに
いつの間にか何でもありのファンタジーになってしまっていた。
後半は恋バナと人の死によるお涙頂戴ばかりで
本当に視聴意欲がそがれました。つまらなかったです。
私の総括としては、
何人かの人が言われた通り大衆演劇だったのだなと思いました。
綺麗な衣装を着た美男美女の主人公夫婦。
夫婦の情感やお涙頂戴を音楽と共に盛り上げ、
時にはたちまわりや仕事の様子も少しは入れる。
でもメインはヒロインと二枚目の色男とのヨロメキそうな危ない関係。
精一杯切なく妄想させる。
その大衆演劇を楽しめるかどうかは好みの問題ですね。
上演時間一杯感動した人もいるでしょう。
でも私は詰めが甘く思えて不満と違和感が残りました。
受け取り方は人それぞれだと思いますが、
今世紀最高の傑作とか名作とは思えません。
雁助が好きだったけども。
作品全体としてはちょっとね。
あさちゃんパートは最後まで品がなかった。
はつちゃんパートも途中からおかしくなっていった。
楽しかったです。いいドラマでした。
素敵なドラマだった。
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