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さすがに高畑さんの個人技は輝き、浮き上がってしまって勿体無いと思ってしまいました。
SNSなどでは
「来週も子役ちゃん出るのね」
「まだ!まだ!まだチビ舞ちゃんだ!」
「今週で子役編終了かと勝手に思い込んでたけど来週もあるのか」
「子役編、3週目も続くんだ」
などのコメントが並んだ。
私だけでなく日本中がチビ舞ちゃんの演技に魅了されてるんですね!!
ホント前作の掲示板の方が全然盛り上がってる。
始まってこの時期まで、この状態は珍しい現象ですね。
永作さんの演技にSNSなどで
「泣き方や座り込んでいく姿が、 めっちゃリアルだった」
「すごく泣けた」
「胸がぎゅっとなる」
「凄いな、第2話でここまで胸にくるとは。。」
など早くも絶賛の声が挙がった。
私だけでなく日本中が永作さんの演技を称賛しているね!!
日本中??
ソースをお願いします。
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やめましょうね。
ちむどんどんSNSで酷評だらけで称賛はなかった。
舞いあがれは酷評が少なく称賛が多い。
確かにこの注目度の低さは、朝ドラのながら見や時計代わりの復活を想像させる状況でしょう。
美しい景色や、ちょっとお涙頂戴といった感じでも朝ドラは十分との見方も出来ます。
単調で既視感がある朝ドラ。
ドラマ的面白さは感じない。
あざとさだけは凄い。
派手さは全くない。注目されなくてもいい。
このドラマは優しいから好きになれる。
>あざとさだけは凄い。
あざといかどうかは分からないが毎回感動して涙が流れます。
とてもいいドラマだと感じています。
地味で静かなドラマだから、視聴率がバーンと上がるタイプのドラマではない。あざとい感じのドラマではないと思う。
とにかく優しいの一言に尽きる。
親子の絆や近所のつながり、この中で子供に対する勇気づけの心温まるエピソードだった思う。
母親がやや過保護で、娘が傷ついたり失敗する前にやりたいことを抑制したり、親自身がしてやってしまう。そうすると小さな失敗や思い通りにならないことを繰り返しながらそこから学んでチャレンジして達成感を味わい、そして次のことへの意欲を高める、という一連の成長過程が断たれることになる。
失敗や人に迷惑をかけることや人からのちょっとした非難を恐れるがあまり、行動できない引っ込み思案になってしまう。
人は他人に迷惑をかけずに生きて行くことはできない。大小の差はあれ失敗しない人はいない。失敗から、次にどうすればいいかを考え抜き、糧にしたら悔やむ心は断ちきって、これからのことに集中することの重要性は様々なところで説かれている。
ばんばが言う「失敗してもいいんだよ。できなくても、次にできるようになればいい。」
は、そういう意味があったと思う。この言葉で舞ちゃんは自分のやりたいことにチャレンジできる子になれた。
人に迷惑をかける失敗は悪いのは当然だが、ひとつ断っておくと、
だから失敗したくないが、前述のように人は過失を避けられない。重大な事故につながる失敗を起こすリスクがだれにでもある。ヒヤリハットの経験がだれにでもある。
だから仕組みとして、それが致命傷につながらないようにフェイルセーフをできる限りの備えておく必要がある。故障のない器械はないので一ヶ所故障しても致命的な事故に繋がらないフェイルセーフを組み込んでおくことが技術者や製造者の使命であるように、社会的仕組みも人の行動も子育ても同じ事。そういう備えのある中で、子供も社会人も研究者もチャレンジして失敗し成長できる。
それでも現実には、耐えられないような痛みを伴う大きな失敗が繰り返し起き、かつ過去の教訓から作り出した法則やノウハウを忘れては思い出すのを繰り返しながら、それでも徐々に生きやすい方向には進んでいるのだと思いたい。
めぐみと祥子との母娘の確執があまちゃんの春子と母夏の確執みたいだ、
生まれ故郷に娘連れてくるところもあまちゃんに似ていた、ただこちらは娘を
祖母におまかせで母は大阪に帰ったが、祥子と舞はなつぞらの泰樹となつの
師弟関係に似ていた。淡い初恋の島の子との別れはちゅらさんの男の子と
女の子の逆バージョン。五島編は他の朝ドラの既視感ばかりで惹かれなかった。
話がぬるくて、どこが面白いのか理解出来ない。
ありきたりな筋で平凡な感じ。
高畑淳子さんの演技も、感動とか号泣とかそれ程とは感じない。
歳格好が似通った他の女優さんが演じても、同じくらいの表現になると思う。
それに、子供は成長の途中という未熟だからこその可愛いさがある。
主役の子があざと過ぎる、あんな悟り切ったような子供はいないし、一太くらいの年齢の子がクラスメートの女の子を好きになったら、あのような大人びた反応はしない。
前作と違ってありきたりな展開です。
それを望む人も多いのでは?
私もその一人です。
土曜スタジオパークで成人編のキャストを見たが、子役と随分イメージが違うなあ。特に兄役が甚だしい。
これは展開 の面白さを味わうドラマではなく
心の傷と成長を丁寧に描くハートフルドラマ
脚本家が3交代で書くので、どうなりますことやら
エールを書いた脚本家が入ってる。
祖母の祥子は時間に余裕があり後でゆっくりやればいいのに可愛がり過ぎた孫の舞と凧作りにかまけて定刻に船を出し忘れて釣り客に迷惑をかけた失敗は悪いと思います。まじめにやってミスをして失敗したのら失敗は悪くないと許されるかもしれないが、フェイルセイフ以前に身勝手な常識を怠った失敗は悪くないとは言い難い。悪いことは悪いと認め反省して次に失敗しないように学習すべきです。祥子が舞に出来ないことは次に出来るようにすればいいと指南するなら、祥子はこの次は釣り客の約束を守りしっかり責任を果たして自ら手本を舞に見せて欲しかった。奇跡的に発病を克服して友だちの母のお産を知らせに懸命に走って助かって舞のおかげですとヒロインをアゲげるばかりで、舞が自分で何でも出来るようになった姿をあまり具体的に見せていなかった。なので祥子がバラモン凧のように向かい風に負けないように舞を励ましたくだりは強引に思えた。五島編は中途半端な描き方なので舞の成長がいまいち物足りなかった。
おばあちゃんの仕事の失敗は全く別物。
何年もやってる仕事だろうにあり得ない。
時間を忘れてしまったなんて年齢に因るものだろうか?
島での釣りは危険が伴うのに、約束の時間にうっかりして迎えに行かなかったら、天候の悪化や潮の干満などで客の安全を守れない。
命に関わることにもなりかねない。
ハートフル=あざとい と訳して良いのかと最近思うようになった。
あざとくて何が悪いの
というドラマがあった
なになにありきの展開が目立つドラマ。
病気のこと 失敗のこと 親子の断絶 飛行機への興味 最初から予定調和を見せられているような、悪く言えば都合の良い展開でキレイに片付けていくような。
その先が最初から見えてしまうようなエピに、段々と興味を削がれてしまった。
前作はありきたりではなかったです
ありきたりではなかったのでウケ
ませんでした。
今作はありきたりな
内容だから支持されています。
つまり朝ドラは冒険しないで
今作のようにありきたりで
保守的な朝ドラの方が支持される
進歩がない腐敗した朝ドラになっています。
他人に気を使いすぎて、自分の言いたいことやりたいことが言えなかった内気なヒロインが、五島の環境やお婆さんの後押しもあって少しは言えるようになって良かった。
大阪に帰ってからも自分の夢をみつけてがんばれ
祥子さんの失敗は、旅行によく行く立場からすると、正直なんともいえない。
あまり責め立てるのもなんだかね…。
ベテランの人が初歩的ミスをして重大な事故につながることは現実に往々にして起きている。それは何時もとのちょっとした条件や環境の違い、例えば位置や導線が変わったとか、が一因になっていることがあるようだ。ばんばにとっては、今まで何年も一人でやってきたところに舞ちゃんが来た。その変化がミスにつながったと言える。
もちろんばんば自身、原因と対策をしっかり導き出す必要があるが、もしこの事が事故につながる可能性があるなら、反省すべきはばんばひとりでは足らない。
原因はいずれにしても、人はミスをするもの、機械は故障するものとして、それが起きても考えられる最善の結果が得られるように設計したり、制度、仕組みを作っておかなければならない。ばんば一人のミスや船の故障で迎えが遅れても、客が重大事故にならないような仕組みがなかったとしたら、行政や関係者全員がその事について考えて、安全第一を念頭に対策をうち出さないといけない。
ばんばの学習だけでなく、「ばんばは失敗して、客さんに迷惑かけて反省してるけど、ほら、こういう仕組みがあるから、お客さんは、大丈夫、危険なことにもならず安心だったでしょ。」
と、反省して今後のことを考える大切さとともに、でも失敗しても大丈夫なんだよ、と勇気づけを行えるような社会を目指したいと思う。
>進歩がない腐敗した朝ドラになっています。
はいはい、よく分かりました。「ちむどんどん」「べっぴんさん」のビデオを見て楽しんで下さいね。大好きな賢秀やさくらがいますよ。
船の失敗のエピで批判が出てたのは、お婆ちゃんの失敗自体より、ドラマの流れとして不自然さで舞ちゃんの失敗は悪いことじゃないの場違いな慰めになった感動エピへのすり替え、迷惑被った釣り客を悪者のように描いてみせた等のドラマに対する批判でした。
その後のどうみても不可解な舞ちゃんの台詞へのフォローが無かったのにも、変な脚本だと感じました。
今の所、民放ドラマで見た様な、子供を使って感動を生もうというベタな展開の物語かなあ。脚本家が視聴者に凄く媚びている感じがする。舞ちゃんが失敗したお婆ちゃんの手を握ったときは何故か狙っている様で不快感を覚えてしまった。
またこのドラマは自分にはほのぼのというより周りが過剰に舞ちゃんの事を気にかけすぎる様な気がして、モヤモヤ感が残ってしまう。
永作さんの演技もやり過ぎに感じて見ていて疲れる。朝より夜ドラにした方が良かったかも知れない。
前作と違って今作は記事も絶賛だらけ
これまでの朝ドラと異なり提灯記事が並び100歩後退した朝ドラという感じです。
これから書く事は全て私の主観ですが。
船の失敗のエピソードは先に祥子さんが定時より早く釣り客を迎えに行くエピソード(成功例)を先にやっておいて、彼女が普段はきっちり仕事をやる人だと示しておけばそこまで批判される事もなかったのでは。船の送り迎え専門のプロではなくジャム作りのかたわらなのですから、私自身はそこまで批判する案件ではないのではと思います。もちろん時間に遅刻し客に迷惑かけるのは絶対に許されない事。だからこそ、ここはもっと真筆に時間をかけて観せて欲しかった。普段は時間にきっちりした祥子さんが孫の為の時間で、自分の仕事より孫の今後を心配し失敗してしまった、という演出がもっとじっくりと表現出来れば。普段やれている他人への大事な応対よりも、つい私情を優先してしまった人間としての一面をもっとクローズアップ出来ていれば、印象もずっと違ったと思うのです。
私は、そこに朝ドラが週5日に短縮されてしまった弊害を感じます。カムカムエヴリバディもあまりにも尺が足りな過ぎた為に各エピソードの最後が本当に納得いかない出来になってしまい、私はあれこそ1年でやるべき情報量だったと思わずにいられません。藤本有紀さんの書く物語が悪かったというより半年で足りない内容を無理に詰め込んだ為に凡作になってしまっている。ちむどんどんだってもしかして週6日なら、毎週の運びがもうちょっとだけマシな展開になったかも知れない。働き方改革だか予算削減だか知りませんが、私たち視聴者が観て弊害が出るならやはり週5日にするべきではなかったのです。朝ドラ経験者の脚本家にシナリオを頼んだとしても1日分少なく短縮して書くのは結構な苦労を強いられる筈で(だからと言って前作の羽原大介さんの脚本は絶対に許せませんが)、地味に大きな問題だと思います。
それこそ新しい人のほうが規制にとらわれない良い物が書けるかも知れず、いずれにしろ今の朝ドラは週5日に合わせた無理の無い柔軟なシナリオ作りの対策、それが出来る脚本家の発掘や育成を早くNHKは実践しなければいけません。それが出来ないなら、週6日に戻すべきです。
祥子の船の失敗がどうとかトンチンカンなこと言ってるのここのごく一部のアンチだけ
擁護派も否定派もガリレオの湯川先生みたいな
難解な長文の屁理屈はいらない。
このドラマは実に面白いか、実に面白くないかだ。
あのシーンが、そんなに批判されたんですか?
普通に良いシーンだと思います。
台詞が、チグハグになってるのがかえっていいんです。舞に教えた言葉で慰められてしまっても、仕事の失敗は許されることではない。
言葉は噛み合わないけど孫の孫なりの優しい気持ちが嬉しくて思わず抱きしめてしまう。そんな気持ちで見ていました。
自分の母と孫の噛み合わない会話を聞いて、それでも情が伝わり触れ合っていくのを見てきたので、そう感じるのかもしれません。
大事なことをスルーして、二人の感動場面として見せることが不快だと思う人達もいたんです。私もその一人。
感性が違うと、同じ場面を見ても感じ方や捉え方は違うんです。
分かりました。あなたを否定しません。
>祥子の船の失敗がどうとかトンチンカンなこと言ってるのここのごく一部のアンチだけ
※本サイトはドラマのレビューサイトです。せっかくドラマの感想を書いてくれた人を揶揄したり、煽ったりする書き込みは控えましょう
客と契約を交わしたら契約が終わるまで責任を持つのがプロの仕事です。孫と遊んで船を出すのが遅れたことにより、もしかしたら相手のスケジュールが狂い翌日の仕事にさしつかえ信用を落としたりもし親族に不幸があったら死に目に会えなかったり多大な迷惑をかけます。翌日船が出せるとは限らない地震など急な災害が起きて家に長期間帰れないかもれない。船を出すのが遅れたのは孫と遊んでいたからと顧客に知れ渡ったら怒り心頭で大迷惑です。孫に異変が起きて看病や病院へ行かねばならなかった場合はともかく自分の身勝手な無責任で人に迷惑をかける失敗は悪いことです。失敗は場合によっては悪いことなのです。
「祥子の船の失敗が許せない」なんてズレた記事は出ないね
客とのやり取りを見て、舞も視聴者も誰も、祥子の失敗を良いことだなんて思ってないと思います。
なのに、何故あの台詞が使われたのか?ということじゃないでしょうか?
祥子の失敗はかまわないなんてドラマではいってないだろうに。
こうやって何でも感動シーンとして見せようとするところがあざといと言われるんだよね。
あの場面を「あざとい」とかいってるズレた記事も出ない。
自分自身の感性が必要ですよ。
こちらは自分の感想を書くところ。
記事云々は関係なし。
私は感動シーンだとは思いませんでしたが不快でもありませんでした。
お客さんの一人がすごく怒っていて、もう一人のお客さんがなだめているのが印象に残りました。
ズレた感性による批判は記事にならない
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