「ブラッサム」
珠の父が本日放送回で亡くなったので、珠のモデルの宇野千代さん、父親のモデルの宇野俊次さんのことを宇野さん自身が書いている著書が転載されているネット記事等を読み始めた。
読んでみたのは、「PRESIDENT Online」「PRESIDENT WOMAN Online」に掲載されていた宇野さん著書「生きていく私」他、の抜粋記事と、「NPO 宇野千代生家」というHPにある記載等で、とりあえず、父親の俊次さんが亡くなるあたりまでを幾つか読んだ。
読んでみたら、ブラッサムにあったエピソード、どこをどう使って、どこをどう変えたのか、結構興味深かった。
細かいことは、著書(記事?)を読めば分かるけど、宇野さん自身が、84才になって父親のことを振り返ったとき、父親のことを自分だと思いギョッとしたという、その部分が印象的。
千代さんは、俊次さんの破天荒?放蕩無頼?な生き方を、自分が受け継いだと捉えているらしい。
千代さん自身が俊次さんのことを書いた部分を読むと、ドラマの清治はかなりソフトに描かれていて、実際はドラマよりも放蕩無頼だったよう。
それでも、俊次さんの「やってはいけないことへの制限を持たない」生き方は、自分も同じように生きてきたと感じたらしい。
ドラマで描いていた父・清治は、これから先の珠の生き方のベースになるものだったようで、だからこそ、清治を描くことに2週の尺をとったのだろうと思う。
因みにドラマで描かれた、亡くなる前に包丁を振り回して大立回りをするエピは、実際に基いている。
珠が叔母の長男と結婚し、婚家から実家に戻るエピも、実際にあったことで、実際では千代さん13才のときに学校道具と身の回りのものだけで嫁ぎ、10日で家に戻っている。
(戻った時、俊次さんは何度も血を吐いて寝込んでいたらしく、亡くなったときに付いていた、俊次さんが療養していた病名は "十二指腸虫症" なのだけど、血を吐いていたことから、近所では肺病と噂されていたと千代さんは書いている。まぁ当時の医療状況的に、病名として診断されていない病気があった可能性もありそうに自分は思うけど、一応、このスレ的に、推測は止めておく。)
結婚相手の長男は、女性宅に毎晩泊まり、千代さんを嫌いだと日記に書いていたらしく、その日記に書かれていたことが「いらん」という台詞になったよう。
ヒヨコ丼エピも、俊次さんの都市伝説的に語られていたことのようで、"都市伝説" が本当にあったことなのかは、千代さん自身は懐疑的のようだけど、都市伝説が生まれるくらいの人ではあったらしい。
ただ、興味深いのは、俊次さんの後妻に入ったリュウ(ドラマではリョウ)さんは、嫁いだあと、一度実家に戻ったらしいものの、
(カナリアを逃がした件は、私の読んだ中には書いてなかったので、創作? カナリアは実際に飼っていて俊次さんも大切にしていたらしいけど、1羽ではなかったようで、俊次さんが亡くなったあともカナリアは宇野家にいたようで)
リュウさんは、俊次さんの放蕩無頼ぶりを自慢気に話すこともあったそうで、リュウさんも千代さんも、俊次さんのことを嫌いとは思っていなかったことが窺える。
俊次さんが亡くなったとき、千代さんは号泣しながら嬉しい部分もあったそうだけど、その嬉しさは、これからは父から制限 (家で、はしゃいだり笑ったりしてはいけない、外に遊びに行ってはいけない等) を受けない生活が出来る、ということだったようで、亡くなったこと自体が嬉しいのではなく、これからは自由に過ごせる、制限なく生活出来る、ということのようだし。
時々、好き勝手に生きていて周りに迷惑をかけ続け、振り回しているにも関わらず、人から嫌われないタイプの人がいるけれど、俊次さんもそういう人だったのかも?
それか、凄く ”イイオトコ” だったとか?
尤も、写真も肖像画も一般公開されてないそうなので、容姿や雰囲気、全く分からないけれど。
あと、実際の俊次さんは、カナリアだけでなく、馬や他に飼っている動物や鳥、自宅の広い敷地にある果物の木や野菜等の世話もよく行っていたらしく、家で家族団欒とかの笑顔は見せることがなかったそうだけど、鳥や動物、果物や野菜等の世話などでは良い顔を見せてもいたらしい。
また、博打が好きで、都市伝説的に語られているヒヨコ丼エピも、その店の人と結託?してやったそうだから、家では笑顔を見せなくても、外では違っていたようで。
私が読んだ中には、俊次さんは、花街(色街?)では「ひょうきんな遊び人」だったという記載があった。
ただ、後妻のリュウさんも5人の子どもを産んでおり、妻や女性を傷付けるような遊び方はしてなかったのかもしれない?
まだ軽く読み始めたばかりなので、分からないけど。
(御存知の方がいたら補足をどうぞ。)
とりあえず、妻子が俊次さんを嫌ってはいなかったことを考えると、俊次さんをモデルにしたドラマの清治について、ドラマの視聴者である自分が、必要以上に清治を悪く捉えることもないのではと、千代さんの著書を軽く読んだ限りでは思ったりする。
(千代さん曰く、「バルザックかドストエフスキーの小説の中にしか出てこないような奇人か狂人」ということだけど、奇人や狂人ということと、人から嫌われる人かはまた別問題のような気が。それに、人から嫌われるタイプの人を「ひょうきん」とは呼ばない気も。バルザックもドストエフスキーも、「罪と罰」とか「谷間の百合」とかタイトル位しか知らない者の意見ですが💦 だって、分厚くてしっかりとした装丁の本に堅苦しいタイトル、勘弁!と思ってしまって読む気になれなかった少女時代💦)
ドラマでは、珠に対する思い入れが強いように描かれているけど、実際もそうだったのかは、今日読んだ部分だけでは分からなかった。
ただ、千代さんは相当成績が良かったようで、その千代さんを人に自慢する為に連れ出すこともあったとか。
俊次さんにとって、千代さんが自慢の娘であったことだけは間違い無さそう。
因みに、私はドラマも映画?も見たことがないし、話もよく知らないのだけど、「おはん」という作品のおはんのモデルはリュウさんらしい。
「おはん」の小説を読んでみれば、もう少し、俊次さんの実像に近付くことが出来るだろうか?
小説なので、あまりアテにはならないかもしれないけど。
56を書いたあと、後年の千代さんが、「生まれ変わっても、またこの父に育てられたい」と、自伝的小説「或る一人の女の話」に書いているとの情報を得て、23頁分あったその小説の試し読みをしてみた。
(因みに、千代さんの著書「生きていく私」も、冒頭60頁分の試し読みが出来る)
「或る一人の女の話」は、千代さんの名前が一枝となっているけど、書いてある内容は (ほぼ) 実際のことのようで、自伝エッセイの「生きていく私」に書かれていることと同じことが、もう少し詳しく書いてあった。
小説形式なので、実際のことも書きやすかったのかも?
その中には、17歳で一枝の家に嫁いだ色白の美しい女性に対し、一枝の父は日に何度も「頓馬」と言い、その女性はよく泣いていたという記述がある。(”頓馬”は本当に言っていた口癖だったのかも)
で、夜中、一枝が普段聞いたことがないような優しい声で、父はその女性を宥めていたという記載も。
冒頭23頁分しか、試し読みでは読めなかったので、本の購入を考えているところだけど、ブラッサムでの清治の下敷きになっているのは、千代さんの著書に記載されている厳しいだけではない父親の姿なんだろうと思う。
放蕩無頼ぶりは、やはりドラマ以上だったようで、一枝(小説の中の名前で書いておく)の父は次男だったものの、長男の足が悪く、常に座位で過ごしていることもあり、誰もが一枝の父が家督を継ぐものと思っていたが、兄に家督を譲り、自分は家を出て定住をせず、あちこちふらふらと放蕩無頼の限りを尽くし、一枝が産まれた川西の家に落ち着いたのは40代になってからと書いてある。
(ドラマに出てきた清治と清重の家督の話は、この辺りから作られたもののよう)
花街での遊興もよく行っていたようだけど、一枝を連れていくこともあったとか、父が博打で逮捕されたときに迎えに行ったのは一枝と弟だったとか、逮捕・勾留された父の姿は、法律を侵したような(悪いことをしたような)人間には見えなかったとか、酒や肴を買いに行かされるのは何故か母ではなく自分で、お店の人からは「可哀想」と言われているけど、自分は可哀想ではないから可哀想と言われることが嫌だっただけだとか、店にある酒の肴を父はいつも知りたがったので、店にあった肴の名前を唱えながら帰ったとか、劇中のエピが次々と出てくる。
(購入する酒の肴は店に置いてあるものから決めていたようで、唱えるのはドラマとは逆の帰り道だけど)
まだ試し読みの段階なのだけど、「生きていく私」と「或る一人の女の話」を読んでいると、千代さんにとっての父は、横暴な父というより、家庭の中に於て、絶対的な君主としての捉え方に思える。
千代さんにかける言葉は、いつも「命令」であり、千代さんは、その「命令」に忠実に「はい」と従うことを当たり前と捉えている家臣か何かのように感じる。
千代さんは、その「命令」の内容に疑問を持つことは全く無かったようで、命令を完璧にこなすことに喜びを感じていたかのような記載もある。
父の放蕩無頼ぶりについても、家族だけでなく、周囲の人も、「畏敬を持って語る」と、両方の著書に出てくる。
娘への言葉は、一言の命令。雑談などはしない。
で、その命令がどんなことであっても疑問を持たすに従い、完璧にこなそうとする娘。(実際、完璧にこなしていたらしい?)
人々は、父の放蕩無頼ぶりを畏敬を持って語る。
もうこれって、まるで王様💦 絶対的君主💦
「ブラッサム」では、清治を演じた渡部篤郎さんが持つ雰囲気や佇まいが良くて、(少なくとも自分には) 何となく惹かれる謎めいた人物像に見えていた、と私は思っていたけど、もしかしたら、実際もそういう人だったのかも?
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