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「寝て待て」だけではない「食べて」には、主体性を保つことへの思いが込められているのではないかと感じた。
ささやかな事からでも求めて行動する者にチャンスは訪れる。そう思いたい。
移住の資料を反橋さんに渡した後の主人公の佇む姿が辛い。
「何かに挑戦出来る自分でいたかった」…
ものすごく分かる。だけど身体が悲鳴を上げ、諦めた彼女の言葉。
物陰で聞いていた司の進言か鈴さん作の広袖と、温泉のある所に…に応えて名湯入浴剤の差入れ。
この話、麦巻さんが高くて諦めた食材が、帰宅するとなぜか手に入る趣向があり、米、とうもろこし、金柑など。今回はプチ温泉まで手に入った笑
お米や金柑が期せずして手に入った時の、麦巻さんの抑えつつも無邪気な悦びっぷりに、クールな役がはまっていた女優桜井ユキの、新たな魅力を垣間見る。
宮沢の司も暗めの役どころに関わらず、若者らしい清々しさとのバランスが心地良い。
こんな隣人達が居るのだから麦巻さんだって移住するのは名残惜しい…でも…なんだよね。行き先を自分で選んで、そこで普通に生きる事が出来る自分でいたい…。
5階のあのお部屋、階段よりもっと難があったのね。
あれじゃあ又新しく住む人がいても又逃げだしそう。
季節の食材への思い入れが強く、自分にとってはお手本の様なドラマ、、 だが、時々突っ込みを言いながら観ています (^.^;
ファミレスで一、二度会ったくらいでなかなか相席には至らないと思う。 また初めてお邪魔したお宅でお茶のおかわりを 私やります ともなはないと思います。
鈴さんからティーバッグとお湯を聞いたなら席を立つこともあるだろうが、進んでは普通はやらないですよ。
そして引きこもりだった男性が全然付き合いの浅い女性と移住か、、、。
色々有り得ないけど、丁寧な言葉のやり取りが生活のお手本になっています。
桜井ユキと土井志央梨の虎に翼からの共演も微笑ましいし、二人共なんか可愛い。
麦巻さんのお弁当タイムに、職場全体+青葉さんが注目している感じ、いーですね。(*^^*)
しかも 青葉さんとは、気が合う友達になれたみたいだし、
司さんと唐さんが「いつも麦巻さんが お世話になっております」挨拶も良き。
麦巻さんと関わった人達が、皆 前向きに歩いて行けているのも良い感じ。弓ちゃん、八つ頭さんと反橋さん。
ラストに登場した、鈴さんの娘さん。
生きていたのか Σ(゚ロ゚;) というのが、正直な感想。
亡き夫が、娘さんから貰ったウイスキーの瓶を捨てられずに持っていたエピソードを聞いてから、私しゃてっきり…。
来週は、どうなることやら。
設定や展開に無理があるのは漫画だから仕方ないやね。
テンポが緩いのはいいんだが退屈すぎて途中で眠くなっちゃう。娘さん登場でちょっと刺激入って面白くなるといいな。
いつ見ても同じような場面、退屈、飽きる。
膠原病に対して、幸せは食べて寝て待て?驚き‼️
酷くなったり落ち着いたりしてを一生繰り返す病だ。血液内科にかかる病。ウチに帰り定期的に通院するべき。日に当たってはいけないなど膠原病患者さんには沢山の制約がある。のんき過ぎる。膠原病患者さんに失礼やて。
タイトルの「幸せ」は何を指す?健康あっての幸せだよ。
賃金労働をしているものしていたものが偉いという考え方。
それはそうかもしれないが、金にならない働きというものを否定するのは適切だろうか?
賃金労働は確かに税を納めて国を富ませるかもしれないが、金にならない生き方を否定する権利までは持ち合わせていないはず。
賃金労働を誇る人は無報酬で働く人の有難みを気づかぬか気づかぬふりをしているから仕方の無いかもしれないが。
心身共に健康で国に尽くすのが是とされたのは富国強兵の息つく先
戦時中。
その中で病を得た人の権利が踏みにじられないがしろにされたことを知る報道を今朝見たばかり。
購買意欲を唆らされるドラマ。 麦巻さんがスーパー野菜コーナーできんかんやとうもろこしが高いと言っていたが、納得しながらも思わず財布の紐が緩む 👛
たまには彈もう ととうもろこしを買いました 🌽
美味しいからとあまり食べるとカロリーオーバーしそうだから、まあ臨機応変に 👍
次はなんの食材かな?と楽しみが止まらない。
司君の食材への蘊蓄も非常に興味深い。
確かに優しく温かい気持ちにはなる。
が、若い女性に発症率が高い膠原病。26で発症した親友は急性期は県下一の大学病院へ救急車で搬送された。職も辞し、両親と共に生き、恋も知らずにいる。急性期、薬は10数個服用。今は数種類にはなったが、相変わらず太陽に当たってはいけないから外に出ず、真っ白い肌。骨粗鬆症もある。
このドラマは見ないそうだ。幸せは食べて寝て待て!
食べれない、痛みで寝れないそう。膠原病患者は一生、この病と付き合う。食べて寝て待てでしあわせが訪れるならば、私もそうしていると。
のんきなドラマだ。薬膳は身体にいい。が、私のかかりつけ医は全ての食材を偏りなく食べる事がいいと言う。
このドラマはどこに着地する?2話くらいまでしか見ていないから、もう終わったかもしれない。
鈴さんはいつどうなってもおかしくない年齢だし、司さんもいついなくなるかもしれない。
今みたいな暮らしは長続きしなさそうなのに、お部屋を貰うの? 将来は老後資金から建て替え費用を出すの?この先のことが何だか心配。
司さんはここにいたらいつか鈴さんの介護とかしなくちゃならないかもと心配だったから出て行くキッカケが出来て良かったねと思うけど。
病というものは人によって症状もその受け入れ方も違うから生半可な気持ちでアドバイスはできないということだけは学んでいるはずなのに、身近な人だとつい無神経なアドバイスしてしまうこと反省することが多い。
同じ病でも治療法もその付き合い方も本当に違う。
そのうえで見身近な人が病になったらどうするのか?のヒントもヒロインを巡る人から学べる気がする。
本当に気を付けないと親戚だから友人だからとその人のためを思ったつもりの言葉が聞いた人を傷つけたり惑わしたりするものだから。
母親以外は周囲の人たち、いい人ばかりに囲まれていいですね。
みんな「むぎまきさん、むぎまきさん」って心配してくれて。
特に司さんのキャラがもう非現実的いい人でついていけません。
ファンタジー過ぎる。
せめて膠原病の人は、外出時は大敵の日光遮断の為、日傘と帽子手袋をしてください。
膠原病と落ち込んでいるよりは、いつかやってくる「幸せは食べて寝て待て」?いいご身分だこと。現実から逃げているように見えます。
幸せは食べて寝て待てばやってくる?ならば世界中の人々がそうすればいいのに。
呑気な幸せドラマだなあ。ほっこりなんかしない。膠原病の恐ろしさを知らな過ぎる。
薬膳なんて美味しいとは思わない。
今回は、切ない回でした。
娘の病気を理解してくれない母親。「若いうちに治しときなさいね」食べきれないような料理を持ってきて、侘しいとか、気が滅入るとか、一見無神経なようだが、母親は、娘以上に、病気を受け入れられないのかもしれない。
「丈夫に産んであげられなくて…」それが本心。
そしてウズラさんの言うことを聞いていて思った。
もしや娘がマンションを買って同居するのを夢見ていたかもしれない。
鈴さんの娘は、却って鈴さんを孤独にしてしまった。彼女にも彼女の人生があって、離れて暮らす母親を心配しているのは理解するけど。
祖母と母親を介護して生きてきた司には…。
司は戻って来るのだろうか!?
八つ頭さんと反橋さんの見送りに誰も行けなかったけど、
「幸せになりましょう」
「これ以上?」
って、いーですね。
最終回前に辛気臭い話だった。
鈴さんがババ扱いで、娘から司そして司も逃げ麦巻さんに押し付けられたような。あんな高齢者ばかりの団地でこれからどうすんだろ。
実家は裕福そうだし、お金借りてでもマンション買ったほうが良かったかも。団地もらっても将来何の資産にもならないわけだし。
薬膳のこと全く出てこなくなったと思ってたら、最後詰め込んできたけど、食べて寝て待ってればしあわせ来るのかなあ?
実母との確執
気の合う他人には、笑顔で優しくできるのに
母とはなんでこうもわかりあえないのだろう…
あるあるだぁと思いながら観てました。
母親が一番まともだと思う。
最終的には家族なんだから。それがわかって周りの人はやっているのかい?
のん、のん、のんき過ぎるドラマ。彼女が悪くなったらどうするのか、
おとぎ話のようだ、幸せは、食べて寝ていたらやってくるのならば、みんなそうするよ。
「家族だから」がヤングケアラーを生み、老老介護を生んでいる。
司さんは今一度、一人で生きていけることを確認するために出て行ったのだろう。
鈴さんもウズラさんもそうであるように、穏やかに見える暮らしの深層には、一人で生きていく=一人で死んでいく覚悟が秘められている。
(どうか私を見捨てて下さい。それはちっとも悪い事じゃないよ)
そういう時代なのかもしれない。
私も身内が30歳で膠原病発症して
この病気の辛さ苦しさを初めて知った!
しょせん作り話だから期待してなかったけど、
このドラマあまりにも呑気でお気楽すぎる。
そもそも登場人物が気持ち悪いくらい全員、
お人好しの善人ばかりマジで倫理宗教ドラマですか(笑)
ひとり暮らしに憧れているわけはないのだけど、麦巻さんみたいな暮らし してみたいなあ。 週4日パートに出て職場の人たちと温泉行ったり、
住まいの団地の人たちとお茶飲んだり おやつ食べたり、マニアックなエスニックの喫茶店にも行ってみたいなあ。
麦巻さん、病がある割に人間関係がめちゃ広がって此方から見ると、実に楽しそうに見える。
全然病気持ちに見えないし、ひとり暮らしを謳歌していて羨ましい。
桜井ユキさんが自然な爽やかさを演じているからでしょうか 🍀
うーん…
膠原病はタンパク質の異常から始まると読んだことがある。また、種類も沢山あり、心配な方は血液検査で直ぐにわかる、今現在は膠原病て亡くなる方は10%以下にはなっているが、食べて寝て待ち、ムギマキさんの思うところの幸せはやってくるのだろうか。
薬膳は健康な方始め身体にはいいだろう。が、膠原病にはどうだろうか。筋肉低下していき、臓器始め機能低下する場合もある。ムギマキさんの様子では薬は10種類は服用しているだろう。
母親の言う通り。が、彼女は今の生活に活路を見出しているようだ。
膠原病に完治はない。一生薬服用する。医師からの食事アドバイスもあったに違いない。太ってもいけない。関節や筋肉に疲労がくるからだ。かと言って食べないわけにもいかない。難病をあそこで治そうとする彼女のしあわせとは何だろうか。
分からない人にはわからない
分かる人にはわかる
いいドラマ。
明日「しあわせは食べて寝て待て~ありがとうSP」が午前9時半からNHK総合で放送されます。
メインキャスト3人が印象に残っているシーンや反響のあったせりふについてトーク。
役に込めた思いとともに名場面を振り返りつつ、秘話も明かすそうで楽しみ。
“食べられない洋食”は幼かった娘の好物…麦巻さんが気付く他人行儀な玄関先。何も告げず去る娘の「ごめんね」に、「丈夫に産んであげられなくて(ごめん)」と涙ぐむ母…多くの母親達は共感するかもしれない。子供の身に起きた不条理に、母親達はひとり責任を負いがちだ。
同時に、娘の病気を直視出来ない母親としての未熟さ。その分だけ娘の、ただでさえ重い苦しみは、更に増す。
未熟な親を持った子供は、その未熟さの分だけ人生が重く、又それを背負いながら登る人生の坂道の勾配もきつくなる。
不出来な娘と交流を避け、1人で団地で生きようとする老母も居る。
「条件の良い」施設は、その娘にとって条件が良い。楽に「母を心配する娘」を社会に示す体裁。
しかもそこを断られると、アカの他人の司に金を掴ませ「母を頼む」という。
しかしそんな娘に育てたのも、その母なのだ。だからこそひとりを覚悟するのだろう。
そんな逆の立場の2人が隣同士、団地で助け合う。まやかしな家族を受け入れ、諦めた先にあった、新たな家族、居場所なのかも知れない。
麦巻さんの職場の皆さんはとてもやさしくて彼女に寄り添おうと日々考えているしかける言葉にもとても気を使っているさまがいいなと思う。
それは大変だけれど人は生きていく上でこういう大変さを避けない方がいいとも思う。
疲れやすく体調を崩しやすい彼女に対して安易に「頑張って」は言わないし必要以上に助けもしない。
その辺の呼吸は鈴さんと暮らす司さんはとても心得ている。
頑張れは元気な人に向かってこそ意味がある言葉なのかとも思う。
だから「頑張って」は声に出していい時とそうじゃないとあるんだろうとも。
言葉には面と向かって言わない方がいい言葉がいっぱいあってそれっは誹謗中傷言葉ではなくても子供いない夫婦に「お子さんはまだ?」もそうだし、独身の担任の先生に「自分の子供がいないからわからないでしょう」もダメ。
で、最近思うのが「介護の経験ないからわからないでしょう」という言葉、若くして親御さんを亡くされた方は老人介護の苦労はできなかった苦労。
「無い子には泣かされない」や「介護の大変さはわかってもらえない」というのは相手を選ぶ言葉、子育てや介護の辛さは吐き出したいけれど聞いてもらう相手が少ないのが現実。
世の中難しいとつくづく感じる。
母親との確執。大なり小なり経験する人もいると思う。
理由は様々だろう。
健康体ならばそれはそれでいつか時が流れて、母娘が分かり合える日も来るだろう。が、ムギマキさんは難病膠原病。入院の場合、家族の出番となる。そこまで考えているのだろうか。アラフォーのムギマキさんはわがままだと思う。
母親は自分の娘を心配しているだろう。いくら団地の人や会社の人に優しくされても、それ以上何もできないことを早くわかって欲しい。
筋肉低下による転倒など、膠原病には付随する傷病が付き物だ。
今は楽天的な加賀まりこさんらに囲まれているが、その生活は長くは続かないだろう。難病者の幸せとは何を指すのだろう。
膠原病患者さんはこのドラマを見ているだろうか。膠原病は長い間強いステロイドを服用するから骨ももろくなる。楽観視してはいられない。知り合いは30歳で亡くなりました。
関節リウマチも膠原病の一種だが、それが全身の筋肉(内臓も筋肉でできている)に強く出た病が膠原病。長生きはできないだろう。
呑気過ぎる、膠原病患者さんには不愉快なドラマとなっているだろう。
そこまで優秀なドラマとは思わないけど今期は不作なので良さが目立つ。とにかく女性には人気ドラマのようで、今日も特集が組まれてたね。加賀まりこはお元気そう。どうも若い頃やんちゃしてた人ほど長生きで元気のようだ。
鈴さんの娘さん、勝手ですね。
維持費がかかるから部屋は要らないと言っていたけど、追加費用無しで新築同様になった人の話を聞いて、人様にあげられる前にと押し掛けて来た。
その結果、麦巻さんと司さんは、八つ頭さんと反橋さんのお見送りに行けず。
親が住む団地にはおそらく追加資金が必要だとわかると、こんなこと言えた義理ではないが母を…と帰って行った。
一人娘で、勿論彼女には相続の権利がある。価値のある不動産を他人に取られそうで慌てたのだろうけど。
司さんが同居し始める前の鈴さんの部屋を思い出すと、頻繁に会いに来てるようには思えなかった。
離れて暮らしている年を取った母親が心配なのは本心だろうけど、その結果が老人ホーム。悪いことではない。理想的な所を娘として必死で探したのだろう。
良好とは言い難い母娘関係みたいだし、娘の事情もわからん。普通に考えると、他人が部屋を貰うなんて怪しすぎるけど、視聴者として麦巻司さんが良い人なのがわかっているから、娘を勝手だと思うのかもしれない。
でも、司さんに頼むのは…。(しかも、そんなに大金が入っているようにも見えなかった)
麦巻さんの麦巻は麦蒔きでもあるような気がして。
難病抱えて体調に不安はあるけれど、絶望することなくちゃんと生きていこうとしていて真摯に人の言葉をちゃんと受け止める人。
そんな姿が周りの人の心に一粒の麦を蒔いていくような。
山登りの時はまさかの寅さんルックだったけど、時々青の濃淡でまとめたアストリッドカラーを着ていることに気づきました私。
最近、録画を見れていない状態だけど、感じたこと。主人公の女性、前の会社は結構大きな会社で、マンション購入も考えていたなら、それ相応の貯金をしていたでしょう。別に贅沢三昧してたわけでもないだろうし。でもお金が無いって言ってる。まあ、それまでの人生設計は狂ってしまって、将来は不安だろうけど。家賃の安い団地に引っ越したから、それまでの家賃の半分くらいになったし、週4日のパートでも、しばらくの間は金銭面は何とかなる?それに彼女、そんなに病気でつらそうに見えないから、残業無しなら週5日働けるんじゃないかと思ったり。なんか逆にゆとりのある生活してるように見えた。でも、ここの感想で、膠原病という病気は、もっとすごく大変で、あの主人公のような生活はできないんだと知った。健康な人が見るには、食べて寝て待てでいいけど、病気を抱えている人にとっては、バカバカしくて見てられないのか。ドラマだから仕方ないか?なんか残念。
なんだかなぁ。綺麗事の詰め合わせになってしまった。
鈴さんの娘、理解出来ない。
娘としての立場や重圧など微塵も感じられない。
赤の他人の司と同居を認めて世話を丸投げしているのも、厄介払いしてるようにしか思えず。
司が居なくなったら あらら、引き継ぐ麦巻さんという人の良さそうな都合いい人が現れてた。
不動産に価値があれば他人には渡したくないが、惜しい物件ではないと分かれば「母をお願いします」
今時、無料で引き受けてくれる人なんていないよ!
そんな都合いい人がいて逆に羨ましいわ。鈴さんが要介護になっても、あの娘は来ないだろう。麦巻さんが看取りするんだろうね。
なんか、有り得なすぎてモヤモヤした。
麦巻さんは兄が母と同居していてくれるから、将来介護が必要になっても兄夫婦が責任もってやってくれるはずだからよかった。
すずさんのところのように一人娘ではなくても兄弟がいても親の介護を兄弟には頼れずに一人で抱え込んでしまう人が結構いるから。
親のほうも離れた子供にはいい顔をして自分が弱ったところを見せないようにするから、兄弟の方は親の衰えを知らず、介護で苦労する兄弟を助けるどころか親を大切にしないと意見するような人も少なくないそうだ。
麦巻さんは兄弟には恵まれている。
そこはよかった。
介護は家族が抱え込まずに他者に任せる方がいいというのは実際に介護に携わっている人たちの共通認識らしい。
子育てと介護は家族という閉鎖的な場に押し込まずにもっと社会的な場で行われるべきという考え方はありだと思う。
老後も出来るだけ自宅で過ごしたいというのは共感する人も多いと思う。それを尊重出来る子供であれば、出来る限り叶えようと少しでも努力する、大抵はそんな感じで介護体制は進む。何事にも限界があるから行政の力を借りるのは経験上必須で、大抵ケアマネさんと子供が協力体制で臨む。
ところがこの別居娘、そこを飛び越えて直ぐに介護施設の紹介なんですよ笑、余程母親が疎ましいと見えた。
一足飛びに施設入居は、疾病、障害等、在宅が叶わない事情のある方な場合が殆ど。
健康である程度尋ねられる距離に住む子供がいる場合、施設を選ぶ根拠は少ない。
人それぞれだろうと言われればそれまでだが、この娘はっきりいえば、思い遣り、人間性に少し欠けるところがある。
不動産価値があまり無いとわかると、あっさり麦巻さんに渡すのを受け入れて、おまけに2人に「母をよろしく」。
母親との確執が強くて気が滅入るのはわかるけど、せめて介護認定、ケアマネと連絡くらい取れば?とそんな描写もなく…全て他人任せの流れは、こういった団地社会にも少なからず見受けられる、合理性を重んじ過ぎた、リベラル教育の限界。
この話究極はそこに行き着くと、個人的には思う。
しかし、劇中の美味しい映像が、そんなカサカサな家族の姿の後味の悪さの口直しになる。家庭の多くの部分は、食を共にする事だと気付かせる一面がこのドラマにはあって見逃せない。
最終回だが、特別編があると嬉しい。
今更だけど、最初の頃、履いていた穴のあいた靴下を縫って修繕するシーンがあった。あれがなんか引っかかった。別に持ってる靴下はそれだけじゃないでしょ。他にも持ってるだろうに、なんかこれ見よがしに、履いていた靴下を縫い始める姿がわざとらしくて嫌だった。経済的に苦しくなったけど、こうして丁寧に暮らしています。しかも、結構素敵な生活でしょ?みたいなのを押し付けられてる感じがした。
麦巻さんは、ずっといい人で生きてきたのでしょうね。ぐっと我慢しながら。 いつぞやの回で、前の会社の後輩が謝りたがっていると聞いて、断ったことがあったっけ。
今回も 愚痴を言いたがっている友達の誘いを断れた。
身体の具合が悪い時に、負のエネルギーなんて貰えるもんですか。麦巻さんは、自分を大切に出来るようになった。
山に登っていた司さんは、徘徊中の男性と行きあった。
この方は、そういう星の下に生まれたのかな。優しいエネルギーが引き寄せるのかしら。
昔 祖母を介護中にふと出てしまった負の感情。そこが自分の本質だと、後ろめたい気持ちで生きてきたのかもしれない。介護を受ける側の人の前で 本心を言ったのには驚いたが、思いがけず 赦しの言葉を貰った。
気にすんな。いいんだよ。お前は悪くない。
司を息子だと勘違いしての言葉だったようだが、どうやら司さんの鎖を解いたようだ。この言葉が無ければ、もしかしたら戻らなかったかもしれないと思ったりする。
鈴さんの嬉しそうだったこと。
最終回が一番良かった。
団地コミュニティは、本当に実現可能??か疑問だけれども、やたら前のめりなマシコさんと、良い所に落ち着けると良いな。
時々 唐さんと青葉さんに、ツガイ感を感じるのは私だけ?
それにしても、団地コミュニティを考えるきっかけになった、高齢者の仕事問題。年金だけでは食べてゆけないから。という悲しい理由だなんて。
私も体が動ける間は働きたいと思う派だが、
ここのところは、政治家さんに見てほしかった。
今期は不作ドラマばかりだったし、最初は丁寧な暮らしでいいと思って見ていたが、3話くらいから気持ち悪いと感じるようになった。
女子高生の勉強場として、空いた部屋をレンタルスペースにするとか・・ありえん。
昼食付きの井戸端会議。おしゃべりが楽しければ集まった皆がそれぞれ自分の「できるだけ」を持ち寄る。損得を計らないギブアンドテイクで薄く広く親交を紡いでいれば、何かあったときのしんどさも広く薄くできるのかもしれない。
ありがとうSPで加賀まりこさんは「扉を叩いてみて下さい」と仰っていた。慧眼だと思う。
青葉さんと行ったラーメン屋さん。
ラーメンって、あまり健康食な感じはしなくて、ダイジョブなの?って思ったら、
味噌ハーフとお粥セット。
え~😳こんなのあるの?
流石 青葉さんは、こゆメニューがあるって知ってたのね。
お友達との関係性はそれぞれ。麦巻さんが病気のことを教えるほど仲良くはなかったのかな。
自分の愚痴を聞いて欲しいとそればかり。麦巻さんの体調を知っていれば、断った後でも申し訳なかったくらいの反応はありそうなのに、結局 疎遠になるのかな!?
司さんは帰ってきた。
手に持っていたネギがVサインのようだった。
司さんには帰って来て欲しくなかったな。
むかしむかし良い人ばかり暮らしてる楽園のような団地があったとさ。
穏やかで優しいドラマだったと思うけど、自分にはちょっと退屈で物足りなかったかな。でも原作漫画を読んでる人からは好評みたいだしそれなら良いのでは。
司くん、せっかく沼から脱出できたのにねえ・・。
殆どが長年住んでいる高齢者。この村社会の様な団地住まい。
昔からの顔馴染みが揃って、どこどこの娘とか息子とか全部分かっている団地社会。
そもそも、赤の他人の若い男性が同居しているのを皆が普通に受け入れていることが不思議。
心配する人いないの?
誰も娘に詰め寄らない。娘が同居せず、顔も見せず、どこの馬の骨とも分からない他人が一緒に住んでいることを
おかしいと思う人がいない。
いくら司が良い人で、鈴さんの自由とはいってもね。
親が老齢の場合、一番うるさいのがご近所というのが現実。年寄りの噂話に上がったり、ずけずけ物を言ってくるもんだよ。
なんとも平和な団地ご近所コミュニティで、とても違和感。
ずっとコロナだったからね、食事しながらおしゃべりすることも避けていた。だから人とのふれ合いとお食事と何気ない日常の優しいドラマに癒されるものがあったのだろう。
…。
麦巻さんが事業を始めるのかと思っていたら、結局理想だったんですね。 でも持病のある女性が自分の考えを話してる時に、とても生き生きしていて病は気から をふと思った。
完治は難しいのだろうけど、今の落ち着いた状態を保っていけるなら安心して生活できるんじゃないかな。
このドラマを膠原病患者さん及びそのご家族がどう見たかがその正しい評価だろう。
作者の言わんとしているところはわかる。が、理想的過ぎる。若いから発症後数年というところか。一番危ない時期。
が、麦さんが自分の生きる道を自分で決めたのだから、ここから先は自己責任で。
プチ家出司、あの徘徊おじいちゃんの言葉から家に帰らなければと思うことは自由だが、決意のもとが甘い。
癌になっても何もせず、緩和ケアだけで自然に亡くなる方もいらっしゃる。病や死を抱えた人達が自分の生きる道を歩んでいくことを決める時代だ。
それにしても、何かが抜けているどらまだ。
膠原病の麦巻さんが薬膳料理と出会って、ほんの少しの希望と生きる喜びや意味を噛み締めるドラマだったのかな。
どうにもならない事をどうにかなるかもしれないと思わせて貰える事はとても有り難いと思える麦巻さんは素敵でした。
周りの人達がとても温かくて、有り得ないとは思うけどそこはドラマとして楽しめました。
私自身は団地は窮屈でしかなかったので、こんな団地なら暮らしてみたいです。
身内だろうが他人だろうが気の合う人間と人生を楽しめる鈴さんも素敵でした。
凄く面白い、わけじゃ無いが、深くて美点の多い良質なドラマでした。
細部に拘れば突っ込み所も多い。病気の描写に偏れば医療ドラマ、不動産、働き方、ヤングケアラー、介護、薬膳による養生、どれも一つでドラマが出来る。
多くを含みつつ、弱者を見限る現代日本社会で、そこからこぼれ落ちた者達が、ひっそり自発的なコミュニティを自然に形成していく…
そんな「小さな希望」を、絵空事とする向きもありそうだが、一つのメルヘンとして私は認めたい。
帽子姿が似合う司。何処かで見た様な気がしていたが…スナフキンだった。
放浪者が、偶然出会った認知症老人と、麦巻さんの電話の言葉に救われる。「お前は悪く無いこれで良かった」「やれる事はやった」…介護を経験したなら多くは欲しい言葉だ。しかし受け取れる場所は、鬱蒼とした山中の、陽が当たる一部だ。自分で探し当てるしか無い。司の放浪はこの為にあったのか。
…そろそろすき焼き、と鈴が提案し麦巻さんが嬉しく同意するラストシーン、何となく司が帰るのかな?と思ったら、案の定帰って来た、ネギを背負って。
3人が、見えない所で結ばれた家族の様に思えたラストだった。
病気にあまりスポットをあてず、優しい時間がゆっくりと流れる様なドラマでした、団地の共有スペースで新しい事をやろうとするのはなかなか大変ですね、シーズン2もありそうです。
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